夢の死にゆく場所

2016年と2017年にゲイリー・ロビンス(Gary Robbins)がバークレイ・マラソンズ(Barkley Marathons)に挑んだ時のドキュメンタリーが完成し、先週からカナダ・アメリカ各地で上映会が行われています。初日のバンクーバー公演、そして私が行った二日目のシアトル公演ともに満員札止めの盛況ぶり。

名目上の距離は100マイル(実際にはそれ以上)、獲得標高差は16000メートル(エベレストの倍)のコースを60時間以内に走るバークレイ・マラソンズ。ここ数年メディアへの露出も増え、トレイルランナーならずとも注目するイベントになってきています。

以前のブログでレースの概要を書いたので詳しくはそちらを参照いただくとして、簡単にレースを説明すると、GPSの使用を禁止されたランナーは、道標のない山の中を地図を頼りにナビゲーションスキルを駆使して一周20マイル(?)のコースを5周します。コースを回った証拠として、コース上に置かれた13冊の本の中から自分のゼッケンと同じページを切り取ってスタート地点まで戻ってくる必要があります。

秘密のエントリープロセスをヘて(幸か不幸か)参加する資格を得た40人のうち、完走できるのは例年一人いるかいないか。スタート後すぐに迷子になり、一日近くかけて一周もできずにやっとゴールまで戻ってくる人もいます。

さて、ドキュメンタリーのタイトルは「Where Dreams Go To Die」(夢の死にゆく場所)。

タイトルの通り、ゲイリー・ロビンスの挑戦は、一度ならず二度、完走まであと少しというところまで手を伸ばしながらゴール出来ずに終わります。2016年は極度の睡眠不足で幻覚が激しくなり自らリタイア、2017年はあとゴールまで3キロというところでコースを間違え、制限時間となる60時間を6秒過ぎてゴールに辿り着きます。

私が印象に残ったのは、エイドステーションでゲイリー・ロビンスがサポートクルーに対して自分が必要なことを非常に明確に要求しているところ。以前、彼の別のドキュメンタリー「Wonderland」を見たときにも感じたのですが、疲労の中これだけはっきりと周りに伝えられることに感心させられるとともに勉強になります。

さて気になるゲイリー・ロビンスの来年ですが、やはりバークレイ・マラソンズにチャレンジするとのこと。ナビゲーションスキル、走力とも十分に完走できると力強い言葉を聞きました。

こちらのページで上映スケジュールが公開されています。機会がある方はぜひ。


Bear 100 〜 四十半ばにして惑う

ユタ州とアイダホ州を跨いで開催される100マイルレース、Bear 100を走ってきました。いつもの通り、妻がサポートです。

コースの平均標高2300メートル、トータルの標高差は6700メートル。制限時間は36時間。テクニカルな路面はそれほど多くないものの、一つの上り・下りが長く、アメリカでも難しい部類の100マイルです。

昼夜の温度差が激しくなる秋口の天候は「インディアン・サマー」と呼ばれます。今年は温かい時間帯で20度近く、夜の山中では氷点下まで気温が下がりました。この寒暖の差がワサッチ山脈の山々を美しく色づかせますが、一方レースを難しいものにします。

紅葉が美しい。


レースのスタートは、ソルトレイクシティから車で一時間強の場所にあるローガン。決して大きな街ではありませんが全米でも治安が良い町として知られ、チェーン系のホテルやお店も数多くあり、滞在には困りません。

飾りっ気なく、良くも悪くも適当な雰囲気のレースが多いアメリカですが、Bear 100はその中でも輪をかけてざっくりとした感じ。レース前日のブリーフィングも実にあっさりとしていて、コースの状況や注意点なども手短に終了。どちらかというとランナー同士の顔合わせの場という感じ。まあこのざっくりとした感じが一つの魅力で、コアなトレイルランナーを引きつけます。

町の公園で和やかに前日ブリーフィング。


例年エリートランナーも少なからず参加するレースで、今年もWestern Statesで3位だったマーク・ハモンド(Mark Hammond)や4位のジェフ・ブロウニング(Jeff Browning)、ティモシ・オルソン(Timothy Olson)など、なかなかの顔ぶれが揃いました。

モルモン教徒の多いユタ州は日曜日は休息の日ということで、Bear 100は金曜日から土曜日にかけて行われます。スタートは朝6時。日の出まではまだ一時間以上あるため、ヘッドランプが必要です。

スタートは夜明け前。


私の目標は、ストレッチ・ゴールが5位以内、現実的な目標は10位以内。最低でも24時間以内でゴールしたいところ。

レース後しばらくは先頭集団で走り、中間地点となるTony Groveのエイド・ステーションまではティム・オルソンと前後しながら5番手あたりと、いい位置につけて走っていました。

コーラをガブ飲み。


ティムとは昨年のDirty 30というレースでも一緒になりましたが、急な上りでは呼吸も荒く非常につらそうなのですが、下りや平坦な場所では速くて簡単には追いつけません。

ティムは50マイル地点から女性のペーサーをつけてペースアップ。


50マイルをすぎたあたりから前後との差が開き始め、自分一人でコースマーキングをたどる必要がでてくると、マーキング間の距離が長かったり、見つけづらかったりで、正しく進んでいるのか不安になります。

とにかく牛が多い。夜中に出会い頭でお互いびっくりなんてことも。


そして日没を迎えると、その不安が問題として顕在化してしまいました。長い急な下りを降りきったあとのT字路で、マーキングが見つからない。焦りながら探すけどやっぱり見当たらない。

周りに誰もおらず、やむなく最後にマーキングがあった位置を目指して、延々といま来た下りを逆行します。大きなタイムロス。かなり登ったところで、下ってくる後続のランナーと遭遇。いわく、おそらくコースはあっているだろうとのこと。再び同じ道を下ってさっきのT字路にやってきたものの、やっぱりマーキングが見つからない…あった、小さな反射板がぽつぽつと2つ光っている。そしてそのそばにピンクのリボンが暗闇の中に薄っすらと確認できる。

暗くなってからはそんなことの連続。しばらく先を進んでみたものの、リボンも反射板も見つからずに来た道を戻ると、後続のランナーに会う。こっちで正しいのかを確かめると「リボンを見たのでこっちで正しいと思うよ」との返事。いままで夜はBlack Diamond Icon一つでほとんど問題がなかったのに、今回はとことんコースマーキングが見えていない。ペーサーをつけていたらこんなこともなかったか。携帯にGPSデータをダウンロードしてたら良かったのか。そもそも眼鏡を新調したほうが良いのかもしれない。

雪が残る夜の山道。かなりぬかるんでいる場所も。


無駄に時間と足を浪費し、意気消沈。途中からはやむなく目標を下方修正し、最低限の目標である24時間以内のゴールを目指すしかなくなってしまいました。

最後までとにかく自分が正しいコースを進んでいるのか確信を持てず、何度も立ち止まって確認することの繰り返しになってしまいました。

ゴール地点はベア・レイクの畔。


うまく走れている間は楽しかったけど、途中からガックリのレース。悔しいので、近々もう一度走りますよ。

フィニッシュ・タイムによってゲットできるバックルは異なる。


Backcounrty Rise

9月9日に初開催「Backcoutry Rise」の50キロの部を走ってきました。

コースは1980年に大噴火したセント・ヘレンズ山を望むエリア。「Backcountry(=奥地、へき地)」という名前の通り、ちょっとしたハイキングではあまり入ることのない、最低限の整備しか行われていないトレイルにも入ります。

こちらのビデオを見ていただくと分かる通り、景色が最高でした!

獲得標高がそこそこあって、なかなかの難コース。今回優勝したあのマックス・キングでも、フィニッシュ・タイムは4時間台後半でした。

それでも、次から次へと訪れる息を呑むような眺めに、スタートから…

Photo © : Pursuit Films

Photo © : Pursuit Films


ゴールまで…

Photo © : Pursuit Films

Photo © : Pursuit Films


終始笑みが溢れるくらいに満喫しました。おすすめのレースです。

人気のTeritory Run Co.製レース・ロゴ入りTシャツも素敵です。


煙たい夏

ご無沙汰してます。藤岡です。

今年のパシフィック・ノースウェストは山火事が多くなっています。

山火事防止啓蒙のキャラクター、スモーキー・ベアー


つい昨日(2017年9月3日)にもオレゴン州のコロンビア川渓谷で、花火の不始末が原因の森林火災があり、140人のハイカーが一時トレイルに取り残されるというニュースがありました。ブログで度々紹介しているGorge Waterfallsというレースはまさにこのトレイルで開催されています。

夏のトレイル・ランニング・イベントも多発する山火事の影響を受けていて、オレゴンの人気100マイルレースレースPine to Palmや、同じくオレゴン州のレースThe NUTは中止になりました。

8月5日にレーニエ山の近くで開催されたWhite River 50に、昨年に引き続きエイドステーションのボランティアとして参加してきました。

今年もWhite River 50マイルのエイド・ステーション・ボランティアに行ってきました。


このときは数百キロ離れたカナダはブリティッシュ・コロンビア州の大規模な山火事で発生した煙がワシントン州を覆い尽くし、さらにはオレゴン州やアイダホ州まで達したとのこと。いつもならコース上から拝めるすぐ近くのレーニエ山さえ望めない状況でした。

https://twitter.com/NWSBoise/status/893124336101359616

その翌週の8月12日〜13日には、Bigfoot 200を走るMMAブロガーの釘嶋さんの応援に行ってきました。風向きの影響もあってだいぶ状況は改善していましたが、それでもまだカナダの山火事の煙が残る状況でした。

8月26日〜27日に開催されたワシントン州の伝統の100マイルレースCascade Crest 100では、私はカリフォルニアからやってきたウィリーのペーサーをしに行ってきましたが、このレースもすぐ近くの山火事のせいで後半の50マイルを使うことができず、ループコースから前半の50マイルを折り返すコースへと変更されました。

そして今日ハイキングに行ったレーニエ山でも、やはり近くの山火事の煙が周囲一帯を覆っていました。

夏は好天が続くことが多いパシフィック・ノースウェストですが、今年は記録的に降雨が少なく乾燥していて、事態はまだしばらく収束しそうにありません。

雨乞いでもした方がいいですかね。


シアトルっ子は暑さに弱い〜ロンダ・デル・シム

アンドラで行われたロンダ・デル・シムは私のトレラン人生初のDNFに終わりました。

73キロ地点のマルジネダのエイドステーションのあと、コルタル・マニャットの長い登りをノンストップで登っているうちに熱中症に。頭と体に熱がこもり、足が言うことを聞かなくなってしまいました。なんとか87キロ地点のコマ・ベラのエイドステーションまでゆっくりと歩いてたどり着いたものの、この難しいコースをこの体調であと80キロ続けるのはリスクが高いと判断しました。

いつもは100マイルレースの前半はゆっくり楽しめるのですが、アンドラはそんな余裕を与えてくれません。ガレた上り下りの連続、ちょっとした油断で滑落し命を落としかねない鎖場の崖、岩場で足元が安定しない痩せ尾根、踏み跡のないオフトレイルなど、アメリカのレースではほぼ経験しない場面の連続。走れるトレイルが好きで、テクニカルな下りが不得意な私にとっては、とてもストレスが溜まるコースでした。

アメリカでは概して走れるレースが多く、トップ選手にはクロスカントリー・ランニングやロードに強いランナーが多い印象です。最低限のルールは決められていますが、自己責任に委ねられる余地が多く、たとえば100マイルでもハンドヘルドボトルとジェルだけで走るランナーも少なくありません。またエイドステーションを含め、全体としてレースを楽しむ空気に満ちています。

それと比較して、ヨーロッパは険しい山岳レースで、様々な地形に対応する技術が求められるように感じます。競技性が高く、多くの必携品の常時携帯を始めとしてより細かなルールが定められています。高揚感に満ちたお祭り騒ぎのスタートのあとは、厳しい自分との戦いが待っています。

そんなヨーロッパのレースの中でも、極めて難易度の高いロンダ・デル・シム。自分の能力を改めて理解する上でも、アメリカのレースとの違いを感じる上でも、良い経験でした。

ではロンダにもう一度挑戦したいかというと、現時点ではお腹いっぱい。こんな危険と隣り合わせのスリルは当面味わいたくないというのが正直なところです。


ランナーに寄り添う〜Western States 100

6月24日に開催されたウェスタン・ステイツ100マイルに、西城克俊さんのペーサーとして参加してきました。

西城さんがすでにブログを上げているので、ランナー側からの視点は是非そちらを読んでみて下さい。

ウェスタン・ステイツでのペーサーは3年前の原良和さん以来。西城さんのペーサーは2年前のGorge Waterfalls 100k以来です。

アメリカにおけるペーサー
アメリカでは主に100マイル以上のレースで、途中からペーサーをつけることが認められています。昼夜に渡って人里離れたトレイルを走るランナーの安全を確保するのが主な目的です。

レースによって若干ルールは異なりますが、通常ペーサーは一緒に走って、言葉をかけて励ましたり、ペースを作ったりすることだけが認められています。ランナーの持ち物を代わりに持ち運んだり、食べ物や飲み物を渡したりすること(「ミューリング」と言います)は禁止されています。また緊急時を除き、ランナーに医療・治療行為をすることも認められていません。

今回ペーサーとなったきっかけ
ここ数年、西城さんが春にパシフィック・ノースウェストのレースに遠征に来るたびにサポートをお願いされていて、それが縁で今回ペーサーの依頼がありました。

多くのランナーが憧れるウェスタン・ステイツの舞台。当然西城さんにとっても大切なレースなのは想像に難くありません。ペーサーを引き受けたからには、私自身ウェスタン・ステイツの雰囲気を楽しみつつも、それなりの責任感をもって事に当たらないといけません。

ウェスタンステイツ当日
私がペーサーをするのは、ペーサーをつけることが認められている62マイル地点のフットヒルからゴールまでの全区間、38マイル(61キロ)です。

レース前日まで普通に仕事があったため、スタート地点となるスコー・バレーで西城さんとクルーに合流したのはレース開始3時間前の午前2時。ペーサーとはいえそれなりの距離を走るので、短い間ですが仮眠を取ったあと、午前5時にスタートするランナー達を見送りました。

30マイル(48キロ)地点のロビンソン・フラットでクルーと共に西城さんのサポートをしたあと、ペーサーを始めるフットヒルに到着したのが正午前。西城さんの事前の到着目標時刻は午後3時頃でしたが、序盤の標高が高い地点に残る雪と、おそらく日中は30度台後半という例年以上の気温の高さの影響もあり、レースは全体的にスローペース。実際に西城さんが到着したのは午後5時過ぎになりました。それでも他のランナーとくらべると比較的元気そう。

ここから、次にクルーからのサポートが受けられる80マイル(129キロ)地点のグリーン・ゲイトまでは約20マイル。日が長い時期とはいえ、当初の予定より遅れていることもあって、念のため私はヘッドランプを持って一緒に走り始めました。

5時を過ぎても気温は30度を超え、まだ相当暑い。

前を走るか、後ろを走るか
ペーサーが前を走ってペースを作るか、後ろについてランナー自身がペースを作るかは、ランナーの好みがありますが、以前すでに西城さんのペーサーをしたことがあり、西城さんが先を走りたいことは分かっていました。経験があるランナーなので、ペースを邪魔しないよう、私は後ろからついていきました。

ペーサーが後ろを走る一番のメリットは、ランナーの動きがみえることです。長い間水やジェルを口にしていないときに補給を促したり、歩調がおかしいときに大丈夫なのか確認できます。

炎天下の中、徐々に疲労が蓄積する
次のエイドステーションまでの距離や先々の起伏の具合を確認するためにコース・プロフィールを印刷して持ってきていたのですが、フットヒルを出てすぐに落とした模様。記憶をたよりに西城さんにコースの説明をしながら進みます。

フットヒルから間もなく、まだ西城さんの足取りが良いあいだは比較的多めに声をかけていました。しかし、炎天下を進むにつれて西城さんの疲労が蓄積しはじめているように見えました。疲れてくると話すことも面倒になるだろうと思い、走りに集中してもらうために必要以上に話しかけないようにしました。

クルーが待つグリーン・ゲイト目前で一気に日が暮れ始めました。西城さんはヘッドランプをこのエイドステーションで受け取る予定だったので持っていませんでしたが、私は念のためにと思って持っていたので事なきを得ました。

遠く険しい残り20マイル
クルーからの手厚いサポートを受けてグリーン・ゲイトを出ると、ゴールまで残り約20マイル。しかしここから西城さんのペースは目に見えて落ち始め、歩いたり立ち止まる回数が増ていきます。それでも、西城さんは再び走り始め、ときに嗚咽にも似た声を上げながら前進します。

おそらく西城さんも、なかなか前に進まない、エイドステーションまでの距離が長い、と感じているんだろうと想像しました。私は、あまりしゃべらないようにしながら、それでも時々、次のエイドステーションまで一つずつ区間をこなしていこうと声をかけながら後ろを走ります。

前へ進み続けて、ノー・ハンズ・ブリッジに到着。ついに残りあと5マイル(8キロ)を切りました。西城さんの足はほとんど終わっていたと思いますが、ここからゴールまでなら多少無理をさせても最後まで持つだろうと、ずっと後ろをついていた私は、並走し、そして西城さんの前へと出ました。「あと3マイル」「あと3キロ」と励まし、手を叩いて鼓舞すると、西城さんも苦しみ、呻きながらも、なんとかついてきてくれます。

ゴールまで1.6マイル。最後のエイドステーションであるロビーポイントを過ぎると、ここまでサポートしてくれたクルーのみなさんが待っていてくれていました。相変わらずきつそうな西城さんですが、一方でゴールに近づいて安堵の色も見えます。

トラックに入り、最後は西城さんが午前2時39分にゴールラインをまたぐのを後ろから見届けました。

今年のウェスタン・ステイツは厳しいコンディションで、優勝タイムも例年より遅く、完走率も低かった中、流石に経験豊富な西城さんは力強く完走しました。

私もペーサーとして無事にミッションを遂げられてほっと一安心。もしかしたら自分がランナーとして一人で走っているときのほうが気が楽かもしれません。他のランナーのために役割をこなすという点で、ちょっと違った達成感でした。めでたし、めでたし。


『ランニング道』あるいは日本式長距離走の憂鬱

最近読んだ中から、ちょっと興味深かった一冊「The Way Of The Runner」を紹介します。


昨年の男子女子の上位100のタイムを見るまでもなく、ケニアとエチオピアが現代マラソンを席巻しているのは明らかだが、この二カ国に続いてトップ100にランナーを送り出しているのが日本。日本マラソン界の落日が叫ばれているが、世界的に見れば東アフリカ勢に抗う数少ない勢力といえる。

なぜケニアのランナーは速いのかを知るため、実際に現地に赴き、その経験と発見を「The Running with the Kenyans」に著したイギリス人一般ランナーが、今度は日本のランニングの秘密を明らかにすべく家族と京都に2013〜14年の間、半年ほど移り住んだときの内容をまとめたのが「The Way Of The Runner」。

とりわけ日本独特の長距離カテゴリー「駅伝」に焦点が当てられる。市民チームに入り、立命館大学の駅伝チームと行動を共にし、最終的には苦労しながらトップカテゴリーである日清の実業団チームと共に練習するところまでたどり着く。また市民エリートランナーの川内優輝からコメントを得、さらには、より歴史的・精神的な背景を探るべく比叡山まで赴き、千日回峰行の満業者である大行満阿闍梨と話をする機会を得る。

著者は、日本の、とりわけ大学までのレベルの高さに驚愕する。箱根駅伝を見た著者は単純に、

“I leave Hakone feeling as though I’ve just witnessed one of the greatest races on earth.”
(最も素晴らしいレースを見た。)

と感動する。と同時に著者はなぜそこから伸び悩み、ケニアやエチオピアの後塵を拝するのかと考える。

“The Japanese believe that only through endless training can one achieve the unity of mind and body necessary to excel” … “The traditional view in this rich but cramped and resource-poor land is that nothing comes easily, and that only through doryoku (effort) and the ability to persevere in the face of adversity can one achieve success.”

(日本人はひたすらトレーニングし続けないと、心と体の調和を実現し何かを超越できないと信じている。…豊かだが、狭く、資源が豊富ではないこの国では、伝統的に、簡単に手に入るものはなにもなく、『努力』つまり逆境に打ち克つことによってのみ何かを成し遂げられると考える。)

彼は立命館のランナーと走る中で、みんなどこかを怪我している印象を受ける。一方で、あるアメリカの調査で、アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、メキシコ、日本の中で、日本人の平均睡眠時間(6時間22分)が最も短いという結果と、8時間以上を睡眠をとるアスリートは、睡眠が少ないグループと比較して68%怪我が少ないという研究結果を引用する。

著者は、日清の日本人ランナーがチームメイトのアフリカ人ランナーと一緒に練習しようとしないことに驚く。またアフリカ人ランナーがチップが敷かれた柔らかい路面でのトレーングを好むのに対して日本人はいつもアスファルトの路面で練習することについて、大迫も所属するオレゴンプロジェクトを率いるアルベルト・サラザールの以下のルールを引用する。

Salazar’s 10 Golden Running Rule #4 ‘Stay on the trails’ pavement damages joints, tendons, ligaments and muscles. the more you can run grass, woodchips or dirt, the better off you are. my athletes run 90 per cent of their workouts on soft surfaces.”

(舗装路は関節や腱、靭帯、筋肉を痛める。芝やウッドチップ、土の上で走るべし。自分のチームのアスリートの練習は90%は柔らかい路面だ。)

彼が行動を共にした立命館や日清は日本の中でも比較的、科学的なアプローチを取っているが、それでも個人の努力とチームの和が重んじられ、コーチが絶対という日本の駅伝チームに、科学の欠如を見て取る。著者が日本で発見した、柔道や剣道のように日本独特の「ランニング道」(=“The way of Running”)。川内が批判し、立命館や東洋大、日清が抜け出そうとするそのシステムは、多くの日本人に無意識に守られている。

一方、日本で見たこと、経験したことを反面教師にして、日本を離れた著者はイギリスで自己ベストを更新することに成功するのだった。


レッツ・パーティー!〜 Beacon Rock 50k

6月10日にビーコン・ロック州立公園で行われたBeacon Rock 50kを走ってきました。一昨年私の妻が25キロの部を走りましたが、私が走るのは3年ぶり。

ワシントンとポートランドの州境を流れるコロンビア川のワシントン側に位置するビーコン・ロック州立公園のシンボルは、ビーコン・ロックという巨大岩。コースから望むことができます。

コースからビーコン・ロックを望む。(2015年撮影)


スタート・ゴール地点はちょっとした野外フェスができそうな規模のグループ・キャンプ場で、レースがある週末は主催者のレインシャドウ・ランニングが借り切っています。参加者の多くはレース前日から会場入りしてテントを張り、ポットラック・パーティーを楽しみます。

また、レースが終わったらゴール地点を囲んで、音楽を聞きながら…

ビールを飲み…

ピザを頬張り…

また水遊びをして遊んだりと、ゆっくり思い思いに時を過ごします。

そんな、走るだけではなく色んな楽しみが詰まったBeacon Rock 50kは私のお気に入りの一つです。

さてさて、走りの方ですが、最初の15キロほどは昨年10月のレースなどで度々顔を合わせているポートランドの俊足ランナー、タイラー・グリーンと、今年のレーススケジュールなどについておしゃべりしながら進みました。

昨年のWaldo 100でも優勝しているタイラー・グリーンは私よりも実力が上で、15キロ以降に彼がペースを上げてからは差は開くばかり。夏にある目標レースに向けて無理して怪我をしては元も子もないので、私はリスクを犯さず自分の走りに徹しました。

結局、4時間45分41秒のタイムで2位でゴール。レースディレクターのジェイムス・ヴァーナーがいつものようにハイタッチで出迎えてくれました。この時期はだいたい好天が続くのですが、珍しく雨に見舞われてコースからの眺めはちょっと悪かったものの、少し気温が下がって気持ち良く走れました。

4時間18分のコース・レコードで優勝したタイラーもゴールで待っていてくれて、お互いに「一緒に走れて楽しかった!」と健闘を称え合いました。

今回のビール(ビーコン・ロック編)

こちらではトレイル・ランニングとビールは切っても切れない関係で、レース後はほぼ必ずといっていいほどビールが供されますし、強者になるとレース中にエイドステーションでビールを飲んでいるなんて場合もあります。

加えて、パシフィック・ノースウエスト(ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア北部の太平洋岸沿い)は、マイクロ・ブルワリーの宝庫。バラエティに富んだビールに出会えます。

ということで、レースのあとに振る舞われたビールのご紹介。今回頂いたのはビーコン・ロックから車を20分ほど走らせたところにあるバックウッズ・ブルーイングカンパニー「Gifford Pinchot Pilsner」と「Blueberry Wheat」

Gifford Pinchot Pilsnerはピルスナー・ビールが生まれたチェコのホップを使った、「花と香り」(spicy floral aroma)と「草原の風味」(grassy notes)が特徴のビール。

Blueberry Wheatは、ほんの少しだけブルーベリーのフレーバーがする、夏限定の白ビール。

どちらもクリスプで爽やかな飲み心地。軽快な夏にピッタリのビールでした。


新緑の森を走る〜McDonald Forest

アメリカでは5月最終月曜日の祝日であるメモリアル・デー頃から夏が始まると考えられています。夏を目前に控えていよいよアメリカのトレイル・ランニングシーズンも本格化。各地で多くのレースが開催されています。

私も5月13日にオレゴン州で開催されたマクドナルド・フォレスト50k(McDonald Forest 50k)に参加してきました。伝え聞く評判が良く、常々走ってみたと思っていたレースです。

マクドナルド・フォレスト50kは今年で22回目を迎えるクラシック・レース。シアトルから車で5時間ほどのコルバリス(Corvallis)の町のすぐ近く、オレゴン州立大学の敷地内にある研究用の森がレースの舞台です。オレゴンワインの産地でもあるウィラメット渓谷という肥沃な地帯に位置し、とても緑豊かな場所です。

出場者は例年200〜300人ほど。今回で15回目、あるいは20回目の出場というランナーもいます。通常のスタートでは制限時間内に完走する自信のない人は、一時間前にアーリー・スタートをすることができます。

歴代の優勝者にはスコット・ジュレク(Scott Jurek)、ハル・コナー(Hal Koerner)、マックス・キング(Max King)といったレジェンドや、ここコルバリス出身で昨年ウェスタン・ステイツで優勝したアンドリュー・ミラー(Andrew Miller)などの名前が並びます。

さて、レース。累積標高は2000メートル以上ありますが、一気にガツンと登るような場所はなく、一番長い上りでも300メートルほどの小さなアップダウンを繰り返すコース。非常によく整備された走れるコースで、ペースを落として休む暇はありません。

数日前から雨続きである程度はぬかるんでいましたが苦にならない程度。雨で新緑も映え、森の中は気持ちいい。

初めて走るコースだったので中盤以降まで自重していましたが、後半はギアを上げてランナーを追い抜くことができました。最終的に総合3位、マスター1位でゴールした私が、待っていた妻にかけた第一声は「楽しかった!」

ゴール地点は飾らずこじんまりとしていて、でも居心地がよい雰囲気。私のゴールをみんなが暖かく迎えてくれました。アメリカのトレイル・ランニングらしい、”Low Key”(ロー・キー=慎ましい・控えめな)で素敵なレースでした。また帰ってきます。


ジョーがシアトルにやってきた

ご無沙汰してます。藤岡です。

昨年秋から続いていたレースも3月のチャカナットで一段落し、ちょっと一息ついていました。おかげで体もリフレッシュして、良い状態で夏を迎えられそうです。

さてさて、私がスポンサーを受けるセブンヒルズ・ランニングショップMMAファンにはおなじみのジョー・グラントが話しにやってくるということで、行ってきました。

ジョーは昨年の夏、”14ers”と呼ばれる、コロラド州にある標高14,000フィート(約4267m)を超える53座の山々を、自転車と自分の足で走破するチャレンジを行いました。

私も昨年、妻とそのうちの一座を登りましたが、ご覧の通り壮観な風景。

14ersの一座、Handies Peak(4283m)。

14ersの一座、Handies Peak(4283m)。


ハードロック100でトンネルの天井に頭をぶつけて脳しんとうを起こしてリタイアしたジョーですが、入山許可の関係でその10日後、まだ体調も思わしくない中、自宅から必要最低限の装備でスタート。自転車で山の麓まで走り、そこから険しい山を上り、また自転車に戻って次の山へ…の繰り返し。夜は雨を凌げる木のたもとはもちろん、激しい雨の時には公衆トイレの中で野宿しながら、一ヶ月かけて無事自宅へと戻りました。

このチャレンジはFKTのようにスピードを競うのが目的ではなく、困難を伴うプロセスを通じて今後の人生にむけて何かを学ぶということだった、と話していたのが印象的でした。

この旅の内容を本にする計画もあるそうなので楽しみに待ちましょう。

その翌日はシアトル近郊の山でグループラン。

私が履いていたMMAのパンツを目聡く見つけてくれたジョー。今年もMMAとコラボレーションするんだ、とか、エディさんのプードルは可愛かった、などなど、おしゃべりしながら楽しく走りました。

山の上の方はまだまだ雪だったので、途中で引き返して解散。楽しい一時でした!