自己責任ってなんだろ?

少し考えてしまった。多分、そんな必要もなく、世の中、もう普通にまわってるんでしょうけど。ましてやこのブログ、社会派ブログではありません。炎上しないでね(笑)

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神楽峰でのバックカントリ-(以下BC)ボーダ-の遭難

私自身はBCはやっていませんが、学生の頃はスキー学校でアシスタントをしながら年間の90日近くを雪山で過ごしていましたので、その考え方や素晴らしさは十分理解できます。そして厳冬期の雪山も登りますので、そのリスクも。

神楽峰山域は数年前からBCの遭難が複数件ある。スキー場からアプローチできる手軽さが、山に入るという意識を薄めるのでしょう。バカだなあ、またやっちまったなというのが第一印象ですが、それよりも、マスコミと世の中の反応に違和感を感じるわけです。まず、スキー場の滑走禁止区域を滑ることと、しっかりルートプランをし、装備し、登山届を提出した上で山に入るBCアクティビティーが同一線上で語られてしまっている。そしてあの記者会見は本当に必要なのだろうか?誰が要求するのでしょうか?

「登山届なし」これはどう釈明しても雪山に入る意識の薄さを露呈してしまっている。他にも判断、装備など疑問符が付く点は多くある。ただ、どんなベテランでも、どんなに適切な装備で山に入ろうと、リスクはゼロにはならないわけです。自然の脅威は時として人の想像を超える。だれにでも起こりうるリスクとして存在するわけです。だから事故を起こした人を一斉に責めたりしてはいかんと思うのです。今回に限らず、山での遭難者が生還した場合、すぐに記者会見が行われますよね。お茶の間の人間は、数日間生死をさまよった直後の人間を罵倒したり、謝罪を強要できるのだろうか? コミックのセリフではないけれど、まずは「よく、がんばった」ではないだろうか。その後、地形図を冷静に見直し、遭難の原因や天候の分析を専門家の意見も聞いて整理し、今後の再発防止に向けた説明会見は行うべき。それも自己責任の1つ。そして多方面に迷惑かけた謝罪は人として当然です。でも、あれでは単なる見せ物(少なくても放映されているコマでは)であって、なにかTVの演出の為に用意された公開処刑のように思えるわけです。 報道というものは、どのように事故のリスクを最小限にするか、そして、今回は救助が来るまで生き延びたという事実に着眼点をおくべきではないかと。短絡的にBCの全てが「無謀だ、身勝手だ」という論調で報じているマスコミには、違和感というか、浅いな、薄っぺらいなと感じてしまうのです。問題なのはBCのリスクマネ-ジメントを啓発、習得できるような業界団体の活動や情報の不足なのではないでしょうか。世論を形成する多くの人たちは、ウインタ-スポ-ツはスキ-場やスケ-ト場で管理された区域で安全に楽しむもの(それでも100%はない)というのがまず前提にあり、そこへ異分子的な新しい価値観やスタイルが入り込むと少なからずとアレルギ-反応があるのかなと。ましてや今回、記者会見をした男性がバリバリのドレッドヘアーで、テレビ的にはそういう異分子攻撃的な報道の仕方が大衆受けするからその方向にバイアスがかかる。そして、世論は、「けしからん、規制しろ!」と。あれ?でもちょっと待てよ、それ、なにかと似てませんかね?

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西穂山荘のFBより。ホワイトアウト時、視界は10mほどか。右上にうっすらと建物が見えなくもない。

 

北海道積丹岳でのBCボーダー遭難、レスキュー隊の過失を地裁が認定。道に1200万の支払い命令

吹雪で視界が悪い中、雪庇を踏み抜き滑落。まだ、地裁判決ではありますが、自分の周囲の反応はすべて同じです。報道されている内容から考えると、不可解な判決ではある。これもなにか報道されていない部分があり、遺族をそういった訴訟に向かわせるものがあったのではないかと疑ってしまうのですが、自分の観点はそこではありません。

自分も含めて「自己責任」という言葉を使うけれど、偉そうに言っても、所詮、死んでしまったら、自分のケツは自分でふけないわけです。だから、絶対に生きて帰る事、そして万が一の時に、残される人、つまり家族には、自分の責任で山に入っているということを話し、理解してもらう必要があるということ。残念ですが、ご遺族のご家族にはそれがなかったのだろう。大切なお子さんを失くした悲しみ、憤りは察するものがあります。おそらく、スノーボードをやっていることは理解していても、BCですから、そこはスキー場ではない、山であること、つまりは登山者と同じ、自己責任の世界であるということをコミュニケーションできていなかったのだと思う。当事者にその意識が欠如していたら、その限りではないのですが。そう、ランナーであっても、山に入るってことだよね、俺たち。