ランナー的初心者オリエンテーリング論

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「とりおいくぼ」 と読むんですな。というかいうかそれ以外読み方ないけどね(笑)オリエンテーリング上級者の方に静岡県オリエンテーリング協会の常設コース(設定期間あり)で、実践的なコントロールへのアプローチを教わりました。線状物をトレースする街ロゲや、トレイル上にコントロールがあるタイプの山ロゲとは異なり(それはそれで楽しいとは思うのだけれど)、設定によってはほとんど道走りのないものもあり、コンパス直進で森の中を5m単位の起伏を読みながら走ります。このコースの背の低い小さいコントロールは、隠すように設定されており、難易度は高いと思います。午前中はあえて難しい設定のコースにてオリエンテラーの方々からポイント講習的に。午後は長め易しめの設定をソロでトライするも、やはりミスが多く、時間が厳しくなり後半は複数人で。特に道走りからのオフトレイルへのアプローチはとても勉強になりました。ガチのオリエンテーリングを少しだけ垣間見た気分。初心者の自分が言うのもなんですが、OMMの設定は易しい設定の部類だったのだなあと実感できました。

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途中、自分の位置を確認するために地図北端の送電線下に出ると、そう、あのUTMFの送電線下区間!となると、途中の道走り区間は「子供の国」の後、いや、前、どちらも正解?(笑)の林道ですな。あの頃、違う競技で、この森を、違う形で走るとは想像もしなかった。なんとも不思議なものです。御嶽近辺をトレイルランニングではなく、ボルタリングで訪れた時と同じ感覚。そう考えると、アウトドアアクティビティーに垣根はないんだよな、と改めて実感。今年は、ロゲやオリエンテーリングにも参戦していきます。もちろんボルタリングやルートクライミングも楽しいので続けていきます。それぞれは大したレベルではないのだけれど、それぞれを長く続けていくために、自分には必要なものなのだと思っていますから。

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それでもレースに出る理由

この投稿、彩さんエディさんのブログと合わせて読んでほしいと思う。アンサーソングならぬアンサーブログというか、たぶん同じことを言っているんだけど逆説的な視点からってことになるかな。

どうも自分ぐらいの歳になると、いちいち理由や意義がどうのこうのってこと考え出す。酒の席で昔はこうだったと語るオヤジ(笑)だいたいのパターンが、時代背景を「定義」して、その当時の自分のやってきたことの「意義」を語る。でもここに書くことは、これからの事、そしてできればずっと続けて行きたい事だから、ブログで語るぐらいの事はお許しいただきたい。

KOUMI100  32kmを5周回する独特のレース。林道、舗装、トレイルと総合的な走力が求められた。残念ながら100K地点でDNF

KOUMI100
32kmを5周回する独特のレース。林道、舗装、トレイルと総合的な走力が求められた。残念ながら100K地点でDNF

 

振り返ってみると、昨年は走ったトレイルランニングレースの数が激減した。KOUMI100マイルとUTMFの2本だけだ。しかもKOUMIは100K地点でDNF。走る予定であった、おんたけ100Kは、南アルプス縦走へ変更となり、その後、奥穂高、ジャンダルム、奥秩父主脈稜(分水嶺)縦走や、OMMを意識してのファストパックを繰り返していた。あるいは、御嶽で外岩ボルタリングと里山バリエーションハイクのセッションなんてことをやっていた。自分が求めていた山の楽しみがそこにあったから。つまり自分にとってトレイルランニングレースというのは、そこそこの山の装備と経験値であっても、安全に、比較的長い時間、一人ではなく仲間とも、心地よく心拍をあげながら、山と向き合える手段だったということ。それが装備を揃え、経験を積むことで、レース以外の他の方法で代替えが可能になった。その時点で、レースにでることへの別の意義を見いだす必要がでてきてしまったということなのだと思う。

 

ハセツネコースを北へ下りると御嶽の川沿いにボルダリングの人気スポットがある。

ハセツネコースを日の出山から北へ下りると御嶽の川沿いにボルダリングの人気スポットがある。

一方で、あれだけ「もうやめるよー」と言っていたフルマラソンを今年も続けている。なぜだろう?元来、自分の仲間と比較するとダントツに遅いので、多少タイムが落ちたとしても最初からプライドなどない(笑)それでも昨年から始めたクライミングのおかげで、身体のつくりが変わってきたことに大きな興味がある。上半身に筋肉(ちょっと脂肪もね)がついて重くなり、シーズン前半には身体の使い方が分からず、一時的にスピードが落ちたのだけど、レース後半で極端に落ち込まなくなってきている。これは、言い換えると、フルマラソンの42kmの話だけではなく、自分が10年後、赤いちゃんちゃんこを身にまとったときに、まだ走れるイメージができ始めているということなのです。以前のガリガリの上半身では60歳で走っている自分がイメージできないでいた。なにかで読んだ受け売りの言葉なのだけれど、陸上競技というものは、「自分の身体をつくり、そしてその使い方を工夫して数字に置き換えて行く作業だ」というものがある。タイム、距離、高さ、これらは数字として明確になる。今年、TEAM SOTAに参加する理由がここにある。これまでお世話になったTEAM100マイルでのトレーニングでは、もともと身体的能力の高い選抜されたメンバーが、トップランナーから伝授される理論と、圧倒的な練習量をこなしていくことで素晴らしい結果を出していった。これはこれで自分の身体をつくる上で必要であったこと。一方で、これまで何度か、小川壮太さんに指導していただいた経験があるのですが、そこでは関節や筋肉の連動した動きに着眼して指導していくことに特徴があった。TEAM SOTAでは、年齢を重ねても長く走り続けられる身体の使い方というものを、もう一度基礎から考えてみたい。若い人たちで目先のタイムに行き詰まったら、もう少し長い時間スパンで自分のランニング生活を考えてみるのもお勧めです。

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TEAM SOTAの第一回が昨日開催された。わかりやすく、自分の伸びしろがまだあるんだと気づかせてくれる動画での解析

なぜ、レースに出続けるか、ロードレースであれば、長いスパンで身体をつくり、そしてその使い方を試行錯誤していくこと。そこが楽しく思えてきた。この長いスパンということがすごく大切で、その視点が欠けていると、目の前のレース、今シーズンのPBにこだわり過ぎてしまう。そこで仕事や私生活、メンタル的なモチベーションとのバランスを崩すと、ちょっと厄介ですね。トレイルランニング、スカイランニングレースは、タイムという競技性以外に、山と向き合う時間を与えてくれる。心地よい心拍感と、美しい景色、そしてそれを共有できる仲間、これらはレース以外でも代替えが可能なのだけれども、山との対話の中に、もう1つは厳しさというのもある。「お前はこの先、本当に行けるのか? やめるのか?」ということを山から問われる、そして自分に問う。時には漆黒の闇の山中で考える。こういう時間は、登山であれば厳冬期のアルパインクライミングでもやらない限り、そうある事ではないでしょう。山においては途中でやめることも大切である事を学び、さらにゴールする喜びが強烈なものとなっていく。たぶん、脳科学的には、こういう状態というのは、なんちゃら物質が分泌しているのではないだろうか?自分自身も、この部分には、一種の中毒性というか依存性を感じることがある。アルコールや賭け事といった過度になると社会的に問題視されるものだと分かりやすいのだけれど、こういった趣味の世界の中に、強烈に依存性のあるものを知ってしまったのは、幸せなのか、危険なのか(笑)ただ、少なくても一歩引いて、鳥瞰図的な視線を持つ事で、周囲の物事とのバランスを取り、これも長い時間のスパンを考えていくことで、上手につき合いながら楽しめるのではないかと思っている。

つらつらと書いているうちに、キーワードが決まった。そう、長い時間スパンで。その時々で、向き合い方は変わっていくと思うのだけれど、年齢を重ね、自分らしい、こういうウルトラトレイルもあるんだというものを、自分の中に探していくために、ロードレースにも、トレイルレースにも出るのだと思います。だからあくまでも自然体で、走りたくなったらレースを走ります。ただ困ったことに今年はまだ何も決めていません(笑) お勧めあれば教えて下さいね。