信越五岳に向けて、それまでの話。


― わたしはバカなのかな?

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信越五岳トレイルランニングレース2015に選手として参加してきました。
1Aを過ぎて、すでにそんなことを考えていました。

今年は同じ週内にUTMFも開催となり、参加者は出走694名(男性606名、女性88名)、女性は2013年2014年は100人以上いたと思うので、やや後半に流れた印象です。※男女全体の出走人数はほとんど変わりません。

信越五岳トレイルランニングレースには特別な想いがあります。大袈裟にいうと、わたしの人生を変えたようなものです。このブログの第1回は2012年12月。実は「まだトレイルランニングをしていない人」で、その後初めてのレースから経験を積みながら今の自分までを2年半以上綴っています。

初めての信越五岳はトレイルランニング1年目、トレイルランニングを始めて早々に別のスポーツで足首の靭帯断裂の怪我をしたので、実質半年くらいしか走ったことのない中で、まだ3回目のレースといういきなりの挑戦でした。しかも、両脚腸脛靭帯炎という律儀にもランナーの通る道というべき故障も抱えていました。

それまでたった38kmしか走ったことのない中で、自分なりに必死で走りたい、だけれどハンガーノックになって座り込んだり、ペーサーとの距離感をどう取ればいいのかわからず色々伝えなかったことで結局迷惑をかけたり、復活しても結局歩き通したり、台風で8Aで終わってしまったりしました。

今思えば仲間が最後まで奮闘する中で、わたしは甘えに甘えて歩きまくり、8Aに着いたのは特別完走に “してもらえる” 関門0時ギリギリで、台風じゃなかったらその先の瑪瑙を越えて完走などできていなかった。特別完走など本当にラッキーとしか言い様がない状況でした。6Aで聞いた8A中断に、悔しさよりも正直ホッとしたんじゃないか、それに甘えてしまったんじゃないか、そんな自分の弱さがずっと情けなくてわたしの痼りでした。
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はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(前半)
【はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(後半)

翌年リベンジを誓って信越にエントリーするも、2014年は抽選で、だいたいそういうここぞという時の運のないわたしは落選。大きな目標を失う怖さで、全くジャンルの異なる上州武尊120k(120km/8400mD+)にエントリーするという暴挙に出ました。

ラッキーなことに、「当たったらいいな~」とエントリーした2014年のSTYには当選していたので(おそらくここで運を使い果たしたのでしょう)、ロングレースの経験はSTYから武尊という流れになりました。
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大人の遠足STYへ(前半)
大人の遠足STYへ(後半)

上州武尊という格段にレベルの違う未知の世界に不安しかなく、2014年は何かに取り憑かれたかのように標高を上げて距離を伸ばして、とにかくひたすら高い山で登りの練習に励みました。レースでタイムが近いことの多い戦友サクさんからは『あの時のエマちゃんの気迫はなんか凄かったからね』なんて言われます。

登りの年と決め込んで、スリーピークスキタタン、富士登山、安達太良山などにチャレンジしました。上州武尊は後方ながらも無事完走。大きな自身に繋がりました。

【あの山の記憶―YNMC120k  vol.1 vol.2 vol.3 最後に

120kmを完走、さてじゃあ次は何がしたいのか。
やっぱり100マイルかな。フルマラソンを初めて走る時『初めてならホノルルとか、ド派手なものに出た方が初フルの思い出になっていいよ』と言われたのを思い出し、UTMBにエントリーしました。

“激走モンブランを見てトレランを始めた” 人も多いなかで、わたしは全くその道を辿っておらず、トレイルランニング歴も2年足らずでやや世代が違うのかもしれません。UTMBはめっちゃ憧れ‼︎ というわけでもなかったのですが、海外に行けるのはフリーランスのうち。出るならUTMBか。という選択でした。

しかしまたしても(IZU TRAIL JOURNEYで運を使い果たしたのか)、UTMBはアッサリ落選。そうそうなんでもかんでも当たりません。そして落選のショックで半ば衝動的にTDSにトランスファー(エントリー変更)しました。

2014年に取り憑かれた山熱は、ボーボー燃えていたところから次第に炭火の熾火のように、静かに高温で燃え続けるようになり、今年は黙々と単独行で長い距離を歩き通す旅のような山行で自分と向き合うようになりました。それがTDSにはほとんど偶然にも効果的で、無事TDSを完走しました。

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トレラン王国 EMMA_SON 第5回 TDS挑戦記詳細「為せば成る」

話は戻りますが、TDS(119km / 7,250mD+)から帰国して2週間半後に信越(110km/4,670mD+)など、なぜそんなに無謀なことをしたのか。

去年の信越は抽選に落ちた後にすぐボランティアに申し込みました。翌年のエントリー権も得られる信越ボランティアですが、そもそもボランティアは対価を期待してやるようなもんじゃないのはわたしもそう思います。だけど翌年走りたいという思いがなかったかと言えばうそでしょう。出るばかりだったレースでボランティアもやろうと思っていた頃で、同時に思い入れのある信越をボランティアの目線から見る、レースに挑む選手を応援したい、大会ボランティアを初めてやるなら信越が良い、そう思ってのことです。

結果的には2015年の優先エントリー権を持つことになったのですが、TDSを走ることが決まったのはその4ヶ月後でした。もちろんTDSで故障をしたりしていれば、信越は出ないつもりでした。

『ゆっくり楽しんで走ればいい』

そんなことが通用する性格じゃないと、なんで自分で判らないんでしょうかね。ましてや2年前の痼りを残した状態で、“悔しい”という感情に異常反応する大人になれないわたしが、割り切ることなどできるわけがないと、本当は最初からわかっていたはずなのですが、いやいやとわからないように言い聞かせていました。

結局は、どうなるかわからない、もしかしたら・・・?、くらいの挑戦にすこし期待した馬鹿な部分があったのかもしれません。

シャモニーからの帰国後、当たり前だけれど10日間も休んだしっぺ返しで仕事が恐ろしいほどに忙しく、疲労抜き以前の問題でした。ジョギングなんて以ての外。何日も何度も徹夜が続き、マトモな食事もできず、終いにはレース3日前から酷い頭痛と吐き気に悩まされたまま現地入り。

前夜は頭痛で一睡もできず、当日の朝も貧血のような感覚。疲労は抜けているのか?脚の調子は走り出してみないとわからないといった状態。万が一の時は潔くやめなければ、そんな風に思うのは初めてのことでした。

脚の調子はともかくとして、風邪でもひいたのかと思っていた体調については、本当は、思い入れのある信越をまた完走できないんじゃないかと、実はものすごくものすごく緊張してたのかもしれません。

今まででいちばん最悪のコンディション。不安がるわたしを隣でしきりに「大丈夫、大丈夫だよ」とペーサーがなだめてくれました。そんな風にして、わたしは2年ぶりに信越五岳トレイルランニングレースのスタートラインに立つことになりました。

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だれもあまり笑っていない・・・


南アルプスの“南”へ(南アルプス縦走 後篇)

前篇はこちら

2日目、早朝に薄暗い中、高山裏避難小屋を出る。

「もう行くのかい」

早起きのおやじさんに挨拶するとそう声を掛けられた。しばらくはトラバース道。薄暗くヘッドランプが必要なのはその間くらい、2日目の行程を考えて少し早出することにした。感謝の気持ちをノートの端切れに書いたのだけれど、ゴミか何かだと思ったのか、なんだこれ?というおやじさん反応に ちょっと恥ずかしくなってバレンタインチョコでも渡す女の子のように、半ば投げるように渡してペコっとおじぎをしたらそそくさと小屋を出た。夜に降り続いた雨はすっかり止んでいた。

木の根や濡れた岩に足を滑らせないように気を付けながら、ゴーゴーを音を立てる沢の音を聞きながら思ったよりも長いトラバース道を行く。しだいに木が低くなりはじめ、いきなりの急登をストック片手に登る。足が重い。だけどこれはあくまで序章にすぎない。突然視界が広くなったと思ったら大きな岩石の斜面に出た。

高山裏のおやじさんが言った“ここからが本番”、あぁここのことかとすぐに分かった。荒川前岳に向かうガレの大カール。ゴロゴロと足場は不安定。ルートを誤ってズルッといくと転げ落ちそうな角度。しっかりと目を見開いて、斜面を一歩一歩登る。

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高山裏はもうこのずっとずっと下の方

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空が次第に明るくなってくる

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しるしが少ないので集中して登る

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稜線へ出て、斜面を振り返る。ルートはやや不明瞭。

稜線まで出たと思えば、右側がごっそりこそげ落ちている。すぐにGPSと地図とコンパスで現在位置を確認しても、たしかにルートは間違っていない。岩場のトラバースよりも鎖場よりもなんだかよっぽど怖い。今回の縦走で一番緊張が走った瞬間だった。下の方でカラコロ小石が落ちる音が聞こえて背筋が凍る。できるだけ崖の方に足をつかないように、そっと歩く。

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雪山でいう雪庇のような状態。こういうのを何て言うんだろう?

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こりゃ危ない

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山頂手前はさらに危険

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斜面側を巻くハイマツの道が新設されていた

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山頂はあそこ

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富士山

天気が良いとは言えなかったけれど、これから好転する様子で遠くには富士山が見えた。あとから小屋の方から聞いた話では、この稜線の崩れは年々削れているらしく、今年の天候不良でさらに崩れたそうだ。山頂手前のハイマツの巻き道はわりと最近新設したものらしい。衝撃を与えないようにそっと歩いてほしいと言っていた。崖側を歩かないよう看板なりを立てたいが、看板を立てること自体が難しく、また風で印などもすぐ飛んでしまう。山がもろい上にえぐれているからいつ崩れるかわからないのだと言っていた。そのうち、この稜線を歩かず斜面を通る道ができるかもしれない。

次に向かうは荒川岳(東岳)手前の中岳。荒川岳で3つのピークがあるので、 きっとなかなかつかないと思う人も多いはず。中岳山頂から下に中岳避難小屋が見えた。

『無線で高山裏から聞いてるよ~』と迎えてくれた中岳避難小屋に挨拶をして荷物を小屋外にデポさせてもらい、いざ荒川岳へ。荒川岳は別名「悪沢岳」と呼ばれていて、その名のとおり?荒々しく男らしい雰囲気漂う岩の稜線を辿っていく。うっすらガスのかかる薄暗い雰囲気がさらに拍車をかけた。岩の多い山でも、つるんと丸い岩や巨石が重なる岩など様々だけど、悪沢岳の岩は鬼の住む世界のような・・・“ワルさ”を醸し出している。

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ザクザクした岩

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貫禄がある

荷物を置いて身軽になり羽が生えたように岩場を越え九十九を登り、あっという間に悪沢岳に着いた。残念ながら山頂ではガスに覆われていたけれど、雰囲気はたっぷり。山頂の向こう側、千枚小屋から登る人が多いこのルート。昨夜の千枚小屋は大混雑だったらしい。どんどん山の向こう側から人がやってくる。

再び中岳避難小屋へ戻り、管理人の山中さんとしばしおしゃべり。トレイルランナーにとても理解があって、ご本人も小屋周りを毎日のように駆け回っているのだそう。山中さんが“走る”超人管理人として、TJARの選手やファンには有名だと後から知った。富士登山競走の話や最近のシューズの話、とにかく色んな話にずいぶんと花が咲き、かれこれ1時間半、いや2時間くらいは居座って、もはや小屋めぐりの旅のようになってきた。

「トレイルランニングが好きならな、赤石岳避難小屋に寄って行くとええよ」

次の目的地が赤石岳というよりもその先の赤石避難小屋になった。

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中岳避難小屋。次は泊りに来たい。

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管理人の山中さん

中岳避難小屋を出るとほどなくして網の張り巡らされた柵が見える。網のドアを入ると、なんと今までの悪そうな悪沢岳からは想像のつかないような一面のお花畑!信じられない!

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ドアを開けて入る(鹿避け)

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花の間を歩く

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花、花、花!

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しかも遠くに富士山。晴れてきた!

前後を歩いていたハイカーさんと『花が綺麗すぎて足が進まないですね(笑)』と写真に夢中になるお互いを笑いあいながら、たっぷり時間をかけて斜面を下っていると、その間に徐々に天気も好転。

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赤石岳が見えた!
(お、おおきい!)

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ハイカーのみなさんとしゃべりながら。

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綺麗で大きな荒川小屋

下った先は荒川小屋。荒川小屋でも小屋の方へご挨拶。赤石岳からさらに先へ行くか悩んでいると伝えると「とりあえず走る人なら赤石岳避難小屋へ寄っていくといいですよ。なんでも教えてくれますから。きっと喜んでくれますよ」とまたも薦められた。そんな“うわさ”のおやじさんに会うのが楽しみだ。少しだけ休憩したら、今回のラスボス「赤石岳」へ。

『南アルプスの“南”は、山が大きい』

山で会う人と話をすると、だいたいみんなそんな風に表現する。荒川小屋からは2時間半。ここまでですでに7時間(そのうち2時間は小屋)、荷物は10kg強。心なしか気合が入る。1ヶ月後にTDSを控え、“長い登りに耐えうるメンタルとパワー”にはこういう登りはすごく大事。速くなくとも、一定のペースで、壮大な景色に心躍らせながらズンズンと進んだ。

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長いトラバースの道。ぐるーっと奥までいって、山の斜面の右側を登っていく。ちなみにもちろんあれは赤石岳のピークではない。

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振り返ると、山の斜面を横切るトラバースの道が見える。

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淡々と続く九十九折れ(あれがピークかな?)と思って立ったところは、赤石岳でもなく小赤石岳でもなく“小赤石岳の肩”。そう、2つ前の写真のピークの部分は、赤石岳の手前の小赤石ですら、なかった。そうか、ガスって隠れているところが赤石岳か!

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と思って稜線を目指す

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が、着いたところは小赤石岳だった・・・

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景色は綺麗

結局そこからコースタイムにして約1時間(!)先に赤石岳があった。
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最初のピーク、小赤石岳の肩までの登りが長く、以降は稜線上だけれど、なかなか赤石岳の山頂が見えないだけに、なんども騙されて行けど行けど赤石岳に着かないこのコースにかなり興奮。周りがヒーヒー言うなか、ひとりにやけながら登っていたと思 うと正直相当気持ち悪い。だけど大満足の登りだった。雷鳥の親子が足元を横切るのを眺めつつ、山頂から数百m下の赤石避難小屋へ。

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堂々とトレイルを横切る雷鳥のおかあさん。

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ここがうわさの赤石岳避難小屋!

すいませーん、と小屋を覗くとグレイッシュな髪と髭のダンディな方が「はいよ~」と出てきて、私の足元を見てすぐ、ニカッと笑う。

「お?トレイルランナーか?」
「は、はい!」
「おー!来た!トレイルランナーか!よっしゃ、ちょっと待って、写真撮ろう!」

バタバタと裏に戻っていく。

「オーイ!トレイルランナーだってさ!写真撮ってくれー!」

女性に声を掛けている。その勢いにポカーンとするわたし。

「あ、あのう、こちらでごはん、食べてもいいですか?」
「おお、そうか、じゃあ写真はあとにするかな」

よかった(笑)
トレイルランナーにしちゃ荷物がでかいな。あ、今回はハイクなので。そうか、どこから来た?鳥倉から入って昨夜は高山裏で 。あーおまえさんか、女の子ひとりってーのは。高山裏か、そりゃまたいいとこ泊まったな。わはは。そんな話をしていると、男性が飛び込んでくる。

「ここですか!赤石岳避難小屋は!日本一面白くて楽しい避難小屋だって聞いて、ずっと来たかったんですよ!」

彼曰くネットでこの小屋に来て最高に楽しかったというBlogだかヤマレコだかを読んだのだという。どうやら一部の間ではえらく有名な小屋だったらしい。興奮して話し続ける彼にも圧倒されて、周りのテンションの高さが面白くて仕方なかった。

「今日は小野君が来たよ。知ってるかい?小野君。それから昨日は山田慎也が泊まっていってな。えらく盛り上がったんだよ。ここはTJARの奴らが良く来るからねぇ。 」嬉しそうなおやじさん。トレイルランナーが好きなんだという。TJARのコース上でもあり、練習にくる選手も多いそうだ。 ここでもまたしばらく話を楽しんで、小屋の周りで写真を撮ったりして時間を過ごした。

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初めての山域、聖まで行く可能性も考えて一応ヘルメットを持ってきたけど、使う場所はほとんどなかった

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雲はあったけれど周りの山は良く見えた!

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赤石岳避難小屋の管理人、榎田さんと。

赤石岳避難小屋で泊まるか散々悩んだ末に、後ろ髪惹かれつつも結局赤石小屋へ降りることに。今日明るいうちに下山したいとい うハイカーの少年(青年?)があまり時間がないというので、赤石小屋まですこし引っ張ってあげることに。

赤石岳避難小屋から赤石小屋までのルートもこれがまたなかなかひと癖あり、足場の悪い崖のようなところを何度も横切りながら標高を下げて行く。なんとか時間を多少巻いて赤石小屋まで到着したものの、道中写真を撮る暇がなくちょっと残念。自転車で登山口まで来たそうで、自転車でまた帰るのだという。青春のようなチャレンジも良いのだけれど、不慣れな感じでちょっと計画性のない感じが心配。無事下山して帰宅したようでよかったけれど、あんまりよくないなぁ。

「おかえり~!」

小屋に着くと、これまで何度かすれ違った方々が笑顔で手を振って迎えてくれた。

両親よりも少し上の世代か、でも私を娘のよ うだと気さくに接してくれた。みんなでビールで乾杯して、おつまみをあちらこちらから分けて頂き(笑)、一緒に夕日を見て、山トークに花を咲かし、消灯時間あたりまで楽しんだ。 なかには、長年このあたりの山を登り続けているという推定70・・・80近いおじいさんもいた。この方がまためちゃくちゃいい人で、それぞれの小屋の管理人さんと仲良くて今でも歩荷をしているらしい。一緒に写真を撮っておけばよかった!また会えるかなぁ。覚えていてくれるかなぁ。

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隅っこにテントを張る

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夕食はフリーズドライの鶏鍋とシメにラーメン。

朝、目が覚めて小屋周りで朝陽を見ようと思ったけれど、どうも見晴しはいまいち。そこで、カメラとパンとチャイを持ってプラプラと富士見平へ登る。片道50分を朝のジョグと思って駆け上がる。その甲斐あって、ぎりぎり間に合った。

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徐々に登る朝日

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すでに陽は上がっていたものの、そこには一面に広がる雲海と富士山!今回の縦走でいちばんの景色。

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赤石岳

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荒川岳

小屋にもどってのんびり撤収。鳥倉(長野)から入って南下すると、静岡側に下山するしかない。ものすごく不便で、まずは椹島というところに下山して、さらにそこから専用バスで畑薙という一般駐車場とバス停があるところまで下山する。静岡駅まではそこからさらにバス。早く下りても時間を持て余すだけだと、もう誰もいなくなった小屋の前で日向ぼっこしながら、パッキング。小屋から登山口までの下りは、疲れた脚には響くだろう長い長い樹林帯、3時間半の下り。たっぷりごはんを食べた私は、雲のない晴天の中、びっしょり汗をかきながら下山した。

***

実は、赤石小屋で会って仲良くなった方が、バスを乗り継ぎ乗り継ぎ帰るという私を静岡駅まで送ってくれた。本当に多くの出逢いに助けられた3日間。最近もこれまでも、山で様々な事件があるので出会う人を安易に信用してはいけないとは思うけれど、この縦走でなにより心に残ったのは人との出逢い。出会う人々が他の山域とはちょっと違って独特だった。あまりメジャーでないから人も少ない。行動時間も長く、コースも楽じゃない。でもその分、「ここが好きなんだ」というマニアックな人も多い。山の先輩方にいままでとはちょっと違う楽しみ方を教えてもらった気がする。

結局のところわたしを虜にしたのは、山の美しさや大きさはもちろんのこと、多くの時間を過ごした「小屋」なのかもしれない。個性的な小屋の管理人。もう笑えるくらい次から次へと物語のようなキャラクターが登場して、それはもう楽しくて楽しくて。厳しさもあるけれど、優しくて、気さくで、温かい。話をはじめたらあっという間に時間が過ぎていくほど引き込まれる。もっとここにいたい。山小屋ってこんなにおもしろかったのか。なんだか山への想いがまた少し変わった気がする。

南部へ訪れる際にはぜひ各小屋へ寄ってほしい。わたしは必ずそうおすすめしたい。