オトベ斑尾三部作―後編―

今週末は、ハセツネにKOUMIに・・・・・・きっとこれまでの自分の集大成として挑む人も多いことでしょう。はじめてトレイルを走ったあの時の気持ち、はじめてレースに出た時のあのドキドキ。はじめてフィニッシュテープを切った時の感動。足が痛くて涙をがまんしながら走った記憶。思ったような結果にならなくて悔しくてたまらなかった記憶。“走りきった”ことをほめられてたまらなく嬉しかった記憶。仲間が増えていく喜び。

初心。あなたの初心はどんな気持ちでしたか。

山が、トレイルランニングが、仲間が大好きで続けてきた、そんなようなことを決戦前にふと思い出すきっかけになったらいいなと思います。オトベの素直な文章から。

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2年かけて50Kのスタートラインに立った私のゼッケンナンバーは・・・

【435】

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残念ながらまじふつう

レースの目標タイムは特に設定しませんでした。周りにとらわれず、自分の感覚を信じて、つらすぎない状態で走ったり歩いたりを繰り返そう。トラブルさえなければ、絶対完走できる。とにかく楽しんで来よう、そう心に決めて、いざ出発です。

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スタートゲートをくぐると、最初はアスファルトの登り、トレイルとゲレンデをぐるっと迂回。途中でスタート&ゴール地点のゲレンデを横断。応援の人たちが列を作って送り出してくれる。応援される側になるのはなんだか気持ちよくこそばゆい。

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声援を抜けるとすぐにゲレンデの直登。急登を登り切ると、斑尾高原の景色が広がってくる。そして斑尾のトレイルへ入っていき、気持ちいいダウンヒルが続き1Aへ。1Aを過ぎると、平坦なトレイルが続く。

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しばらく行くと、列が止まっている。
どうやらコース上に蜂がでたらしく、レースが中断された。ちょうど前後に友達がいたので、談笑しながら待つこと30分。結局迂回することに。

ここから2Aまではそれはそれは長い林道をゆるやかに登っていく。たぶんきちんと走りこんだランナーには基本的に走れる区間。走りこんでない私にはかなりキツイ区間だ。つぎからつぎへと抜かれていく。

特に蜂で全員止まって同じ場所から再スタートを切ったわけだから、抜かれる人数も多い。けど、あせらない。ここで無理してもいいことなんて何もない。しょうがない、私苦手だもんこういう道、と割り切り、耐えながらゆっくり走ったり歩いたりを繰り返す。

あーもう飽きたなー、いつまで続くのかなー、ながいなー、つらいなー、
そう思っていると、また前で何人か止まっているのが見える。

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野尻湖だ!綺麗!

きれいな景色にテンションがあがったところで2Aへ。

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ここからは斑尾山への登りだ。最初はうねうねとスイッチバック、後半は急登。この大会では最もキツイ登り。といっても30分くらいで登頂できる。山頂そのものは残念ながら見晴らしはよくない。

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ここから少し気持ちの良い尾根を行き、そして、ゲレンデの激下りが始まる。最初はスイッチバック、すぐに、直滑降のような下り。

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このくだり結構えぐかった。調子のって爆走したら絶対足が終わるな、そう思って温存しながら下っていく。一気に斑尾山を下って3A。

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ここからはしばらく16kmのコースと同じ、ふかふかの気持ちいいトレイル。途中泥んこで足場が悪いところもいくつかあったが、気にせず突入していく。走ったり登ったり下ったり歩いたり。舗装路に出て、袴岳への登山道。今回はコース変更されたので山頂まではいけなかった。下りに入ると、また蛇行が始まる。

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綺麗な景色を理由につらくなってきた足をゆるめたりしながらも4Aへ。

4Aは待ちに待ったシャインマスカットエイド!ここでMountain hardwearの大阪ALBI店で働いてるミキティに遭遇。去年のUTMFも今年のCCCも完走している彼女。走力が違いすぎるので、ずっとずっと前を走ってると思っていた。その彼女が今、こっちを見ながら全力で微笑んでる。

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かわええ

どうやら蜂中断の時に蜂に2か所も刺された模様。一緒にエイドを出て苦手な林道登りをスタート。

え、走るんですか?

え、走んないの?

と、なぜかミキティの前を走ることに。
しばらく下って舗装路に出たタイミングでついていけなくなったけど、会えてよかった。全身ピンクのまぶしい笑顔に元気もらえた。

ここの舗装路の緩やかな登り、前を行く男性選手は全員ちんたら歩いて登り、女性選手は全員一生懸命走っていた。

強い男はいない、弱い女もいない

そんな美輪明宏の言葉をなぜか思い出す。
緩いトレイルを登って下って。辛いけど気持ちいい。

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そして希望湖へ

過去2年の斑尾では、濃霧でほとんど希望湖の景色は見えなかったから、今年は晴れてよかった。16kmだとこの希望湖の関門を右に折れるのだが50kmはここから毛無山を登っておりてくる。毛無山の登りは、たらたら続く登りで、本来なら得意な登り。ガシガシ登れるはずが、30km苦手なフラットをメインに走ってきた足だとけっこうキツかった。

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毛無山山頂

ここから気持ちよいブナ林のトレイルを下り、希望湖へと戻る

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綺麗な景色

そして突如現れる石川弘樹。「もう大きな登りは終了ですよ」そう声をかけてもらう。たまたま後ろから選手が来たので一緒に写真撮ってもらったんだけど、
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スタイルがよく、さわやかに微笑む弘樹。
の、隣にたたずむ乙部。
身体のバランスの悪さがもう何とも。死にたい。

そして5A。最後のエイド、残り7km。たくさんエイドで補給し、走り始める。ここからゴールまでの道のりは、16kmのコースと一緒なので、2回も走ったことあるコース。なんとなくわかる。わかるけど、わかるからなのか、ここの最後の7kmがほんとにほんとにほんとにつらかった。

正直ゴール制限まであと2時間近くあった。このあと急登も激下りもない。完走は間違いない。登りだったらあきらめがつく。下りだったら爆走できる。

けど、斑尾のラストは最後の最後の最後まで、登ったり下ったりフラットだったりを繰り返す。がんばれば走れるコースだけに、歩くのが悔しい。残り7kmなんだ、歩くな、と自分に言い聞かせても、どんなに気力をふりしぼっても、エマの顔を思い出しても、感動のゴールシーンを思い描いても、思うように走れない。足がとまる。とにかく長く感じる。行っても行っても距離が縮まらない。

辛い、苦しい、疲れた、もう歩こう、いや、走ろう、走れない、悔しい、そんなとにかくいろんな感情がぐるぐるし、処理できなくなった感情は自然と目から涙としこぼれでてきた。

せめて、ボトルに少しだけ残ってる麦茶飲み干して元気出そう・・・そう思ってボトルの蓋を開けようとしたら、両腕が攣りそうになった。・・・腕かよ!!泣きっ面に蜂とはまさにこの瞬間。
この最後の1時間は間違いなく私の人生で一番つらい1時間だったと思う。そうして戻ってきた斑尾の街。斑尾の景色に安堵し最後のロードを走っていると、街中にたくさんいるボランティアの方々地元の方々に「あと少しですよ、がんばって!」という言葉をかけられる。また感情が高ぶり、涙があふれてくる。

2年前、私はこの最後のロード区間、マジで追い込まれ過ぎて(鬼に)、このボランティアの方々の優しい言葉に

「2kmってぜんぜん少しじゃねぇし!」

「まじがんばってるし!むしろ死にそうだし!」

「とりあえず心臓が口から飛び出そうです!」

あの時は余裕がなさ過ぎて、私の心の中には禍々した感情がうずまいていた。けど、今年は大丈夫だった。ちゃんと感謝できた。よかった。みんな優しい。最高。がんばる。最後のロード、涙をぬぐいながら駆け下りる。

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最後の最後まで登らされる。もうすぐそこにゴールが近づいてきている。最後のゲレンデの下りは自然と笑顔がこぼれる。

そしてついにゴール。

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記録は7時間36分。早くも遅くもない記録だった。けど、最後笑顔でゴールできてよかった。

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 斑尾フォレストトレイル50km、辛かったけど楽しかった。

至極普通な感想ですが、それに尽きます。今回の完走率は93%。語られすぎてて改めて述べる必要なんてないかもしれないけど、斑尾の完走率が高く、初めてのロング(ミドル?)レースに適しているといわれるおすすめの理由をまとめてみました。

①   走りやすい
50kmは決して短くない距離だけれど、レース中大きな登りが1つ、中くらいの登りが2つしかない。一番高低差のある斑尾山の登りも、1時間もかからずに抜けられる。それ以外は緩やかなアップダウンの続く林道やフカフカのトレイル、綺麗なブナ林や湖畔を走り抜ける。標高も高くないので、山の経験があまりなくても、ロード練でカバーできるし、私のようにこつこつ走れなくても、登る筋肉(スタミナ?)つければ、必ず完走できるコース設定でした。

②   関門が厳しくない
6時半スタート、15時半がゴール関門。太陽が昇ってからスタートし、太陽が沈む前にゴールするので、ヘッドライトなどの装備はいらない。睡眠不足の心配も、道に迷う心配も、眠くなる心配もなし。50kmで9時間という時間設定は、レース出るまではけっこう厳しいように感じていたけれど、レース中にトラブルなく走り切れれば問題なくゴールテープを切れる時間設定でした。

③   エイドが充実している
50kmで5個のエイド。約10kmに1個の割合でエイドがあります。エイドにはコーラ、クエン酸コンク、水、マグマ、バナナ、梨、シャインマスカット、チップスターなどたくさんの食べ物があり、そしてたくさんのボランティアの方々がいる。食べ物がコンスタントに補給できる喜びもさることながら、人の声がたくさんする場所がコース上にたくさんあるというのは、それだけでとても癒しの存在で、「もういやだ」を「もうちょっとがんばろう」に変えてくれました。

「競うだけじゃないトレイルランニングの真の醍醐味を体感してほしい」という主催者側の思いが本当に詰め込まれていて、チャレンジする人が抱える不安をなるべくそぎ落とし、完走というご褒美を用意して無事に帰ってくるのを待っていてくれる、そんな素敵な大会でした。

エマちゃんはトレイルランニングにはまる人を、愛情をこめて変人といいました。
彼女はまごうことなき変人です。けれど、私はただの変人の友人です。斑尾に完走したくらいじゃ変人になんてなれないので、どうぞ安心してチャレンジしてきてほしいです。変人しか見てないだろうこのブログでこんなこと言って意味があるのか謎ですが、私が去年じゅんこさんの完走に勇気をもらえたように、少しでも新しいチャレンジをしようと思っている人が、勇気の1歩を踏み出すそのきっかけになったらうれしいなと思っています。

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だいじょうぶ。あなたも変人です。

いいかげんみとめなさい、わたしと同類だって。類は友を呼ぶんだから。

友よ、ほんとうに、おめでとう!
<archive>
オトベ斑尾三部作―プロローグ―(Emmaより)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_1/
オトベ斑尾三部作―前篇―(オトベ著)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_2/


オトベ斑尾三部作―前篇―

オトベ斑尾三部作―プロローグ―
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/04/madarao16_1/
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こんにちは、2年ぶりの登場、乙部晴佳(通称:オトベ)です。2年前、斑尾フォレストトレイル16kmで初めてトレイルランニングのレースに出場しました。

このレースは、 走ることに1㎜も興味のなかった私が初めてチャレンジしたレースであり、ゼッケン番号893というギャグなのかな?という番号を胸に走ったレースであり、エマが一緒に走ってくれたレースでもあり、いまだに一番つらかったといっても過言ではないくらい自分を追い込まれたレースであり、エマのことを鬼と呼んだ(レース中は本気で思った)ことでいまだに軍曹というあだ名を彼女に残しているという、センセーショナルなトレランデビュでした。


なつかしいな

その記憶を残しておきたいと、エマのブログに参戦記を書かせてもらたことで、この2年の間、レースに出たりグループランに参加したりすると「エマちゃんの友達ですよね?」と声をかけられたり、「エマちゃんのブログにでてましたよね?」と声をかけられたり、世の中のマニアックな方々の記憶力には脱帽するばかりです。

そんなわたくし乙部が、2年の時を経て、今回斑尾フォレストトレイル50kmを走ってまいりました。

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気付いたらルイも会社の後輩になり、写真撮ってと頼んだら、シャッター押せって言ってるのと勘違いされるようになりました。

50kmクラスのミドルレースに出るには、走力に自信がないし、まじめに練習できるタイプでもないので、なかなか勇気が出なくて、2年間もの時間がかかっちゃいました。

今思えばそんなに怖がる必要なんてなかったな、とも思うし、2年間かけて、すごく順当に成長してこれたのは良かったかな、とも思ったりします。

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思い返せば1年前の2015年、斑尾。

私は2年連続で16kmにエントリーしていました。エマにひっぱってもらって走った1年目の記録を、一人で超えることが目標、とは言っていましたが、当時50kmという距離が未知の世界すぎて、怖くてエントリーする勇気がなかったのが現実です。

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無事PB(自己記録)を6分短縮してゴールしました。が、その裏でひとつのエピソードがありました。

じゅんこさんという友達がいて、彼女はその年、斑尾50kmにエントリーしていました。
じゅんこさんと私はその前哨戦として同年の6月に黒姫ショート13kmを一緒に走ったのですが、じゅんこさんのフィニッシュタイムは私よりも40分ほど遅く、107人中102位でした。

当時、まわりの友達から 「(じゅんこさんは)今のままでは斑尾50kの完走は難しい」 そう思われていたと思うし、私も頭のどこかで 「黒姫がこれでは、斑尾は間に合わないんじゃないかな」 と心配していた部分があります。

その彼女が、4か月間コツコツとトレーニングを積み、斑尾50kmを制限時間めいっぱい使って見事完走したのです。その頑張りはみんなの感動を呼びました。

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走ったことのあるレースで自己ベストを数分更新するよりも、できるかわからないレースにチャレンジして完走している彼女の姿のほうがずっとずっとかっこよく見えたのです。

私も来年は50kmを完走したい。じゅんこさんが完走できるなら私にもできる気がする!そう思う勇気をもらいました。それが、今年50kmにチャレンジしたきっかけです。

そして、今度はその勇気を誰かに “pass the baton” したいと思い、エマのブログに50km参戦記を再び書かせてもらうことに相成りました。それでは、長くなりそうですがはじめてまいります。

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<準備編>

私は走る、という行為自体は今でも得意でも好きでもないです。

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基本餃子食べてビール飲んでます

中学時代陸上部だったなんて過去の記憶は東京湾に沈めて海の藻屑にしました。ランナーがよく月間走行距離が何kmだ、とかいいますよね。正直私、お恥ずかしながら、走り始めて約2年月間、走行距離100kmを超えたことがないんです。だめなんです、淡々と舗装路を走り続けるのが。すぐ飽きちゃう。すぐ心折れちゃう。そんなランナーに必要な素質が皆無な私ですが、その代わり登るのは得意で、なぜか好きなんです。

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東京タワー練も楽しかった

だから、「苦手なことを克服するより、得意なことを伸ばそう」、そう思って斑尾エントリーを決めてからの1年間は積極的に山に行きました。

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今年富士山には2回登りました

そして、もう一つやったこととしては、必要に迫られないとできないタイプなので、積極的にレースに参加したり、ボランティアしたり、友人のレースサポートに行ったりして気分を高めました。最初は、レースに一人で行って、一人で帰っていましたが、いくつものレース会場に足を運んだり、参加したりしていると自然と友達や顔見知りが増えました。これは今回斑尾を走る上で、とても大きなエネルギーになったと思っています。

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特にスリピのボランティアは楽しかったな

仲間と走る。それが、トレイルランニングの醍醐味だとも思いました。それはメンタルだけでなく身体にとっても良くて、2年間かけて徐々に出るレースの距離を伸ばしながらゆっくり準備してきたので、私は今まで出たレースでは1回もトラブルに見舞われずに済み、飽き性の私にしては楽しく続けられている理由だと思います。

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<装備・補給編>

走る時も自分の好きな服装に身を包みたい。そんな人も増えてか、最近は昔よりも気の利いたデザインのランニングウェアが増えたように思います。私は、そんな自分のテンションを上げてくれるウェアやギアに加えて、思い入れのあるものを持つようにしています。

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斑尾50kmの装備はこんな感じ

例えば、エマがくれたバフ。ハッカ油をたらして腕に巻き、虫除け代わりと、汗拭きに使っています。右手で汗拭くたび、エマの

歩かないで走って!
限界超えるのがトレランだよ!

という2年前のスパルタレースが思い出され、足が恐怖で前にでます。この、思わず足の出るアイテムを身につけるシステムは非常にオススメ。

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補給は比較的得意です。胃腸が強いわけではない私が、今まで熱中症、インシュリンショック、嘔吐など、補給関連のトラブルには一切見舞われたことがなく、足が攣ることもなく完走できているのは、もちろんそこまでハードなレースにでてないからかもしれませんが、上手に補給できてるからなのかな、と思っています。

・ハイドレにポカリ1リットル
・ボトルに麦茶600ml
・天気が良いときは炎熱サプリを積極的に
・ジェルは基本magonを1時間に1本
・まじでキツい時にここでジョミ
・2時間に1本のmagma

これに加えてエイドで固形物を食べています。特にお米を食べると本当にすごく元気がでるので、食べたくないな、と思っても食べるようにしています。これでトラブル一切なく乗り切れています。マグマ大使エマちゃんから安達太良トレイルのレース前に餞別にもらったmagmaも持っていきました。

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この日も餃子食べてた

回復系サプリは効果がよくわからなくてずっと興味がなかったけれど、とにかく甘いジェルばっかり摂取するレースにおいて、抹茶味というこの味がとてつもなく気分転換になり、ほんとに救われました。

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さて、十分かと言われれば、十分じゃない準備でした。レース前には悪あがきに内田治療院で鍼ぶっさしてもらい、突如ポチったランブルローラーもどきでとにかく筋肉をほぐしました。

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赤い斑点は虫刺されではなく鍼の跡

雨を理由に走れなかった日々。
たくさんの言い訳を考えながら過ごしましたが、とにもかくにもレースは始まるわけで、わたしは3年目の斑尾フォレストトレイルの新たなスタート地点に立ちました。

(後編につづく)


オトベ斑尾三部作―プロローグ―

MMA Blogを読んでくださっている方ならば覚えていらっしゃいますでしょうか。わたしをなぜか軍曹と呼ぶ山ガール、“オトベ”を。

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このひとです

もともと山を始める前からの友人で、わたしが先にトレイルランニングを始めたのですが、彼女がcolumbiaに勤めるようになり、『わたしもトレランやる!』と言い出して、2年前の2014年の斑尾高原トレイルランニングレース16kmを一緒に走ったことが彼女のトレイルランニングライフのはじまりです。

初めてのレースなのに、全力出し切り猪突猛進タイプなわたしと一緒に走ることを選んでしまったが故に、初レースで散々な目に遭ったんだ!!!と今でも言われるのですが、その時の記録がこちら。

オトベ、が、斑尾を走った(オトベ編)
http://mountain-ma.com/emma/2014/10/16/otobe/

そんなわけでもっと景色見たかったんだとか、エイドでゆっくりしたかったとか、心臓飛び出そうだったとか、今でも散々文句を言われるのですが、おもしろいのが彼女のその後です。そんなに辛い思いをしたらもう二度とやりたくないと思うのが【普通】だと思うのですが、トレイルランニングにはまる人は、あなたもあなたもあなたもあなたもあなたも自覚があると思いますが、

【変人】です。

もう一度言います、【変人】です。
最上級の褒め言葉ですよね。彼女ももれなく変人で、その後黒姫、ハーフマラソンに出たりして、2年目の斑尾でもう一度16kmにエントリーします。

そしてなぜか
「エマと走った時よりもいいタイムでゴールする」
と言って、
本当に達成していました。

オイもっとゆっくり楽しく走りたかったんちゃうんかい、と。だけどその謎のチャレンジ精神はなかなかの漢です。さらにその後も名栗、戸隠、黒姫など “独りでも” 大会会場に行って走って、そしてついには今年9月には結構ハードなコースと言われるOSJ安達太良50Kを完走。いつのまにかどんどんエントリーして、どんどん距離も獲得標高も伸ばして、あっという間にかつてのオトベからは想像もつかない、ひとりのトレイルランナーになっていました。漢の中の漢です

そして今年。
満を持して彼女がもう一度あの場所へ。

その舞台は斑尾50K。
2年前、悲壮感溢れる姿で走った斑尾。その約3倍の距離に挑戦すると。

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ほら見て、2年前こんなだったよアナタ。

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漂う悲壮感

ウルトラトレイルに人気が集中するなかでも彼女はいたって冷静かつ堅実で、着々と自分のペースで力を付けて自分の目標へ向かっています。周りに左右されることのないそのスタイルがとても好きです。地道な努力が苦手ですぐ飛び級したくなるわたしは見習うべき姿勢です。

彼女が完走するか否かなんて実はまったく心配していません。オトベなら完走できる。だから、出し切ってきてほしい。いつもマイペースな雰囲気のオトベが発狂しながら走っていたら面白いなって。知ってるぞー、とりあえず完走できればいいや、タイプじゃないでしょうー。楽しんできて、2年前のあの時と同じように、「まじ辛かった」というくらい。

自分の限界を越えてきて。
自分のライバルは自分だよ。

そう念じて彼女を送り出しました。さて、彼女の2年越しの挑戦はどうだったのか。彼女のレポ―トをお楽しみに。


信越五岳―20時間38分のドラマ―

“ペーサー役は大変なだけで報われないため、普通は家族かお人好し、大の親友でもなければ誘いに乗らない。” 

“(ペーサー役は)むこうずねから出血し、自分の靴に嘔吐し、そして一夜にマラソンを二回完走しても、Tシャツ一枚もらえない。おまけに、ランナーが泥のなかで居眠りするあいだも起きていることを求められる。”


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SHINETSU FIVE MOUNTAINS TRAIL110km 2015

20:38:41
【完走】

決して満足な記録ではないけれど、一瞬遠のいたその二文字。家族でも大の親友でもないけれど、おそらく最高にお人好しでちょっと可笑しなペーサーがわたしに『完走』というとびきり嬉しい贈り物をくれました。

序章 信越五岳に向けて、それまでの話。

***

レース前は、正直なところ「調子がよくなかったら格好悪い」ので目標タイムを言わずにいたけど、調子良ければ18時間半、悪くても20時間切りを目安にしていた。

TDS(119km / 7,250mD+)から帰国して2週間半。猛烈に仕事に追われてジョギングさえできず、走り出してみないと脚の調子がわからない。電車に遅れそうで小走りをしただけで膝に違和感がある。そして3日前からの酷い頭痛。仲間の1人が「ナーバス」「ナーバス」とイジられていたけれど、たぶんわたしのナーバスさも、なかなかいい勝負だったと思う。でも、病は気から。できるだけリラックスした雰囲気を装って過ごした。

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楽しい仲間たち
(トレイル鳥羽ちゃん、RUN OR DIE!!、TEAM JET and more…)

テキトーに見えて(失礼)、意外とマメで真面目で心配性なわたしのペーサーは、前夜祭で「お酒は我慢しよう!」とわたしに言う。それを遮って一口飲んでみたけど、ビール大好きなわたしがまったく美味しく感じなかった。そのくらいナーバスな状態。笑える。さらには22時、布団に入るも頭が痛く、動悸が激しくて一睡もできない有り様だった。

***

当日朝。

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笑ってないのはネタなのか何なのか中途半端な3人。

信越五岳トレイルランニングレースは、日本で初めて「ペーサー」制度を採用したレース。選手が希望する場合、後半45km弱をペーサーと一緒に走ることができる。

エントリーはしたものの、ペーサーを誰にお願いしようかあまり何も考えていなかった。ひょんなことから、仲間との雑談のなかで、まだペーサーが決まっていないという話題が出たところ、ふざけたのか本気なのかその場で「俺やろうか」と言われて、あぁ、この人がペーサーだったら随分ユニークで笑えるレースになりそうだと思って頼んだのが、写真の真ん中の人。

『Born to Run』によると、たしか、 “ペーサー役は大変なだけで報われないため、普通は家族かお人好し、大の親友でもなければ誘いに乗らない。” はずなのに、彼は「マジで?マジで?エマちゃんがマジなら俺マジでやるぜ。」とやたらマジマジ繰り返してなぜか気軽に受けてくれた。

みんなの反応は、揃って
『えっ?』
だった。

彼がもう信越は4回目のベテランだという大事なことは後から知った。

***

当日朝、極限まで緊張した状態で、みんなを待たず真ん中あたりでスタートラインに立つ。隣にはスタート前でもやたらよくしゃべる縦走仲間のTEAM JETマサシさんがいた。ごめん、何かしゃべっていたけど正直何も覚えてない(笑) 左右逆側の前の方に鳥羽ちゃんの面々がいるのが見えた。

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TDSでATC storeの芦川さんから紐の結び方を教わって以来、靴ずれがなくなった

■スタート〜1A
海外レースに出て思ったけれど、ロングなのにトップ選手以外も日本人はみんな序盤が速すぎる気がする。とはいえ海外レースに1回しか出ていないのでわからないけど。信越だからなのか?とにかく前も後ろもみんな速い。その流れに乗ってゲレンデの周りをぐるっと駆け上がる。雲海と朝焼けに染まる山々が見えた。いつもなら胸のボトル部分にiPhoneを差し込んでるのに、この日はザックの中。取り出すか一瞬悩んだけれど、焦りの方が大きくてそのままスルーした。あぁ、全然自分のリズムじゃない。

沿道に賑やかな応援の人々が並ぶ花道を抜ける途中で、「女子12番目!」と言われた。100人くらい参加していると思っていたので、しまったペースが速すぎると気付いたけれど、あまりに周りのペースが速すぎてスピードを落とす具合が掴めずまま走ることになった。

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だけど、思ったよりも心拍も上がらず、なんだかすごく楽しかった
(崩れゆくわたしの様をお楽しみください)

この時、脚の調子はよく、貧血気味かと思った体調も問題ない。周りのペースにも付いて行けている。ふかふかの落ち葉と走りやすい道。すごい人数で、朝のジョグを楽しんでいる気分。思わず大声で叫んでいたと思う。

「気持ちいい!最高!」

気持ちよく走っていたら、バチッと何かが肘に強く当たり、それからすぐに頭のてっぺんにぶつかった。慌てて頭を振った後、前の方で「痛い!」という声が聞こえた。脚が攣ったのかと思っていたら続いて「やられた!」という声。すぐに近くの選手がポイズンリムーバーを取り出し、2人がかりで助けていた。

蜂・・・ですか!?

大丈夫、行って!と助けている人に言われそのまま過ぎると、50m先、さらにそのまた50mくらい先でも同じような光景。それが3回くらい続いてアワアワしていると後ろから『エマちゃーん!』という声がして、振り返るとトレイル鳥羽ちゃんのユウキさんが猛スピードで走ってきた。

『後ろにもデカイのが2匹いるから!ここは急いで抜けた方がいい!』

みるみる見えなくなっていく彼の背中を追いかけながら、こんなスピードで走ったことないというくらいに必死に走った。

■1A〜2A
その勢いのまま、1Aには16hを切るペースで着いた。予定よりかなり早い。トイレに行きたかったけれど並ぶのが面倒でそのまま我慢して通過した。完全に自分を見失ってる。

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斑尾山に登る途中で見える野尻湖

身体の異変を感じたのは、斑尾山頂に至る急登に入る手前だった。まだスタートして20kmにも満たない。大腿四頭筋(前腿)、ハムストリングス、ふくらはぎ。全部がパンパンすぎる。膨らましすぎて今にも破裂しそうな風船のよう。もうこれ以上膨らまないと嘆いてもさらにパンパンになっていく。さらに右脇腹と背中も痛い。だめだ、得意な登りが全く登れない。何人もの選手に道を譲る自分をどこか遠くから見つめながら、TDSの時とはあまりに対照的なその姿に心底情けなくなった。

『あぁ、わたしはバカなのかな?ヤバイ、これは、完走できない。数週間前に120kmも走って、調子がいいわけがない。ましてや、まだたった20kmで、あと90kmもあるのに今にも転びそうなほど脚が動かないなんて何なんだ。あぁ、オワッタ。ゆっくりいけば完走はできるだろうなんて、100kmだよ?100kmなんだよ?調子乗りすぎだ、だめだ、このままじゃ、完走できない。』

アーーーッ!叫びながら太ももを叩きほぐして、足がもつれて転びそうになりながら斑尾の山を下りた。まったくマトモに走れていなかったけど、それでもずいぶん早くに2Aに着いた。

「エマちゃん!ペース速すぎるよ!」

うん、そりゃそうだ。だって、もう脚ぜんぶが張って動かない。足底も腰も痛い。足底の違和感が一番ヤバイ。完全に“脚が終わってる”。

まだ序盤も序盤、2Aだけど、救護に行ってテーピングを施してもらうことにした。こういうのは早めに対処するに越したことはない。なにも助けを得ずに完走できりゃそりゃ格好いいかもしれない。だけどわたしは走り続けたいし、なんとしても完走したい。わかりきっていた連チャンレースでたった20kmくらいでリタイアして「仕方ないよ」なんてなぐさめられるような時の不甲斐なさに比べれば全然恥ずかしくなんてないし、エイドや救護が充実した信越の特徴を利用しない手はない。これはすごく、いい判断だったと思う。

足底と膝にテーピング、腰と腿のストレッチをしてもらった。まだ2Aなのに悲鳴をあげるわたしにきっとオイオイと思ったんだろうな。「完走のためにたくさん私たちを頼ってください、そのために来ていますから」と、わたしよりもはるかに若くて可愛いらしい女の子が力強く背中を押してくれた。

わたしが顔をしかめてテーピングをしてもらっている横にペーサーが寄り添ってくれて、なんて優しいんだと思ったら、スタッフの人となんだかどうでもいいアイドルの話で盛り上がって笑っていた。心配してくれているのかなんなのかよくわからない。まぁいいか。

■2A~3A

「速すぎるくらいだから大丈夫、だけどサボらないで!」

そう言われて、動かない脚で必死で袴岳を登った。ペーサーをとにかくめちゃめちゃ信頼して、ひたすら言われることをぜんぶ素直すぎるくらいに聞こうと決めていた。徐々に気温が上がり始めて、沢で水を汲んでは脚や頭にぶっかけて冷やしたりもした。

テーピングのおかげで足底の痛みはすっかりなくなったものの、袴岳からの長い下りではもう足のふんばりが効かなくなっていた。さらに熱中症に気を使って水分をこまめに取っていたものの、お腹を下しやすい私は案の定、完全に下痢状態で内臓トラブルに苦しむことになった。

「あ、エマちゃんだー」

後ろから声がして、moonlight gearのチヨさんと鳥羽ちゃんのゴリさんが仲良くトレインを組んで陽気にわたしを抜いていった。いやぁ、もう、脚が疲れちゃって、そう言い訳するのが精いっぱいだった。下りきった後のエイドまでのロードで再び追いついて、一緒にA3に入った。

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ご覧のとおりぐったり。

頭から水をザブザブかぶり、エイドを覗くと、ボランティアをしていたRUN OR DIE!!のアヤちゃんが笑顔で迎えてくれる。心折れ部の仲間が「鳥羽ちゃんの人達はもう出ちゃったけど、次のエイドで待ってくれてるよ!」と声を掛けてくれた。夏に一緒に練習をした大好きなハルさんがわたしよりも5分ほど先にエイドを出ていった。

レモンをかじり、麦茶とコーラを飲んで、腹痛に悶えてトイレに籠りながらペーサーにメッセージを送る。

「いま3Aで、かなり貯金を切り崩してしまってる・・・」
「後半巻き返す予定だからそのままでオッケー。フラットはサボらないで頑張って」
「20~21時間ペース、下痢ピーと足が上がらなくて結構ヤバイです」
「(いいね!の絵文字)熱中症にならないように気をつけてね」

なぜ(いいね!)なんだろう・・・と首をかしげ、優しい言葉が返ってくるかとちょっと期待した自分を馬鹿馬鹿しく思いながら、饅頭を2つポケットに入れて、バナナを頬張りながら“地獄の関川”に入った。

■3A~4A
多くの選手が苦しむ関川には自信があった。2年前にも走っているし、この長い長い河川敷がちゃんと終わることも知ってる。途中の水かぶりポイントも、最後の私設エイドがあることも知っている。黙々と走ればいいだけ、そうすればぐんぐん人を抜くことができるのだと、わたしは知ってる。

橋を渡って河川敷に入ったとたん、周りが急に歩きだした。しめしめ。河原に腰かけたおじさんが「まだ女子30番くらいだと思うよ!がんばれ!」と声をかけてくれた。こんなにもグダグダなのに、まだ30人くらいかと、なんだかやる気に火がついた。いけるかもしれない。

10mくらい前を走る、ALTRAを履いた男性がリズムよくペタペタと走っている。ちゃんとフォアフットだなぁなんて思いながら、ALTRAのシューズの裏の柄をぼんやり見つめてそのテンポに合わせて走った。意識はどこか別のところへやって、とにかくそのリズムだけを見て、ペタペタ走った。2回~3回、合計30歩くらい歩いてそのほかはスピードが遅くても全部走った。ずいぶん前にエイドを出たはずのゴリさんに追いついて、私設エイドの旗がなびくのが見えた。関川終了の合図だ。

エイドに近づくと、見たことのあるヒゲモジャな人がこちらにブンブン手を振っている。

「うぉ~い、エマ~」

思いがけなくAnswer4のコバちゃんが迎えてくれて、いつもの調子でゆるく笑ってる。私設エイドの公園にはDMJのTOMOさん(井原さん!)もいた。まさかこんなところで会えるなんて思っていなくて、しかもわたしのことを覚えていてくれて、ものすごく嬉しかった。

TOMOさんが

『走ってるうちに、TDSの疲労が抜けてきちゃうかもね。後半すごく調子上がっちゃったりして?』

と優しい笑顔で声をかけてくれたそんな嘘みたいなことが、まさか現実になるなんて思いもしなかった。あれは何か特別な呪文だかおまじないみたいなものだったかもしれない。

7kmもある関川を越えて私設エイドを出たら、ハルさんが登りを並走してくれた。なぜか関川の後に“発電所の急登”があると思っていたけれど、それはまだ先の話で、だらだらと長い林道登りから始まった。ハルさんに引っ張ってもらって歩くゴリさんを抜いたけれど、しだいに着いていけなくなって、先に行ってもらった。まだ脚が動かない。だけど、4Aにはペーサーやサポートが待ってくれている。それがとにかく嬉しくて、それだけがこの時のわたしのモチベーションで、彼らに会えることだけを考えて走った。

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林道から徐々に深い森になり、こんな場所もあった。
脚を上げるのはつらいけど、切らないでいてくれてありがとう。

気持ちが明るくなってきたと同時に、登り始めに飲んだVESPAがやけに効いて、力が沸いてきた。腿の疲労もしだいに抜けていくような感覚がして、脚が動くようになってきた。そうすると周りの人のスピードが遅く感じて、歩く人をどんどん抜きはじめた。それがまた嬉しくて、今度は「速くエイドに着いて褒めてもらいたい」そんな気分になって、気持ちのいいシングルトラックをたくさん走って走って、4Aに着いた。

■4A~5A
思いのほか早く着いたわたしを、たくさんの仲間が待っていた。
「あれ?なんか調子上がってきたの?」と言われて嬉しくなった。

IMG_4863仕事の電話がかかってきて、
「いまちょっと山を100kmほど走っていまして」と説明する。

おもむろに仕事の電話を取るわたしを見て、ペーサーが笑って写真を撮る。「走ってって言われたからめっちゃ頑張って走ってきたんだよ~!」と子供のように猛アピールしたら「いいね!頑張ってるよ!」と褒めてもらえた。がんばって走ってよかった。こういう時って、ちょっとしたことが嬉しくてがんばれるからホント不思議。

早めに出た方がいいよ、と言われたけれど、1Aで受けたストレッチのおかげで復活し始めていると思い、再び5分ほどのマッサージを受けた。ちょっと右膝に違和感を感じはじめていた。

■4A~5A
「黒姫は長いから、頑張って!・・・。」

ペーサーが言ったその頑張って、という言葉の後に“走って”という言葉を飲み込んだような気がした。同じように感じたのか周りが「登りも走れっていうの~?(笑)」と笑ったら、『いや・・・うん、まぁ。歩いていいんだけど、遅くない程度で』と真面目な声色で返していた。なるほど、走れということね。承知したよ。

黒姫の林道にもちょっと自信があった。
小股で走り、辛くなったら林道は20歩走って10歩く戦法で、歩き通しよりもはるかに進む。脚を使いすぎない程度で、ジリジリと走っていると、トボトボ歩く人をどんどん抜いて、10分先にエイドを出たゴリさんに再び追いついた。脚がくたくたのまま急いでエイドを出るのではなく、マッサージを受けてほぐしてから出発しても、結果的にはその分の10分を巻き返せたわけだ。

皆が苦しむ黒姫の林道も、あっという間に下りになった。ただ、その後のダートの下りが違和感のある膝にガツンガツンと響き、痛みが大きくなるにつれて足を引きずるように走っていたら、せっかく抜かした十数人にみるみる抜かれてしまった。

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人数制限のある吊り橋で、一呼吸置く。

下りきった後には、今度こそ“発電所の急登” 。短いけれどどんな坂なのか知らないとかなりメンタルに響く九十九折れの急登なのだ。2年前にヒーヒー言いながら登っていたらベテラン風の男性が「ここはキツイけど短くて、パイプみたいなのを2つ乗り越えたら終わりだよ。ナイスファイト!」と声をかけてくれたのを鮮明に覚えていた。足を止めて休む人を横目に1つ、2つとパイプを乗り越えた。

「発電所の後は、アップダウンのある樹林帯が長くて、その後はちょっと走りにくい牧場があって、それを抜けると5Aだ。」自分でも驚くほどその先の情景がどんどん頭に浮かんだ。2年前はものすごく長く感じた樹林帯もあっという間で、牧場も思ったよりも短く感じた。

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陽が落ちてきた。前の人が足を引きずって歩いてる。

5A手前で、ゆっくりと歩いている人に
「すいません、右抜いてもいいですか?」
と声を掛けると、元気ですねぇ、と言って譲ってくれた。

だって、ペーサーが待ってるから。きっと真面目なあの人なら「いいタイムでゴールさせたい」と思ってくれているはず。すこしでも早く着いてその期待に応えたい。予定よりもずいぶん遅くなってしまって情けないけれど、それでも1分1秒でも早く5Aに入りたい。樹林帯にめちゃくちゃでっかい猿がいて、写真を撮りたい気持ちを振り切って(笑)、5Aまで走った。

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ハルさんのペーサー、心折れ部の金光さんが迎えてくれる

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“走れる”(走らされる)信越は、
他のロングレースよりも時間の流れが早く感じた

やっと会えたペーサー、アンディさんが一言めに「10分くらいで出るよ」と言う。その声色と緊張感に、会えた感動よりもエイドを手早く出ることに脳みそが切り替わった。

5Aでは、ドロップバッグのものを広げて待っていてほしいとリクエストしてあった。寒さに備えてタイツを履いて、気分転換にTシャツも着替える作戦。すぐそばに更衣室があるのを知らなくて、『着替えたいからなんか布あるかな?』と聞いたら、大勢の人がいるここで堂々と着替えるのかと笑われた。だって、急がなきゃと思って!

この頃にはジェルが少し気持ち悪くなり始めていて、ごはんが食べたいと頼むと、サポートに来てくれてるオトちゃんが手早くねこまんまを作ってくれた。もっと、もっと食べたいと懇願してごはんを流し込み、コーラを飲んで15分ほどで出発した。

■5A~6A
ペーサーとの旅が始まるその道すがら、アンディさんが脚の調子や身体の具合を聞いてくれる。右膝が痛い、左の踝が痛い、前半のパンパンだった疲労は抜けた、下痢がひどい、胃はまぁまぁ、そんな風に報告する。

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なんだよっ、そのポーズは(笑)

「心折れ部の人が、エマちゃんは根性あるし絶対復活するから大丈夫って言ってたよ」

あはは、そうかな、今日はかなりキツイなぁ、なんて笑って話をしながら、前を走るアンディさんを追う。数か月前に肉離れをしたという右足のテーピングが痛々しい。大丈夫なのかな。

この後のレース運びについて色々と話してくれる。〝話しながらついていくだけでいい″ というのがすごく楽だった。しかも5Aで履いたタイツが疲れた脚を適度にキュッと押さえていて、なんだか走りやかった。2年前はこのあたりですでに全然走れなくて、心もすっかり折れていたけど、今は、気持ちは十分に元気。それに、「いいねいいね」「ここを走れているのはかなりいいよ」と励ましてくれる人が隣にいる。うん、まだまだ走れる。不思議なもので、あんなにクタクタだったのにみるみる元気になった。

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W1までの林道を調子よく走る

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後半のひとつめの登り、再びの黒姫。

そうだ、2年前はこの登りの前で、補給ミスをしてハンガーノックになったんだった。ポケットに忍ばせたULTRA LUNCHのマウンテンファッジを頬張りながら、晴れているのに泥泥ぐちゃぐちゃの黒姫に足を取られても気にせず登った。関川の私設エイドでTOMOさんが言っていた『疲労が抜けるかもね』のおまじないが効いて、たかが20kmで絶望に打ちひしがれていたのが嘘のように、アンディさんのなんかよくわからない話につっこんだりしながら、いつも通りのやり取りに気持ちもリラックスして、どんどん登ることができた。

だけどわたしの最大の弱点はテクニカルな下り。しかも結構膝が痛い。黒姫を登りきったはいいものの、6Aに向かう下りは、膝が痛いだの足首が痛いだの訴え、うまく下れないうまく下れないと文句を言いまくった。どん臭いわたしはドタバタするばかりで、細く引き締まった足で軽快に下りて行くアンディさんに全然ついていけない。

「もっとステップ細かく!」「ほら、集中して!」と怒られながら、自分の下りの下手さと膝の痛みにイライラする。これまで過去2回ペーサーをした時の話を聞かせてくれて気が紛れるけど、うーん、やっぱり膝が痛いよ。

『エマちゃん、知ってる?Born To Runの。 “痛みを抱きしめる” らしいぜ。痛み、抱きしめようぜ!』

特段面白いことを言っているわけではないのに、アヒャアヒャと肩を揺らして笑いながら抱きしめろ抱きしめろと言うので、下りが緩やかになり始めたところで、試しに『抱きしめる』ことにした。

「・・・わたし、前に行ってもいいですか?」
「えぇ~~どうしよっかなぁ~~~?アハハ~。」

ついて行けないから自分が前に出たいという主張だと思ったのか、そんな調子で返されたので、ほとんど失笑で前に出て走り出した。つんのめるように痛みを堪えて下るのではなく、膝を柔らかく、できるだけ力を抜いて傾斜に任せ、いつもの楽しい時のステップを思い出して。痛みをそっと包み込む。

そうしたら、思い切って走った方が痛みが少なく感じ、徐々に足さばきが良くなり、スピードも上がって、6Aまでの下りをとにかく爆走した。アンディさんは驚いた様子で「この巻き返しはヤベー!」「超いいよ!どんどん走ろう!」と突然のハイテンションでわたしを煽り、走りやすいように並走したり前後したりしながら足元をライトで照らしてくれた。2年前、ハンガーノックでつらい思いをしながらトボトボ歩き通してしまった下りを、無我夢中で走って最高に嬉しかった。ここに、もう一度帰ってきて良かった。

6Aに着いた。2年前、台風で中断を告げられた場所だ。ずいぶん巻いてこれたと思ったけれど、後ろを走っていた仲間も間髪入れずに次々とエイドに駆け込んできた。なんだ、まだみんな、元気なのか。もっとがんばらなきゃいけないんだ。とにかく爆走してきたものの、脚の痛みがなくなったわけじゃない。

「ゴールまで走り切れるくらい、しっかりテーピングしてもらおう」

痛いところを全部事細かに伝えて、というアンディさんの的確な指示で、救護であれこれと状況を伝え、右膝や前腿、アキレス腱や踝に丁寧なテーピングを施してもらった。その間に、電池の入れ替えや防寒の準備、救護を受けながらの補給など、何も言わなくてもアンディさんがあれこれなんでもやってくれた。時間が気になって、もう出た方がいいかな?まだ大丈夫?と聞いても、「大丈夫、しっかりやってもらいな」と休ませてくれた。

くだらない話をしていたかと思えば唐突にハイテンションになったり、厳しいなと思えば、途端に見たこともないくらい優しくなる。ギャップが忙しい人だな。こりゃ〝ゴールまで″ 飽きなくて面白いや。寝っ転がってテーピングを受けながら、そんなことを考えていた。

■6A~7A~8A
6A以降も、自然にわたしが前を走ることになった。

エイドを出た後は寒くて仕方なかったけれど、身体を摩って暖めてみてとか、ウエアに呼気を吹き込めばいいとか、いろいろアドバイスをくれた。かと思えば、「俺が温めてやろうか」とか「ふーふーしてあげようか」とか嬉しそうにふざけては笑ってる。いやだ~、キモイ~、ウザイ~、と返す。もー、ほんといつだってこんな調子。トレイルに入る頃には身体も温まり、再び走り出した。あんなに走れなかったのが嘘のようにどんどん足が前に進んだ。6A~8Aは比較的フラットで走れるパート。ここで稼げるだけ稼ごうという指示に従う。前にほんのり光が見えて、徐々に詰めては、抜いていく。

「いいねいいね!面白くなってきたぜ!」
「どんどん抜いてるの自分でもわかるっしょ?」
「見えるだろ?前にいるのが。ゆっくりでもいいから刺そうぜ!」

「エマちゃんにこの面白さ知ってほしいんだよ」
「いい感じだよ!このままどんどん行こうぜ」
「刺せ刺せ!どんどん刺せ!」

うん。はい。うん。わかった。
だいたいそんな返事をしていた気がする。やたら横で饒舌なアンディさんに、刺せ刺せ言われながら「刺せって何だろう」と思いつつ、黙々とヘッドライトの明かりだけを見つめて無口に走り続けた。すごく集中していた。十数人抜いた気がする。それはいわゆるロングレースの『復活』ってやつだと思う。もしこのレース展開をアンディさんが面白いと思ってくれているなら嬉しい。一緒に楽しめているなら最高じゃないか。もっとがんばろう、そう思った。7Aで先行していたハルさんを抜いた。関川の後でついていけなかったハルさんを抜いたんだ。

時折、歩きたいと言うと、オーケーオーケー、パワーウォークパワーウォーク、と言ってごく自然に少し前に出て引っ張ってくれる。この人ほんと名ペーサーだ。きっとわたしのレベルと状況に合わせて、先を読んでこうしてくれている。一緒にいる時間が長くなるほどにそのバランスの良さに信頼感が増した。

ちなみに、ただただふざけたことばかり言ってるわけでもなく、エマちゃんが走れてるから俺も寒くなくて助かってるんだとか、やっぱりエマちゃんは強いね、頑張ってるね、すごいよとか、復活してくれて俺も面白くなってきたよとか、絶妙な言葉を掛けてくれた。この人はなんでこうもわたしのツボを押さえてるんだろうか。

たまに挫いたのか肉離れの脚が痛むのか「イテッ」という声に大丈夫?と声をかけても、「俺のことは気にすんな」「前だけ見てればいい」と少女漫画の主人公ばりにクサくて優しかった。内心ちょっと笑っちゃったけど。足も痛いし胃もキリキリと痛んだけど、そんなことはどうでもよかった。2年前、復活したのに甘えた気持ちでだらだらと歩いてしまったところを、あの後悔を払拭するように、一生懸命頑張った。

8Aに着くと、ボランティアスタッフをしていたRUN OR DIE!!のジャキさんがいた。いつも熱いジャキさんが大好きで、会えるのをすごく楽しみにしてた。ゴールして一緒に泣いてもらおうなどと、その顔を見ただけでずいぶん元気が出た。オトちゃんがお湯をとおにぎりを用意してくれて、ストレッチをしながら補給をしたら早々に8Aを出た。2年前はここで終わったんだ。

■8A~GOAL
瑪瑙山が信越五岳の最大の山場。復活して以降、この登りではなんとしても自分の得意を活かしたいと思っていた。お尻を使ってモリモリ登った。登りの最初の方で、もう1組、仲間を抜いた。ずいぶんと前を走っていた人だ。何人も何人も抜いて、もうあまりに必死すぎて何も覚えていない。胃が苦しくて揺れると痛い。身体を折ると吐きそうだし、食べるとお腹を下す。今思えば、もう少し補給をした方がよかったかもしれない。だけど気持ち悪くなって停滞したくなくて、そのまま耐えた。

頂上目前のゲレンデ登りで少しスピードが落ちたものの、「抜かれても周りは気にしなくていい」と言われ、自分のことだけを考えて登りきった。結構ハイペースだったと思う。そのままゴールまでかっ飛ばせれば、きっと20時間を切ることができたんだ。

***

だけど、そこからがとにかく地獄のようだった。

瑪瑙山の山頂の道標すら覚えていない。下りに入ると長い長い傾斜のきついゲレンデ下り。一向に斜度は緩くならず、その下りでどんどん膝が痛くなり、左のアキレス腱が周りに聞こえるんじゃないかと思うほどギシギシいいはじめた。走りたいのに、痛くて早歩きしかできない。

「薬、飲む?」

ううん、我慢する。その時たぶんはじめてはっきりとペーサーの提案を断った。飲んだらきっと、具合が悪くなる。胃を壊した経験も、心拍が上がりすぎて過呼吸になった経験もある。我慢できるなら、この痛みのまま走りたい、そう思った。その選択が正しかったのかどうかはわからないし、正直なところ薬を飲んで、わたしよりもずっと早く走りきった話を聞くと、この時点で飲んでいればよかったんじゃないかと今でもちょっと考えたりもする。

だけど、痛みがどんどん増幅するなかで、がんばって早歩きを続けたのもむなしく、後ろからどんどん選手達がわたしを抜いて行った。

「大丈夫、気にしなくていいよ」

そう言われたけど、走れない自分が悲しかった。どのタイミングだったかもう覚えていない。ゲレンデから樹林帯に入った時だったか、ズキンと激痛が走った。アキレス腱が切れてしまったんじゃないかくらいの痛みだった。

一歩足を着くと、全身に激痛がはしる。もう一歩着くと、さらに激痛がはしる。あまりに痛くて、ホラー映画ばりに叫び倒した。足を着くたびに脳天まで響く激痛に、足の裏全体が攣りそうで、怖くて一歩が踏み出せない。気が遠のくような、こんな強烈な痛みは初めてで、失神しそうだった。

「イタイイィィィィ・・・・」

止まろうとすると、

「だめ!止まらない!歩きでいいから!行くよ!」

と待ってはくれない。ほら、歩きでいいから!頑張って!ここ踏ん張りどころだから!そう言うとアンディさんはどんどん先へ行ってしまう。足が痛い上にハンガーノックでフラフラする。石や根っこで足場が悪いのに、ちゃんと足が着けない。ヨロヨロ朦朧としながら歩く私に、ちゃんと集中して!と激が飛ぶ。身体に力が入らないと言っても聞いてくれない。足が痛いと言っても聞いてくれない。さっきまで優しかったのに・・・。ふざけてくれることもなく、たまに振り返っては暗闇に消えていく。

「ひゃっ!」

足がかくんと折れて尻もちをついたわたしを、すごい形相でがしっと掴んで立ち上がらせて、また先に行ってしまう。「ちょっと、足を、伸ばしたい・・・。」小さな声で訴えて、アキレス腱を伸ばそうと木に両手をついた。

「おい!座るんじゃねぇよ!」

怒鳴り声にびくんと身体が震えた。ち、ちがうよ、アキレス腱を伸ばしたかっただけだもん・・・。あぁ、ごめん、と謝ってくれて、だけどやっぱりまた先に行ってしまった。痛くて痛くて、走れそうな場所なのに全然走れない。走りたいのに走れないと訴えると、ここは走らなくて大丈夫だから、止まらずにがんばって歩こう!と言われる。

さっきまであんなに快調だったのに。せっかく復活して面白くて、前にいるあの人を抜かそうとか追いつこうなんて話していたのに。ごめんなさい・・・。悔しくて悔しくて涙が出た。ウゥゥ、と声にならない声で泣きだすと、やっと笑ってくれた。

あんまりにもアーアーウーウーと喚きながら歩き続けるわたしがよっぽど面白かったのか、鬼のようだった顔をいつものおふざけ調子に変えてしょーもないことを言い出してケラケラと笑うもんだから、わたしも泣きながら笑った。「笑えるくらいならまだまだ大丈夫だな」 さっきまで怖かったのに、もー、普通こんな悲劇みたいな状況でふざけるかなー。フツーはもっと深刻でしょ。なんでこの人はこんななんだろ。あー、もー、やっぱこの人で良かったよー。

ずいぶん抜かれたと思う。20時間切りももう難しい。最後のウォーターエイドW2にボロ雑巾みたいな状態で着いた。あとは林道、7.6km。

この7.6kmは走ろうと言われたけれど、アキレス腱の激痛は収まらず、ここまできたら胃が悪かろうがなんだろうがやるしかないと思って、効くことを願って薬を1錠飲んでみた。終わったあとに嘔吐したから、やっぱり早めから飲まない判断はあっていたのかもしれない。

疲れた脚には意外と長い林道を前に、「話しながらか、黙々と歩くかどっちがいい?」と聞かれ、「じゃあ話しながらがいい」と言ったのが失敗(?)で、どうもレース前から考えていたらしい、しょーもない一問一答みたいなくだらないトークが繰り広げられ、けらけら笑いながら、歩いているのか走っているのかわからないようなステップで先を急いだ。ものすごくくだらなかったけど、おかげであっという間だった。

わずか20kmあたりで一瞬遠のいたようにも思えた「完走」の二文字。目の前がクラクラした。あぁ、また完走できないのか。2年もたってこんなにも成長できていないのか。自分に負けてしまうのか。くやしい、そんなのは絶対にいやだ。だけどそんな気持ちとは裏腹に全くもって脚が上がらなかった。一歩一歩踏み出すのが精いっぱいで、ゆっくり完走を目指すのか、それでもやっぱり自分なりに攻めるのか迷いもあった。それがペーサーと合流してからみるみる元気になって、瑪瑙山の登りまで、遅くても自分なりに必死で攻めた。

残り1.5kmくらいのところで痛みが和らぎはじめた気がして、あとはどうにでもなれと思って

「走る!」

と宣言した。思いのほか遠く、1.5km以上あるような気がしたけれど、それでも歩いちゃいけないと、ありったけの力を振り絞ってゲレンデの上で点滅する赤い光を目指した。

ゴールだ。ヘッドライトを消して、どうする?手つなぐ?と言われ、たぶん手を繋いでゴールをしたけど、泣き虫のわたしは恒例行事のように泣きじゃくりながらゲートをくぐり、マトモに2人で写真も撮らず、「ハイハイ、すみやかに外に出てくださ~い」と言われて感動のゴールのはずが結構あっけなかった。

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勢いは、ある

何度も「どんな風にゴールするか考えておこうぜ」って言われながら走っていたのに、カッコいいゴールができなかった。まぁ、だいたいそんなもんか。

20時間38分。

目標には届かなかったけれど、当たり前ながらそもそも結構無謀だった。ゆっくり行けば完走できるだろうなんて、かなり甘かった。根性には自信があるけれど、気持ちだけではどうにもならないような状態は初めてだった。

でもそんな不調な状態でも、後半でどんどん落ちていくパターンをちょっぴり克服したし、あの激痛のなか、止まらずに歩いたからこそなんとか完走できた。きっとひとりなら22時間めいっぱい使うくらい休んだり歩いたりしただろうと思うと、20時間38分の完走はペーサーがくれたものだと思う。

強烈に苦しくて痛かったけれど、ペーサーのおかげで、翌日にはまた出たいなんて思うほど楽しかった。バカだよなぁ。仲間がたくさんいて、お祭りのような信越。ロングレースの醍醐味もあり、ペーサー制度という独特な面白さもあり。信越には信越にしかない苦しさや楽しさがある気がする。はじめてでも、2年たっても、きっとベテランの人にもそれぞれのドラマがある。

わたしのドラマは想定外にもサスペンスかホラーのようで、思い出すと恥ずかしいくらい叫んで泣き喚いて醜態を晒したわけだけど、1人で走っていたらそんなことしないわけで。この人だったらどんな状況でも笑って済ませてくれそうだし、受け入れてくれるだろうという安心感があった。それよりも意外だったのは、想像以上に厳しくて、想像以上に熱くて、想像以上に優しかった。

大会前、『厳しくしてほしい』と言ったわたしのリクエストに、そんなに忠実に守らなくてもというほど(笑)ちゃんと応じてくれた、その真面目さはすごくクールで、普段の可笑しなキャラクターを忘れるほど、ちょっとかっこよかった。

・・・株、上げすぎたな。

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おつかれさまでした。

 

***

※脚を痛めてまで走るべきか否か、賛否両論あると思います。完走ばかりが美化されがちななかで、信越五岳のあとのUTMFの応援でも同じことを感じていました。すべては自分の判断であり、その状況によるもので、わたしは本当は大会のレポートのあとにいつでも、この言葉を添えたいと思っています。

『完走したすべての選手と。関門に向かって諦めずに走ったすべての選手と。リタイアという英断をしたすべての選手と。レースに挑んだすべてのトレイルランナーと共に、その健闘を讃え合いたい。』


信越五岳に向けて、それまでの話。


― わたしはバカなのかな?

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信越五岳トレイルランニングレース2015に選手として参加してきました。
1Aを過ぎて、すでにそんなことを考えていました。

今年は同じ週内にUTMFも開催となり、参加者は出走694名(男性606名、女性88名)、女性は2013年2014年は100人以上いたと思うので、やや後半に流れた印象です。※男女全体の出走人数はほとんど変わりません。

信越五岳トレイルランニングレースには特別な想いがあります。大袈裟にいうと、わたしの人生を変えたようなものです。このブログの第1回は2012年12月。実は「まだトレイルランニングをしていない人」で、その後初めてのレースから経験を積みながら今の自分までを2年半以上綴っています。

初めての信越五岳はトレイルランニング1年目、トレイルランニングを始めて早々に別のスポーツで足首の靭帯断裂の怪我をしたので、実質半年くらいしか走ったことのない中で、まだ3回目のレースといういきなりの挑戦でした。しかも、両脚腸脛靭帯炎という律儀にもランナーの通る道というべき故障も抱えていました。

それまでたった38kmしか走ったことのない中で、自分なりに必死で走りたい、だけれどハンガーノックになって座り込んだり、ペーサーとの距離感をどう取ればいいのかわからず色々伝えなかったことで結局迷惑をかけたり、復活しても結局歩き通したり、台風で8Aで終わってしまったりしました。

今思えば仲間が最後まで奮闘する中で、わたしは甘えに甘えて歩きまくり、8Aに着いたのは特別完走に “してもらえる” 関門0時ギリギリで、台風じゃなかったらその先の瑪瑙を越えて完走などできていなかった。特別完走など本当にラッキーとしか言い様がない状況でした。6Aで聞いた8A中断に、悔しさよりも正直ホッとしたんじゃないか、それに甘えてしまったんじゃないか、そんな自分の弱さがずっと情けなくてわたしの痼りでした。
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はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(前半)
【はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(後半)

翌年リベンジを誓って信越にエントリーするも、2014年は抽選で、だいたいそういうここぞという時の運のないわたしは落選。大きな目標を失う怖さで、全くジャンルの異なる上州武尊120k(120km/8400mD+)にエントリーするという暴挙に出ました。

ラッキーなことに、「当たったらいいな~」とエントリーした2014年のSTYには当選していたので(おそらくここで運を使い果たしたのでしょう)、ロングレースの経験はSTYから武尊という流れになりました。
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大人の遠足STYへ(前半)
大人の遠足STYへ(後半)

上州武尊という格段にレベルの違う未知の世界に不安しかなく、2014年は何かに取り憑かれたかのように標高を上げて距離を伸ばして、とにかくひたすら高い山で登りの練習に励みました。レースでタイムが近いことの多い戦友サクさんからは『あの時のエマちゃんの気迫はなんか凄かったからね』なんて言われます。

登りの年と決め込んで、スリーピークスキタタン、富士登山、安達太良山などにチャレンジしました。上州武尊は後方ながらも無事完走。大きな自身に繋がりました。

【あの山の記憶―YNMC120k  vol.1 vol.2 vol.3 最後に

120kmを完走、さてじゃあ次は何がしたいのか。
やっぱり100マイルかな。フルマラソンを初めて走る時『初めてならホノルルとか、ド派手なものに出た方が初フルの思い出になっていいよ』と言われたのを思い出し、UTMBにエントリーしました。

“激走モンブランを見てトレランを始めた” 人も多いなかで、わたしは全くその道を辿っておらず、トレイルランニング歴も2年足らずでやや世代が違うのかもしれません。UTMBはめっちゃ憧れ‼︎ というわけでもなかったのですが、海外に行けるのはフリーランスのうち。出るならUTMBか。という選択でした。

しかしまたしても(IZU TRAIL JOURNEYで運を使い果たしたのか)、UTMBはアッサリ落選。そうそうなんでもかんでも当たりません。そして落選のショックで半ば衝動的にTDSにトランスファー(エントリー変更)しました。

2014年に取り憑かれた山熱は、ボーボー燃えていたところから次第に炭火の熾火のように、静かに高温で燃え続けるようになり、今年は黙々と単独行で長い距離を歩き通す旅のような山行で自分と向き合うようになりました。それがTDSにはほとんど偶然にも効果的で、無事TDSを完走しました。

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トレラン王国 EMMA_SON 第5回 TDS挑戦記詳細「為せば成る」

話は戻りますが、TDS(119km / 7,250mD+)から帰国して2週間半後に信越(110km/4,670mD+)など、なぜそんなに無謀なことをしたのか。

去年の信越は抽選に落ちた後にすぐボランティアに申し込みました。翌年のエントリー権も得られる信越ボランティアですが、そもそもボランティアは対価を期待してやるようなもんじゃないのはわたしもそう思います。だけど翌年走りたいという思いがなかったかと言えばうそでしょう。出るばかりだったレースでボランティアもやろうと思っていた頃で、同時に思い入れのある信越をボランティアの目線から見る、レースに挑む選手を応援したい、大会ボランティアを初めてやるなら信越が良い、そう思ってのことです。

結果的には2015年の優先エントリー権を持つことになったのですが、TDSを走ることが決まったのはその4ヶ月後でした。もちろんTDSで故障をしたりしていれば、信越は出ないつもりでした。

『ゆっくり楽しんで走ればいい』

そんなことが通用する性格じゃないと、なんで自分で判らないんでしょうかね。ましてや2年前の痼りを残した状態で、“悔しい”という感情に異常反応する大人になれないわたしが、割り切ることなどできるわけがないと、本当は最初からわかっていたはずなのですが、いやいやとわからないように言い聞かせていました。

結局は、どうなるかわからない、もしかしたら・・・?、くらいの挑戦にすこし期待した馬鹿な部分があったのかもしれません。

シャモニーからの帰国後、当たり前だけれど10日間も休んだしっぺ返しで仕事が恐ろしいほどに忙しく、疲労抜き以前の問題でした。ジョギングなんて以ての外。何日も何度も徹夜が続き、マトモな食事もできず、終いにはレース3日前から酷い頭痛と吐き気に悩まされたまま現地入り。

前夜は頭痛で一睡もできず、当日の朝も貧血のような感覚。疲労は抜けているのか?脚の調子は走り出してみないとわからないといった状態。万が一の時は潔くやめなければ、そんな風に思うのは初めてのことでした。

脚の調子はともかくとして、風邪でもひいたのかと思っていた体調については、本当は、思い入れのある信越をまた完走できないんじゃないかと、実はものすごくものすごく緊張してたのかもしれません。

今まででいちばん最悪のコンディション。不安がるわたしを隣でしきりに「大丈夫、大丈夫だよ」とペーサーがなだめてくれました。そんな風にして、わたしは2年ぶりに信越五岳トレイルランニングレースのスタートラインに立つことになりました。

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だれもあまり笑っていない・・・


上州武尊スカイビュー・ウルトラトレイル(びりっけつランナーの装備編)

もうみなさんが出発する前日なのでパッキングも終わってるかと思いますが・・・(笑)一応装備編を簡単に。
びりっけつランナーの補給編

今年7月開催になると聞いた時には、ギョッとしました。なぜなら、去年一番悩まされたのは『暑さ』だったからです。とにかく熱中症が辛かった。去年と同じ長いロード登りが今年もあるのだとして、そして当日晴れたとしたら・・・。沢でボトルに水を汲んでは頭からかぶるというのを何度繰り返したことか。

◎スタート時
スタート時から半袖でした。スタート時間が早朝なので、ギリギリまでウィンドシェルを着て、直前で脱いでスタート横のドロップバッグ預けの袋に放りこんでスタート。
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みんな半袖。
(このあと渋滞解消してから周りが爆走してペースが速くて泣きそうだったw)

ロードからトレイルに入る入口で上の写真のとおり少し渋滞するので、その時に少し肌寒いと感じた程度で、その後は武尊山頂手前までずっと暑くてたまらないという状態でした。ハーフタイツで正解だった・・・!去年は沢をざぶざぶ上がるコースがあったので、靴下がDRYMAXだったのもかなり助かりました。

ちなみに剣ヶ峰直下の下りは滑りやすく、去年は怪我人も出ました。もし今年前日に雨が降っていたら結構滑ると思います。あまりグリップしないシューズの場合は要注意。剣ヶ峰の標高は高いけれど、ニセピーク含めすぐ通り過ぎるのとまだまだ走れていたのでさほど寒くなく。でもあそこで風ビュービューだったら寒いのかな。剣ヶ峰を下りたエイドでは暑すぎてみんなが必至で日陰を探して休むほど。
IMG_9876.JPG・ファイントラック スキンメッシュ
・半袖Tシャツ
・アームウォーマー
・ハーフタイツ
・ランパン
・ドライマックスの靴下
・montrail バハダ

◎武尊山頂
速い人は明るいうちに通り過ぎるから大したことはないのかもしれない。ですが、びりっけつランナーは(ここに至るまでのコースが去年とかなり違うけれど)武尊山頂で夕方前後になると思います。わたしは想像よりも到着が遅れて焦りまくっていて、寒いかどうかなど気にしている暇もなく、景色すら覚えていない状態。だけど、山頂付近で腰掛けて休んでいる選手がたくさんいたことは覚えています。その多くがレインシェルを着ていた気がします。山頂からすこししばらく森林限界を行くので、天気が悪く風が強いと寒いのかも?わたしは相変わらず半袖でした。
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◎夜間
わたしは武尊山頂から次のA3までの間に陽が落ちて、途中でヘッドライトを付けました。が、ここも「関門やべーーー!」な状態だったのでシェルは着用せず半袖のままエイドに飛び込みました。A3の温かい小屋で休むと、外に出ると「寒っ!!」てな状態で慌ててシェルを着たけれど、5分くらい走ったらすぐに暑くなり結局半袖。そのままドロップバッグポイントA4まで。

◎A4での着替え
「もし時間に余裕があれば」と思い、ドロップバッグにはランパン以外の着替えを全部入れてありました。
・ドライレイヤー
・Tシャツ
・タイツ 
 ハーフから夜の寒さに備えてC3-fitのサーマルロングタイツに履き替え
・アンダーウエア(汗で長時間濡れたままだとお腹が冷えるので)
・靴下 DRYMAXからDRYMAXへ
・シューズ バハダからバハダへ

さっさとエイドを出る人には全く関係ないですが(笑)、トイレでいったん脱いで、軽く身体を拭いて、ぜーーーんぶ着替えるとめちゃくちゃスッキリしてすごく元気になりました。昼間の汗でぐっしょり、脛まで浸かる沢で足元はびしょびしょ。おそらく着替えたおかげで残り60km、靴擦れや服擦れ、身体の冷えも最小限に抑えられた気がします。周りが凍える中、わりと平然としてました。ま、そんなことしてるから遅いんですけどね(笑)完走目的&時間に余裕があれば。

◎A4~ゴール
A4を出る時も同様に・・・また「外寒~~~っ!」状態。そうやって温かいエイドを出る時にシェルを着ては結局すぐ脱ぐの繰り返し。A5は小屋ではなくテントで、ちょうど0時回るか回らないかという時間。わたしはそんなに寒くなかったけれど、周りで休む選手はストーブにあたっていたり、たくさん用意されていた毛布にくるまって凍えるように横になっている人もいました。その次のA6でも、そのあたりからの寒さが解消しなかったのか、小屋の中にも関わらずストーブの周りに人が群がっていて、「温かいものをください・・・」と言っている人も。23時頃~3時頃が一番冷え込みました。それでも結局ほとんどレインシェルや防寒着を着た記憶はなく、アームウォーマーを上げ下げしながら調節するのみでした。かなり天気に恵まれていたのかも。ゴールはとっくに明るくなっていたので(笑)、もちろん暑くて青空の下、半袖でゴールしました。

とにかく当たり前ながら、標高の高い山域ならではの『寒暖の差』があるので、それが他の低山のレースよりも注意すべきところ。あとはびりっけつランナーであれば、せめてTシャツと靴下だけでもドロップバッグポイントで着替えられれば前半と後半の切り替えになるかも。

なんとか台風が過ぎ去ってくれますように!

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<ザックに入れた衣類系装備>
・MMA BUFF – original Camouflage
(半分にカットしたもの)
・HAGLOFS ACTIVES WARM BEANIE
(薄手で軽量のビーニー)
・SALOMON GLOVE XT WINGS GLOVE
(ミトンカバーが付いていている)
・THE NORTH FACE インサレーションジャケット
(フリースではなく超軽量化繊ダウン。名前わすれたw)
・THE NORTH FACE Stormy Trail Hoodie
(GORE-TEX Active Shell)
・mont-bell Versalite Pants

<昨年のレポート>
あの山の記憶―YNMC120k 【vol.1】【vol.2】【vol.3
※今年はコース等色々変更となっているので要注意。


上州武尊スカイビュー・ウルトラトレイル(びりっけつランナーの補給編)

今週末は、上州武尊スカイビュー・ウルトラトレイルですね。Number Do別冊「トレイルランニングレース名鑑」はすでにチェックしていただきましたでしょうか(笑)(ライターとして携わりました)

山田洋氏による『ロングレースの「難易度」を考える』というコラムにて、「キツイ」と言われるレースをいくつかピックアップしてマッピングしているんですが、上州武尊120が飛びぬけたところに記されていました。

昨年から120km部門を新設し、いきなり強烈なウルトラレースとしてデビューしたこのレース。昨年、何を思ったか、信越五岳の抽選に外れ、代わりのメインレースとしてエントリーしました。第一回で情報も少なく、制限時間が発表されたのはわずか1週間前、参考タイムもなければコースの様子もエイドの様子もわからない。しかもチームから出る人もいない。ものすごい不安の中で挑んだので、少しでも去年の私の経験が今年出る方の参考になればと思います。

ただしわたしはびりっけつランナー。経験もスピードもほとんどなく、制限時間をたっぷり使ってゴールしたので、速い方の参考にはならないと思います(笑)

まず、わたしの条件を先に書いておきます。
===================================
1)制限時間いっぱいを使って完走する
⇒30時間超の行動時間
2)つまり、エイドでゆっくりしている暇はない。
むしろ飛び込んで飛び出るくらいの勢い。
⇒つまり、ある程度自分で補給食を担ぐ
※もし去年と同じなら「エイドを出たところで関門」なので要注意!
3)サポートなしの1人参加。基本的に“予備”も含めてすべて用意する。
4)エイドのものが全然無くなっても完走できるように準備する
===================================

<エイドの印象>
去年は第一回大会だったので、それを経て今年はエイドも色々と変わるかもしれません。全体の印象としては、「ものすご~~く充実しているわけではないけれど、そこそこ用意されている方だとは思う。」という感じでした。なにより全体の一番後ろの方を走っている私は、エイドに着いたらアレやコレがなくなっていた、という“大会あるある”が何度かありました。

前半は自分の補給食もあり、胃も元気。アメやチョコ、フルーツをいただいて、スポーツドリンクかコーラもあった気がします。問題はどんどん先頭との差が開いて行く後半で、しかも選手のエイド滞在時間が長くなり、つまり1人でいくつも食べたりもする。目の前でおにぎりがなくなってしまう、チョコなどのお菓子しかない、なんてこともありました。また、色んな種類が用意されていても、チョコ・アメ・エナジーバー系だったりして、おにぎりやパンをがっつり食べて復活したい・・・という時も。去年の減り具合をみて今年はもう少し充実するかもしれません。

このレースは、想像もしていなかったパートが実はめちゃちゃ長くて、どんどんエネルギーを消費していく、なんていうトラップもあるので、エイドに頼って携行補給食が少なすぎるとエネルギー切れする可能性は多いにあると思います。

<わたしの去年の例>
そんなわけで、わたしが準備したものは主に4つの種類に分かれます。
Ⅰ.ジェル
Ⅱ.固形物
Ⅲ.ドロップバッグのある場所で食べるもの
Ⅳ.サプリメント?系
Ⅴ.飲み物

これらをエイド区間ごとにジップロックに分けて、基本的にはそれをすべて補給する。そして、ドロップバッグポイント前後で持ち分けました。

Ⅰ.ジェル
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どろっとした系ジェルが苦手なので、ゼリーに近いジェルを選んで30本。どんな状況でもだいたい飲めるという自信のあるメダリストを最も多く用意しました。カフェイン系も考えたけれど、苦手なものや飲み慣れていないものは全却下。

Ⅱ.固形物
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ジェルだけで走り切れるトップランナーではないわたし。のそのそ歩いて上がる登りや、逆にジェルが受け付けなくなったときのためにも固形物がほしい。体力の消耗度合によるけれど、一応は1時間に1回(ジェル1本分)。ジェル、ジェル、固形物、ジェル、ジェル、固形物、といった感じで間に固形物を挟む。

RAW-BITEは好きだけど、上州武尊ではなんだか重すぎて結局1本も食べませんでした。シャレオツだけど重いだけだった・・・(笑) 逆にあってよかったはチョコメロンパン。一部のエイド(後半のA6くらいだったかな・・・)にはチョコパンやあんパンもあったけれど、わたしが遅すぎたのか、案外エイドで出会えないことも多かった。最後の方では固形物が喉に通らなくて、このパンをお湯に浸して食べたりもして結構重宝しました。(ふよふよにして食べるのが苦手な人にはおすすめできないけれどw)

謎のじゃがいもは、石川弘樹さんが信越で「じゃがいもがいい!」と猛プッシュしていたので、たまたま北海道物産展で売っていたものを買ってみた。(モサモサするのでこの時以来食べていないw)

Ⅲ.ドロップバッグのある場所で食べるもの
これまで信越五岳やSTYではチームサポートが手厚くて、「何が食べたい?」「あれあるよ、これあるよ」と色々出してもらえたりもしました。あ~なんて贅沢だったんだろう。わたしは比較的胃が強い方で吐いたりしたことはないけれど、どうもジェルが続く&お腹が冷えると、お腹を下しやすいOPP(オナカピーピー)問題があります。朝からジェルを飲み続け、さらに寒くなり始める夜は私の敵で、とたんにぐったりしたりもする。

その対策として、大きいエイドならきっとお湯があるはずだと賭けて、ドロップバッグにフリーズドライのにゅうめんとお味噌汁のカップ、前日に買ったおにぎりを2つを忍ばせておきました。予想通り、ドロップバッグのあるエイドでコーヒーやお味噌汁用のお湯を分けてもらえました。お味噌汁のカップにお湯を入れて、おにぎりをぶち込んで「ねこまんま」にして食べました。温かい固形物はめちゃめちゃパワーが出て、この後、怒涛の巻き返しをしたのです。最後の方でまた関門に追われたけれど(笑)

ドロップバッグは何でも入れられるわけで、しかも、使わなかったものはそのままゴールまで持って行ってくれる。だから、とにかく「食べたくなるかもしれないもの」を色々入れておくのもいいかもしれない。もちろん、チームサポートがあれば、仲間にお願いしておけば安心ですね。

Ⅳ.サプリメント?系
・塩熱サプリ 30分~60分に1回計算・・・(飲みすぎw)
・VESPA 苦手なので3つくらい
・MEDALIST(粉末) 3つくらい
・芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう) 攣り防止 2本
・ユンケル(ドロップバッグに)

Ⅴ.飲み物
・麦茶
基本的には麦茶が好きなので、スタート時ハイドレに1.5Lの麦茶。途中のロードで水がカラッカラになり、熱中症になったりもしました。今年ちょうどコースが変わった部分で、剣ヶ峰を下りてから武尊山頂までがとにかく長い登りで、途中でさすがに2Lくらい背負った気がします。夜は寒くて水よりもお湯を消費。

・保温ボトル(夢重力という名前のボトル)
最近のレースでは絶対に持っていく軽量保温ボトル。冷たいものを入れてもいいわけで、プラのボトル替わりに持って行きました。これがめちゃくちゃ活躍。お腹が冷えた時、ちょっと気持ち悪くなったとき、固形物が喉を通りにくくなったとき。ちょっとずつお湯を飲んで胃を温めるとみるみる復活。エイドによってはお味噌汁やめんつゆ(私が到着した時にはつゆだけだったw)を提供していて、それをお湯で薄めてボトルに入れて塩分補給にしたりもしました。7月なら9月より暑いかと思いきや、どうやら今年は天気が悪そうなので、お湯作戦、おすすめです。

・コーラ
ドロップバッグにはコーラ2本、アクエリアス1本を。着いた時にぐびぐび飲みたいかもしれないし、持っていきたいかもしれない。結局コーラは1本持ってエイドを出た気がする。後半の気分転換にすごく助かった!

***

とにかくめちゃくちゃ時間をかけて走る、しかも結構心配性なので、過剰すぎるだろ~と思う人はたくさんいると思います(笑) もちろん摂らなかったものもあるし、やっぱあってよかった!と思うものもあります。もっと荷物を軽くすれば楽だから早く走れるよ!という声も良く聞きます。それもきっと正しいのだと思います。短いレースならできるだけエイド食を活用しようと試みる時もあります。ただ、情報がない中でも、とにかく何としてでも、不安要素はできるだけ形で賄って、絶対に完走したかったのです。経験が浅いわたしなりの試行錯誤でした。

最後に、120kのスタート会場近くにコンビニっぽいものが1軒だけありますが、ご想像のとおり、飲み物も食べ物も結構買い尽くされていました。それ以外にあれこれ買えるところはほぼなかったような気がします。当日の飲み物含めて、会場に向かう前に買ってくるのが良いと思います。

コースも気温も天候も違う今年。
どのくらい参考になるかわからないですが、自分の記録がてらってことで。

<昨年のレポート>
あの山の記憶―YNMC120k 【vol.1】【vol.2】【vol.3
※今年はコース等色々変更となっているので要注意。


晴天!富士登山競走、試走2DAYS

今年2回目の富士登山競走の試走に行ってきました。1回目は6月。ひとりで乗り込んで五合目まで。

梅雨入りしてからずーーーーーっと雨だったけど、やっとの晴天。ちゃんと土日に晴れてくれておてんとさまに感謝です。深夜都内出発、早朝にスタート地点となる富士吉田市役所へ。メンバーは心折れ部×IBUKIの編成。わたし置いていかれること間違いなし!でも参加してやるんだい!そんな感じの意気込みで。

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当日レースに出るわたしは富士吉田市役所スタート。登山口から10kmも手前、もはやスタートからしばらく登山ではありません。なんで市役所スタートなんだろうな~・・・練習に来るたび毎回思います(笑)

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スタートして早々に置いていかれるわたし。(その間3分ほど!)うん、もっと速く走らなきゃいけないんだけどね、ここ飛ばすと今日頂上まで行けないよ・・・。市役所から浅間神社の横を通り、富士登山競走の“デスゾーン”、富士スカイラインというロード区間へ。

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緑がきれーい!

なんて、これっぽっちも思えません!!(笑)何故ならこれと全く同じ景色が錯覚起こすレベルでずーっと続くのです。前を見ているとその遠さに心が折れるので、足元を見て、ただ黙々と走る。このレースでは、絶対に歩いてはいけない。歩いたら、その瞬間それはもう、レース放棄に等しい。そのくらい制限時間が厳しいのです。

だけどこの日は3~4km進んだあたりでなんだか異常に心拍が高い。もともとあんまり上がらないタイプなのにお酒を飲んだ翌日レベルに高くて下がらない。次第に頬が引き攣って、身体にも力が入らない。サポートで一緒に走ってくれていたはずの仲間もどんどん2m、3m、10mと離れてしまって、視界から消えたところで『あ、今日はもうだめかも』と。

馬返しに着いた頃には目標タイムから15分くらい遅れていて、それを巻き返すごとくトレイルを突っ込んだのがまた失敗でした。みるみる脚が動かなくなり、しまいにはお腹も痛くなり、三合目を過ぎたあたりでほぼ徒歩に。四合目で馬返しから追いかけてきたメンバーに追いつかれ、トボトボ歩きながら五合目へ。補給もしてるし水分もとってる。ハンガーノックとも思えないし、脱水でもない。ただ、とりあえずこの謎の症状に身体の休めサインを感じて、今日はもう無理はしない、迷わずたっぷり休んでそれでもダメなら潔く下山!と決め込んで、ゆるハイクに変更。

五合目、佐藤小屋。
ここが第一関門。富士吉田市役所からの15㎞、そのうち約10kmはロード、すべて登りで標高差1,480m。すでに標高2,230m。山頂コースの五合目関門は2時間20分。大会実行委員会曰く、「67 回大会での山頂コース選手のリザルトを分析すると、2 時間 15分から 2 時間 20 分の間に五合目を通過した選手の中で、完走できた人数は 16 人、未完走者が 300 人以上となっております。 」今年は第68回。第70回から、五合目関門は5分短縮、2時間15分と更に厳しいレースとなります。ちなみに私の昨年の五合目コースでの完走時間は2時間17分。2時間~2時間15分台に通過できるとは思えず、ということはたった十数人の可能性と同じくらいということらしい。

佐藤小屋のトイレにしばらく籠り、その後小屋で買ったジュースと食べ物で補給。15分くらい休んで、歩く分には問題なさそうだったので、とりあえず次の六合目に向かって歩く。五合目から六合目へは樹林帯。シングルトラックで狭く、大会の当日はゾロゾロ渋滞するのかなぁ、逆に流れで結構走らされるのかなぁなんて思いながら歩く。

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スバルライン方面と合流する六合目。
ここで入山料(協力金:任意)を払います。トイレやトレイルの整備・清掃に充てられます。世界に誇れる山であってほしい。

さてさて、この柵のような段差で作られた砂利?ガレ?の九十九折。五合目から山頂までの区間でもっとも苦手な場所がこの六合目から七合目。とにかく長い。足が埋れて登りにくい。天気に恵まれまくったこの日はとにかく日差しが強くて暑さも厳しく、熱中症にならないように塩分水分をとりながら、のそのそと登る。

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あぁ、だいぶ来た気がするけどあとどのくらいかなぁと、ふと顔を上げると岩場が。岩場ー!

疲れ切った脚を脱力して、ワッシワッシと上半身で登りはじめたら、うん、登りやすい。大好きな岩になんだかちょっとテンションが上がり、動物のように四足で登る。しばらく続く岩場を無我夢中で登っていたら、いつのまにか前を登っていたメンバーに追いついた!四足走法?で休まった脚が少し復活。あれ、もしかしたら山頂まで行けるかもしれない!

相変わらず灼熱の中、一歩一歩脚を持ち上げる。高山病ぎみなのか体力の限界なのか、トレイル脇で休む登山者さんの間を抜け、いよいよ山頂が見えてきた!

『着きました!』

メッセージで報告したら、先に着いていた2人が迎えてくれました。
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やった!目標タイム?てんで間に合っていない。制限時間などずいぶん前に過ぎてしまっていたけれど、「一度潰れてから、落ち着いてじっくり戻して、復活する」というおそらくロングレースの完走に大事なメンタル面を乗り越えられたことがなによりも嬉しかった。富士登山競走のゴールには程遠いけれど、諦めない気持ちはきっとTDSの練習にはなってる!そう思うと、練習とはいえなんだかすごく嬉しかったのです。

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富士山の火口
この景色が見れてよかった。

===

と、ここで終わるかと思いきや、
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懲りないわたしは、気付いたらまた富士山に向かっていました。(笑)
少しの休息日を挟んで。

さすがにまたあのデスロードから始める勇気はなく、馬返しから。
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とはいえ、いわゆる「ゼロ合目」スタート。

この日のメンバーもわたしよりもずいぶん速く、みるみる置いて行かれる。呼吸は楽だけれど、さすがに脚の疲労もある、あ~今日こそ山頂はむりだなと思って、「どんどん先に行っちゃってくださ~い。自分の調子をみて山頂まで行けなかったら下山します」とメッセージ。そんなわけでマイペースに進んで五合目に着くと、ニヤリと笑う2人が待っていました。

「行くでしょ?」

そ、そうですね~。そんなわけでまた五合目からぼちぼちのスタート。
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六合目からの景色。めちゃめちゃ空気が澄んでいて富士山麓が見渡せる!

・・・けど、振り返ったらこれ・・・。
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アハハ~・・・。

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岩場の後半。うーん、山頂の方が見える気がする。

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と、思ったのに、岩場が終わってからも結構長い。近いような遠いような近いような。いや、遠いな。

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なんだか結局上の方まで上がってきた。あまりに綺麗で立ち止まって写真を撮る。

八合目、八合目、八合目、八合目、八合目・・・・さっきの八合目ちゃうんか〜い!そう、八合目の区間はとにかく「八合目」という看板が何度も何度も出てくるのです。山小屋の数も多い。八合目、本八合目?、元祖八合目?、八合五勺?・・・やっと八合目が終わっても意外と八合目から九合目も長い。

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だけど、これが見えたらゴールはもうすぐそこ。

階段を(気持ちだけは)軽快に駆け上がり・・・
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ついた~!

もう無理だむりむりむりむりと思っているとしんどくて足が進まないけれど、諦めるとなぜか足が進む。結局はやっぱりメンタルの問題なのかもしれない。なんとか気持ちと体調の波をゆるやかに乗り越えて、2回の富士山登頂を果たしました。補給、ペース配分、登り方、コースを覚えて気持ちを切り替える、いろんな収穫がありました。1人だったらぜったい諦めてた!一緒に登ってくれた仲間に感謝です。制限時間に間に合う可能性は低いけれど、なぜかすごく当日が楽しみという前向きな気持ちになりました。

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TEAM JET×心折れ部×トレイル鳥羽ちゎん

富士登山競走、完走するには何年かかかりそうだけれど(笑)でも挑戦することに意味がある。何年かけてでも、ぜったいにいつか完走してやる。だから、その記念すべき1年目の今年、今の自分にできる全力で大事な経験のひとつにしたいと思います。チャレンジあってこそ。経験あってこそ。

当日、楽しみまくります!


やっぱり“キタタン”楽しいよ♪

今年も北丹沢12時間山岳耐久レースに参加してきました!

昨年、『“キタタン”って楽しいよ!』というレポートを書いたら、謎のアクセスを集め、「キタタン」というワードでgoogle検索をすると1ページ目、しかも4番目くらいに出てくるようになりました(笑)というわけで、今年も。というか、今年はなんといっても、キタタン大会史上なかなかの伝説レースとなったので、これはもう書くしかないでしょう!

今年はちょっと遅れてきた?梅雨の影響か、梅雨前線が停滞して大会前から連日の雨。もともと比較的脆いコースを通るキタタン。昨年も鐘撞山を超えた下りのあたりで落石騒ぎ?(みんな「ラーク!」「ラーク!」言いながら下っていた。笑)もあって、あのあたりは大丈夫かなぁ、どろんこ尻滑り必至だなぁ、なんて思っていたところ。まぁそれでも過去、どろんこレースも経験していて意外とキライではないので、汚れてもいいウエアを選んだりして会場に乗り込みました。

しかし、前日受付で貼り出されていた紙はこちら。
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なぬ!まさかの鐘撞山がまるっとカット!
キタタンと言えば前半の渋滞は名物みたいなもんで、それを回避するために序盤のロードを多少突っ込んだりして、でも突っ込みすぎると後で潰れたりと、そのへんの “攻防戦” が面白いわけです。しかもそれなりの登り下りであるこの山はレースの前半のカギとなる部分です。昨年の私はWS立石建設までを結構良いペースで走り、この山の“早い渋滞”でうまいぐあいにペースを保ちつつ温存できたのが良いレース展開を導いたのですが、その山が、ない。

しかもその部分がまるっと1.5kmの林道になる。標高差もほとんどなく、つまり、「走らなければならない」。そして、第一関門の後は、少し登って、長~いダート&ロード。前半の疲れる要素がいっきに無くなったら、パワー有り余ってるランナーが爆走すること間違いなし。登りでじわじわ巻き返すタイプの私にとってとてもつらい報せでした(笑)

しかも相変わらず前日でもザーザー降りまくる雨。
会場横の青根キャンプ場のコテージ泊で、夜中降り続く雨に、朝起きたら大会が中止になっていた夢なんか見ながら(笑)大会当日を迎えました。

当日朝。
やっぱり降ってる~しかも結構な雨量降ってる~。
青根キャンプ場コテージ泊のいいところは、スタートぎりぎりまで屋根の下で待機できるところ。スタート位置を気にしないなら数分前に飛び出してそのままスタートできるくらい。ただし、この日はこれがちょっとしたミスでした。この日もできるだけコテージで待機をして、直前でスタートへ。30分も前から異様な闘志でメラメラと競り合うようにスタート位置前方を確保するランナー達。これもまたキタタン名物かも。

わたし達はできるだけ直前まで冷たい雨で体温を奪われないように、まぁ、後ろの方からでもいいでしょう、と屋根で雨宿りしつつスタートまでのんびりしゃべりながら待機。

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いってきますのポーズ。
ほら、楽しそうでしょ♪

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ゲートに詰める前方とうらはらに、後ろの方は意外と6時半スタートでものんびりわいわい、楽しい雰囲気です。

スタートしてすぐ、きつい傾斜のロード登りから始まるキタタン。
これをちゃんと走れるかが勝負。同じ6時半スタートだった仲間にくっついて走る。だいたい全体の真ん中くらいで登山口に到着。がしかし、ちょっと誤算だったのは、ここでえらく渋滞に。足が止まるくらいの渋滞。あまりにゆ~っくりな行列で、「まぁ、このあと巻き返せる部分はあるしね」とか言いながら、2人でワ―キャー楽しく話してハイキング気分。

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前にいる俯いた人たちとのギャップが激しい(笑)
楽しそうでしょ♪

レースは楽しくがモットー。連なるしかないシングルトラックの渋滞やつらい登りは、受け入れて、周りと話したりしながら楽しく進みます。うん、この時は「やっぱりキタタン楽しい~♪」なんて言いながら、ほんとに楽しかったわけですが、後からラップタイムを見ると渋滞の影響がきっちり出ていて、20分くらいのロス。もうちょい前方からスタートすべきだったか、去年は7時スタートで同じくらい最初走ればここはほとんど渋滞しなかったな、7時のほうが渋滞しないのかな?とか色々疑問と反省もあり。これが後々のちょっとしたサプライズに大きく影響するとはこの時は知る由もなく・・・。

最初のトレイルの後に待つ長いロード区間。意外とアップダウンがある箇所です。去年は今年よりも調子が良かったからか、そんなに長く感じなかったけれど、今年はずいぶんと長かった。それでも仲間にくっついて、たまに話たりしながら、WS立石建設、その後のコース変更部分の林道をいく。変更部分の「林道」と書かれたところは、まさにいたって普通の林道で、ゆるい登りとゆるい下りで10分くらい。(1.5km) あっという間に第一関門。降り続く雨のおかげであまり水分も減らず、ザックにはたっぷりの水。ほとんど登ってないからエネルギーもさほど減らず。エイドをスルーして次のパートへ。

「鐘撞山がカットとなると、あそこが渋滞するんじゃないか」
そんな予想通り、第一関門後の九十九折れの階段がみごとにゾロゾロ。追い越せる部分もほとんどないここも仕方なく身をまかせる。途中で「ブログ読んでます~」「ありがとうございます~」なんて会話で他のランナーと交流しつつ、林道に出る手前でコース誘導の方から一言。

『はーい!これがもう最後の登りですよ!楽しい登りを楽しんでくださいねー!』

ん?最後の登り?
もうすぐ林道に出るから登りがもうすぐっていうこと?なんかややこしい言い方だけどなんだろう??頭の周りに浮かぶ【?】マーク。そのまま登りを終えて、林道へ。よし、ここは姫次の登りでまたゆっくりになるから今年は去年よりももっとしっかり走ろう!そう気合いを入れ直し、軽く補給をしたところで4人くらいのスタッフの方とすれ違う。

「がんばってね~!」
「ありがとうございます~!」
「もうここから下りだけだね~がんばってね~!」
「えっ? いや、だって、姫つ・・・・」

『姫次?コース変更だよ!コース変更!』

えーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!

「もうあとはこんな感じの林道下りだけだから、変更は残念だけど頑張ってね~!」

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!

ここで初めて知りました。
鐘撞山だけでなく、終盤のいちばんゾンビみたいな人が続出する、あの姫次もまるっと変更になったことを。えーーー!ここからぜんぶ、ロ、ロード?!姫次で序盤の渋滞分を巻き返す自信がちょっとばかりあったわたし。やっぱり多少は力を温存していたわたし。ロードがすこぶる苦手なわたし。ま、まじか~。姫次ないんだったら最初から突っ込むべきやったや~ん。下り?全部下り?ここからのレース展開どうすんだ~?頭の中ぐるぐる。

まぁとりあえず走るしかない。
全部下りなのだとしたら、もう、足を使い切るくらいまで走りまくっちゃえ!

そんなわけで、第二関門まで爆走。
あとからラップを見たらここだけやけに飛ばして走っていて、完全にやけくそ感出てます(笑) でも、なかなか脚がかくかくになるまでレース中盤から下りを爆走することも少なく、それはそれで面白い。結構抜いたんじゃなかろうか、それが良かったかどうかはともかく、雨の影響で応援もまばらな第二関門を通過。悲しいかな、本来の姫次の入口を横目にそのまま車の通る林道を走る・・・。

たまの緩やかな上りを挟みつつ、ずいぶん下ったところで、はっと気付く。これはもしかして、登ってきた林道?そう、必至こいて登ってきた林道に戻ってきてる。ななんんと。これはもしや・・・。

ぞわっとした予想的中、序盤の長いロードのアップダウンが再び。
『ずっと林道の下りだよ~♪』という言葉を安易に信じて爆走してきてしまったカクカクのわたしの脚。ごめんよ、わたしの脚ー!!!もうちょい残しておいてあげればよかったよー!!!後悔しても先に進めるわけでなく、なんとか気力振り絞って登りをちまちまと走り、来た道を戻る。

そして最後の最後でもう終わりかと思いきや、

『ハーイ!これが最後の山でーす!』

前後にいた5人くらいのランナーが漫画のように ギョッ としたのがわかりました(笑)

「や・・・やま・・・・・あったんですね・・・・・」

あはは、あはははははは。あはははははははははは。お互い顔を引き攣らせて空笑いしながら、すでに数千人が通って田んぼと化したトレイルへ。わりと皆同じ状況だったのか、アスファルトの長い下りを脚を使い切る勢いで下ってきたゾンビな同士達は、わずか数kmの小さい小さい山すらも、ぞ~ろぞ~ろ。あぁ!攣った!という声が聞こえては列が止まり、またぞろぞろ動き出す。そんな状況にやきもきしつつもロードに出たら、よし、解放だ!

「あと1kmです!」

突然スピードを上げ始めた周りと共に、ぶつかりそうな勢いで競り合いながらゴールへ。みんなおそらく感じている物足りなさをゴールまでの後数百mに込めるかのごとく1人でも抜こうと最後の力を振り絞ってダッシュ・・・!

去年の記録7時間42分を更新すべく7時間30分切りを目指していたのはどこへやら。なんだか数字だけ見たらとっても早そうな4時間40分というタイムでゴール。約37km、おそらく20km以上はロード。それにしちゃ、去年に比べてちょっとトホホな結果・・・。まぁでも、これはこれで面白かったかな、なんて。

熱中症続出!暑さとの戦い!灼熱のキタタン!がまさかのほぼロードレースと化した今回。きっと語り継がれる1回になったことでしょう(笑)そんな貴重な回に出れて良かったということにしよう。

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奇跡的に「山」。

ちなみに、キタタンはスタート・ゴールが同じ会場で、ぐるっとラウンドするコース。しかも会場横がキャンプ場でものすごく近いうえに、会場施設には温泉や食事処もある。都心からも比較的近く、応援や私設エイドも本来なら多く、派手ではないけれど、楽しい雰囲気。 前日も当日もさほど慌ただしくなく、仲間と楽しめる、そんな環境が結構好きだったりします。

う~ん、まぁ、いろいろあったけど、やっぱりキタタンは楽しい!
(と私は思う)

そんなわけで、私の3度目のキタタンはイレギュラーにて終了。7時スタートと6時半スタートの2回経験してキタタン卒業だよ、と言われてエントリーした今回。今年もたっぷり楽しませてくれたキタタンに感謝して、これにて無事卒業!

と、言うことで来年は同時期開催の美ヶ原80kmにチャレンジします!


日本一の頂へ

たいへん!ずいぶん久しぶりになりました(笑)

ゴールデンウィークに2週間も山に行っていたツケで、5月6月はまるで遅れてきた、いや、早すぎる「師走」。駆け抜けるように過ぎていきました。あの山のことのこの山のことも書きたいのですが、とりあえず今わたしの頭のなかを占領しているのは・・・

一か月後に迫った、富士登山競走

昨年5合目コースを2時間17分くらいで完走し、山頂エントリー権を得ることができました。そして今年、エントリー合戦という0関門をクリアして、いざ日本一の頂、富士山3776mを目指します。調べれば調べるほど完走が厳しく、サブスリーランナーでも制限時間ギリギリなのだとか、尊敬する俊足ランナーの方々がギリギリでなんとか完走したほどだとか、信じがたい情報ばかり耳にします。何度も挑んでやっと完走する、そんなこのレースをなんとか一発クリアしたい。と、言いつつも、まだ今年に入って融雪後、富士山には一度も足を運べていません。本番までにせめて2~3回は行きたいけれど・・・。

そういえば昨年、山開きの日のご来光を見に、富士登山競走の練習も兼ねて夜から富士山に登りました。0合目の馬返しから山頂、スバルライン5合目まで。ええ、ひとりで。いくら普段山に登っていると説明しても、世間はそれを弾丸登山と呼ぶのかもしれない。もちろんそれなりの山の装備を背負っていきました。

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仕事終わり、最終で富士山口の駅へ。
駅からタクシーで馬返しまで。不思議そうな運転手さん。色々話をして、山に登っていることも説明して。「なにかあったら電話してくれればいい」、とても親切にしてくれました。

23時00分。
0合目。馬返しを出発。馬返しから五合目佐藤小屋までの樹林帯は真っ暗。もちろん夜にこんなところから登ろうなんて人はひとりもいない。ヘッドライトとハンドライトを着けて、熊対策で鈴とラジオを流しながら、廃墟のオバケ的なものにビビりつつ、トレイルランニング。足早に約1時間弱で駆け上がる。

23時50分。
五合目到着。佐藤小屋前で持ってきた食べ物と飲み物で補給。

0時。
その瞬間にヘッドライトを消すと、真っ暗な夜空に、プラネタリウムよりもずっとずっと凄い数の星。山の向こうまでドーム状に星空が広がってる。感動か寒さかで鳥肌が立つ。ちょうどこの瞬間に30歳の誕生日を迎えました。30という区切りの年。ふつうの迎え方だとなんだかおもしろくないな、何か一生語れるような日にしよう。そう思って富士山に来たのです。
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五合目からは、六合目、七合目と進むごとに1人会うか会わないかくらいの人の数。もちろん山小屋など空いていないしトイレも使えないけれど(一部は山開き取材のメディア向けに開けていた)、静かな富士山を登ることのできる贅沢さ。呼吸を乱さない範囲で、じっくりと登る。夜景が見えていたはずが次第に雲が厚くなり、山頂手前では真っ白に。
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4時30分
23時にスタートして、5時間半。山頂到着。
山開き当日のご来光を撮ろうとマスコミだらけ。それでも真っ白な空。もうだめかと思っていたら次第に雲が切れてとてつもなく明るく大きく神々しい太陽が現れて、その場にいた大勢がどよめき、拍手が1人、2人、最後には山頂にいるほぼ全員で拍手をして感動的なご来光に沸いた。手を合わせて拝む人、静かに涙する人。

想像以上の人の多さと悲しくなるようなゴミの数にはがっくりしたけれど、「ご来光」というものは、やっぱり、感動的なものでした。
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と、まぁ、そんな富士登山を思い出し、それまであまり興味のなかった富士山という存在にすごく興味を持つようになりました。色んなルートがあって、色んな楽しみ方がある富士山だけど、今年はとにかくもかくにもまずは富士登山競走。完走目指して、できるだけ足を運ぼうと思います。うーん、完走したい!

※馬返しから佐藤小屋五合目までの間は熊が出ると言われています。
もし行かれる場合には必ず対策を!

【ちなみに】
この時、山開き前だからきっとそんなにゴミはないだろう、と想像していたのですが、思った以上に「タバコの吸い殻」が多いのが印象的でした。山開き前に登る人はある程度普段から山を登っている人なのでは?=ゴミが少ない、なんていう思いがありました。たとえば飴の袋が、仕舞ったつもりのポケットから落ちてしまったというようなゴミなら(よくはないけれど)可能性としてはあるかもしれない。だけど、岩の間にねじ込むように捨てられていたり、木段の間に明らかに意図的にさしてあったり。ひどいものだと、5本くらいまとまって岩陰に落ちていました。誰かが捨てたあと、次々とマネをしたのでしょうか。それだけではありません。ペットボトル、おにぎりの袋、お菓子のくず、ホッカイロの袋など様々でした。拾って歩いたけれどパンパンのザックにさらに持つことのできる量がそこそこで、特にペットボトルなど全部拾いきれずにもどかしい気持ちでした。ゴミの問題は富士山に限った話ではないですが、けれどやはり外国人も多いシンボリックな山。美しい絵画として描かれる山。憧れの山であるはずのそこがゴミだらけだなんて、本当に悲しく恥ずかしいことです。山開き前で、この状況なのかと、テレビのなかだけではない、目の前の現実になんとも言えない気持ちになりました。小さな力かもしれないですが、行く時にはできる限りゴミを拾って、少しでも綺麗になるように願いたいと思っています。1人のハイカー、1人のトレイルランナー、1人の日本人として。
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