跳べし。

すっかりご無沙汰です。

マツイです。

 

今年もやっとこの時期を迎えられました。

毎年言ってますが、

本当ここまで来るのが大変で、
「こんなんじゃ大会なんて開催できないよね、、、」

って壁をいくつもいくつも乗り越えてこの日を迎えます。

壁の高さや数や種類は毎年違うけど、どの壁も乗り越えるのには体力も気力もいる作業で、実行委員全員、色んなものを擦り減らして大会開催に向かいます。

去年もこの時期に同じようなことを書いたような気がしますが(笑)

5回目。
そう、第1回大会開催から5年が経ちました。
スリーピークス八ヶ岳トレイルという大会を開催しよう!
と思い立ってからだと・・・7年?8年?が経過したわけです。

それだけ年数がたてば、人間いろいろ環境は変わるわけで、
私も含め、実行委員の中には、大きく人生が変わった人も多いです。
結婚した人、子供ができた人、仕事が変わった人、離婚した人・・・

もちろん実行委員だったけど、実行委員じゃなくなった人も多いです。

実行委員から離れる理由は人それぞれで、物理的に無理になった人もいれば
喧嘩別れもいます。

人間関係悪化させてまでやりたい事って何なんだろう・・・

そう思って、胸がキューーーーって締め付けられる夜もあります。

でもそれと同じか、それ以上か、
応援してくれたり、反対してたけど味方になってくれたり、
困ってる私を助けてくれたり、励ましてくれたりする人たちがいる。

『スリーピークス出たいんですよー』

って、笑顔で話しかけてくれる人がいる。

そう思うと、言われたその瞬間は正直息が詰まるぐらい苦しいんです(笑)

やべーーー今年はできないかもしれないんだよねーーーー
いや、頑張ればできるかもしれないけど
そればっかりじゃないし、
私一人が頑張ったからどうにかなるわけじゃないしーーー
いやいやそもそも私頑張ってんのか?

みたいな思いが、頭の中にぐるぐるぐるぐる。

でも、こうやって、楽しみにしてくれてる人がいて、
スリーピークスを目標にしてくれてる人がいて、
スリーピークスを1つの記念日みたいに大事にしてくれてる人がいて。。。

私が、どうのこうのじゃなくて、
みんなのスリーピークスだから踏ん張らなきゃなぁ。

そう思って、毎年1歩1歩、1段1段壁を乗り越えさせてもらってるような気がします。

 

大会も5年たつと、本当にいろんなことが変わってきます。

最初のころ、山梨県民の大半が知らなかった大会でした。

でも、少しずつ周知されていって、地元の新聞が取り上げてくれたり、
フリーペーパーに取り上げてもらったり、参加者が増えたり・・・
山梨県で開催している大会なんだ!ということが、山梨県内に広がっていくことは、子供がいる私にとってはすごくうれしいです。

スリーピークスを開催したいと思うきっかけの1つに、
「自分の子供が地元地域を誇りに思えるきっかけとなるイベントを開催したい」
という思いがあったからです。
都会のまねごとをしていたら、それは続かないし飽きられてしまう。
田舎じゃなきゃできないことで、都会の人がそれを楽しみに集まる。
その姿を子供たちが見て、地域の可能性を感じるきっかけになってほしい。

その為には、もっともっと地元を巻き込んで、盛り上がっていけたらなと思っていたので、地元の理解が広まり、取り上げてくれるメディアが増えることはすごい幸せなことです。

また、スリーピークスを応援したい!と思ってくれている協賛企業、チームも増えました。

現在大会HPを修正中なので、詳しくは大会HPが完成した時に再度お知らせしますが、
地元企業、アウトドアメーカー、ショップなど、今年も本当に数多くの企業様がスリーピークスを応援してくれています。

本当に本当にうれしい、ありがたいことで、
実はまだお礼に行ききれないところもあって、心苦しいばかりです。
無礼をお許しください。
ポスター、チラシとともに、行きますので少々お待ちください。

 

ポスターと言えば・・・
今年のポスターも、藤巻翔くんに写真を撮ってもらいました。
泣く子も黙る、世界のショーフジマキが毎年忙しいのに時間を割いてくれて
すごいかっこいい写真を撮りまくってくれます。

跳んでいるのはもちろん小山田さん

スリーピークスと言えば『ジャンプ』
過去大会すべてポスターはジャンプしてます。

このジャンプ。
ほんとすごい回数ジャンプしてます。
何十回も飛んでます。
でもって、今年は結構傾斜がきつい場所でジャンプしていたので、
これまでで1番難しいジャンプだったのでは?と思います。

文字通り、身を削るジャンプ。

でも、さすが翔くん。
でもって、さすが小山田さん。

めちゃくちゃかっこいい写真です。

こんなめちゃくちゃかっこいい写真に、かっこいいデザインを入れてくれるのが
Apartment Film Worksさん。
HP、ポスター、フライヤーは毎年すべてApartment Film Worksさんにお願いしてます。
3peaks2017pos

今年のポスター。

中心にある「跳べし。」の文字。

これ、甲州弁です。

甲州弁で「跳ぶ」とは「Jump」の意味もありますが、「走る」ことを「跳ぶ」と言います。

かけっこ=とびっこ

走っておいて=跳んでこーし

走ってきた=跳んできた

でもって、跳べし。の「し」

「し」は言い方によって意味合いが変わるので、うまく説明できないんですけど

「し」は命令になる場合もあれば、呼びかけになる場合もあるんです。
前後の言葉のニュアンスというか、言い方で判断するんですが、
「し」っていうと禁止だと思う人がいますが、禁止の意味はないです。
甲州弁で禁止を表すのは「ちょ」です。

あ、ごめんなさい話ずれました。

なので

「跳べし」は「走ろうよ」「走れ」「行け」みたいな意味にもなったりします。

みんな、八ヶ岳のきれいな自然の中を跳べし。

楽しいから。

まだまだやること盛りだくさんで、実際HP公開スケジュールとか大幅に遅れてますが、現在全力でがんばっておりますので、もうしばらくお待ちください。

とりあえず、2/25から優先エントリー始まります。

スリーピークスはゲストスタッフ(ボランティア)をしていただければ、
次年度は優先エントリー権を付与しています。
なので、一般エントリーより先に優先エントリーというものがあります。
優先権をお持ちの方には24日までにお知らせのメールを送りますので、今しばらくお待ちください。

週明けにはポスター、フライヤーをあちこちに配布いたします。

私の知り合いのお店には、勝手に送り付けますが(笑)ぜひよかったら貼ってください。
特にATC StoreとT-mountainには多めに送り付けようと思ってますのでよろしくお願いします。

せっかくなので、
大会オフィシャルより先に、MMAブログで公開。
フライヤー画像と今年のスポンサーを発表させていただきます。

協力、協賛、後援いただいた皆様
スリーピークスを楽しみに待ってくださった皆様
本当にありがとうございます。

今年も精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2017flyer

【後援】

観光庁 / 山梨県 / 北杜市 /山梨日日新聞社・山梨放送 / テレビ山梨 / エフエム富士

 

【特別協賛】

アミノバリュー / 株式会社小野石材店

 

【協賛】

THE NORTH FACE / salomon / SUUNTO / adidas / FULLMARKS / HOUDINI / VESPA / Nutty Honey / New-HALE / Pro-Tec Athletics / A&F / Klean Kanteen / VASQUE /
UltrAspire / ALTRA / drymax / finetrack / RaidLight / PaaGo Works /
MOUNTAIN MARTIAL ARTS / ZEN / ANSWER4 / HUNGERKNOCK

株式会社アルプス / 株式会社 セラヴィリゾート泉郷 / 平山郁夫シルクロード美術館 /
株式会社アルテミス / 株式会社ミヨシ / 株式会社エム・アンド・ビー・フローラ /
ペレニアルガーデンショップ アババ / 八ヶ岳リゾートアウトレット /
株式会社アシストエンジニアリング / f-magic inc. / 山梨住宅工業株式会社 /
韮崎本町運送株式会社 / アルソア本社株式会社 / 八ヶ岳ロイヤルホテル /
株式会社たけまる Citrus事業部 / 株式会社フォーチュン / 中村農場 /
株式会社 光彩工芸 / エルテックサービス株式会社 / 甲府ビルサービス株式会社 /
ネオオリエンタルリゾート八ヶ岳高原 / パイの家M-1 / 株式会社スパティオ小淵沢 /
株式会社エフエム八ヶ岳 / 株式会社桑郷 / Third Wave Power / 株式会社M’s-A /
スーパーやまと / 有限会社マルイチ中沢青果 / 山梨銘醸株式会社 / 印傳の山本 / 鉄刻屋 / GloryDesign / OUTING PRODUCTS ELK / SUNDAY / 道がまっすぐ /

 

【協力】

Run boys! Run girls! / 石井道場 / 北杜市小荒間地区 / シミックグループ / 山梨交通グループ / なないろ / 八ヶ岳ジャーナル /NFL山梨 / YBP / 小淵沢ホースマンズクラブ / ヴァンフォーレ八ヶ岳 / 甲州八ヶ嶺太鼓 / そろんそろんフットパス / 株式会社三和リース / オーガニックライフ八ヶ岳 / フォレストサイド横森ぶどう園 / Trailregist

 


花鳥風月

なかなか厳しい2日間でした。さぁ行くぞ!から、涙のスタートととなり、

走らせてあげたかったなぁ。

っていう気持ちと、

安全には変えられないもんなぁ。

って気持ちと、

なんかとにかく複雑で、

でも形にするなら、不謹慎かもしれないけど

「悔しい」かなぁ。。。
もちろん主催者の苦渋の決断を分かった上で、、、

それでも悔しいもんは悔しい。
走ってる姿見たかったし。

苦しんで苦しんでそれでも前に進む姿見たかったし。

で、ゴールに入ってくる姿を見て、泣きたかったし。。。

だから、STY中止発表後の夕焼け見て、

本気で悔しくて、なんだよ!なんなんだよ!って、感傷に浸れずに、ムカついてしまった私は、自然の中で生きることがわかってないチンチクリンだし、選手、そして主催者の方々の方がずっとずっと苦しい2日間だったと思います。

23日はあちこち動きながら、短い時間だったけど、パノラマ台入り口で分岐誘導。

私が分岐誘導したのなんて短い時間で、22時頃まで暴風雨の中対応してくれたボランティアスタッフのみんなには、本当に頭が上がりません。寒くて本当に大変だったと思う。

スイーパーが通過し、もう終わりだって思った直後に、体調不良の選手が出てて、土砂降りの中、長い時間待機となってしまい、本当に申し訳なかった。。。

でも、チームワーク抜群で、すごい楽しそうに、選手を盛り上げてくれた。

ありがとう。

24日はコースの1番最後の山「霜山」で、分岐誘導する予定だったけど、山に上がる前に中止になってしまった。

この3日間の為に、あちこちから集まってくれた、スリーピークス八ヶ岳チーム。

遠い人は名古屋から。
霜山チームは、前日から直前まで目まぐるしく変わるスケジュールに、迅速に対応し、お互いに連絡取り合い、チームワークでどんどん判断して動いてくれた。

レースが続行されると信じて、最後まで雨の中待機してくれた。

中止発表後、口々に残念だと言いながら、また来年頑張ろう!って言ってくれて嬉しかった。

担当していた分岐誘導箇所は4箇所。

総勢20名が雨の中、風の中、どうなるかわからない大会の進行の中、頑張って、見守って、待機して。

選手を迎えて勇気づけたい!

2日間のみんなの思いは同じ。

トレイルランニングは自然と共存だから、自然の恵みの恩恵を受けて、その中で楽しむスポーツだから、この結果はしかたない。

むしろ、当然の判断だと思う。

でも、、、

そんな思いで家に着き、テレビをポチっとつけたら、ケツメイシが歌ってた。

花よ 咲き誇り土へと戻り

鳥よ 羽ばたく命ははかなく

風よ 吹き抜けるどこまでもゆける

月よ 月照らす心奥(深く)根差す

花よ 咲き誇り土へと戻り

鳥よ 羽ばたく命ははかなく

風よ 吹き抜けるどこまでもゆける

月よ 月照らす心奥深く根差す
永久に 空に消えるまで 月の光を…

『花鳥風月』by ケツメイシ

なんか、自分って小さいなぁ。

くよくよすんなよ。

こんな年もあって、何年か経って

『あの年は悔しかったよね!』って、笑いあえる時も来る。

アウトドアスポーツを満喫したんだ!

そんな年になったと思えよ!

なんかやっとそう思えた。
今年のUTMFは豪雨で流れたけど、また来年、私たちはパノラマ台と霜山で待ってます。
みんなおつかれさまでした!


あと2日

UTMFスタートまであと2日。

それぞれ思うことはあると思いますが、私の思いを。

スリーピークスが出来上がる前に、コース整備の仕方を習ったり、マニュアルの相談をしたり、運営の悩みを打ち明けたり、ボランティアのやり方を教わったり、選手として走らせてもらったり、サポートすることの意味を1から考え直す機会をもらったり、、、

とにかく今の私にとってなくてはならない大会。

それがUTMFです。

台風や温帯低気圧や秋の長雨で今年のコースのコンディションは良くないかもしれない。

今日は1日雨で、気温は16度。
立ち止まると汗と雨と寒さでどんどん体温が奪われて行いき、当日の天気を思うと、不安でならない。

マーキングを取り付けるために、手袋を外して進むけど、指先から寒さがどんどん進行して、あっという間に身体が冷えてくる。

選手のみんなは、レインウェアの機能をきちんとテストしてあるのかな?買ったきりたいして手入れしていないレインを持ったりしてないかな?

手袋は?きちんと指先まで保護してくれる手袋を準備出来てるのかな?

水の量は?行動食の量は?防寒対策は??

去年は必携品だったあれこれを、全く準備していない人もいるのでは?

あなたが「ま、いっかー」と思って持たなかった命を守るアイテム。それ、持たなかったからって、本当にタイムが速くなったりしますか?

ぜひ、今一度確認して下さい。

あと2日もあるのだから。

もし、選手に何かあったら、、、

大会の準備をしている人は、大会前から不安で不安で寝られなくなります。

それは『命を預かってる』という思いがあるから。

それは『この大会を楽しみにしてきた人を裏切りたくない』から。

それは『せっかくお金をかけて時間を費やして準備してくれた人を、少しでも長く走らせたい』から。

諦めたくないから。

UTMFは、毎年準備のお手伝いをさせて頂いていたのに、今年は何にもできなくて、ようやく直前の2日間整備とマーキングをさせてもらいました。

昨日は杓子山、今日は鳴沢氷穴をスタートして、精進湖民宿村まで、長いロードを歩き、草を切り、1本1本心を込めてマーキング。

杓子山は新ルートを。

雨天迂回になるから、このコースは使うか使わないかわからない。

でも使うと決まった時、少しでも気持ちよく駆け抜けられるように、1歩1歩気持ちがこもる。

どうか台風に飛ばされませんように、このマーキングが誰かの勇気に繋がりますように、1本1本気持ちをこめて。


たぶん160kmというコースを作るために関わった全ての人が、それぞれの思いを込めて作り上げていたはずです。

怪我をしないようにつけたトラロープも、走りやすくするために刈った草も、スコップで掘り出したトレイルも、走るあなたにとって満足できないかもしれない。

それでも精一杯、あなたが1歩でも前に進めるように、心を込めて作り上げ、考え抜き、準備をしたコースだから、どうかあなたの思うような完走をしてほしい。

トレイルランニングは天候がかなり左右するから、せっかく準備したことが、発揮できない人もいるかもしれない。

それでも、あなたがUTMFに向けて努力し、懸命に走った事実は変わらない。

どうか、1人でも多くの人が笑顔で戻ってきてくれますように。

サポートがいる人もいない人も、あなたを待ってるエイドがあって、あなたを待ってる誘導スタッフがいる。

あなたを暖かく出迎えたい、力強く背中を押したい。

そう思って、選手と同じように戦っているスタッフのことを、どうか忘れないで下さい。
さぁ、UTMFまであと2日。

笑顔でゴールゲートでお会いしましょう。


富士山への道

山梨県民の大半は、富士山に登らない。

あれは見るもので、登るものじゃないという人が多い。

そんな私も、30歳過ぎるまで富士山に登ったことはなく、
5合目まで車で行くことが
「富士山へ行く」ということだと思ってた。

トレイルランニングを始めると、今度は富士山がぐっと身近な山になる。

6月過ぎたころから、トレーニングで富士山へというSNS投稿がばんばん上がり、

「うむ・・・私も富士山ぐらいは行かねば!」

と、なぜか思うようになり、気が付けば毎年2~3回ほど富士登山をしている。

 

さて、そんな富士山へ、67歳の母と9歳児の娘を連れて登山したというお話。

母は普段まったく運動しない。
娘も空手をやっているぐらいで、どちらかといえばグータラしている。

そんな母が富士山に登りたいと言い出したのはかれこれ4~5年前。

「登ってみたいなー」

「やめなよー体力ないんだからー」

本気で母が登りたいと思っていなかったので、2年ぐらいスルーしてた。

そしたら母が、いつか富士山に登りたいからと、
尾白川渓谷のツアーに申し込んでいたことが発覚。
そこから毎年、山梨にある低山に行き、登山の準備をし、
いよいよ、2016年夏、目標にしていた富士山へ挑戦することにしました。

と、言っても、
とにかく体力がないので、絶対に日帰りは無理と判断。
1泊2日の富士山ツアーを計画しました。

まず、山小屋を抑えるところからスタート。

というのも、ハイシーズンの富士山は、1日に100人以上宿泊する宿もあるぐらい。
寝返りも打てないほどギューギューに寝て、隣の人との境はなく、
まったくの赤の他人と、ほぼ添い寝状態。
小屋中にイビキと歯ぎしりの音が響き渡り、当然お風呂に入っているわけではないので、スメルがちょっと残念なぐらい、キツめ。
そんな山小屋にうちの母が泊まれるわけないと思い、個室のある山小屋をチョイス。

7合目トモエ館
http://tomoekan.com/

個室といっても完全個室ではないのであしからず。

ただ、「隣の人誰です?」という状況ではありません。

部屋どうしが壁で仕切られていて、出入り口は扉ではなく、カーテン。
もちろん狭いし、天井だって低いです。
「えー個室じゃないじゃん」って思うかもしれないけど、富士山の山小屋で、これだけプライバシーが守られれば大満足。
(私、以前別の山小屋で140名がギューギューで寝るのを経験してる為、トモエ館は天国かと思いましたw)

4月末から山小屋予約が始まるので、予約開始日に電話予約。
約半日かけて、粘って予約完了。

登山時期は、毎年8月になると、甲府盆地の気温が上がりすぎて、
高い山は15時前後で天候が不安定になるので、
比較的に天候が安定してる7月中で、かつ土日は恐ろしいほど混雑するので、平日を混ぜての金土で行くことにしました。
(9月は台風があるからちょっと微妙・・・)

7月29日・はれ
正午12時に5合目到着。
約1時間、ご飯を食べたりして過ごす。
5合目といってもすでに2500mあるわけで、
高山病にかからないよう、1時間程度は5合目で体をならします。


13時45分
ようやく登山開始。
5合目にごった返してる登山客の半分は中国人なんじゃ?と思うぐらい、中国からの観光客が多い。
そして、その中国人の方々は、6合目までワラワラとハイキングを楽しんでいる。
もう、自分たち家族以外全員中国人じゃないの?
って思うぐらい中国人が多い。

我々家族のメンバーは
行きたいと言い出した母、付き添いの姉、私、私の夫、そして9歳の娘。

富士山の登山道は決してテクニカルなわけではなく、
吉田口から登れば、7合目からずっと山小屋が続くわけで、
食べ物も飲み物も基本山小屋で確保可能。
しかも、山小屋の前にはベンチまであり、疲れたら腰を下ろせる、
とにかく初心者に優しい山です。

なので、お菓子や飲み物の量を抑え、ご飯も基本山小屋でとることに決めます。

ちなみに、富士山でバーナー使用はほぼ出来ません。

なので、荷物を極力抑え、かつ軽量化されてるものに限定し、背負う荷物をできるだけ軽くします。

でも、標高は日本一なわけで、いざという時のウェアや、ストック、行動中の水や食料を背負って生きます。

そもそも体力のない母と娘は、ザックの中にウィンドシェル、500mlペットボトル、おやつのみ。
それ以外のレインウェア上下、着替え、薄手のフリース、ダウン、ストック、食料、ファーストエイドキットなどなどは私と夫で分担して背負います。
夫も特に普段登山をしているわけではないので、夫は1.5人分を背負い、
私は2.5人分を背負い、登ります。


途中娘さんがヒーヒー言うので、娘が背負ってたザックも私が背負い進みます。
荷物が軽くなっただけで、娘さん少し復活。


初日はなんのトラブルもなく、登山開始から2時間程度で、本日の宿泊先に到着します。

7合目は
7合目、本7合目、新7合目、元祖7合目・・・とたくさんあり、
8合目も同じく、たくさんの8号目が続きます。

7合目トモエ館は7合目の中でも下の方にあります。
下の方といっても、2400mぐらいあり、すでに森林限界を超えております。

天気はこれまで抜群。

16:30お夕飯。


カレーハンバーグという、下界にいたら絶対に食べないわんぱくなご飯をいただきます。
思いのほかカレーが美味しい。娘さんは特別に甘口カレーにしてもらいました。

このまま19:00の日没の夕日を・・・と思ったら、急に曇ってきてしまい、夕日は見れず。

でもせっかくの時間を楽しもう!と
ビール飲んだり、ワイン飲んだり、またビール飲んだり・・・
山小屋で過ごす時間を満喫。

姉とわたし。


日の出は4:50頃
だいたい1時間ぐらい前から地平線が明るくなり始めるので、3時半に起床。
山小屋さんが用意してくれた朝ごはん(お弁当)を食べつつ、日の出を待ちます。

母は山頂でご来光を見たいと言ったのですが、
そのためには夜間にライトで登らなければならず、また渋滞にかなり巻き込まれるため
山小屋でゆっくり見ようと説得しました。
実際、山頂で見るより、8号目あたりで見たほうが、ご来光は綺麗な気がします。
なにしろ混んでないし。

太陽の光が現れないと、寒いので、持ってきた防寒具全て着て待ちます。


待ってるとなかなか寒いものです。

 

ご来光。


綺麗で感動して涙ぐんだ母を見て、
連れてきて良かった・・・と心から思います。

でも、富士山はここからが本番。
そそくさと支度し、頂上をめざします。

娘は出発前にクリームパンを購入。
トモエ館に売っているクリームパンはとっても美味しくて
前日に食べた娘はすっかりハマり、2日目の行動食に・・・ともう1つ購入。


8合目トモエ館には「あんぱん」があると知り、娘の目標は

「あんぱんを食べる」

に、変更となります。
富士山に登りたいのではなく、8合目のあんぱんが食べたいから登る・・・

うん、目標は人それぞれでいいもんね。。。

7合目から、それぞれの山小屋に宿泊していたツアーの登山客がぐっと増え、
ものすごいスローペースで登るので、全然先に進みません。

ガイドさん1人なのに、20~30人の参加者を引き連れていて、
その全員がほぼ登山素人という方々ばっかり(装備や歩き方でわかります)。
ガイドさんから離れないように必死なので、後ろに人がいても全然どいてくれません。
すみませんって声をかけてもどいてくれない、端によける体力がない方が多いかんじでした。

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7合目からはずーっと渋滞・・・。

私も、体力のない母と娘をつれていたので、しばらくツアー団体と同じペースで登っていたのですが、あまりにもスローで逆にこのペースじゃ母も娘も潰れるな・・・と思い、一旦ツアー客から離れるために少しペースを上げて8合目へ向かって進んでいきます。

 

7合目から9合目までの間が割と険しく、
岩を登っていく感じなので、ストックも邪魔になります。
ここからは母と娘のストックを預かって、登っていきます。

8合目であんパンを食べるという娘の目標は
なかなか達成できません。
なぜなら、前文に書いた通り、8合目がたくさんあるから。

8合目の小屋につくたびに、

「あんぱん来た?」

「あー残念、この小屋じゃないよ」

という会話を繰り返し、なんだか娘が不憫に感じます。

それでも弱音を吐かず、マイペースながらも高山病になる事もなく登る娘。

そして、母は自分の体力がいつまでもつかわからないから、体力があるうちに登りたいと必死。

そうこうしているうちに、ようやくアンパンが食べられる、8合目トモエ館に到着します。

娘さん満足げにアンパンを食べます。

この子、目的のアンパンも食べ終わったから、登山やめるって言いそう、、、

とっさに

「山頂に郵便局があって、そこからお手紙出せるみたいなんだけど、行く?」

と聞くと、

「そこからお家にお手紙出したい‼︎」

と。

よかった、とりあえずまだ登ってくれるらしい、、、、


息が苦しい。

吸っても吸っても息苦しい。

酸素を吸いながら進みます。


私の荷物はどんどん増えますが、母と娘が無事ならそれでいい、、、

姉と夫は問題なく登ってきます。

そしてついについに!


7合目から登山開始して約6時間。

やっと山頂に到着です。


山頂でご飯食べたり、偶然登ってきたしんやくんに会ったり、もちろん郵便局で手紙を出して、下山。

富士山は下山が辛いのよ、、、

とにか飽きるし、長い下り道。

走れればいいけど、走れない家族を連れていると辛い。

それでも、無事に下山完了。

なんと下山にも6時間。

走らずに歩いて下るとある意味登りよりキツイ、、、


石と砂が沢山入ってきて、ゲーターも限界なので、靴はガムテープでぐるぐるですが、無事全員下山できました。

娘はなんかわかんないけど楽しかったそうで、母は夢が叶えられたと喜んでくれたので、夏の良い思い出となりました。

母の次なる目標は

鳳凰三山

来年に向かって、今から頑張らなきゃねー。


北山野道をゆく@山梨県甲府市

大会もひと段落ということで、
完全趣味の活動「Trail Ginger」が再始動。
いや、完全に止まっていたわけじゃないですし、
そもそも、チーム活動なんてものは、これまで1回しかしたことがなく、
普段は完全個人活動なので、再始動もくそもないわけですが、
今回はせっかくだからみんなで行ってみよう!
と、久々に全員集合したわけです。

メンバーは
45歳すぎて、図書館にはまったクボヒデ
墓ディレクター2級免許を持つデーイー
きめ細やかさなら誰にも負けないオーマ
そして、いつも行き当たりばったりのマツイ
以上4名。

この4名で行ってみたい!
巡ってみたい!という話になったのがこれ。

「北山野道」

たまたま、道がまっすぐのスタッフ用駐車場のそばに長禅寺というものすごい立派なお寺がありまして、その立派なお寺の駐車場に「北山野道」の看板があったのが全てのきっかけです。


だいぶ昔に作った看板ですが、甲府駅の北側のエリアの神社や史跡に番号がふってあり、
そこは歴史的にも面白そうなエリアだから、皆さん巡ってみませんか?
みたいな、そんな看板でした。

史跡の数は50個ほど。
距離にして約50km前後でしょうか?
TrailGingerならこれ、走って回れるでしょー
これこそ車なら通り過ぎちゃうとこでしょー
と、みんなで盛り上がりまして、じゃあ「北山野道」行ってみよう!

という話になったのですが、
連日甲府市内なんと30度越え・・・
朝早くから灼熱地獄。
こんな気温の時に走ったら、これ死んじゃうでしょ・・・
と、急遽エリアを狭めることにしました。

「北山野道」は全部で4つのエリアで構成されています。

*表門(うわと)の里(横根~酒折エリア)
*板垣(いたがき)の里(酒折~甲府エリア)
*小松(こまつ)の里(甲府北口エリア)
*志麻(しま)の里(山宮エリア)

この中の「小松の里」に決定。
理由は「なんかここなら行けそう」と思ったから(笑)

だって、手がかりはさっきの看板の地図しかないわけです。
そうなると、なんとなくわかるエリアじゃなきゃ絶対無理(笑)

ということで8:30に武田神社を出発します。


この武田神社も「北山野道」で26番に指定されているところなので、
まずは順調に1つ目クリア。

ここから積翠寺に向かってひたすら道路を登っていきます。

とにかくひたすら。
じりじり言うアスファルトを登っていくと、積翠寺と要害の分岐の小高い場所に
馬頭観音を発見。


とりあえず寄り道。

なんか、昔この辺の集落の農耕馬がもう寿命が短くなった時に
血抜きをしていた所ですよ~的な説明書きあり。

ほほー。

しばらく観察していると、なんか奥にマーキングテープが見える・・・


とりあえず藪こぎしてみると、今度は灯篭が見える・・・

私以外全員サンダルランだけど、かまわず藪こぎです。

あれ?もしかして・・・神社がある~!

そう、知らぬ間に「北山野道」31番の「白山(はくさん)神社」へたどり着いていました。

この宝探し感がめちゃくちゃ楽しい。


これ、正式な道も後々見つけるのですが、草ボウボウのこの季節
なかなか見つけるのは手ごわい神社。

狛犬さんは新しめ、祠の台座もだいぶ新しめ(平成のもの)

でも、神社へ伸びる石階段や鳥居はなかなかの良いお味。

「階段の石の積み方イイね~抜群だね~」

という、このチームでなければ出ない会話がどんどん出ます。

とりあえず、このチームの目的の1つ。
カッコつけて写真を撮るを遂行(笑)
img_8655.jpg

さて、そこから更に登って積翠寺「古湯坊」方面へ。

途中なんか登りたくなる階段発見。
登ってみると、ほらやっぱり。
「山の神」と観音様?と思われるような石仏。

北山野道 小松の里散策!!_7891 北山野道 小松の里散策!!_3482
この石仏はとても古そうでしたが、囲ってある建物はだいぶ新しく立派。
蚕影観音と書かれている看板があったので、このあたりも養蚕をしていたのね・・・と、
感じることができます。

さて、登ります。
まだまだ登ります。

すると紫陽花が満開のエリアにようやくたどり着きます。

北山野道 小松の里散策!!_4946
ここが34番「古湯坊」です。

北山野道 小松の里散策!!_3182
信玄の隠し湯として有名な場所です。
今は「坐坊庵」という名前の立派な旅館があります。

そこから、武田の森のトレイルコースを通って、33番の要害城跡へ向かいます。

北山野道 小松の里散策!!_1033

ずっと舗装路だったので、やっぱりトレイルは気持ちよい。

しかもここのコースはすっごい走りやすい。

あっという間に要害城跡へ到着。

北山野道 小松の里散策!!_8062

ここは武田家が戦の時に、使っていた詰城(つめしろ)と呼ばれてるところです。
途中に不動明王の石仏があったり、防備を固める郭などが残っています。

そのまま下って35番「積翠寺」へ。

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武田信玄が生まれるときに産湯として使った井戸があるお寺です。

北山野道 小松の里散策!!_4786

そのすぐそばに、北山野道に指定されていませんが、
深草観音のご本尊が普段安置されている「瑞岩寺」へも立ち寄り。

北山野道 小松の里散策!!_2336
ここの馬頭観音にしばしうっとり。
馬頭観音は頭の上に馬が乗っているのが特徴です。
一人一人、お顔の表情が違うのはモチロン、頭の上に乗っているお馬さんの表情も違います。
2体も頭の上に乗せている観音様までいらっしゃいました。

北山野道 小松の里散策!!_5206

 

お寺さんはその日法事をおこなっていらしたので、
名残惜しくも、そそくさと退散、次の目標「興因寺」へ向かいたいのですが・・・

ああ、この道祖神気になるから立ち寄ろう・・・

ああ、こっちのお地蔵さんも素敵・・・

あのお墓だってなかなか素敵・・・

町並みだって、石垣だって、橋だってみんな味わい深い・・・

積水寺周辺、気になる石仏が多すぎて、なかなか先にすすめません(笑)

後ろ髪引かれつつ、積水寺から相川方面に舗装路をどんどん下ります。
標高が低くなればなるほど、甲府盆地の熱波が近づいてきます。

30番「興因寺」についた時にはすでに灼熱じりじりの太陽です。

すごい立派な山門。
気品あふれるお寺です。

北山野道 小松の里散策!!_1499

北山野道 小松の里散策!!_3817

この時点で、今日小松の里を全部回るのはむりだな・・・という話になり、
とりあえず、範囲を絞って回ることに。

まずは、25番「護国神社」

北山野道 小松の里散策!!_9344
とにかく立派。
ちょうど入り口の一番大きな鳥居は改修工事ちゅうだったので
ブルーシートの中でしたが、境内の迫力とかわいい狛犬にうっとり。

北山野道 小松の里散策!!_5237 北山野道 小松の里散策!!_7485

24番「信玄火葬塚」

北山野道 小松の里散策!!_8799

信玄のお墓ではなく、火葬したといわれているマニアック(笑)な場所。
これ、ものすごい住宅街にあるので、私も初めて来ました。

住宅街に突然現れるので、山梨県民でも知らない人が多いはず。

22番「大泉寺」

北山野道 小松の里散策!!_4039

武田信玄のお父さん、信虎のお墓がある神社。
まるで絵画のような総門とその先の参道の雰囲気が、とんでもなくかっこいい。

その代わりに、なぜか本殿の柱の彫りが、なんかすごい中途半端。
あれ?作成途中なのかな?まだ下書きなのかな?
住職が書いちゃったのかな?と、思うような出来栄え。
(違ったらごめんなさいw)

北山野道 小松の里散策!!_8062

19番「妙恩寺」

北山野道 小松の里散策!!_814

今日はこのお寺でおしまいです。
このお寺は、近くにトンネルが開通したのですが(愛宕トンネル)その際に、石垣を積みなおしたそうで、デーイー曰く、
「こんな職人技が光る、すごい石積みはない、すごすぎる」
そうです。
なので、興奮状態で大人4人が石垣をみつめていたので、ご近所の方々にだいぶ怪しがられました(笑)

興奮しすぎて、肝心な石垣を撮影していないのが、我々らしいです(笑)

道がまっすぐエイドで休憩しつつ(仕事中の小山田さんすみません)

アキトコーヒーで休憩しつつ(ガラの悪い人達が店先を占拠してすみません)

北山野道 小松の里散策!!_4692

反省会議。

本日の敗因・・・

看板がざっくりすぎて、エリアが広すぎた・・・

そして甲府が暑すぎた・・・

次は、もっと効率よく回る方法を・・・

でもこの寄り道感がたまらなく楽しいと言えば楽しいからいいのかな(笑)

今日行けなかった場所は、また次回絶対回ろう。

そう約束して、スタートの武田神社まで無事もどりました。

23km、6時間の旅。

近くを車で通ったことは何度もあるのに、知らなかった神社やお寺の数々。

走るからこそ見つけられるし、走りだからこそ簡単に寄り道できる。

やっぱり、TrailGingerおもしろすぎる。

 

しかも・・・

その後、なんと、この北山野道を1冊にまとめた冊子があるとの事実をネットで発見。

ダメもとで、発行元の甲府市教育委員会に連絡してみると・・・・

まだ冊子がのこってるとのこと!!

「売ってください!」

というと、かなり驚かれた様子で

「差し上げます!もともと、無料で配布してる冊子なので・・・」

と。
なんと!素晴らしい。

なにやら、甲府市教育委員会が今から約30年前の平成元年に調べて、作ったそうで、
MAP、神社やお寺、史跡の説明、昔話、地層などなど情報盛りだくさん。
これが無料なんて、なんてお得なんだ!

私が、鼻息荒めだったせいか、20冊もくれました(笑)


ということで、もしもほしい方、興味がある方いらっしゃいましたら、
道がまっすぐにありますので、お声掛けください。

30年前のものなので、少々道が違ったり、建物が変わってたりしますが、特にもんだいありません。

北山野道。

まだまだコンプリートには長い年月かかりそうですが、
この冊子を読みながら、次のルートを計画します。

北山野道 小松の里散策!!_9970


さよなら靭帯のその後

去年は分水嶺トレイルBコースに出場していた。


「お前みたいな者は顔洗って出直してこい!」

そう、山塊からほっぺた引っ叩かれたようなレースで、将監峠でリタイア。
私の体調不良だったので、私はツェルト内でヌクヌクと休み、白さんとフジフジはツェルトに身を包んでの野営。何もかもが申し訳なかった。

今年こそ!
そう思っていた矢先に靭帯を切った。

分水嶺トレイルを完走するには、とにかく重い荷物を背負って、長い距離を進む訓練が必要だということがわかっていたからこそ、靭帯を切ってすぐに、リベンジを誓っていたチームメイトに、ごめんなさいと連絡した。

ただ、もし分水嶺に出られなかったら、、、

そんなつもりでエントリーしていた大会が。

「おんたけウルトラトレイル」

靭帯を切って、4月までは全く走れなかった。

でも、みんなが出たくて出たくてクリック合戦にまで発展した大人気のレース。

キツくて辛い

そう言いながら大人気なのには何か出た事がある人にしかわからない魅力があるんだろう。

7月のこのおんたけを目指して、がんばって練習しよう。

そう思って出場を決めたのが5月。

スリーピークスは6月開催で、正直5月〜6月は自分の為の時間を作ることは難しい。

なので、毎年4月〜6月はNO RUNNING期間に突入してしまうのに、100kmもあるレースに出れるもんなのか、、、

正直不安しか無かった。

練習といえば、毎週火曜日にやってるグループランと、たまーに10km程度走るぐらいで、違和感が残る靭帯と、すっかり落ちた体力と、忙しさを言い訳にして、長い距離走り続ける訓練を全く出来なかった。

正直出られる自信が全く無かった。

でも

DNSとDNFが大嫌い。

去年分水嶺トレイルを引っ張ってくれたチームリーダーの藤生さんは、それからしばらくして鋸岳で帰らぬ人となってしまった。

藤生さんに「元気だよー。頑張ってるよー!」って本当は分水嶺のコースで伝えたかったけど、それが出来なくなった今、山は違うけど、おんたけで伝えられたら。そう思って、出場をレース3日前に決断した。

私が決意出来ずにいたせいで、お店の臨時休業も直前の発表となり、関係各所の皆様には大変ご迷惑おかけしました、、、スミマセン

初めてのおんたけ。

夜間走るのが好き、深夜12時から朝4時までが1番元気な私にとって、おんたけのスタートか深夜12時のおんたけは自分に向いてるな、、、

そんな妄想に胸膨らませ王滝村へ。

現実が見えてきて、急に怖くなる。

あれ?前に100km完走してた時、もっとずっと真剣に練習してる。。。

そんなこと思い出したら、不安で泣きそうになる。

制限時間いっぱいの20時間でゴールすれば良いな、、、

いやーー20時間も動き続けられる?

20時間かーーーーー

どう考えても泣きそう。

そんな中100mileが20時にスタート。

いつもはサポートする小山田さん。

今回はノンサポートの100mile。

頑張ってね、無事帰ってきてね。

そう言い握手。

でも、どっちかって言うと、無事帰れないのは私だな、、、

見渡せば100mileランナーはみな、練習してきた、走りこんできた、準備し切って来た方ばかり。


そんな方々とスタート前に。


競技説明会も緊張感たっぷり。


御岳という場所柄なのか、スタート前には神主さんのご祈祷があり、いよいよスタート。

暗闇に消えていく、ライトと熊鈴の音。

とにかく、かっこいい。

派手さはない。おしゃれでもない。

男臭いかっこよさ。

甲子園を目指す男子校の野球部みたいな雰囲気。

一気にテンションが上がり、自分がスタートする24時まで出来るだけ寝たいのに、全く寝られない、、、

バタバタしながら、気がつけばスタート時間。

ATC storeの芦川さんから、第1関門までが大変だから、そこまで頑張れ!とアドバイスを貰い、私も暗闇の中スタートします。


スタート前に。

今回山梨から一緒に行った五味くんとはスタート位置が違いすぎるので、ここでお別れ。

わたしは後半からゆっくりスタート。

スタートして間もなく、、、

OSJクオリティ満載(笑)

分岐誘導スタッフとか全然いない(笑)

看板のみだし、マーキングもほぼないし、看板も少ない(笑)
20km地点、小エイドまでもう少し。

周りはだんだん明るくなってきて、私もようやくライトを消して、ガレ場の下りを走る。

走りやすい下りなんて一箇所もない。

THE 林道!

気を抜いた瞬間に、つまづいて転ぶ。

転んだ瞬間に両足のふくらはぎが攣り、江頭2:50のようにピーンと突っ張ったまま飛び、ゴロゴロ転がる。

見ず知らずの方が

「大丈夫ですか?」

と。声をかけてくれるので、

「大丈夫じゃないです!」

と訴え、攣りが治るストレッチをしてもらう。

あの時のあの方ありがとうございます。本当にありがとう。誰だったんだろう。是非会ってハグしたい。

完全に攣りが治らないけど進むしかないので、攣ったまま進み、だましだまし走る。

だましだまし。

ようやく小エイドに到着。

エイドも水と塩しかない(笑)

全然キロ表示も違うし、エイドの場所もあってない。

でも、自己責任のスポーツ。そんなのに文句言っちゃいけない?こんな山の中に水があるだけでありがたい。

みたいな感じで、とにかく第一関門目指して進みます。

でもその第一関門が、全く現れる気配がない(笑)

何回カーブを曲がっても出てこない(笑)

仕方ない、これはOSJだから、、、そう言い聞かせても、全然たどり着かない(笑)

第一関門への道のりに嫌気がさした頃、

「グンモーニン、グンモーニン」

という、怪しい声。

振り返ると小山田さん。

おんたけは100mileと100kmが1部同じコースを進むので、タイミングが合えば100mileの選手に会えるよ〜とは聞いていたものの、ここで会うと思ってなかったので、驚いたし、疲れていた時間だったので、会って話ができて、気持ちが軽くなって、パワーもらえました。

100mileの第2ループを回ってきた小山田さん。

すでに距離は70km越え。

そんなのも感じさせない、走りと元気。

「関門もうすぐだからがんばれ」

そう言われて、一緒に第一関門間で向かいます。

32km関門制限時間6時。

私が到着したのは5時10分頃。

たぶん、37kmぐらいの所に関門があったよね(笑)


エイドの黒ちゃんが撮ってくれた写真。黒ちゃんありがとう!

いやー厳しい。

ギリギリじゃん。

トイレに行きたいけど、恐ろしい渋滞で並ぶ気がしない、、、

私の計算上5時30分には関門を出なければ、次72kmの関門に間に合わない、、、だって関門はきっと72kmじゃないから、、、

そう思って、トイレも、ゆっくり休憩も諦めて進みます。

基本ジェルのみで進んでいるので、補給は動きながらする事に。

眠気もなく、割と順調かもーー

と、いい気になってたら、雨。。。

雨のレースは嫌いじゃないので、レインを着て進みます。

雨は降ったり止んだりを繰り返していて、

しかし、トイレ、、、

コースが林道だから、ちょっとお花摘みに、、、みたいな行為が一切出来ない。

かなりいいペースで進んできたけど、諦めて次の小エイドでトイレ休憩をする事に。

これが間違ってた、、、

30分。

完全に30分トイレ待ち。

止まってる間に雨だからどんどん体は冷えて、足も痛みが出てくる。

ようやくトイレを済ませて、リスタートするも
足が動かないし、やたら眠くなるし、
とりあえず「止まらない、動き続ける」と念仏のように唱えて、1歩1歩カメさんなみのスピードで進む。

そう、夜は得意だけど朝が苦手。。。

眠すぎる。。。

すごい、抜かれる。
ふらふら登り、平坦なところもふらふら歩いてるから、どんどん抜かれる。

とにかくすごい眠い。

そして、すごい土砂降り。

土砂降りだってなんだって、眠いもんは眠い。

早く、ドロップバックを預けてある第2関門に到着したいと心から思っているのに、
やっぱり来ない(笑)
72kmじゃない(笑)

第2関門には最低でも11時には到着して、いろいろ食べたり休んだりしたいのに、
全然たどり着かない・・・

ふらっふらのへろっへろになりながら、第2関門のドロップポイントに到着したのは
11時15分ごろになっていた。

びしょびしょのウェアを着替えたいけど、女性が着替えられるようなスペースはないし、相変わらずトイレは混んでるし、愚痴を言い出せばきっときりがない。

でも、進まなきゃゴールできないし、
進めばゴールできるし、
もうここまで来れば、体なんてどこが痛いかわかんないぐらいみんな痛いし、
走力なんてものはそもそもないわけで、あとは根性でしょ。

そう気持ちを切り替えて、第2関門を11時30に出発。

そのあとは基本的に下りがメインで、下りが好きな私にとって、ラッキーなコース設定。
登りはもうベッタベタに遅いけど、下りなら走れるし、下りは走りきりたいし。
そう思って、重力に逆らわず、下る。

第3関門でそうめんを食べて、でも長く休むといやになるから1分ぐらいで再出発。

このあたりから、距離表示がどこもかしこもバラバラで、自分が一体あと何キロ地点にいるのかさっぱりわからなくなる。
たぶん、あと20kmぐらいなんだろうけど・・・
とにかく進めばゴールは見えると思ってひたすら長い長い長いガレ場の下り道。

長い下りだけど、
この間行った黒戸尾根と比べれば、走りやすいし、距離も短いな。

そう思って、下る。

膝が時折痛くなるし、股関節も痛いけど、
90kmぐらいになれば、みんなどこもかしこも痛いし、
TDTの時は、こういうのを「熟成した」って言ったなー。
熟成しきったら、今度は何になるんだろう?

とか、とにかくネガティブにならないように、考えて走った。

それに、もちろん藤生さんのことをすごい思い出した。
今フジフジだったらなんて言って励ましてくれるだろう?
「松井さん、足動いてますよ、すごいですよ」って、全然動いてない足だとしてもほめてくれるだろうな・・・。

フジフジはもういないけど、
私は変わらず生きてるし、
生きてる人は、いない人の分まで走らなきゃな。
分水嶺はダメだったけど、
おんたけはぜったいあきらめない。

そう強く思い、進む。

とにかく長い下りがやっと終わり、
久々の舗装路、そしてやっと待ちに待った最後のエイド(小エイド)。

このエイドにはもう1つ矢印が付いていて、
100mileはここから最後のループへ行くコースだという事がわかる。

小山田さんはきっと行ったんだろうなーと漠然と思う。
きっと彼は絶対リタイアしないし、関門もパスするだろうな・・・と。

もうあと10km。

最後の小エイドを出たとき、この間サポートに行ったスパトレイルを思い出す。

仲間の池ちゃんが、関門ギリギリで最後のエイドを出て、
絶対完走したい!という思いで、全力出し切って、走り切ってゴールした姿。

私も絶対に走り切ってゴールしたい!
今から頑張って走れば17時までにゴールできるかも。
そう思い、16時頃最後のエイドを出発。

走り切りたい、全力出し切る!

そう、念仏のように心の中で唱えて、とにかく進む。

最後の1kmは猛ダッシュ。

その甲斐あって16時間55分でゴールしました。


ゴールを100mileを1位でゴールした大瀬が撮ってくれた。

ボロボロな私。

いや、ほんと、のろいし、
走ってないし、
途中「あれ?ハイキング?ずっと私歩いてるよ」と思うことは何度もあったけど、
今この状況で100km走れてよかった。

長い時間、自分自身に向き合えて、
余計なことなんて一切考えずに、
約17時間走れる(歩ける)ってなんて贅沢な時間だろう。
コースはあんまり好きじゃないけど(笑)
楽しかったなー。

そう、素直に思えた「おんたけウルトラトレイル」だった。

今回はまぐれの完走で、こんな練習量でレースに出るなんて、どうかしてる。

でも、靭帯が切れてから、全然動けない日々を経て、ようやく走れたことは素直にうれしい。

今年も夏山へ行こう。
いろんな山で遊ぼう。

でも、その前に、日ごろの練習ちゃんとやろう。

練習はやっぱり裏切らないから。


Only time will tell.

第4回スリーピークス八ヶ岳トレイルが終了し、1ヶ月が経とうとしています。

早く参加してくださった皆様、ご支援くださった皆様へお礼の言葉を、、、

と、思ってはいたのですが、この1ヶ月。正直、大会について話をするのが苦しくて、文字にする事も出来ませんでした。

お店のスタッフをしているので、お店に来て下さった方々とは大会の話をするのですが、その時もなんとなく避けてしまう。そんな感じです。

なんで言葉に出来ないかと言うと。。。

大会について思い出すと、いかに自分が無能であったかを、再認識しなければならないからです。

なぜあれが出来なかったんだろう?

なぜもっと気を使えなかったんだろう?

なんでこんなにいい加減なんだろう。

どうしてもっと優しく話せないのだろう。

どうしてこんなにバタバタしてしまうのだろう。

ミスが多くて死にたい。

会場のスタッフが負荷が高すぎて、休憩も満足取らせてあげられず申し訳ない。

ゲストスタッフさんに頼みすぎて、頼んだ割には放置して、申し訳ないし情けない。

もう、反省の言葉をあげたらきりがないほど。

正直、大会が終わったら、関係者の方やゲストスタッフの方から石を投げられても仕方ない、、、と覚悟していた程。。。

それに相反して、大会にご参加くださった方から頂く、称賛の声。

良い大会だった。

楽しかった。

スタッフの皆さんが全員親切だった。

とにかくスリーピークスはすごい!

私が予想もできなかった量の称賛の声を頂き、嬉しくもあり、そんなにたいしたことできていないんだよ、、、と思うと苦しくもあり。。。

そのギャップが埋められずに、苦しくて、胸がギュッとなります。
1つ1つ思い出して、前に進まなきゃなぁと思うのですが、なかなかどうしたもんでしょう。

不器用なもので、まだまだ消化できずにいます。

でも、大きな怪我人が出ることなく、レースが終了したこと、地域の方々が大会開催を喜んで下さっていること、選手の方々のたくさんの笑顔を見れたこと、スタッフの皆さんの優しい心に触れられたこと、全てに感謝の気持ちでいっぱいです。

第4回スリーピークス八ヶ岳トレイルにご参加いただきありがとうございました。

なんか出来そう!自分で大会開催したら楽しそう!

そのぐらいの思いつきで始めた大会が、年々大きくなり、毎年大会を愛してくださる方が集まってくれる、暖かい大会へ成長しました。

私1人では決して出来ず

沢山の方々の支えがあってこそ。

全国見渡しても、レース開催後、コースにゴミが1つも落ちていない大会は、スリーピークスぐらいではないでしょうか?

これは、選手がゴミを落としていないだけでなく、落ちていたゴミを拾いながら走っていた選手やスタッフがいた事を意味しています。

人のゴミだから関係ない、ゴミは大会関係者が拾ってくれる。

そんな風に思う方は誰もいず、頼まれたわけでもないのに、当たり前のように拾い集めてくれた暖かい気持ちに感謝いたします。

ゴミが1つもなかったことは一例に過ぎず、すべてのスタッフが選手を喜ばせたい、楽しませたい、大会を無事に終えたい、そう自分のためだけでなく、大会を思って行動してくれた事が嬉しくてたまりません。

スリーピークスは人です。

武田信玄も言いました。

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。

意味は

どれだけ城を強固にしても、人の心が離れてしまえば世の中を収めることができない。 熱い情を持って接すれば、強固な城以上に人は国を守ってくれるし、仇を感じるような振る舞いをすれば、いざという時自分を護るどころか裏切られ窮地にたたされる。

私もスリーピークスで多くの方々に救われました。その恩を少しづつ返していけたらと思っています。

なかなか落ち着かない性格で、お礼も遅く、不義理な対応をしてしまってるとは思いますが、マツイだもんな、しょーがねーな。ぐらいに思っていただければ幸いです。

気がつけば7月。

冒頭に申し上げた通り、まだまだスリーピークスについて話をするのは胸がギュッっとなります。

でも、時が経てば、もっといろんな事が見えてきて、良い面も悪い面も受け止められると思います。

第5回大会を開催するには、9月から準備が始まります。

今は心やすらかに、また前を向いて進めるように、いろんな大会に遊びに行って、いろんな山に行って、パワー充電したいなーと思っています。

沢山のごめんなさいと、

沢山のありがとうの気持ちを込めて。

また八ヶ岳で会える日を夢みて

松井裕美


持つことの意味

お久しぶりですマツイです。
すっかりご無沙汰している間に
お世話になってる「SUNDAY」が「道がまっすぐ」というお店をOPENしまして
その店長を小山田さんがすることになりまして
私はなんだかんだでバタバタしてまして
ブログがおざなりになりました。
すみません。

毎年この時期といえば、スリーピークス八ヶ岳トレイルの準備に明け暮れているのが恒例なのですが、今年は「道がまっすぐ」の開店準備に明け暮れたり、
そうは言っても36歳。
女のホルモンの壁ですかね?
うっかりホルモンのバランスが崩れて、どうにもならない体調不良と四苦八苦した2ヶ月?3ヶ月を過ごしております。

私のホルモンについてはまた後日・・・

今日は持ち物の話です。

ちょっと昔の話になりますが
レースのレギュレーションを破ったとか破らなかったとか
そういう話で大盛り上がりでしたね。

これ、私の正直な気持ちですが
なんか居心地悪いというか、気持ちが悪いというか・・・

なので、その話題がてんこ盛りの際には一言も発することができませんでした。

今回、私が運営で関わっている
「スリーピークス八ヶ岳トレイル」という大会がいよいよエントリー通知を発送する段階に来ましたので、この機会に「持ち物」について話をしたいと思います。

これまで、スリーピークス八ヶ岳トレイルでは必携品と言って
レースに出るなら必ず持ってもらいたいものは指定していましたが
それを実際に持っているかどうかのチェックは1度もしていません。

それは、トレイルランニングというスポーツが紳士淑女の競技であり
野蛮なスポーツではなく、それを十分認識している方々が参加しているのが大前提であるから、スリーピークス八ヶ岳トレイルという大会が成り立っていると思っていたからです。

それに、持ち物チェックなんて、いい大人が、大会の規定を破って
1gでも削って、人より早く帰ってきたって、そんなのつまらないじゃん。
だったらちゃんんと背負って、胸張ってゴールした方が楽しいじゃん。
でもって、そんな人が集まってるって信じてるし、持ち物チェック自体悲しいじゃん。

的な思いだったので、レギュレーションチェック(持ち物チェック)は行わずにいました。

でもですね・・・

でもですね・・・

でもですね・・・

現在私は「日本トレイルランナーズ協会」という組織に属しておりまして
そこでは、日本全国で開催されている大会がより良くなるためにという目的で
定期的に集まり、会議を行っているのですが、もちろんレースレギュレーションについて話し合うことが数回ありました。
1月に開催したフォーラムでも「必携品」について考える「大会のルールってなんだろう?」というフィールドワークを開催しました。

そいういった活動の中で、選手側に「必携品」の携帯を求めるだけでなく
大会主催者も主催者の責任として「必携品」と「推奨品」を分けて考えるべきであり、
また、必携品と大会が指定したならば、主催者はチェックすべきであるという考え方が、
現段階では一番フェアな考え方だと思いました。

よって・・・(いつも結論まで長くてすみません)

今年度よりスリーピークス八ヶ岳トレイルでは「必携品」と「推奨品」を分け、
かつ、大会期間中に必ず必携品チェックを行います。
そして、そのチェックの際に「必携品」を携帯していないと判明した際には
ゴールタイム(完走時間)に60分加算します。

第4回スリーピークス八ヶ岳トレイルの必携品、推奨品は下記の通りです。

<必携品>装備として必ず携帯するもの
(1)エントリーの際に番号を届け出た携帯電話
大会本部の電話番号(ゼッケン配布時にお知らせします)を登録し、番号非通知にせず充分に充電しておくこと。レース前、レース中に大会本部よりこの携帯電話に緊急連絡をすることがあります(電波が届きにくい場所もあります)
(2)500ml以上の水(スタート時、および各エイドステーション出発時に)
(3)配布されるゼッケン、ICチップ
(4)雨天に備えてフード付きレインジャケットとして機能するもの。
※シームテープの加工がしてあるものが好ましい。
(5)絶対に完走するという強い気持ち。

 

<推奨装備品>
レースの距離と、山岳地を走り続けるという特殊性を充分認識し、持っていたほうが良いと大会側が判断するものです。推奨品のため、チェックはありません。必要と思われる方はお持ちください。
(1)行動食
(2)ファーストエイドキット(絆創膏、消毒液、痛み止めなど)
(3)手袋(特にOne Pack Line 38kに出場する選手は、危険個所が多い為、手袋の着が望ましい)
(4)エマージェンシーシート
(5)レインパンツ(シームテープの加工がしてあるものが好ましい
(6)携帯トイレ
(7)保険証

 

ここで皆さんに考えてもらいたいのは、
わーーーい荷物軽くなったー♫
ということではなく、推奨品の意味です。

推奨品は、持っても持たなくてもいい物ではなく
「できる限り持ってもらいたいもの」です。

トレイルランニングというレースは自己責任のスポーツであることは、みなさん十分ご存知であると思います。

でも、誰しも好きで怪我をするわけではないですし、わざと危険な思いをしようとする方はいないと思います。
なにかのアクシデントがあって、どうにもならずに困っている人がいた際に、必携品だけでなく、推奨品を背負っていれば、自分だけでなく、困った誰かを助けることができます。

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この言葉は、何も登山者やトレイルランニング以外の方々へ向けた言葉ではありません。

同じ、トレイルランニングを愛する仲間へ、共に楽しもうよという言葉でもあります。

であれば、同じトレイルランニングを愛する仲間が、例えば必携品を持っていなくて
何らかのアクシデントで困っていた際に、
必携品も推奨品も両方持っているあなたは、その人を助けてあげることができます。

持っているから素晴らしい
持っていいないから愚かだ

そんなことではなくて、持っている人は持っていない人に分けてあげれば
みんな同じ幸せを共有することができます。

トレイルランニングはまだまだ未熟なスポーツです。
このスポーツに関わる私たち1人1人が
トレイルランニングを作っていく存在でもあります。

今回私たちはレインウェアを必携品にし、
※シームテープの加工がしてあるものが好ましい。
という表現にしました。

実はこの1文を決めるだけで、1時間かかっています。

私は
「シームテープ加工にしているものに限る」という1文にしたかったというのが正直な気持ちです。
スリーピークス八ヶ岳トレイルの特にAttack Line 23kには、トレイルランニングレースに初めて出るという人が沢山来てくれます。

もし、初めてのトレイルランニングのレースとして、スリーピークス八ヶ岳トレイルを選んでくれたのであれば、今後その方がどんなレースに出ても、自信を持って参加できるように、きちんとした装備を整えて欲しいという思いがあったからです。
でも、初めてのレースに参加する方が「シームテープ加工」という言葉が認識できるのか否か、そして認識できない際に、故意ではなく持ってきたものがシームテープ加工していなかった物だった場合、それでもペナルティを課すのか?それは余りにもかわいそうではないか?

そんな議論を実行委員会議で、かなり険悪な雰囲気が漂うまで話をしました。

その中で出た結論というか、一文が

シームテープの加工がしてあるものが好ましい。

という言葉です。

もし、今、このブログを読んで、この言葉がわからなかったら
ぜひお近くのアウトドアショップ、ランニングショップに行って、確認してください。

決して安いものではありません。

でも、今後山と向き合っていくあなたにとってとっても大事なものです。

そして、必携品最後の項目。

これが一番大事なことです。

コースディレクターの小山田隆二さんが
ぜひ加えたいと考えた必携品です。

(5)絶対に完走するという強い気持ち。

これ、これこそが大事なものです。
必ず大会期間中に確認します。
ゲストスタッフの皆さんが、いつ何時選手の方々に問いかけるかわかりません。

さぁ、あと1ヶ月。
練習も準備もラストスパートです。
今年も笑顔で八ヶ岳で皆さんとお会いできるよう
ラストスパート死ぬ気で頑張らなきゃならない時期です。
ホルモンのバランスが崩れて辛いなんて言ってる場合じゃありません(笑)

今日も長文になりましたが
すこしでも思いが伝われば嬉しいです。


想いを繋ぐ

3.11の大震災から5年経った。

時の経つのは本当に早くて、それぞれが、それぞれに「あの時」を思い出すのではないか?

私の「あの時」は、ちょうどエレベーターに乗り込んだ時だった。

けたたましい音とともに、閉まるはずのエレベーターの扉が閉まらず、何が起きてるのか分からぬまま、エレベーターの扉の「閉」ボタンを押したまま、呆然としていた。

はっと気がつくと、1階にある証券会社の社員さんが、一斉にビルの外に飛び出す姿が見え、その時やっと私は、これが地震であることに気がついた。

地震だと気が付くと、今度は恐ろしくなって、足がその場に固まってしまったかのように動けなくなってしまった。

「あなた!そこにいては危ない!逃げなきゃ!」

証券会社から飛び出してきた女性社員の1人が、私の腕を掴み、私はようやくその場を離れることができた。

甲府は震度5強。

東北の方々からしたら、大したことない揺れ。津波もなければ、家が倒壊することもなく、家族も全員無事だった。

しかし、それから程なくして、私の生活は否応なしに変化を迫られた。

震災から約半年後。

私は仕事を失った。

当時私は、某電力事業系列の会社で、委託社員として図面を書いていた。

ちょうど、システム移行を行おうとしていて、そのための研修に、山梨支社を代表して、何度も都内まで出張に行っていた。

今後のシステム移行から、作業まで担当するはずだった。

でも、震災後には、現場作業が絶対ではない、遠隔地でも対応可能な作業であると、本社が判断し、私の委託業務は急遽終了となった。 

その頃私は30歳で、まだまだ転職するのに遅くない時期だった。だから、仕事を失ったと言っても、恵まれていた方だったと思う。

ただ、たかが委託社員とはいえ、3年半も通った職場から、あっという間に終わりを告げられた時の悲しさや虚しさや寂しさといった感情は未だ忘れることが出来ない。

何度も言うが、実際に震災にあった東北の方々から比べれば、私の悲しみなんて、取るになりない。
震災の後、山梨県内は電力確保のための計画停電なるものが、各地で実施された。

停電は約3時間程度だが、街の明かりが無くなっていく事に、恐怖を覚えた。

明かりが「安心感を与えてくれる存在」であった事に気が付いた時だった。

当時、実家には肺気腫の祖母がいて、24時間の在宅酸素治療を行っていた。停電中の酸素ボンベの確保や、風邪をひいたら命取りと室内の温度管理など、いつもと違う状況にかなり戸惑ったのを覚えてる。

でも、家があって、家族がいて、支え合っていける。

それがどんなに素晴らしいことだという事に気が付くことは、あの時まで無かった。

あれから5年経ち、その時転職した会社も退職し、その間にスリーピークス八ヶ岳トレイルという大会を立ち上げ、今年で4回目を迎える。

私なりに、毎日七転八倒しているが、こうやってやりたいようにやらせてもらえて、日常が目まぐるしく動いたのとは反対に、未だ時計が止まっている方も多くいると思うと、胸が痛い。

そして、この5年の間で、あの時いた祖母は他界した。

祖母が亡くなるまで、約1年ホスピスに居たので、私たち家族は祖母の死に対する用意ができていた。

気持ちの面でも、生活の面でも。

それでも、まだ、わたしは祖母の死が受け入れられない。

いない事は分かっているのに、会うことが出来ない現実にきちんと向かい合うことが出来ないまま1年が経とうとしている。

でも、震災で失われた命はあっという間で、誰1人心の準備も出来ぬまま、大勢の人々が別れを強いられた。

その方々の気持ちを思うと、別れる時間も、離れる覚悟も与えられた中で、祖母を見送った事に、恵まれてると思わなければならない。

震災で失われた尊い命の1つ1つを思い、祈ることしかできないけれど、決して忘れないという想いを繋いでいきたい。

失われた日常を思い、明るい未来へ繋がるお手伝いが少しでもしたい。
そんな思いで

「チャリティナイトラン 金曜ロード走」

を開催した。

名前はふざけているが、内容的にもゆるゆるランだか、集まったメンバーの気持ちは熱く、山梨から東北へ向けられた。

クリフバーさんのご協力もあり、ステッカーやグミ、リフレクターなどをセットにした参加賞を1つ500円で販売。

その費用を全額寄付させて頂いた。

  
走ることも、熱い思いも、出来ないことを無理やりする支援ではなく、自分達が自分達らしくできることで、誰かを助ける小さな一歩になれば、普段見ている街の景色も違って見える。

きちんと未来に繋がるお手伝いを続ける。

今後も微力ながら、できることを探して、ランニングや、登山から笑顔を繋げる活動が出来たら、嬉しい。

   
 


サヨナラ靭帯

先日。
本当に不注意で、左足首の靭帯を切った。

何気ないトレイルの、何気ない下り坂。

下りが大好きな私は
ヘイヘイヘイと、いつも通りトレイルを走っていた。

あら?

っと思ったときには足首をひねり、
ひねった時には、ブチっと音がし、痛くてその場に転がり、
明らかにいつもと違うその状況に戸惑いつつも
これはひどい捻挫だ・・・そう思い、歩いて下山した。

思い込みとはすごいもので、
そのまましばらく捻挫だと思い込み、
あまりに痛いので病院へ行ったら、
受付の段階ですでに松葉杖を渡される。

あれ?そんな状況ですか?
そう看護士さんに尋ねると、黙って頷かれる。

診察室に着いたら、先生半笑い。

「次のレースはいつなの?」

と、先生が言うもんだから
4月ですと答えると
看護士さんと声を揃えて

「あーーーーーー残念」と。

先生と、看護士さんの予想通り
検査の結果、とっても綺麗に、プチんって靭帯が切れていて
ついでに、靭帯が支えていた骨までヒビが。

全治3ヶ月。

ちょびちょびしちょ。

これ、甲州弁です。
標準語に直すなら、「調子に乗るんじゃない」そんな感じでしょうか。

これで目標にしていたレースに
サヨナラを告げることとなりました。

サヨナラから始まることが
たくさんあるんだよ

そんな歌がありましたね。
「サヨナラCOLOR」ですね。
良い歌です。

これまで練習嫌いを豪語してきた私ですが
いざ走れなくなると
なぜこんなに走りたくなるのか
そして、なぜ今まで走らなかったことを後悔するのか

そして、体を動かせないことがこんなに不便とは・・・

私、主婦なもんで。
こう見えても主婦なもんで。

ギブス生活の何が困るって、

洗濯物を干すのが非常に困る・・・
食事を作るのに、非常に不便・・・
車の運転がしずらい・・・
買い物しても重たい物が運べない・・・
そんな時に限って、ミソも醤油も無くなる・・・

プリーズヘルプミー。

ほんのちょっとした油断。
油断大敵。
油断アカン。

怪我して、動けなくなって、
何が嫌って、

ネガティブシンキングがノンストップなところ。

こう見えて、基本、ネガティブでウジウジしてるので
その度合いが加速。
右肩上がりにネガティブ。

もう、物事がすべて悪いようにしか考えられない。

ハッピーオーラ満載の人なんて、
バックドロップかましてやろうかと思うぐらいドンヨリ。

こんな心が狭い人じゃいけないって
どんなに思っていても
どうにもこうにも
ネガティブ。

明らかに心がガサガサしてる。
こんな夜は、日常考えを保留していることについて深く考えてみる。

先日、重力波をとらえることに成功したというニュースがあり、
私が短大生の時、デカルトの「方法序説」に、のめりこんだ事を思い出した。

私は幼少期から、テレビや物語でよくある

「タイムスリップしてやってきました」

というシーンが不思議で不思議でならなかった。

『タイムマシーンで行きかう人がいるならば、今いる私はいったい何なのだろう?』

と。
そして、この疑問に対し、少なくとも、小学生の時には1つの結論に達していた。

私の結論は、

私は今、死の淵に立っていて
人生を思い出している。
生まれてから、死ぬまでの出来事を思い出している中の
1コマに私は存在している。

小学生の時、こんなこと考えてたんだから、ちょっと怖い。

認めたくないが、あのころから少し変わってた。

「方法序説」は、そんな考えの私に
「私はいったい誰だろう?と思っているそのもの自身があなたである」
という、1つの考え方を教えてくれた本だった。

「光の速度は重力波の影響を受ける。」

では、気持ちの伝達は何の影響を受けるのだろう。

人によって、気持ちの伝わり方に差が出るのはなぜだろう。

気持ちは物質として存在していないから、そもそも対比のしようがない。

うむ・・・

左足首の靭帯を切った。
たったそれだけのことなのに、
眠れない・・・

結局、ポジティブになれず。

運動してれば、心は前向きなると
なんか誰かが言っていた気がする。

今ならなんか納得できる。

健全な精神は健全な肉体から。

うむ・・・。

早く治りますように。