山貧女協奏曲 H.U.R.T 100

ずいぶん久しぶりになりました。
最後に投稿したのは浅田真央ちゃんが引退した4月でした。

ライターの仕事を始めて以来、提出しなければならない原稿があるのにブログなんて書いてんじゃねーよと言われそうで正直なかなか書けなかったりします。でも自分のブログが一番自由気ままで良いのも確かです。

さて、昨日はトレイルランナー界隈ではUTMF/STYの当落で沸きましたね。わたしが想像していた以上に多くの仲間がエントリーしていたことを知り、そしてやはり出たい人が多い大会、お祭り的存在なのだと色々考えさせられるものがあるなぁと思っていたところです。マウンテンランニングの世界でロングレース、特に100マイルの存在が大きかった時代からはやや変化してきたと思っていますが、先日発表された鏑木さんの2019年UTMB再挑戦プロジェクトで、“激走モンブラン”世代は胸を熱くした人が少なくないでしょう。スカイランニングなどの若い世代がより世界で活躍するジャンルがさらに注目されていく裏で、いまふたたび、ロングレースが静かに再燃する時代が来るのかもしれません。
【鏑木毅 NEVERプロジェクト特設サイト

2012年にトレイルランニングを始めたわたし個人の趣味の志向性は、そんな二極化する時代の流れのどちらの極ともなく、完全にトレンドからはずれてライターとしてはいいのかわるいのか、自分でもよくわからない感じになってきました(笑)今年は、知人達が企画する長距離グループランに参加したり、分水嶺などの山岳縦走系、しまいには7日間生活するように山を歩き?続けるトルデジアンに出てきました。もう、山をただ走るだけでは物足りない。だとすれば、山や自然という存在に向き合わなければならないような旅をする。あるいは、だれかと共に歩む、サポートすることという、この2つがトレイルランニングにおける最近のわたしの一番の楽しみかもしれません。雑誌RunningStyleで連載している「ランスタトレラン部」などもその一環で、メンバーのひたむきな姿に心打たれることもしばしば。そうやって「やっぱりトレイルランニングも楽しいなぁ」と思ったりしています。

そんななか、思ってもみないニュースが飛び込んできました。
オトベ、まさかのH.U.R.Tに当選する事件。

オトベと言えばこれです。
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オトベ、が、斑尾を走った
初めてのトレラン、初めてのレース。
いずれも一緒でした。そのオトベが、世界のトップランナーも出たいと願う人気の100マイルレース、HURTに出る。

彼女は初めてのレースのトラウマで、わたしのような底辺ランナーを軍曹と呼び続けるのですが、最近ではわたしは軍曹の地位を維持するために正直、血眼です。初めてのトレランレースで「まじ息上がってキツイ、辛い、もう限界」と嘆き、わたしのことを頭がおかしい何かしらの生き物扱いしていたのに、いつのまにかどんどんレースに出て、山にも足繁く通い、どんどん走力を上げ、男友達と変わらないようなタイムでミドルを走り、わたしの山岳縦走にもぶーぶー言いながらも結局は普通についてくる。最近OMMに一緒に出たのですが、すっかり冬の怠け体型に戻ったわたしは、林道で猪突猛進なオトベのパワーウォークについていくのが辛くて辛くて、何度意味なく荷物を整理したり上着を脱ぎ着することにしてごまかしたことか。100kmくらい超えないと引っ張れやしない。もうどっちが軍曹なのかわかりません。

だから、H.U.R.T完走しちゃうんじゃないかと思うんです。
わたしじゃなくたってだれでもいいと思うんですが、「ペーサーしてくんない?」といつもの調子でわたしに声をかけてくれて、結構感慨深かったんです。そんな彼女のおかげで、まさかのHURTに行けることになりました。貧乏フリーランスにとって、お財布事情を考えると海外レースはせいぜい一年に一度。それがこんな形で有名レースに参加できることになるなんて!だれかと共に歩む、あるいはサポートすること。その楽しみをこんな最高な形でプレゼントしてくれるなんて。

オトベは、「えまちゃんとちがって底力みたいなんが出ない」と言うけれど、出ます。出ます。オトベはなんかよくわからないけど、わたしよりもずっと自分ルールみたいなものに忠実で、やると決めたことはやり抜くし、信念があるし、頑固だし、負けず嫌いだし、根性の塊だと思うんですよね。それをユルいあの独特な雰囲気で纏い錯乱させているだけだと思うんです。だからわりと心配していない。ただ、経験したことのない距離に身体がどうなるか、そこだけ乗り越えれば良いことで、それはわたしの全知識と経験を注ぎ込んでサポートすれば良いと思っています。

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最近の彼女の「5」への執着はとんでもない。
5の話:オトベのブログ ROAD TO XXX
今週から、週1回の朝ラン11km(公園3周)のメニューを公園5周に変えて、わたしが考えアホみたいなヒルトレも1日追加し、朝5時起きで週2回練習することにしました。

初のヒルトレの前日、「それ5周するわ」と連絡が来たので、「5周もしたら翌日歩けないよ」と返事したら、「じゃあ公園5周でもいいけど」と言われ、自分で考えたメニューと言えど、マジかよ朝から5周もしたくないよという気持ち。だけどオトベの言葉になんだか揺さぶられて結局は2人で5周完走。おかげさまでわたしは翌日筋肉痛で、オトベは平気な顔をしていて苦笑い。そんなこんなでわたしにとっても良いトレーニングになっています。必ず怠けてしまう冬。今年はモチベーションを切らさずに冬を越せそうです。

わたしはわたしで、もう来年の計画がおおよそ決まっているので、2人で互いの目標に向かって、わたしたちらしいチャレンジをしたい。こういうこと書くとだいたい「エマの文章は熱すぎ」「ちょっと重い」みたいな冷静なコメントをしてくるあたり、良いバランスが保てているコンビなんじゃないかな。
100マイル漫才楽しみだな。

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【山貧女】-やまひんじょ。<mountain poor girls>
MPG(mountain poor boys)兄貴から命名されたがなぜ貪じゃなくて貧なのかはいまいちわかっていない。がしかしキラキラさに欠けるなんとなく貧相なわたしたちにあっている気がするよね。


オトベ斑尾三部作―後編―

今週末は、ハセツネにKOUMIに・・・・・・きっとこれまでの自分の集大成として挑む人も多いことでしょう。はじめてトレイルを走ったあの時の気持ち、はじめてレースに出た時のあのドキドキ。はじめてフィニッシュテープを切った時の感動。足が痛くて涙をがまんしながら走った記憶。思ったような結果にならなくて悔しくてたまらなかった記憶。“走りきった”ことをほめられてたまらなく嬉しかった記憶。仲間が増えていく喜び。

初心。あなたの初心はどんな気持ちでしたか。

山が、トレイルランニングが、仲間が大好きで続けてきた、そんなようなことを決戦前にふと思い出すきっかけになったらいいなと思います。オトベの素直な文章から。

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2年かけて50Kのスタートラインに立った私のゼッケンナンバーは・・・

【435】

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残念ながらまじふつう

レースの目標タイムは特に設定しませんでした。周りにとらわれず、自分の感覚を信じて、つらすぎない状態で走ったり歩いたりを繰り返そう。トラブルさえなければ、絶対完走できる。とにかく楽しんで来よう、そう心に決めて、いざ出発です。

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スタートゲートをくぐると、最初はアスファルトの登り、トレイルとゲレンデをぐるっと迂回。途中でスタート&ゴール地点のゲレンデを横断。応援の人たちが列を作って送り出してくれる。応援される側になるのはなんだか気持ちよくこそばゆい。

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声援を抜けるとすぐにゲレンデの直登。急登を登り切ると、斑尾高原の景色が広がってくる。そして斑尾のトレイルへ入っていき、気持ちいいダウンヒルが続き1Aへ。1Aを過ぎると、平坦なトレイルが続く。

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しばらく行くと、列が止まっている。
どうやらコース上に蜂がでたらしく、レースが中断された。ちょうど前後に友達がいたので、談笑しながら待つこと30分。結局迂回することに。

ここから2Aまではそれはそれは長い林道をゆるやかに登っていく。たぶんきちんと走りこんだランナーには基本的に走れる区間。走りこんでない私にはかなりキツイ区間だ。つぎからつぎへと抜かれていく。

特に蜂で全員止まって同じ場所から再スタートを切ったわけだから、抜かれる人数も多い。けど、あせらない。ここで無理してもいいことなんて何もない。しょうがない、私苦手だもんこういう道、と割り切り、耐えながらゆっくり走ったり歩いたりを繰り返す。

あーもう飽きたなー、いつまで続くのかなー、ながいなー、つらいなー、
そう思っていると、また前で何人か止まっているのが見える。

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野尻湖だ!綺麗!

きれいな景色にテンションがあがったところで2Aへ。

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ここからは斑尾山への登りだ。最初はうねうねとスイッチバック、後半は急登。この大会では最もキツイ登り。といっても30分くらいで登頂できる。山頂そのものは残念ながら見晴らしはよくない。

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ここから少し気持ちの良い尾根を行き、そして、ゲレンデの激下りが始まる。最初はスイッチバック、すぐに、直滑降のような下り。

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このくだり結構えぐかった。調子のって爆走したら絶対足が終わるな、そう思って温存しながら下っていく。一気に斑尾山を下って3A。

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ここからはしばらく16kmのコースと同じ、ふかふかの気持ちいいトレイル。途中泥んこで足場が悪いところもいくつかあったが、気にせず突入していく。走ったり登ったり下ったり歩いたり。舗装路に出て、袴岳への登山道。今回はコース変更されたので山頂まではいけなかった。下りに入ると、また蛇行が始まる。

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綺麗な景色を理由につらくなってきた足をゆるめたりしながらも4Aへ。

4Aは待ちに待ったシャインマスカットエイド!ここでMountain hardwearの大阪ALBI店で働いてるミキティに遭遇。去年のUTMFも今年のCCCも完走している彼女。走力が違いすぎるので、ずっとずっと前を走ってると思っていた。その彼女が今、こっちを見ながら全力で微笑んでる。

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かわええ

どうやら蜂中断の時に蜂に2か所も刺された模様。一緒にエイドを出て苦手な林道登りをスタート。

え、走るんですか?

え、走んないの?

と、なぜかミキティの前を走ることに。
しばらく下って舗装路に出たタイミングでついていけなくなったけど、会えてよかった。全身ピンクのまぶしい笑顔に元気もらえた。

ここの舗装路の緩やかな登り、前を行く男性選手は全員ちんたら歩いて登り、女性選手は全員一生懸命走っていた。

強い男はいない、弱い女もいない

そんな美輪明宏の言葉をなぜか思い出す。
緩いトレイルを登って下って。辛いけど気持ちいい。

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そして希望湖へ

過去2年の斑尾では、濃霧でほとんど希望湖の景色は見えなかったから、今年は晴れてよかった。16kmだとこの希望湖の関門を右に折れるのだが50kmはここから毛無山を登っておりてくる。毛無山の登りは、たらたら続く登りで、本来なら得意な登り。ガシガシ登れるはずが、30km苦手なフラットをメインに走ってきた足だとけっこうキツかった。

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毛無山山頂

ここから気持ちよいブナ林のトレイルを下り、希望湖へと戻る

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綺麗な景色

そして突如現れる石川弘樹。「もう大きな登りは終了ですよ」そう声をかけてもらう。たまたま後ろから選手が来たので一緒に写真撮ってもらったんだけど、
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スタイルがよく、さわやかに微笑む弘樹。
の、隣にたたずむ乙部。
身体のバランスの悪さがもう何とも。死にたい。

そして5A。最後のエイド、残り7km。たくさんエイドで補給し、走り始める。ここからゴールまでの道のりは、16kmのコースと一緒なので、2回も走ったことあるコース。なんとなくわかる。わかるけど、わかるからなのか、ここの最後の7kmがほんとにほんとにほんとにつらかった。

正直ゴール制限まであと2時間近くあった。このあと急登も激下りもない。完走は間違いない。登りだったらあきらめがつく。下りだったら爆走できる。

けど、斑尾のラストは最後の最後の最後まで、登ったり下ったりフラットだったりを繰り返す。がんばれば走れるコースだけに、歩くのが悔しい。残り7kmなんだ、歩くな、と自分に言い聞かせても、どんなに気力をふりしぼっても、エマの顔を思い出しても、感動のゴールシーンを思い描いても、思うように走れない。足がとまる。とにかく長く感じる。行っても行っても距離が縮まらない。

辛い、苦しい、疲れた、もう歩こう、いや、走ろう、走れない、悔しい、そんなとにかくいろんな感情がぐるぐるし、処理できなくなった感情は自然と目から涙としこぼれでてきた。

せめて、ボトルに少しだけ残ってる麦茶飲み干して元気出そう・・・そう思ってボトルの蓋を開けようとしたら、両腕が攣りそうになった。・・・腕かよ!!泣きっ面に蜂とはまさにこの瞬間。
この最後の1時間は間違いなく私の人生で一番つらい1時間だったと思う。そうして戻ってきた斑尾の街。斑尾の景色に安堵し最後のロードを走っていると、街中にたくさんいるボランティアの方々地元の方々に「あと少しですよ、がんばって!」という言葉をかけられる。また感情が高ぶり、涙があふれてくる。

2年前、私はこの最後のロード区間、マジで追い込まれ過ぎて(鬼に)、このボランティアの方々の優しい言葉に

「2kmってぜんぜん少しじゃねぇし!」

「まじがんばってるし!むしろ死にそうだし!」

「とりあえず心臓が口から飛び出そうです!」

あの時は余裕がなさ過ぎて、私の心の中には禍々した感情がうずまいていた。けど、今年は大丈夫だった。ちゃんと感謝できた。よかった。みんな優しい。最高。がんばる。最後のロード、涙をぬぐいながら駆け下りる。

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最後の最後まで登らされる。もうすぐそこにゴールが近づいてきている。最後のゲレンデの下りは自然と笑顔がこぼれる。

そしてついにゴール。

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記録は7時間36分。早くも遅くもない記録だった。けど、最後笑顔でゴールできてよかった。

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 斑尾フォレストトレイル50km、辛かったけど楽しかった。

至極普通な感想ですが、それに尽きます。今回の完走率は93%。語られすぎてて改めて述べる必要なんてないかもしれないけど、斑尾の完走率が高く、初めてのロング(ミドル?)レースに適しているといわれるおすすめの理由をまとめてみました。

①   走りやすい
50kmは決して短くない距離だけれど、レース中大きな登りが1つ、中くらいの登りが2つしかない。一番高低差のある斑尾山の登りも、1時間もかからずに抜けられる。それ以外は緩やかなアップダウンの続く林道やフカフカのトレイル、綺麗なブナ林や湖畔を走り抜ける。標高も高くないので、山の経験があまりなくても、ロード練でカバーできるし、私のようにこつこつ走れなくても、登る筋肉(スタミナ?)つければ、必ず完走できるコース設定でした。

②   関門が厳しくない
6時半スタート、15時半がゴール関門。太陽が昇ってからスタートし、太陽が沈む前にゴールするので、ヘッドライトなどの装備はいらない。睡眠不足の心配も、道に迷う心配も、眠くなる心配もなし。50kmで9時間という時間設定は、レース出るまではけっこう厳しいように感じていたけれど、レース中にトラブルなく走り切れれば問題なくゴールテープを切れる時間設定でした。

③   エイドが充実している
50kmで5個のエイド。約10kmに1個の割合でエイドがあります。エイドにはコーラ、クエン酸コンク、水、マグマ、バナナ、梨、シャインマスカット、チップスターなどたくさんの食べ物があり、そしてたくさんのボランティアの方々がいる。食べ物がコンスタントに補給できる喜びもさることながら、人の声がたくさんする場所がコース上にたくさんあるというのは、それだけでとても癒しの存在で、「もういやだ」を「もうちょっとがんばろう」に変えてくれました。

「競うだけじゃないトレイルランニングの真の醍醐味を体感してほしい」という主催者側の思いが本当に詰め込まれていて、チャレンジする人が抱える不安をなるべくそぎ落とし、完走というご褒美を用意して無事に帰ってくるのを待っていてくれる、そんな素敵な大会でした。

エマちゃんはトレイルランニングにはまる人を、愛情をこめて変人といいました。
彼女はまごうことなき変人です。けれど、私はただの変人の友人です。斑尾に完走したくらいじゃ変人になんてなれないので、どうぞ安心してチャレンジしてきてほしいです。変人しか見てないだろうこのブログでこんなこと言って意味があるのか謎ですが、私が去年じゅんこさんの完走に勇気をもらえたように、少しでも新しいチャレンジをしようと思っている人が、勇気の1歩を踏み出すそのきっかけになったらうれしいなと思っています。

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だいじょうぶ。あなたも変人です。

いいかげんみとめなさい、わたしと同類だって。類は友を呼ぶんだから。

友よ、ほんとうに、おめでとう!
<archive>
オトベ斑尾三部作―プロローグ―(Emmaより)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_1/
オトベ斑尾三部作―前篇―(オトベ著)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_2/


オトベ斑尾三部作―前篇―

オトベ斑尾三部作―プロローグ―
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/04/madarao16_1/
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こんにちは、2年ぶりの登場、乙部晴佳(通称:オトベ)です。2年前、斑尾フォレストトレイル16kmで初めてトレイルランニングのレースに出場しました。

このレースは、 走ることに1㎜も興味のなかった私が初めてチャレンジしたレースであり、ゼッケン番号893というギャグなのかな?という番号を胸に走ったレースであり、エマが一緒に走ってくれたレースでもあり、いまだに一番つらかったといっても過言ではないくらい自分を追い込まれたレースであり、エマのことを鬼と呼んだ(レース中は本気で思った)ことでいまだに軍曹というあだ名を彼女に残しているという、センセーショナルなトレランデビュでした。


なつかしいな

その記憶を残しておきたいと、エマのブログに参戦記を書かせてもらたことで、この2年の間、レースに出たりグループランに参加したりすると「エマちゃんの友達ですよね?」と声をかけられたり、「エマちゃんのブログにでてましたよね?」と声をかけられたり、世の中のマニアックな方々の記憶力には脱帽するばかりです。

そんなわたくし乙部が、2年の時を経て、今回斑尾フォレストトレイル50kmを走ってまいりました。

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気付いたらルイも会社の後輩になり、写真撮ってと頼んだら、シャッター押せって言ってるのと勘違いされるようになりました。

50kmクラスのミドルレースに出るには、走力に自信がないし、まじめに練習できるタイプでもないので、なかなか勇気が出なくて、2年間もの時間がかかっちゃいました。

今思えばそんなに怖がる必要なんてなかったな、とも思うし、2年間かけて、すごく順当に成長してこれたのは良かったかな、とも思ったりします。

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思い返せば1年前の2015年、斑尾。

私は2年連続で16kmにエントリーしていました。エマにひっぱってもらって走った1年目の記録を、一人で超えることが目標、とは言っていましたが、当時50kmという距離が未知の世界すぎて、怖くてエントリーする勇気がなかったのが現実です。

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無事PB(自己記録)を6分短縮してゴールしました。が、その裏でひとつのエピソードがありました。

じゅんこさんという友達がいて、彼女はその年、斑尾50kmにエントリーしていました。
じゅんこさんと私はその前哨戦として同年の6月に黒姫ショート13kmを一緒に走ったのですが、じゅんこさんのフィニッシュタイムは私よりも40分ほど遅く、107人中102位でした。

当時、まわりの友達から 「(じゅんこさんは)今のままでは斑尾50kの完走は難しい」 そう思われていたと思うし、私も頭のどこかで 「黒姫がこれでは、斑尾は間に合わないんじゃないかな」 と心配していた部分があります。

その彼女が、4か月間コツコツとトレーニングを積み、斑尾50kmを制限時間めいっぱい使って見事完走したのです。その頑張りはみんなの感動を呼びました。

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走ったことのあるレースで自己ベストを数分更新するよりも、できるかわからないレースにチャレンジして完走している彼女の姿のほうがずっとずっとかっこよく見えたのです。

私も来年は50kmを完走したい。じゅんこさんが完走できるなら私にもできる気がする!そう思う勇気をもらいました。それが、今年50kmにチャレンジしたきっかけです。

そして、今度はその勇気を誰かに “pass the baton” したいと思い、エマのブログに50km参戦記を再び書かせてもらうことに相成りました。それでは、長くなりそうですがはじめてまいります。

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<準備編>

私は走る、という行為自体は今でも得意でも好きでもないです。

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基本餃子食べてビール飲んでます

中学時代陸上部だったなんて過去の記憶は東京湾に沈めて海の藻屑にしました。ランナーがよく月間走行距離が何kmだ、とかいいますよね。正直私、お恥ずかしながら、走り始めて約2年月間、走行距離100kmを超えたことがないんです。だめなんです、淡々と舗装路を走り続けるのが。すぐ飽きちゃう。すぐ心折れちゃう。そんなランナーに必要な素質が皆無な私ですが、その代わり登るのは得意で、なぜか好きなんです。

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東京タワー練も楽しかった

だから、「苦手なことを克服するより、得意なことを伸ばそう」、そう思って斑尾エントリーを決めてからの1年間は積極的に山に行きました。

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今年富士山には2回登りました

そして、もう一つやったこととしては、必要に迫られないとできないタイプなので、積極的にレースに参加したり、ボランティアしたり、友人のレースサポートに行ったりして気分を高めました。最初は、レースに一人で行って、一人で帰っていましたが、いくつものレース会場に足を運んだり、参加したりしていると自然と友達や顔見知りが増えました。これは今回斑尾を走る上で、とても大きなエネルギーになったと思っています。

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特にスリピのボランティアは楽しかったな

仲間と走る。それが、トレイルランニングの醍醐味だとも思いました。それはメンタルだけでなく身体にとっても良くて、2年間かけて徐々に出るレースの距離を伸ばしながらゆっくり準備してきたので、私は今まで出たレースでは1回もトラブルに見舞われずに済み、飽き性の私にしては楽しく続けられている理由だと思います。

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<装備・補給編>

走る時も自分の好きな服装に身を包みたい。そんな人も増えてか、最近は昔よりも気の利いたデザインのランニングウェアが増えたように思います。私は、そんな自分のテンションを上げてくれるウェアやギアに加えて、思い入れのあるものを持つようにしています。

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斑尾50kmの装備はこんな感じ

例えば、エマがくれたバフ。ハッカ油をたらして腕に巻き、虫除け代わりと、汗拭きに使っています。右手で汗拭くたび、エマの

歩かないで走って!
限界超えるのがトレランだよ!

という2年前のスパルタレースが思い出され、足が恐怖で前にでます。この、思わず足の出るアイテムを身につけるシステムは非常にオススメ。

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補給は比較的得意です。胃腸が強いわけではない私が、今まで熱中症、インシュリンショック、嘔吐など、補給関連のトラブルには一切見舞われたことがなく、足が攣ることもなく完走できているのは、もちろんそこまでハードなレースにでてないからかもしれませんが、上手に補給できてるからなのかな、と思っています。

・ハイドレにポカリ1リットル
・ボトルに麦茶600ml
・天気が良いときは炎熱サプリを積極的に
・ジェルは基本magonを1時間に1本
・まじでキツい時にここでジョミ
・2時間に1本のmagma

これに加えてエイドで固形物を食べています。特にお米を食べると本当にすごく元気がでるので、食べたくないな、と思っても食べるようにしています。これでトラブル一切なく乗り切れています。マグマ大使エマちゃんから安達太良トレイルのレース前に餞別にもらったmagmaも持っていきました。

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この日も餃子食べてた

回復系サプリは効果がよくわからなくてずっと興味がなかったけれど、とにかく甘いジェルばっかり摂取するレースにおいて、抹茶味というこの味がとてつもなく気分転換になり、ほんとに救われました。

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さて、十分かと言われれば、十分じゃない準備でした。レース前には悪あがきに内田治療院で鍼ぶっさしてもらい、突如ポチったランブルローラーもどきでとにかく筋肉をほぐしました。

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赤い斑点は虫刺されではなく鍼の跡

雨を理由に走れなかった日々。
たくさんの言い訳を考えながら過ごしましたが、とにもかくにもレースは始まるわけで、わたしは3年目の斑尾フォレストトレイルの新たなスタート地点に立ちました。

(後編につづく)


オトベ斑尾三部作―プロローグ―

MMA Blogを読んでくださっている方ならば覚えていらっしゃいますでしょうか。わたしをなぜか軍曹と呼ぶ山ガール、“オトベ”を。

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このひとです

もともと山を始める前からの友人で、わたしが先にトレイルランニングを始めたのですが、彼女がcolumbiaに勤めるようになり、『わたしもトレランやる!』と言い出して、2年前の2014年の斑尾高原トレイルランニングレース16kmを一緒に走ったことが彼女のトレイルランニングライフのはじまりです。

初めてのレースなのに、全力出し切り猪突猛進タイプなわたしと一緒に走ることを選んでしまったが故に、初レースで散々な目に遭ったんだ!!!と今でも言われるのですが、その時の記録がこちら。

オトベ、が、斑尾を走った(オトベ編)
http://mountain-ma.com/emma/2014/10/16/otobe/

そんなわけでもっと景色見たかったんだとか、エイドでゆっくりしたかったとか、心臓飛び出そうだったとか、今でも散々文句を言われるのですが、おもしろいのが彼女のその後です。そんなに辛い思いをしたらもう二度とやりたくないと思うのが【普通】だと思うのですが、トレイルランニングにはまる人は、あなたもあなたもあなたもあなたもあなたも自覚があると思いますが、

【変人】です。

もう一度言います、【変人】です。
最上級の褒め言葉ですよね。彼女ももれなく変人で、その後黒姫、ハーフマラソンに出たりして、2年目の斑尾でもう一度16kmにエントリーします。

そしてなぜか
「エマと走った時よりもいいタイムでゴールする」
と言って、
本当に達成していました。

オイもっとゆっくり楽しく走りたかったんちゃうんかい、と。だけどその謎のチャレンジ精神はなかなかの漢です。さらにその後も名栗、戸隠、黒姫など “独りでも” 大会会場に行って走って、そしてついには今年9月には結構ハードなコースと言われるOSJ安達太良50Kを完走。いつのまにかどんどんエントリーして、どんどん距離も獲得標高も伸ばして、あっという間にかつてのオトベからは想像もつかない、ひとりのトレイルランナーになっていました。漢の中の漢です

そして今年。
満を持して彼女がもう一度あの場所へ。

その舞台は斑尾50K。
2年前、悲壮感溢れる姿で走った斑尾。その約3倍の距離に挑戦すると。

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ほら見て、2年前こんなだったよアナタ。

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漂う悲壮感

ウルトラトレイルに人気が集中するなかでも彼女はいたって冷静かつ堅実で、着々と自分のペースで力を付けて自分の目標へ向かっています。周りに左右されることのないそのスタイルがとても好きです。地道な努力が苦手ですぐ飛び級したくなるわたしは見習うべき姿勢です。

彼女が完走するか否かなんて実はまったく心配していません。オトベなら完走できる。だから、出し切ってきてほしい。いつもマイペースな雰囲気のオトベが発狂しながら走っていたら面白いなって。知ってるぞー、とりあえず完走できればいいや、タイプじゃないでしょうー。楽しんできて、2年前のあの時と同じように、「まじ辛かった」というくらい。

自分の限界を越えてきて。
自分のライバルは自分だよ。

そう念じて彼女を送り出しました。さて、彼女の2年越しの挑戦はどうだったのか。彼女のレポ―トをお楽しみに。


“負けたことに、負けない” ―信越五岳2016の記録

「ごめん・・・ほんとにごめん。」

目を赤くして言う彼女を抱きしめて謝らなくていいよ、頑張った、よく頑張ったと励ましたけれど、彼女は何度も布団に突っ伏して、うぇ~と泣いた。

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私が出た初めてのロングレース、信越五岳トレイルランニングレース。
1年目は台風で悔しい8Aまでの特別完走、リベンジを誓った2年目は抽選落ちでそれでも何かしら関わりたいと思いボランティアに、3年目はTDSの後で苦しい展開で完走、4年目となる今年は初めてのペーサーエントリー。

相方は、“山仲間”。初めて2人で縦走した時には偶然同じシャツを着てきて良い年して双子コーデになったり、山に行く時にはいつも爆笑井戸端会議で山どころではなかったり、私が怪我で走れない時に街歩きに付き合ってくれたり。年齢的にはお姉さんだけれど馬鹿な話をしたりふざけあったりできる大切な仲間。

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初めて会った時には一昨年のIZU TRAIL JOURNEYの後で、彼女はDNF(リタイア)だった。関門時間を間違えていたことと、そもそもあまりテンション上がらなかったというようなことを言っていて、正直なところ「楽しくないのかな」と感じたのを今でもはっきり覚えている。それ以降、彼女は山の麓に引っ越し、高山にも登るようになってそれまで以上に山に没頭するようになり、めきめきと山力を上げて、レースでもSTY、おんたけ100などを余裕のタイムで完走するようになった。レース後に話を聞くと、あの時とはまるで別人のように目を輝かせ、こんなことが楽しかった、あんなことで笑えてね、とキャッキャと話してくれるその様子に「すごく楽しんでいるんだな」と感じるようになった。きっと彼女なら完走できる、一緒に走ったらどんなに楽しいだろう、限界を超えてみてほしい、そう思って信越のペーサーをやらせてほしいと私から声を掛けた。

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そうと決まれば、わずかながら私のロングレースの際の持ち得る工夫や対策をすべて彼女に伝えた。これまでの彼女が出走したレース展開の特徴、強み弱み、補給食の得意不得意、最近の怪我や故障の傾向、当日のペース配分、パッキングリスト、サポートエイドで何をしてほしいかなど綿密に計画した。

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この夏UTMBを控えていた私。山岳会の山行中心に過ごした彼女。お互い山行は積みつつも一緒にトレーニングする時間はあまり作れず、UTMBからの帰国後に1度だけ日帰りのトレイルランニングに行ったきりになった。登りではやや不安が残ったものの下りは私が思っている以上に快調な走りで、仕上がっているな~ついていけるかな~と思ったほど。一緒に練習はしていないものの、イメージを共有すべく幾度かの打合せと作戦会議を経てレースを迎えた。

けれどもっと想定できることがあったのかもしれない。1年目に台風を経験しているので悪天の話もしていたものの、信越は暑さやハンガーノックに多くの選手が苦しむ大会というイメージが私の中で定着していて、豪雨の想定と対策まではほとんどできていなかった。

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現地入りしたレース前日。台風の予報は外れたものの、願い虚しく天候は悪化していくばかり。睡眠時間を十分に摂るために早めに宿に入り、前夜祭までにお互いパッキングを済ませた。前夜祭から宿に戻ってパッキングをしているとなんだかんだで寝るのが22時くらいになる。朝3時〜3時半起きと考えると、前夜祭から宿に戻ってすぐ寝れるようにしておくのが賢明だからだ。毎年仲間がたくさん参加する信越は宴会になりがちだけれど、今年は天候もあってかみんなややナーバス。窓の外の豪雨とは対照的に静かな夜になった。

レース当日。こわばる表情を見せつつも会場で用意される朝食をしっかり食べて、元気な様子。緊張は、するものだよね。と、お気楽モードなペーサーの私。一緒に緊張しても仕方ないので出来るだけ普段通りに接して、少しでもリラックスできるように心がけた。でも、緊張感もまたレースには時に必要で、緊迫した中で「ヤバイ」という気持ちが背中を押してくれることもある。そういったある意味追い立てる(not追い詰める)話はしなかったように思う。

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スタート時は前夜からの雨が止み、くもり空で、走るにはちょうど良い気温。予報が外れることの多い秋の空。多くの選手、ペーサー、サポートがすこしだけ希望を持ったかもしれない。

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けれど残酷にも再びの雨。スタートを見送り、次に会えるのは23.9km地点、2Aレストランハイジ。私達が2Aに着く頃には土砂降り。レストランハイジ前は瞬く間に車のタイヤも空回りする泥沼になっていた。

「トップ選手もお尻が泥だらけだよ!」

えっ?
一般ランナーよりはるかにバランスがいいはずのトップ勢が泥だらけで2Aに駆け込んでくる。その汚れっぷりは選手が増えるにつれ益々派手になっていき、ついにはランパンが破れてお尻に泥と血が付いている人や、前から突っ込んでしまったのだと顔まで泥だらけの人。暑さ対策のかぶり水は泥落とし用の水となり、大きな水の樽の周りに選手達が群がった。水を掛け合う選手達。ひっきりなしに水を運ぶボランティアスタッフ。選手達は斑尾山からの下りが滑り台と化していると口々に言う。仲間達が予測タイムより遅れて入ってくる。

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来ない、まだ来ない・・・。1人、また1人と仲間を見送るけれど、相方が来ない。やきもきしながら待ち続け、想定の20時間ペースから1時間経ってもまだ来ない。そこからさらに完走22時間ペースよりも30分遅れで2Aに飛び込んできた。泥だらけで滑って走れないという。私自身が相当焦っていたのかもしれない。彼女から後半追い上げタイプだと聞いていたこと、テンションを下げないようにということくらいしか考えられていなかったことが最大の反省で、タイムマネジメントができていなかった。

「大丈夫、大丈夫だよ。このコンディションでいいペースで来てる。後半で追い上げよう!」

私の口から出たのはそんな言葉で、あとは、袴岳の登りは短いからパワーウォーク、下りは林道が長く、その後ロードが少しあるからそこは巻き返しのために一生懸命走って!というようなアドバイスをしたと思う。足は残っているから頑張る、と言って元気に飛び出して行った。

なぜ、完走ペースよりも遅れていると伝えなかったのだろう。もっと危機感を与えるべきだった。せっかく作ったペース表を見ているようでちゃんと見ていなかった。冷静になるべき私が全く冷静になっていなかった。終わってから後悔しても遅い、ペーサーとして全く役割を果たせていない。この時点ですでにペーサー失格だった。

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サポートする仲間の前後の差が開いてしまったことで、次の応援ポイントの3Aでは相方に会えなかった。完走タイムを大きく左右する3A~4A。特に今回はトレイルのコンディションが悪かっただけに、わずかな走れる区間、関川の走りは後方選手にとって重要だったように思う。一瞬の晴れでまたも期待した天気は結局大雨に戻り、その後の走れるはずのトレイルではズルズルでかなり渋滞したらしい。メッセージを送ったけれど、見ている様子はない。彼女の頑張りを信じて祈るしかなかった。

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4Aへ入ってくる選手の声を聞くと、このあたりから明らかに得手不得手で差が出始めた。『予定よりも早く来たよ!』と嬉しそうに到着する選手、『もう予定より1時間も経つのに来ない・・・』と嘆くサポートのところへ『ヤバイ、全然走れない・・・』と青い顔でトボトボ入ってくる選手。止む様子のない雨に加え、蜂の襲撃もあったようで、第一関門にもなっている4Aではサポートの人達も一様に大混乱だった。

例年であれば関川で熱中症になる人が多く水でもかぶりたいところだけれど、びしょ濡れの仲間達は温かいものを欲していて、うどんや雑炊、スープを喜んで補給していた。サポートにとっては想定外で、もっとたくさん用意していればよかった。

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関門時間の15時30分が刻一刻と近づいてくる。
関門を通ったとしても、次の5Aの関門まで2時間しかない。ゲレンデ~林道登り、林道下りが長い区間。もしかしたら巻き返せるかもしれない。例年なら関門数分前に通過しても、完走している選手はたくさんいる。泥はこれまでの区間よりは多少マシかもしれない。それでもやっぱり2時間半は欲しい。せめて15時に到着してくれれば・・・。

関門など引っかからない、むしろ良いタイムを目指そう!と話していたレース前。おんたけ100kを16時間台で完走していて、走れるレースもきっと問題ない。“晴れていれば”十分に完走できる走力の持ち主だからと勝手に安心していた。まさか関門との戦いになるなんて。私が一番危機感に欠けていた。

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15時15分頃、彼女がエイドに飛び込んできた。

「間に合った?間に合った?」と言う。

「すぐ出よう!飲み物変えて、補給は?持って行く?足りてる?」飲み物やジェルを手渡しながら畳み掛けるようにこの先のアドバイスをする。

「次まで2時間ちょっと、コースは林道登りと林道下りがあるから、できるだけ走って、下りは特に足が終わってもいいから何が何でも走って!少しでも時間を短縮するように頑張って!」

「間に合う、絶対間に合うから信じて走って!」

それしか言えなかった。
かなり厳しいことはわかっている。でもおそらくもうタイム表やコースのことなどチェックできていないだろう状況の彼女には、とにかく何が何でも前に進めと伝えるしかなかった。絶対に間に合うという言葉で正解だったのか、それとももう間に合わない可能性の方が高いともっと明確に伝えるべきだったのか。こればかりはわからない。緊張感だけは伝わったと思う。ここで、やっと。

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サポート隊とペーサー勢が5Aに着いて、慌ただしく準備をする。
関門はエイドに入る時間で17時半、出る時間は17時45分締切。今日のトレイルの荒れ具合では、わずか15分でも短縮すべき。荷物の入れ替えやヘッドライトの装着どころか、着替えている暇も、補給している暇も正直全くない。全て持って、即エイドを出る。それがいいね、とサポートメンバーも皆同意した。

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より一層過酷なトレイルへペーサーと共に挑む仲間の出発を見送った。

私は、相方の後半の荷物、着替え、補給、すべて自分のザックに詰め込んだ。状況によっては彼女のザックを私のザックの中にまるごと入れられるようにと大きめのザックで来てよかった。自分はヘッドライトを着けて、いつでも走り出せるようにして彼女を待つことにした。水の補給の時間さえもないことを想定して、彼女の分の水分は予備のボトルとペットボトルを持った。1本入りきらなかったボトルを片手に、準備が整ったのは16時50分、関門までまだ40分あった。

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突然のアナウンスに会場がどよめいた。

「5Aの関門時間が、17時30分から17時になります。17時にここを出てください!」

17時まであと10分だった。
休憩していた選手やペーサー達が引き攣った顔で慌ただしく動き始め、会場はちょっとしたパニックになっていた。

信越五岳を選手やペーサーとして一度でも走ったことのある人なら少なくともどこか納得したと思う。なぜなら5A以降の登りは、晴れた日でも水はけが悪くどろっとしたトレイルで、しかも幅が狭くて急な登り。この土砂降りなら、足首上まで埋まり、川になっているだろうことは容易に想像できた。ただ、悪天候だからもしかしたら関門延長になるかもしれないという希望があったが、現実はその逆だった。完全に濁流と化しているトレイル。選手の身の安全を考えて、危険を回避するために関門が繰り上げになってしまった。

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17時を過ぎる頃、ペーサーが次々とコースを逆走して、もう間に合わない相方を迎えに走った。選手達は変電所上の誘導スタッフによって関門短縮を告げられたらしい。トボトボと歩く姿、泣いて身体を震わせながらも走り続ける姿が辛かった。17時半なら、間に合ったのに・・・。

もう一つの処置として、レース最後にある信越名物の瑪瑙山がカットされたため、5Aに間に合ってさえいれば完走まで叱咤激励して連れていく自信があった。けれど、わたしの相方は関門を迎える頃でもまだ吊り橋前だった。その後に変電所の登り(15分以上)、5Aまでの登り基調のトレイルがあり(後方選手なら30分以上かかる)、いずれにしても本来の関門17時半にも間に合わなかった。

そんなこともあって、私たちペアには関門短縮はさほど悔やむ情報ではなかったものの、17時~17時半に5Aに到着した選手にはあまりにも辛すぎる状況だった。山のスポーツは自然が相手。その過酷さや厳しい現実もまたレースなのかもしれない。

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17時半過ぎ、携帯が鳴った。

「今戻されて収容中」
「どこですか?」
「もうすぐ5Aだったんだけど、反対側に戻されて車に乗った。でも混乱しててどこにいくかわからない」

吊り橋前のところで、それ以降の選手はその地点で拾った方が5Aより近くて安全にピックアップできるという判断だったらしい。当初から想定されていたものかもしれないけれど、丁寧な対応だ。きっと選手にとっては、関門アウトだったとしても、5Aまで懸命に進みたかったと思う。特にペーサーが待つ選手は、なんとか5Aまでという気持ちは強いはず。だから5Aにすら届かずにリタイアとなった選手もまた、あまりに辛い状況だった。ただ、あの状況でもし吊り橋前のピックアップがなければ、おそらく5Aに着く頃には暗い時間帯(18時頃日没)になっていて、ヘッドライトをドロップバッグに入れていた選手には危険だった。(※ヘッドライトは必要装備品として「推奨」されている。)彼女の悔しさは、2km離れた場所でも充分に伝わってきて、心が痛んだ。

「ほんとつらい、申し訳ない」

わたしもまた、悔しさで涙が溢れた。

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ゴール地点に運ばれる彼女に会いに行くか、今も走り続けている仲間をサポートするか、しばらく迷って、サポートを続けることにした。サポートメンバーと共に、8Aに到着する仲間を温かい食べ物や飲み物で迎え、出来得る限りのことをした。

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瑪瑙山がカットになった今回、ここまで来ればゴール関門にひっかかることはないだろう。満身創痍でボロボロな仲間たちを鼓舞して、ゴールで待っているから!と送り出した。やっぱり彼女とここへ来たかった。フィニッシュゲートに場所を移し、仲間を待った。

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8Aからのコース変更部分も泥沼だという情報で、トップ選手でも1時間ちかくかかっているという。ボリュームゾーンの選手なら2時間半かかるかもしれない。

まだまだ来ないだろうと思っていたら、仲間のなかで一番前を走っていたペアから「あと数分で着く」という連絡が入り、その後も続々とフィニッシュゲートへ2時間かからずに全力で走って駆け込んできた。仲間同士の接戦もあり、ドキドキハラハラする展開で各々のドラマのなかで感動のゴールを遂げていた。いままでの信越五岳とは違って、選手達の安堵の表情が印象的だった。

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私たち2人も、ここで、抱き合って、涙するはずだった。

700人中フィニッシュゲートをくぐったのは420人。関門通過できなかった選手が多かった箇所はやはり5Aの笹ヶ峰グリーンハウスで、その数180人。例年約80%の完走率を誇る信越五岳トレイルランニングレースでは異例の60%という低い完走率となった。(5Aを通過した選手の94%が完走)

過酷な状況下では思ったより高い完走率だったようにも思う。泥のトレイルや大雨は悪天候のレースではこれまでにもあることで、その経験の違いが影響したこと、また経験がなくともどれだけ恐れず怯まずに突っ込んでいけたか、降り続ける雨と悪化するばかりの状況でもいかにメンタルを保つことができたか、ということが重要だったのかもしれない。わたしが選手だったなら、この状況を楽しみ、完走できただろうか。

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宿に帰って部屋に入ると、物音に気付いて先に休んでいた相方が目を覚ました。

「ごめん・・・ほんとにごめん。」

目を赤くして言う彼女を抱きしめて謝らなくていいよ、頑張った、よく頑張ったと励ましたけれど、彼女は何度も布団に突っ伏して、うぇ~と泣いた。

涙する彼女にちょっとほっとした。
それでいい、それがいい。あっけらかんとしているわけでも、開き直っているわけでもなく、全力で悔やんでいて、ちょっと嬉しかった。本当に必死で頑張ったんだ、めちゃくちゃ完走したかったんだなと。私なんかが偉そうに言えるような立場でもレベルでもないけれど、思いっきり悔しがって、思いっきり悲しんで、あの時ああすればよかったこうすればよかった、なんで!なんで!なんで!と自分のレースを何度も何度も振り返っては悔やむのが、きっといいんじゃないか思う。悔しくて悔しくて忘れたい、なかったことにしたいような気持ちでいっぱいだと思うけれど、きっといっぱい悔やんだほうがいい。

もう二度とこんな思いはしたくない。
絶対にリベンジしてやるんだ。
その気持ちがきっと自分の背中を押してくれるはず。だって、わたし自身がそうだから。完走できなかったその日にはさすがに伝えられなかったけれど、彼女にこの言葉を伝えたいと思った。

「負けたことに 負けない」

リオオリンピックでメダルを逃した福士加代子さんのインタビューの一節だ。すごく印象的だった。耳が痛い言葉だ。インタビューを読んで、14位でメダルを逃したことが負けと言ってるわけじゃない気がした。

完走できなかったことが負けじゃない。必死で奮闘して、必死で走って、悔しくて悔しくて涙がでるほど物凄く頑張ったのだと思う。それでもやっぱり、悔しいという気持ちを抱える選手は、どこか自分のなかで自分に負けたという気持ちがあるんじゃないかと思う。

わたしはDNFを経験した時、とにかく敗北感に苛まれ続けた。大袈裟かもしれないけれど、舌を噛み切りたいくらい情けなくて恥ずかしくて悔しくて、夢に出てくるくらい再び負けることが怖かった。自分に負けたという敗北感に負けそうだった。自分が少しずつ積み上げてきた自信が一瞬にして崩れ堕ちて、荒れ果てた気持ちから立ち直るにはなかなかの時間を要した。次のチャレンジで目標を達成した時、自分の弱さをひとつ乗り越えた気がした。それ以来、何かに「負け」ても、目を背けずに受け入れて、その悔しい気持ちをめいっぱい次の肥やしにするようになった。満足できる「勝ち」などいつまでも遠い存在なんだとわかっているけれど、強くなるにはそれしかない。

負けたことに負けない。自分を見つめて、向き合って、より強くなる。

わたしも。
次の挑戦に向けて、共に、成長したい。
来年必ず悔しい涙を一緒に払拭しよう。

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■onyourmark [負けたことに負けない 福士加代子]
http://mag.onyourmark.jp/2016/09/fukushikayoko_adidas/97073

 

―最後に
信越のことをありのままに書いて良いかと相方に尋ねたら、即答で『もちろん。風化させてはいけない記憶だから』と返事があった。彼女のペーサーでよかった。また彼女と共にフィニッシュゲートを目指したい。今年はきっと、来年の感動に向けての序章にすぎない。

 

<archive>
■信越五岳2015
信越五岳に向けて、それまでの話。
http://mountain-ma.com/emma/2015/09/
信越五岳―20時間38分のドラマ―
http://mountain-ma.com/emma/2015/10/03/shinetsu/

■信越五岳2013
はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(前半)
http://mountain-ma.com/emma/2013/10/03/sfmt2013_1/
はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(後半)
http://mountain-ma.com/emma/2013/10/03/sfmt2013_2/


【被災地支援活動】九州の方々へ、少しでも何かわたしのできることを

2016年(平成28年)4月14日21時26分(JST)頃に、熊本県熊本地方を震源とする、マグニチュード6.5(暫定値)、最大震度7の地震が発生。さらに、その28時間後の4月16日1時25分頃には、同じく熊本県熊本地方を震源とする、マグニチュード7.3(暫定値)、最大震度6強の地震が発生した。

以降、九州では余震が続いており、さっき(4/18 6:30AM)検索したら、46分前にも最大震度4の地震、と表示されていました。延々と続く余震にきっと眠れない日々が続いていることでしょう。緊急地震速報のあのけたたましい音は、何度聞いても慣れないもの。東日本大震災の記憶が蘇ります。

わたしは、阪神大震災、東日本大震災共に経験しているけれど、それでもやはり日常に慣れてしまっていざ災害に遭った時の準備ができているかというとクローゼットの奥深くにほとんど開けたことのない災害セットが入っているくらいです。多くの方がそうでしょう。

今回の震災をうけて、4月17日(日)に開催予定だった「北九州・平尾台トレイルランニングレース」は中止となりました。わたしなどが言わずともみなさん充分に知っていることと思いますが、トレイルランニングレースを開催するには長い準備期間を経て、多くの方が携わって本番を迎えるもの。レースガイドの雑誌を作る際に平尾台の見開きページを担当したのですが、特にこのレースは、全国からファンが集うリピーターの多い人気レースで、コースの美しさや応援の温かさなどが大評判なのだと聞いていました。だからこそ、参加予定だったランナーも皆きっとこの英断に納得したと思います。

まだ地震発生からわずか数日ですが、被災地支援に動き出した方々がいて、その動きの早さは本当に素晴らしいと思います。九州在住のトレイルランナーや山仲間は直接的にはあまり多くないのですが、仕事で福岡、宮崎、熊本には足を運んだことがあり、ついでに山を走ったりもしました。早起きをして仕事前に熊本城の周りをぐるぐるしたり、福岡の山地図を広げて端から端まで走ってみたり、宮崎のシーガイアを海風に包まれて走ってSPAで汗を流したり。九州には素敵な山がたくさんあると聞いて、時間をとって山旅に行きたいと考えていました。そんななかで起きた地震。わたしにも何か少しでもできることがないものかと思っていたところだったので、ショップやブランドを通して全国に広がるコミュニティを持ち主導してくださる方々を支持し、情報をシェアすることで力になれればと思いこうやって記事を投稿しています。

■九州トレイルランニング協会|【被災地支援】TRAQ オリジナル手ぬぐい注文フォーム
締切:4月28日(木)
http://trailrunning.jp/traq/report/wpmaster/1316/
まだ余震が続いておりますが、今回九州の熊本県、大分県にて発生しました地震による被害へ少しでも復興の支援になればと思い、九州の山々を描いた「手ぬぐい」の販売を行い、原価を除いた収益のすべてを義援金として募金を行います。どうか皆様のご協力をお願いいたします。
代表 高木 智史 / 椎山 宗一郎
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引用:TRAQ HPより
※手ぬぐいに加え、Buffも購入できます。

■Half Track Products 熊本震災チャリティー手拭い
締切:4月25日(月)
https://halftrack.stores.jp/items/571334ada458c08300009dab
大したことはできませんが、手拭いを作ります。一枚につき500円を義援金とさせていただきます。集まった義援金は、しかるべき団体へ送るか、もしくは物資(水やミルク、オムツなど)で被災地へ送りたいと思います。詳細は決まり次第ご報告いたします。できるだけ早く送りたいと思いますので、4月25日までのオーダーで締め切らせていただきます。※商品の発送は5月18日頃になります。
GEARHOLIC一同

引用:Half Track Products HPより

■道がまっすぐ
次回火曜ロード走(4/19)は「3k走っちゃあ」から「3k走るばい」と名前を変更し、熊本・大分の皆さまへ思いを届けるグループランを開催したいと思います。グループラン集合場所に、募金箱を設置させていただきます。募金いただいたお金は全額「平成28年熊本地震」へ寄付させていただきます。お気持ちでかまいませんので、ご賛同頂ければ幸いです。
TODAY RUNNING COMPANY 道がまっすぐスタッフ一同
引用:道がまっすぐfacebookページ

■snow peak (テント、シュラフ(寝袋)、インナーマット、銀マット の支援)
大手企業も動き出しました。既に使わなくなってしまった、物置や押入れの隅で眠っているテントやシュラフ、ご使用にならないマットなどを援助物資としての提供を呼びかけています。(実際に使用できるものに限る)現地へ直接運び、可能な限りテントの設営までするそうです。
平成28年熊本地震に伴う災害援助物資提供のお願い
https://store.snowpeak.co.jp/sp/information/information_reliefgoods.html
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■受付期間 : 2016年4月15日~4月22日
■受付援助物資として必要なもの
テント、シュラフ(寝袋)、インナーマット、銀マット 
■スノーピーク奥日田への発送もしくはスノーピーク太宰府への持ち込みにて受付。
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※“災害援助物資送付シート”(下記URLにPDFがあります)を利用し必要事項を記入の上発送すること。
※発送は元払い、他社製品でも可。ペグや張り綱がなくても可。その他注意事項は以下URLにて確認を。

■T-mountain 毎週火曜日グループラン「ASASHIRO」
https://www.facebook.com/events/942169325900553/
いつも遊ばせていただいている松山城。それはそれは大きくて立派な石垣の数々。
到底、ズレたり崩れたりするとは想像できません。。。それが今回の地震で目の当たりに・・・
九州・熊本のみなさまの少しでもお役に立てれば。
T-mountainで、毎週火曜日に開催しております「ASASHIRO」
基本的に自由参加無料ですが、しばらくの間、参加費として100円でも500円でも構いませんので、みなさまのお気持ちを義援金として集めさせていただきます。*もちろん参加費ゼロ円でも、ご参加は可能です。集まった義援金は、Traq・九州トレイルランニング協会さんを通じて、支援先を選定し有効活用させていただきます。みなさまの御協力、よろしくお願い申し上げます!!*店頭レジでも、同様に義援金の受付をさせていただいております。
(引用:T-mountain facebookページ)

■mont-bell 【アウトドア義援隊】熊本地震援助金の受付
http://about.montbell.jp/release/disp.php?infomation_id=300
銀行振込での受付、店頭、ポイント寄付などができるそうです。また、4/17(日)には早々にモンベル南阿蘇店を拠点にアウトドア義援隊の活動を開始し、テントや寝袋を貸出し。4/18にはモンベル南阿蘇店前に43張のテントを設置しているそうです。

阪神淡路大震災、東日本大震災の折にも皆さんに呼びかけさせていただいた結果、微力ながらも被災された方々のお役に立つことができました。このたび熊本県を中心としたエリアで発生した今回の地震につきましても、取り急ぎ出来ることから着手させていただきたく、ご協力をお願いいたします。
2016年4月16日
大阪市西区新町2丁目2-2 株式会社モンベル内
アウトドア義援隊 代表 辰野勇
<アウトドア義援隊とは>
1995年1月に発生した阪神淡路大震災で、モンベル代表の辰野勇が、アウトドア関連の企業や団体に呼びかけて組織したボランティア集団。東日本大震災の発生時にも組織され、多くのボランティアの協力のもと、独自のネットワークを生かし、個人や企業から寄せられた救援物資約300トンを被災地に届けました。アウトドアで培った経験や知識、そして機能的な道具が、いざというときに役立つことを実感し、野外活動に親しむことの意義を啓発するきっかけにもなりました。
引用:mont-bell公式サイト

■登山家 野口健さん「熊本地震テントプロジェクト」
http://www.noguchi-ken.com/M/2016/04/tent-project-2016.html
ネパール大震災の際、現地ヒマラヤにいた野口さん。その経験やその時の震災基金で救われた野口さんやシェルパの方々の想い。恩返しをしたい、とプロジェクトを立ち上げたそうです。すでに100張のテントとコールマンからの無償提供のマットが岡山県総社市経由で現地(熊本県増城町の避難所となっている広安小学校)へトラックで届けられる手配となっているそうです。第二弾、第三弾と続けるためにテント、テントマット、シュラフなどを支援物資として募集されています。
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●募集物資:テント・テントマット・個人用マット(銀マット・インフレータブルマット)・シュラフ(寝袋)
※テントは部品(できる限り説明書も)が揃っていて設営可能なものに限る
※テントには使用可能人数・寸法(例:○人用、270cm×270cm、等)を明記した紙を添付
※サイズ、数量は問わず
※新品、もしくは劣化がなく清潔なもの
※運賃元払いで発送
●受付期間:2016年4月20日〜4月27日
●送付先などの詳細は以下URLへ
http://www.noguchi-ken.com/M/2016/04/tent-project-2016.html
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昨年4月25日のネパール大震災。僕はその時、ヒマラヤにいました。ヒマラヤ山間部の集落にある家屋が倒壊していきました。余震が続く度にまた更に、また更にと。あの時に感じた無力感は忘れません。被害の余りの大きさに途方に暮れました。しかし、そんな僕を救ってくれたのは日本の皆さんでした。「ヒマラヤ震災基金」を立ち上げたら日本中から寄付金が集まりその中には九州の方々も多く含まれていました。その基金でとても多くのテントを作り多くのシェルパ達が暖かい夜を過ごせた。
シェルパ達は僕にとって家族です。この恩は生涯忘れません。昨日、シェルパ達から「ネパールの地震の時に日本のみんなに助けてもらった。少ししかお金がないけれど今度は僕たちが助けたい」との連絡が入りました。震災は残酷で我々に試練を与えますが、しかし、こうして生まれてくる人と人の輪もあります。シェルパ達の気持ちを日本の皆さんにお伝えしたい。
そしてネパールを助けて下さった日本の皆さんに恩返しをしたい。これがこの度のテントプロジェクトの原動力です。
第一弾に100張りのテントを次の金曜日に被災地に届けられる事になりました。これからも第二弾、第三弾と続けていきます。その時々で求められるニーズも変わってくる事でしょう。まずはテントを中心にやります。この活動にご賛同くださる方々、どうかよろしくお願い致します。
野口健
引用:野口健さんHP、facebookページ


■【受付終了】EDIT design&supply 九州ドボンクラブ チャリティーステッカー
150枚に達し、受付を締めきり、合計83,500円を平成28年熊本地震災害緊急支援募金として南阿蘇村に「ふるさと納税」として支援するとのことです。

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九州には素晴らしい山々があります。そして素晴らしいハイカーもたくさんいます。残念なことに地震で被災された方もたくさんいます。九州のハイカーの集まり“九州ドボンクラブ”昨年ステッカーを作成させて頂きました。地震の一報で真っ先に思い浮かんだのが彼らの事でした。ちっぽけな事かもしれませんが、僕たちのできる事を。九州の皆さんと笑顔でハイキングできる事を願っております。今回、チャリティーとしてステッカーの売上全額を寄付させて頂きます。現在、寄付先は決定しておりませんが、平成28年熊本地震災害緊急支援募金として南阿蘇村に「うるさと納税」として支援するなどを考えております。

(引用:EDITオンラインショップ)
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トレイルランニング、ランニング、アウトドア、共通の趣味を持つ仲間が立ち上がり何か少しでもできることを、という動きに心から賛同します。そのほかamazonの欲しいものリストやふるさと納税など様々な情報が入ってきています。ちゃんと現地に届くのか、どんな風に使われるのかなど東日本大震災の時のことを考えるとなかなかもどかしい部分、複雑な部分もありますが、大きな被害を受けていないながらも2つの震災を経験したものとしては、それよりもなによりも、まず少しでも力になれることはないかと動き出そうという気持ちもまた助けになるような気がしています。

また新しい支援の取り組みを見つけたらここへ更新したいと思います。いまはまだ、大変な時期だと思いますが、時期をみて九州のみなさん自慢の山々へ足を運びたいと思います。

被災地の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
(2016.04.18)


みんながみんな英雄

元旦に山から帰ってきて、たまには寝正月をしてみました。
実はゴロゴロうだうだしながらひたすらテレビを見ているのも好きだったりします。そして関西出身なので、お笑いの番組が盛りだくさんな正月がちいさなしあわせだったりします。日中は箱根駅伝で胸を熱くしたりね。

そんな寝正月に1日中テレビを見ていて、何度も流れたCMがすごく印象的でした。

auの日本昔話のシリーズの新作です。このシリーズが好きかどうかは別として、AIの歌うオクラホマミキサーのメロディに乗せた歌詞がすごく良くて、youtubeを改めて見て、じーんと涙が出ました。あ、涙もろいんで、すぐ泣くんですが。でもなんだか、トレイルランニングをするみんなの胸に響くような気がします。

走って転んで寝そべって(笑) うんうん。振り向けば仲間がいて、悩んでは忘れて忘れては悩んで(そんな感じで身体や気持ちの波を乗り越えて)。うんうん。新しい未来が待ってる。うん。あぁ、まさにトレランのこういうところが好きなんだ~と。

みんがみんな英雄。
うん、うん。速くたって遅くたって、ゴールを目指す、みんなが英雄。

よし、今年のわたしのテーマ曲にしよう。
あ、英雄とau掛けてるのか。うまいな。

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特別じゃない
英雄じゃない
みんなの上には空がある

 

雨の日もある
風の日もある
たまに晴れたらまるもうけ

 

振り向けば君がいる
前向けば友がいる

 

走って、転んで、寝そべって
新しい明日が待っている

 

悩んでは忘れて
忘れては悩んで
明日、あさって、しあさって
新しい未来がやってくる

 

au

 


Mountain Circus5 in Niigata ―仲間と山とわたし―

全国各地の交流あるトレイルランニングチームやショップなどの仲間が集って山を楽しむローカルレース的イベント「 Mountain Circus 」(マウンテンサーカス)。 北は新潟、南は九州まで。【日本各地の地元の山を紹介し合い、山を楽しむ仲間達との交流を深める機会と場を作る】集まりで、毎回場所を変えて開催していて、その回ごとに開催場所のチームがホストとなって運営するスタイルです。

と、ここまでは、前回に参加したMountain Circus3 in Shizuoka(hosted by Mt.FUJI UNITED)の時のBlogの焼回しなんですが(笑)、5回目となる、Mountain Circus5に東京からトレイルランニングチームRUN OR DIE!!のみなさんと一緒に参加してきました。兵庫(六甲)、東京(丹沢)、静岡、宮崎、そして、新潟。

そう、今回は新潟遠征です。
主宰はトレイルランニングチームDAIGO!!

TDT参考)の時に出会った新潟在住の大樹さんのチーム。

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この方が大樹さん。あっ、ピントあってない。

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この方が・・・あ、これもピントあってない。

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ごめんなさい、大樹さん~!!ピントあってる写真がこれしかなくて・・・(笑)

でも、調子がわるくとも粘り強い走りをしていて、調子がわるくともフランクで、みんなに愛されるユニークなキャラクターと雰囲気が魅力的な人、というのがわたしの第一印象。きっと面白い楽しみ方をいっぱい知っているに違いない!MC5が大樹さんの新潟だと聞いて、即座に行こうと決めたのです。

さて、当日。東京は晴天!にも関わらず、新潟は荒天との報せ。青空からどんどん暗雲立ち込める新潟に吸い込まれるように向かいました。途中、湯沢あたりを通ったけれど、ゲレンデはまるで草原。雪の「ゆ」の字もなく。12月なのに・・・。

新潟駅から前夜祭会場へ。
全国のトレイルランニングチームが集まるわけなので、ひさしぶりに再会する人や、SNSで繋がっているけどやっと逢えるなんていう人もいて、前夜祭での交流が楽しみで楽しみで仕方ないのです。

今回のマウンテンサーカスは、初の?オリエンテーリング形式。立派な地図にチェックポイントまで書いてあるのです。そんな地図製作をしてくださったという日本オリエンテーリング協会の藤島由宇さんからの簡単ワンポイントレッスン的な地図読み講習もあり。回を重ねるにつれて色々と地元チームのオリジナリティが増していて面白い。みんなで学んでいこうよ、っていうスタイルも好き。

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整地の大切さ。たしかに地図の持ち方意外と御座なりかも。

ちなみに、レースばりの立派なゼッケンを受け取ると
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1番!!なんか嬉しい。
前夜祭では、チーム紹介があったり、抽選大会があったりして大盛り上がり。

こう見えて(?)楽しみにしているわりには意外と人見知りだもんで、あんまりたくさんの人と話せなかったけど、参加するたびちょっとずつ知り合いが増えていくゆるい雰囲気もわたしのペースに会っていて好きなのかもしれません。

翌朝。
今回の舞台は【西蒲三山】。新潟は西蒲原地方の代表的な三山(国上山・弥彦山・角田山)を繋いだ縦走コース。ワンウェイ(スタートとゴールが別の場所)のため、車を置くためにゴール地点の角田浜へ。そして、チャーターしたバスでみんなでスタート地点へ移動します。

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修学旅行みたい!大人の遊びって感じがいい。

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スタートする頃にはすっかり明るくなり、なんだか空も明るい。みんなの日頃の行いの良さを合算した結果ですよね、きっと。

まったりとスタート。
かと思いきや、登りなのに最初からみんな爆走!ひぇ~、まったくついていけません。上着を脱いだりしているうちにすっかり置いていかれ、そのままびりっけつを走ることに(笑)ちょうど2週前にFunTrails100kを走り、過去最大の疲労に苛まれて1週間くらいロボットだったのを、すっかり忘れて呑気に参加してしまったのです。ハイ、そう甘くないわけで。睡眠不足も相まって、心拍数は異常値、まだ動き出したばかりなのに脚が張って痛い、膝関節もギシギシ。ありゃまぁ、気持ちは楽しいのに身体は絶不調~。

序盤は、短いけど激登という場所が多く『あ~もうダメ、最後まで行けないかも~』なんていうへろへろモードなわたしをAnswer4のコバちゃんが引っ張ってくれてなんとか前進したものの、一向に調子は上がらず。コリャだめだということで、一人旅を決意。

のんびり歩いたり走ったりしながらとりあえず身体をなだめて機嫌を取るモードに変更です。地図と地形を照らし合わせて歩いていたら、『楽しそうだねぇ』と地元のおじちゃんに声を掛けられる。しばらく行くと今度は作業着姿のおじいちゃんに『さっき行ったやつらと同じか。この先、迷いやすいから、まっすぐ行ったら左だから、間違えんようにね』と道を教えてくれたり。そんな優しさにどんどん元気になって、ちょっとずつ脚も動くようになるから不思議。地元の方々がほんとにフレンドリーで優しくて、ことあるごとにしゃべっていたらアメをくれて『また新潟おいでよ』なんて言われたりもして(笑)

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いつのまにか青空に。

そんなこんなで夢中で走って(歩いて)いたからか写真を撮る間もなく、ほとんどひとりで、たまに地元の方とすれ違っては「どこから来たのー?」「どこに行くのー?」なんていう声に地図を広げて見せたりして。

IZU TRAIL JOURNEYのような開けた稜線、樹林帯の下り、中盤はほとんどフラットでふかふか柔らかく走れるトレイル。踏みしめるたびにじわっと葉っぱの匂いがする原生林。遠くを眺めれば、青い海が見える。

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大きなロストもなくひとり順調にのんびりランしていたら、後ろからパタパタと足音が聞こえて振り返ると、なんとRUN OR DIE!!のランブラーさん。すっかり自分がびりっけつだと思っていて、どんな風に感動のラストランナーゴールを飾ろうか、ブービー賞あるかな?とか考えていたら、知らない間に前にいた速い人達が大ロストしまくっていたらしい(笑) スピードに乗って駆け抜ける人達は分岐を見逃し、のんびり歩いているわたしはロストしないというまさかのトラップ。いや~、ラッキーラッキー。

とは言え、たいして走れず相変わらずのんびり走るわたしをロスト組が次々抜いてゆき、結局最後のピーク角田山に着いたのは後ろから4人目くらい。

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角田山ポイント

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広い山頂。地元のハイカーさんがいっぱい。

角田山山頂近くにあった小屋では、ハイカーさんが集って飲み交わしていていかにも楽しそう。話を聞くと、みんな『灯台から上がってきたのよ。』と言う。岩場に気を付けてね~、絶景よ~、と見送られてどんな下りかと楽しみにしていたら・・・

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わっ、海!

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というかどこを下りるの!?

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ギャー!

高所恐怖症だったらちょっと足がすくむかも。海に向かってまっすぐに伸びる稜線。足元は岩。ほのかに香る海風。あの先を越えて海に下りるのです。こんなトレイル、はじめて。

ひゃーっ!ふーっ!

独りなのをいいことに大声で叫びながら、海=ゴールを目指す。なんていうロケーション。最後は、波のしずくが足元に届く“海抜0m”まで下りて、駐車場につくった手作り会場へ向かってゴール!

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最後くらいは走る

調子がわるすぎて最後まで走り切れないかと思ったけれど、そんなわけもなく、結局は十分すぎるくらいに満喫して走り切りました。ロスト祭りの中ほぼ大きなロストをすることなく、というか立ち止まってぼーっと考えたりしていたからなのだけど(笑)、Do Not Lost=DNL賞を自分に贈呈したいくらいひさびさに「地図を読む」遊びもまたお腹いっぱい味わいました。

前回参加したMC3のBlogにも書いたけど、もう一度書きたい。

また、ぜったい仲間と走りに来たい場所。

やっぱり、みんなの自慢の地元の山は面白い。百名山でもないし、東京で買える地図にも乗っていないし、電車で行くには遠いし、知らなきゃ行かない場所。だけど、同じように山が好きで、トレイルランニングが好きな“同志”なら好きに決まってる。そんな自慢のトレイル。

レースだけじゃない、仲間との山の楽しみ方のひとつのカタチ。・・・というか小難しいことはとにかく、すごく単純なことで、同じマインドの仲間と思いっきり遊ぶ、ってのが最高に楽しいのです。

明るくて爽やかで、仲の良さがたっぷり伝わってくるチーム、DAIGO!! のみなさん、ホスピタリティあふれる最高のおもてなしをありがとうございました!

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また、来ます。

ちなみに女子5位入賞でいただいた新潟名産?加島屋の鮭茶漬けがほっぺがおちるほど美味しかった。あっ、今回、女子の出走は5人。つまり5人中5位・・・すいません。MC3でも5位だったので、そろそろ万年5位を脱するべくがんばります。


はじめまして、FunTrails100K

たまにレース会場で『あ、MMAの、奥武蔵の人ですよね』と声を掛けられるエマです。こんにちは。奥武蔵に住んでる人ではありません。

わたしはいつからか「第一回大会」に興味を持つようになりました。

特にミドル以上の第一回レース。
だけどそういったレースはたいてい・・・

●情報が少ない
●その上ギリギリまでわからないことだらけ
●コースもわりとワイルドな状態だったりする
●運営がちょっと心配
●どのくらいキツイのかわからない
●だいたい思った以上にキツイ
●伝説の第一回が生まれる
●だけど長い距離ってMな人が多いから結局はそのくらいがちょうどよくて意外と翌年にあれ出たいという話になったりする

ような気がするのです。

こういった「あるある」をきっと想定しながらも、エントリーした後に憤慨している方も見かけますが、わたしにとってはワクワクする要素だったりします。情報が少なくても自分で地図を広げてみたり検索したりして調べるのも面白いし、わからないことだらけでもどんな場面でも対応できて完走できることがきっと山力であり強いトレイルランナーなんじゃないかなと思ったり、思った以上にキツくても、色々トラブルがあっても、伝説の第一回に出れるのは光栄!と思ったり。第一回は一回しかないのだから。

そして今年わたしが興味を持ったのが、FunTrails100k
どんなところが面白いんだろうかとちょっくら調べてみました。

 

■国内でも数少ない、4ポイントレース・・・という魅力?
いや、魅力というと語弊があるのはわかってます。誤解を恐れずに書いてみたけど、批判は怖い(笑)国内のトレイルレースではまだ100k以上は多くない。ましてや100mileレースはまだわずか。ポイントのために走るなんて、といった議論はさておき、一度は出てみたい100mileレースがあるならば国内外含めてやはりポイントが必要なことがあるわけで、例えば日本で一番知名度が高いだろう海外の大会UTMBなどは新たなポイント制が導入されたけれど、それでも必要なポイント数が年々上がっていて、長距離高獲得標高の大会が少ない日本国内だけでポイントを獲得するのって大変だなぁなんて思います。

そんななか、新たに4pointレースとなる(予定の)FunTrails100k。が、しかし、わたしの愛すべきホームトレイル奥武蔵もまだまだ知名度が低いのか、それとも地味~な山域だからか、エントリー開始当時はスロースタート。あれっ?と思っていたら、今年のUTMFの大量DNFの後に怒涛のエントリーがあり、一瞬で100kが締め切られたらしい。やっぱりポイントなのか云々の議論はそれでもさておき、今年のハセツネ10年越し優勝の奥宮さんプロデュースの大会。東京近郊の山では奥多摩や丹沢や鎌倉などに比べても劇的にマイナーで素朴で景観も少なく、よく“秩父の手前”扱いな奥武蔵だけど、わたしがトレイルランニングを始めた1年目からひとりで一生懸命通って練習してきた大好きな山域での大会。そんな大会にUTMFに出るくらいの強者が集うのだとしたらますます楽しみ。
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分岐に現れる「山道」とか「登山道」という道標は奥武蔵でよく見かける。知ってるがな~、と言いたくなるオチャメな奥武蔵。

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これ立てたら方向変わっちゃうんじゃないかと思うんですよね。そんな惑わせ上手な奥武蔵。(大会ではおそらくここは通りません)

 

■里山だと思ってナメてかかるんじゃないぜ的なコース設定
100kのエントリー条件は、「過去2年間で50㎞以上のトレイルランレースを2回以上、もしくは、100㎞以上のトレイルランレースを1回以上完走されている方。」。つまりポイントエントリー制ではありません。2年間で50km以上を2回であれば、意外とエントリーできる人は多いような印象。しかも、埼玉県なので、東京からも近く、関東圏のトレイルランナーにとっては、近場で開催される100kレースになる。

奥武蔵か。日和田山とか、伊豆ヶ岳とかね。里山っぽい低山?
そんな風に思っている人もいるかもしれない。(いないかもしれない)でもちょい待ちおじょーちゃん。奥武蔵って地味だけど、エグいんだぜ。こんなコンパクトな場所で100k作れちゃうんだぜ。たかが標高500m~1000mの山だと思ってちゃ痛い目あうぜ。その標高の低さで104km・累積7,617mもあるってーのはどういうことなのか、ほら、ゾクゾクするでしょ?

<参考>
UTMF:約168.6km、累積約8,337m
八ヶ岳スーパー100マイル:約160㎞ 累積約7024m?
おんたけ100マイル 約160km、累積6400mくらい?
信越五岳 約110km、累積4670m
ハセツネ 71.5km 累積4800m

変なキャラで煽ってすいません。いや~しかしよくも低山かき集めて(繋げて)7,617mも標高積みあがったなと思うんですけど(笑)、つまりは、めっちゃめちゃギザギザギザギザギザギザギザギザザザザなんです。最初に登る武甲山が5~6kmで標高約1,000mUPだけど、そんなどーんとでっかい登りがむしろ後半恋しくなるんじゃないかくらい、も~ギザギザしつこいんじゃぁあああ!!!って気分になる気がします。

私は何より、地図の中にさらりと潜んでいる「飯能アルプス」の部分が恐怖でなりません。高低図では危うく下り基調だと錯覚しそうな魔のゾーン。あれをどのくらいの時間巻けるんだろうかと・・・。

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今回のコースで最も標高の高い武甲山

 

■後半では、MのためのどこまでもMなご褒美が待ち構える
我こそはMだという方にもうひとつ朗報です。
奥武蔵ウルトラマラソンってご存知でしょうか。真夏に開催されている78kmのロードレースで、奥武蔵の峠をどーーーんと標高上げるだけ上げて、くるっと折り返して戻ってくるという真夏のドM灼熱レースです。その、奥武蔵ウルトラのコースはロード脇にずっとトレイルが走っているんです。そう、FunTrails100kでは、その奥武蔵ウルトラのコース脇のトレイルが、70km以降にMなみなさんのためのご褒美かのごとく用意されています。ゾクゾクします。(背筋が)

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奥武蔵ウルトラの高低図 (スポーツエイドジャパンのHPの案内から拝借)

 

制限時間は厳しいのか
ここからは私の勝手な計算なので、あくまで個人の意見として適当に聞き流してほしいのですが・・・。今回のFunTrails100kのコースは、山と高原地図【奥武蔵・秩父】の中にすっぽり収まっています。つまり、登山コースタイム(歩きの場合の所要時間の目安)が判るわけです。これは、わたしのような関門に追われがちなランナーにとってすごくわかりやすい指標だと思います。なぜなら今回のレースのエントリー条件を満たすくらいのトレイルランナーにとって、練習の際にちゃんと地図を見て山を歩いて(走って)いれば、調子がいい時にはコースタイムの何%で、バテると何%くらいに落ちるといった風に、自分がだいたい登山コースタイムの何%くらいの走力なのかを把握しているはずだからです。一部ロードを通るコースは地図からわかる距離と高低図の傾斜をもとにおおよそ想定して算出するしかないのですが、関門の区間ごとにコースタイムを合計して、関門までの時間と比較することができます。

一定のペースを保てないわたしが100kでのペースを平均することなどほとんど意味をなさないと思うのですが、それでもあえて言うならば、(休憩時間を除いて=一切休まない状態で)平均してコースタイムの70%以下で走れなければ関門アウトになるんじゃないか、というのが私の予想です。

70%なら早歩き+下りの走れるところを走るでクリア?いやあくまで『休憩時間を除外した計算』なので、これにエイドやドロップバッグのポイントでの休憩が加わることを考えると・・・うーん。100k超のレースで、夜間や後半、どの程度のスピードで走れているか。歩けているか。トボトボ歩きは登山コースタイムを上回るはず。これを厳しいとみるか易しいとみるか。自分の作ったタイムスケジュールには、休憩時間も考慮して、前半~後半で傾斜をつけ、登りや下りも考えて各エイド間をざっくり何%くらいで進むべきかという計算をしました。

それをまじまじ見つめながら、やってみるしかないな~という心境です。正直、8月のTDSに1年のコンディションや気持ちを合わせ、そこから随分経ってしまった今、ここまで準備してもちゃんと完走できるのかは心配です(笑) ストック使えないからなぁ。わたしの場合、登りでどれだけ貯金を作れるかだなぁ。

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どうせたいして見ないんだけど、地図やタイム表を作るのが好き。というかただ単に、作る工程が好き。ラミネートしてパンチングして、ザックからすぐ出し入れできるようにする。これはTDSの時のもの。

 

■コースの真ん中に、電車がドーン!応援にうってつけ?
もうひとつ、こりゃいいなぁと思ったことがあります。それは、もしかしてすごく応援しやすいんじゃないかということ。FunTrails100kのコースは、西武秩父線という飯能から秩父を繋ぐ沿線の線路をぐるっと囲うようにコース取りされています。奥武蔵の山々は、この西武秩父線の各駅を下りて比較的近いところにトレイルヘッドがあります。

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Funtrailsのfacebookから拝借、線路に青、駅に黄色を入れてみました。

つまり、各ポイントまで駅からちょっとハイキングして、下山したら電車に数駅乗ってまた次のポイントに行くということができるのです。また、山と高原地図に載っている範囲内なので、応援ポイントまでの歩きのコースタイムやルートが判りやすい。これも便利です。ただし注意すべき点は、電車の本数はさほど多くないので(笑)、適当に下山すると時間帯によってはかなり電車を待つことになるため、ちゃんと時刻表を見て計画しておく必要はあります。(夜は当たり前ながら電車が終わってしまうので、夜の応援は車がないと辛い)

ちなみに、ちょっとアクセスが悪いけれど、名栗湖のさわらびの湯や、休暇村奥武蔵のこもれびの湯、横瀬の武甲温泉など温泉がいくつかあるので、1~2カ所応援して、温泉に入って帰るなんてこともできるかも。連休ヒマだわ~っていう人は遊びに来てみると面白いかもしれません。(選手への直接的なサポートは指定されたエイドなど場所が限られています。)

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このほかにも、実はコース上に結構見どころ・画になるスポットが多いとか(武甲山、名栗湖、竹寺、子の権現、顔振峠、高山不動尊、関八州、金昌寺)、エイドでカップラーメンやらお茶漬けやらフルーツポンチにミニシュークリームまで出るらしいとか、HPには載っていない魅力がたっぷりな予感がします。

100kの参加人数は約500名。おそらく、一人で走るシーンも多くなるような気がします。シングルトラックが多いけれど、制限時間を考えると渋滞しなければいいなぁ。そのへんは当日にならなければなんとも、ですね。

1人で山に登るのが好きですが、さすがに普段夜には行かないので、夜の奥武蔵をレースという恵まれた環境の中で走れるのも、行き慣れた場所の違う顔を見るようでなんだかワクワク。いや、夜走るのが怖い場所も結構あるな・・・。知っているだけに(笑)

書き連ねたFTR100の魅力、実際にはどうだったのか。走ってみてまたレポートします。(あ~完走できますように)

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ギッザギザ~。累積7600mもあるように見えない。(FunTrailsのHPより。)


おひとりやま―リトル比良to比良山系縦走―後編

(前半のハナシはこちら

とりあえず武奈ヶ岳へ来たものの、登山者がとにかく多い。稜線は風が吹き付けて寒く、ちょっと写真を撮ったら早々に退散。

武奈ヶ岳からコヤマノ岳方面に逸れると一気に人がいなくなった。トレイルが通れないほど、あんなに人がいっぱいいたのに。夢を見ていたみたいだ。

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再び、静かな森になる

後半の武奈ヶ岳から蓬莱山までは、前半とは全く違ったトレイルで、わたしを興奮させるトレイルのオンパレード。何がというと、まずなによりも、武奈ヶ岳のメインルートから外れた瞬間に突如として道標もトレイルテープも「なんでやねん!」というくらい少なくなった。

深い森に迷い込んだような道標の少なさと目視では判断つかないトレイルに、たまにすれ違うハイカーは低山なのに殆どがGPSを手にして立ち止まってキョロキョロ。わたしもコンパスと携帯のGPSと地図で頻繁に場所を確認しながら進む。

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うーんと、これは渡渉するのかまっすぐ行くのか

滋賀の山では、とにかく道迷いによる遭難が多い。この日は特に、GPSやMAP、携帯で位置確認をしながら歩いている人を何度も見かけ、その意識の高さ?には驚くばかり。細かいルートがたくさんあり、人が良く通る場所以外はほとんど整備されておらず自然そのもの。そもそも奥多摩などに比べれば登山者の母数がきっと圧倒的に少なくて、当然トレイルには落ち葉が厚くかぶっていて、パッと見ではトレイルが見つけられない。

比較的重要な分岐にすら道標やテープが全くなかったりして、あれ?おかしいな、見逃したっぽいなとウロウロして、地図を読んで山を見て、探り探り歩いてみる、なんていうシーンもあった。いやはや、おもしろい。(コンパス直進みたいなことしてるおじさんいたけど大丈夫かな・・・)

あっという間に着くかと思った下り基調の『金糞峠』までえらく時間がかかって到着。ちなみにこれ、フツー “きんぷんとうげ” って読むと思いません?・・・カナクソ峠らしいです。カナクソって。関西人らしいわ。

そんな金糞(かなくそ)峠からは、なぜかやたら細くて崩落ぎみの激登りを経て堂満岳へ。湖に近づいてきたことでまた岩山に。実は武奈ヶ岳も堂満山もルート的には全然登らなくてよかったのだけど、なんだか“せっかくだから比良山系の頂をぜんぶいただこう”というワケのわからないテンションで、わざわざピストンして山頂へ。

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男らしくてカッコイイ山

がしかし、堂満山以降もまたわかりにくいのなんの。そのおかげでちょっと時間を食って・・・その後のフラットなトレイルに入ったころにはすっかりお疲れモード。徐々に時間が迫ってくる。

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走りやすいしめちゃめちゃ気持ちがいいのだけど・・・

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ぜんぜん着かな~い(笑)はるか向こう~。

あんまりにも着かないもんで、走って走って走って。走って走って走って。ひえ~。遠い。体感にしたら10kmくらい走った気分でやっと峠に着いたと思ったら、びわ湖バレイの麓に。びわ湖バレイというと、滋賀の誇る?スキー場。今年はスカイレースも初開催された場所。

と・・・なると。やっぱ。そうだよね。うん。

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うわ~、最後の最後でゲレンデ登り。遠っ(笑)

しかも、びわ湖バレイは無雪期はゴンドラで登って来れるアウトドアパークになっていて、幸せそうなファミリーやラブラブなカップルがキャッキャウフフとそりゃもう賑やか。この寒い時に半袖短パンなのに汗でビッショビショボロボロのわたしは完全に浮いていて、ヒールを履いたふんわりスカートのママが『あの人に近づいちゃだめよ・・・』と子供をなだめそうな状態。カップルが必要以上に顔を近づけてヒソヒソ言ってるのもわかる。ええ、そうですよね。わかりますわかります。でもとりあえずわたしはあの山頂に立ちたいんですよ。

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ということで現実世界を見て見ぬフリして辿り着いた蓬莱山。

本当は蓬莱山からもう一つ先の権現山というところまで行って下山路を走ろうと思っていたのだけれど、ブーンと鳴った携帯を見ると母親から『もうちょっと早く帰ってこれないの?』というお達しが。時間切れのようです。はい。せっかく登ったゲレンデをくるっと方向を変えて、今度は激下り~。

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そして、し、か、た、な、く、ロープーウェイのお世話になる
1100円。たけぇ。

だけど、標高1000m Downの所要時間は3分でゴザイマス。あぁ、自分の脚で上げてきた標高も文明の利器により一瞬にして終わってしまう儚さよ・・・。しょぼん。

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でも苦労せずとも美しい紅葉が上から見れる

ロープーウェイで急いで下りたはいいものの、実はその後にもうひと罠あり。ロープーウェイ駅からJRの駅までの電車が出たのが1分前・・・。えー!接続してないのー!ってなわけで、電車に間に合わせるべく、アスファルトの峠を4km爆走することに。あー、よくあるよくある。大会の最後の、ゴール地点までの意外と長くて膝ガクガクになるロードっていうやつね。

図らずもなぜかレースを想定したようなプランの約34km、累積約2900m。練習にしては標高コスパのいいトレーニングになりました。ひさびさに1人でこんなに追い込んだかも。今回は時間の制限で結果的に最後の最後まで走ることになったけれど、練習で自分で自分を追い込めるようになれば、もっと伸びるのかもしれない。

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里山のギザギザは楽じゃない

いや、やっぱ、滋賀の山はいいな。
次は冬山で。

<前半>
6:50 近江高島駅 – 大炊神社 – 岳山 – 鳥越峰 – P693? – 岩阿沙利山 – 見張山? – 嘉嶺ヶ岳 – 滝山 – 寒風峠 – ヤケ山 – 大石 – タンヤマノ頭 - ヤケオ山 - フジハゲピーク – 釈迦岳 – カラ岳 – 次郎坊山 – 12:00 武奈ヶ岳

<後半>
12:00 武奈ヶ岳―コヤマノ岳 – 金糞峠 – 堂満岳 – 南比良峠 – 荒川峠 – 葛川越 – 比良岳 - 木戸峠 – 打見山 – 蓬莱山 – (ロープーウェイ・ロード4kmを経て) – 16:30 蓬莱駅