浅田真央引退に思う、輝きと情熱をもういちど

浅田真央ちゃんが現役を引退しましたね。
いつも思うのです。どんなスポーツでも世界で活躍する人ってわたしの脳みそで考え得る10000000000000000000000000000000倍くらいの努力をしているんだろうと。

引退発表のブログの文章は心に響くものがありました。
参考:BuzzDeed NEWS
https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/asadamaoforever?utm_term=.dyQAGYYL5G#.uow1GaaV7G

“自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。”

今日は、たまにこのMMAブログにも書いている、過去に山以外にわたしが情熱を傾けたことのエピソードを話そうと思います。

わたしはずっと文系で、体育会系の部活に入ったこともなければ勉強もたいしてできるわけでもなく、ナンバーワンにもツーにもスリーにもなったことのないある意味ごくごく平凡な人生です。

大学は芸術系に進学し、学内には個性の塊みたいな人がゴロゴロいて、「普通な人」は逆に悪目立ちするというなかなか辛い環境でした。姉に比べて全然勉強ができない分、独創性みたいな部分こそ親に褒められて育ったわたしは、自分の才能のなさにひどく悩みました。気付いたんです。飛び抜けて素晴らしい作品を生み出せる天才的な発想力を持ち合わせていない平々凡々なわたしには努力しかないと。平凡を磨いて磨いて特別に近づけるしかないと。

この時期に並行してダンスを始めたのですが、これは一見、わたしに向いていました。リズム感みたいなものは多少なりと個人差があると思うのですが、とはいえ努力が目に見えやすいものでした。振りの覚えにしても、身体づくりにしても、表現力にしても、人よりも多く、もっと多く、もっともっと多く練習を積む。練習を積めば積むほど変わっていき「才能がある!」「すごいね!」と褒められるようになりました。

3年経つ頃にはショーで最前列のセンターを取れるようになり、ダンススタジオのクラスのアシスタントをさせてもらえるようになり、あともう少しで人生初めての“いちばん”になれる予感と希望が遠くにかすかに見えた気がしたのです。

安直でした。

きっとその傲慢さが自らを滅ぼしていったのでしょう。まったくうまく踊れなくなりました。スランプとかそういうものではありません。練習が辛くなってしまって、やってもやっても何の成長もできないような気がしたんです。さらに極度の緊張症だったわたしは、ショーのステージのど真ん中で毎回のように失敗をして迷惑をかけていました。でもわたしの失敗は緊張症のせいでもありません。

あれは何だったのか?今ならわかります。わたしの場合、ただ努力が足りなかっただけです。磨かずして輝くなどないということをなぜ早々に気付かなかったのか。怪我をしていたわけでもないし、だれもわたしを止めたりもしなかった。なんの環境要因もなかったはずなのに自分に甘んじた。自分がレベルアップしてステージが1つ繰り上がると、努力と成長の目盛が変わるのでしょう。100cm進んで1m。セカンドステージではこれまでの100の練習が1の練習程度にしかならなかったのです。こんどは1000進まないと次のステージに上がれません。

輝き続ける人は、今日は昨日の10倍、明日は今日の100倍努力していた。小さな小さなコミュニティの中でちょっと認められだしたら、もっと大きな宇宙規模の世界があることがわかり、そんな中でわたしは星のひとつどころかミジンコみたいなものでした。

わたしの輝きは可笑しいほど一瞬でした。わたしのメンタルなどそんなものでした。足元の成功、足元の輝きしか見ていなくて、もっと先を見ていちばんになれるメンタルがこれっぽっちもありませんでした。ナンバーワンでもナンバーツーでもなければオンリーワンすら目指すメンタルがなかった。それまで、始めた頃の燃え盛る情熱がわたしの支えであり、ひたすら盲目に練習し続けたけれど、果てしないその先が見えた瞬間にがんばり続ける気力を一瞬で失ったのです。本当のいちばんの人からしたら私の情熱などミジンコだったでしょう。ダンスは好きだったけれど、その半年後には一生続けたいとまで思っていたダンスを辞め、地元を離れ、OLになりました。のんびり楽しめば辞める必要などなかったのかもしれないけれど、もう向き合いたくないという気持ちでした。

“自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。”

情熱にも色んな形があるけれど、火を絶やさないためには、必死で薪を集めて、くべ続けなければならない。手を止めればすぐに火が消える。

わたしには悔いがないと言えることはまだありません。楽天的に生きているようですが、人生悔いだらけです。中途半端で諦めてきた後悔。熾火になるまで耐えきれず、バケツでバサーっと消化して人生の通過点にしてきました。それはそれでその時々が今の自分へ導いてきたので良いんですけどね。

だけど、真央ちゃんのこの強い言葉、真央ちゃんが自分自身に投げかけるような、唱えるようなこの言葉。なんだかズシンときました。

身体と心の限界、気力と体力の限界は永遠の課題だけど、目標がある時というのは幸せなものです。無条件にパワーが沸いてくるあれはなんなんだろう。盲目な時のあの興奮はなんなんだろう。不思議なものです。

引退報道記事に並ぶ真央ちゃんの写真の数々を見て想う。輝く彼女の美しさといったら。想像もできないくらいの彼女の努力と苦悩が唯一無二の輝きを放ってる。

単純な勝ち負けとかじゃない。自分なりの輝きと情熱を持とう。わたしも。
相変わらず地道な努力は苦手だけれど。

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―最後のSHOWCASEの一幕。この時にはもう火が消えていたのかもしれない。


2017年は飛躍

もう1月も終わりに差し掛かっていますが、新年最初の投稿なのでこのご挨拶から。

あけましておめでとうございます。今年は北アルプスは燕岳標高約2700mで仲間と新年を迎えてわたしの2017年が始まりました。相変わらずです。

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このブログもトレイルランニングを知らなかった2012年(末)に始めてなんと5年目になりました。そんなにたくさんライターの仕事をしているわけではないですが、書くお仕事を始めてからは原稿があるのにブログを書いている場合でないことも多く(笑)、随分とのんびりペースの更新になりました。

さて、わたしはトレイルランニングを始めて2年目から『今年は◯◯の年』みたいなテーマを毎年なんとなく決めるようになりました。前年に不甲斐なかったことを克服しようという気持ちがきっかけです。人生を豊かにするためにはいろんな苦手を好きに変えるようにしています。好きが増えれば増えるほど見ている世界が変わるからです。よく、こういう風に文字にすると、そういうのすごいね、と言われることがあるのですが、あくまでなんとなくです。なんとなくそんなことを考えたりしながら過ごしています。

2013年が実質トレイルランニングを始めた年で山の醍醐味“登り”に打ちのめされて、翌2014年は登りの年。でもはじめての100km超えに打ちのめされて、翌2015年は忍耐の年。忍耐力と根性はついたような気がするけど2016年は未知の世界100マイルの年に。じゃあ2017年は?

昨年は初めて100マイルを経験したのですが、「100マイルの年」の文字の通り1年に3回も100マイルを走りました(笑)しょっぱなからちょっぴり飛ばしましたよね。ま、ほんとのところは期間も開いていたし飛ばした感は全然ないんですが、まぁとにかくよく走り、よく登りました。前半は山を我慢してでもロードを走っていましたが、UTMBに向けての2ヶ月と帰国から年末までは山も存分に楽しみ、充実した一年でした。3年目までに比べてレースへの参加は少なかったけれど内容はとても濃いものでした。

一方でなぜかいままでほとんど経験したことのなかったハンガーノック、食べられない、嘔吐、低血糖という地獄のサイクルを立て続けに経験して、【胃腸トラブル】に悩みました。実際には胃が弱いわけではなく、往往にして気温の変化に対応しきれなかったことが原因ですが、これはこれからの課題なのかもしれません。

2017年のテーマは?

もう1月が終わろうとしているのに、実はまだいまいちこれといったテーマが決まりません。もしかしたらちょっと休息の年なのかも。チャレンジしたいことの大きなものは年間通して5つほどあって、それを基準にしていくことになると思います。が、それがあんまり一貫性がないんですよね(笑)

『あいつこんどは何やらかすんだ?』と期待してもらえるように、そして酉年なので大空に気持ちよく羽ばたくように、わたしらしさのままに進化していきたいと思います。お楽しみに。

 

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冬支度

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久しぶりの更新になりました。

レースシーズンが終わり、まったりと過ごしてしています。レースシーズンなんて言ってますが、今年出たのは3つだけ。奥三河、富士登山競走(雨天打ち切り)、UTMB。いつもレースに出てるイメージがあるようですが、トレイルランニングを始めて最もレースに出なかった年でした。その分これに加えてT.D.Tを春と秋の2回参加しました。1年に3回も100mileを走り、結果的には練習も含めていままでで最も走り、ロングディスタンスの虜になった年になりました。

さて、今年は雪がたっぷり降るんじゃないかと、目を輝かせる山仲間の荒い鼻息がそこかしこから聞こえてきます。昨年は雪が少なかったので、今年の雪には皆すごく期待しているのだと思います。冬期の登山は4年目になりますが、まだ経験が浅く技術もあまりに乏しいので、もう少しレベルアップしたい今シーズン。冬山経験が豊富な方の繋がりを色々と探しては学ぶ場を広げねばと考えています。どうかたっぷり降ってほしいものです。

そんななか、まさに今日、立山で雪崩事故がありました。
ここ数日立て続けに立山での雪崩の情報が出ていて気になっていたのですが、ついに人が巻き込まれてしまったのだそう。たとえば雷鳥沢と言えば夏山では楽しいテント場ですが付近では雪崩が度々起きているそうです。今回の事故は室堂から一ノ越間で起きたと言われていて、トレイルランナーならTJARなどでお馴染みの一ノ越。石がひかれて整備されていて、夏のシーズンは室堂のホテルからスニーカーで上がってくる人までいるようなところです。そこで、6人のパーティーのうちの3人が雪崩に巻き込まれました。夏は歩きやすい場所だけれど、木もなにもない大きな斜面です。

【立山雪崩情報】 http://toyamaken-sotaikyo.jp/avalanche
ここにも記載されていますが、3年目前の11月に真砂岳で発生した雪崩事故(7名死亡)と似たような状況、だそうです。このページの表現は初心者のわたしでもわかりやすい。行くわけではないですが、ふむふむと読んでいます。数日前にUPされていた、『しばらくは雷鳥沢などの大きな斜面には立ち入らない方がよいでしょう。もし立ち入る場合には、比較的安全な斜面で積雪状態を詳しく調べ、自身や他人に対するリスクの回避や万が一の救助方法などについて、仲間同士でよく話し合ってください。現在、積雪層内には不安定な積雪が存在していることを忘れずに、くれぐれも慎重な行動判断を。』という言葉が強く心に響きます。

先々週は富士山で2km(標高にして900m)もの滑落で2名が亡くなりました。ちょうど富士山の事故が起きた日、わたしは仲間と沼津アルプスを走っていて、徳倉山から富士山を眺めて『雨の後のこんな暑い日には危なすぎてだれも登らないだろう』と話していたところでした。
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もちろん視界良好である必要は絶対あるのだと思いますが、単純に晴れていればすべて良しというわけでなく、雪が多けりゃいいというわけでもなく・・・じゃあどうであればいいのか?つくづく冬山のコンディションには悩まされます。富士山の事故に遭った方は、1人は山岳会所属の登山歴40年、もう1人は大学山岳部。どちらもきっと経験豊富な方だと思います。一体何が正しいのか、まだわたしには知識が足りなくてわかりません。ただ、まだ今はシーズン初頭。自分がまだ登るべきではないだろうというエリアや状況の判断は、慎重すぎるくらいがちょうど良いと思っています。

***
11月に入り、この時期だからできる冬支度から始めました。まずはギアチェックです。冬場しか使わない装備を引っ張り出してきて、突然使って万が一劣化していて途中で使えなくなってしまったら、雪山ではそれは死に一歩近くなることです。

アイゼンを分解してチェック。うわ、ちゃんと錆落として油も塗ったのに錆びてる・・・磨き直し。わかんも同じく。冬靴に合わせて装着。(久々だと、え~っとどっちから通すんだっけな?となる)
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グローブ類がペアで揃っていて劣化していないことの確認。手先足先は低山でも簡単に凍傷に・・・。ジャケットの劣化チェックと防水洗濯+アイロンで熱をかけておく。アウターもしっとり濡れて身体が冷えたら最後。

そして、今年は新アイテムを投入。冬用登山靴を一足、UTMBの時にシャモニーのスポーツショップの閉店セールで新調しました。SALOMONのS-LABX ALP Carbon GTXです。
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女性サイズだからか激安で、レース前に見つけてレース後までに売り切れたらどうしよう!と思っていたけれど、真夏のシャモニーではそんな心配無用でした(笑) ローカット+シューレース、ゲイター一体型で、アイゼン対応。軽くて動きやすい。どのくらいの山まで行けるかはまだわからないけれど、現地でも若い欧州の登山家達が結構履いていました。

新しい靴でいきなりフィールドに出て足が痛くなったら同行者にも迷惑がかかる。しかも雪が深い場合、時には靴にアイゼンを付けてさらにわかんを付けたりもして、ヘビー級になります。そんなわけでアイゼンとの相性チェックのためにあえて岩が多少ある【雪と岩が混じった状態の低山】へ日帰りフィールドテストに行ってきました。3時間程度の山行で行ける場所です。

まず、もともと持っている冬用登山靴よりも一回りスマートなので、アイゼンのベルトが余る。いままでの靴に合うように焼切ってあるので長いのです。ちゃんとたたんで絡めておかないとうっかり引っかけ兼ねない。(写真では適当だけどこのあとたたみ直し) そして致命的だったのが靴擦れです。チェーンスパイクで歩いたときには調子が良かったのに、アイゼンを付けると歩いているうちにかかとが痛くなってくる。シューレースで締めるタイプの靴なので、どうやらアイゼンの重みでかかとが若干浮いてしまうらしい。
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カポカポとかかとが浮くうちに靴が擦れてしまって痛い。替えの靴下に履き替えたり、靴擦れ用のジェルパッドやニューハレで肌を保護したり、コードやアイゼンを締め直したりしたけれどイマイチ。これじゃダメだ。メーカー曰く『アイゼンとの互換性は、GRIVELとPETZL両社の協力体制のもと開発。指定モデルのみに適合いたします。』だそうで、いちおう私のも“指定”のGRIVELのAIR TECH LIGHTなんだけどな~。古いモデルだから重いのか?ともかく、テストしておいてよかった~!これが本格的な雪山の山行中だったら思うとゾッとします。

わたしの使っているアイゼンは重くて爪も長く、安心・安定感はあるけれど、もう少し軽いものにすべきか。そのそもこのシューズは-7度/+20度なので厳冬期には向かないか。残雪期向きか?などなど。これを履く時はもう少し軽量な10本前爪くらいのアイゼンとのセットにして、雪深い場所や標高の高い場所に行く時には、もともと持っているゴツイ冬靴が良いのかもしれない。

***

先日行った山で、『せめてピッケルがあったらよかったのに・・・・・・!』と心底思った出来事がありました。その時期のその山では、経験者でもなかなかピッケルを持って行く選択肢を取らないような状況でした。なにせ、その日は山の中で15人くらいに会いましたが、私達以外は1人もチェーンスパイクや軽アイゼンすらしていませんでした。(ザックに入っていたかもしれない) 冬山をやらない人が初冬に登るタイプの山ではないので、おそらくほとんどが登り慣れた地元の方なのかもしれません。明かに上は雪だろうと読んでいた私達は、チェーンスパイクと軽アイゼンを履いていて、それがとても大切な役割を果たしました。私達には身の危険はありませんでしたが、もっと気を引き締めなければ、とシーズンイン早々に痛感しました。

持っていかず後悔するくらいなら持って行ったほうが良い、でも持ちすぎて重くなっても体力を奪う。まだまだ初心者レベルのわたし。経験者から教わったり、仲間と共に経験を積んでいくしかない。夏山にも増して厳しい冬山。ギアの準備だけでなく、知識も、こころも、冬支度をはじめなければならない季節が今年もまたやってきています。雪山が、心奪われる素敵なものであること、多くの登山愛好家を魅了するものであることは違いないのだけれど。

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立山で雪崩に遭った方々が、どうか無事でありますように。


日常にある100km

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とつぜんですが、ひとりで100km走ってみるという遊びをしてきました。

わたしのはじめての100km越えは2014年の上州武尊120kでした。
いつもロングの前はドキドキして、不安で、そのわりにはあんまり練習してなかったりして。あれから数回100km以上の距離を走っているわけですが、向き合い方も変わってきたことでだいぶ100という数字が(と言うか文字列が)遠い存在でなくなってきました。
慣れなのかあるいは麻痺してるっていうやつですかね。

さぁ初めてロードのウルトラに挑戦しようと野辺山ウルトラにエントリーしたんですが・・・
肉離れDNS。野辺山ウルトラといえば、ロードのウルトラマラソンの中でも厳しい部類と言われていて、アップダウンがトレランのように繰り返されるのに制限時間は14時間。
いまのわたしに走りきれたのだろうか・・・?

***

さて、この週末は北アルプスへ単独縦走へ行く予定でしたが、雨風、特に風が強い予報で、山へ行くのはさっさと諦めました。
命あってこそです。

ぽっかり空いた週末。
周りの仲間はSPAトレイルやサロマ100に出る準備をしていて
SNSで各々が決意表明をしたりなんかしていて。
わたし?
仕事を終えてクーラーの効いた部屋のベッドでごろごろしてる。

おもむろにランニングウエアに着替え、
気付いたらそこは空港の音だけが響く暗闇の大鳥居でした。
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ただただ気が済むくらいまで走ってみたらどのくらいになるだろう。
いつも仕事が忙しいことを理由に、走りたい、あ~走りたいとぼやいているんだから、も~満足した!もうじゅうぶん!というくらい走ったらいいじゃないか。

帰りたくなれば帰ればいい。足が痛くなればやめればいい。

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そんなことを考えたり考えなかったりしながら見たことのある多摩川沿いを走りはじめ、
淡々と、物思いに耽ってみたり、すれ違う人達を観察したり、歌を口ずさんでみたりして
そうこうしていると羽村でした。54km。

羽村近くのコンビニでお手洗いを済ませ、
野菜ジュースという名のお砂糖いっぱいのドリンクで血糖値があがる感覚に脳天痺れていたら、たまたまinstagramを見ていた夜更かしな友人が気まぐれにおやすみとメッセージをくれて声を発することなくおやすみと返します。
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夜が明けていく空にテンションも上がり、
そのままくるっと身体を半回転させて、
さわやかな朝の向い風をあびながら河原を走り出しました。

新聞片手に散歩するおじさんや元気いっぱいの野球少年
ウキウキしながらゴルフクラブを抱える人
まさか夜通し座っていたのかベンチでこの世の終わりのように俯く女性
朝からさわがしく犬と“2人”で会話を楽しみながら歩くマダム
幸せそうに手を繋いで歩く親子
の横を歩く疲れ果てたサラリーマンの休日出勤

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そうこうしているうちに時計はすっかり見慣れた「100」の文字を通り過ぎ
汗びっしょりで異様なわたしがさわやかな世田谷あたりの河川敷を通りすぎ
気付けばまたそこは明るくなった大鳥居でした。107km。

写真を撮るのが好きなわたしだけど、
カメラロールに残ったのは羽村のコンビニでのどうでもいい写真1枚と、
最初と最後の紅い鳥居の前での色気ない写真だけでした。

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総距離107km、多摩リバーを天空橋の大鳥居から羽村まで、羽村から大鳥居まで。
コンビニに2回。あとは脚を右左順番に前に出し、のんびりと前に向って進んでいただけ。つまんない?いやいや、たしかに長かったけれど、つまらなくなかった。孤独を愛したわけでもなく、メンタル鍛えねばと意気込んだわけでもく、たまたまその時思い立って、たまたまひとりで。でもそれがなんか妙におもしろかった。

これまでは、100km超える距離ってエントリーしたその日から何ヶ月も心の準備をして、練習をして、そうやって走ったことしかなかった。

それが、とくに何を考えるわけでもなく、トイレに行くくらいの感じでベッドを降りて、呑みに行くくらいの感じで電車に乗って、ぼっとテレビやYOU TUBEを見るくらいの感覚で自由で自然な感覚で走って、風景に溶け込んで。(は、いないか。)

もし、何してるんですか?って聞かれていたら、走りたいから走っているだけです、と答えるほかなかったと思う。得たもの?も特にないんですが。あえていうならばいまさらだけどわたし、走るのが、好きみたい。しかも、いっぱい走るのが好きみたい。
意外と100kmは日常にあるのかもしれない。

友達に話したらギョッとしていたけど、
『じゃあさ、夜から缶ビールでも片手にゆっくりしゃべりながら翌昼くらいまでだらだら歩くのはできそうでしょう?』
『うん、それならたしかに』
『それをね、ちょっと走ってみただけだよ』
『そっか』
意外とだらだら走って野辺山の制限時間14時間には収まったけれど、そこはほぼフラットな多摩川。やっぱりロードのウルトラは向いていないかもしれない。

でも、走り続けるのは好きらしいから、もっと色んなところを自由に走ってみよう。
道はどこにでもあるしね!


厄年(役年)を祝う

本厄、大厄です。

厄年厄年というけれど、厄ってなんだろう。
平安時代からあるらしく。

わたくし今年で32歳。そういえば去年は前厄でした。なんだかんだで毎年新年慌ただしく、昨年は結局厄除けせずまま過ごしました。去年の年始にひいたおみくじは大吉だったような気がします。

昔付き合っていた彼が、当時酷く落ち込んでいた私に 『いいこととわるいことなんて、人生を通してみたら、だいたい半分半分になるようになってるから心配しなくていい』 となぐさめてくれたことがありました。以来、誰かの名言かのように嫌なことがあるといつも思い出します。そんな諭し上手な彼はその後学校の先生になったので、今も教壇でそんな風なことを言っているのかもしれません。あ、むかしの想い出に縋り付いているわけではありません(笑)

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当時ダンスに明け暮れていたわたし

30代に突入して “いいこと” と “わるいこと” のバランスが調整され始めているのか、はたまた日頃の行いが良いだけなのか、2015年は前厄の厄をふっとばずくらい、良いことが多い1年でした。故に、年が明けてはじめて、そういや前厄だったわと思い出したくらいです。

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厄年だとは思えないくらい充実した2015年

2016年。
さすがに本厄となれば改めて「厄」って何よと気になりまして検索してみたところ、google先生はこういいます。

災厄,苦しみ,特に病苦の意味。
災難。わざわい。

うーん、たしかに言葉の意味はよくなさそう。さらにたたみかけるように 『特に男性の42歳、女性の33歳は大厄と呼ばれ、凶事や災難に遭う率が非常に高いので十分な警戒を要するとされている。』 と。本厄は主に身体の変化がおきるらしく、健康に気をつけるべしと。身体を動かすことに喜びと生きがいを感じているようなわたしなので、ますますなんだか心配です。

いざ調べてみると厄除け・厄払いにも祈祷のプライステーブルがあったりなんかして。あそこの祈祷が豪華だとかあそこは微妙だからこういう時は奮発した方がいいとか。ちょっとちょっと神様ぁ~、そりゃ~ないよ~。わたしお金ないけど厄除けしたいよ~。

だけどよく考えてみれば、よくないことを乗り越えて、よくなっていくのが成長と変化の常であり、いいことばっかなんて面白いんだろうか。トレイルランナーのほとんどはキツイ・ツライ・ヤバイの三原則が大好きで、自分を苛め倒して苛め倒して、その先の感動に喜びを覚えるMな人ばっかりじゃないですか(笑)

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ボロボロなのに笑って喜んでるって結構変人の瞬間
(この時絶賛吐きそう)

2015年を振り返って、良いことが多い1年だったと思っているけれど、新しいこと苦しいこと辛いことをいっぱい乗り越えた充実感こそが良い1年だったと言える理由である気がします。平々凡々な毎日を送っていたら不満が残っていたかも。こんなんじゃダメだ、って。

一部のサイトにこんな記述がありました。

厄年は社会的な役割や生活環境が変わる頃にあたることから、役割を担う年=役年から厄年になったといわれることもあります。地域によっては厄年に「厄祝い」を行なうところもありますが、厄年が災厄に遭いやすい年というだけならこれを祝うというのは違和感があるかもしれませんね。しかし、厄年が神様から与えられた役割を担う年だとすれば、役割を与えられたことを祝うというのも理解できるのではないでしょうか。

なるほど役年っていいな。
わたしはだれのどんな役になれるだろう。
自分にしかできない役ってなんだろう。
そんな風に考えれば厄年だって役年だって、どーんと来いです。

本厄だと聞いて、ちょっと不安になりながらも、どんな1年になるんだろうかとどこかワクワクしているこの気持ちは、ハードなロングレースに挑戦する前の日に似ているかも。

ズタボロになるかもしれない。だけど2016年のゴールを目指すよ!

・・・などと散々言っておきながら、とりあえず故郷の護王神社にご挨拶に行ってきました。中学から高校までの6年間通学路だった場所。多くのランナーが足を運ぶことで有名な足腰の神様です。(猪の神様)

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トレランザックにはここの御守を入れています。御祈祷をしてもらって、おみくじをひいて、御守を買って。これを身に着けて今年も良い年にします。

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末吉。勝負事・・・勝つべし。べし?(笑)

***

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【京都御所西 護王神社】
京都御所の西側に鎮座する護王神社。平安京の建都に貢献された和気清麻呂公をお祀りしている神社です。足腰の守護神として広く崇敬されており、境内の狛猪に因み「いのしし神社」とも呼ばれ親しまれています。

京都マラソンや全国高校駅伝の時期には特に多くのランナーが参拝に来る“ランナー御用達”で有名な神社。神社好きのランナーのみなさま、京都御所外周ラン&お参りなんてどうでしょうか。

〒602-8011
京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385(京都御所蛤御門前)
最寄り駅 – 地下鉄烏丸線 丸太町駅


みんながみんな英雄

元旦に山から帰ってきて、たまには寝正月をしてみました。
実はゴロゴロうだうだしながらひたすらテレビを見ているのも好きだったりします。そして関西出身なので、お笑いの番組が盛りだくさんな正月がちいさなしあわせだったりします。日中は箱根駅伝で胸を熱くしたりね。

そんな寝正月に1日中テレビを見ていて、何度も流れたCMがすごく印象的でした。

auの日本昔話のシリーズの新作です。このシリーズが好きかどうかは別として、AIの歌うオクラホマミキサーのメロディに乗せた歌詞がすごく良くて、youtubeを改めて見て、じーんと涙が出ました。あ、涙もろいんで、すぐ泣くんですが。でもなんだか、トレイルランニングをするみんなの胸に響くような気がします。

走って転んで寝そべって(笑) うんうん。振り向けば仲間がいて、悩んでは忘れて忘れては悩んで(そんな感じで身体や気持ちの波を乗り越えて)。うんうん。新しい未来が待ってる。うん。あぁ、まさにトレランのこういうところが好きなんだ~と。

みんがみんな英雄。
うん、うん。速くたって遅くたって、ゴールを目指す、みんなが英雄。

よし、今年のわたしのテーマ曲にしよう。
あ、英雄とau掛けてるのか。うまいな。

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特別じゃない
英雄じゃない
みんなの上には空がある

 

雨の日もある
風の日もある
たまに晴れたらまるもうけ

 

振り向けば君がいる
前向けば友がいる

 

走って、転んで、寝そべって
新しい明日が待っている

 

悩んでは忘れて
忘れては悩んで
明日、あさって、しあさって
新しい未来がやってくる

 

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“ask me how to run happy”

たいして英語出来ないのにまた英語タイトルですいません。カッコつけたいわけじゃありません、たまたまです(笑)

昨日は最高の夜でした。
あの伝説のウルトラランナー、Scott Jurek(スコット・ジュレク)がULTRA LUNCHに来てくれたのです!わたしは普段、たまにULTRA LUNCHのお店に立ったり、PRまわりをお手伝いしています。昨夜もキッチンスタッフとしてお手伝いしてきました。BROOKSのイベントで、抽選に当たって集まった方は年齢性別様々でした。

ヴィーガンパワーフードの『ULTRA LUNCH』(http://www.ultralunch.com/)は、自身もウルトラランナーでもあるDomingoさんが、書籍「BORN TO RUN」を読んで、その中の登場人物であるScot Jurekに感銘を受けて始めたものです。そんな背景があるだけに、Domingoさん本人の感動ったら計り知れません。トークショーでは隣に並び、直接「あなたはわたしの人生を大きく変えました」と伝えるところを見て、わたしも感動しました。そんなことって、なかなかないじゃないですか!本の中の登場人物が隣にいるわけですから(笑)

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夢が実現するって、すごい!

 

彼の言葉は、とても自然で優しく、いい意味で「ごくごく普通」であることに感動しました。むずかしいことを言うわけでもなく、聞きなれないワードを使うわけでもなく、そりゃーあなただからできるわけでわたしにはムリだななんて思うことを言うわけでもなく。数行では書ききれないくらいすごいアスリートで、いまも世界を飛び回っている人であるはずなのに、そんなことは全然感じさせない、 “ぼくもきみもみんな一緒だよ” という雰囲気というかスタンスが素敵でした。

BORN TO RUNの中で、スコットは100マイルレースで優勝したあと、会場を去らずゴール近くで寝袋に入って、最後まで寝ずにランナーを迎え、きみはひとりじゃないと応援するという話がありましたね。まさに、そんな人柄がにじみ出ていました。

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Domingoさんの言葉も、とてもわかりやすくてみんなウンウンと頷いて聞き入っていました

わたしが彼を見つめすぎていたのかもしれませんが(笑)、イベント前から帰って行くときまで、目がちらりと合うたびににっこり微笑んでくれました。あまりにも気さくすぎて、自然体すぎて、ごく普通に接してしまったのを後悔・・・いや、後悔はしていませんが、冷静になって考えてみればめちゃすごいアスリートで、わたしにとっても本の中の人なのに、ヤベー、なんだかスミマセン!という気持ちです(笑)

家に帰って改めて本棚から「EAT&RUN」を手に取り、まじまじと見て、もっとなんか話したいこととか聞いてみたいこといっぱいあったし、もっとがっちり握手したりしてパワーもらっておくべきだった!なんてどうしようもないことをぐるぐる考えたりして(笑)(WS100を7連覇・・・など数々の記録をもつ・・・人ですもん・・・ね・・・神か・・・)

***

ベジタリアンのなかでもヴィーガンは完全菜食と言われ、厳格なイメージもありますが、彼の話を聞いていると不思議なことに『あぁ、この人は食べることがすごく好きなのかもしれない』と感じました。もちろん厳しいトレーニングを積んでいるのだとは思うけれど、食も含めて自分なりのライフスタイルを楽しんでいる、そんな空気が流れていました。トークショー中も、ULTRA LUNCHのこの日のスペシャルメニューをもりもり食べていました!

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Domingoさんの作ったごはんをもりもりと食べる

日本に来たら、日本食を食べに行くのが楽しいそうで、今回は湯葉や銀杏を試してみたよ、と言っていました。Domingoさんが再現した彼のレシピは思った以上に味が濃くしっかりとしていてご飯がススムものばかり。色んな食材がたっぷり入っていて、インパクトもあって、なんだか意外でした。

わたしは両親共に京都で素材の味重視というか比較的薄味をヨシする文化・習慣で育てられてきたものの、それでもどうしても菜食というと味が薄めで、質素で、というイメージを抱きがちです。だけどそれはあくまで思い込みであり、彼の味覚はきっとすごく豊かで、料理が好きというだけに色んな食材を使って工夫して食を楽しんでいるんだと感じました。ビールを片手に、美味しい、とニコニコしていました。

そういえば、「勉強を続けること、変わり続けよう、新しいことにチャレンジしようと思うことが大事」と言っていました。楽しいだけでなく、やはり好きなことだからこそ楽しいからこそ追求し続ける努力家でもあるんですよね、きっと。だけどなぜか我慢とか制限とかいう言葉は感じられず、自由で柔軟。いろいろ難しく考えすぎず、失敗恐れず、もっと自然体でいいのかもしれない。だってわたしも、ずっと長く続けていきたいと思うくらい走ることが好きで、そして食べることも好きだから。

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スコットのレシピとDomingoさんのオリジナルレシピがワンプレートに盛られました

スタッフとしての仕事を終え、BROOKSの方のご厚意でわたしもサインを書いてもらえることになり、その時に日本のロングトレイルの話をしてみました。彼は最近、アメリカの有名なロングトレイルのアパラチアントレイル(AT)で世界最速踏破記録を樹立したばかり。どこか日本のロングトレイルで行ってみたいところはありますか、と聞くと鏑木さんは熊野古道を勧めていたと言っていました。日本らしいしっとりしたトレイルで、苔が好きならきっと好きだと思うと伝えてみました。

12106765_697571773676410_7670522855783869291_n店内のボードにもサイン!ぜひ見にきてください!

さらに、『日本だとどこのトレイルが長いの?』と言われたので東海自然歩道かな?とお勧めすると、周りから「あれはロードが多いよね?」言われて、「じゃあトレイル率の高さと美しい森なら信越トレイルの80kmもいい」と勧めてみたけれど、しきりに『TO・・・?』『TOKAI・・・?』と通訳さんに聞き直してメモをしていました。1,700kmという距離が響いたのか、東京から大阪までというところが響いたのかはわかりません(笑)ロードも多い東海自然歩道だけど、40年も前に開通した、東京から大阪まで1都2府8県にまたがる日本の古くからの長距離歩道。

いつか、田んぼが広がる日本の田舎道を笹などに包まれた“にぎりめし”なんかを食べながら、おじいちゃんおばあちゃんが農作業する横をスコット・ジュレクがニコニコ走り抜ける日が来るかもしれないなんて想像するとワクワクします。彼はきっとまた日本に来てくれるはず・・・!いつか彼と日本のロングトレイルを歩けたりなんかしたらなぁ。なーんて妄想しちゃうな(笑)妄想は自由です・・・よね。

「わたしはトレイルランニングも好きだけど、ロングトレイルを歩くのが好きでそのうちATを歩きにいきたい」と伝えたら、直々に色々教えてくれました!ほんのすこしの時間だったけれど、ATやPCTのことについてスコット・ジュレクと話せるなんて思いもしなかった。ぜひ、チャレンジしてね!と背中を押してくれて、サインと共にATのマークを書き入れてくれました。

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最後のお見送りの時に、前を歩くBROOKSの方のポロシャツの背中には

“ask me how to run happy”

と書いてありました。スコット・ジュレクは、その姿をキッチンのカウンター越しに見ているだけで(笑)、わたしに楽しく走ることを改めて気付かせてくれました。彼はレースのことを【冒険】と呼ぶ。彼のように速くなりたい、ではなく、彼のように、もっと楽しむことや新しい冒険に貪欲に、自分なりの豊かで素敵なランニングライフにしていきたいものです。

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How happy I am! He came to the vegan cafe “ULTRA LUNCH” in Japan! I talked with him about the Japanese Long Trail. I did recommend the Kumano old trail, the Shinetsu trail and the Tokaido nature trail. He wrote his sign and the emblem of Appalachian Trail for me. I hope that I walk the Japanese Long Trail with him someday…

(翻訳アプリ頼りの英語、あってるのかな?笑)


The important thing is not to stop questioning.

みなさんご存じトレイルランニング/ランニングショップ Run boys! Run girls!のブログに投稿された、RBRGカナダ支局のケロちゃんの新しい記事が興味深かったのでそれについて。ケロちゃんのブログはいつもすごく面白いので読んだことなければぜひ遡ってみてください。

さて、今回はこんな内容。

山やぎはゆで卵を走って温める Tip of the iceberg News Paper #11
http://rb-rg.jp/?p=3456

要約して紹介すると彼女の言葉や考え方から逸れてしまいそう&読んだ人も結構いると思うのでリンクそのまま紹介。周りの仲間が次々にシェアしていて、記事の「Like!」もたくさんついていて、「共感した!」「最高!」「考えさせられた」「そのとおり!」と反響が大きいみたい。

わたしは、 ひとことに共感という言葉で表せない=こういうマインドでいたいと思いつつわりと逆行しているから耳がいたい というのが率直な感想。そして、それを経験と共に本当に実行していることとか、こうやって文字にして伝える勇気、そしてそれを載せるお店もまた素敵だと思ったのでシェアしてみました。わたしも、正直ぜんぶはむずかしいけど、少しでもそういう部分を持っていたいという思いに偽りはない。

また、ケロちゃんのこの話と、最近ATやPCTなんかのことを調べたり、例の映画から情報も増えて目にしていたアメリカのロングトレイル経験者の話にもまた、なんだか共通することがあるように感じている。

TRAILSのこの記事、
Pacific Crest Trail #03/14人のPCTハイカー

それと、友人の友人で、もうすぐ友人になりそうな、つい最近PCTを踏破したこの方のブログなど。
いわしっく トレイル 〜 Pacific Crest Trail 

読んでいるとロングトレイルに挑戦するきっかけは様々で、ハイカーでもトレイルランナーでも山屋でもない人も多く、そもそもアメリカではそういう分類がほとんど関係なさそうで、みんないい意味で自由で(格好も、パッキングも、寝方も、良く言えば型にハマっていない、えらく拍子抜けする写真もよく見る。そういえばシャモニーの山でもそうだった)、自分に責任を持っているけれど、まわりとゆるく繋がっていて助け合っていて、そういった環境をもとになりたっているのが面白いし、いまの日本のいろいろに重ねあわせて考えると、何が一体違っているのだろうなんてことも思う。決してどちらが良くてどちらが悪いという意味ではなく。

***

さて、ケロちゃんのブログにも出てくる「フリーボックス」と「消費」の話。
ロングトレイルの話の中でも日本との違いとして印象的なのが、トレイルエンジェル、トレイルマジック、ハイカーボックス。うーん、説明は超敏腕ライターの根津さんが書いている超読みやすいTRAILSの記事に任せよう(笑)(Pacific Crest Trail #01/PCTを歩くということ) 要は、ボランティアでトレイル周辺の人が、もしくはハイカー同志が、ハイカーを支える環境があるらしい。

そういえば、昨日から家の片付けをしながら思ったのだけど、日本にもハイカーやトレイルランナーが集まる各所に、ハイカーボックス的なフリーボックスが欲しい。上でBlogを紹介した友人の友人がPCTから帰ってきてそのまま信越トレイルを歩きたいんだけどシューズがない、だけどアウトドアショップに行く時間がないと言っていて、一方で友人がトレランギアを手放そうかなとfacebookに投稿していた。手放そうと投稿していたものはきっとまだ使えると「一般的に感じる」キレイなものだけだと思うんだけど、ハイカーの彼にとってはそんな新品のようでなくてボロくても多少の穴が開いてるものでも問題なく履けるものならきっとタダで引き取りたい!と思ったに違いないない。(私の勝手な想像)

片付け中、もう今のわたしには不要だと思うものを前にして、どうしようかと考えたけれど、それをヤフオクで売るのもなんか違う。ネットのオークションじゃよっぽど“世間一般的な価値”があるものでないと、そもそも手間ばかりかかってたいして値がつかないこともしばしば。でもだからと言ってただただ焼却してダイオキシンや二酸化炭素を発生させる“燃やすゴミ”としてゴミ袋に入れるのもまたなんだか複雑な気持ち。

たまに大量に古着屋さんやリサイクルショップに持ち込むけれど、少なからず何か思い入れのある洋服達が重量単位や激安の値付けをされることになんとなく悲しい気持ちになる。いや、きっと、誰か同じようにこれが素敵だと思ってくれる人の手に渡ってまた活躍してくれるだろうと思うしかない。

わたしは海外でフリーボックスを実体験していないから実情はわからないものの、もし日本にあれば、迷わず入れにいきたいものがあれこれある。試しに『日本 ハイカーボックス』でgoogle検索してみたら、それらしきものは出てこなかった。唯一、信越トレイルで関田峠にハイカー用に無料の水が置いてあるというブログを見つけた。あとはたまに大型家電やソファなんかが粗大ゴミシールなししマンション前に置いてあることがある。最近、近所で『ご自由にお持ちください』と張り紙のしてあるベッドの“一部”らしき巨大な木板が2枚置いてあったことがある。いやこれは誰もいらんでしょうと笑ったけど、翌朝にはなくなっていた。価値ってわからないもんだ。

だからこそ、コミュニティや信念、スタイルをもって顧客との関係を大事にしていると感じる、わたしの大好きなトレラン・アウトドアショップやスペース、何か関連したイベントでもいいかもしれない。そんな場所にハイカーボックスあったらなぁ、なんて思ったり。もしかして全国でそんな動きがあったなら、そのうちあっちにあったものが、誰かが使ってそのまま旅先で次のところに入れるなんていう循環があるかもしれない。そういうところに来る人の手に届くなら、ヤフオクで1000円で売るよりもタダでもそこに入れる方がずっと価値がある。ものを買う場所として人が集うだけでなく、「経験」や「知識」やその他お金で変えることのできない何かがたくさん集まるコミュニティスペースだったら素敵だな。

いやいやとはいえ商売、ショップとなると途端にそう簡単なことではないのも重々承知。自分がやると考えただけでも、じゃあ洗濯していないものはどうなんだとか、安全性はどうなんだとか、几帳面な日本人の「ルール」や「注意書き」を想像しただけでちょっと気が遠くなる。言うのはタダ、自分でやってみろと言われそうだ(笑)すみません!う~ん、簡単なはずなのだけど、むずかしいなぁ。なにかいい方法はないものか。

関係ないけど、結構アインシュタインが好きなわたしは、ケロちゃんのブログからこの言葉を思い出した。当たり前に消費していく毎日。昨日は何回財布を口を開けたかな。何回ゴミ箱にものを入れたかな。よし、とりあえず、その前にちょっと手を止めて考えることから始めてみよう。

Learn from yesterday, live for today, hope for tomorrow. The important thing is not to stop questioning.

- Albert Einstein (アインシュタイン) -

過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。

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photo:水切れに苦しんだ高島の単独スルーハイク。ハイカーボックス的なものを夢見つつ、ボックスどころかほぼ人に会うこともなく、オタマジャクシの泳ぐ水たまりの水をてぬぐいで濾してから浄水して飲んだ。(そしてこの時絶賛道迷い中)


やっぱり山が好きだ。

唐突だけど、ごくごく、シンプルに、ただそれだけのことなんだ。

それだけのことなのに、こんなにも心揺さぶられる、山が、やっぱり好き。それはもうどうしようもないことなんだ。山に登ると、壮大な景色を前に足を止めて、鼻から口から全身の毛穴から、めいっぱい美味しい空気を吸って、目を閉じて、両手を広げて、大自然を感じるのが好き。

“美しさの中に身を置く”

アメリカのロングトレイル、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩いた女性の映画、『わたしに会うまでの1600キロ』の一節。信越五岳でわたしの今年のトレイルランニングレースの連戦はひとまず落ち着き、なんだかほっとした。好きで大会に出ているし、レースでも山を楽しんでいるし、だいたい自分らしくいるのだけれど、やっぱり不安や緊張があるもので、自由気ままだと言われるわたしもさすがにちょっと力が入っていたのかもしれない。先週、所用で北アルプスに出かけて、美しさの中にゆっくりと身を置いて、「やっぱり山が好きだなぁ。なんだかなぁ、好きなんだよなぁ、なんなんだろうなぁ。しょうがないよなぁ、好きなんだもんなぁ。」と、レースの興奮状態からユルい自分モードに戻れて、うれしい気持ちになった。

前回の信越五岳のBlog記事は、ちょっとネタっぽく、笑って読んでほしいななんて思ってストーリー仕立てで書いたんだけど、思いのほか『ラブレターのようだ』とか『(アンディさんのことを知らなければ)かっこよくて好きになりそう』とか『だいぶ惚れたな』とか、敢えて際立てて書いたペーサーとのちょっぴり熱いやりとりの方に注目されてしまった。4000以上のいいね!がついているMMAのfacebookでも紹介していただいて、やけに記事にもいいね!をもらって、自分で書いておきながらこっぱずかしいような複雑な気分になり(笑)、とりあえずまぁ、早々に次の記事でも書いてごまかしておこう、そんな感じでキーボードを叩いているところ。

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トレランザックをハイクのザックに背負い替えて。パンパンだけど、気分は軽いし、だいたい大好きなものばかりが入っているから、重くなんてない。

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北アルプスの玄関口、上高地からのんびり歩く。横尾山荘前で友人と遭遇。お母さんと2人で涸沢の紅葉を見に来たんだって。素敵な親孝行だなぁ。

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涸沢は紅葉のピーク。上高地から涸沢への道は、人でいっぱい!だけど上高地からはコースタイムで休まず歩いて6時間はかかる道のり。観光地気分で安易に行く場所ではないことを伝えるのはなかなか難しいことなのかもしれない。ちょっと心配になるような格好の人もいた。日帰りでピストンしたいけど無理なもんですかね?と周りに聞いてやめたほうがいいと言われているカップルもいた。すっかりバテて暗くなる頃に到着している子供連れの親子もいた。日本でも指折りの紅葉スポットだけど、高山であることには違いない。

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実は涸沢ははじめてだった。人が少ないところでのんびりするのが好きだということもあり、他に“行きたい!”場所も多く、優先順位的には下のほうだったからか、なかなか行かずにいた場所でもある。だけどやっぱり噂通りの紅葉には感動した。景色も素晴らしい。平日ということもあって、テントは思ったよりも少なかった。

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だけど、涸沢ヒュッテと涸沢小屋は紅葉を見に来た方々でそれぞれにものすごい混雑で、ピーク時にはトイレに行くにも2時間待つというのも納得した。涸沢小屋で数百、涸沢ヒュッテは数千の人が1日で訪れるのだと言っていた。食事も30分ずつ4回転以上、テラスは満席だった。荷揚げヘリが朝から暗くなるまでひっきりなしに飛んでいた。運んでも運んでも、食べ物や飲み物がすぐなるなると言っていた。

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涸沢から先は、多く人が目指す百名山の「奥穂高岳」ではなく、あえての北穂高岳だった。百名山ハイカーの人には興味がないのかもしれない。おとなりをつなぐ縦走路も難易度が高い。それにしてはピストンするにはコースタイムも長く、急登、激登が続き、岩場も多く鎖場もあって、それはいいとしてもとにかくなかなか長くて、ピークに着く頃にはすっかりバテバテになった。岩場が大好きだからテンションは高かったけれど。一緒に行った方に速すぎる速すぎると言われた。おなじように、「さっきまでえらい辛そうやったのに、岩場になったとたん水を得た魚みたいに登って、もう!」と仲間に言われている女性がいて笑った。そうそう、そうなんだよね。

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北穂高岳山頂、直前の岩壁。岩が結構もろい。落石事故も多いかもしれない。

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北穂高岳山頂から望む槍ヶ岳。北穂高岳北陵から槍ヶ岳のルートは、飛騨泣き、長谷川ピーク、大キレット、南岳、中岳、大喰(おおばみ)岳とコースタイムも長く道が険しい。鎖、梯子、ナイフリッジ、すれ違いにくい場所、切れた落ちた場所、痩せた岩稜やガレ・ザレが続き、ほとんどが岩だ。事故も少なくない。高所恐怖症の人にはとてもじゃない。(そもそも来ないか) わたしももっと技術力を上げて、経験者とともに歩きにいきたい場所だ。

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天気に恵まれて、朝にはいわゆるMorgenrot(モルゲンロート)、山肌に朝陽が当たって染まる現象が見られた。左から前穂高岳、吊尾根を経て、奥穂高岳、涸沢岳・涸沢槍を経て、一番右が北穂高岳。山が好きな人なら誰もが知っていてきっと多くが憧れる山だけれど、決して容易に行ける場所ではない。

岩場を通過する技術力問題だけじゃないのだろう、落石による滑落事故も良く聞く。遭難も多い。熟練者でも命を落とす。「涸沢の紅葉」というメジャーな響きで、上高地という観光地のような場所から、歩いて来て快適な小屋で宿泊のできる涸沢。そこから誰でも登ろうとすることができるからこそ、怖いものだと感じた。百名山を制覇することに特にこだわってもおらず、自由気ままに山を歩いているわけだから、奥穂や前穂はまたこんど、いつか、そのうち来よう。

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みんな穂高連峰側のモルゲンロートばかりにカメラを向けるけれど、振り返れば格好いい岩がどーんと構えている。クライミングと言えばやはり屏風岩だろう。熟練者が一緒だったので、ぴょこんと尖っている屏風の耳、その左隣の屏風の頭まで、破線のパノラマ新道経由で歩いた。パノラマ新道はその入り口にも小屋にも繰り返し注意が促されている。事故が多いらしい。難しいかどうかというよりも(わたしにレベルを語るほどの技量はない)、繰り返しの急登やカラカラという音に背筋凍る落石が多そうな斜面のトラバースが多かった。稜線も細く、慎重に歩いた。

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屏風の頭からは、見たこともない角度で青空に浮き上がる穂高連峰の全貌が見えた。振り返れば槍ヶ岳に燕岳、大天井、常念岳、蝶ヶ岳といった表銀座~常念山脈が見えた。秋の雲と紅葉が美しく、なんども足を止めて深呼吸をして、そのありがたい景色と空気を全身で満喫した。

やっぱり山が好きだ。

もちろんトレイルランニングも好きだし、ハイクも好きだし、ちょっとハードな登山も好き。どんな山の表情も好き。その美しさの中に身を置くのが好き。できることならずっとそこに居たいくらいだけれど、そうもいかないわけで、また街に戻って働いては、山に“もどる”。そうして山を楽しむことに夢中なんだ。

山は決して逃げない。噴火してしまったり、登山道が崩れてしまったり、登れなくなることもあるけれど、それでも山はそこにある。急ぐことなんてない、健康な身体あってこそ、命あってこそ。過酷なレースの後だったからこそ、余計にそんなことを考えた。そんなのまったく知る由もなくただただ遠くまで広がる柔らかな秋の空の下、これからも大好きな山を色んな方向からゆっくりたんまり楽しんで行きたいと改めて感じた、いい日だった。

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エディさんや釘さんなど数人でこの夏に行こうと計画していた奥穂~西穂のルート。ジャンダルムが見える。天気が悪くて中止にした。短いシーズン中に条件が揃うことって、なかなか貴重。来年、また。

 


旅へ-western Japan mountain trip-

明日からしばらく、旅にでます。
約2週間。毎年かならず1度はやろうと決めている、

『会いたい人に会いに行く旅』
『 “いつか” を “いま” にする旅』

なかなか仕事が大変なタイミングで前後が結構苦しいのですが、仲間に誘われた山旅をきっかけに思い切って長期休みにしました。わたしは基本的に自分でも能天気でマイペースだと思っていますが、ここ最近いまの自分の選択がこの先の人生左右するなぁと悶々とするようなことがありました。だれにでもたまには、そういう、ちょっぴり息が詰まるような気分の波がくるような時もありますよね。でも、そういう時こそ流されて「なぁなぁ」にしてしまわないように環境を変えてじっくり考える時間をつくるというのはとっても大事なことだと思っています。心洗われる、とよく言いますが、人間の理屈理論では説明できないような自然の広大な景色こそ、心洗うにはぴったり。悩んでるとか言いながらそんなのんびりしたことを言ってるからつまりそれがマイペースなんでしょうかね(笑)

さて。明日、東京から南下して関西、中四国地方の山をぐるぐるりっとする予定です。東京~京都~滋賀~香川~鳥取〜香川~徳島~愛媛~滋賀~京都~(沼津)~東京。 「ファストパッカー」だなんてちゃっかり雑誌で紹介していただいたりもしたけど、正直ファストパッキングの定義などよくわからず(?)、たいして速くもないので、「ファストパッキングっぽい装備でスルーハイク」といったところでしょうか。天気が崩れればいっきに予定変更になり行ける山も少なくなるけれど、もうそれはてるてる坊主を作って祈るしかない。これだけの行程となると、昔リュックひとつで海外へバックパックトリップに行っていたのを思い出します。県をまたぐ移動はもちろん、文明の利器をフル活用します(笑) リッチだねぇ、と言われることもありますが、ほとんどバス移動の貧乏旅、まさにバックパッカーのようなものです。寝床は実家に滞在したり、おうちに泊めていただいたり、野営したり。どこでも寝れるが特技です。

日本が大好きなわたし。今回のロングトリップは何かしら次に繋がるものにしたいと思っていて、文章を書いたり、絵を書いたり、写真を撮ったりしながら、記録しつつ旅をしょうと思っています。この目で見て、体験して、日本の素敵なトレイルをもっと知りたい。今年は、日本の色んな山へ足を運びたい。わたしが奥武蔵や秩父が好きなように、それぞれの地方の自慢の山を、見てみたい。

里山から百名山まで、どんな景色が待ってるかな。