フジフジと山と優しい気持ち

正直なところ言葉が出ない。
本当に、こんなに言葉が出ないってあるだろうか。

 

知り合いが増えたから

登山は危険度が高いから

年をとったから・・・

色々と言い訳を考えてみるけれど

全くどれもしっくりこない。
「危険な山に1人でいくからいけないんだ」
そんな風なことを言う人がいるから
私が言うのはおこがましいけど
尊敬するリーダーの為に言いたい。

絶対に無茶をする人じゃなかった。

「危ないからやめておきましょう、無理しないでおきましょう」

「きちんと帰らないと楽しくないですから」

いつもそう言ってた。
私が先月末、仲間のサポートをした後
ほとんど寝ないで八ヶ岳に登ろうとしたけど、天候が悪いから諦めました~
って話をしたときに

「正解です!山は逃げませんから、また行けばいいです!」

って言ってくれた。

自分が山に登るときも、仲間が山に登るときも、
一緒に登るときも、安全第一、楽しく登って楽しく帰るのが一番って言ってくれた。

私が出会ったのは、本当に最近で
分水嶺チームに混ぜてくれて
本当にきつくて辛い状況なのに、気遣い助けてくれた。

それに、すごい小さいことでもほめてくれた。

頑張ってますね!とか、いいペースで来てますよ!とか、
私が前向きになれるような言葉をたくさん投げかけてくれた。
私が足引っ張ってるってわかってるから、顔に焦りがきっと出ていたんだと思う。
そんな私に
「焦らなくても大丈夫ですから、ゆっくり行きましょう。安全第一です。」
って声をかけてくれた。

それでも私が弱くて、リタイアになってしまって、、、

フジフジは相当時間をかけて、分水嶺のために準備してくれてたのに、私がリタイア原因なのに、一言もネガティヴなことを言わずに、寒い中ツェルトを建ててくれて、私に早く入って休むように言ってくれた。

私がツェルトの中でぬくぬく寝ている間、白さんと2人で頭むき出しで、夜露に濡れながら野営してくれた。
野生動物が沢山いる峠でのビバークだから、何かあっちゃいけないと、女子3人を守ってくれたんだと思う。

今日、昼間、事故の話を聞いて
信じられなくて、悲しくて、言葉にならなかった。
同じ名前の別の人、そう思いたかった。

でも、やっぱり現実は現実で、
ネットニュースに掲載されていたとおり。

フジフジが引っ張ってくれた分水嶺

フジフジが引っ張ってくれた分水嶺

藤生芳宏さん。
あだ名はフジフジ。
9月6日に南アルプスの鋸岳で滑落。
今もこの現実に向き合うことが
本当に辛い。

短い間だったけど、出会えて本当によかった。

もっともっと、私でも行ける山を教えて欲しかった。
山が題材となった本をたくさん知っていて
その話も面白かった。
面白い話いっぱい知ってるのに、私のくだらない話をたくさん聞いてくれた。
分水嶺の時も女性陣のために重い荷物を代わりに背負ってくれた。
分水嶺リタイア後に、私の家族と一緒に温泉に行って、
露天風呂から見える山の景色を、私の夫に教えてくれてありがとう。
おかげで、松ポンが山に興味を持ってくれたと思います。
その後、甲府の蓬莱軒でみんなで中華そば食べたね。
来年は絶対完走して、お祝い会を蓬莱軒でやろうと思ってたのにずるいよ。

今日、家に帰ったら、分水嶺の報告書が届いてたよ。
DVDも入ってたけど、ちょっとしばらく見れそうもないよ。

フジフジ、来年、分水嶺どうするのよ。
私たちだけじゃ完走できないよ。
チームダブルヒルクライムのリーダーはフジフジじゃん。
ちゃんとロープも、あのすぐお湯が沸くバーナーも必要だよ。

来年ちゃんと完走したいから、私重たい荷物背負って山登る訓練してるんだよ。
この間も編笠山だけど、ちゃんと10キロ背負って登ったよ。
フジフジがリューGMF行きたいって言ってたから、
来年の分水嶺前に、みんなで行こうよって誘おうと思ってたのに・・・

フジフジ。
私はこれからも山に登るよ。
その度に思い出すよ。
フジフジ、もっといっぱい山登りたかったよ。
ごめんね、分水嶺リタイアして。本当にごめんね。

フジフジ。
ありがとう。
本当にありがとう。


フジフジと山と優しい気持ち” への6件のコメント

  1. 初めまして、立花と申します
    藤生先輩の高校時代の後輩です
    先輩は私が所属していた部活の部長でした

    私も昨日、友人から先輩の訃報を聞いてびっくりしました
    あの慎重な人が、なんで?と
    山登りされてるとも知りませんでした
    (もしかしたら飲んだ時に聞いたしれませんが)

    記事を読ませていただいて、藤生先輩は変わらないなと思いました
    昔から、ああでしたから

    3年ほど前に一緒に飲んだ時も、ずっとニコニコ人の話聞いてて

    記事を読ませていただいて、貴重な最近の先輩の近況を知ることが出来て、やはり藤生先輩、変わらないなと思いました
    穏やかだけど、芯は強い

    ありがとうございます

  2. こんばんは
    藤生さんの会社の後輩です。
    記事を拝見して同じ思いです。

    直接同じ部とかで仕事したことはないですが、同僚として10年以上の付き合いです。つい1ヶ月前社員リストを作る仕事を直接頼まれて珍しいな〜と思っていたのですが、藤生さんの仕事だから早くやろうと思ってすぐに仕上げたら、あの笑顔で「仕事早いねー!ありがとう」と言われて嬉しかったです。
    あとかなり前の会社の駅伝大会で昭和記念公園で外周走ってゴール地点に戻っきた1番しんどい時に「がんばれー!!」と1番最初に聞こえるように1番前で叫んでいました。ほんと情けなくなるようなタイムでしたが、、頑張っている人には全力で応援してくれるような人でした。
    ほんとに信じられないです。戻ってきてほしいです。

  3. 藤生君は、以前勤務していた会社の後輩でした。
    私が広島に転居したため、退職後は会っていませんでしたが、彼の活躍はFBでいつも見ていました。
    私が訃報を聞いたのは9日でしたが、言葉が出ませんでした。
    なんで、あんなにいいやつが。
    本当に残念です。
    ご冥福をお祈りします。

  4. 皆様暖かいコメントありがとうございます。

    今回このブログを非常にたくさんの方に見ていただきました。

    本当に悲しみに溢れている時でしたが、
    フジフジの名前でこの事故を検索すると、思いがけず心無い方の、非情な掲示板への投稿を目撃し、フジフジやそのご家族の名誉を守りたいと、必死に書き上げたブログです。

    葬儀に参列させていただき、やはり彼は常に準備万端、慎重で冷静、そして誰よりも優しい人だということでした。

    残されたご家族、ご友人、会社の方、ラン仲間、山仲間、全ての方に愛されていた人だと思います。

    私は今後も山に登りますが、
    その度に思い出して、話しかけたいと思います。

  5. 藤生君が高校のとき、教諭として少しだけご縁があったものです。親戚の方から藤生君が亡くなられたことを聞き、残念でなりません。ブラスバンド部の部長として100人の大所帯をまとめていた彼は、教師の誰もが一目置く存在でした。優しくとても気配りのある生徒さんでした。

    • コメントいただきありがとうございます。
      藤生さんの葬儀に参列させていただいたときに、弔辞で幼馴染の方が、小学生からずっと生徒会長で、まじめでやさしく、面倒見がよい、慎重な人だったという話をしていて、
      藤生さんのあの暖かさに納得しました。
      本当に素敵な人と出会い、短い時間でしたが、一緒に山登りができて幸せでした。
      まだまだご家族の心の傷は癒えないと思います。
      葬儀の際にお坊さんから、故人を忘れないことが供養になるというお話を聞き、山に行くたびに藤生さんのことを思い出しています。

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