分水嶺トレイルAコースの巻 ~その1~

ちょっとお久しぶりです。
前回、書いたように、バタバタした日々の中で、いろんなことがありまして
ブログも「下書き保存」状態でUPできていない記事がたくさん・・・

気がつけばもう10月。
今年もいろんなことをしました。
勿論スリーピークス。
スリーピークスの話は、ほんともう・・・超長くなるのでまた今度・・・

その次は・・・mujin100というものを開催しました。

こちらについても伝えたいことがある訳ですが、HPを作ってみましたので、ぜひそちらをまずはご覧いただいて、興味を持ってもらえたら幸いです。
mujin100のHPはこちら

mujin100についても、また後ほど。

 

 

という事で、今回はこの話。

 

『分水嶺トレイル』

 

2年ぶりに参加させていただいた、

山岳縦走競技についてのお話です。

 

 

この件、私ごときのペーペーが語るには申し訳ないとは思うのですが、まだこのレースを知らない、いったい何なの?と思われてる方もいると思いますので、そういった山岳縦走初心者の方向けに、同じく初心者のマツイが七転八倒をお届け致します。

 

年に1回開催されるのがこの『分水嶺トレイル』。

2年に1度開催されているTJARの登竜門なんて言われたりします。

ホームページもありますのでぜひ気になる方はご覧ください。

分水嶺トレイル

 

ただ、このHPもそんなに丁寧にいろんな説明はありません。

それでも毎年定員以上の人が集まります。

 

普段登山がメインの『山屋さん』だけでなく、オリエンテーリングやアドベンチャーレースがメインの方、トレイルランナーなど、様々なジャンルの方がエントリーしているのも特徴の一つ。

 

エントリーは書類選考で、トレラン経験は一切選考に含まない為、トレイルランナーが最も少ないと思います。

 

 

私は2年前にBコースに出場。

将監峠で撃沈リタイアしております。

その旨は、以前ブログに書きましたので、おヒマな方はご覧ください。

分水嶺敗戦記

この大会は

Aコース、Bコースと2種類のコース設定があり、参加の仕方もソロと3人以上5人未満のチームのどちらかでエントリーをします。

ペア(2人)というカテゴリーはありません。

 

Aコースは『短い方』なんて呼び方もしますが、山梨県丹波山村にある雲取山登山口の鴨沢をスタートし、雲取山→飛龍山→将監峠→笠取山→雁坂峠→甲武信岳→国師ヶ岳→金峰山→瑞牆山→信州峠→横尾山→獅子岩(野辺山)までの区間を縦走します。

この区間には様々な山や峠がありますが、山のピークを踏んだり、巻いたりを繰り返すので、幾つ山を登ったんですか?の質問がだいぶ難しいです。

巻いた山を入れていいなら、22個ぐらいの山を越えたり巻いたりしてゴールを目指していきます。

 

Bコースは当然『長い方』と呼ばれたりします。

Aコースの雲取山から先は同じですが、その前に奥多摩、奥秩父エリアをお腹いっぱいに味わいます。

青梅駅付近をスタート→青梅高水山→岩茸石山→黒山→棒ノ折山→槙ノ尾山→長尾ノ丸→日向沢ノ峰→蕎麦粒山→一杯水→三ツドッケ→大栗山→七跳山→酉谷山→水松山→長沢山→芋ノ木ドッケ→雲取山というのがざっとルートです。

 

基本的に通過してほしい山は決まっているのですが、それ以外はルートは自分で決めて良い為、コースマップというものはありません。

スタート前にハガキサイズの指示書のようなものを渡されるのですが、それにも私が記載したのとほとんど変わらない、山の名前だけが書かれているコース説明が書かれており、各々が地図を確認してルートは理解してね!という形になっています。

 

関門も勿論あります。

Aコースは3箇所。Bコースは4箇所。

ゴール制限時間も決められており、こちらはどちらのコース共に大会開催3日目の夕方16時までに、野辺山の獅子岩に辿り着かねばなりません。

 

スイーパーやマーシャルスタッフさんもいるのですが、こんなに広大なエリアで開催している為、なかなか会うことはできません。

 

それぞれの関門にもスタッフさんは居ますが、基本はコース内にスタッフさんはおらず、道に迷っても、怪我をしても自己完結できる事が出場する上でまず最初のハードルと言えます。

リタイアする際も、自分でスタッフにどこでリタイアするかを伝え、下山し帰宅します。

リタイア車が回収になんて事もないので、リタイアする場所の判断も重要です。

と、まぁ分水嶺の説明はこんな感じです。
さて、今回私がどうだったのか・・・という話はまた次回に・・・・


その昔、ハセツネに出た

お久しぶりです。

松井です。

実は、ブログに載せたいな・・・と思う記事は多いのです。
で、書き始めるんですが、完成せずに「下書き保存」でたまっているブログが多く、
すでに10本近いブログが中途半端にたまっています。

ご無沙汰しております、マツイです。

 

さて、そうは言ってもブログを復活しようと思いまして・・・

 

この時期と言えばハセツネでしょう!ってことで、ハセツネの話を。

実はこのブログで以前もハセツネの話を書いてます。
もしよかったら、そちらもご覧ください。

今回upするのは、2013年に私が実際ハセツネに出場した際に、facebookでupしたレポートの再アップです。
当時はMMAブロガーではなかったので、ハセツネを走った完走等をすべてfacebookに掲載していました。

なので、当時から私とfacebookでつながっていた人は、1度見たことある記事だと思います。

また、サブ10狙いの方には全く役に立たない、16時間~24時間で完走しようと思っている方向けの内容ですが、今年初めてハセツネに出るという方もいると思いますので、参考にしていただければと思います。

コースは2013年から変わっていませんが、2013年から装備(ウェアやザックなど)は格段に性能が上がったと思います。
ジェル等の補給食も種類が増えましたので、その辺は過去の情報として見ていただき、2017年のハセツネに向けて、イメトレ代わりに使っていただけたら幸いです。

先に言っておきますが、驚くべき長文なので、見ていただく方は、
心してご覧ください(笑)

*****************2013年ハセツネ出場レポ*****************************

今年21回目を迎えた伝統あるハセツネに、今回うっかりエントリーしてしまった

下々市民ランナーの私が、今後ハセツネを目指す方の為にレポートします。

相変わらずものすごい長文になります

ちなみに、私のゴールタイムは16時間42分。

なので、トップランナーの方には一切参考になりませんのであしからず。

大会当日、気温がかなり高かったので、持って行った水分は3リットル

ジェルはハニースティンガーを20本、べスパ8個、グミ2袋、塩熱サプリ15粒

それ以外にストック、ウィンドシェル、ライトなどで、ザックの重量は5キロ以上あったはずです。

まず、開会式直後、なだれのように、自分の予測タイムごとに整列させられます。

スタート直後の大渋滞を予想して、皆さん自分のタイムより前に並ぶ方が多いですが

10時間でゴールを目指す集団にでも入らない限り、猛烈な渋滞に巻き込まれます。

私は12時間で完走組に整列したのですが、スタートから醍醐丸まで上り箇所はほぼ渋滞になり思うように進めません。

特に入山峠付近はかなりひどい渋滞。

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なので、たとえ5mでも走れる平坦な道がきた瞬間、一斉に走り出します。

コースもスタート直後は舗装路を進むものの、その後はほぼシングルトラック。

トレイルレースにありがちな、林道が永遠と続く・・・といったようなことはありません。

さて、12時間で完走組に入ってしまった私は、サボることが許されなくなります。

登りはガシガシ登る、下りと平坦になったらとにかく走る、ちょっとの登りなら根性で走るの繰り返し。

これで最後まで持つのか?と思いながらも、どうせ急坂の登りになったら停止を余儀なくされるのだから行くしかない・・・

そんな気持ちでとにかく進みました。

ようやくきつい登りが終わりに差し掛かったころ、

「おつかれさまでーす」の声が聞こえてきます。そう、醍醐丸です。

醍醐丸入り口でお兄さんがゼーゼー言いながら登ってくる選手全員にハイタッチ&声がけをしてくれてました。

こういうのがすごいパワーになります。

でもお兄さんは「おつかれさま」の言葉に付け加えて言うのです。

「はい、ハセツネはここからだよー」

えーーーーーーーーーーーーーー!えーーーーーーーーーー!

心の中で叫びました。

ここまでだって相当きつい。普通のレースなら、この山が一番のピークって言われてもおかしくないぐらいキツイ。

なのに、ここからーーー!!

でも醍醐丸には応援に来てくれていた方が沢山。

お友達の顔もちらほら。

ここでヘタれない・・・そんな思いで余裕風に通過(笑)

なんとか日が落ちる前に第1関門の浅間峠にたどり着きたい。

そんな思いでとにかく走ります。

このあたりから既に、コース脇に座り込む選手がチラホラでてきた。

えーまだスタートから10キロちょっとでしょ・・・もう座り込んじゃうの?とびっくり。

日没前に浅間峠に着くのは不可能だという事実にあっという間に気づかされ、泣く泣く途中でザックからヘッドライトを出し装着。

私が準備している間に、続々と追い越される。

ようやく準備して、コースに戻ると、明らかに今まで走っていたペースより遅い集団に入っていることに気が付く。

このペース、心地いい。みんな無理してないから、今まで絶対に走っていたような緩やかな登りだって、みんなしっかり歩いてる。

このペースいい・・・・・のか・・・??

これっていつもの「登りきついから歩いちゃえ★」モードじゃないの?

このペースで行ったら、結局いつもと一緒じゃない?

そう奮起して、意地で走る。とにかく追い越す。

でもって気が付けば最初自分がいた組までもどってきていました。

と、いうことは、ガシガシ登って、とにかく走る。

ふと頭の中ではずっと同じ言葉を唱えていたのです。

「とにかく走り続けられるスピードで」

これは、ハセツネの2週間前に小山田さんといつものELK湯村山トレーニングの際に

「ぜったい歩くな鬼トレーニング」をしてもらった際、がんばれば走れるところを、必ず歩く私に言ってくれた言葉。

そうだ、無理して走り続けるんじゃない、自分が走り続けられるスピードで、走る区間を少しでも延ばせばいいんだ!と気が付き

みんなが歩き始めても、リズムを崩さず走り続け、なんとかかんとか走り続けました。

ようやく浅間峠に到着。

スタートから20キロ程度なのに5時間もかかり、疲労もとても20キロとは思えないほど。

応援の人が多いのは予想していた。夜間は知ってきたから、関門の柔らかなライトもうれしい。

しかし・・・しかし・・・なんなんだ・・・この人の多さ・・・・

私が到着した18時の第1関門は、何かのお祭りですか?ってぐらいの人、人、人。

お祭りと違うのは、みんなブルーシートの上で無言で体育座。

応援してくれる友達の姿を見つけ必死に笑顔を作るものの、座り込んでる大量の人を見て、今後がさらに不安になる。

私も座ろうかな・・ちょっと思ったりもする。

でも、この第1関門、関門なだけで何にももらえない。

いつもあるはずの水もないし、バナナもない。わかっちゃいたけど、その事実がつらい。

エイドがあるありがたみを切実に感じる。

とりあえずトイレへ・・・と思ったら、あらビックリ長蛇の列・・・明らかに15分以上待たされそう。

このドヨーンとした空気のエイドに、夜で気温も下がっているのに、15分停止したら、私確実に、嫌になる!!

正直お腹を下し気味でギュルギュルいってる状況だが、お腹のものは、三頭山非難小屋まで持っていこう。。。

でも我慢できなくなったらどうしよう・・・

いや、もうその際は仕方ない・・・とにかく抜け出そう・・・

気持ちを入れ替えることも、お腹の調子を戻すことも、疲れを取ることもできず、ハセツネのボス三頭山へ向かったのです。

 

 

やるせない気持ちと、疲れ果てた気持ちで進むと、第1関門を過ぎたばかりなのに、やたら賑やかな声がする

「ヘイヘイヘイヘイ」

なんか変な掛け声・・・

「いいよーいいよー」

やっぱりへんな掛け声・・・でも聞いたことある声に似てる・・・

「足、動いてるよ、いい足さばきだよーまだまだ行けるよ~」

この変な掛け声、うっすら郷ひろみ風・・・絶対五味君!!

私が気が付いたのと同時に、男子4名が私に気が付く。

そう、まさかここで出会えるなんて!

ブーメランの4名が応援にきてくれていたのです。

小山田さん、ポルシェ、クボヒデさん、五味君の顔見た瞬間、

驚きと、安堵と、疲れと、不安が一気に噴出して

「わーーーーーーーーーーーーーん」

と思わず号泣。

めっちゃ汚い泥だらけの手で、手を握り締めて号泣するもんだから、この人絶対にヤバイと思われたらしく

「きついよぉ」と弱音を吐くも

「泣くな、ここからだから、とりあえず行け!」

と、突き放され、うぅぅと泣きながら、止まってしまいたい気持ちを抑え、先に進みました。

たった20キロとは思えない、この辛さ。

第1関門を過ぎてからは、コース脇に座り込んでいる人の数が、どんどん増えていく。

暗がりで、ヘッドライトの灯、座り込む男子、急な登り坂、座り込む男子、平坦な道、倒れこむ男子・・・

進めば進むほど、座り込み男子が増え、座り込みから倒れこみ男子へ変わっていく様は、異様な光景。

さすがに女子は夜間のトレイルで座り込みは怖いからしないよね・・・って思っていたら、女子だって座り込んだり、寝転んだり、

サバイバルシートに包まってる人はまだ良いけれど、こんな夜に、こんなところで、そんな姿でねたら低体温になるのでは?

と、みてるこっちが不安になるぐらい、バタバタ倒れてる。

普段なら「大丈夫ですか?」と声をかけるけど、私自身にも余裕がなく、声もかけられない。

笛吹峠についた頃には、これまでのトレーニングの甘さに後悔するばかり。

半べそ状態は変わらず、止まらずに進む。

この区間は走りやすい道。だから歩くことが許されない。

木の根に足を取られ、なんども転びそうになる。

「走り続けられるスピードで」

念仏のように心で唱えながら、なんとか西原峠に行きたい。その気持ちで進む。

西原峠は去年ボランティアを担当したときに、待機していた場所。

西原峠から、数馬のリタイアテントへ何人もひきつれて、何度も下山したな。。。

西原峠すぎてすぐの槇寄山からみた星がきれいだったな。

懐かしい景色を見ればこの折れた心も復活するかも。

かすかな期待をもって、ボロボロのまま西原峠に到着。

ここまでで既に水分は2リットル消費。残り1リットル。

暑かった、心拍があがりすぎた、原因はいろいろあるけど、3リットル持ってきて良かったなぁ・・・と痛感。

荷物を入れ替えながら、少し座って、懐かしい景色で栄養補給。

みんなこんな辛い思いしてここまできて、耐えられなくてリタイア決めたんだな。。。

そう思うと、去年リタイアした人たちにもっと優しくすればよかった・・・と反省。

倒れこむ人が続々と増えてきて、ボス三頭山まで確実に近づいていることを実感しつつも、まだ30キロ程度しか進んでいない事実に愕然としつつ、進み続ける気持ちもだんだん失せてくる。

「進み続ければいつか終わるから」

ハセツネの前日ELKで、真太郎さんと小山田さんと3人で話したときにそう励まされたな・・・

進みながらいろんなことを思い出す。

が、しかし、ボス三頭山。

半端なくきつい。登っても登ってもたどり着かない。

ヘッドライトの灯がずーーっと続く山を見上げ、あそこまで行くの?と心が折れる。

きつい登り、倒れる人の繰り返しがどんどん続く。座れそうな切り株には大概人が座ってる。

自分もいつああなるんだろう。。。動けなくてとまってしまったらどうしよう。。。

「三頭山非難小屋です~」

というスタッフ女性の声で、少し生きかえり、やっとトイレについた・・・と安堵(笑)

だけど山の中のトイレで当然明かりはなく、水もなく、待ってる人もいて、ゆっくりもできない。

もう、この腹痛はゴールまで持っていこう・・・と心に決めて、三頭山へつづく最後の登りへ

しかししかし、のこり600mのはずの登りがとにかく長くて付かない。

木段を一段一段のぼりながら、なんて長い100mなんだ・・・とぼろ雑巾のようにベタベタとのぼり、

それでもまだつかない、本当にしつこいぐらいつかない。

苦しみ苦しみ苦しんでようやく三頭山山頂へ到着。

山頂で息も絶え絶え・・・

ボス強すぎだろう・・・

倒れこみたい気持ちを抑えて、第2関門へ向かいます。

ここから第2関門の月夜見までは下り基調のはずなのに、どんだけ??ってぐらいたどり着かない。

このあたりで眠くて眠くて、うとうとしてしまい、まともに歩く事すらできなくなっていました。

アスファルトに出て、あぁ後もう少し・・・と思ったら、またトレイルに戻され・・・またアスファルトにでて・・・

ようやく月夜見に到着したのは、なんと深夜の11時。

第1関門を突破してから、5時間、スタートから10時間も山の中をさまよっていたことになります。

月夜見では、ようやく給水がうけられます。

しかもここには、ニューハレ芥田さん、べスパ齋藤さんがいるはず!

到着したとたん、芥田さんのはじけるスマイルと、水とポカリに癒され、一安心。

はじめて心が落ち着けた場所でした。

(齋藤さんにはタイミンク゛悪く会えず・・・残念でした;;)

月夜見駐車場に敷かれたブルーシートの上には、サバイバルシートに包まって寝ている人がものすごい沢山。

みんな無言で給水をうけて、うなだれていて、補給食を摂取しているのは、私と数人しかいなかった気が。。。

食べれない、飲めない、走れない、つらい、みんな意気消沈・・・

ここで知り合い何人かがリタイアを決めたことを知り、また深夜でどんどん冷えてくる気温に恐怖を感じ、ここに長く休んでいたら駄目になる・・・と、次の関門に向けてスタートしたのでした。

ハセツネのボスは三頭山。
でも真のボス、大ボスは御前山。
そう、スタートから40kmをすぎて、ヘロヘロ状態で大ボス御前山に向かわねばなりません。

最初で最後の給水ポイント、月夜見は42キロ
残り29キロ。

月夜見から出てしばらくは、あまりアップダウンのない道を進むので、ここでタイムを稼がなければいけないことはわかってるのに足が出ない。
レース開始から初めて走れる箇所を歩いて進んでしまいました。
これじゃ駄目だとわかっていても、走り出す気持ちになれない。
遠くから、鹿の鳴き声が聞こえる
月も星もきれい

でも・・・眠い・・・・

御前山へ向かう長いのぼりが始まった頃から、眠くて眠くて目が開けられない
止まったら終わりだと思うから、進み続けるものの、ウトウトしてしまう。
レース中にこんなに眠くなった経験がないから、目を覚ますようなアイテムをひとつも持ってこなかったことを後悔する。
足の痛みより、疲労による眠気の方が遥かに辛い。

永遠続く登り、前方の選手のヘッドランプの連なり、加えて今までにない険しい登り。
大きな岩を何度もよじ登らねばならにので、そのたびに足へダメージがくる
ストックが邪魔に感じる。でも片付けるために止まるのも面倒くさい。
時計を見るのも、ライトを直すのも何もかもが嫌。

後ろからくる男性のランナーが、急な上り坂に来るたびに
「はーーーーーー」
と、大きなため息をつく。
やめてくれ、こっちも気がまいる。私だって辛いよ。
とにかく気持ちがひねくれる。

ウトウト状態で登っていたら、大きな石に気が付かず、ひざを思いっきり強打
「いったーーーーーーーーーーーーーーー(痛い);;」
と思わず大声で叫ぶと、目の前の男性が
「松井さん大丈夫?」
と声をかけてくれた。
そこで初めてチームELKの仲間、塩澤さんが目の前を走っていたことに気が付いた。

この出会いが私を救ってくれました。
きつい登り、何度も塩澤さんに引き離されるも、その都度
「松井さん大丈夫??」
と、大きな声で叫んでくれる。
「駄目なんです。先に行ってください」と言う私に
この先の道のりについて教えてくれ、励まし続けてくれたのです。
もう一生着かないんじゃないかと思った、御前山山頂にやっと到着。

あんな岩の登りを上がってきたのに、頂上はやさしい雰囲気で、なんか別の山みたい。
先についていた塩澤さんが、自分の座っていた場所から立ち上がり
「松井さん座りな、ちゃんと補給しよう、あんまり休まないで先進もう」
と、フォローをしてくれつつ、この先の道のりや、次の休憩ホ゜イントなど、細かくアドバイスをくれ、
ヨタヨタのおばあちゃんのような私の背中を押してくれました。

 

大ボス御前山に別れを告げ、
ココからは下りだぞ~♪なんて気持ちになるかと思いきや
まったく喜べないぐらい段差の激しい下りが続き、何度も転びそうに。
「集中だよ、集中!ここまで来て捻挫でリタイアなんて嫌でしょ!」
塩澤さんに何度も声をかけてもらう。

膝が悲鳴を上げるほど急な下りを、集中力を切らさずに、リズムを崩さずにひたすら下る。

大ダワに到着。
ここが第3関門なのでは?と思うぐらい、やさしい灯と、柔らかなポイント。
テーブルと椅子と暖かい光。
飲み物も食べ物も貰えないけど温かい雰囲気に癒される。
スタートから50km。
第3関門御岳山長尾平まで、あと8km。
第1関門すぎてから、1kmづつが本当に長く感じる。
だからこそ、応援の声や山間部のスタッフの姿が力をくれる。

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第3関門の御岳山に到着。
神社で冷たい水を頂き、ここで待っていてくれた池田さんに精一杯の笑顔で撮影してもらう。
久々のアスファルトの下りに、足が悲鳴を上げつつ、スタート以降初めて見た民家にほっと安心したり、
御岳に数件ある宿の
「歓迎山ガールご一行様」
という看板に、誰が泊まったんだろう?なんてちょっぴり笑わせてもらったり、、、
今までのまったく余裕のない状況から、街並が心を回復させてくれて、痛む足を進ませてくれる力をくれた気がした。

 

ようやく第3関門の長尾平に到着。
笑顔で明るい声で恭子さんが「ゆみちゃーん!」って迎えてくれたのが、本当にうれしかった。出発する時も背中に向かって「頑張れー!」って大きな声で見送ってくれた。
あとゴールまで13km
ここまで来たら、参加してるランナー全員どこかしら痛みを抱えてる。
あとは気持ち。
気持ちで走り切るしかない。
いや、むしろ今まで走りきれなかった分を今からの13kmで出すしかない。
そう思って第3関門を出発しました。

 

のこり10km。
まだ太陽は昇らないが、スタートから14時間半。
ここまで約10時間、夜間走っていたことになります。
ヘッドライトはもう切れてしまい、ハンドライトのみで進むことに。
そんな不便な私を心配して塩澤さんが自分のハンドライトで私の足元を照らしてくれました。
日本山岳耐久レースは、他人の力を借りずに、自分の力のみで進むレースだと思っていたけれど、
スタッフの姿、応援してくれる友人の声、ランナー同士の励まし、誘導の看板、
決して1人じゃなく、大勢の人に支えられて走らせてもらっているんだな・・・と心から思いました。

 

もうきつい登りはないものの、日の出山山頂へ向かう石段は、後半にきてかなり体力を削ります。
「800mで山頂ですよ」
と言われるが絶対に800mじゃないと思う。
息ぜーぜーで石段を登ると、寒い暗がりに見たことある顔。
「ゆみちゃーん!良く来たねー」って声をかけてくれる。
野口さんが笑顔で迎えてくれて、沢山励ましてくれて背中を押してくれる。
何とか登りきると、今度は小田切さんと美智子ちゃんが山頂で迎えてくれた。
美智子ちゃんが厚いダウンのような上着をきていて、ここで待って応援するって大変だっただろうな、、、
「応援する側も耐久レース状態」なのに、改めて気が付く。
野口さん、美智子ちゃん、小田切さん、みんなスタート会場で応援してくれていた。
日の出山で本当にきれいな東京の夜景を味わいながら、
日の出山で日の出鑑賞にならずに済んでよかったのか、残念だったのか、
でも、きっと今日みたいにきれいな夜空の日は、夜景を見れて良かったんだろうな~なんて干渉に浸れる余裕もできた。

 

日の出山を越えたら、金比羅尾根をただひたすら走るだけ。
あと10キロしかない。下りと平坦ばっかり。
あと10キロ。
普段なら1時間もかからないのに、濡れて粘土質の地面に足を取られて、転んだり、尻もちをついたり、
木の根に引っかかったり、最後の最後までまったく気が抜けない。
ついでに言えば、この区間の5キロが本当に本当に長く、進んでも進んでも65km地点看板が出てこないのです。
今までより、高低差はないから楽なはずだけど、下りの斜度がないということは、走らされることがなく、自分が足をひたすら運ぶしかないのが長く感じる原因だと思いますが、とにかく長いです。
私の場合、そのひたすら続く長い長い尾根を、塩澤さんと話をしながら走れたことが本当にラッキーでした。
人と話をするって本当に気持ちが軽くなる。
がんばろう、足元注意しよう、集中しよう、声をひたすら掛け合い進み続けます。
この区間は、座り込んでる人は少ないものの、走れずに歩きまくってる人は多かったです。
私も両足首に激痛が出て、こんなとこで負けてたまるかという気持ちで進みました。

 

やっとアスファルトに出た瞬間、私はもう興奮状態。
ラスト2キロ。
今までの状態がうそだったかのように、体が軽くなり、どんどん進める。
やっと終わる。
もう終わる。
もう終わってしまう。
とりあえず絶対に歩かないで全力でゴールしてやる!
あのゴール前のあの瞬間、朝のさわやかな空気に包まれて、出し切れる力を全部だして
ゴールに向かっていくあの感じ、本当に本当に格別なものでした。
御前山から一緒に付き合ってくれた塩澤さんとゴール。
私の16時間の旅が終わりました。
ゴールすると、待っていてくれた友人、仲間の姿がチラホラ見えて、それも幸せでした。

壮太くん、キクリンから完走を褒めてもらえたり、ゴール会場に続々と入ってくる友人の姿に感動したり。同じ苦しい道を完走した同士、なんとなく結束が強くなります。

ゴール後に食べた豚汁は、本当に身体にしみました。
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ハセツネレポおわり

 

今回、ハセツネを完走するにあたり、良かったことと悪かったことです。
あくまでも私の個人的な感想です。
■ハニースティンガー
私はレース中、ほぼ90%ジェルでいきます。
ジェル以外のものも、ベスパのりんご味のゼリー飲料とグミぐらいで、グミも本来ならいらないけど、持っていくジェルの本数を減らしたくて、仕方なく使った状態です。
色んなジェルがありますが、私は完全にハニースティンガー。
味はバニラとチョコ以外ならどれも好きなので、色んな種類を沢山持っていきます。
燃費が悪いので、1時間に1本は絶対に必要です。本当は45分に1本が調子良いです。
走れてようが、走れてなかろうが、絶対にたべます。
ジェルが入らないという方もいますが、私はハニースティンガータイムだけを楽しみに後半は走ってます。
好きなものを食べられるというのは幸福なことです。
ロングトレイルだと、みんな食べられなくて苦労するようなのですが、
私は徹底して時間を決めて食べ続けていけるので、そういった点ではラッキーだなと思います。
■塩熱サプリ
今年は特に暑かったので、スタートから10キロぐらいで足のツリを感じ、そこから焦って2粒ボリボリ摂取。その後は30分〜1時間に1粒食べるようにしました。
ロングトレイルのコンディション維持には必要だなと、あらためて思いました。
■ベスパ
ジェルと同じく定期的に取るのですが、特に三頭山、御前山に立ち向かう30分ぐらい前に摂取して、登り坂でパワーもらいました。
■水分
これがスタート前に1番問題でした。
正直皆悩んでいました。
私は時間がかかるのがわかっていたので、3リットルもってスタートしました。結果的に、補給が受けられる月夜見で残量350ml
月夜見で補給受けられる量は1.5リットルなんで、後半も水切れで不安になることなく走れました。
持って行った内訳は
MUSASHI 500ml
コーラ 500ml
アミノバリュー 1.5L
オレンジとアップルジュースを混ぜたもの500ml
です。
最後のオレンジアップルジュースは、そもそも2.5Lしか持っていかないつもりだったので、スタート前の暑さで急きょ会場の自販機で手配。もう、水やスポーツドリンク類は売り切れで何もなかったので、なくなくオレンジとアップルを買って混ぜたのですが、これが美味しかった(笑)
西原峠でこのジュースがかなり救ってくれました。
ジェルもそうですが、美味しいものは力をくれます。
あと、初めてボトルからビヨーンってストローが長く出ているやつを使ったのですが、これ、超いい!胸ポケットにいれておけば、手を使わずに水分補給ができます。長い下りの最中、目線を変えずに、手を使わずに補給できたのが良かったです。
■ストック
持って行くも、持っていかないも自由ですし、持って行くととうぜん荷物になりますが、絶対にあった方が楽です。登りも下りも体を支えてくれました。
■ニューハレ
膝、ふくらはぎ、太もも、そして痛めていた足首と、ありとあらゆるところに使いました。
おかげで大きな故障が出なかったと思ってます。ニューハレを膝にするようになってから、膝の痛みが出なくなりました。
■ライト
夜間を長時間さまようのでライトは必須ですが、私は持って行った電池がだめだったのか、ヘッドライトの電池は2回交換するも、月夜見あたりで電池切れになってしまいました。ハンドライトがあったので助かりました。
ハンドライトの方が足元をしっかり照らせるので良いのですが、ストックと共存が難しいので悩みどころです。
■試走
私は今回試走ゼロでした。
去年スタッフだったので、金比羅尾根からゴールまでの看板を付けたその区間は分かるけど、あとは西原から数馬のリタイア道しか知らなかったのです。
これはかなりダメでした。
ハセツネ、絶対試走必要です。
せめて、三頭山や御前山は一度行っておいた方が良いです。
行けないなら地図は完全に頭の中に入れておかなきゃダメです。
不安になるし、戦略がたてられません。
■事前の準備
1ヶ月前に八ヶ岳スーパートレイルで100キロ走っていたので、その疲労や痛みを取ることの方が大変で、走り込みは出来ませんでした。
ただ、甲斐駒ケ岳、権現岳に登れたことが、かなり力になったと思います。
岩場の鎖などを体験して慣れておく、急な登りで気持ちが折れることを知っておくなど、自分の弱さをしれたからです。
あと、レポにも書いたとおり、小山田さんにしてもらった絶対に歩くなトレーニングはなかり力になりました。
トレーニングをしてもらった日は、それでも歩いてしまって、ダメでしてが、それでも別日に1人で行ったときに、全部走って回れたのが大きな自信につながりました。
ということで、、、
長いレポートは終わりますが
よく来年は?と聞かれます。
今のところ、出れないなと思ってます。
自分の弱さ、力がわかり、この状態で出たらダメだな、、、と。
もし、今後トレーニングを積んで、もっと走れるようになって、改めて挑戦したい!という気持ちになれるように準備したいなと思います。
よく、
「ハセツネはずーっと歩いていればゴール出来るよ!」
と言われますが、あれはウソです。
24時間歩き続ける方が根性いります。
私16時間でしたが、あれ以上長い時間山の中をさまようなんて、辛すぎると思いました。
だから、20時間を越えてゴールしてくる人に、よくリタイアしなかったな、すごい!って本当に尊敬しました。
そのぐらい長くて辛い道。
でも病みつきになる道。
皆が目指す理由がわかった、大きなレースでした。


走れなくてもいい

去年の今頃、ちょっとした油断で左足首の靭帯を切った。

それまでもそんなに練習が好きなタイプではなく、トレイルランナーです!なんて胸を張って言える様な身分では無かったものの、靭帯を切った後の違和感が抜けきれず、あんなに大好きだった下り坂も、今は1歩1歩慎重になり、そもそも登りなんて一般登山客より遅かった私が、下りが走れなくなると、もはやトレイルランニング要素は皆無で、ハイカーまっしぐらというのが現状。

それでも走りたい、山が気持ちいい。
トレイルランニングが好きだ。
でも走れない。

走れない理由は怪我ばかりでなくて、
仕事が忙しいとか、そうは言っても主婦で子供がいるからなかなか自分の時間を作れないとか、体調が不安定とか、そもそものやる気の問題とか、色々あって、気がつけばレースだって年間1つか2つしか出てない。

走れない理由なんて、走ってる人からしたら、そんなの言い訳でやる気の問題だろう!と言われそうなものばかり。

確かにできない理由を並べるのは簡単で、その中で出来ることをするのが大事だから。

うん。

わかってる。
わかってる。

でも出来ない。

出来ないとなんかつまらなくなる。

だから余計やらなくなる。

そんなスパイラルにハマりそうになった時ふと思ったことがあって、今日はその話。

 

私はレースに出ることよりも
レースサポートをする事が多い。

理由は明確で、自分が走ることより誰かをサポートする事のがずっとずっと楽しいと感じるから。

走ってる人を見ると元気になるし、頑張ってる姿を見れば胸が熱くなるし、走ってる人を支える事でまるで自分がレースに出てるかの様な興奮と感動を得られるから、私はサポートが大好き。

私が出来なかった努力を積み重ねて、スタートラインに立つ背中を見る。

どうか無事に帰って来てください。

そう思って祈る。

でもって、泣く。

なんでか涙が出て止まらなくなってしまう。

頑張れ!って気持ちだったり、スタートの瞬間の選手の興奮や緊張が伝わってきてそれが溢れてしまったり、理由はうまく表現できないけど、これから始まる旅に想いを馳せるとなんか涙が出てしまう。

ボランティアスタッフとしてレースに関わることも多くて、やっぱりその時も泣いてしまう。

エイドに居たら、エイドにたどり着いた選手の息遣いや、立ち向かう表情に。
でもって、この先もどうか無事にゴールにたどり着いて欲しいと思うと自然と涙が出てしまう。

分岐誘導だったら、苦しい中で誘導スタッフをしている私に対して『ありがとうございます』と声をかけてくれる優しさに『こちらこそ、そんな勇姿を見せてくれてありがとうございます!』と思って泣いてしまう。

選手サポートだったら、私がいけない世界を、エイドごと会うことによって、まるで私が走ってるかの様にその世界を感じさせてくれることに感動して泣いてしまうこともあるし、いつたどり着くかわからない人を待ってるわけで、その人が来た時の感動ったらハンパない。スムーズにエイドワークはできないけど、それでもありがとうと言ってエイドを出て行く姿に、申し訳ないという思いや、頑張ってね、行ってらっしゃい!という思いが込み上がって来くる。

その時必ず

『待ってるからね』

と、ワザと言う。

辛かったら辞めてもいいよ。
でも待ってるから、諦めないで来てください。

そんな気持ちを込めて言う言葉だけど、実は言う側も辛い。だからやっぱり泣く。

ゴールより泣くのは、サポートできる最後のエイド。

あぁ、もう私にできることは何もない、あとは選手の足と気持ち次第。

そう思って泣いてしまう。

ワーーーンって声が出て来ちゃうぐらい泣く。

勿論ゴールも嬉しすぎて泣くけども。

 

 

トレイルランニングに出会って7年。

たいしたランナーじゃないし、練習も嫌いだし、なんだかんだ理由をつけて走らないけど、それでもトレイルランニングが好きだなぁって思うのは、自分がレースに出るだけじゃ無い楽しさを知ってるからかなぁって思う。

もしも私が自分が走るっていう喜びしか知らなかったら、私はトレイルランニングを続けていないと思う。

私自身が走らなくても、レースに出られなくても、トレイルランニングに関わる事ができる。

これって、当たり前のようで実は当たり前ではなくて、例えば私は昔スピードスケートをやっていたけど、大会に出なくなったら大会に関わる事が全くなくなった。

大概のスポーツは、選手でなくなればその選手に関われるのは、審判や主催者や一部の限られた人間で、引退したら観客席での応援や、たまに趣味でやる程度になってしまうけど、トレイルランニングはまだ未熟なスポーツだからこそ、プロもアマもど素人も同じ大会に出られて、いろんな立場でレースに関わる事が出来る。

コースマーキングをつけたり、看板をつけたり、ゴミ拾いや草刈りをしたりといったコース整備作業だって、成熟したスポーツだったら、普通の人は携わらない。

でもトレイルランニングなら出来て、自分がつけたマーキングを目指して走る選手がいると思うと、それだけでなんか胸が熱くなる。

私がどけた石や落ち枝で、選手が気持ちよく走れると思うと嬉しくなる。

そう。

だから、走らなくてもいい。

自分が好きで、走ってる人が好きなら、トレイルランニングは色んな楽しみ方が味わえる。

走る事が全てじゃ無い。

もしこのトレイルランニングの世界が、自分自身が走ることでしか成立しないなら、きっともっと早く辞めていたと思う。

走ることで得られる幸せ。

走る人を支えることで得られる幸せ。

どちらも比べられないぐらい楽しい。

頑張ってる人を応援するあの清々しい気持ち。

大人になってまだ味わえるとはなんと幸福なことだろうとすら思う。

だからって走ることを諦めたわけじゃなくて、私は70km〜100kmのミドルレースを年間2回は走りたいという目標があって、今年もそれが目標。

選手として感じる景色も好きだから。

だからこそ、長く関わりたい。

だからこそ、無理しない。

走れる時には走って、走らない時には走る人を支える。

走らなくてもいい。

いつか走れる日のために。

IMG_3413

 


跳べし。

すっかりご無沙汰です。

マツイです。

 

今年もやっとこの時期を迎えられました。

毎年言ってますが、

本当ここまで来るのが大変で、
「こんなんじゃ大会なんて開催できないよね、、、」

って壁をいくつもいくつも乗り越えてこの日を迎えます。

壁の高さや数や種類は毎年違うけど、どの壁も乗り越えるのには体力も気力もいる作業で、実行委員全員、色んなものを擦り減らして大会開催に向かいます。

去年もこの時期に同じようなことを書いたような気がしますが(笑)

5回目。
そう、第1回大会開催から5年が経ちました。
スリーピークス八ヶ岳トレイルという大会を開催しよう!
と思い立ってからだと・・・7年?8年?が経過したわけです。

それだけ年数がたてば、人間いろいろ環境は変わるわけで、
私も含め、実行委員の中には、大きく人生が変わった人も多いです。
結婚した人、子供ができた人、仕事が変わった人、離婚した人・・・

もちろん実行委員だったけど、実行委員じゃなくなった人も多いです。

実行委員から離れる理由は人それぞれで、物理的に無理になった人もいれば
喧嘩別れもいます。

人間関係悪化させてまでやりたい事って何なんだろう・・・

そう思って、胸がキューーーーって締め付けられる夜もあります。

でもそれと同じか、それ以上か、
応援してくれたり、反対してたけど味方になってくれたり、
困ってる私を助けてくれたり、励ましてくれたりする人たちがいる。

『スリーピークス出たいんですよー』

って、笑顔で話しかけてくれる人がいる。

そう思うと、言われたその瞬間は正直息が詰まるぐらい苦しいんです(笑)

やべーーー今年はできないかもしれないんだよねーーーー
いや、頑張ればできるかもしれないけど
そればっかりじゃないし、
私一人が頑張ったからどうにかなるわけじゃないしーーー
いやいやそもそも私頑張ってんのか?

みたいな思いが、頭の中にぐるぐるぐるぐる。

でも、こうやって、楽しみにしてくれてる人がいて、
スリーピークスを目標にしてくれてる人がいて、
スリーピークスを1つの記念日みたいに大事にしてくれてる人がいて。。。

私が、どうのこうのじゃなくて、
みんなのスリーピークスだから踏ん張らなきゃなぁ。

そう思って、毎年1歩1歩、1段1段壁を乗り越えさせてもらってるような気がします。

 

大会も5年たつと、本当にいろんなことが変わってきます。

最初のころ、山梨県民の大半が知らなかった大会でした。

でも、少しずつ周知されていって、地元の新聞が取り上げてくれたり、
フリーペーパーに取り上げてもらったり、参加者が増えたり・・・
山梨県で開催している大会なんだ!ということが、山梨県内に広がっていくことは、子供がいる私にとってはすごくうれしいです。

スリーピークスを開催したいと思うきっかけの1つに、
「自分の子供が地元地域を誇りに思えるきっかけとなるイベントを開催したい」
という思いがあったからです。
都会のまねごとをしていたら、それは続かないし飽きられてしまう。
田舎じゃなきゃできないことで、都会の人がそれを楽しみに集まる。
その姿を子供たちが見て、地域の可能性を感じるきっかけになってほしい。

その為には、もっともっと地元を巻き込んで、盛り上がっていけたらなと思っていたので、地元の理解が広まり、取り上げてくれるメディアが増えることはすごい幸せなことです。

また、スリーピークスを応援したい!と思ってくれている協賛企業、チームも増えました。

現在大会HPを修正中なので、詳しくは大会HPが完成した時に再度お知らせしますが、
地元企業、アウトドアメーカー、ショップなど、今年も本当に数多くの企業様がスリーピークスを応援してくれています。

本当に本当にうれしい、ありがたいことで、
実はまだお礼に行ききれないところもあって、心苦しいばかりです。
無礼をお許しください。
ポスター、チラシとともに、行きますので少々お待ちください。

 

ポスターと言えば・・・
今年のポスターも、藤巻翔くんに写真を撮ってもらいました。
泣く子も黙る、世界のショーフジマキが毎年忙しいのに時間を割いてくれて
すごいかっこいい写真を撮りまくってくれます。

跳んでいるのはもちろん小山田さん

スリーピークスと言えば『ジャンプ』
過去大会すべてポスターはジャンプしてます。

このジャンプ。
ほんとすごい回数ジャンプしてます。
何十回も飛んでます。
でもって、今年は結構傾斜がきつい場所でジャンプしていたので、
これまでで1番難しいジャンプだったのでは?と思います。

文字通り、身を削るジャンプ。

でも、さすが翔くん。
でもって、さすが小山田さん。

めちゃくちゃかっこいい写真です。

こんなめちゃくちゃかっこいい写真に、かっこいいデザインを入れてくれるのが
Apartment Film Worksさん。
HP、ポスター、フライヤーは毎年すべてApartment Film Worksさんにお願いしてます。
3peaks2017pos

今年のポスター。

中心にある「跳べし。」の文字。

これ、甲州弁です。

甲州弁で「跳ぶ」とは「Jump」の意味もありますが、「走る」ことを「跳ぶ」と言います。

かけっこ=とびっこ

走っておいて=跳んでこーし

走ってきた=跳んできた

でもって、跳べし。の「し」

「し」は言い方によって意味合いが変わるので、うまく説明できないんですけど

「し」は命令になる場合もあれば、呼びかけになる場合もあるんです。
前後の言葉のニュアンスというか、言い方で判断するんですが、
「し」っていうと禁止だと思う人がいますが、禁止の意味はないです。
甲州弁で禁止を表すのは「ちょ」です。

あ、ごめんなさい話ずれました。

なので

「跳べし」は「走ろうよ」「走れ」「行け」みたいな意味にもなったりします。

みんな、八ヶ岳のきれいな自然の中を跳べし。

楽しいから。

まだまだやること盛りだくさんで、実際HP公開スケジュールとか大幅に遅れてますが、現在全力でがんばっておりますので、もうしばらくお待ちください。

とりあえず、2/25から優先エントリー始まります。

スリーピークスはゲストスタッフ(ボランティア)をしていただければ、
次年度は優先エントリー権を付与しています。
なので、一般エントリーより先に優先エントリーというものがあります。
優先権をお持ちの方には24日までにお知らせのメールを送りますので、今しばらくお待ちください。

週明けにはポスター、フライヤーをあちこちに配布いたします。

私の知り合いのお店には、勝手に送り付けますが(笑)ぜひよかったら貼ってください。
特にATC StoreとT-mountainには多めに送り付けようと思ってますのでよろしくお願いします。

せっかくなので、
大会オフィシャルより先に、MMAブログで公開。
フライヤー画像と今年のスポンサーを発表させていただきます。

協力、協賛、後援いただいた皆様
スリーピークスを楽しみに待ってくださった皆様
本当にありがとうございます。

今年も精一杯頑張りますので、どうぞよろしくお願いいたします。

2017flyer

【後援】

観光庁 / 山梨県 / 北杜市 /山梨日日新聞社・山梨放送 / テレビ山梨 / エフエム富士

 

【特別協賛】

アミノバリュー / 株式会社小野石材店

 

【協賛】

THE NORTH FACE / salomon / SUUNTO / adidas / FULLMARKS / HOUDINI / VESPA / Nutty Honey / New-HALE / Pro-Tec Athletics / A&F / Klean Kanteen / VASQUE /
UltrAspire / ALTRA / drymax / finetrack / RaidLight / PaaGo Works /
MOUNTAIN MARTIAL ARTS / ZEN / ANSWER4 / HUNGERKNOCK

株式会社アルプス / 株式会社 セラヴィリゾート泉郷 / 平山郁夫シルクロード美術館 /
株式会社アルテミス / 株式会社ミヨシ / 株式会社エム・アンド・ビー・フローラ /
ペレニアルガーデンショップ アババ / 八ヶ岳リゾートアウトレット /
株式会社アシストエンジニアリング / f-magic inc. / 山梨住宅工業株式会社 /
韮崎本町運送株式会社 / アルソア本社株式会社 / 八ヶ岳ロイヤルホテル /
株式会社たけまる Citrus事業部 / 株式会社フォーチュン / 中村農場 /
株式会社 光彩工芸 / エルテックサービス株式会社 / 甲府ビルサービス株式会社 /
ネオオリエンタルリゾート八ヶ岳高原 / パイの家M-1 / 株式会社スパティオ小淵沢 /
株式会社エフエム八ヶ岳 / 株式会社桑郷 / Third Wave Power / 株式会社M’s-A /
スーパーやまと / 有限会社マルイチ中沢青果 / 山梨銘醸株式会社 / 印傳の山本 / 鉄刻屋 / GloryDesign / OUTING PRODUCTS ELK / SUNDAY / 道がまっすぐ /

 

【協力】

Run boys! Run girls! / 石井道場 / 北杜市小荒間地区 / シミックグループ / 山梨交通グループ / なないろ / 八ヶ岳ジャーナル /NFL山梨 / YBP / 小淵沢ホースマンズクラブ / ヴァンフォーレ八ヶ岳 / 甲州八ヶ嶺太鼓 / そろんそろんフットパス / 株式会社三和リース / オーガニックライフ八ヶ岳 / フォレストサイド横森ぶどう園 / Trailregist

 


花鳥風月

なかなか厳しい2日間でした。さぁ行くぞ!から、涙のスタートととなり、

走らせてあげたかったなぁ。

っていう気持ちと、

安全には変えられないもんなぁ。

って気持ちと、

なんかとにかく複雑で、

でも形にするなら、不謹慎かもしれないけど

「悔しい」かなぁ。。。
もちろん主催者の苦渋の決断を分かった上で、、、

それでも悔しいもんは悔しい。
走ってる姿見たかったし。

苦しんで苦しんでそれでも前に進む姿見たかったし。

で、ゴールに入ってくる姿を見て、泣きたかったし。。。

だから、STY中止発表後の夕焼け見て、

本気で悔しくて、なんだよ!なんなんだよ!って、感傷に浸れずに、ムカついてしまった私は、自然の中で生きることがわかってないチンチクリンだし、選手、そして主催者の方々の方がずっとずっと苦しい2日間だったと思います。

23日はあちこち動きながら、短い時間だったけど、パノラマ台入り口で分岐誘導。

私が分岐誘導したのなんて短い時間で、22時頃まで暴風雨の中対応してくれたボランティアスタッフのみんなには、本当に頭が上がりません。寒くて本当に大変だったと思う。

スイーパーが通過し、もう終わりだって思った直後に、体調不良の選手が出てて、土砂降りの中、長い時間待機となってしまい、本当に申し訳なかった。。。

でも、チームワーク抜群で、すごい楽しそうに、選手を盛り上げてくれた。

ありがとう。

24日はコースの1番最後の山「霜山」で、分岐誘導する予定だったけど、山に上がる前に中止になってしまった。

この3日間の為に、あちこちから集まってくれた、スリーピークス八ヶ岳チーム。

遠い人は名古屋から。
霜山チームは、前日から直前まで目まぐるしく変わるスケジュールに、迅速に対応し、お互いに連絡取り合い、チームワークでどんどん判断して動いてくれた。

レースが続行されると信じて、最後まで雨の中待機してくれた。

中止発表後、口々に残念だと言いながら、また来年頑張ろう!って言ってくれて嬉しかった。

担当していた分岐誘導箇所は4箇所。

総勢20名が雨の中、風の中、どうなるかわからない大会の進行の中、頑張って、見守って、待機して。

選手を迎えて勇気づけたい!

2日間のみんなの思いは同じ。

トレイルランニングは自然と共存だから、自然の恵みの恩恵を受けて、その中で楽しむスポーツだから、この結果はしかたない。

むしろ、当然の判断だと思う。

でも、、、

そんな思いで家に着き、テレビをポチっとつけたら、ケツメイシが歌ってた。

花よ 咲き誇り土へと戻り

鳥よ 羽ばたく命ははかなく

風よ 吹き抜けるどこまでもゆける

月よ 月照らす心奥(深く)根差す

花よ 咲き誇り土へと戻り

鳥よ 羽ばたく命ははかなく

風よ 吹き抜けるどこまでもゆける

月よ 月照らす心奥深く根差す
永久に 空に消えるまで 月の光を…

『花鳥風月』by ケツメイシ

なんか、自分って小さいなぁ。

くよくよすんなよ。

こんな年もあって、何年か経って

『あの年は悔しかったよね!』って、笑いあえる時も来る。

アウトドアスポーツを満喫したんだ!

そんな年になったと思えよ!

なんかやっとそう思えた。
今年のUTMFは豪雨で流れたけど、また来年、私たちはパノラマ台と霜山で待ってます。
みんなおつかれさまでした!


あと2日

UTMFスタートまであと2日。

それぞれ思うことはあると思いますが、私の思いを。

スリーピークスが出来上がる前に、コース整備の仕方を習ったり、マニュアルの相談をしたり、運営の悩みを打ち明けたり、ボランティアのやり方を教わったり、選手として走らせてもらったり、サポートすることの意味を1から考え直す機会をもらったり、、、

とにかく今の私にとってなくてはならない大会。

それがUTMFです。

台風や温帯低気圧や秋の長雨で今年のコースのコンディションは良くないかもしれない。

今日は1日雨で、気温は16度。
立ち止まると汗と雨と寒さでどんどん体温が奪われて行いき、当日の天気を思うと、不安でならない。

マーキングを取り付けるために、手袋を外して進むけど、指先から寒さがどんどん進行して、あっという間に身体が冷えてくる。

選手のみんなは、レインウェアの機能をきちんとテストしてあるのかな?買ったきりたいして手入れしていないレインを持ったりしてないかな?

手袋は?きちんと指先まで保護してくれる手袋を準備出来てるのかな?

水の量は?行動食の量は?防寒対策は??

去年は必携品だったあれこれを、全く準備していない人もいるのでは?

あなたが「ま、いっかー」と思って持たなかった命を守るアイテム。それ、持たなかったからって、本当にタイムが速くなったりしますか?

ぜひ、今一度確認して下さい。

あと2日もあるのだから。

もし、選手に何かあったら、、、

大会の準備をしている人は、大会前から不安で不安で寝られなくなります。

それは『命を預かってる』という思いがあるから。

それは『この大会を楽しみにしてきた人を裏切りたくない』から。

それは『せっかくお金をかけて時間を費やして準備してくれた人を、少しでも長く走らせたい』から。

諦めたくないから。

UTMFは、毎年準備のお手伝いをさせて頂いていたのに、今年は何にもできなくて、ようやく直前の2日間整備とマーキングをさせてもらいました。

昨日は杓子山、今日は鳴沢氷穴をスタートして、精進湖民宿村まで、長いロードを歩き、草を切り、1本1本心を込めてマーキング。

杓子山は新ルートを。

雨天迂回になるから、このコースは使うか使わないかわからない。

でも使うと決まった時、少しでも気持ちよく駆け抜けられるように、1歩1歩気持ちがこもる。

どうか台風に飛ばされませんように、このマーキングが誰かの勇気に繋がりますように、1本1本気持ちをこめて。


たぶん160kmというコースを作るために関わった全ての人が、それぞれの思いを込めて作り上げていたはずです。

怪我をしないようにつけたトラロープも、走りやすくするために刈った草も、スコップで掘り出したトレイルも、走るあなたにとって満足できないかもしれない。

それでも精一杯、あなたが1歩でも前に進めるように、心を込めて作り上げ、考え抜き、準備をしたコースだから、どうかあなたの思うような完走をしてほしい。

トレイルランニングは天候がかなり左右するから、せっかく準備したことが、発揮できない人もいるかもしれない。

それでも、あなたがUTMFに向けて努力し、懸命に走った事実は変わらない。

どうか、1人でも多くの人が笑顔で戻ってきてくれますように。

サポートがいる人もいない人も、あなたを待ってるエイドがあって、あなたを待ってる誘導スタッフがいる。

あなたを暖かく出迎えたい、力強く背中を押したい。

そう思って、選手と同じように戦っているスタッフのことを、どうか忘れないで下さい。
さぁ、UTMFまであと2日。

笑顔でゴールゲートでお会いしましょう。


富士山への道

山梨県民の大半は、富士山に登らない。

あれは見るもので、登るものじゃないという人が多い。

そんな私も、30歳過ぎるまで富士山に登ったことはなく、
5合目まで車で行くことが
「富士山へ行く」ということだと思ってた。

トレイルランニングを始めると、今度は富士山がぐっと身近な山になる。

6月過ぎたころから、トレーニングで富士山へというSNS投稿がばんばん上がり、

「うむ・・・私も富士山ぐらいは行かねば!」

と、なぜか思うようになり、気が付けば毎年2~3回ほど富士登山をしている。

 

さて、そんな富士山へ、67歳の母と9歳児の娘を連れて登山したというお話。

母は普段まったく運動しない。
娘も空手をやっているぐらいで、どちらかといえばグータラしている。

そんな母が富士山に登りたいと言い出したのはかれこれ4~5年前。

「登ってみたいなー」

「やめなよー体力ないんだからー」

本気で母が登りたいと思っていなかったので、2年ぐらいスルーしてた。

そしたら母が、いつか富士山に登りたいからと、
尾白川渓谷のツアーに申し込んでいたことが発覚。
そこから毎年、山梨にある低山に行き、登山の準備をし、
いよいよ、2016年夏、目標にしていた富士山へ挑戦することにしました。

と、言っても、
とにかく体力がないので、絶対に日帰りは無理と判断。
1泊2日の富士山ツアーを計画しました。

まず、山小屋を抑えるところからスタート。

というのも、ハイシーズンの富士山は、1日に100人以上宿泊する宿もあるぐらい。
寝返りも打てないほどギューギューに寝て、隣の人との境はなく、
まったくの赤の他人と、ほぼ添い寝状態。
小屋中にイビキと歯ぎしりの音が響き渡り、当然お風呂に入っているわけではないので、スメルがちょっと残念なぐらい、キツめ。
そんな山小屋にうちの母が泊まれるわけないと思い、個室のある山小屋をチョイス。

7合目トモエ館
http://tomoekan.com/

個室といっても完全個室ではないのであしからず。

ただ、「隣の人誰です?」という状況ではありません。

部屋どうしが壁で仕切られていて、出入り口は扉ではなく、カーテン。
もちろん狭いし、天井だって低いです。
「えー個室じゃないじゃん」って思うかもしれないけど、富士山の山小屋で、これだけプライバシーが守られれば大満足。
(私、以前別の山小屋で140名がギューギューで寝るのを経験してる為、トモエ館は天国かと思いましたw)

4月末から山小屋予約が始まるので、予約開始日に電話予約。
約半日かけて、粘って予約完了。

登山時期は、毎年8月になると、甲府盆地の気温が上がりすぎて、
高い山は15時前後で天候が不安定になるので、
比較的に天候が安定してる7月中で、かつ土日は恐ろしいほど混雑するので、平日を混ぜての金土で行くことにしました。
(9月は台風があるからちょっと微妙・・・)

7月29日・はれ
正午12時に5合目到着。
約1時間、ご飯を食べたりして過ごす。
5合目といってもすでに2500mあるわけで、
高山病にかからないよう、1時間程度は5合目で体をならします。


13時45分
ようやく登山開始。
5合目にごった返してる登山客の半分は中国人なんじゃ?と思うぐらい、中国からの観光客が多い。
そして、その中国人の方々は、6合目までワラワラとハイキングを楽しんでいる。
もう、自分たち家族以外全員中国人じゃないの?
って思うぐらい中国人が多い。

我々家族のメンバーは
行きたいと言い出した母、付き添いの姉、私、私の夫、そして9歳の娘。

富士山の登山道は決してテクニカルなわけではなく、
吉田口から登れば、7合目からずっと山小屋が続くわけで、
食べ物も飲み物も基本山小屋で確保可能。
しかも、山小屋の前にはベンチまであり、疲れたら腰を下ろせる、
とにかく初心者に優しい山です。

なので、お菓子や飲み物の量を抑え、ご飯も基本山小屋でとることに決めます。

ちなみに、富士山でバーナー使用はほぼ出来ません。

なので、荷物を極力抑え、かつ軽量化されてるものに限定し、背負う荷物をできるだけ軽くします。

でも、標高は日本一なわけで、いざという時のウェアや、ストック、行動中の水や食料を背負って生きます。

そもそも体力のない母と娘は、ザックの中にウィンドシェル、500mlペットボトル、おやつのみ。
それ以外のレインウェア上下、着替え、薄手のフリース、ダウン、ストック、食料、ファーストエイドキットなどなどは私と夫で分担して背負います。
夫も特に普段登山をしているわけではないので、夫は1.5人分を背負い、
私は2.5人分を背負い、登ります。


途中娘さんがヒーヒー言うので、娘が背負ってたザックも私が背負い進みます。
荷物が軽くなっただけで、娘さん少し復活。


初日はなんのトラブルもなく、登山開始から2時間程度で、本日の宿泊先に到着します。

7合目は
7合目、本7合目、新7合目、元祖7合目・・・とたくさんあり、
8合目も同じく、たくさんの8号目が続きます。

7合目トモエ館は7合目の中でも下の方にあります。
下の方といっても、2400mぐらいあり、すでに森林限界を超えております。

天気はこれまで抜群。

16:30お夕飯。


カレーハンバーグという、下界にいたら絶対に食べないわんぱくなご飯をいただきます。
思いのほかカレーが美味しい。娘さんは特別に甘口カレーにしてもらいました。

このまま19:00の日没の夕日を・・・と思ったら、急に曇ってきてしまい、夕日は見れず。

でもせっかくの時間を楽しもう!と
ビール飲んだり、ワイン飲んだり、またビール飲んだり・・・
山小屋で過ごす時間を満喫。

姉とわたし。


日の出は4:50頃
だいたい1時間ぐらい前から地平線が明るくなり始めるので、3時半に起床。
山小屋さんが用意してくれた朝ごはん(お弁当)を食べつつ、日の出を待ちます。

母は山頂でご来光を見たいと言ったのですが、
そのためには夜間にライトで登らなければならず、また渋滞にかなり巻き込まれるため
山小屋でゆっくり見ようと説得しました。
実際、山頂で見るより、8号目あたりで見たほうが、ご来光は綺麗な気がします。
なにしろ混んでないし。

太陽の光が現れないと、寒いので、持ってきた防寒具全て着て待ちます。


待ってるとなかなか寒いものです。

 

ご来光。


綺麗で感動して涙ぐんだ母を見て、
連れてきて良かった・・・と心から思います。

でも、富士山はここからが本番。
そそくさと支度し、頂上をめざします。

娘は出発前にクリームパンを購入。
トモエ館に売っているクリームパンはとっても美味しくて
前日に食べた娘はすっかりハマり、2日目の行動食に・・・ともう1つ購入。


8合目トモエ館には「あんぱん」があると知り、娘の目標は

「あんぱんを食べる」

に、変更となります。
富士山に登りたいのではなく、8合目のあんぱんが食べたいから登る・・・

うん、目標は人それぞれでいいもんね。。。

7合目から、それぞれの山小屋に宿泊していたツアーの登山客がぐっと増え、
ものすごいスローペースで登るので、全然先に進みません。

ガイドさん1人なのに、20~30人の参加者を引き連れていて、
その全員がほぼ登山素人という方々ばっかり(装備や歩き方でわかります)。
ガイドさんから離れないように必死なので、後ろに人がいても全然どいてくれません。
すみませんって声をかけてもどいてくれない、端によける体力がない方が多いかんじでした。

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7合目からはずーっと渋滞・・・。

私も、体力のない母と娘をつれていたので、しばらくツアー団体と同じペースで登っていたのですが、あまりにもスローで逆にこのペースじゃ母も娘も潰れるな・・・と思い、一旦ツアー客から離れるために少しペースを上げて8合目へ向かって進んでいきます。

 

7合目から9合目までの間が割と険しく、
岩を登っていく感じなので、ストックも邪魔になります。
ここからは母と娘のストックを預かって、登っていきます。

8合目であんパンを食べるという娘の目標は
なかなか達成できません。
なぜなら、前文に書いた通り、8合目がたくさんあるから。

8合目の小屋につくたびに、

「あんぱん来た?」

「あー残念、この小屋じゃないよ」

という会話を繰り返し、なんだか娘が不憫に感じます。

それでも弱音を吐かず、マイペースながらも高山病になる事もなく登る娘。

そして、母は自分の体力がいつまでもつかわからないから、体力があるうちに登りたいと必死。

そうこうしているうちに、ようやくアンパンが食べられる、8合目トモエ館に到着します。

娘さん満足げにアンパンを食べます。

この子、目的のアンパンも食べ終わったから、登山やめるって言いそう、、、

とっさに

「山頂に郵便局があって、そこからお手紙出せるみたいなんだけど、行く?」

と聞くと、

「そこからお家にお手紙出したい‼︎」

と。

よかった、とりあえずまだ登ってくれるらしい、、、、


息が苦しい。

吸っても吸っても息苦しい。

酸素を吸いながら進みます。


私の荷物はどんどん増えますが、母と娘が無事ならそれでいい、、、

姉と夫は問題なく登ってきます。

そしてついについに!


7合目から登山開始して約6時間。

やっと山頂に到着です。


山頂でご飯食べたり、偶然登ってきたしんやくんに会ったり、もちろん郵便局で手紙を出して、下山。

富士山は下山が辛いのよ、、、

とにか飽きるし、長い下り道。

走れればいいけど、走れない家族を連れていると辛い。

それでも、無事に下山完了。

なんと下山にも6時間。

走らずに歩いて下るとある意味登りよりキツイ、、、


石と砂が沢山入ってきて、ゲーターも限界なので、靴はガムテープでぐるぐるですが、無事全員下山できました。

娘はなんかわかんないけど楽しかったそうで、母は夢が叶えられたと喜んでくれたので、夏の良い思い出となりました。

母の次なる目標は

鳳凰三山

来年に向かって、今から頑張らなきゃねー。


北山野道をゆく@山梨県甲府市

大会もひと段落ということで、
完全趣味の活動「Trail Ginger」が再始動。
いや、完全に止まっていたわけじゃないですし、
そもそも、チーム活動なんてものは、これまで1回しかしたことがなく、
普段は完全個人活動なので、再始動もくそもないわけですが、
今回はせっかくだからみんなで行ってみよう!
と、久々に全員集合したわけです。

メンバーは
45歳すぎて、図書館にはまったクボヒデ
墓ディレクター2級免許を持つデーイー
きめ細やかさなら誰にも負けないオーマ
そして、いつも行き当たりばったりのマツイ
以上4名。

この4名で行ってみたい!
巡ってみたい!という話になったのがこれ。

「北山野道」

たまたま、道がまっすぐのスタッフ用駐車場のそばに長禅寺というものすごい立派なお寺がありまして、その立派なお寺の駐車場に「北山野道」の看板があったのが全てのきっかけです。


だいぶ昔に作った看板ですが、甲府駅の北側のエリアの神社や史跡に番号がふってあり、
そこは歴史的にも面白そうなエリアだから、皆さん巡ってみませんか?
みたいな、そんな看板でした。

史跡の数は50個ほど。
距離にして約50km前後でしょうか?
TrailGingerならこれ、走って回れるでしょー
これこそ車なら通り過ぎちゃうとこでしょー
と、みんなで盛り上がりまして、じゃあ「北山野道」行ってみよう!

という話になったのですが、
連日甲府市内なんと30度越え・・・
朝早くから灼熱地獄。
こんな気温の時に走ったら、これ死んじゃうでしょ・・・
と、急遽エリアを狭めることにしました。

「北山野道」は全部で4つのエリアで構成されています。

*表門(うわと)の里(横根~酒折エリア)
*板垣(いたがき)の里(酒折~甲府エリア)
*小松(こまつ)の里(甲府北口エリア)
*志麻(しま)の里(山宮エリア)

この中の「小松の里」に決定。
理由は「なんかここなら行けそう」と思ったから(笑)

だって、手がかりはさっきの看板の地図しかないわけです。
そうなると、なんとなくわかるエリアじゃなきゃ絶対無理(笑)

ということで8:30に武田神社を出発します。


この武田神社も「北山野道」で26番に指定されているところなので、
まずは順調に1つ目クリア。

ここから積翠寺に向かってひたすら道路を登っていきます。

とにかくひたすら。
じりじり言うアスファルトを登っていくと、積翠寺と要害の分岐の小高い場所に
馬頭観音を発見。


とりあえず寄り道。

なんか、昔この辺の集落の農耕馬がもう寿命が短くなった時に
血抜きをしていた所ですよ~的な説明書きあり。

ほほー。

しばらく観察していると、なんか奥にマーキングテープが見える・・・


とりあえず藪こぎしてみると、今度は灯篭が見える・・・

私以外全員サンダルランだけど、かまわず藪こぎです。

あれ?もしかして・・・神社がある~!

そう、知らぬ間に「北山野道」31番の「白山(はくさん)神社」へたどり着いていました。

この宝探し感がめちゃくちゃ楽しい。


これ、正式な道も後々見つけるのですが、草ボウボウのこの季節
なかなか見つけるのは手ごわい神社。

狛犬さんは新しめ、祠の台座もだいぶ新しめ(平成のもの)

でも、神社へ伸びる石階段や鳥居はなかなかの良いお味。

「階段の石の積み方イイね~抜群だね~」

という、このチームでなければ出ない会話がどんどん出ます。

とりあえず、このチームの目的の1つ。
カッコつけて写真を撮るを遂行(笑)
img_8655.jpg

さて、そこから更に登って積翠寺「古湯坊」方面へ。

途中なんか登りたくなる階段発見。
登ってみると、ほらやっぱり。
「山の神」と観音様?と思われるような石仏。

北山野道 小松の里散策!!_7891 北山野道 小松の里散策!!_3482
この石仏はとても古そうでしたが、囲ってある建物はだいぶ新しく立派。
蚕影観音と書かれている看板があったので、このあたりも養蚕をしていたのね・・・と、
感じることができます。

さて、登ります。
まだまだ登ります。

すると紫陽花が満開のエリアにようやくたどり着きます。

北山野道 小松の里散策!!_4946
ここが34番「古湯坊」です。

北山野道 小松の里散策!!_3182
信玄の隠し湯として有名な場所です。
今は「坐坊庵」という名前の立派な旅館があります。

そこから、武田の森のトレイルコースを通って、33番の要害城跡へ向かいます。

北山野道 小松の里散策!!_1033

ずっと舗装路だったので、やっぱりトレイルは気持ちよい。

しかもここのコースはすっごい走りやすい。

あっという間に要害城跡へ到着。

北山野道 小松の里散策!!_8062

ここは武田家が戦の時に、使っていた詰城(つめしろ)と呼ばれてるところです。
途中に不動明王の石仏があったり、防備を固める郭などが残っています。

そのまま下って35番「積翠寺」へ。

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武田信玄が生まれるときに産湯として使った井戸があるお寺です。

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そのすぐそばに、北山野道に指定されていませんが、
深草観音のご本尊が普段安置されている「瑞岩寺」へも立ち寄り。

北山野道 小松の里散策!!_2336
ここの馬頭観音にしばしうっとり。
馬頭観音は頭の上に馬が乗っているのが特徴です。
一人一人、お顔の表情が違うのはモチロン、頭の上に乗っているお馬さんの表情も違います。
2体も頭の上に乗せている観音様までいらっしゃいました。

北山野道 小松の里散策!!_5206

 

お寺さんはその日法事をおこなっていらしたので、
名残惜しくも、そそくさと退散、次の目標「興因寺」へ向かいたいのですが・・・

ああ、この道祖神気になるから立ち寄ろう・・・

ああ、こっちのお地蔵さんも素敵・・・

あのお墓だってなかなか素敵・・・

町並みだって、石垣だって、橋だってみんな味わい深い・・・

積水寺周辺、気になる石仏が多すぎて、なかなか先にすすめません(笑)

後ろ髪引かれつつ、積水寺から相川方面に舗装路をどんどん下ります。
標高が低くなればなるほど、甲府盆地の熱波が近づいてきます。

30番「興因寺」についた時にはすでに灼熱じりじりの太陽です。

すごい立派な山門。
気品あふれるお寺です。

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この時点で、今日小松の里を全部回るのはむりだな・・・という話になり、
とりあえず、範囲を絞って回ることに。

まずは、25番「護国神社」

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とにかく立派。
ちょうど入り口の一番大きな鳥居は改修工事ちゅうだったので
ブルーシートの中でしたが、境内の迫力とかわいい狛犬にうっとり。

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24番「信玄火葬塚」

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信玄のお墓ではなく、火葬したといわれているマニアック(笑)な場所。
これ、ものすごい住宅街にあるので、私も初めて来ました。

住宅街に突然現れるので、山梨県民でも知らない人が多いはず。

22番「大泉寺」

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武田信玄のお父さん、信虎のお墓がある神社。
まるで絵画のような総門とその先の参道の雰囲気が、とんでもなくかっこいい。

その代わりに、なぜか本殿の柱の彫りが、なんかすごい中途半端。
あれ?作成途中なのかな?まだ下書きなのかな?
住職が書いちゃったのかな?と、思うような出来栄え。
(違ったらごめんなさいw)

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19番「妙恩寺」

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今日はこのお寺でおしまいです。
このお寺は、近くにトンネルが開通したのですが(愛宕トンネル)その際に、石垣を積みなおしたそうで、デーイー曰く、
「こんな職人技が光る、すごい石積みはない、すごすぎる」
そうです。
なので、興奮状態で大人4人が石垣をみつめていたので、ご近所の方々にだいぶ怪しがられました(笑)

興奮しすぎて、肝心な石垣を撮影していないのが、我々らしいです(笑)

道がまっすぐエイドで休憩しつつ(仕事中の小山田さんすみません)

アキトコーヒーで休憩しつつ(ガラの悪い人達が店先を占拠してすみません)

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反省会議。

本日の敗因・・・

看板がざっくりすぎて、エリアが広すぎた・・・

そして甲府が暑すぎた・・・

次は、もっと効率よく回る方法を・・・

でもこの寄り道感がたまらなく楽しいと言えば楽しいからいいのかな(笑)

今日行けなかった場所は、また次回絶対回ろう。

そう約束して、スタートの武田神社まで無事もどりました。

23km、6時間の旅。

近くを車で通ったことは何度もあるのに、知らなかった神社やお寺の数々。

走るからこそ見つけられるし、走りだからこそ簡単に寄り道できる。

やっぱり、TrailGingerおもしろすぎる。

 

しかも・・・

その後、なんと、この北山野道を1冊にまとめた冊子があるとの事実をネットで発見。

ダメもとで、発行元の甲府市教育委員会に連絡してみると・・・・

まだ冊子がのこってるとのこと!!

「売ってください!」

というと、かなり驚かれた様子で

「差し上げます!もともと、無料で配布してる冊子なので・・・」

と。
なんと!素晴らしい。

なにやら、甲府市教育委員会が今から約30年前の平成元年に調べて、作ったそうで、
MAP、神社やお寺、史跡の説明、昔話、地層などなど情報盛りだくさん。
これが無料なんて、なんてお得なんだ!

私が、鼻息荒めだったせいか、20冊もくれました(笑)


ということで、もしもほしい方、興味がある方いらっしゃいましたら、
道がまっすぐにありますので、お声掛けください。

30年前のものなので、少々道が違ったり、建物が変わってたりしますが、特にもんだいありません。

北山野道。

まだまだコンプリートには長い年月かかりそうですが、
この冊子を読みながら、次のルートを計画します。

北山野道 小松の里散策!!_9970


さよなら靭帯のその後

去年は分水嶺トレイルBコースに出場していた。


「お前みたいな者は顔洗って出直してこい!」

そう、山塊からほっぺた引っ叩かれたようなレースで、将監峠でリタイア。
私の体調不良だったので、私はツェルト内でヌクヌクと休み、白さんとフジフジはツェルトに身を包んでの野営。何もかもが申し訳なかった。

今年こそ!
そう思っていた矢先に靭帯を切った。

分水嶺トレイルを完走するには、とにかく重い荷物を背負って、長い距離を進む訓練が必要だということがわかっていたからこそ、靭帯を切ってすぐに、リベンジを誓っていたチームメイトに、ごめんなさいと連絡した。

ただ、もし分水嶺に出られなかったら、、、

そんなつもりでエントリーしていた大会が。

「おんたけウルトラトレイル」

靭帯を切って、4月までは全く走れなかった。

でも、みんなが出たくて出たくてクリック合戦にまで発展した大人気のレース。

キツくて辛い

そう言いながら大人気なのには何か出た事がある人にしかわからない魅力があるんだろう。

7月のこのおんたけを目指して、がんばって練習しよう。

そう思って出場を決めたのが5月。

スリーピークスは6月開催で、正直5月〜6月は自分の為の時間を作ることは難しい。

なので、毎年4月〜6月はNO RUNNING期間に突入してしまうのに、100kmもあるレースに出れるもんなのか、、、

正直不安しか無かった。

練習といえば、毎週火曜日にやってるグループランと、たまーに10km程度走るぐらいで、違和感が残る靭帯と、すっかり落ちた体力と、忙しさを言い訳にして、長い距離走り続ける訓練を全く出来なかった。

正直出られる自信が全く無かった。

でも

DNSとDNFが大嫌い。

去年分水嶺トレイルを引っ張ってくれたチームリーダーの藤生さんは、それからしばらくして鋸岳で帰らぬ人となってしまった。

藤生さんに「元気だよー。頑張ってるよー!」って本当は分水嶺のコースで伝えたかったけど、それが出来なくなった今、山は違うけど、おんたけで伝えられたら。そう思って、出場をレース3日前に決断した。

私が決意出来ずにいたせいで、お店の臨時休業も直前の発表となり、関係各所の皆様には大変ご迷惑おかけしました、、、スミマセン

初めてのおんたけ。

夜間走るのが好き、深夜12時から朝4時までが1番元気な私にとって、おんたけのスタートか深夜12時のおんたけは自分に向いてるな、、、

そんな妄想に胸膨らませ王滝村へ。

現実が見えてきて、急に怖くなる。

あれ?前に100km完走してた時、もっとずっと真剣に練習してる。。。

そんなこと思い出したら、不安で泣きそうになる。

制限時間いっぱいの20時間でゴールすれば良いな、、、

いやーー20時間も動き続けられる?

20時間かーーーーー

どう考えても泣きそう。

そんな中100mileが20時にスタート。

いつもはサポートする小山田さん。

今回はノンサポートの100mile。

頑張ってね、無事帰ってきてね。

そう言い握手。

でも、どっちかって言うと、無事帰れないのは私だな、、、

見渡せば100mileランナーはみな、練習してきた、走りこんできた、準備し切って来た方ばかり。


そんな方々とスタート前に。


競技説明会も緊張感たっぷり。


御岳という場所柄なのか、スタート前には神主さんのご祈祷があり、いよいよスタート。

暗闇に消えていく、ライトと熊鈴の音。

とにかく、かっこいい。

派手さはない。おしゃれでもない。

男臭いかっこよさ。

甲子園を目指す男子校の野球部みたいな雰囲気。

一気にテンションが上がり、自分がスタートする24時まで出来るだけ寝たいのに、全く寝られない、、、

バタバタしながら、気がつけばスタート時間。

ATC storeの芦川さんから、第1関門までが大変だから、そこまで頑張れ!とアドバイスを貰い、私も暗闇の中スタートします。


スタート前に。

今回山梨から一緒に行った五味くんとはスタート位置が違いすぎるので、ここでお別れ。

わたしは後半からゆっくりスタート。

スタートして間もなく、、、

OSJクオリティ満載(笑)

分岐誘導スタッフとか全然いない(笑)

看板のみだし、マーキングもほぼないし、看板も少ない(笑)
20km地点、小エイドまでもう少し。

周りはだんだん明るくなってきて、私もようやくライトを消して、ガレ場の下りを走る。

走りやすい下りなんて一箇所もない。

THE 林道!

気を抜いた瞬間に、つまづいて転ぶ。

転んだ瞬間に両足のふくらはぎが攣り、江頭2:50のようにピーンと突っ張ったまま飛び、ゴロゴロ転がる。

見ず知らずの方が

「大丈夫ですか?」

と。声をかけてくれるので、

「大丈夫じゃないです!」

と訴え、攣りが治るストレッチをしてもらう。

あの時のあの方ありがとうございます。本当にありがとう。誰だったんだろう。是非会ってハグしたい。

完全に攣りが治らないけど進むしかないので、攣ったまま進み、だましだまし走る。

だましだまし。

ようやく小エイドに到着。

エイドも水と塩しかない(笑)

全然キロ表示も違うし、エイドの場所もあってない。

でも、自己責任のスポーツ。そんなのに文句言っちゃいけない?こんな山の中に水があるだけでありがたい。

みたいな感じで、とにかく第一関門目指して進みます。

でもその第一関門が、全く現れる気配がない(笑)

何回カーブを曲がっても出てこない(笑)

仕方ない、これはOSJだから、、、そう言い聞かせても、全然たどり着かない(笑)

第一関門への道のりに嫌気がさした頃、

「グンモーニン、グンモーニン」

という、怪しい声。

振り返ると小山田さん。

おんたけは100mileと100kmが1部同じコースを進むので、タイミングが合えば100mileの選手に会えるよ〜とは聞いていたものの、ここで会うと思ってなかったので、驚いたし、疲れていた時間だったので、会って話ができて、気持ちが軽くなって、パワーもらえました。

100mileの第2ループを回ってきた小山田さん。

すでに距離は70km越え。

そんなのも感じさせない、走りと元気。

「関門もうすぐだからがんばれ」

そう言われて、一緒に第一関門間で向かいます。

32km関門制限時間6時。

私が到着したのは5時10分頃。

たぶん、37kmぐらいの所に関門があったよね(笑)


エイドの黒ちゃんが撮ってくれた写真。黒ちゃんありがとう!

いやー厳しい。

ギリギリじゃん。

トイレに行きたいけど、恐ろしい渋滞で並ぶ気がしない、、、

私の計算上5時30分には関門を出なければ、次72kmの関門に間に合わない、、、だって関門はきっと72kmじゃないから、、、

そう思って、トイレも、ゆっくり休憩も諦めて進みます。

基本ジェルのみで進んでいるので、補給は動きながらする事に。

眠気もなく、割と順調かもーー

と、いい気になってたら、雨。。。

雨のレースは嫌いじゃないので、レインを着て進みます。

雨は降ったり止んだりを繰り返していて、

しかし、トイレ、、、

コースが林道だから、ちょっとお花摘みに、、、みたいな行為が一切出来ない。

かなりいいペースで進んできたけど、諦めて次の小エイドでトイレ休憩をする事に。

これが間違ってた、、、

30分。

完全に30分トイレ待ち。

止まってる間に雨だからどんどん体は冷えて、足も痛みが出てくる。

ようやくトイレを済ませて、リスタートするも
足が動かないし、やたら眠くなるし、
とりあえず「止まらない、動き続ける」と念仏のように唱えて、1歩1歩カメさんなみのスピードで進む。

そう、夜は得意だけど朝が苦手。。。

眠すぎる。。。

すごい、抜かれる。
ふらふら登り、平坦なところもふらふら歩いてるから、どんどん抜かれる。

とにかくすごい眠い。

そして、すごい土砂降り。

土砂降りだってなんだって、眠いもんは眠い。

早く、ドロップバックを預けてある第2関門に到着したいと心から思っているのに、
やっぱり来ない(笑)
72kmじゃない(笑)

第2関門には最低でも11時には到着して、いろいろ食べたり休んだりしたいのに、
全然たどり着かない・・・

ふらっふらのへろっへろになりながら、第2関門のドロップポイントに到着したのは
11時15分ごろになっていた。

びしょびしょのウェアを着替えたいけど、女性が着替えられるようなスペースはないし、相変わらずトイレは混んでるし、愚痴を言い出せばきっときりがない。

でも、進まなきゃゴールできないし、
進めばゴールできるし、
もうここまで来れば、体なんてどこが痛いかわかんないぐらいみんな痛いし、
走力なんてものはそもそもないわけで、あとは根性でしょ。

そう気持ちを切り替えて、第2関門を11時30に出発。

そのあとは基本的に下りがメインで、下りが好きな私にとって、ラッキーなコース設定。
登りはもうベッタベタに遅いけど、下りなら走れるし、下りは走りきりたいし。
そう思って、重力に逆らわず、下る。

第3関門でそうめんを食べて、でも長く休むといやになるから1分ぐらいで再出発。

このあたりから、距離表示がどこもかしこもバラバラで、自分が一体あと何キロ地点にいるのかさっぱりわからなくなる。
たぶん、あと20kmぐらいなんだろうけど・・・
とにかく進めばゴールは見えると思ってひたすら長い長い長いガレ場の下り道。

長い下りだけど、
この間行った黒戸尾根と比べれば、走りやすいし、距離も短いな。

そう思って、下る。

膝が時折痛くなるし、股関節も痛いけど、
90kmぐらいになれば、みんなどこもかしこも痛いし、
TDTの時は、こういうのを「熟成した」って言ったなー。
熟成しきったら、今度は何になるんだろう?

とか、とにかくネガティブにならないように、考えて走った。

それに、もちろん藤生さんのことをすごい思い出した。
今フジフジだったらなんて言って励ましてくれるだろう?
「松井さん、足動いてますよ、すごいですよ」って、全然動いてない足だとしてもほめてくれるだろうな・・・。

フジフジはもういないけど、
私は変わらず生きてるし、
生きてる人は、いない人の分まで走らなきゃな。
分水嶺はダメだったけど、
おんたけはぜったいあきらめない。

そう強く思い、進む。

とにかく長い下りがやっと終わり、
久々の舗装路、そしてやっと待ちに待った最後のエイド(小エイド)。

このエイドにはもう1つ矢印が付いていて、
100mileはここから最後のループへ行くコースだという事がわかる。

小山田さんはきっと行ったんだろうなーと漠然と思う。
きっと彼は絶対リタイアしないし、関門もパスするだろうな・・・と。

もうあと10km。

最後の小エイドを出たとき、この間サポートに行ったスパトレイルを思い出す。

仲間の池ちゃんが、関門ギリギリで最後のエイドを出て、
絶対完走したい!という思いで、全力出し切って、走り切ってゴールした姿。

私も絶対に走り切ってゴールしたい!
今から頑張って走れば17時までにゴールできるかも。
そう思い、16時頃最後のエイドを出発。

走り切りたい、全力出し切る!

そう、念仏のように心の中で唱えて、とにかく進む。

最後の1kmは猛ダッシュ。

その甲斐あって16時間55分でゴールしました。


ゴールを100mileを1位でゴールした大瀬が撮ってくれた。

ボロボロな私。

いや、ほんと、のろいし、
走ってないし、
途中「あれ?ハイキング?ずっと私歩いてるよ」と思うことは何度もあったけど、
今この状況で100km走れてよかった。

長い時間、自分自身に向き合えて、
余計なことなんて一切考えずに、
約17時間走れる(歩ける)ってなんて贅沢な時間だろう。
コースはあんまり好きじゃないけど(笑)
楽しかったなー。

そう、素直に思えた「おんたけウルトラトレイル」だった。

今回はまぐれの完走で、こんな練習量でレースに出るなんて、どうかしてる。

でも、靭帯が切れてから、全然動けない日々を経て、ようやく走れたことは素直にうれしい。

今年も夏山へ行こう。
いろんな山で遊ぼう。

でも、その前に、日ごろの練習ちゃんとやろう。

練習はやっぱり裏切らないから。


Only time will tell.

第4回スリーピークス八ヶ岳トレイルが終了し、1ヶ月が経とうとしています。

早く参加してくださった皆様、ご支援くださった皆様へお礼の言葉を、、、

と、思ってはいたのですが、この1ヶ月。正直、大会について話をするのが苦しくて、文字にする事も出来ませんでした。

お店のスタッフをしているので、お店に来て下さった方々とは大会の話をするのですが、その時もなんとなく避けてしまう。そんな感じです。

なんで言葉に出来ないかと言うと。。。

大会について思い出すと、いかに自分が無能であったかを、再認識しなければならないからです。

なぜあれが出来なかったんだろう?

なぜもっと気を使えなかったんだろう?

なんでこんなにいい加減なんだろう。

どうしてもっと優しく話せないのだろう。

どうしてこんなにバタバタしてしまうのだろう。

ミスが多くて死にたい。

会場のスタッフが負荷が高すぎて、休憩も満足取らせてあげられず申し訳ない。

ゲストスタッフさんに頼みすぎて、頼んだ割には放置して、申し訳ないし情けない。

もう、反省の言葉をあげたらきりがないほど。

正直、大会が終わったら、関係者の方やゲストスタッフの方から石を投げられても仕方ない、、、と覚悟していた程。。。

それに相反して、大会にご参加くださった方から頂く、称賛の声。

良い大会だった。

楽しかった。

スタッフの皆さんが全員親切だった。

とにかくスリーピークスはすごい!

私が予想もできなかった量の称賛の声を頂き、嬉しくもあり、そんなにたいしたことできていないんだよ、、、と思うと苦しくもあり。。。

そのギャップが埋められずに、苦しくて、胸がギュッとなります。
1つ1つ思い出して、前に進まなきゃなぁと思うのですが、なかなかどうしたもんでしょう。

不器用なもので、まだまだ消化できずにいます。

でも、大きな怪我人が出ることなく、レースが終了したこと、地域の方々が大会開催を喜んで下さっていること、選手の方々のたくさんの笑顔を見れたこと、スタッフの皆さんの優しい心に触れられたこと、全てに感謝の気持ちでいっぱいです。

第4回スリーピークス八ヶ岳トレイルにご参加いただきありがとうございました。

なんか出来そう!自分で大会開催したら楽しそう!

そのぐらいの思いつきで始めた大会が、年々大きくなり、毎年大会を愛してくださる方が集まってくれる、暖かい大会へ成長しました。

私1人では決して出来ず

沢山の方々の支えがあってこそ。

全国見渡しても、レース開催後、コースにゴミが1つも落ちていない大会は、スリーピークスぐらいではないでしょうか?

これは、選手がゴミを落としていないだけでなく、落ちていたゴミを拾いながら走っていた選手やスタッフがいた事を意味しています。

人のゴミだから関係ない、ゴミは大会関係者が拾ってくれる。

そんな風に思う方は誰もいず、頼まれたわけでもないのに、当たり前のように拾い集めてくれた暖かい気持ちに感謝いたします。

ゴミが1つもなかったことは一例に過ぎず、すべてのスタッフが選手を喜ばせたい、楽しませたい、大会を無事に終えたい、そう自分のためだけでなく、大会を思って行動してくれた事が嬉しくてたまりません。

スリーピークスは人です。

武田信玄も言いました。

人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり。

意味は

どれだけ城を強固にしても、人の心が離れてしまえば世の中を収めることができない。 熱い情を持って接すれば、強固な城以上に人は国を守ってくれるし、仇を感じるような振る舞いをすれば、いざという時自分を護るどころか裏切られ窮地にたたされる。

私もスリーピークスで多くの方々に救われました。その恩を少しづつ返していけたらと思っています。

なかなか落ち着かない性格で、お礼も遅く、不義理な対応をしてしまってるとは思いますが、マツイだもんな、しょーがねーな。ぐらいに思っていただければ幸いです。

気がつけば7月。

冒頭に申し上げた通り、まだまだスリーピークスについて話をするのは胸がギュッっとなります。

でも、時が経てば、もっといろんな事が見えてきて、良い面も悪い面も受け止められると思います。

第5回大会を開催するには、9月から準備が始まります。

今は心やすらかに、また前を向いて進めるように、いろんな大会に遊びに行って、いろんな山に行って、パワー充電したいなーと思っています。

沢山のごめんなさいと、

沢山のありがとうの気持ちを込めて。

また八ヶ岳で会える日を夢みて

松井裕美