耐える日々

今年はほんとにシレツなクリック合戦だったおんたけ100キロ。

毎年お世話になってる民宿みやまさんにも去年から予約して楽しみにしていたのですが…

母方からの遺伝で血清値はずっとたかかったのですが、大丈夫だった慢性関節リウマチに六月初めくらいから発症してしまいました。

初期はアチコチの関節が激痛です。痛み止めが離せず、1日五回飲んだりしてました。

左手は朝パンパンにむくみ、こわばりがひどいです。

パートにはなんとかいってるものの、不意に激痛が襲ってきてそれがこわいし、まったく走らなくなりました。友達には他の理由で誤魔化して断っていました。

病院で血液検査やレントゲン、エコーしてもらい、まだ初期段階なので骨の破壊はないとのこと。でも、これは完治しないので、骨の侵食をおそくするリウマチ薬を飲み続けるしかありません。

痛みあるときはあまり運動もだめです。

通ってたジムも辞めて、しばらくは悶々とした日々を過ごしました。子どもたちにも血液検査あるときは、リウマチ因子に関係ある血清値もしらべてもらっておくこと、遺伝だからそのうちなるかもしれない、と心づもりしておくことを伝えました。

最近はやはり朝のこわばりはあるものの、昼間動くぶんには落ち着いてきました。

立川にTRIPPERというトレイル専門店ができて、せっかく良いお店に出会い、おんたけにむけてシューズやザックも買ってたんですが。来年、寛解したらいきたいです。ガレが見たい!萌え萌えなのでね。

そして、来年最終回の5月の連休にある萩往還250キロになんとかエントリーできたので、少しずつですが運動はじめます。

両肩、両肘の関節痛が時折ありますが足は足首のとこだけなので、膝に来てないだけラッキーです。

どうかみなさんもおうえんしてください。

3ヶ月走ってないと少しうごいただけで息切れです。

仲良しのラン仲間に子どもが産まれたり、一部話してる友達に励まされ、気持ちも凹んでばかりじゃだめだな、とおもっています。

ウルトラの母をめざしてがんばらなきゃ!


初めての伊豆大島で学習!

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書こうか書くまいか考えたのですが書きます!

3月の最終週、伊豆大島ウルトラに行きました。
同じ東京都なのに初めて行くところです。
行きはジェット船で、2時間ほど。

今回、入れていただいたグループにブラインドの方が、男女それぞれ1名いらっしゃいました。

男性には男性の、女性には女性の伴走者がついてらっしゃいました。お二人とも生まれつきでなく、大人になってからブラインドになった方でした。

とにかく常に二人ご一緒。段差や宿についてからの部屋への行き方、トイレの場所などなど、杖をつかわず、かべづたいに行ったりします。

前日受付で、その日もあまり天気が良くなかったのですが、抽選会などあって、のんびりとしたよい説明会でした。

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夜のお食事も魚料理メインですが、とっても品もあり、ウルトラの前日なので、一応カンパイくらいにしておいて、とにかく食べました。

女性のブラインドの方も、男性の方も、私と同年代。女性の方は初めてのウルトラ!それで伊豆大島を選ぶなんてチャレンジャーだね、とみんなに言われてました。

男性の方は去年も参加されたのですが、できれば自己ベストを出したい!ということです。

お二人とも58キロの部。私は100キロの部。

翌日はあいにく朝からフツーに雨で、5時スタートなのですが、少々くらくて寒い。

100均のカッパ着てスタートしましたが、雨はひどくなる一方で、走り出しても暑くなりません。

私は結局三原山登って、降りてきた58キロの関門であと10分足らず、天候やこの寒さに、去年の萩往還で低体温、脱水で、死にかけ、ICUに運ばれたのを思い出し、やめました。(これは、財務省(夫)に判断をほめられました)。

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足湯ならぬ、手湯を用意してくださっていて、あたたまりました。地元の人もいうほど、この時期にしては寒すぎるということでした。伊豆大島というと、感覚では南の方なので、多摩県よりずっと温かいだろうというイメージです。なので、そんなに寒さ対策せずいました。これは甘かったですね。

そして、ブラインドの男性チームは無事ゴール、女性の方は、やはり低体温で、10キロすこしでリタイアしたそうです。

58キロの部の完走率は3分の2だったそうです。やはり低体温の方が多かったらしいです。

100キロに出た同じグループの方で完走されたのは2名でした。

でも、やはり体調と天候とを考えて走るのって大切ですよね。体が資本ですからね。

宿に帰って、おめでとう、残念の会のはじまり。この日のお夕食も豪華で食べきれないほどでした。

次の日は少し観光して、こんどは大型船で帰りますが、この日は、島には2つ中学があるそうなのですが中には、数名、本土というか、東京都区内や、市部などに進学する子もいるそうです。なので、旅立ちの日。同級生がお見送りにきます。
昔のことかなとおもってたけど、紙テープを投げあい、出航してからも灯台まで走ってみおくる子供たち、とっても感動しました。

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船は大きいのに東京湾にはいるまで、オオシケでとても揺れました。私はおもしろがって、ビールぐいぐい飲んでましたけど、横になったり、うろうろ歩いてる方もいました。

そんな中、今回の反省会として、出たのが、ブラインドの方々の意見。
歩道を走るときに、どうしても並んで走るので、後ろから抜きたい方が抜けず、渋滞になってしまうことが申し訳ない、遅い選手の人にも温かいお茶や、食べ物をとっておいてほしい、リタイアのバスの数を増やしてほしい・・・などでした。

エイドで食べ物がないというのはよく聞きますが、やはり関門ギリギリでがんばってる人たち用にもとっておいてほしいですね。私も「あちゃ!なんもない」というガッカリ経験はありますからね。

そして、伊豆大島でまえには行われてたフルのマラソンを復活してほしいということでした。制限時間もたっぷりあって、楽しめたそうです。

私は、今回いれていただいた、赤木一恵さんもいるカッチン倶楽部にまたいれてもらって、来年も参加したいなとおもいました。

コースはとってもキツイですが、ぜひ、フィニッシュして、新島ガラスでつくられたメダルをいただきたいです。

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シモヤケ大会

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今年もはじまってからだいぶたったけど、よろしくちゃんです!

この前の日曜は毎年出てる横田基地の中を走るフロストバイトハーフに行ってきました!

すごい冷えた日だったんだけど、いつものように干支の仮装で!

パンツの部分が未完成だったのでわたし的には不満でしたが、顔白塗りのほっぺまっかっかにしたら、基地の方や、沿道の応援の方にウケてもらえました!

中盤過ぎのエイドでオレンジジュース、オレンジをばくばくたべたら、お腹にきてしまい、次のトイレまで速歩で!ワラワラ

なので、すっごくおそーいたいむになっちゃったけど、仮装賞決めるから台に上がって!とゴール後すぐに言われて、え??としぶしぶ。

周りにはミニオンちゃん、顔なし親子、たぶんえっと白雪姫?とかいました。

なぜか私は4位に選ばれて、カバンいただきました!

着替えはそとでやったので、足つりそうになっちゃった!!

ハーフとかフルマラソンはほんときついですよー!

でも来月は熊本マラソンなので、少しずつ練習始めました!熊本マラソンはラムちゃんで走るよー!

参加賞のトレーナーは今年のはかっこよかったよー!

来年はちゃんと完成させてのぞむぞー!


走らされた越後くびきの100キロウルトラマラソン

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少し前の話になることをお許しください!

体育の日連休に二年に一度行われる上越市の『越後くびきの』ウルトラマラソンに行って来ました。友達からエイドがいいよー!たくさんあるし、暖かくていい大会よ!と言われただけでエントリーしてしまいました。

でも、制限は13時間半!エイドはたしかにたくさんあるのでそんなに荷物しょわなくても平気。

が!峠ごえが五ヶ所あり、登りはかなりきついです。はやあるきであるき、下りはとにかく走る!

そんな感じで進みました。

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エイドでは、新米のおにぎり、各エイドちがった具材のお味噌汁、飲み物も雨だったので暖かいお茶もありました。

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でもとにかくさっさと食べて走らねばなりません!最後の方のエイドでは、あと8分!なんていわれながらはしりました!

地元の方のあたたかい応援、中学生達のボラに感動しました。

あと9分!というとこで無事ゴールできました。

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いやー、しかし走った走った!ウルトラでこんなに走ったのははじめてです!でも翌日、一緒に行った仲間と謙信城跡に行って親方様にも会えたし、たのしかったよー!またきついけどさらいねんいこうかな?

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ずぶ濡れ信越五岳とできなかったUTMFボラ

ごぶさたです!なかなか時間とれなくて写真もアップうまくいかなくて書けませんでした!

今年、初めて信越五岳に参戦しました。結構お金かかるし、とっても時間内に走れると思えずエントリーしようとすらしてませんでした。

そんななのでもちろんぺーサーもなしです。

前夜祭にはたくさんのお食事、飲み物が出ました。ビールは一杯にしておいてあとはソフトドリンクにしました。

一人でいったのでペンションに相部屋で。でもね、素泊まりなのに9000円もとられました!びっくりです。

一緒に泊まった方とはすっかり仲良くなり、いろいろお話ししました。

お天気が心配でしたが、夜中ザーザー降っていて、スタート時には小雨になってました。

でも、ロードはいいのですが、山にはいると前日からの雨で足元がぐしょぐしょ、登りもヌルヌルのずぼずぼです!

雨は時おり強くなったり小降りになったりをくりかえし、足元はますます悪くなります。やっと3Aについたときに、5Aの関門時間が早まったことを知りました。

ただでさえおそおそランナーなのにこりゃーきびしいな、でもいけるとこまでいこう!

そうしてシューズをどろまみれにしながら進みました。登りでは一回滑落しました!ちょうど近くにいた男性に引き上げてもらえました。

もうはっきりいって下りもおしりで滑った方がはやいくらいでした。

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もう少しで4A、でも下りは泥水の川です。でもなんとか走りました!

ついたー!!

しかし、『はい、ゼッケンいただきます』

時間見ると制限時間を30分も過ぎてました。51キロくらいのところで初めての信越五岳は終わりました。バスはすぐきましたが、会場まで一時間半かかり、すっかり冷えてプチ低体温で救護室で介抱していただきました。

そして、翌週のUTMF、二十曲と最後の方のエイドでボラする予定でした。でも、UTMFは悪天候で道の駅なんだったかな?そこでおしまい。そのあとのSTYに出ていい、ということでそのまま翌日お昼からスタートのSTYに出た方も何名かいたようです。でも天気はいっこうによくならず、私も最初の予定は24日の3時に着くように出るはずでしたが、翌日おひるくらいに富士山駅で同じとこでボラ予定の方を数名乗せて現地に向かいました。でも中止になるかも、という情報が。

結局着いたときに中止の正式発表があり、ボラするどころか使うはずだった食料をいただいて帰ることに。バナナ一箱、コーラ一箱、ロールパン一箱です!

もちろん転売なんかしないで休み明けに会社に持ってってエイド…いやみなさんに差し上げました。

9月は台風も多くほんとに週末になると雨でお祭りなんかも延期や中止になった所も多くあったそうです。

お天気には逆らえないですが、がんばるぞ!と思ってた選手やスタッフのみなさんには残念ですよね。

UTMFは去年から9月になりましたが去年もかなりの雨でした。

あんまり雨が続くようだとちょっと開催時期もかんがえないとならないかもですね。

来年もこの大会はボラする予定です!なんだろな、出たい、と思ったことはないんです。まぁ、まずポイント無いしね!

なんだかもやもや感の残る二週間でした。


ウルトラドランカー!?

私は、10年ちょいまえから走り始めた、もともと文系な人種。

初めはジムに通ってトレーニング方法なんかを聞きながらなんとか1キロ走れるようになり、少しずつ距離たしていって、立川昭島ハーフマラソンの当時あった10キロのコースを走れた事で気持ちがよくなって、ハーフマラソンやフルマラソン走れるようになって、6年前くらいからトレイルを知ってハマったり。

そのうち元々ウルトラマンが好きなのだが、ウルトラマラソンっていうのがあると知って出てみたくなり、前は真夏にやってたオクムに出た。ツラいんだけど、旅みたいで楽しい。

ウルトラ走ったあとは私は、すぐビールなんか飲んじゃうと貧血起こして倒れてしまう。オクムで初めてそうなってしまった。

3年前ほど野辺山にでて、91キロのとこで低体温、脱水で倒れて病院に1日入院。

一昨年、木曽三川の60キロの円谷プロとコラボしたウルトラマンのメダルを完走したらもらえる大会に出て、走り終わったあと風呂入って打ち上げ、とまたすぐビール飲んでひどい貧血になり病院に搬送され、仲間にすごく迷惑かけた。

そして、一昨年は萩往還の140キロを完踏、やっぱり足もぼろぼろだったけどうれしくてしかたなかった。

去年、萩往還の250キロにでて、2日目に天候不良でそのときいっしょにいた8人ほどのランナーとDNFを決めた。私は、そのとき、え?やめるの?と思ったけど寒かったしやめて正解ではあった。

今年も再び萩往還の250キロにでて、やはり2日目の5月3日、台風のような天候に。

日本海側に出てたのだが波が道路に打ち付けるほどの豪風雨。

でも食べて進むと平気なとこもあって、まだ平気だ、大丈夫だと進んでいた。113キロあたりでチェックポイントを1つ通りすぎてることがわかり、たまたま一緒に進んでた男性と戻っていたが、体が固まってきたので先に行ってもらい、あまりの風雨に電話ボックスに避難、大会本部にDNFを伝えた。

「パトロール車がまわってますから見つけたらそこから出てアピールするか、つぎのエイドまで来てもらうかじゃないと収容バスには乗れません」と言われて、はい、というと、「はい、ってことはもう次電話かけてきても対応しませんよ」と。

仕方ないな、自己責任だしな、と思ってタクシーで次のエイドまで連れてってもらおうとタクシー会社を調べてかけてみたけど、私のいる位置が遠くて行けないと断られた。

止まったことで体がどんどん冷えて動かなくなってくるのは、わかった。

ぼんやりしてるとふと上を見ると119の文字が見えたので電話をした。そこから記憶がない。

結局、私は、長門市の病院のICUに運ばれて処置を受けた。運ばれた時は意識レベルは300(10段階の一番下)で、全身痙攣してたらしい。

ほんとにあの世に足を突っ込んだのだ。

たぶん運ばれたのは3日の3時くらい?夕方、意識が戻った時は尿道管?通され、電気毛布の上に厚い布団2枚くらいと保温されていた。暑くて目が覚めたのだ。

大会のスタッフの方が時間をおいて二人いらっしゃったが私は、謝るしかなかった。

家族。。。夫は3日に山口入りしたのだが電車が悪天候で止まってしまって翌日の4日に病院に来た。もちろん怒られた。

でも6日には東京に帰り、6日だけは仕事を休んだが翌週からは普通に勤務している。

生命力があるのか亡くなった両親に生かされているのかわかんないが、回復は早いのだ。食欲もあるし、仕事戻ってからは酒も飲むし。

ウルトラマン好きで長い距離は旅みたいでやめられない。でもこうやって家族には迷惑かけてる。

ちゃんと考えろよ!!ってとこなのだが、私にしたら、やっぱり行きたくなる。

だから大会じゃなくて自分でたとえばタマリバー往復するとか勝手にウルトラやるのも手なのかもしれない。

だけど、ぶったおれてしまう可能性もある。

頭がおかしいのかな?
最近自分でもどうしたらいいのか悩んでいる。大会でもし死んだらその大会はなくなってしまうかもしれない。それはぜったいやってはいけない。

でも長い距離走りたい。

真っ白になるまでがんばりたい気持ちも正直ある。

とにかく、悩み中なのである。

ウルトラドランカーなのかも。