UTMFなんだ!

いよいよやって来ます。

UTMF/STY

もう日本中のトレイルランナーが興奮してしまう大会ですね。

が・・・・・

残念・・・・

開催県である山梨県での知名度はいまひとつ。。。。。
【UTMF】
という言葉を伝えただけではほとんどの方に伝わりません。

『あのー・・・富士山の周りを走るやつですー』

って付け足すと、若干知っている人も増えますが
やはりそれでも知らない人が多いのが事実。

山梨県にお住まいの皆さん。
こんなすごいレースが日本で行われてて
しかも山梨がスタートゴールなんですよ!
もっと盛り上がりましょうよ!

というのが、私の正直な気持ち。

ということで、私の体験談からUTMFをお伝えします。

まず・・・
UTMFとは
ウルトラトレイルマウントフジの略で、富士山の周辺をぐるっと160km走るレースです。
そして、そのレースと同時開催されているのが、STY。
こちらは、静岡TO山梨の略で、富士山の周りを半周の約80kmを走るレースです。

参加者はUTMF、STY合わせて約2000人。
そのうち、約500人は海外からの参加者です。

例年GW前の4月末に開催されていましたが、
今年から9月に変更となり、9/25~27の3日間をかけて開催されます。

日本一と言っても過言ではないこのレース。
トレイルランナーならみな憧れ、一度は出たいと思うのではないでしょうか?

なので、もし、身近な方が、UTMF/STYに出場すると聞いたら
「へーーーー」
ではなく、ぜひ
「すごーい!!」
と言ってあげてください。
その一言がパワーになります。

さて・・・
今年4回目の開催となるこのレースですが、
松井は第2回より、スタッフやサポート、選手として関わらせていただいています。

まず、スリーピークス八ヶ岳トレイルを開催する前に、コース整備の仕方や、
医療マニュアルの作成方法を教えていただいたのが、第2回UTMFです。

マーキングの間隔や、どの位置につけるか、またどういった整備を行うのか・・・
を、福田六花先生から、1つ1つ教わりました。

そして、その年、MMAブロガーである、小山田さんの初100マイルのサポーターとなります。
その時の話は以前facebookに書いたら、そのままRUN+TRAILの記事になりまして(笑)
なんとなく美談になったのですが、実際はとんでもなくて、
初めて人のサポートをするのに、それが100マイルレースで、私が完全にテンパり、
右往左往で、目は血走り、何もかもがわからない中、それでも完璧にあれもこれもやりたいと欲張りすぎて、結局パンクし、小山田さんがゴールした頃には私がダウンして倒れこみ、その場にいた全員に気を遣わせるという・・・
今も思い出したくないほどの大失敗でした。

今や懐かしの・・・ 小山田さんとトレイルシェフくぼひで兄さん。

今や懐かしの・・・
小山田さんとトレイルシェフくぼひで兄さん。

その時の様子は少しだけブログにかいてあります。

2年目。
大会前のコース整備をまた手伝わさせていただき、この年はそれだけでなく、ランナーとしてこの大会を味わいたく、STYに出場しました。

とにかく楽しい92kmでした~

とにかく楽しい92kmでした~

私のサポートは夫の松ポン。
当時トレイルランニングもマラソンも全くしない夫に、レースサポートを頼むというのは正直不安でしたが(笑)、辛い時に「待ってる人がいる」と思うだけで、前に進めるサポートのありがたみを知りました。
そして、分岐誘導やエイドなど、長時間にわたり選手サポートをしてくれている、ボランティアスタッフの皆さんがいなければ成り立たないと、改めて思いました。

そして、今年は第4回。
私もUTMFに関わらせていただいて3年目になりました。
そして、なんと・・・UTMFにエントリーして、見事当選!!!
初めての100マイルをこのUTMFで迎えよう!
そう思っていたら、娘の運動会とバッティング・・・・
泣く泣く選手エントリーは諦め、今年はサポーター&娘運動会&サポーターという、未知の領域にチャレンジです(笑)

さて、シルバーウィークに入り、
連日コースマーキングを行っています。

コースマーキング。
それは選手を迷わせず、安全にコースへ誘導するもの。

トレイルランニングにおいて、コースを間違えずにすすむのは
選手のスキルとして当たり前であり、過保護にマーキングなどすべきでない。

そんな声をよく聞きます。
それも一理あると思います。
でも、せっかく高いエントリー費用を支払い、この大会に向けて一生懸命準備してきた選手を、マーキングによって1歩でも先に進ませられるなら、このマーキングは必要だと思います。

夜間通過区間のマーキングには反射テープを付けるなど、安全対策は徹底しています。

夜間通過区間のマーキングには反射テープを付けるなど、安全対策は徹底しています。

そしてサポーター。
これは、選手のフォローをべったりする人だけでなく、
がんばって走り抜こうとする選手を応援する人はみな、サポーターです。
知ってる人、知らない人、関係ありません。
がんばって走ってる人をみんなで応援しましょう!!

この壮大なレース。
1人1人ここに出場するために、数々のレースをクリアし、
出場ポイントを獲得し、3倍近い倍率をくぐり抜け、ようやく出場できた
本当にすごいランナーの方々ばかりです。
そんなランナーを身近で応援出来ると思うだけでもワクワクします。

今日もマーキング作業をしながら、
あぁ、ここにたどり着いたら、選手はどんな気持ちになるんだろう・・・
そう思いながらマーキングした箇所があります。
ゴールから約3km手間の河口湖の展望台。

おかえりなさい

そんな気持ちでマーキングしました。

この景色を1人でも多くの選手に見てもらいたいです。

この景色を1人でも多くの選手に見てもらいたいです。

1人でも多くの方が、無事完走できるよう祈っています。
私がUTMFからもらうものは毎年たくさんで、
UTMFの経験を、スリーピークス八ヶ岳トレイルでも活かしています。
この大会がなければ、スリーピークス八ヶ岳トレイルはなかったと思います。

そして、、、
私もサポーターとして今年、復活します。
サポーターは本当に大変です。
選手と同じぐらい、寒さ眠気と戦います。
初めてのときはそれがわからず、ただただ無我夢中でした。
でも、それから、何度もサポーターをすることによって、
少しずつですが、キャパもひろがってきました。少しだけども(笑)

がんばって走ってくる選手を間近で応援できるのは嬉しいですし、
自分が走っていないくても、同じように走っているような感覚にさせてもらて、
本当に充実した楽しい時間を過ごせるのがサポーターです。
なので、サポーターでいられるということは、本当に本当に楽しくて、うれしい時間です。

初めてサポーターとなった3年前より、少しだけ成長した姿で、選手を1歩でも前に前に進ませることができたら・・・と思っています。

UTMFに関わる皆さん。
あと数日で大会がやってきます。

今は心落ち着けて、
スタート会場で一気に一緒にはじけましょう!


日本トレイルランナーズ協会

今年2月、トレイルランニング等の大会開催について、環境省より指針が出ました。その発表は大会関係者のみならず、トレイルランナー全体に大きな衝撃が走ったと思います。

これまで、野山を走り、自然と戯れるトレイルランニングは、健全でかつ、自由度の高い紳士のスポーツとして存在していたと思います。

しかし、その自由度の高さにより、様々な解釈が生まれたり、また誤解を受けることが多いスポーツでもあると思います。

今後も楽しく、自由に、山の中を走っていたい。
でも、このままでは、現実離れした規制(ルール)によって、そのフィールドが奪われるかもしれない。同じ自然を楽しむ、登山者やハイカーやその他大勢の方々と共有しあって、トレイルランニングという文化をしっかり後世に残していきたい。

などなど、今後の日本国内におけるトレイルランニングの健全なる発展を目指し、
「日本トレイルランナーズ協会(Japan Trail Runners Association)」
が4月末日に設立となりました。
そして、本日、9月14日(月)に協会ホームページが公開されました。

 

さて、なぜ私がこのような話をしているかと申しますと・・・
私はこの協会の理事に就任しております。

これまで数回の会議に出席する中で、私がこの協会の理事になってしまっていいのか?と、不安でしかありませんでした。
みなさんご存知の通り、
海外レース経験・・・ゼロ
100マイルレース経験・・・ゼロ
トレイルランニング歴・・・4年
運営に関係してるレース・・・1個
年齢・・・35歳
その他・・・山梨在住の主婦。いつまでたってもボリュームゾーンランナー。

 

という私が、石川さんや鏑木さんや正人さんや・・・そうそうたるメンバーの中に混ざって、なにか役に立てるのか?私の意見や考えが必要なのか?と、正直思いまして(思いますよね?)理事への打診を受けた際に、辞退を何度も考えました。

が・・・

結局、この協会に入らせていただいたのは、

理事メンバーの中で、私が一番「一般ランナーの声に近い」かな?と思ったからです。
難しいことはわからないですが、トレイルランニングを楽しむ多くの仲間がいて、その多くの仲間から、沢山のことを教えてもらえる機会を持っているし、レースや登山など、現場の声を一番多く吸い上げられるのではないか?と思ったからです。

ちっとも偉くない人だからこそできる何かがあるかな?と。

だから、理事になって偉そうにしたいとか、そういうことは一切なく、多分これまで通り、いろんなことに悩み、ぶつかり、悶々としていくと思いますので今後もみなさん、かわいがってください。

「日本トレイルランナーズ協会(Japan Trail Runners Association)」のキャッチフレーズは

 

「私は、世界に誇れるトレラン環境を作ります」

 

このキャッチフレーズに恥じないよう、そして、
今後も、楽しく、自然というフィールドで走れるようにみんなで一緒に考えられたらとおもっていますので

どうぞよろしくお願いします。

 

ちなみに松井は広報委員会と大会ガイドライン委員会の2つに属しておりますが
これも別に偉いからではありません(笑)

 

日本トレイルランナーズ協会 HP:http://trail-runners.net/

問い合わせ先:info@trail-runners.net

 

 


レンガを担いで

少し前の話になりますが・・・
レンガを担いで新たな山小屋作りのお手伝いができる
西駒んボッカ】を楽しんできました。

この大会を知ったのは、ちょうど第3回スリーピークス八ヶ岳トレイルの準備をしている真っ最中でして、山岳関係者や登山を愛する方々の気持ちに寄り添うためには、どんなことをしたらいいかなー?なんて考えていた時期に、見つけた大会でした。

通常、山小屋の方から犬猿されがちな「レース」
それを、レンガ歩荷をするという名目があったとしても、実施している、実際の現場を見てみたくてエントリーしました。

これがそのレンガ。 一人1個運びます。 ちなみにこの数字がゼッケンナンバーです。

これがそのレンガ。
一人1個運びます。
ちなみにこの数字がゼッケンナンバーです。

スリーピークスチームから、ジュリアンとオーマ。 そして登山競走系ならもっぱら強い、リチャードが参戦。 周りが山系の方ばかりだったので素足は怒られそう・・・とタイツ着用・・・

スリーピークスチームから、ジュリアンとオーマ。
そして登山競走系ならもっぱら強い、リチャードが参戦。
気温が低く、ほかの参加者は軒並み長袖やタイツ着用なのに、このインターナショナルなみなさんは、ノースリーブだわ、短パンだわ・・・すごい!(笑)

しかしながら・・・わたし・・・

劇的に登山が苦手・・・

登り坂が大の苦手・・・

下りがなくて、登りばっかり・・・

ちょうど2週間前に出場した「富士見バーチカルレース」も、苦しすぎたのに、
またもや、登りしかない、しかも今度はレンガ付き・・・

案の定、しょっぱなから苦戦します。

標高940mの鳩吹公園をスタート。
ここから、ほぼ登りしかない舗装路を約5キロすすみます。
だらだらとタラタラと長い。。。

でも、この舗装路がなかなか趣深い舗装路。
ところどころ、道祖神、神社、史跡、すごくすごく素敵。

信州そば切り発祥の地の神社。 ちなみにそば切り自体の発祥の地は山梨県甲州市甲斐大和地域なのです。

信州そば切り発祥の地の神社。
ちなみにそば切り自体の発祥の地は山梨県甲州市甲斐大和地域なのです。

古くから人が住み生活をしていた豊かな場所だったことがわかる、立派な石碑が、沢山たっていました。

古くから人が住み生活をしていた豊かな場所だったことがわかる、立派な石碑が、沢山たっていました。

さて、そんなこんなでようやく登山道へ入ります。

それなりに急な、いい具合に急な登り坂を進むと、
湧水が。

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このルート何箇所が湧水があり、そのどれもが美味しい。
本当にまろやかで、甘味を感じるお水でした。

さて、樹林帯を進み、
さらに登っていくと、うっそうとした森の中に、
落雷事故を惜しんだ石碑が突如現れます。

正直言って、恐ろしい・・・

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登山道入口にあった看板。 集団遭難事故について少し記載されています。

実は、レース後に知った事実なのですが
この西駒んボッカのコースは「聖職の碑コース」と呼ばれている、木曽駒ケ岳へ向かうクラシックルートで、大正時代に付近の中学生と引率の教員が低体温症で亡くなったという・・・
その実話をもとに「聖職の碑」という本や映画が生まれたという、ルートだったそうで・・・

詳しくは、こちらをご覧下さい。
正直写真が怖くて撮れませんでしたが、石碑が立っている場所を、しずしず通らせていただきます。

まぁ、そんな若干ヒヤッとした思いをしながら、さらに登っていくと、
大樽避難小屋に到着。
この日はあいにくの天候だったので、スタッフの方も大変そう。

しかし、登り・・キツイ・・・

と思っていたら、ここからが本番。

「胸突八丁」

もう、名前だけでこの先に訪れる傾斜のキツさを物語ってますね。

もう、名前だけでこの先に訪れる傾斜のキツさを物語ってますね。

もう、これ、名前からして、急登を示してます。
でもって八丁・・・
長いってことですよね?

そのとおり、急で長い登り坂が始まり、結構しつこく終わりません。

私がチンタラ登ってくると、上位入賞者が次々と下山してきます。

胸突八丁の登りに苦戦している私に対して

「あともう少しです!がんばです!」

と声をかけてくれます。
応援の声はとっても嬉しい。
でも・・・あともうちょっと、あともう少し、みんなそういうのに全く着かない・・・

「もうすぐ詐欺」

トレランレースによくあるやつです。
あと1キロ!って言う人が永遠3キロぐらい続いたり、
「最後の登りです!」って言われた直後に登り坂来ちゃう、アレです。

ようやく森林限界を越え、分水嶺に到着。
茶臼岳、木曽駒ケ岳などなどが目の前に現れ
その景色に圧倒されます。

ナイスビューだけども 立ってるのが大変なほど暴風・・・

ナイスビューだけども
立ってるのが大変なほど暴風・・・

そして、ものすごい暴風・・・

天候は下り坂。
なかなか着かない西駒山荘・・・

もうちょっとのはずなのに・・・
ハイマツの間を、ヒーヒー言いながら進むと、やっと小屋に到着しました。

やっと小屋が見えたときは、感動で胸が躍りました。

やっと小屋が見えたときは、感動で胸が躍りました。

朝6時半スタート。
トップ選手は8時前には到着していたのに、
私が到着したのは10時14分。
3時間44分で到着です。
到着するだけではこの大会は終了ではありません。

そう、レンガを持ってくることが一番の目的なので、
ゴールゲートをくぐっても、ゴールとみなされません。
きちんと、レンガを提出してゴールと認められます。

でも、ここまで必死に上がってくると、
なんか手も足も疲れていて、なかなかレンガが出てこない(笑)
すぐにでも提出したいのに、全然レンガが出ない(笑)
ザックの中にそのまま入れるのが嫌だったので、
新聞とかタオルにくるんでしまったから、
尚更出てこない。。。

レンガチェックを受けてます

レンガチェックを受けてます

やっとの思いで提出したときには
防風で体が冷え切って、ブルブル状態でした。

山頂には中垣さんが待っていてくれて、
美味しいお味噌汁いただきました。
中垣さん、寒い中ありがとう。

いつでもどこでもとっても優しい中垣さん。

いつでもどこでもとっても優しい中垣さん。 山頂はとんでもなく寒かったので、かなり厚着されてます。 でもこの笑顔に癒されました~。

山頂の小屋まで登ったら
今度は降りるのよね・・・もちろんね・・・・
ながーーーーーーーーーーーーーーーい下りをせっせと下りますが・・・
同じ道を帰っているだけなのに、こんなに長い???
え?道間違えた??
って思うぐらい遠い・・・
途中降り出した雨はどんどん本格的になり、キツイ登りより、
長い下りの方が結果つらいという・・・

このボッカレースで、久々に友達に再会できてうれしかったり
自分が好きで登っていただけなのに
レンガを背負うだけで、誰かの役に立てたり。

トレイルランニングに出会って
どちらかと言うと、山を走ったり、山の中を登山者より早いスピードで進むことを
嫌がられたりすることが多かったけど、
それでも今回こうやって山小屋再建のための活動に参加できて、
どんな形でも山屋(やまや)さんと言われている
お山をいつも見守り、管理、大切にしている方々と、年に1度でもいいから協力し合う何かができたらどんなに素晴らしいだろうと思いました。

悪天候だったので
スタッフの方はさぞかし大変だったと思います。
参加させていただき、ありがとうございました。

山頂でレンガを持ってパチリ。寒かったのでタイツとレインウェアを着用の元、下山しました。

山頂でレンガを持ってパチリ。寒かったのでタイツとレインウェアを着用の元、下山しました。


フジフジと山と優しい気持ち

正直なところ言葉が出ない。
本当に、こんなに言葉が出ないってあるだろうか。

 

知り合いが増えたから

登山は危険度が高いから

年をとったから・・・

色々と言い訳を考えてみるけれど

全くどれもしっくりこない。
「危険な山に1人でいくからいけないんだ」
そんな風なことを言う人がいるから
私が言うのはおこがましいけど
尊敬するリーダーの為に言いたい。

絶対に無茶をする人じゃなかった。

「危ないからやめておきましょう、無理しないでおきましょう」

「きちんと帰らないと楽しくないですから」

いつもそう言ってた。
私が先月末、仲間のサポートをした後
ほとんど寝ないで八ヶ岳に登ろうとしたけど、天候が悪いから諦めました~
って話をしたときに

「正解です!山は逃げませんから、また行けばいいです!」

って言ってくれた。

自分が山に登るときも、仲間が山に登るときも、
一緒に登るときも、安全第一、楽しく登って楽しく帰るのが一番って言ってくれた。

私が出会ったのは、本当に最近で
分水嶺チームに混ぜてくれて
本当にきつくて辛い状況なのに、気遣い助けてくれた。

それに、すごい小さいことでもほめてくれた。

頑張ってますね!とか、いいペースで来てますよ!とか、
私が前向きになれるような言葉をたくさん投げかけてくれた。
私が足引っ張ってるってわかってるから、顔に焦りがきっと出ていたんだと思う。
そんな私に
「焦らなくても大丈夫ですから、ゆっくり行きましょう。安全第一です。」
って声をかけてくれた。

それでも私が弱くて、リタイアになってしまって、、、

フジフジは相当時間をかけて、分水嶺のために準備してくれてたのに、私がリタイア原因なのに、一言もネガティヴなことを言わずに、寒い中ツェルトを建ててくれて、私に早く入って休むように言ってくれた。

私がツェルトの中でぬくぬく寝ている間、白さんと2人で頭むき出しで、夜露に濡れながら野営してくれた。
野生動物が沢山いる峠でのビバークだから、何かあっちゃいけないと、女子3人を守ってくれたんだと思う。

今日、昼間、事故の話を聞いて
信じられなくて、悲しくて、言葉にならなかった。
同じ名前の別の人、そう思いたかった。

でも、やっぱり現実は現実で、
ネットニュースに掲載されていたとおり。

フジフジが引っ張ってくれた分水嶺

フジフジが引っ張ってくれた分水嶺

藤生芳宏さん。
あだ名はフジフジ。
9月6日に南アルプスの鋸岳で滑落。
今もこの現実に向き合うことが
本当に辛い。

短い間だったけど、出会えて本当によかった。

もっともっと、私でも行ける山を教えて欲しかった。
山が題材となった本をたくさん知っていて
その話も面白かった。
面白い話いっぱい知ってるのに、私のくだらない話をたくさん聞いてくれた。
分水嶺の時も女性陣のために重い荷物を代わりに背負ってくれた。
分水嶺リタイア後に、私の家族と一緒に温泉に行って、
露天風呂から見える山の景色を、私の夫に教えてくれてありがとう。
おかげで、松ポンが山に興味を持ってくれたと思います。
その後、甲府の蓬莱軒でみんなで中華そば食べたね。
来年は絶対完走して、お祝い会を蓬莱軒でやろうと思ってたのにずるいよ。

今日、家に帰ったら、分水嶺の報告書が届いてたよ。
DVDも入ってたけど、ちょっとしばらく見れそうもないよ。

フジフジ、来年、分水嶺どうするのよ。
私たちだけじゃ完走できないよ。
チームダブルヒルクライムのリーダーはフジフジじゃん。
ちゃんとロープも、あのすぐお湯が沸くバーナーも必要だよ。

来年ちゃんと完走したいから、私重たい荷物背負って山登る訓練してるんだよ。
この間も編笠山だけど、ちゃんと10キロ背負って登ったよ。
フジフジがリューGMF行きたいって言ってたから、
来年の分水嶺前に、みんなで行こうよって誘おうと思ってたのに・・・

フジフジ。
私はこれからも山に登るよ。
その度に思い出すよ。
フジフジ、もっといっぱい山登りたかったよ。
ごめんね、分水嶺リタイアして。本当にごめんね。

フジフジ。
ありがとう。
本当にありがとう。