浅田真央引退に思う、輝きと情熱をもういちど

浅田真央ちゃんが現役を引退しましたね。
いつも思うのです。どんなスポーツでも世界で活躍する人ってわたしの脳みそで考え得る10000000000000000000000000000000倍くらいの努力をしているんだろうと。

引退発表のブログの文章は心に響くものがありました。
参考:BuzzDeed NEWS
https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/asadamaoforever?utm_term=.dyQAGYYL5G#.uow1GaaV7G

“自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。”

今日は、たまにこのMMAブログにも書いている、過去に山以外にわたしが情熱を傾けたことのエピソードを話そうと思います。

わたしはずっと文系で、体育会系の部活に入ったこともなければ勉強もたいしてできるわけでもなく、ナンバーワンにもツーにもスリーにもなったことのないある意味ごくごく平凡な人生です。

大学は芸術系に進学し、学内には個性の塊みたいな人がゴロゴロいて、「普通な人」は逆に悪目立ちするというなかなか辛い環境でした。姉に比べて全然勉強ができない分、独創性みたいな部分こそ親に褒められて育ったわたしは、自分の才能のなさにひどく悩みました。気付いたんです。飛び抜けて素晴らしい作品を生み出せる天才的な発想力を持ち合わせていない平々凡々なわたしには努力しかないと。平凡を磨いて磨いて特別に近づけるしかないと。

この時期に並行してダンスを始めたのですが、これは一見、わたしに向いていました。リズム感みたいなものは多少なりと個人差があると思うのですが、とはいえ努力が目に見えやすいものでした。振りの覚えにしても、身体づくりにしても、表現力にしても、人よりも多く、もっと多く、もっともっと多く練習を積む。練習を積めば積むほど変わっていき「才能がある!」「すごいね!」と褒められるようになりました。

3年経つ頃にはショーで最前列のセンターを取れるようになり、ダンススタジオのクラスのアシスタントをさせてもらえるようになり、あともう少しで人生初めての“いちばん”になれる予感と希望が遠くにかすかに見えた気がしたのです。

安直でした。

きっとその傲慢さが自らを滅ぼしていったのでしょう。まったくうまく踊れなくなりました。スランプとかそういうものではありません。練習が辛くなってしまって、やってもやっても何の成長もできないような気がしたんです。さらに極度の緊張症だったわたしは、ショーのステージのど真ん中で毎回のように失敗をして迷惑をかけていました。でもわたしの失敗は緊張症のせいでもありません。

あれは何だったのか?今ならわかります。わたしの場合、ただ努力が足りなかっただけです。磨かずして輝くなどないということをなぜ早々に気付かなかったのか。怪我をしていたわけでもないし、だれもわたしを止めたりもしなかった。なんの環境要因もなかったはずなのに自分に甘んじた。自分がレベルアップしてステージが1つ繰り上がると、努力と成長の目盛が変わるのでしょう。100cm進んで1m。セカンドステージではこれまでの100の練習が1の練習程度にしかならなかったのです。こんどは1000進まないと次のステージに上がれません。

輝き続ける人は、今日は昨日の10倍、明日は今日の100倍努力していた。小さな小さなコミュニティの中でちょっと認められだしたら、もっと大きな宇宙規模の世界があることがわかり、そんな中でわたしは星のひとつどころかミジンコみたいなものでした。

わたしの輝きは可笑しいほど一瞬でした。わたしのメンタルなどそんなものでした。足元の成功、足元の輝きしか見ていなくて、もっと先を見ていちばんになれるメンタルがこれっぽっちもありませんでした。ナンバーワンでもナンバーツーでもなければオンリーワンすら目指すメンタルがなかった。それまで、始めた頃の燃え盛る情熱がわたしの支えであり、ひたすら盲目に練習し続けたけれど、果てしないその先が見えた瞬間にがんばり続ける気力を一瞬で失ったのです。本当のいちばんの人からしたら私の情熱などミジンコだったでしょう。ダンスは好きだったけれど、その半年後には一生続けたいとまで思っていたダンスを辞め、地元を離れ、OLになりました。のんびり楽しめば辞める必要などなかったのかもしれないけれど、もう向き合いたくないという気持ちでした。

“自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。”

情熱にも色んな形があるけれど、火を絶やさないためには、必死で薪を集めて、くべ続けなければならない。手を止めればすぐに火が消える。

わたしには悔いがないと言えることはまだありません。楽天的に生きているようですが、人生悔いだらけです。中途半端で諦めてきた後悔。熾火になるまで耐えきれず、バケツでバサーっと消化して人生の通過点にしてきました。それはそれでその時々が今の自分へ導いてきたので良いんですけどね。

だけど、真央ちゃんのこの強い言葉、真央ちゃんが自分自身に投げかけるような、唱えるようなこの言葉。なんだかズシンときました。

身体と心の限界、気力と体力の限界は永遠の課題だけど、目標がある時というのは幸せなものです。無条件にパワーが沸いてくるあれはなんなんだろう。盲目な時のあの興奮はなんなんだろう。不思議なものです。

引退報道記事に並ぶ真央ちゃんの写真の数々を見て想う。輝く彼女の美しさといったら。想像もできないくらいの彼女の努力と苦悩が唯一無二の輝きを放ってる。

単純な勝ち負けとかじゃない。自分なりの輝きと情熱を持とう。わたしも。
相変わらず地道な努力は苦手だけれど。

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―最後のSHOWCASEの一幕。この時にはもう火が消えていたのかもしれない。