放てば手に満てり

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まず最初に。
本日の記事はトレイルランニングに一切関係ありません。
「本日のランチ♪」ぐらい見当違いの話ですが、
一応、トレイルランニングに関係のないことも書いて良いということですし、
年の瀬ですから、反省や懺悔の意味をこめて。

 

2014年12月23日。
私は娘と親友とともに、山梨県内のコンサートホールにいた。
山梨ではたぶん1番大きくて有名なホールのしかも大ホール。
そこでこの時期行なわれることは毎年変わらない。
そう、山梨英和中学校・高等学校の「クリスマス礼拝」だ。
(山梨英和 URL:http://www.yamanashi-eiwa.ac.jp/jsh/

私はこの学校で青春時代を過ごした。
文字通り謳歌した。
在学中の6年間。
約2時間にわたって、演奏、賛美歌、礼拝を繰り返すこの行事を、
ずっと起きて参加することは1度もなかった。
もちろん、生徒は合図と共に起立し、お祈りや賛美歌を歌わねばならないのだが、
私はというと、近くに座っているマジメな子に
「立つ時になったら起こしてね」とお願いして、深い眠りに入る。
それでも眠りすぎて、周り中に起こされても起きずに寝入ってしまい、後々担任を通り越して学年主任の先生から冷ややかに怒られる。。。
そんな学生時代だった。

1998年に卒業してから15年ぶりにこのクリスマス礼拝に参加したのは、
正直言って疲れきっていたからだ。
体と心双方に疲れを感じ、「迷える子羊」状態になった私は、
協会の門を叩き、神に会いに行ったのだ。

そうは言っても私は無宗教。
神社にも行くし、お経も読むし、神や仏を意識して生きていることはほとんど無い。
でも、短大を含め8年もクリスチャンの学校で過ごしていると、
やはり聖書やイエス様というのはどうしても身近な存在になる。
ふと気が付くと賛美歌を口ずさんでしまうのもそのせいだ。

 

特別神を信じているわけではない。
仏にすがりたいわけでもない。
でも、何か光が欲しい。

そんな思いで、母校のクリスマス礼拝に参加した。

 

ハンドベルの演奏、マンドリンの演奏、聖句を読み上げ、お祈りをする。

在学中、睡魔に負け続けていた私が、
15年経って、初めて寝ずにクリスマス礼拝を終えれた。

クリスマス礼拝のクライマックス。
恒例の「ハレルヤ」コーラス。
学生時代、声楽を習っていた私は、眠り続けたクリスマス礼拝の中でも
このハレルヤを歌うときが大好きだった。
高校3年の学年でもっとも生徒からも先生からも人望が厚かった生徒が指揮をする中、6学年がソプラノ・メゾ・アルトのパートに別れ、盛大に合唱し、
音楽を専攻している生徒の何人かが、ピアノ、バイオリン、ビオラ、チェロを弾き、
舞台の上では聖歌隊がおそろいの衣装で懸命に歌う。

 

毎年毎年同じ光景。
でも15年ぶりにみたそれは、全く違うものに見えた。

 

会場で学校紹介のパンフレットをもらい、
パラパラとめくってみた。

卒業して15年も経ち、授業風景は大きく変わり、今はドイツ研修まであるらしい。
卒業生からのコメント欄に華麗に転身した同級生を見つけ、驚いたり、感心したり。

よくよく考えてみれば、たかだか学校の行事でホール貸しきったり、バイオリンやらフルートやらハープやらを演奏できる生徒が居たり
学校の中にはパイプオルガンもあって、絵に描いたようなお嬢様学校の中で、貧乏なサラリーマンの不真面目な娘を、よくこの学校は引き受けたなと。。。さすが神は寛大だな。。。と思うばかり。

 

しかしながら・・・
クリスマス礼拝で神は見つからなかった。
でも神の変わりに見つけたこともあった。

 

私がすごした学び舎は、多様性に満ち溢れていたということ。

「個性」や「価値観」を重視し、それを発表し、聞く機会が非常に多かったと思う。
どんな小さな質問にも、無言の人は居ず、正解不正解問わず発言し、それを受け入れた。

 

「あなたは何を考え、どうしたいのか?隣人は何を思い、どうしようと考えているのか?」

 

物事に多角面から光を当て、考えることを義務付けられていたと言っても過言ではない。

 

SNSのおかげで、同級生の活躍が目に入る機会が多くなった。
キャビンアテンダント、アナウンサー、デザイナー、海外移住といった華やかな人もいれば、国会議員、外交官、JAXA、弁護士、行政書士といった固い職業に着いた人もいる。
もちろん主婦も居るし、シングルマザーも、派遣社員も、アルバイト生活の人もいて
みんながそれぞれの場で、精一杯充実した生活を送っているんだなと感じる。

同級生が、こんなにも個性豊かであることに、未だ刺激を受けることが多い。

 

そして私。

私はどう映るのだろうか?

 

先日3年前の日記を読み返してみた。
同じようなところにつまづき、進歩していない自分にまたがっかりした。

そんな時、とある本に書いてあった一文に出会う。

「放てば手に満てり」

曹洞宗開祖の道元禅士の言葉。

 

クリスマス礼拝と仏教の言葉。
宗教は違えど、私に見直せと言っていることは同じ。

 

自己に固執しすぎて、周りが見えてない。
他の価値観を容認しないと
己の価値観も他に浸透は出来ない。
もっと広い視野で考え、行動し、発言しなさい。

 

そんなところだろうか。

本日のブログは全くトレイルランニングには関係ない。
実は、上州武尊とかハセツネとか神流とかOMMとか書きたいネタ、途中まで書いたネタは沢山ある。。。
それは追々忘れた頃に発表しよう。

 

さて、
MMAの渋井さんからブログ書いてみませんか?という誘いを受けて約1年。
私の書いたものを読むような人なんているのか?と疑心暗鬼だったが
この1年あちこちの会場で
「ブログ読んでます」と言われた事がものすごく多かった。
(特に、信越五岳のレポートなんて、未だに「ライト忘れちゃ駄目ですよ」なんて言ってもらえる。)

 

トレイルランニングという世界で、私がレースに出てもたいした成績は残せない。

でも、私は小さいレースを1つ運営し、誰かが走るときにはサポートをする。
そしてそれを世の中に発表できる場がある。

なかなか無い、ありえない体験をさせていただいていることに感謝したい。

 

2014年はまもなく終了。
今年の反省はこの辺にして、いよいよ動き出さなければならない。
要するに、今回のブログネタは
「よしやるぞ!」
って言いたいだけのこと。

でもその前の気持ちの整理を。
七転八倒が私なので。