徒然と、シューズデザインについて

どんな商品でもマーケットが成熟してくると、商品性能は似てきてしまうところがある。特にスポーツの場合、マーケット規模の大きいメジャーな競技のものはそういう傾向にある。そこへなにか革新的なものが発売されると、全体もその方向へと流れる。その繰り返しの中で、例えばロードランニングの場合、差別化しようとそれぞれが努力した結果が、ライド感、接地感、フィット感のような感覚的なものであったりするわけですが、主観に委ねられるものであるから、決定打にはなりにくい。そこでデザインで表現することもある。ウエイトを考慮すれば、デザインはミニマルであるべきだが、ちょっとした遊び心も欲しい。しかしながら、ミニマルなデザインで差別化することは、なかなか至難の技で、ともすればゴテゴテと装飾的なパーツやグラフィック、色使いになったりもする。そういったものを英語ではギミック(機能が伴わない見せかけの装飾)とも呼ぶ。

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最近、全盲の競技者の方に、個人的に手配したスパイクに本当の機能的な美しさを見た。普段自分が履かないが故の、軽さに対する驚きもあったのですが、自動車に例えるならF-1のような美しさがあった。これを履いていただく全盲の方は、当然ながら、見た目のデザインではなく、フィット感という感覚的なものを評価していただいて購入したいと言ってくれたわけで、そういったことも含めて本物なんだなと感心した次第。

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もう1つの写真は昨日購入したフランスのクライミングシューズ、Andrea Boldrini社のシューズ。サイズがなく、1年近く待ってやっと手にいれたもの。生産量が限られていており、輸入元の直営店に問い合わせても、「うーん、みんなバカンスでクライミングに行っちゃって、いつ入荷するかわからないんです(泣)」という回答に、余計に欲しくなってしまった。そんなにクライミングが好きな会社が作ったシューズならば、きっとよいものだろうと。クライミングシューズは、マーケットが小さいために、こういったメーカーがかろうじて生き残っている業界なのだ。陸上のスパイクが工業品としての美しさであるならば、このクライミングシューズは手作業の職人が作り出す美しさだ。パーツ1つのカーブや、ベルクロ先端の角度、たぶんラインで生産するには、かなり効率の悪いものだろうと思う。そういったものをど返しして、美しさや機能にこだわっているのが伝わってくる。フランス国内で生産されているものなので、祝いにフランスワインを買ってきてしまった(笑)

さてトレランシューズはどうだろう。かつてはヨーロッパ系とアメリカ系のブランドで、そのフィールドの違いからか、あるいは登山靴を発祥にしているブランドである場合、ライド感、簡単にいえばソールの硬さに随分と違いを感じられたものだった。ところが最近は、トレイルランニング自体がグローバル化しているからか、さほどその差を感じることはなく、どれも走りやすい。各ブランドで注力しているコンセプト、例えばゼロドロップ、厚底、ラグの強さ(あるいはその逆)などの特徴がそのままそのブランドを印象付けさせることになっている。同じコンセプトのシューズを履いたら、ブランドが違っても、その違いがわからないかもしれない。トレイルランニングのマーケットは小さいのですが、上記のAndrea Boldirini社のようなメーカーはもう残っていない。少し寂しい感もある。

さて、クライミングシューズのエースは決まったが、今シーズンのロードのシューズをまだ決められない。フルだろうが、ウルトラだろうがワラーチでいっちゃうよ、という自分のスタンスを持っている裸足族が少し羨ましくもあったりする。もう師走も半ば、そろそろ決めねば。


Tour de Tomo(T.D.T) 100miles

自分の7回目(内2本はDNF) となる100マイルを走りきることができた。自分たちの世代(年齢ではなく時代という意味で)は、激走モンブラン2009のDVDを観てモンブランを目指した世代と言っていい。自分は海外レースに参戦することはかなわなかったが、いつ開催されるかわからない第1回のウルトラトレイル マウントフジ(UTMF) を、わけもわからず(笑)目指した世代。とりわけ過酷さだけが強調され過ぎた感もある。実際にその練習も、先駆者となる一般市民ランナーがいないのだから、トップランナーのエッセンスをベースに組み立てていった。消化できたか否かは別として。そして、この世代の多くのランナーは転機を迎えている。家庭、仕事といった環境の変化はもちろん、自身の身体は歳とともに変化する。その中でどういう折り合いをつけて、生涯の趣味としてどう楽しんでいくことができるか、その解は人それぞれであり共通の答えはないだろう。

先月、 「それでもレースに出る理由」というブログを書いた。これは逆説的な表現であり、そこに集まる素晴らしい人たちと、そして時には一人で、山と向き合い、あるいはロードで心地良く心拍をあげることができれば、レースである必要もないと思っている。唯一、厳しさという点を除いては。

T.D.T100(リンクは動画)はレースではありません。北米の100マイルレースで活躍するIhara Tomokazu選手のプライベートペース走、そしてそこに集まる人たちのチャレンジと言っていい。多摩川河口のサロ門から多摩川沿いを遡上し、青梅市街を抜けて、山岳丘陵を走り、高水山のピークにたどり着く。そして同じ道を24時間以内でサロ門まで帰ってくるチャレンジだ。レースではないが、自分にとっては厳しいチャレンジ、そう、渡りに船、一石二鳥、自分がこれからも続けていくことができる理想の形なのかもしれない。ここ数年でトレイルランニングを取り巻く環境は大きく変化している。大きな大会で目標を達成することは素晴らしいことではあるけれども、それがすべてではない。生涯、緩やかに、そして時に厳しく、心に刻めるようなものを、皆さんも見つけてほしいと心から願う。

Tomokazu Ihara選手 トップランナーであり、熱い男として有名であるが、実は周りがよく見渡せるバランス感覚に優れた方、というのが私の印象です。

Tomokazu Ihara選手 トップランナーであり、熱い男として有名であるが、実は周りがよく見渡せるバランス感覚に優れた方、というのが私の印象です。

「怪我をしても、ハンガーノックになっても、ロストしても、すべて自業自得です、アーメン」という誓い(笑)実はそういうトラブルは100マイルの中で普通に起こること。そのとき正しい判断ができることは大切な競技力の1つ。

「怪我をしても、ハンガーノックになっても、ロストしても、すべて自業自得です、アーメン」という誓い(笑)実はそういうトラブルは100マイルの中で普通に起こること。そのとき正しい判断ができることは大切な競技力の1つ。

おしゃべりをしながらの集団走はTDTの最大の魅力。前回まで女子のSUB24達成者はいなかったのだが、今回はこのおしゃべり力をフルに発揮して集団走の力を活用してSUB24ラッシュになった。

巨人軍多摩川グランド跡地、現役時代の王、長嶋がここをランニングしていたなどと講釈たれると、もう爺さん扱いかな。それでも、おしゃべりをしながらの集団走はTDTの最大の魅力。前回まで女子のSUB24達成者はいなかったのだが、今回はこのおしゃべり力をフルに発揮してSUB24ラッシュになった。

レースではないので、本来はタイム計測の必要はないのですが、いろいろと最先端のことを試されていた。うーーん、これは書けない(笑)

レースではないので、本来はタイム計測の必要はないのですが、いろいろと最先端のことを試されていた。うーーん、これは書けない(笑)

https://trailregi.st/

40km地点でAnswer4のウエストから、ザックに変え、山の区間に備える。そんなに装備はいらんだろうと思われるだろうが、どうもこれは私の山に入るときの習性みたいなものなのです。

40km地点でAnswer4のウエストから、ザックに変え、山の区間に備える。そんなに装備はいらんだろうと思われるだろうが、どうもこれは私の山に入るときの習性みたいなものなのです。

5分でもいいから横になって、血流を内蔵へ戻す。俺のケツ、そんなに臭うか?

5分でもいいから横になって、血流を内蔵へ戻す。ワンちゃん、俺のこと好き?

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購入できる参加賞のセンスがいい

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芝生と桜の花びらの絨毯を走る。序盤から徹底してアスファルトを避けてできるだけ脚を残した。反発がもらえない分、同じスピードだとエネルギーを消費してしまうが、速く走る必要はない。レースではないのだから。

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60km地点 疲労がないと言えば嘘になるが、雨に打たれても表情は明るい。ここから、集団を離れ一人旅が始まる。予定通りのプランでもある。

映像をとっていたクルーも山の中での撮影はできないので参加者のFBの写真から。前回ロストした分岐と同じポイントで今回も他の参加者がロストしたことが悔やまれる。

高水山常福院にて。映像をとっていたクルーも山の中での撮影はできないので参加者のFBの写真から。前回自分がロストした分岐と同じポイントで、今回は他の参加者がロストしたことが悔やまれる。林道脇の湧き水で給水を済ませて復路をスタートさせる。

95km地点 深夜のデニーズ。本当にお待たせしました。

95km地点 深夜のデニーズ。本当にお待たせしました。

山に近いエリアではまだ桜が美しく残っていた。

山に近いエリアではまだ桜が美しく残っていた。

120km地点

120km地点 空が白み始め、鳥がさえずり出す。

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集団から離れて単独走の自分をギリギリまで待っていてくれた。感謝としか言いようがない。ここが撤収後でも、それは誓い通り自業自得、それがTDTです。

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贅沢な私設エイド。ケミカルなものを受け付けなくなった胃に優しいオーガニックなスープと、山梨から駆けつけた某有名女性レースディレクターからおにぎりをいただく。

http://ultralunch.com/

コンビニに寄る余裕がない自分にはとてもありがたい私設エイド、本当に助かりました。

コンビニに寄る時間の余裕がない自分にはとてもありがたい私設エイド、本当に助かりました。

ここで許されるのは休憩は10分以内。ザックから再びAnswer 4のウエストに戻しロードを走る体勢を整える

計算上、ここで可能な休憩は10分以内。ザックから再びAnswer 4 のウエストに戻しロードを走る体勢を整える。

http://answer-4.com/

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4:53に入り5:02に出る。Ambit3のラップボタンを押す。9分間の休息、仲間の声かけがなによりもうれしかった。

ナルシストと言われても、この1枚はとても気に入ってます。疲労で脚は動いていないが、身体のコアはまだ生きており、前へ進む意思を感じられる。

ナルシストと言われても、この1枚はとても気に入っている。疲労で脚は動いていないが、身体のコアはまだ生きており、前へ進む意思が強く感じられる。

最後の10kは、すぽるちばの2人が並走してくれた。

最後の10kは、すぽるちばの2人が並走してくれた。

大げさでもなく、本当に感謝の気持ちでいっぱいになり、一礼をしてゴール。

23時間31分 、大げさでもなく、本当に感謝の気持ちでいっぱいになり、一礼をしてゴール。

出し切った。

平和なり。

平和なり。

sub24達成者だけでなく、ここに集まったすべての人が写るこの写真が一番いい。

sub24達成者だけでなく、ここに集まったすべての人が写るこの写真が一番いい。

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言葉と感覚と形について ( TEAM SOTA に参加して)

ひと昔前に日曜の午前中、ゴルフレッスン番組がありましたよね。今はもうないだろうな。羽振りのよさそうな社長さん(風)がゲストアマチュアというふれこみで出てきて、レッスンプロのレッスンを受けるわけです。トップの位置がどうのこうの、膝がどうのこうのと、運動そのものより、言葉によって形をつくることが多かった。で、

レッスン前

 

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レッス後

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レッスンプロ「いいですねー、意識が変わったのがよくわかります!!」(ぜってーこいつわかってないなぁ)

ゲストアマ「今度のラウンドが楽しみですwww」

そして、微妙なアイドル系のアシスタントが派手な刺繍のゴルフウエアを着て、これまた微妙なショットを打って、視聴者も安心してコマーシャルへ

自分がスキー学校でのアシスタントや、スキークラブで後輩を教えた経験から、1つの運動を説明する難しさはよくわかっているつもり。自分の言葉に対して、相手が違う動きをすることが多々あった。なるほど言葉の表面だけを忠実になぞると、そういう動きにもなるなと逆に感心したことさえある。ただ、それは本来、やってほしい動きとは懸け離れたものであり、言葉から入ることの弊害も多かった。一方で、感覚的な筋肉や関節の使い方を説明するのは難しく、自分の身体を使って少しオーバーアクション気味に表現し(少しオーバーにやりますよと言った上で)レッスンを受ける側の感性に委ねるということが多かったと思う。そうすると、形だけがそれっぽいのだけれど、感覚として身体が運動を覚えていないから、条件が変わると全くダメだったり。

理論的な言葉ではなく、感覚だけで教える究極の例がこちらの方でしょうか?

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写真は掛布ではなく、松井ですが、あくまでもイメージです。

当時、阪神の掛布がスランプの時に、長嶋茂男が心配して電話をする。

長嶋「もしもし掛布君、ちょっとバットを振ってみなさい」
掛布「は、はぁ…」
長嶋「どうだい?どんな音がしてる?」
掛布「え?いや、ブンと…」
長嶋「ブンじゃまだダメだな。ブァ~ンじゃないと」
掛布「ブーンですか…」
長嶋「いやブァ~ン」
掛布「バーン」
長嶋「ブァ~ン」
掛布「ブァ~ン」
長嶋「おっ!いいぞ。さぁもう一度言ってごらん」
掛布「ブァ~ン」
長嶋「よし、これでもう大丈夫だ。それじゃあまた。」

笑い話として都市伝説的に語りつがれているが、その音を出すためには形ではなく、運動そのものが伴ってないと、当然、理想の音はでない。そしてそこに辿り着くまでの感覚はプロ選手であるなら、自分で見つけ出すしかない。また、それができるはず。逆に言えば、そこまでのレベルにない人には理解不能なものとなる。だから笑い話になるわけですね。

前置きが長くなりましたが、TEAM SOTAにおいてトラック練習と先日の青梅トレイルと2回の練習会を終えました。本当に感心するのは、その表現のわかりやすさ。米大学でコーチングを学び、さらに前職が教員ということもあり、理論的な言葉と、感覚的な表現の双方向からのアプローチがあり、さらに自分の身体を使って表現し、視覚的アプローチを試みる。セミナーの中ですでに変わり始めている方がいらっしゃるのがよくわかる。私自身も、視覚的なものを参考に、形から入ることをやってみた。壮太さんの後ろを走り、形から真似をしてみたら、あれま、感覚的なところまでおまけで付いてきてしまった。これは、視覚的な形だけでなく、事前に壮太さんから、感覚的な表現や、言葉という理論的なアプローチの両方があったからだと思う。どちらか一方が欠けると、ゴルフの社長さんや、長嶋的な天才指導になってしまうのではないだろうか。これまで、トレイルランニングの創世記を担ってきた石川さんや鏑木さんのセミナーもそれぞれに特徴があり、個性的なものでしたが、小川壮太さんは、この分野で自分の特徴を生かして確固たるものを築ける予感がしています。ロードランニングとトレイルランニング、そして山岳スキーの国体選手としてのご経験から、これまでにないマルチなプロ選手、そしてコーチとしてのご活躍をお祈りしております。次回が楽しみでなりません。

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それでもレースに出る理由

この投稿、彩さんエディさんのブログと合わせて読んでほしいと思う。アンサーソングならぬアンサーブログというか、たぶん同じことを言っているんだけど逆説的な視点からってことになるかな。

どうも自分ぐらいの歳になると、いちいち理由や意義がどうのこうのってこと考え出す。酒の席で昔はこうだったと語るオヤジ(笑)だいたいのパターンが、時代背景を「定義」して、その当時の自分のやってきたことの「意義」を語る。でもここに書くことは、これからの事、そしてできればずっと続けて行きたい事だから、ブログで語るぐらいの事はお許しいただきたい。

KOUMI100  32kmを5周回する独特のレース。林道、舗装、トレイルと総合的な走力が求められた。残念ながら100K地点でDNF

KOUMI100
32kmを5周回する独特のレース。林道、舗装、トレイルと総合的な走力が求められた。残念ながら100K地点でDNF

 

振り返ってみると、昨年は走ったトレイルランニングレースの数が激減した。KOUMI100マイルとUTMFの2本だけだ。しかもKOUMIは100K地点でDNF。走る予定であった、おんたけ100Kは、南アルプス縦走へ変更となり、その後、奥穂高、ジャンダルム、奥秩父主脈稜(分水嶺)縦走や、OMMを意識してのファストパックを繰り返していた。あるいは、御嶽で外岩ボルタリングと里山バリエーションハイクのセッションなんてことをやっていた。自分が求めていた山の楽しみがそこにあったから。つまり自分にとってトレイルランニングレースというのは、そこそこの山の装備と経験値であっても、安全に、比較的長い時間、一人ではなく仲間とも、心地よく心拍をあげながら、山と向き合える手段だったということ。それが装備を揃え、経験を積むことで、レース以外の他の方法で代替えが可能になった。その時点で、レースにでることへの別の意義を見いだす必要がでてきてしまったということなのだと思う。

 

ハセツネコースを北へ下りると御嶽の川沿いにボルダリングの人気スポットがある。

ハセツネコースを日の出山から北へ下りると御嶽の川沿いにボルダリングの人気スポットがある。

一方で、あれだけ「もうやめるよー」と言っていたフルマラソンを今年も続けている。なぜだろう?元来、自分の仲間と比較するとダントツに遅いので、多少タイムが落ちたとしても最初からプライドなどない(笑)それでも昨年から始めたクライミングのおかげで、身体のつくりが変わってきたことに大きな興味がある。上半身に筋肉(ちょっと脂肪もね)がついて重くなり、シーズン前半には身体の使い方が分からず、一時的にスピードが落ちたのだけど、レース後半で極端に落ち込まなくなってきている。これは、言い換えると、フルマラソンの42kmの話だけではなく、自分が10年後、赤いちゃんちゃんこを身にまとったときに、まだ走れるイメージができ始めているということなのです。以前のガリガリの上半身では60歳で走っている自分がイメージできないでいた。なにかで読んだ受け売りの言葉なのだけれど、陸上競技というものは、「自分の身体をつくり、そしてその使い方を工夫して数字に置き換えて行く作業だ」というものがある。タイム、距離、高さ、これらは数字として明確になる。今年、TEAM SOTAに参加する理由がここにある。これまでお世話になったTEAM100マイルでのトレーニングでは、もともと身体的能力の高い選抜されたメンバーが、トップランナーから伝授される理論と、圧倒的な練習量をこなしていくことで素晴らしい結果を出していった。これはこれで自分の身体をつくる上で必要であったこと。一方で、これまで何度か、小川壮太さんに指導していただいた経験があるのですが、そこでは関節や筋肉の連動した動きに着眼して指導していくことに特徴があった。TEAM SOTAでは、年齢を重ねても長く走り続けられる身体の使い方というものを、もう一度基礎から考えてみたい。若い人たちで目先のタイムに行き詰まったら、もう少し長い時間スパンで自分のランニング生活を考えてみるのもお勧めです。

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TEAM SOTAの第一回が昨日開催された。わかりやすく、自分の伸びしろがまだあるんだと気づかせてくれる動画での解析

なぜ、レースに出続けるか、ロードレースであれば、長いスパンで身体をつくり、そしてその使い方を試行錯誤していくこと。そこが楽しく思えてきた。この長いスパンということがすごく大切で、その視点が欠けていると、目の前のレース、今シーズンのPBにこだわり過ぎてしまう。そこで仕事や私生活、メンタル的なモチベーションとのバランスを崩すと、ちょっと厄介ですね。トレイルランニング、スカイランニングレースは、タイムという競技性以外に、山と向き合う時間を与えてくれる。心地よい心拍感と、美しい景色、そしてそれを共有できる仲間、これらはレース以外でも代替えが可能なのだけれども、山との対話の中に、もう1つは厳しさというのもある。「お前はこの先、本当に行けるのか? やめるのか?」ということを山から問われる、そして自分に問う。時には漆黒の闇の山中で考える。こういう時間は、登山であれば厳冬期のアルパインクライミングでもやらない限り、そうある事ではないでしょう。山においては途中でやめることも大切である事を学び、さらにゴールする喜びが強烈なものとなっていく。たぶん、脳科学的には、こういう状態というのは、なんちゃら物質が分泌しているのではないだろうか?自分自身も、この部分には、一種の中毒性というか依存性を感じることがある。アルコールや賭け事といった過度になると社会的に問題視されるものだと分かりやすいのだけれど、こういった趣味の世界の中に、強烈に依存性のあるものを知ってしまったのは、幸せなのか、危険なのか(笑)ただ、少なくても一歩引いて、鳥瞰図的な視線を持つ事で、周囲の物事とのバランスを取り、これも長い時間のスパンを考えていくことで、上手につき合いながら楽しめるのではないかと思っている。

つらつらと書いているうちに、キーワードが決まった。そう、長い時間スパンで。その時々で、向き合い方は変わっていくと思うのだけれど、年齢を重ね、自分らしい、こういうウルトラトレイルもあるんだというものを、自分の中に探していくために、ロードレースにも、トレイルレースにも出るのだと思います。だからあくまでも自然体で、走りたくなったらレースを走ります。ただ困ったことに今年はまだ何も決めていません(笑) お勧めあれば教えて下さいね。


2016 Bostonを走りたいぞ。

東京マラソンの追加当選なるものが発表されましたが、やはり自分には関係なかったようです(笑) フルマラソンは1/25勝田と3/1の静岡です。

右に書かれているプロフィ-ルに、目指すはWestern States Endurance 100、ボストンマラソンとありますが、なぜUTMB じゃないの?とか、わざわざボストンまで42kmのために行くの? とよく聞かれます。自分はどうせなら人と違うものを目指したいという単純な動機と、自分がアメリカ系の外資企業で働いていることもあり、アメリカ人の思考の中に、ボストン=そこそこやるね、Western States Endurance 100 = 立派な変態だね、というのが明確にあるのを感じています。彼らに、UTMBと言ってもわからない人がほとんどです(もちろんわかる人もいます)。ならば、「そこそこやる変態」というのが、いい目標かなと。

2015 Western States にはapply(抽選申込)しませんでした。初年度で当選する確率は4%台、次年度からチケットが積み重なり、確率があがるので、外れるつもりでApplyすべきでしょうが、明らかに今の自分では力不足だろうなと判断しています。来年以降、現実的に思えるまでよく考えたいと思います。

B.A.Aオフィシャルサイトより

B.A.Aオフィシャルサイトより

閑話休題、ボストンに話を戻します。MMAなのにロ-ドレ-スの話でいいんだろか…

ボストンがなぜ、「そこそこやるね」なのかというと、Qualified timeが設定されているから。しかもそれが、年齢と性別によって設定が異なるのです。単純に速い人だけがエントリ-できるわけではなく、年齢(一定以上)性別を問わず、生涯スポ-ツとしてランニングを継続していればチャンスはあるわけです。ランニングがブ-ムやトレンドではなく、ライフスタイルとして根付いていることが、こういった運営からもうかがえますね。この性別、年齢別資格タイムを日本で導入するレースは出てくるでしょうか?

http://www.baa.org/races/boston-marathon/participant-information/qualifying/qualifying-standards.aspx

以下、参考訳です。

2016年の資格タイムは2014/9/13以後のランだよ。

エントリ-は性別、年齢区分の中で、タイムの速い人から受けつけて(全体の)定員まで。

資格レ-スは公認フルマラソンの距離だよ。短いのはダメよ。

資格タイムはちゃんと調べるから嘘ついても無駄ですよ。

18禁(レース当日)ね。 オフィシャルならネットタイムでいいよ。(合理的だなあ)

下記の年齢区分は参加するボストンマラソン当日のもの。

良く使われる資格レ-スはこちら。

ボストンマラソンは資格レ-スを指定しない。

資格レ-スとしたいレ-ス主催者に公認かどうか直接聞いてくれ。( 英文にcertified. とあるだけで、 by xxxの記述がない。受動態で主語をぼやかす日本的な文、ここがこの後に述べる暗雲その1 )

2016 BOSTON MARATHON QUALIFYING STANDARDS Effective September 13, 2014. All standards below are based on official submitted net time. (2014/9/13以後のレ-スで)

AGE GROUP          MEN              WOMEN

18-34        3hrs 05min 00sec         3hrs 35min 00sec

35-39        3hrs 10min 00sec         3hrs 40min 00sec

40-44        3hrs 15min 00sec         3hrs 45min 00sec

45-49        3hrs 25min 00sec         3hrs 55min 00sec

50-54        3hrs 30min 00sec         4hrs 00min 00sec

55-59        3hrs 40min 00sec         4hrs 10min 00sec

60-64        3hrs 55min 00sec         4hrs 25min 00sec

65-69        4hrs 10min 00sec         4hrs 40min 00sec

70-74        4hrs 25min 00sec         4hrs 55min 00sec

75-79        4hrs 40min 00sec         5hrs 10min 00sec

80 and over 4hrs 55min 00sec         5hrs 25min 00sec

All of the above information is subject to change(変更するかもしんないよ)

60超えてサブ4ってのも立派だな。70超えて4.5はもう若いサブ3よりも凄いかも。

暗雲その1

ふむふむ。資格レ-スというところが気になって、クリックすると次の一文がある。

Please contact the race you are interested in attempting your qualifying mark to see if they are certified by either USA Track & Field or AIMS (Association of International Marathons). (資格レ-スとしたいその主催者にUSTAF公認か、AIMS公認かどうか聞きいてね)

そこで AIMS(Association of International Marathons) のページに飛びます。 http://aimsworldrunning.org/Directory.htm

え–?勝田も静岡もありまへん。福岡国際、びわ湖毎日?いえいえ、ご冗談でしょう(笑)、京都や神戸は加盟しているのですね。がっくりしていると、こんなサイトを発見! http://www.runnersworld.com/boston-marathon/qualifying-times  

Where can qualifying marathons be run?

  1. A. In the U.S., marathons must be run on a course certified by USA Track & Field. Overseas marathons must be certified by that country’s athletic federation

(海外でのマラソンはその国の陸連公認じゃなきゃダメよ)

ということは日本陸連公認ならいいのか? ただこのサイトはランニング雑誌Runners Worldのサイトであり、主催者の公式サイトではないので確認が必要ですね。どなたか情報あれば下さい。

暗雲その2

「性別、年齢区分別に、資格タイムの速い人から受け付けて、定員になるまで…」 ってことは資格タイムでクリヤ-してもそこから先は速い人順ってこと。調べていくと、2014年は資格ラインより1’38’’速いタイムでカット、2015年は1’02” となっている。基準より5分速ければ、受付日が別になり、まず大丈夫なのだが….それはちょっときついな。

暗雲その3

そもそも今日現在でレ-スペ-スでペ-ス走をしたら10kmほどしか維持できないウルトラモ-ド、山モ-ド全開です(笑)

まずはOMMコンプリ-トしてから、ロ-ドの本気出します。

追記:投稿をアップしてから数時間でこのボストン方式のエントリーに関する意見を複数いただきました。やはり皆さんも今の抽選システム、クリック合戦には納得されていないようですね。このボストンの基準タイムは全米のレースリザルトから算出されているようなので、特定ジェンダーや年齢に恩恵があるわけではなさそうです。つまり、市民ランナーとして走り続けることをサポートする設定というわけですね。時間の経過、「老い」というはすべての人に平等に訪れる。だからレース結果はtimeという絶対値ですが、エントリー時は time ÷effort−gender gap(努力あたりの単価とでも表現できるかな) で評価されるわけです。 若い時はサブ3、国際女子資格を目指すのもよいでしょう。そしてそれを達成した時の達成感は素晴らしいものだと思います。でも、それで何かが変わるわけではないわけですよ。変わったとすればそれを目指して走り始めてからの有意義な時間がその人を変えるのだと思います。だから、達成して止めてしまったら意味がない。レースに出なくてもいいから走り続けることが大事なんんだと思います。よくあるテレビ番組で芸能人走らせて、人生変わりました的なやつ、大嫌いです。また同じ事言ってますね(笑)

追記 3/17/2015

自分もきちんと理解をしていなかったのですが、日本では公認コースと公認レースは違うんですね。公認コースであっても公認レースではない。なんだそりゃ?公認審判員の有無、参加競技者全員が登録競技者であることなどなど。細かく言えば、ウエアのロゴの大きさとかゼッケン位置とかもあるわけですね。このサイトがわかりやすい(といってもわかりにくい、というか、へ?)あ、だから、つくばや東京では陸連ブロックを1括りにして、公認の部、一般の部、と分けて別レースとして成立させているわけですね。

http://www.runner.ne.jp/faq2.htm

さてボストンの資格要件がますますわからなくなってきました。自分は今年度、失敗レースを続けてしまい達成できませんでしたが、ブログの文責は私ですので、Boston Marathon Associationに直接聞いてみたいと思います。Cerificated by AIMS or by that country’s association ? Certificated corse or certificated race ?? 回答が得られましたら、また追記いたします。

 


気づくということ。

 

min /km ではなくRPMがミソ

min /km ではなくRPMがミソ

そこそこのランニング経験がありながら、rotation per minute = RPMを意識したことがなかった。早い時期にトレイルを中心に走ってきたからだと思う。トライアスロンをやる方はバイクのケイダンス(回転数)が重要なので、ランニングにおいても気にするものなのでしょうか。ある方のお勧めでAmbit3にしてから、このRPMが表示され、ふと気づいた。この時期は、山からロードへ走りをシフトしている時期で、なかなかスピードがあがらない。心肺系のトレーニングは夏場もやってきているので、落ちているはずはないのだけれど、どうも身体が速い動きを忘れている。そこで、このRPMが少し上がるように、少しピッチをあげてみた。腕振りや骨盤の動きとシンクロするテンポはどれぐらいがいいのだろうか?まだ試行錯誤なのだけれど、かなり良い感じでスピードが戻りつつある。この連休は距離は踏まなかったが、質の高い練習ができたはず。自分のいい時と悪い状態の時で、このRPMがどう変化するのか、今後楽しみでもあります。

 

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「釘さん、チョーク!」自分はまだリードクライミング中に上手く休むことができない。普段はボルタリングというロープを使わない高さの壁や岩を登っているので、その必要性は小さく、バランスの悪いポジションで休むぐらいなら、とっととムーブをつなげて切り抜けた方がいい。一方、このリードクライミングになると、時間も長く、自分のロープをクリップして安全を確保する動作が入る。慣れていないと、ここで腕が消耗していく。バランスをとる身体の使い方は上手くなったつもりではいたのですが、意識が足りていない点がいくつもあり、ご一緒していただいた上級者の方、レジェンドな方に、いくつかのポイントを指摘していただいた。おかげさまで課題のグレードはまだまだだけれども、だいぶ落ち着いて登れるようになりました。指摘されたポイントは、普段のボルタリングでも全く同じこと。理屈ではわかっているのに、意識が足りていないから、身体の動きとしてはまだできていないわけです。

スポーツにおける「気づく」ということは、理屈で理解することだけではなく、きちんと意識をおくこと、そして無意識の反応として身体が動くように反復練習すること、という高校時代の部活の先輩が言った言葉を思い出した。そして今、歳を重ねて思うことは、気づくのではなく、気づかされているということ。新しい道具や環境、それはすべて人とのご縁から来るもの。自分はなんらスポーツの才能はないのだけれど、不思議とそういったご縁に恵まれて成長できている。自分も初心者や未経験者がやってみたいと思うような機会をトレイルランニング、縦走、そしてクライミングでもサポートできたらそれ以上の喜びはありません。

 


さようなら国立競技場 – 「激走」に感謝

国立競技場のトラックで行われていたランニングプログラム「激走」の最終回へいつもより少し早めに向ったが施設定員のため受付できず(泣)神宮外苑を軽くジョグをして国立競技場にお別れを告げた。この国立競技場のトラックを走る機会をくれた仲間や、スタッフの方々に感謝、感謝。

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元サッカー小僧であれば、芝のピッチで行われた伝説的なゲームの数々を思い起こし、元陸上少女であれば、このトラックを蹴って走る自分を夢見て部活動をしていた自分を思い出すのでしょうか。自分は学生時代にサッカーや陸上経験がないので、そういった観点ではないのですが、1964年、東京オリンピックの年の生れであり、そしてスポーツに関連する仕事をしているがゆえに、親近感と同時に、スタジアムの意味合いを考えることが多い。

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2020年の東京オリンピックを控え、新国立競技場のデザインが話題になっていますね。建築デザインとしての評価、交通機関からのアプローチ、障がい者競技への配慮もすばらしいものだと信じたい。自分はそれを評価することもできませんし、コメントする立場にもない。もっとも、個人的には一般市民レベルのロードレースのスタート&ゴールにも利用しやすいように、ゲートを広めにとって渋滞が発生しないようにしてもらいたいなあと、随分と小さなことを心配している(笑)

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自分がもっと関心があるのが、新国立競技場になってからの運営面だ。見た目は近代的で、スポーツという大義名分のもとに、大金を投じてスタジアムを建設しても、それを活用していくソフト面に投資をしていかなくては、まさしく昔のダムや地方空港と同じ箱物行政だ。「国立」であるが故に、常時一般開放したり、特定チームがホームとして活用するといったことはし難いのは理解できるし、地方自治体や民間と、国が運営する意義の違い、なんて理屈もありそうだが、スタジアムはたくさん人が集まって初めて意味があるもの。競技としてたくさんの人々に使われて初めて意義のあるもの。サッカーの代表戦や国際試合、学生でもトップレベルの競技が行われるだけのスタジアムにはなってほしくない。これまでもこの「激走」プログラムで毎週、月)木)に走る機会があったわけだけれど、このようなタイプの一般開放をたくさん行ってほしいと願う。そしてジュニアのプログラムもね。子供にとって憧れの選手が競技をした翌週に、家族で同じピッチ、トラックを走れたら、どんなに素晴らしい思い出になることだろう。どんなに素晴らしい箱ものを建設しても、そこに人が集まらない、競技施設として開放されないのであれば、まさしくただの箱である。文化としてのスポーツレベルの低さを国として露呈してしまう。まだ時間はある。建造物と同じぐらい、その運営面にも十分に人材と運営ノウハウを投入してほしいと願う。オリンピックでいくつメダルを取るかじゃなくて、一般競技者としてでも、観戦者としてでも、どれだけ多くの国民がスタジアムへ足を運んだかっていうのがその国のスポーツ文化レベルの高さであり、幸福度なんだと思うぞ。一般の競技者が使用できない「聖地」である必要はないんじゃないかと。そもそも「聖地」って、宗教であれば誰でも巡礼できますよね(笑)

Say good-bye to the National Stadium… またいつか、国立競技場でお会いしましょう。