マン喫通信22〜誠に勝手なやつら

拝啓、東京マラソン7回(8回?)連続落選中のある意味レジェンドの私です。(一部割愛)

去る2月22日(土)

熱い、暑苦しい、魂を揺さぶられるようなイベントがありました。

「東京が勝手にひとつになる日。勝手に東京マラソン2014」
心折れ部のkyowさんもブログにまとめてくれました。

このような素晴らしいイベントを勝手に企画した世界の増田選手。
彼のイベントの案内を読んでると私、勝手に幹事に任命されていました。(涙・・・・)

で参加表明いただいた方々は50名ほどで当日どうなるんだろうかと心配してました。

イベント前日まで特に何にも用意していませんでしたが、さすがに何かイベント感出した方が盛り上がるかなと思い、勝手にロゴを作って勝手に公式マップとシールだけ作りました。

ギャグだから多めに見てください

ギャグだから多めに見てください

冗談だから許してやってください

冗談だから許してやってください

当日は本番と同じ9時スタートで都庁前を出発。

このファイルここに忘れてきました

このファイルここに忘れてきました

国内の有力ランナーが続々と集結。今回は関西からもエリートランナーが数名参戦してくれました。ありがたい事です。

勝手により抜き - 01

まずは開会の挨拶を将来の泡沫東京都知事候補(埼玉在住)と

泡沫東京都知事候補

泡沫東京都知事候補

開会宣言を泡沫兵庫県知事候補から頂戴し、スタートしました。

泡沫兵庫県知事候補

泡沫兵庫県知事候補

結局勝手に欠席した人もいてスタート時はこの人数。

勝手により抜き - 04
この日は本番と違い、歩道を走り、信号を守る事が前提。固まって走ると一般の方に迷惑がかかるので5人くらいで分かれてスタートしました。
私はUTMF・八ヶ岳100マイル完走女性ランナーとUTMB完走女性ランナーと共に走り出したので真面目に走らざるをえません。

勝手により抜き - 05

 

お騒がせしました

お騒がせしました

 

★本番前日に走りながら思った事★

・信号がやたら多い。ことごとく引っかかる負の連鎖にハマる事が何ども。

・翌日に備えて街路樹の剪定や、道路整備工事など行っている箇所が多く萎える。

・人が多くて走るのが困難な場所は飯田橋と銀座と浅草雷門。特に雷門は観光客が多い。

・皇居が逆走になるので外堀側に渡る。

・本番のスタートゲートも無く翌日のレースの雰囲気はゼロ

・仮設トイレの設置準備は行われているが当然テープが貼られていて使用できません。
こんな感じです。本番ストレスフリーでこのコースを走れる36,000人のランナーがやっぱりうらやましいなと思いました。トレーニングでこのコースをなぞるのはオススメできませんね。

品川折り返しで後続とすれ違う

品川折り返しで後続とすれ違う

で私のグループは5人で比較的真面目に走ってました。品川折り返しまでは無補給で、日比谷から銀座の雑踏を抜け、浜町からの江戸通りで25km過ぎでみんなちょっと飽きてきてテンションが落ちていたところで、iPhoneを見るとFB上に“電車でワープ”“ビール飲んで楽しそう”な他の参加者の写真がアップされる。もう真面目に走るのやめようかという空気になり、浅草の神谷バーに5人で突入するも満席で玉砕。

雷門は人だらけ

雷門は人だらけ

 

仕方なく折り返し走り続けることに、途中他のメンバーの小江戸・大江戸レース対策でなか卯で昼食(缶ビール付)でエネルギー補給して走りました。

しかし、まったく同じコースなぞるのもつまらないよねと言う事になり、岩本町のお店に立ち寄り、物乞いしたらジェルを配給してくれました。太っ腹な店主です。この日は午後から以外と日差しが強かったのでおしゃれなキャップを購入して被りました。

勝手にエイド

勝手にエイド

いろんな意味で太っ腹

いろんな意味で太っ腹

家で嫁さんにおめえBOYじゃないじゃんかと言われました

家で嫁さんにあんたBOYじゃないじゃんかと言われました

 

本コースとは少しずれる昭和通りを築地まで走りましたがこの通りは歩道が広くて走りやすいです。35km過ぎて上りの佃大橋は本番とは違い車道を通れませんがこの辺で疲れが出てきますね。信号でのストップ&ゴーが地味にダメージを蓄積していきます。

佃大橋からNB本社ビル

佃大橋からNB本社ビル

この先は信号も少なくなりビックサイトまで淡々と走りゴール。信号での止まっているのを除いて4時間20分くらい。車線横断などもあって本コースより距離が伸びて44kmになりました。いいトレーニングになりました。最後まで誘惑に負けずちゃんと走ってよかったです。

残り195mが・・・・

残り195mが・・・・

お疲れさまでした

お疲れさまでした

910XTで計測 ちゃんと走ったんですよ

910XTで計測 ちゃんと走ったんですよ

で夜は勝手に増減する人数で予約受け入れてくれるありがたいお店、新宿御苑の「おに平」で打上げ。関西チームの皆さんと心温まる交流をし、皆メートルを上げ(死語)その後は各自泥酔しながら夜の新宿一丁目の闇に消えていきました。

偶然隣の席田中国衛が飲んでました

偶然隣の席で田中邦衛が飲んでました

尚、翌日は二日酔いでまったく誠に勝手ながら応援に行きませんでした。

何か来年も勝手に同じ事やってそうな気がします。いいや、やりたくないゾ!


マン喫通信21〜Snow = Shit

雪害が太平洋側を襲ってますね。

日曜日の青梅マラソンに向けて気合い入れてた(つもりの)私ですが降雪で中止となり、非常に残念でした。これで3レース続けてDNS。ロードレースから大分遠ざかっております。

ちなみに青梅マラソンは2008年に続き2度目の降雪による中止に遭遇しました。
雪のヤロ〜!

私は本当に雪が嫌いです。
雪なんて糞です!敵です!(あくまで個人の意見ですよ。)
あまりに嫌いなのでウインタースポーツもやりません。
雪が嫌で上京したとも言えます。(他にも不純な動機が大きかったですが・・・)

高校まで雪国の富山で育ちましたが、小学校6年の時と高校3年の時に1mを超える雪を経験しました。(富山とはいえ、平野部の方なので山間部よりは積もりません)

雪が降れば毎日雪かき、雪かき検定があればかなりいいセンいくと思うほど雪かきしました。子の時期だけは大きな家に生まれなくてよかったと思いました。(雪かきする量が少ないから)父親は毎朝お湯を沸かしたやかんを持って仕事に出掛けました。車のフロントの雪を溶かすためです。

小学校6年の時は2階の窓から出掛けて、ミニスキーを履いて登校していた記憶があります。
高校3年の時は運転免許を取りにいっていて路上講習の1日目が大雪。当時粉塵被害の多かったスパイクタイヤが全面廃止されスタッドレスタイヤに切り替りましたが、最初の頃は性能が悪く、走行途中で180℃回転。後続も対向車も無かったので事故りませんでしたが、教習所の先生に
『何やってんだ、バカヤロ〜。もう運転変われ!』

と罵られて交代しましたが、結局先生もまともに運転できず、教習所に引き返した思い出があります。

 
さらに情けない事に家の数メートル手前で遭難したことあります。友人宅からの帰りか、バイトの帰りか忘れてしまいましたが、夕暮れの中家路に付く途中からこの前の金曜の夜の東京のような猛吹雪で、かなり軽装だったためかどんどん体力が奪われ、意識が朦朧とし(意識が朦朧としてるからあんまり覚えていません)家の数メートル手前で倒れてしまいました。

倒れた身体にどんどん雪が積もりますが、幸い近所のおばさんがすぐ見つけてくれて大事にいたりませんでしたが、非常に怖い経験をしました。

これが人気の無いところで倒れていたら見つけてもらえず、春先の雪解けと共に腐って出現していたかもしれませんね。

実際行方をくらましたペットの死体が雪解けの中から出て来たり、散歩に行ったきり不明になったおばさんが、転落した川の中で川に降り積もった雪が溶けてから出て来た事もありました。
というわけで雪は一見美しいですが、とても怖いです。通常の生活においてはまったくいい事無し!
富山県は昔から雪と共に生活してきたということもあり、いろいろな知恵や、工夫があったりします。多くの雪が春先以降に農作物の豊かな恵みと清らかな水をもたらしてくれるということも知ってます。(逆に雪が少ないと不安)

 

当然各家庭にはママさんダンブとスコップ数本は常設。暖房は灯油が基本。除雪した雪を捨てる水路が家の回りにあり、幹線道路には融雪装置や、除雪車の配備も整っています。当然家屋や車庫は積雪に耐えうる強度に作られています。

これが必須アイテムのママさんダンプ

これが必須アイテムのママさんダンプ

雪かきに適したスコップ 金属の丸いのと四角いのと3本使い分けます。

雪かきに適した大型軽量スコップ
これと金属の丸いのと四角いのと3本使い分けます。

 

しかし、甲府市他、今回の積雪に見舞われた地域はそんな備えなど無いでしょう。(スコップ1つもない家庭もあるでしょう)しかも2日弱で1mを超える積雪とは。半端じゃないですよ。交通網も遮断され、救援の行く手も阻みます。これは災害です。

現地の方の大変さ本当に厳しいものがあると思います。
もし都心を同じ積雪が襲ったら、物流が今回以上に遮断されたら、人間の数の多い分とても厳しい事に直面するのではないでしょうか。

今回の事を教訓に雪に対しての対策をというのは首都圏では設備規模や費用を考えても非現実的ですし、期待できません。

いずれにせよ雪国の知恵を知っておいて各自が自己防衛の備えをしておく事は大切ですね。カセットコンロは必需品ですね。

甲府他、今回の雪害に見舞われた地域の方々、とにかく、とにかく無事に乗り切って頑張ってください。(自分の無力さが悲しい。)

 
青梅マラソン?
もうそんな小さい事どうでもいいです。

雪が嫌いだから田舎のこの景色も生で見た事ありません

雪が嫌いだから立山黒部のこの景色も生で見た事ありません


マン喫通信20〜先輩のおもひで

どうも、しばらく冬眠してました。

春の訪れとともにのんびりと綴っていきたいと思います。
GPSウォッチや、便利そうなギアについてもいろいろと・・・。

今回は毎年後悔している事があるのでこの場で懺悔いたします。

私の会社に岩永という先輩がおりました。

この先輩、もう13年くらい前になりますが、めちゃくちゃインドア派だった
私をいろんなアウトドアの世界に連れ出してくれた人でした。

コンビニに行くのも一苦労なDADGEのトラックに乗り、ジェットスキーで本栖湖や富津海岸、江戸川に行ったり、廃線探検の旅と称して、信越本線の横川~軽井沢区間を旅したり、旅先でエアガンで撃ち合いしたり(一方的に撃たれた)、野良キャンプしたりという感じでした。

アウトドアに興味を持った原点であります。
そしてトレランというかトレイルウォークに初めて行ったのは先輩と行った
湯俣温泉という歩いてしか行けない温泉の旅でした。

紹介webサイト

長野の大町の高瀬ダムという所が拠点になり、温泉まで片道9km計18kmの旅。
温泉近辺には渓流もあり、温泉からもう少し足をのばせば岩魚釣りも楽しめました。

道中は高低差はそんなにありません。険しいトレイルという感じではありませんが
食料やらアルコールを背負っていくとそれなりの荷物になり、なかなか楽しめました。
今年は渓流釣りを復活させたいなと思っているので夏にこの温泉にのんびりと旅に行ってみたいなと思っています。(ちなみに家の許可はまだ取っていない。)

5、6人で行けたらなと思っているので誰か一緒に行く人いないかな〜?(メンズ限定)

 

ちなみにこの岩永という先輩既に故人です。不摂生な会社生活とジャンクフードとアルコールをこよなく愛していたので、当然いう感じで癌になり、闘病の介もむなしく、あっけなくこの世を去りました。

2008年の2月の事です

亡くなった先輩の遺品をもらって欲しいと、先輩のお母さんから連絡をもらい、家に行ってみると大事にしていた膨大なモデルガン/エアーガンのコレクションの他にミリタリーナイフや、大量のサバイバルグッズやアウトドアグッズがあり、いくつかいただいたものを今でも愛用したりしてます。

この人が生きていたらいろいろ楽しい出来事がもっと沢山あったことでしょう。(デブだったからぜったいトレランはやっていないと思うけど。)

で、何で懺悔かというと、先輩の命日が2月8日で、今年も忘れていました。

忘れないように会社に写真立てに入れてるのに今日仕事中に気づいた。ごめんよ先輩。
あの世から見守っていてください。我が子が幼いのでまだまだあの世で一緒に遊べませんけどね。

iwanaga

岩永唯一郎 享年40歳