走れなくてもいい

去年の今頃、ちょっとした油断で左足首の靭帯を切った。

それまでもそんなに練習が好きなタイプではなく、トレイルランナーです!なんて胸を張って言える様な身分では無かったものの、靭帯を切った後の違和感が抜けきれず、あんなに大好きだった下り坂も、今は1歩1歩慎重になり、そもそも登りなんて一般登山客より遅かった私が、下りが走れなくなると、もはやトレイルランニング要素は皆無で、ハイカーまっしぐらというのが現状。

それでも走りたい、山が気持ちいい。
トレイルランニングが好きだ。
でも走れない。

走れない理由は怪我ばかりでなくて、
仕事が忙しいとか、そうは言っても主婦で子供がいるからなかなか自分の時間を作れないとか、体調が不安定とか、そもそものやる気の問題とか、色々あって、気がつけばレースだって年間1つか2つしか出てない。

走れない理由なんて、走ってる人からしたら、そんなの言い訳でやる気の問題だろう!と言われそうなものばかり。

確かにできない理由を並べるのは簡単で、その中で出来ることをするのが大事だから。

うん。

わかってる。
わかってる。

でも出来ない。

出来ないとなんかつまらなくなる。

だから余計やらなくなる。

そんなスパイラルにハマりそうになった時ふと思ったことがあって、今日はその話。

 

私はレースに出ることよりも
レースサポートをする事が多い。

理由は明確で、自分が走ることより誰かをサポートする事のがずっとずっと楽しいと感じるから。

走ってる人を見ると元気になるし、頑張ってる姿を見れば胸が熱くなるし、走ってる人を支える事でまるで自分がレースに出てるかの様な興奮と感動を得られるから、私はサポートが大好き。

私が出来なかった努力を積み重ねて、スタートラインに立つ背中を見る。

どうか無事に帰って来てください。

そう思って祈る。

でもって、泣く。

なんでか涙が出て止まらなくなってしまう。

頑張れ!って気持ちだったり、スタートの瞬間の選手の興奮や緊張が伝わってきてそれが溢れてしまったり、理由はうまく表現できないけど、これから始まる旅に想いを馳せるとなんか涙が出てしまう。

ボランティアスタッフとしてレースに関わることも多くて、やっぱりその時も泣いてしまう。

エイドに居たら、エイドにたどり着いた選手の息遣いや、立ち向かう表情に。
でもって、この先もどうか無事にゴールにたどり着いて欲しいと思うと自然と涙が出てしまう。

分岐誘導だったら、苦しい中で誘導スタッフをしている私に対して『ありがとうございます』と声をかけてくれる優しさに『こちらこそ、そんな勇姿を見せてくれてありがとうございます!』と思って泣いてしまう。

選手サポートだったら、私がいけない世界を、エイドごと会うことによって、まるで私が走ってるかの様にその世界を感じさせてくれることに感動して泣いてしまうこともあるし、いつたどり着くかわからない人を待ってるわけで、その人が来た時の感動ったらハンパない。スムーズにエイドワークはできないけど、それでもありがとうと言ってエイドを出て行く姿に、申し訳ないという思いや、頑張ってね、行ってらっしゃい!という思いが込み上がって来くる。

その時必ず

『待ってるからね』

と、ワザと言う。

辛かったら辞めてもいいよ。
でも待ってるから、諦めないで来てください。

そんな気持ちを込めて言う言葉だけど、実は言う側も辛い。だからやっぱり泣く。

ゴールより泣くのは、サポートできる最後のエイド。

あぁ、もう私にできることは何もない、あとは選手の足と気持ち次第。

そう思って泣いてしまう。

ワーーーンって声が出て来ちゃうぐらい泣く。

勿論ゴールも嬉しすぎて泣くけども。

 

 

トレイルランニングに出会って7年。

たいしたランナーじゃないし、練習も嫌いだし、なんだかんだ理由をつけて走らないけど、それでもトレイルランニングが好きだなぁって思うのは、自分がレースに出るだけじゃ無い楽しさを知ってるからかなぁって思う。

もしも私が自分が走るっていう喜びしか知らなかったら、私はトレイルランニングを続けていないと思う。

私自身が走らなくても、レースに出られなくても、トレイルランニングに関わる事ができる。

これって、当たり前のようで実は当たり前ではなくて、例えば私は昔スピードスケートをやっていたけど、大会に出なくなったら大会に関わる事が全くなくなった。

大概のスポーツは、選手でなくなればその選手に関われるのは、審判や主催者や一部の限られた人間で、引退したら観客席での応援や、たまに趣味でやる程度になってしまうけど、トレイルランニングはまだ未熟なスポーツだからこそ、プロもアマもど素人も同じ大会に出られて、いろんな立場でレースに関わる事が出来る。

コースマーキングをつけたり、看板をつけたり、ゴミ拾いや草刈りをしたりといったコース整備作業だって、成熟したスポーツだったら、普通の人は携わらない。

でもトレイルランニングなら出来て、自分がつけたマーキングを目指して走る選手がいると思うと、それだけでなんか胸が熱くなる。

私がどけた石や落ち枝で、選手が気持ちよく走れると思うと嬉しくなる。

そう。

だから、走らなくてもいい。

自分が好きで、走ってる人が好きなら、トレイルランニングは色んな楽しみ方が味わえる。

走る事が全てじゃ無い。

もしこのトレイルランニングの世界が、自分自身が走ることでしか成立しないなら、きっともっと早く辞めていたと思う。

走ることで得られる幸せ。

走る人を支えることで得られる幸せ。

どちらも比べられないぐらい楽しい。

頑張ってる人を応援するあの清々しい気持ち。

大人になってまだ味わえるとはなんと幸福なことだろうとすら思う。

だからって走ることを諦めたわけじゃなくて、私は70km〜100kmのミドルレースを年間2回は走りたいという目標があって、今年もそれが目標。

選手として感じる景色も好きだから。

だからこそ、長く関わりたい。

だからこそ、無理しない。

走れる時には走って、走らない時には走る人を支える。

走らなくてもいい。

いつか走れる日のために。

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走れなくてもいい” への2件のコメント

  1. 走る事が全てでは無いですよね〜同じ気持ちでトレイルランに関わっているのかな〜と、自分にこだわりがあり、だから、スリピはボラで毎年感動を頂いています!ありがとうございます〜(^○^)!

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