煙たい夏

ご無沙汰してます。藤岡です。

今年のパシフィック・ノースウェストは山火事が多くなっています。

山火事防止啓蒙のキャラクター、スモーキー・ベアー


つい昨日(2017年9月3日)にもオレゴン州のコロンビア川渓谷で、花火の不始末が原因の森林火災があり、140人のハイカーが一時トレイルに取り残されるというニュースがありました。ブログで度々紹介しているGorge Waterfallsというレースはまさにこのトレイルで開催されています。

夏のトレイル・ランニング・イベントも多発する山火事の影響を受けていて、オレゴンの人気100マイルレースレースPine to Palmや、同じくオレゴン州のレースThe NUTは中止になりました。

8月5日にレーニエ山の近くで開催されたWhite River 50に、昨年に引き続きエイドステーションのボランティアとして参加してきました。

今年もWhite River 50マイルのエイド・ステーション・ボランティアに行ってきました。


このときは数百キロ離れたカナダはブリティッシュ・コロンビア州の大規模な山火事で発生した煙がワシントン州を覆い尽くし、さらにはオレゴン州やアイダホ州まで達したとのこと。いつもならコース上から拝めるすぐ近くのレーニエ山さえ望めない状況でした。

https://twitter.com/NWSBoise/status/893124336101359616

その翌週の8月12日〜13日には、Bigfoot 200を走るMMAブロガーの釘嶋さんの応援に行ってきました。風向きの影響もあってだいぶ状況は改善していましたが、それでもまだカナダの山火事の煙が残る状況でした。

8月26日〜27日に開催されたワシントン州の伝統の100マイルレースCascade Crest 100では、私はカリフォルニアからやってきたウィリーのペーサーをしに行ってきましたが、このレースもすぐ近くの山火事のせいで後半の50マイルを使うことができず、ループコースから前半の50マイルを折り返すコースへと変更されました。

そして今日ハイキングに行ったレーニエ山でも、やはり近くの山火事の煙が周囲一帯を覆っていました。

夏は好天が続くことが多いパシフィック・ノースウェストですが、今年は記録的に降雨が少なく乾燥していて、事態はまだしばらく収束しそうにありません。

雨乞いでもした方がいいですかね。


シアトルっ子は暑さに弱い〜ロンダ・デル・シム

アンドラで行われたロンダ・デル・シムは私のトレラン人生初のDNFに終わりました。

73キロ地点のマルジネダのエイドステーションのあと、コルタル・マニャットの長い登りをノンストップで登っているうちに熱中症に。頭と体に熱がこもり、足が言うことを聞かなくなってしまいました。なんとか87キロ地点のコマ・ベラのエイドステーションまでゆっくりと歩いてたどり着いたものの、この難しいコースをこの体調であと80キロ続けるのはリスクが高いと判断しました。

いつもは100マイルレースの前半はゆっくり楽しめるのですが、アンドラはそんな余裕を与えてくれません。ガレた上り下りの連続、ちょっとした油断で滑落し命を落としかねない鎖場の崖、岩場で足元が安定しない痩せ尾根、踏み跡のないオフトレイルなど、アメリカのレースではほぼ経験しない場面の連続。走れるトレイルが好きで、テクニカルな下りが不得意な私にとっては、とてもストレスが溜まるコースでした。

アメリカでは概して走れるレースが多く、トップ選手にはクロスカントリー・ランニングやロードに強いランナーが多い印象です。最低限のルールは決められていますが、自己責任に委ねられる余地が多く、たとえば100マイルでもハンドヘルドボトルとジェルだけで走るランナーも少なくありません。またエイドステーションを含め、全体としてレースを楽しむ空気に満ちています。

それと比較して、ヨーロッパは険しい山岳レースで、様々な地形に対応する技術が求められるように感じます。競技性が高く、多くの必携品の常時携帯を始めとしてより細かなルールが定められています。高揚感に満ちたお祭り騒ぎのスタートのあとは、厳しい自分との戦いが待っています。

そんなヨーロッパのレースの中でも、極めて難易度の高いロンダ・デル・シム。自分の能力を改めて理解する上でも、アメリカのレースとの違いを感じる上でも、良い経験でした。

ではロンダにもう一度挑戦したいかというと、現時点ではお腹いっぱい。こんな危険と隣り合わせのスリルは当面味わいたくないというのが正直なところです。


ランナーに寄り添う〜Western States 100

6月24日に開催されたウェスタン・ステイツ100マイルに、西城克俊さんのペーサーとして参加してきました。

西城さんがすでにブログを上げているので、ランナー側からの視点は是非そちらを読んでみて下さい。

ウェスタン・ステイツでのペーサーは3年前の原良和さん以来。西城さんのペーサーは2年前のGorge Waterfalls 100k以来です。

アメリカにおけるペーサー
アメリカでは主に100マイル以上のレースで、途中からペーサーをつけることが認められています。昼夜に渡って人里離れたトレイルを走るランナーの安全を確保するのが主な目的です。

レースによって若干ルールは異なりますが、通常ペーサーは一緒に走って、言葉をかけて励ましたり、ペースを作ったりすることだけが認められています。ランナーの持ち物を代わりに持ち運んだり、食べ物や飲み物を渡したりすること(「ミューリング」と言います)は禁止されています。また緊急時を除き、ランナーに医療・治療行為をすることも認められていません。

今回ペーサーとなったきっかけ
ここ数年、西城さんが春にパシフィック・ノースウェストのレースに遠征に来るたびにサポートをお願いされていて、それが縁で今回ペーサーの依頼がありました。

多くのランナーが憧れるウェスタン・ステイツの舞台。当然西城さんにとっても大切なレースなのは想像に難くありません。ペーサーを引き受けたからには、私自身ウェスタン・ステイツの雰囲気を楽しみつつも、それなりの責任感をもって事に当たらないといけません。

ウェスタンステイツ当日
私がペーサーをするのは、ペーサーをつけることが認められている62マイル地点のフットヒルからゴールまでの全区間、38マイル(61キロ)です。

レース前日まで普通に仕事があったため、スタート地点となるスコー・バレーで西城さんとクルーに合流したのはレース開始3時間前の午前2時。ペーサーとはいえそれなりの距離を走るので、短い間ですが仮眠を取ったあと、午前5時にスタートするランナー達を見送りました。

30マイル(48キロ)地点のロビンソン・フラットでクルーと共に西城さんのサポートをしたあと、ペーサーを始めるフットヒルに到着したのが正午前。西城さんの事前の到着目標時刻は午後3時頃でしたが、序盤の標高が高い地点に残る雪と、おそらく日中は30度台後半という例年以上の気温の高さの影響もあり、レースは全体的にスローペース。実際に西城さんが到着したのは午後5時過ぎになりました。それでも他のランナーとくらべると比較的元気そう。

ここから、次にクルーからのサポートが受けられる80マイル(129キロ)地点のグリーン・ゲイトまでは約20マイル。日が長い時期とはいえ、当初の予定より遅れていることもあって、念のため私はヘッドランプを持って一緒に走り始めました。

5時を過ぎても気温は30度を超え、まだ相当暑い。

前を走るか、後ろを走るか
ペーサーが前を走ってペースを作るか、後ろについてランナー自身がペースを作るかは、ランナーの好みがありますが、以前すでに西城さんのペーサーをしたことがあり、西城さんが先を走りたいことは分かっていました。経験があるランナーなので、ペースを邪魔しないよう、私は後ろからついていきました。

ペーサーが後ろを走る一番のメリットは、ランナーの動きがみえることです。長い間水やジェルを口にしていないときに補給を促したり、歩調がおかしいときに大丈夫なのか確認できます。

炎天下の中、徐々に疲労が蓄積する
次のエイドステーションまでの距離や先々の起伏の具合を確認するためにコース・プロフィールを印刷して持ってきていたのですが、フットヒルを出てすぐに落とした模様。記憶をたよりに西城さんにコースの説明をしながら進みます。

フットヒルから間もなく、まだ西城さんの足取りが良いあいだは比較的多めに声をかけていました。しかし、炎天下を進むにつれて西城さんの疲労が蓄積しはじめているように見えました。疲れてくると話すことも面倒になるだろうと思い、走りに集中してもらうために必要以上に話しかけないようにしました。

クルーが待つグリーン・ゲイト目前で一気に日が暮れ始めました。西城さんはヘッドランプをこのエイドステーションで受け取る予定だったので持っていませんでしたが、私は念のためにと思って持っていたので事なきを得ました。

遠く険しい残り20マイル
クルーからの手厚いサポートを受けてグリーン・ゲイトを出ると、ゴールまで残り約20マイル。しかしここから西城さんのペースは目に見えて落ち始め、歩いたり立ち止まる回数が増ていきます。それでも、西城さんは再び走り始め、ときに嗚咽にも似た声を上げながら前進します。

おそらく西城さんも、なかなか前に進まない、エイドステーションまでの距離が長い、と感じているんだろうと想像しました。私は、あまりしゃべらないようにしながら、それでも時々、次のエイドステーションまで一つずつ区間をこなしていこうと声をかけながら後ろを走ります。

前へ進み続けて、ノー・ハンズ・ブリッジに到着。ついに残りあと5マイル(8キロ)を切りました。西城さんの足はほとんど終わっていたと思いますが、ここからゴールまでなら多少無理をさせても最後まで持つだろうと、ずっと後ろをついていた私は、並走し、そして西城さんの前へと出ました。「あと3マイル」「あと3キロ」と励まし、手を叩いて鼓舞すると、西城さんも苦しみ、呻きながらも、なんとかついてきてくれます。

ゴールまで1.6マイル。最後のエイドステーションであるロビーポイントを過ぎると、ここまでサポートしてくれたクルーのみなさんが待っていてくれていました。相変わらずきつそうな西城さんですが、一方でゴールに近づいて安堵の色も見えます。

トラックに入り、最後は西城さんが午前2時39分にゴールラインをまたぐのを後ろから見届けました。

今年のウェスタン・ステイツは厳しいコンディションで、優勝タイムも例年より遅く、完走率も低かった中、流石に経験豊富な西城さんは力強く完走しました。

私もペーサーとして無事にミッションを遂げられてほっと一安心。もしかしたら自分がランナーとして一人で走っているときのほうが気が楽かもしれません。他のランナーのために役割をこなすという点で、ちょっと違った達成感でした。めでたし、めでたし。


『ランニング道』あるいは日本式長距離走の憂鬱

最近読んだ中から、ちょっと興味深かった一冊「The Way Of The Runner」を紹介します。


昨年の男子女子の上位100のタイムを見るまでもなく、ケニアとエチオピアが現代マラソンを席巻しているのは明らかだが、この二カ国に続いてトップ100にランナーを送り出しているのが日本。日本マラソン界の落日が叫ばれているが、世界的に見れば東アフリカ勢に抗う数少ない勢力といえる。

なぜケニアのランナーは速いのかを知るため、実際に現地に赴き、その経験と発見を「The Running with the Kenyans」に著したイギリス人一般ランナーが、今度は日本のランニングの秘密を明らかにすべく家族と京都に2013〜14年の間、半年ほど移り住んだときの内容をまとめたのが「The Way Of The Runner」。

とりわけ日本独特の長距離カテゴリー「駅伝」に焦点が当てられる。市民チームに入り、立命館大学の駅伝チームと行動を共にし、最終的には苦労しながらトップカテゴリーである日清の実業団チームと共に練習するところまでたどり着く。また市民エリートランナーの川内優輝からコメントを得、さらには、より歴史的・精神的な背景を探るべく比叡山まで赴き、千日回峰行の満業者である大行満阿闍梨と話をする機会を得る。

著者は、日本の、とりわけ大学までのレベルの高さに驚愕する。箱根駅伝を見た著者は単純に、

“I leave Hakone feeling as though I’ve just witnessed one of the greatest races on earth.”
(最も素晴らしいレースを見た。)

と感動する。と同時に著者はなぜそこから伸び悩み、ケニアやエチオピアの後塵を拝するのかと考える。

“The Japanese believe that only through endless training can one achieve the unity of mind and body necessary to excel” … “The traditional view in this rich but cramped and resource-poor land is that nothing comes easily, and that only through doryoku (effort) and the ability to persevere in the face of adversity can one achieve success.”

(日本人はひたすらトレーニングし続けないと、心と体の調和を実現し何かを超越できないと信じている。…豊かだが、狭く、資源が豊富ではないこの国では、伝統的に、簡単に手に入るものはなにもなく、『努力』つまり逆境に打ち克つことによってのみ何かを成し遂げられると考える。)

彼は立命館のランナーと走る中で、みんなどこかを怪我している印象を受ける。一方で、あるアメリカの調査で、アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、メキシコ、日本の中で、日本人の平均睡眠時間(6時間22分)が最も短いという結果と、8時間以上を睡眠をとるアスリートは、睡眠が少ないグループと比較して68%怪我が少ないという研究結果を引用する。

著者は、日清の日本人ランナーがチームメイトのアフリカ人ランナーと一緒に練習しようとしないことに驚く。またアフリカ人ランナーがチップが敷かれた柔らかい路面でのトレーングを好むのに対して日本人はいつもアスファルトの路面で練習することについて、大迫も所属するオレゴンプロジェクトを率いるアルベルト・サラザールの以下のルールを引用する。

Salazar’s 10 Golden Running Rule #4 ‘Stay on the trails’ pavement damages joints, tendons, ligaments and muscles. the more you can run grass, woodchips or dirt, the better off you are. my athletes run 90 per cent of their workouts on soft surfaces.”

(舗装路は関節や腱、靭帯、筋肉を痛める。芝やウッドチップ、土の上で走るべし。自分のチームのアスリートの練習は90%は柔らかい路面だ。)

彼が行動を共にした立命館や日清は日本の中でも比較的、科学的なアプローチを取っているが、それでも個人の努力とチームの和が重んじられ、コーチが絶対という日本の駅伝チームに、科学の欠如を見て取る。著者が日本で発見した、柔道や剣道のように日本独特の「ランニング道」(=“The way of Running”)。川内が批判し、立命館や東洋大、日清が抜け出そうとするそのシステムは、多くの日本人に無意識に守られている。

一方、日本で見たこと、経験したことを反面教師にして、日本を離れた著者はイギリスで自己ベストを更新することに成功するのだった。


レッツ・パーティー!〜 Beacon Rock 50k

6月10日にビーコン・ロック州立公園で行われたBeacon Rock 50kを走ってきました。一昨年私の妻が25キロの部を走りましたが、私が走るのは3年ぶり。

ワシントンとポートランドの州境を流れるコロンビア川のワシントン側に位置するビーコン・ロック州立公園のシンボルは、ビーコン・ロックという巨大岩。コースから望むことができます。

コースからビーコン・ロックを望む。(2015年撮影)


スタート・ゴール地点はちょっとした野外フェスができそうな規模のグループ・キャンプ場で、レースがある週末は主催者のレインシャドウ・ランニングが借り切っています。参加者の多くはレース前日から会場入りしてテントを張り、ポットラック・パーティーを楽しみます。

また、レースが終わったらゴール地点を囲んで、音楽を聞きながら…

ビールを飲み…

ピザを頬張り…

また水遊びをして遊んだりと、ゆっくり思い思いに時を過ごします。

そんな、走るだけではなく色んな楽しみが詰まったBeacon Rock 50kは私のお気に入りの一つです。

さてさて、走りの方ですが、最初の15キロほどは昨年10月のレースなどで度々顔を合わせているポートランドの俊足ランナー、タイラー・グリーンと、今年のレーススケジュールなどについておしゃべりしながら進みました。

昨年のWaldo 100でも優勝しているタイラー・グリーンは私よりも実力が上で、15キロ以降に彼がペースを上げてからは差は開くばかり。夏にある目標レースに向けて無理して怪我をしては元も子もないので、私はリスクを犯さず自分の走りに徹しました。

結局、4時間45分41秒のタイムで2位でゴール。レースディレクターのジェイムス・ヴァーナーがいつものようにハイタッチで出迎えてくれました。この時期はだいたい好天が続くのですが、珍しく雨に見舞われてコースからの眺めはちょっと悪かったものの、少し気温が下がって気持ち良く走れました。

4時間18分のコース・レコードで優勝したタイラーもゴールで待っていてくれて、お互いに「一緒に走れて楽しかった!」と健闘を称え合いました。

今回のビール(ビーコン・ロック編)

こちらではトレイル・ランニングとビールは切っても切れない関係で、レース後はほぼ必ずといっていいほどビールが供されますし、強者になるとレース中にエイドステーションでビールを飲んでいるなんて場合もあります。

加えて、パシフィック・ノースウエスト(ワシントン州、オレゴン州、カリフォルニア北部の太平洋岸沿い)は、マイクロ・ブルワリーの宝庫。バラエティに富んだビールに出会えます。

ということで、レースのあとに振る舞われたビールのご紹介。今回頂いたのはビーコン・ロックから車を20分ほど走らせたところにあるバックウッズ・ブルーイングカンパニー「Gifford Pinchot Pilsner」と「Blueberry Wheat」

Gifford Pinchot Pilsnerはピルスナー・ビールが生まれたチェコのホップを使った、「花と香り」(spicy floral aroma)と「草原の風味」(grassy notes)が特徴のビール。

Blueberry Wheatは、ほんの少しだけブルーベリーのフレーバーがする、夏限定の白ビール。

どちらもクリスプで爽やかな飲み心地。軽快な夏にピッタリのビールでした。


新緑の森を走る〜McDonald Forest

アメリカでは5月最終月曜日の祝日であるメモリアル・デー頃から夏が始まると考えられています。夏を目前に控えていよいよアメリカのトレイル・ランニングシーズンも本格化。各地で多くのレースが開催されています。

私も5月13日にオレゴン州で開催されたマクドナルド・フォレスト50k(McDonald Forest 50k)に参加してきました。伝え聞く評判が良く、常々走ってみたと思っていたレースです。

マクドナルド・フォレスト50kは今年で22回目を迎えるクラシック・レース。シアトルから車で5時間ほどのコルバリス(Corvallis)の町のすぐ近く、オレゴン州立大学の敷地内にある研究用の森がレースの舞台です。オレゴンワインの産地でもあるウィラメット渓谷という肥沃な地帯に位置し、とても緑豊かな場所です。

出場者は例年200〜300人ほど。今回で15回目、あるいは20回目の出場というランナーもいます。通常のスタートでは制限時間内に完走する自信のない人は、一時間前にアーリー・スタートをすることができます。

歴代の優勝者にはスコット・ジュレク(Scott Jurek)、ハル・コナー(Hal Koerner)、マックス・キング(Max King)といったレジェンドや、ここコルバリス出身で昨年ウェスタン・ステイツで優勝したアンドリュー・ミラー(Andrew Miller)などの名前が並びます。

さて、レース。累積標高は2000メートル以上ありますが、一気にガツンと登るような場所はなく、一番長い上りでも300メートルほどの小さなアップダウンを繰り返すコース。非常によく整備された走れるコースで、ペースを落として休む暇はありません。

数日前から雨続きである程度はぬかるんでいましたが苦にならない程度。雨で新緑も映え、森の中は気持ちいい。

初めて走るコースだったので中盤以降まで自重していましたが、後半はギアを上げてランナーを追い抜くことができました。最終的に総合3位、マスター1位でゴールした私が、待っていた妻にかけた第一声は「楽しかった!」

ゴール地点は飾らずこじんまりとしていて、でも居心地がよい雰囲気。私のゴールをみんなが暖かく迎えてくれました。アメリカのトレイル・ランニングらしい、”Low Key”(ロー・キー=慎ましい・控えめな)で素敵なレースでした。また帰ってきます。


ジョーがシアトルにやってきた

ご無沙汰してます。藤岡です。

昨年秋から続いていたレースも3月のチャカナットで一段落し、ちょっと一息ついていました。おかげで体もリフレッシュして、良い状態で夏を迎えられそうです。

さてさて、私がスポンサーを受けるセブンヒルズ・ランニングショップMMAファンにはおなじみのジョー・グラントが話しにやってくるということで、行ってきました。

ジョーは昨年の夏、”14ers”と呼ばれる、コロラド州にある標高14,000フィート(約4267m)を超える53座の山々を、自転車と自分の足で走破するチャレンジを行いました。

私も昨年、妻とそのうちの一座を登りましたが、ご覧の通り壮観な風景。

14ersの一座、Handies Peak(4283m)。

14ersの一座、Handies Peak(4283m)。


ハードロック100でトンネルの天井に頭をぶつけて脳しんとうを起こしてリタイアしたジョーですが、入山許可の関係でその10日後、まだ体調も思わしくない中、自宅から必要最低限の装備でスタート。自転車で山の麓まで走り、そこから険しい山を上り、また自転車に戻って次の山へ…の繰り返し。夜は雨を凌げる木のたもとはもちろん、激しい雨の時には公衆トイレの中で野宿しながら、一ヶ月かけて無事自宅へと戻りました。

このチャレンジはFKTのようにスピードを競うのが目的ではなく、困難を伴うプロセスを通じて今後の人生にむけて何かを学ぶということだった、と話していたのが印象的でした。

この旅の内容を本にする計画もあるそうなので楽しみに待ちましょう。

その翌日はシアトル近郊の山でグループラン。

私が履いていたMMAのパンツを目聡く見つけてくれたジョー。今年もMMAとコラボレーションするんだ、とか、エディさんのプードルは可愛かった、などなど、おしゃべりしながら楽しく走りました。

山の上の方はまだまだ雪だったので、途中で引き返して解散。楽しい一時でした!


速すぎマックス! 〜 Chuckanut 50k

Krissy, Hayden, Max and Sage

Krissy, Hayden, Max and Sage


3月18日に開催されたチャカナット50k(Chuckanut 50k)。地元のクラシック・レースということで、もちろん私と妻も参加してきました。私は6回目、妻は2回目の出場です。

今年は25周年の記念大会ということで、本レースのレースディレクターを引き継いで10年目となるクリッシー・モール(Krissy Moehl)の力の入れようも例年以上。多くのランナーに楽しんでもらおうと参加枠が500人以上に拡大されましたが、さすがは人気レース、エントリー開始後間もなく一杯になりました。

当日は地元の友達だけでなく、アメリカ出張中のMMAブロガー、じろーさんと奥さんのさいこさんにもお会い出来ました。賑やかです。

エリートは超ハイレベル

このレースはIAUトレイル世界選手権のアメリカとカナダ代表選考を兼ねていることもあって、エリートランナーも半端なくハイレベル。

男子はこの距離のアメリカのランキング上位5人中3人が出場。私は飛ぶ鳥を落とす勢いのヘイデン・ホークスの総合優勝を予想していました。

  • ヘイデン・ホークス(Hayden Hawks)… 昨年のThe North Face San Francisco 50 mileでのザック・ミラーとの激闘で一躍有名に。
  • セイジ・カナディ(Sage Canady)…タラウェラやスピードゴート、レイク・ソノマなど50キロ〜50マイルの大きな大会で優勝してきた。チャカナット50kは2012年の2位が最高。
  • マックス・キング(Max King)…2014年のIAU100キロ世界選手権の覇者。同年にチャカナット50kも優勝。
  • デイビッド・レイニー(David Laney)…2013年と2015年にチャカナット優勝。UTMBでも一昨年、昨年と二年続けてトップテン入り。

女子も負けず劣らずハイレベル。

  • カミール・ヘロン(Camille Herron)…昨年数々のレースで優勝して名を轟かせ、今年もすでにタラウェラで優勝。
  • ユー・ワン(Yiou Wang)…昨年のレイク・ソノマ優勝をはじめ、数々のレースで優勝。

さてレースですが、マックス・キングが3時間33分11秒の大会新記録で総合優勝。雨季真っ最中でぬかるんだコースコンディションなのに加えて、コース変更により昨年より少し距離が伸びたにも関わらず、このタイムは凄すぎます。速すぎです。彼は37歳ですが、まだまだ若いものには負けませんね。また女子はダークホースの地元ランナーが優勝しました。

私はマスター上位争い

私はというと、3週間前にひどく足首を捻挫してしまい、十分回復せず痛みが残った状態でレース当日を迎えることになってしまいました。

私の目標はマスター(40歳以上)でトップ3。エントリーリストを見る限り、ゲイリー・ゲリン(Gary Gellin)が速そうです。

走り始めたらアドレナリンで何とかなる範囲かと思ってスタート。まっすぐで平坦な道や上り坂では足首はさほど気にならなかったのですが、細かい起伏とターンが続くややテクニカルなセクションでは危うく同じ箇所を捻挫しかけたため、スピードを落とさざるを得ませんでした。思ったように追い込めず歯がゆい走りを強いられます。前半は同じくらいの場所を走っていたゲイリー・ゲリンにも離される始末。

Photo by Glenn Tachiyama

Photo by Glenn Tachiyama


でも前半に力を温存せざるを得なかったことが幸いして、テクニカルなセクションが少ない中盤以降に盛り返し、30キロ過ぎにはゲイリーを追い抜き、その後もペースを保ったままゴール。タイムはここ4年で一番遅い4時間22分台でしたが、昨年に引き続きマスター優勝することができました。足首の状態を考えると、万々歳の結果です。

妻も無事完走

でもって妻も雨に打たれ泥濘に揉まれながら7時間35分で無事に完走。

ヨカッタ、ヨカッタ。

Photo by Glenn Tachiyama

Photo by Glenn Tachiyama


顔が見えるということ – Orcas Island 100 -

3週間前に行ったオーカス島に、今度は昨年に引き続き100マイルレースのボランティアとクルーをしに行ってきました。

シアトルから車で一時間半の場所にあるアナコルテスから車ごとフェリーに乗り込みオーカス島へ向かいます。

島に到着したら、さっそくレース前日のブリーフィングが行われるキャンプ・モラン(Camp Moran)へ。

今年の参加者は60人ほど。昨年からのリピーターや他の100マイルレースで見た顔、地元のレースでよく会う面々やレインシャドウ・ランニングのスタッフなどが賑やかに集い、和気あいあいとした雰囲気です。

アメリカのトレイルランニング・イベントは、しばしば「ロー・キー」(控えめな・慎ましい)と形容されます。エントリー可能なランナーの数は多くても300人前後。ごく少数のスタッフとボランティアで十分に運営可能な身の丈にあった規模で、自然に対するインパクトもある程度限定されます。

レース主催団体であるレインシャドウ・ランニングのオーナーで、レースディレクターでもあるジェームス・ヴァーナー(James Varner)が作るイベントは、ちょうどよい規模感でいつも居心地が良く、心から楽しいと思わせてくれます。

オーカス島は2006年にレインシャドウ・ランニングが初めてレース(Orcas Island 50k)を開催した場所。ジェームスが満を持して彼にとって初めての100マイルを開催したのが昨年で、今年は第二回のOrcas Island 100でした。

一周25マイル(40キロ)の周回コース。雨が多いこの地域ならではの、苔に覆われた神秘的な原生林の中を駆けめぐります。

レース開始後、私もトレーニングがてら軽くコースの一部を走ってみました。

普通シアトル周辺は緯度の割には冬もさほど気温は下がらず雪も少ないのですが、今年は例年と比べて低温で雪の日が多く、レースがあった週末も少し標高が上がっただけでトレイルを雪が覆い始めます。

たまにすれ違うランナーに「その調子!」と声をかけながら、うっすらと粉砂糖をまぶしたようなトレイルを進みます。

コース上で一番標高が高いコンスティテューション山でも730メートルほど。それでも登るにつれて雪の量が増していきます。

コンスティテューション山の頂上には約15メートルの高さの石の塔があります。塔の上からは、天気次第で周辺の島や、カナダやアメリカの町、カスケード山脈などが見渡せます。

この塔は公式なコースには入っていないのですが、登った人にはおまけが付いてきます。

ループごとに一回、計四回塔を登って頂上に置いてあるトランプを四枚すべて集めると「タワー・クラブ」のメンバーになることができます。クラブ・メンバーはカスタムTシャツが貰えます。

登りたくない人は登らなくてよいのですが、今回完走した45人のランナーのうち実に38人がタワー・クラブの会員になりました。

この塔がある山頂に設置されたエイド・ステーションは、私を含むセブンヒルズ・ランニングショップ関係者の有志がボランティアで運営していました。

中には初めからエイドステーションの閉鎖時間までいずっぱりの人も。かなり寒いので、飲んだくれながら自分たちも楽しんでやるのがこちら流。

ランナーが来たら声をかけ様子を見ながら対応します。ループコースではエイドステーションをランナーが何度も通るので、レースが進むに連れてボランティアとの一体感も増していきます。

どのエイドステーションもレース中は当然休まず運営。ボランティアの皆さん、お疲れ様。

妻もランナーのサポートで複数のエイドステーションを行き来していたので、休む暇も寝る間もほとんどナシ。ホントにお疲れ様でした。

二日目を迎えてレースも終盤へ。まだ走り続けるランナーの中には腰を痛めて上半身が完全に傾いた状態で走っている人も。それでも歩みを止める素振りは全くありません。強い。

レースを終えた人やその仲間たちは、ゴール地点で最高の生演奏の中、最高のピザと最高のビールをやりながらランナーを迎えます。宴は最後のランナーがゴールした後も続きました。

2日続いたレースの翌日は表彰式。会場となる町の映画館には「ウェルカム、オーカス島100マイルのランナー達」の文字が。

表彰式では、ジェームスが壇上に完走したランナーをひとりひとり迎え、各々にコメントを送って完走バックルを授与していました。

実はジェームスはこの表彰式で各ランナーに言葉を送るために、レース中寝ずにエイドステーションなどでランナーを迎えて話した内容や気づいたことをメモにとっていました。

この規模のレースならではの、それぞれのランナーを特別に扱う配慮に感心させられます。こんなのを見せられたら、わたしも走りたくなってしまいます。

楽しい週末も終わり、帰りのフェリーへと乗り込みます。

フェリーで座っていると、トレイルランニングの風景を撮り続けるカメラマン、グレン・タチヤマさんが私達の席にやってきたので、ちょっとおしゃべり。

お気に入りのレースは?という話になった時にグレンが挙げたのは、このオーカス島100マイル。その理由を聞かれたグレンの答えに、その席にいた誰もがその通りだと思ったはずです。

「小さいこのレースは、みんなの顔が見えるから。」


Why run anywhere else?

昨年優勝したOrcas Island 50kに今年も行ってきました。やはりこのレースを走らないと、シアトルのトレイル・ランニングシーズンが始まった感じがしませんね。

© Glenn Tachiyama

昨年走った時のブログ・エントリーに詳しく書きましたが、オーカス島は、シアトルから車で2時間弱の場所にあるアナコルテス(Anacortes)より、車ごとフェリーで行くことができます。

Orcas Island 50kでシーズンの幕開けを迎えるトレイルランナーも多く、レース当日の受付にはたくさんの友達の顔が見えます。

1月にH.U.R.T 100を走った私にとっては、早くも今年二本目のレース。

100マイルを走った3週間後に50キロを走るというスケジュールを組むのはよろしくなく、疲労の回復具合によってはキャンセルすることも考えていましたが、年始行事ということでやっぱり参加することにしました。

3週間前の暑いハワイとは打って変わって、オーカス島は前日に雪が降り、すこし標高があがると雪がかなり残っている状況。

スタートからしばらくは私が先頭を走っていました。昨年優勝したこともあってか、他のランナーは私の様子を見ているようです。

© Glenn Tachiyama

中盤では二人に先行されましたが、どこまで体が回復しているか見極めがつかなかった私は追走せず、慎重に自分のペースで走り進みました。

途中で一人を捕まえて、二番手で終盤にある最大の山場、”パワーライン”の激上りを迎えます。ここに来る前に足を使ってしまうと確実に失速し後続に捕まってしまいます。

慎重に走ってきた私は”パワーライン”まで来ても足が残っていたので、ギアを上げてパワー・ハイクでグイグイとのぼります。山の上はかなり雪が残ってすこし走りにくいですが、グリップのあるシューズを選んだおかげで、苦になりません。

最後の下りを迎える前に、ついに足を使いきり完全に失速してしまっていた先頭のランナーを捉えました。

© Glenn Tachiyama

踏み跡のほとんどない雪の上を進み、下りは心地よくクルージング。ゴールで待つレースディレクターのジェームスと、今年も一番にハイタッチできました。

天候のせいもあって昨年よりも30分ほど時間がかかりましたが、雪のレースを最高に楽しめました。

走ったあとは、レインシャドウのレースではお馴染みの音楽を聞きながら…

飲み放題のビールを飲みつつレース談義。

会場で売ってるグッズもカッコいいものぞろい。レースロゴをプリントした古着もお手頃価格で販売してます。

やっぱり来てよかったオーカス島、走ってよかったOrcas Island 50k。まさにレースを主催するレインシャドウ・ランニングの言うとおり。

「Why run anywhere else?」(”他のレース走ってる場合じゃないでしょ〜♪”)。

また数週間後にOrcas Island 100のボランティアとクルーをしに行きますよ。

See you very soon, Orcas Island!