規模を追わないという選択 – Hardrock 100 –

ハードロック100(Hardrock 100)のスタート・ゴール地点となるシルバートン(Silverton)は、デンバーから車で6時間以上もかかる小さな田舎町。町までは舗装された道があるものの、そこから先、サン・ファン山脈(San Juan Mountains)の中へと続く道は、レンジローバーやトヨタの4Runner、Tundoraなど硬派な4WDでないと太刀打ち出来ない荒れたダート道になります。

Silverton

Silverton


また、前回のブログにも書いたとおり、ランナーが走るのは険しく迷いやすいコース。コースは当然車が入れないようなところばかりですが、途中のエイドステーションでさえ、車ではアクセス出来ず、ボランティアが馬やハイキングで荷物を運ばなければいけない場所がいくつかあります。

小さな町のため受け入れることができる人数にも限りがあり、かつサン・ファンの山々は簡単に人を寄せ付けないとなると、自ずとイベントの規模を大きくするのにも限界があります。出場枠を152人に限らないといけないのには、こうした地理的要因とそれに起因する安全確保などの問題が多分にあります。

一方で、イベントの主催者が積極的に規模を追っていないことも事実です。

レース開始の10日ほど前の7月4日はアメリカの独立記念日。アメリカの他の町と同様、シルバートンでも日中はパレード、夜には花火大会が行われました。パレードにはハードロックチームとして既に現地しているランナーも是非参加してね、と声がかかっていたので、私も妻と集合場所に顔を出してみると、初めてシルバートンに来た私達を「ハードロックへようこそ!」と迎えてくれたのがディレクターのデイル(Dale Garland)。我々もグループの輪に加わって、一緒にパレードを楽しみました。

独立記念日のパレード

独立記念日のパレード


デイルは、優勝ランナーから最後尾のランナーまで、さらには制限時間を過ぎて公式には完走扱いにならなかった二人のランナー(うち一人は日本の及川さん)までをゴールで迎えました。また翌日の表彰式では、完走者一人ひとりにパーソナライズされた記念品を渡したりと、どんなレベルのランナーであれ、出場したすべてのランナーが特別に扱われ、体験が最大化されるよう気配りをしています。

Dale

Dale Garland


小さな規模で行われるがゆえ、現地にいると個々の人の顔がよく見えてきます。

前週から開催されたコースマーキングには、連日10人から20人の参加者がありました。毎日参加する人もいれば、数日だけ参加する人もおり、また初めてハードロックに参加する人もいれば、ベテランのランナーも、ペーサーをする人も、単にハードロックのコースを見たいだけの人もいました。かなりの時間を一緒に過ごすので、自然と打ち解けてきます。

ある日には、コースマーキングが終わったあとにみんなで温泉に入り、一緒に夜ご飯を食べたり。

Ourayの温泉

Ourayの温泉

ハードロックの裏舞台も垣間見えてきます。これまでコースマーキングの責任者であったチャーリー(Charlie)が年齢を重ねて足が以前ほど言うことをきかなくなってきたため、今年はジェームス(James)に引き継ぎを行っていました。ジェームスは私もお気に入りのレインシャドウ・ランニングのレースディレクターで現在シアトル在住ですが、かつてはコロラドに住んでおり、またハードロックにも何度も出ているので、ハードロックのコミュニティでも良く知られた存在です。

Charlie(赤い服)とJames(真ん中の青い服)。

Charlie(赤い服)とJames(真ん中の青い服)。


キャシー(Kathie)も連日愛犬コーディとコースマーキングに参加していました。チャーリーと同じくらいコースに詳しい彼女は、ジェームスとどこがコースなのかをめぐって意見が食い違い、結局彼女が正しかったときには「だから私はこっちだって言ったじゃないの」と愚痴をこぼしチャーリーになだめられていました。

KatieとCody

KathieとCody


コースマーキングに参加する我々の送り迎えをしてくれた冗談好きのジム(Jim)は、コース上に倒れた木を切ったり、足場の悪い場所に石を並べ直したりと、裏方仕事もこなしていました。

Jim

Jim


ハードロック100について話していて、あるいはハードロックの現地ににいて頻繁に耳にするのが「ファミリー」という言葉です。規模が小さいことによって、人と人との距離が近くなり、親密感と一体感、そして家族的な雰囲気が生まれます。それが多くの人を惹きつけ、ランナーだけでなく、ボランティアや観戦する人が集まるイベントを作り出しているのだと強く感じました。


Hardrock 100 未出走記

昨年末の抽選で出場権は得られなかったもののウェイトリスト7番目に入ったHardrock 100。過去のキャンセル率を見る限りかなりの確率で出走できそうなので、今年の最重要レースと位置づけ、2週間前から現地入りして準備していました。

ところが今回は出場を辞退するランナーの数が史上最低で、レース開始直前まで待ったものの結局ウェイトリストの2番目からぬけ出すことが出来ませんでした。

準備万端で体調もよいのに走れなかったのは残念ですが、まあしょうがない。今回はちょっと運がたりませんでした。

もっともハードな100マイルラン

最もハードな山岳100マイルのひとつにも挙げられるHardrock 100。レースの前の週に行われたコースマーキングに連日参加し、コースの大部分を下見しましたが、上り下りの程度はUTMBとそれほど変わらない印象でした。実際にUTMBは距離170kmで累積標高10000メートルなのに対して、Hardrock 100は160km、10060メートルなので、その点では大差はありません。
私が感じたUTMBと大きな違いは以下の3つです。

  • まず標高。UTMBではもっとも高いところで2500メートルを少し超える程度なのに対して、Hardrockはコースの大部分が標高3000メートルを超え、最高地点のHandies Peakの標高は4285メートルにのぼります。私も最初の数日は頭痛に悩まされました。
    Handies Peakからは4000メートル級の山々を見下ろせます。

    Handies Peakからは4000メートル級の山々を見下ろせます。

  • コースの追従のしやすさにも差があります。UTMBや他の多くのトレイルランニングレースと比べるとコースマーキングが少なく、また場所によってはトレイルから外れた場所を進むため、コースがわかりにくい印象です。特に昼間はコースマークが風景に埋もれて見落としやすそうでした。
    これはHardrock 100ではランナーが事前にコースを十分に理解していることを前提としており、ランナーにナビゲーションスキルを要求しているためです。事前に地図を読み、コースを下見するとともに、コースマーキングがどのような規則でつけられているかを理解しておくことが問われます。
    踏み跡のないセクションもかなりあります。この写真の中にマーキングが二つは写っているはずですが、ご覧のとおり風景に埋もれてしまっています。

    踏み跡のないセクションもかなりあります。この写真の中にマーキングが二つは写っているはずですが、ご覧のとおり風景に埋もれてしまっています。

  • もう一つの違いがコースのワイルドさ。Hardrockが行われるサン・ファン(San Juan)の山々は大きな町から離れた大自然です。「足が乾いているようじゃハードロックじゃない」といわれるほど、コースのいたるところで水場を渡り、雪渓を横切ります。距離は短いものの「ここを行くの?」というような激登り激下りもあります。
    Virginius Pass。雪渓を激下り。

    Virginius Pass。雪渓を激下り。

このようにコースはかなりのキツさですが、完走の制限時間は48時間と比較的ゆるくなっています。(因みにUTMBの制限時間は46時間。)季節的にしばしば夕方には雷を伴う激しい雨が降ることも多いのですが、落雷に打たれる危険を避けるためにコース上で安全のために停まっても、経験と十分なハイキング能力があれば走力はそこそこでも十分に完走できる時間設定になっています。

出走することはコース以上に難しい

コース以上に難しいのが152人の出走枠に入ることです。

出走枠は、5回以上完走した人(Veteran枠)に35人、一度も完走したことがない人(Never枠)に47人、それ以外の人(Else枠)に70人が割り当てられており、前年の男女の優勝者以外はすべて*抽選によって決まります。(*ただしレースディレクターが自由裁量で決められる枠が若干あるようです。)

とりわけ「Never」の枠の人が出走するのは至難の業です。初めて抽選に申し込んで一発で当たる確率は1%未満。毎年申し込みを繰り返すことで当選確率は増える仕組みになっていますが、それでも当選するのに何年もかかるという話はざら。今年キリアン・ジョルネ(Kirian Jornet)と同着で優勝したジェイソン・シュラーブ(Jason Schlarb)は4回めの抽選でやっと当選。私が直接話をした中では7回目の抽選でやっと当選したという方もいました。何度も抽選に申し込んでいるアントン・クルピチカ(Anton Krupicka)も未だにHardrockは走ったことはありません。走力にかかわらず平等に抽選で出走者が選ばれるため、エリートでも出走が難しいイベントです。

Hardrock 100の魅力

今回のHardrock 100はエリートランナーのレベルが高く、特に、共にUTMBを複数回制したキリアンとグザビエ・テブナール(Xavier Thévenard)の対決は注目を集めましたが、他の大きなレースと比べるとHardrock 100はエリートランナーの数が少なく、トップランナーたちのハイレベルの戦いが毎年行われているというわけではありません。

(Grant Swampを下るJason、Kilian、Xavier。妻撮影。)

私が感じたHardrock 100の本当の魅力は、こうしたトップランナーの走りとは別のところにありました。

ちょっと話が長くなってきましたので、その魅力については次回のエントリーで書いてみたいと思います。

Kendall Mountainからスタート・ゴール地点となるSilvertonを見下ろす。

Kendall Mountainからスタート・ゴール地点となるSilvertonを見下ろす。


高地はつらいよ – Dirty 30 -

こんにちは、藤岡です。

ちょっと前になりますが、6月4日にコロラド州で行われたDirty 30という50キロのレースを走ってきました。

コロラド州はアメリカで最もトレイルランニングが盛んな場所の一つ。州都のデンバーは標高1600メートル前後、そこから西にしばらく行けば4000メートル級の山々が連なるロッキー山脈があります。

シアトルより緯度は低いものの標高が高く雪が遅くまで残るため、コロラドの人にとっては6月に行われるこのDirty 30でやっと本格的なトレイルランニングシーズンが始まります。レースは地元のランナーが圧倒的に多く、ウルトラディスタンスが初めての人から、スーパーエリートまで幅広い層のランナーが集まります。

私はレース前日の夜にシアトルを出発。夜中にデンバーの空港に到着後、レンタカーで一時間半ほど走って会場近くの駐車場に向かい、ちょっと仮眠をとったあとレースというなかなかの強行軍。

私にとってこのレースは、7月に走る可能性のあるHardrock 100の準備という位置づけで、高地を体験しておくのが目的でした。クリス・ヴァーゴ(Chris Vargo)、ジェイソン・シュラブ(Jason Schlarb)、ティモシー・オルソン(Timothy Olson)、ライアン・スミス(Ryan Smith)などワールドクラスのエリートランナーも出場するため上位入賞は難しいレース。初めて走るコースということもあり、具体的なゴール時間は設定せずに望みました。

(ちなみにHardrock 100については近々ブログに書こうと思いますが、私は現在のところウェイティングリストに名前がある段階で、現在出場権を持っている人がキャンセルしないと出場できません。)

今回のレースは一番低いところで標高2200メートル、高いところで2950メートルほど。直前に到着した私は当然高地順応の時間はありませんでしたが、下手に数日前に現地入りするよりは、走る直前に入ったほうが良いと言われているので、まあなんとかなるかなと気楽に構えていました。

スタート!


スタートしてみると、周りはかなりスローなペース。「あれっ?遅いな」と思いながら私はいつもの50キロの感覚で走り始めたら、するすると三番手、クリス・ヴァーゴの後ろまで上がってしまいました。

ところが2〜3キロもしないうちに何だかいつもと違うことに気づきます。出力を上げて脚を回すと、いつもより早く心臓と肺に限界がくる感じ。体がふわっとして、思ったように体が動きません。リズムを整えるためにペースを落として集団内で走っていると、前のめりに転倒。両膝を地面に打ち付けて悶絶。後続に次々抜かれ20番手以下に後退してしまいました。

じんわり出血。


そこからは、心肺に来るのでペースも上げられず、打ち付けた膝も痛い中、我慢のレースとなりました。

それでもじわりじわりと順位を上げていくと、途中でティモシー・オルソンに追いつき、しばらく抜きつ抜かれつしながら走っていました。彼は昨年来オーバー・トレーニング症候群からくる不調に苦しめられているそうで、この日も彼の本来の走りにはまだまだ遠いようでしたが、上りで見せるスピードはさすがで、結局最後は彼に先行されてしまいました。

ティモシー・オルソンと一緒。


アップダウンが多く、岩場があったり、石が転がっていたりしてトリッキーなコース。高地で体が言うことを聞かないせいか、序盤の転倒の後にも更に三度転倒してしまいました。どちらかというと私は走れるコースのほうが得意なので、苦労させられました。

最後まで我慢のレースでしたが、なんとか無事ゴール。マスター(40歳以上)では1位、総合では15位でした。結果は満足できるものではなかったですが、当初のレースの目的だった高地を経験しておくという点では収穫がありました。最初から下手にペースを上げず、じっくり体の反応を見ながらレースをするのが高地では特に大切ですね。

ちなみに、私も高地に苦労しましたが、私以上に苦労したのは応援していただけの妻でした。私がゴールした瞬間には体調不良で座り込んでいて、写真を撮る余裕は全くなかったとのこと。少しして頭痛に苦しみながらも撮ってくれた写真がこちら。高地はつらいよ。