菊桜と松と東屋と。

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1,000mクラスの里山の中腹、800m地点の東屋の横には、菊桜(?) でしょうか、明らかに他の山桜とは異なる桜が1本、満開で迎えてくれた。そこは松の巨木の名勝として知られるところで、昔から人が集まる場所のようです。その日も地元の方々が登山道整備を行っていました。挨拶をすると、我々のようなタンクトップとショーツスタイルに嫌悪感を示されるわけでもなく、すぐに立ち話が始まった。東屋には整備活動終了後の一杯に、一升瓶とビールが並べられている。時間があればお仲間に入りたい気分だが、そこは我慢して立ち去ろうとすると、東屋に登頂者名簿があるので是非書いてほしいと言われた。登山届は出すように心がけてはいるが、よく山頂にある登頂者名簿に記名したことはなかった。遭難件数の多い山であれば、そのルートを追うための手がかりにはなるかもしれないし、信仰の山であれば登頂回数が宗教的な意味を持つのは理解できるが、これまで多くの里山になぜ登頂者名簿 があるのか少し不思議に思えていたのだけれど、この地元の方々の笑顔と歓待に会えて理解できました。「おらが里山」そしてそれは素晴らしいものだから、自分達で独占すべきものではなく、できるだけ多くの人と共有したいと思うもの。だからボランティア整備にも入る。登頂者名簿はそういった方々のは励みにもなっているのですね。昨今は個人情報を残すことに抵抗を感じる人も多いだろうから、東京都XX(名字のみ)でも良いと思う。登山届とは違った意味を持つ里山の登頂者名簿にほんわかした連休最終日、朝の里山バーチカルD+730m一気登り、長野県千曲市五里ケ峯にて。


カタクリの花

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花が咲くまで7年かかるという。実際の片栗粉は芋の澱粉から作られるのでそれは別物。絶滅危惧種の希少性からか盗掘の対象となってしまう。トレイルランナーならば、ハセツネコースの山域にも群生地があるのを知っているかもしれません。そのように多くの場合、人に知られてしまい、保護管理の下にあるのだけれど、今日は年に数十人通るかな?というマイナールートの登山道脇に咲いているのを見つけました。この山の麓の集落に有名な群生地があるのだけれど、踏み跡薄いマイナールートの登山道に咲くカタクリを見て「おいおい、こんな目立つ場所に咲いてちゃダメだよ。人に見つからないようにな」と声をかけたくなった。


MERU [ メルー] 試写会にて

自分は山岳やトレイル物の映画、小説、ドキュメンタリーというものがあまり好きではない。多くの場合、登山 = 孤独、そこへステレオタイプのネガティブ人生とかを盛り込んだり…そんな気持ちで、山登ってねーし、走ってねーよ、というものが実に多いのだ。なのであまり期待せずに、MERU[メルー]の試写会に足を運んだ。   img_7788   この映画はそんなレベルのものとは違っていた。一瞬でも疑ったことに「すいません」と素直に謝りたい。Jimmiy Chinはアルパインクライマーであるとともに、National Geographic誌の山岳Photographerでもある。その映像が美しくないわけがない。ヨセミテのような垂壁、ポータリッジでの宙吊り生活を淡々と映し出していく。そして全編に渡って、使われた単語で最も多かったものは、riskteammentor(師)そしてfamilyだと感じた。(数えたわけではないが…) これは、共同監督のエリザベス・チャイ・バサヒリィの影響だろう。アルパインクライミングがわからない人にも楽しめるエッセンスが全編に流れている。それは、極端な誇張や、ヒューマニズムに偏りすぎることなく、程よいバランスを持って展開されていく。

自分には無理ですな。早く温泉に入りたいってもんです。

自分には無理ですな。早く温泉に入りたいってもんです。

山で遊ぶ者としての視点から考えてみる。エクスペディション(遠征)は2回に渡っている。つまり1回目は撤退しているということだ。自分は1回目、残り100mを残しての撤退を最大限にリスペクトしたい。4日間のポータリッジでの停滞の後、食料が不足しているにも関わらず、下りずに登っていく。これは節約することで計算できること、その経験値が3人のうち2人にはあること。そして撤退ラインが明確に決まっているからこそできることであり、プロであれば次につなげるデータが必要で、登れる高さまで登るのも納得できる。つまりコントロールできるリスクだ。一方、残り100mであっても、日没後の1ビバークは、気温次第では死を意味するものであり、とってはいけないリスクとなる。山に行かない人にはなぜ?と思えたかもしれないが、当然の判断だったと思う。そして、2回目の遠征の前に、チームはある重大な決断をする。映画を見ている時は、「その判断はちょっと…」と自分は思った。実際に賛否両論があるはずだ。でもよく考えると、あの1回目の撤退判断ができるチームであれば、それもありかなと思えてきた。自分の過去を振り返ると、どんな山や岩を登ったかも大切だけれども、誰と登ったか、その景色を誰と共有できたかはとても大切なもの。そのための準備、行程、すべてが登山であり、ピークに立てたか、立てなかったか、登れたか、登れなかったかは、その要素の一部にしか過ぎないということ。そんなことをふと思った。そしてその重大な判断とは…それは大晦日の公開で映画をご覧になってください。

Jimmy ChinとTNFのアルパインクライマーが花を添える。なぜか、フリークライマーの平山ユージが。ジャンル違うじゃないか?と思ったが、ヨセミテでのプロジェクトの際に、Jimmyに撮影を依頼した縁があるそうです。

Jimmy ChinとTNFのアルパインクライマーが花を添える。なぜか、フリークライマーの平山ユージが。ジャンル違うじゃないか?と思ったが、ヨセミテでのプロジェクトの際に、Jimmyに撮影を依頼した縁があるそうです。

自分は人工登攀、アルパインクライミングはやっていません。クライミングはやりますが、自然の外岩でのロープクライミングでもフリークライミングまでです。(違いがわからない人はググってみてね)自分が向き合えるリスクはそこまでだと思うからです。それは決して恥ずべきことではなく、その範囲でのチャレンジとそのプロセスを楽しめばいいことだと思っています。アウトドアアクティビティーにリスクはつきものです。アバランチ(雪崩)という計算できないリスクも存在します。ちょっと寒いですが、自分が向き合えうことのできるリスクの範囲で、最大限チャレンジしようよ、もっと山に行こうよ、というのが、私がこの映画に付け加えたいメッセージです。

MERU[メルー]オフィシャルトレイラーはこちら(リンク)


分水嶺 2016春

今年もこの時期にこの山に。

昨年は分水嶺トレイルの大会に参加する形で、夜間行動をとり、一気に分水嶺を駆け抜けたのですが、今年はテント泊縦走という形で後半部分の山域を楽しんできました。今年から分水嶺トレイルの一部コース変更になり、瑞牆山から不動沢を下った後、「少し退屈」とされていた林道部分が短縮され、破線ルートで県境の分水界へと向かい、忠実に中央分水嶺を西へなぞるコースになるようです。そこは松平林道や他の主要林道ができる以前は、信州峠から小川山方面へ抜けるルートとして活用されていたと思われますが、現在の山と高原地図や、国土地理院地図にも記載されておらず、もちろんリボンや道標はありませんから、廃道古道ということになるのでしょうか。危険な箇所ではありませんが、地形図を読む読図力は必要になります。一部登山道としての跡がかすかにあり、人知れずひっそりと佇んでいます。自分たちが久しぶりに現れた人間だったかもしれません。昔の山と高原地図には記載があるようで、あるピークに「石っこつ」という名前がつけられています。自分はなにかの記念碑が風化して彫り文字が消えたのではないかと勘違いするような、不思議なオリベスク状の岩石でした。そこから西へ伸びる尾根は石がごろごろと転がり、頑丈で、それでいて歩きやすい風情のある尾根でした。林道ができて、車も通過できるようになり、便利になったことは間違いありませんが、それと引き換えになにかが失われたのかもしれません。それをこういう形でまた楽しむのもよいでしょう。

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こちらは登山者も多い金峰山五丈岩

 

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広いく踏み跡が薄い尾根は獣の踏み跡などに騙されて、方向を外しやすい。

 

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春の満月...動物たちがとても賑やかだった。

春の満月…動物たちがとても賑やかだった。

 

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50年前の概念図

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クライミングジムで昭和42年初刊のアルパインクライミング関連の古書に涸沢、穂高、ジャン周辺の概念図を見つけた。概念図とは尾根谷を略図化したものです。先日、自分も穂高連峰のDVDのファンであるハチプロダクションの「ぼちぼちいこか」(リンク)のブログで、春の穂高に来る軽率な登山者への批判が綴られていたのだけれど、そこへの色々なコメントを読むと、なんだかこちらも疲れてしまった。人への怒りとか批判はエネルギーを奪いますね。ブログ著者の方は生死を分ける現場にいらっしゃるわけで、それは怒るのも仕方ないとは思います。登山人口が増えれば、一定の割合でおかしな輩はいるだろうし、昔もいたんじゃないかなと。ただ、怒られ、諭され、段階を踏んで山を理解して行くところを、今は雑誌でのきれいな特集とかSNSでいい結果だけが表面にあると、そうなっちゃうよなぁと。最近は情報の少ない外国人ツアー客も多そうです。閑話休題。当たり前ですが、この概念図は半世紀近く経った今でも何一つ変わりません。尾根と谷、地形が変わることもあるけれど、それは数百年、数千年単位。色々な環境が当時と変わっているのかもしれないけれど、変わらないものには、変わらないもの、変えてはいけないものをもう一度確認するしかない。「自然への畏敬の念」自分は今一度心に留めたいと思います。

追記 : お気づきの方も多いと思いますが、このブログのカバー写真はジャンダルムのトップから北穂高、槍ヶ岳方向を写した写真です。天候に恵まれとても楽しい山行でした。まずは夏山シーズンであっても、きちんとした装備と計画での山行ですね。


早熟の天才

衝撃的なニュースだった。

「白石阿島、14歳で比叡山のHorizon V15( 5段 )を第ニ登」

クライミングの経験がない方のために、わかりやすくマラソンに例えるならば14歳の女子中学生が2:07分台で走ってしまった事と同じような衝撃的な出来事になる。このV15というグレードを登れるクライマーは、男性を含めて世界でそう多くはいない。そこへ女性初、そして最年少というのは早熟の天才としか言いようがない。よくクライミングジムで、大人が子供に勝てないことは多々ある(自分の場合、常にそうだ)自重の軽さや手の小ささをうまく利用して、大人では思いつかないムーブで登っていく。ただ、今回の白石阿島の場合は、そういう次元ではない。インドアでの競技会の動画を観ると、ここ1~2年で身長も伸び、すでに幼児体型ではなくなっており、手足の長さと関節の柔らかさを駆使して、他の選手がデット(飛ぶような動き)で取りに行くところを、スタティクス(静的なゆっくりとした動き)で取りに行く事ができる。筋繊維が太い欧米選手(白石阿島は日本と米国の二重国籍だが)と比べると明らかに異質だ。

他のスポーツで早熟の天才が消えていく例を多くみかける。体型変化によって感覚が大きく変わるゴルフではジュニアでのトップがそのままトッププロになった例は稀ではないだろうか。そしてなによりも継続的な努力が続けられる環境がとても重要であるように思える。継続的ということは、絶えず力が入った状態ではなく、息の抜き方も含めて、子供が子供らしく成長していくこと。聡明な子供ほど、否が応でも近寄ってくる大人の社会に適応して「良い子」になろうとする。それは時として大人びた発言や行動が伴うことになる。子供が大人びてしまう環境は決してよいことではないですよね。白石阿島も、学校で勉強をし、友達とアイスを食べ(食事制限による体重コントロールは厳しいかもしれぬ)、恋をし、そういう1つ1つの成長を経て、これからもクライミングを続けてほしい。今回の偉業は外岩でのV15第二登というものであるが、これからインドアでのスポーツクライミングでもタイトルを総なめすることだろう。周囲の大人たち、特に日本のマスコミは、日本と米国どちらからオリンピックに出るのかなどという気の早い話をしだす無神経さ。もう少しそっとしておいてあげようよ(笑)

彼女のinstagramだが、女の子らしい絵文字が使われていて、なんだか少しホッと安心した。

彼女のinstagramだが、女の子らしい絵文字が使われていて、なんだかホッと安心した。


徒然と、シューズデザインについて

どんな商品でもマーケットが成熟してくると、商品性能は似てきてしまうところがある。特にスポーツの場合、マーケット規模の大きいメジャーな競技のものはそういう傾向にある。そこへなにか革新的なものが発売されると、全体もその方向へと流れる。その繰り返しの中で、例えばロードランニングの場合、差別化しようとそれぞれが努力した結果が、ライド感、接地感、フィット感のような感覚的なものであったりするわけですが、主観に委ねられるものであるから、決定打にはなりにくい。そこでデザインで表現することもある。ウエイトを考慮すれば、デザインはミニマルであるべきだが、ちょっとした遊び心も欲しい。しかしながら、ミニマルなデザインで差別化することは、なかなか至難の技で、ともすればゴテゴテと装飾的なパーツやグラフィック、色使いになったりもする。そういったものを英語ではギミック(機能が伴わない見せかけの装飾)とも呼ぶ。

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最近、全盲の競技者の方に、個人的に手配したスパイクに本当の機能的な美しさを見た。普段自分が履かないが故の、軽さに対する驚きもあったのですが、自動車に例えるならF-1のような美しさがあった。これを履いていただく全盲の方は、当然ながら、見た目のデザインではなく、フィット感という感覚的なものを評価していただいて購入したいと言ってくれたわけで、そういったことも含めて本物なんだなと感心した次第。

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もう1つの写真は昨日購入したフランスのクライミングシューズ、Andrea Boldrini社のシューズ。サイズがなく、1年近く待ってやっと手にいれたもの。生産量が限られていており、輸入元の直営店に問い合わせても、「うーん、みんなバカンスでクライミングに行っちゃって、いつ入荷するかわからないんです(泣)」という回答に、余計に欲しくなってしまった。そんなにクライミングが好きな会社が作ったシューズならば、きっとよいものだろうと。クライミングシューズは、マーケットが小さいために、こういったメーカーがかろうじて生き残っている業界なのだ。陸上のスパイクが工業品としての美しさであるならば、このクライミングシューズは手作業の職人が作り出す美しさだ。パーツ1つのカーブや、ベルクロ先端の角度、たぶんラインで生産するには、かなり効率の悪いものだろうと思う。そういったものをど返しして、美しさや機能にこだわっているのが伝わってくる。フランス国内で生産されているものなので、祝いにフランスワインを買ってきてしまった(笑)

さてトレランシューズはどうだろう。かつてはヨーロッパ系とアメリカ系のブランドで、そのフィールドの違いからか、あるいは登山靴を発祥にしているブランドである場合、ライド感、簡単にいえばソールの硬さに随分と違いを感じられたものだった。ところが最近は、トレイルランニング自体がグローバル化しているからか、さほどその差を感じることはなく、どれも走りやすい。各ブランドで注力しているコンセプト、例えばゼロドロップ、厚底、ラグの強さ(あるいはその逆)などの特徴がそのままそのブランドを印象付けさせることになっている。同じコンセプトのシューズを履いたら、ブランドが違っても、その違いがわからないかもしれない。トレイルランニングのマーケットは小さいのですが、上記のAndrea Boldirini社のようなメーカーはもう残っていない。少し寂しい感もある。

さて、クライミングシューズのエースは決まったが、今シーズンのロードのシューズをまだ決められない。フルだろうが、ウルトラだろうがワラーチでいっちゃうよ、という自分のスタンスを持っている裸足族が少し羨ましくもあったりする。もう師走も半ば、そろそろ決めねば。


「Wild」と「Mile, Mile…and a half」

FBでいくつかの投稿を見て気になっていましたし、MMAブログでアメリカ、ワシントン州在中の藤岡さんが紹介していたので、久しぶりに映画館へ足を運びました。Pacific Crest Trail ( PCT )にも少し興味がありましたので。

「WILD」邦題は「私に会うまでの1,600km」(どうしていつも邦題はこんなにもセンスがないのだろうか) テーマの重い映画でした。トレイルを歩かない一般の人にも感動してもらわなければならないから、ヒューマニティを掘り下げていくことがメインとなるのは仕方がありません。 (ざっくりとしたあらすじは、上のリンクの藤岡さんのブログをお読みください。)そういった意味で評価が高いのも納得で、この日も満席となっていました。「歩く」という行為は、人を内向きにさせるのかもしれません。自分と向き合い、見つめ直す、必要な時間なのかもしれません。だけれども、私が「走る」ときは、その逆のベクトルが働いています。過去とか、特に自分のネガティブな要素は一切考えていない。ネガティブなことが頭に浮かぶことも、ないことはないのですが、そのときは身体の動きも悪くなり、すぐに打ち消すようにしています。主に自分以外のこと、そして時間軸は常に先のことを考えている気がします。あるいはなにも考えていないかです。又、トレイルや山に精神性を持ち込むのはあまりお勧めできません。自分が走ったり、標高の高い稜線をファストパックで駆け抜けたりするのは、単純に「楽しいから」というのが理由です。管理された一般登山道を歩くだけならリスクも最小限かとは思うのですが、標高の高い山々で、「精神性」やら、「挑戦」というメンタリティーを持ち出すと、冷静な判断を狂わす大きな要因になりかねないと思うのです。自分の心のベクトルがそういう方向に働いていると感じたら、一人では山に入らないようにしています。あくまでも「楽しい」を感じることが目的だと思うのです。一方で、レースはある程度コントロールされたエリアで行われるわけですから、自力下山ができる範囲ならば、思う存分「挑戦」してもいいかなとは思いますけれど。ちょっとひねくれた視点からこの映画を観てしまいました。

 

こんな映画もあります。知人のブログ紹介で知りました。「 Mile, Mile …and a half」訳すと、下りてくる人に、「あとどれぐらい?」と聞くと「あと少しだよ」と答えるが、実際にあと少しだったことはない、というトレイルあるある用語です。ヒューマニティ的なストーリーは一切なし、写真家やクリエーターたちが、ただただ美しいJohn Muier Trail (JMT = PCTの一部でもある)を歩きながら記録した映画です。これは本当に映像が美しく、終盤に合流したミュージシャンたちの音楽もいい。ただ、こういったものはトレイルを実際に歩く人以外には興味を持ってもらえないから、日本での一般上映は無く、現在はI- Tunesで購入が可能です。これはお勧めです。休日に家にいるときはBGM的に流していることも多く、とても気に入っています。


分水嶺 装備過不足

大会前日に掲げた装備リストに関して、直接質問を受けましたので、文責上、その評価もしておいたほうがいいだろうと思いました。下記に、いくつかの点を列記しておきます。私の参加したのはAコースの鴨沢からであり、Bの青梅からですと、水場やビバーク地点、山小屋での食事の有無なども異なり、装備も異なるはずですのでご注意を。

スタート前日の天気予報は、台風11号は日本海側へ抜けて、直接の影響は受けないもが、南西からの吹き返しの風が強く、又、大気が不安定な状態が続き、夕刻時に雨が降る可能性があるというもの。ここから読み取れるキーワードは、風は強いが南西風なので気温はさほど下がらない。長時間降り続く雨はないが、短時間でゲリラ的な豪雨もあり得る、低体温のリスクは夜間に身体が止まった後、雨と風に影響されてのこと。ということは → 夜間は超軽量ウインドシェルをメインに。レインパンツはトレントフライヤー(ゴア)ではなく、軽さを重視してバーサライト(モンベルオリジナル素材)でいく。ただし、レインジャケットはしっかりとしたトレントフライヤーをザックに入れておく。という判断でした。

7/18付ブログ「分水嶺、行ってきます」

bunsuirei_装備(PDFリンク)

全体の嵩と重さ

食糧は半分近く残しました。これは、営業時間内に通過する山小屋が2つあったことが大きいと言えます。ゴールした時に、食糧が余っていること(予備食糧の考え)が原則ですので、山小屋の食事がなんらかの事情で注文できなかった場合を想定すれば、半分に削ることはできません。いつも消化しきれないジェルを少なく、直前に増やしたロールパン、焼き菓子類(カロリーメイト系)も少なくて良かったかなと思います。

全体の嵩高は、OMM CLASSIC25Lで余裕のある状態でしたので、今回の気象条件であれば、上記食糧を控えめに、ザックを軽量の20L( Laser20やOMM Phantom、Answer4 Foucus Rなど)、軽量マットを上手く外付けできれば、5kg前後にまとめることは可能だと思います。ただ、私の場合、普段の縦走で、同じポケット位置、同じ構造で容量違いのOMM CLASSIC 32Lを使用しているため、どこに、なにを入れるという「慣れ」が大きな安心感を生み、また、分水嶺トレイルでは、ツエルト設営、撤収といった作業も時計が動いている中で行うわけですから、20Lにきっちり詰め込むよりは、多少、余裕がある状態でスタートし、途中の出し入れは、雑にガサガサと突っ込んで、形とバランスをポンポンと叩いて整えるのが今のところよいと思っています。もちろん、走力があり、軽量化重視、荷物の揺れを気にするのであれば、20Lにきちんと詰めるのがベストということなのだと思うのですが、これは7/18のブログに書いた通り、人それぞれの考え方に因りますので、自分のスタイルを見つけてください。特にビバーク時間を長く取る人や、その快適性を選択するのであれば30L以上、50Lザックの参加者が多数であったことを記しておきます。

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新しくしたヘッドライト

軽量性と防水性から、Black DiamondのStormを使用しました。最近のヘッドライトの明るさは驚くものがあり、160ルーメンというのは暗い部類に入るのではないでしょうか。ただ使用してみると、この縦走競技に使用する明るさとしては十分であり、むしろこれ以上明るいと、その弊害もでてくるかと思います。(目の疲れや、照射範囲外との明るさの差が大きく、分岐を見落とすなど)又、赤外線モードは、深夜に小屋近くを通過する際や、避難小屋に入るときなど、マナーモードとして役立ちました。

 

迷っていたシューズの選択

前日までの雨で、岩場や濡れた木階段には、ラグの強いSpeed Cross (Salmon) よりは、クライミングシューズとトレランシューズのハイブリットと言われるRover(Patagonia)が適切でした。クッション性が足りない分は使い慣れたNIKEのインソールを入れて補いました。ソールがビブラムの Speed Goat (Hoka) が、ギリギリのタイミングで発売され、これも迷ったのですが、ビブラムという材質でありながらも、ソールパターンはラグが強めで接地面積が小さく、濡れた岩場でビブラムの利点を生かしきれないのではないかという不安があり、テストなしでの今回の使用は諦めました。(でも良さそうですな)

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Ambit3のナビゲーション機能と1/25k地形図

瑞牆山のピークからゴールまでの地図読み区間を含む20数キロで使用しました。 Ambit3のナビ機能で20キロ以上のルートを設定すると、時計画面に現れるルートの縮尺が大きくなり、小さなカーブは表現されませんので、ルート方向を示す機能があてにできません。また、先行者が迷ったと思われる踏み跡に入ってしまい、気づいて戻るということが何度かありましたが、このときも時計画面上ではほぼオンルートでした。やはり、ナイトナビゲーションといえども、地形図をみて、ライトで見える範囲であっても、尾根がどの方向に走っているのかを確認すれば、不安なく薮に分け入って進んでいく事が可能であることを学びました。今回の一番の収穫かもしれません。Ambit3のナビ機能は、分岐や、見落としやすい水場などをセットして、警告音を鳴らすことで、夜間のナビの補助機能として有効かと思います。

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全体として、若干の軽量化の余地はあるものの、不足したものはなく、自分の山行計画と今回の気象条件にはマッチしていたと思っています。

2/23/2016 追記

Ambit3のナビゲーション画面は左下のVIEWを押すと、ルート全体を示す縮尺とと細部を表現する100mの縮尺でが切り替わる。それを知らずに上記の記事を書いてしまいましたので、加筆訂正いたします。これを活用していれば先行者の踏み跡に惑わされずなかったかもしれませんが、少し迷うことで、本来の地図とライトで地形を照らすナイトナビが経験できたので、結果その方がよかったと言えます。また、メーカーの方のお話では、ナビゲーション機能を使用すると、GPS交信が自動的に毎秒単位になるとのことで、海外のロングレースでスタートからずっと使い続けるのは難しいと思われます。夜間限定や、この分水嶺のように一部区間での使用に限定されることでしょう。やはり、地図とコンパス、そして山岳GPSを現在地確定のバックアップにできれば尚いいかとは思います。

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写真は100m縮尺の画面、街中で使用した場合です。

 


分水嶺、行ってきました。


image 山行計画39時間に対して39時間51分、いくつかの予定外の出来事にも柔軟に対応でき、もちろん身体的にはきついのですが、とても楽しみながら過ごした山の時間だったと思います。

印象の残った風景をいくつか。これまでの奥秩父主脈稜縦走での美しい風景写真だけではなく、大会らしい視点からのものを織り交ぜて。

 

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7/18の日の入りは、おおよそ19:00、笠取山先の小さな分水嶺(流域分水嶺)の先に広がる笹原の夕暮れ時の原野風景が見られるかなという期待を持っていましたが、日の入りには間に合わず、夕闇が迫る直前の市民薄暮(ライトなしで行動できる時間)となりました。写真は露出が多く入り、実際にはもう少し暗く見えています。それでも美しい風景でした。ここからライトを装備して夜間行動になります。

 

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山域がひとつ違うと、雨がひどかったようですが、私の時間帯では幸運にも雨はさほど強いものにはなりませんでした。反面、風が強く、木々が常にザワザワとしていました。雁坂峠を過ぎてしばらくすると、針葉樹が立ち枯れているエリアがあります。昼間でも神秘的な風景であり、闇夜に自分のライトで照らすとさらに神秘的です。そして少し前に降った雨と強い風で空気中のチリが落とされたようで、ヘッドライトを落とすと星空がとてもきれいなものでした。i-phoneで星を写すことはできませんので、枯れ木の向こうに満天の星空が広がっていると想像してください。

 

 

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おそらく塩山あたりの街明かりでしょうか。夜景としては大きいパノラマのようなものではなく、遠くに、ほんのりとやさしく見えるものです。大きなトレイルランニングの大会とは異なり、Aコース、Bコース合わせても100名に満たない人数ですので、前後の選手のライトも見えません。今回の日付は月齢も薄い三日月で闇夜は深く、闇の向こうに広がる大きな山々を想像すると、自分がとても孤独な存在であり、闇の中に一人取り残されたような不安を覚える瞬間がありました。そこへ、街明かりが遠くにでも見えると、それは人の気配でもあり、自分が帰る場所を確認できるものなのです。だから印象に強く残ったのかもしれません。自分は山が好きですが、山に住めるかといえばNOであり、普段の街の営みがあっての山行だと思っています。

以前のブログには、この稜線を夜間行動をするのはもったいないとも書きましたが、大会ならばこのような風景を見られることを思い出しました。第1回のUTMFで見た三国峠の星空、次のUTMFでは竜ヶ岳にでっかい満月、さらにさかのぼれば、ハセツネの後半、日の出山から見える東京の夜景も思い出しました。

 

 

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甲武信ヶ岳を過ぎ、国師ヶ岳へ向かう原生林の森は美しい場所です。大弛小屋のご主人の話では、登山道整備のときにも、美しい倒木は切らないそうです。今、コケが生して、土に還りそうな倒木は50年ほど前の倒木とのこと。そこへ、どうしたことか、幼木が生長しています。強い生命力で、倒木が土に還るときに根を地面に落として生き延びるのでしょうか。なにか生命の輪廻を見たようで、思わずシャッターを切りました。

 

 

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大弛小屋のカレー(完食済)と、富士見平小屋の鹿ドックです。富士見平小屋の地ビールがとても美味しいのは知っているのですが、そこは我慢しました。自己責任の範囲ならば山行計画に「ガソリン補給」と書くのもいいでしょう(笑)山小屋営業時間内で迷惑のかからない時間帯であれば、小屋の食事を注文することも可能です。どんな栄養学的に優秀なジェルやサプリメントよりも、人の作った料理がやはり一番美味しいということ。山小屋のご主人とスタッフに感謝です。

 

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派手なMC演出や大観衆がいるわけでもなく、選手がゴールへ近づくたびに、数人のスタッフが数分前にゲートを立てるというとてもアットホームなゴールです。ノンサポートの大会ではありますが、東京、山梨、長野の3都県をまたぐ、国立公園内での大会ですので、その手続きの煩雑さは想像がつきます。スタッフがいるCPは標高の高い峠であったり、選手からの通過連絡やリタイヤ連絡など、少人数のスタッフが的確に動く必要があるはずです。事故なく運営していただいたことに頭の下がる思いでいっぱいです。ゴール後に、主催の方とお話することができたのですが、やはりこれはトレイルランニングレースではなく、縦走大会であるということを再認識しました。走力の高い一部のトップ選手であればトレイルランニング的にビバークなしでゴールまで行くことも可能ですが、ほとんどの選手は、ビバークと補給計画を立てて、修正しながら進んでいくことになります。自らの安全確保のために、そして身体負荷を抑えるためにも、仮眠は絶対に必要であり、山岳系100マイルレースのように、ある程度のサポートがある中で2晩寝ない(寝られない)でプッシュし続けるトレイルランニングレースではないわけです。分水嶺トレイルは、自分で(チームであれば、自分たちの)山行を計画し、そして起こりうる事態に、山の経験値でどう対応していくかという競技だと解釈しています。順位やタイムを競うのではなく、準備段階も含めて、山行を自分で評価していくものだと再認識しました。レギュレーションや形態がTJARと似ていることから、ミニ(ミニx5ぐらい?) TJAR(リンク)とも位置づけられますが、決してそれを目指す選手のための大会ではなく、各々がリスクコントロールできる範囲での計画、装備、それとチームでは助け合いながら進むという、TJARにも、トレイルランニングレースにもない形式を楽しんで欲しいと思っています。