レユニオン 街中散策

とりあえずホテルに到着したので次は買い出しに街中へ向かいます。
市内の地図はホテルのフロントに置いてあるのでそれをゲット。

やはりその国を知るにはまずは「市場」でしょう・・・
ということでフルーツなどを探しに行くことにしました。

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市場には色とりどりのフルーツや野菜、とうがらし、特産品のバニラ、香辛料などが売っています。特にバニラは何年置いておいても大丈夫とのことでお土産に買って帰る人も多いようです。 美味しそうなトマトやブドウ、オレンジを買いました。

次にスーパーマーケットへ向かいます。
向かう道中ではさすがにフランスらしさが! ビルの壁にドでかいアートが・・

Gelabertは写真屋さん。ここで綺麗な絵ハガキや写真集、カレンダーなどが買えます。
そしてReunion県庁の横を通り過ぎ、スーパーへ入ると・・・

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BOURBONという地ビールも。 写真を撮ろうとしたらお店の前に警備員が居て写真撮影はNGとのこと。 仕方なく中で買い物をしながら缶ビールの写真を撮っていたらまた警備員が寄ってきて「店内もNG!」と言われてしまいました。 なのでこの2枚のみ・・・
写真はありませんが他にはこれまた特産のラム酒も大量に置いてあり、どこを見てもReunionっぽい感じでした。

缶詰め、ハム、食パン、水などを買い込んだのでホテルへ戻ります。 街中は区画整理されていて道路も碁盤の目のように分かりやすいので方向さえ間違わなければ問題ありません。

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ホテルに着くころには夕方・・・ サン=ドニの海岸線は伊豆の海みたいに石がごろごろです。
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ランニングも島ではごく当たり前のように皆さん走っています。
もちろん我々もこの後、ちゃんとJogしました。

明日はゴール会場へ向かいます。いよいよ受付です!(この年はゴール会場が受付でした)
続く・・・

 

 

 


Le Grand Raid Reunion

UTWT 次のメジャーレース、GRR (Le Grand Raid Reunion) が10月20日(木)22:00から23日(日)16:00までの4日間開催されます。
UTMFやUTMBの制限時間が46時間なのに対して、GRRは66時間あります。
とにかく長い・・・いわゆる三泊四日。
アフリカ・マダガスカルから東へ約800Kmの島で、モーリシャスの横でセーシェルの下です。

50くらいの気候帯に分かれるとのことで、雨が多かったり砂漠みたいな気候だったり、それはそれは多彩です。活動している火山もあり、ハワイ島と屋久島を足したような感じかと・・・
年間の降水量がとても多く、豊富な水量が急峻な谷を削って島の景観を作り出しています。
ギネス記録にもなっている、1日の降水量が1869mm(約1.8m)だったり、72時間の連続雨量が3929mm(約4m)だったりケタ違いです。
2012年に行った時も結構な雨が降っており、まるで田んぼの中の行進でした。

島へは行き方にもよりますが、渡航時間はトランジットなどを入れて日本から軽く30時間以上かかるため、機内の過ごし方も重要です。エアコンが極端に効いている場合は厚手の長袖(フリース等)も必携したほうが・・・

私達の場合は成田→シンガポール→モーリシャス→レユニオンとなりました。
モーリシャスの方が物価が安いのでモーリシャスで何泊かしてからレユニオンへ移動するのも手かもしれません。

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とてもきれいな風景・・・でも冷たくて泳げないw

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人懐っこい鳥も遊びにきます。

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朝食がとても美味しい!それでいて料金もリーズナブル!

 

 

 

 

 

 

 

注意しなければならないのは、南半球のためにこの時期はいわゆる「春」
もちろんキレイな海、白い砂浜、緑のヤシの木・・ではありますが、泳ぐにはそれなりの覚悟がいると思うので頑張ってください!

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窓の外にはサン=ドニの街が・・・

飛行機が到着する場所はSaint-Denis サン=ドニです。 いわゆる県庁所在地。
街には美味しいパン屋さんとかカフェとか、過ごすに困ることはありません。しかし英語があまり通じなく、通じたらラッキーだと思うくらいがちょうどよいかも?
宿泊したホテルでもフロントの誰もに英語が通じるわけではなく、なかなかの苦労が・・・
シャワーが冷たいままの部屋だったりTVがつかなかったり、その場合は急いで部屋替えしてもらいましょう! 部屋に入ったらすべての機能の確認が必要です。

空港から街まではタクシーでおよそ20ユーロくらいだったかと思います。
昼間は空港にタクシーがたくさん停まっているので「Saint-Denis」「Hotel name」を言えば連れて行ってくれます。メーターがついているので明朗会計。チップも少々。

前回のブログでは参加のきっかけなどを書きました。やっと空港から街に到着したのでその辺からちょいちょい思いだして書いていきたいと思います。。。

http://www.grandraid-reunion.com/

 

 


9月開催のUTMF・・・

あと3週間弱でUTMFですね。
選手の皆様も準備に余念がないことと思います。
前回は4月後半、今年は9月後半の開催となり、5か月ほどずれています。
整備をしながら思ったことを少しだけ・・・

昨年は4月に入ったらその短期間のうちに倒木・落枝除去などを行っていました。
3月だとまだ雪が残っていて膝までもぐる場所もあったりして、整備がとてもできる状況ではなく、効率があまりよくありません。
でも今年は夏の間もちょこちょこと出かけて、そのたびに落枝をどかしたり、少なくとも私が所属している「Team Ricka」 (山梨側)の受け持ち部分に関しては何度か見回り整備をする事が出来ました。

受け持ちの山に入っていていつも思うのですが、台風が来たら枝がたくさん落ちるのはわかります。
でも台風が来ていないのに、数日後に訪れてみるとやはり枝が落ちている・・・・
この前どかしたばかりなのに・・・ こんなに枝が落ちてるよー??
普段山を歩いているときには上から大きな枝が落ちてきたことなどありませんが、じゃあ一体いつ落ちてくるのか?
本当に不思議で仕方ありません。

レース前に極力除去しておりますが、レース中に落ちていたらうまく通過してください。 踏んだらムチのように脚にあたったりすることもあるので、超痛いです!!

あとはトレイルのすぐ横から出ている 「痛い草」。
春先だとそんなに目立たない存在ですが、夏の間に育ったトゲのある草は短パンの素足に攻撃を仕掛けてきます。
タイツでもチクチクします。
場所柄、勝手に切ったりできないので、 トレイルを踏み外さないように気をつけて下さい。

整備中にお会いした多くのランナーですが、ラストの霜山からの下りで真っ直ぐロープウェイの方へ下ってしまうみたいですね。
正規のルートはというと・・・

下りきってロードへ出てしまう少し前に、トレイル右側に丸太の棒が打ち込んであります。
もともとは道標だったと思われますが、案内板はついていません。
青いビニールひもが巻きついてました。ここを右へ下りて行きます。
そこを下っていくとすぐまたロード。
ロードを横断したところから一気に下ったら丸太橋(アルミの板が敷いてある)がありますので、目安にしてください。
霜山下り口


年度末って・・・ いつも超多忙なんですけど?

そのおかげで突貫工事ばかりしております。

いつから4月1日が年度始めで3月31日が年度末になったのでしょう?

大きく分けて年度には「会計年度」と「学校年度」があります。
※他にも砂糖年度、芋年度、醸造年度など多種多彩・・(Wikiより)

あちこち色々調べてみたら理由がありました。(各地方自治体もそれに倣って現在に至る)
ではなぜ4月なのか・・・?

昔(明治時代くらい?)の学校教育においては日本でも欧米と同じ9月が年度始めだったみたいです。欧米から先生が来日するのにあたり、あちらの年度始めである9月に合わせていたとのこと・・・

が、国の会計年度の始めが4月になり・・・ これはお米などの農作物が関わってくるのですが、次の作付の始まる前に会計年度を区切りたかったのと(秋に収穫したお米を現金化してある程度落ち着いたころに税金を徴収したい)、また、当時の軍隊の入隊届けが9月から4月に早まったため、軍隊に学生を持っていかれる前に学校側は優秀な人材を残したく4月に合わせた(学校年度)と言われているそうです。
それで国も学校も年度始めが4月になったとか・・・

ちなみに世界各国では独自の年度を決めています。
たまたま日本がそんな理由で年度末=3月になったというのが答えみたいです。
(アメリカでは会計年度は10月、学校年度は9月が始まりとか・・)

もちろん他にも多くの理由があり、それらをひっくるめて、「えい!4月にしてしまえ」となったのかもしれません。

どちらにせよ、公共事業をしている以上はその予算を使い切ってしまわなければならないので、3月31日までに仕事を終わらせないとイカーンと言うことですねー☆

あと少しで4月・・・
早くお山で遊びたい今日この頃・・・
皆様! あと少しの間、頑張りましょうー!!!
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冬の北岳・・・

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北岳バットレス   雪がガッツリ付いていました。

年末に北岳に行ってきました。 天候に恵まれたおかげで無事に登頂できました。 この池山吊尾根からの冬の北岳、25年前にも行きましたが静かでよいコースです。 ただ尾根に出てからの「八本歯のコル」と言われている箇所はちょっとした岩場でアルパインチックな楽しい場所でした。

※12月27日・・・

1月26日深夜に都内を出発。27日早朝に夜叉神入口に到着。が、凍結による通行止めでゲートが閉まっており、解除されて開くのが8:00。ここで3時間待たされました。 登山道を歩くこともできますが、車で上に行った方が楽なのでしばし休憩の後、峠に到着しました。

駐車後、広河原へ行く林道のゲートのおじさんに挨拶をしてから通過。
「んー? 北岳行くのか??」 「ハイ! 行ってきます。天候が荒れたら即撤退します。」

歩き始めて5分で夜叉神トンネルに到着。真っ暗なので約1km程ヘッドランプを点けながら歩きました。 とにかく北岳はアプローチが長い!!

凍結した林道でスリップしないように慎重に歩いて鷲ノ住山登山口へ到着。
ここからほんの少し登り、そして一気に400m下って奈良田からの林道へ合流します。(夜叉神峠の林道は奈良田からの林道より400m程上部を走っています)

そしてこの鷲ノ住山の稜線が、一部だけ実はちょっと・・・ うっすら積もった雪が氷化してツルツル。土もガチガチ。 樹林帯だけど結構な角度で両側がスッパリ切れ落ちていて、こんな大荷物背負ってスリップしたらまず助かりません。  即アイゼン装着です。
長い下りもガチガチに氷化していたので、12本爪アイゼンを履いたままでしたが結果的に早く安全に下りることができました。 ベテランの方はこんな雪ぐらい・・と言ってアイゼンを履かなかったりしますが、安全に下りるために履いて正解でした。(アイゼンを装着している我々を抜いていったノーアイゼンのおじさんも結局アイゼンを装着してました)

夜叉神峠から広河原へ行く林道と別れ、約400m下りたところにある発電所の吊橋は凄く揺れた・・

夜叉神峠から広河原へ行く林道と別れ、約400m下りたところにある発電所の吊橋は凄く揺れた・・

アイゼンを付けたまま吊橋を渡った後、少し登り返して奈良田からの林道へ合流。アイゼンをはずしてから「あるき沢橋」という橋のたもとの登山口までのんびり歩き、いよいよ急登の始まりです。

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奥に見える橋が「あるき沢橋」です。この道標から斜面をジグザグに登っていきます。

ここでも登り始めからアイゼン装着。 雪が氷化しまくりです・・・

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氷の上に雪・・ しかも土も凍結・・

その後+1000m登って池山御池小屋(避難小屋)に到着ですが、翌朝の時間を稼ぎたいので暗くなるギリギリまで更に登り、テント適地(平な場所)を見つけてようやく幕営(16時)となりました。

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雪がパウダーで踏み固めるのに苦労しました。 なるべく平らな場所を探すのが大事ですね!

テントではまず必要なものを取り出して、かさ張るザックを隅に片付けます。 その後まずは水分補給・・・ お湯を沸かして甘い紅茶を作り、一息ついたらすぐに食事の用意です。
本日は玉ねぎ入りみそラーメン!(撮影のためコッフェルから手を離していますが、炊事中は絶対にそこから手を離しません。
ベニヤ板から作った まな板兼ボンベ敷きとはいえ、ここは雪の上なので時間が経てば不安定になり、万が一ひっくり返ったら大変です。)
その後、残ったスープに冷凍おにぎり(外は氷点下10度)を入れてシメの雑炊でした。
お酒はペットボトル入りのウイスキーをお湯割り用に少しだけ持参しました。

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ペットボトル入りのウイスキーはジムビームとアーリータイムスがコンビニで売っていました。軽いです。

食事が終わったら翌朝用の水を作ります。 きれいな雪を取ってきて水にして一度沸騰・・
それを二つのプラティパス(折りたたみ水筒)へ。
朝の炊事用と行動用とテルモス(魔法瓶・サーモス)分を作ったらかなりの量になりました。
それを温かいうちに寝袋の中へ。簡易湯たんぽです。

寝袋の中には、靴の中敷き、インナー手袋、ヘッドランプ、携帯、カメラなどを入れて就寝します。(凍らせたくない、及び電池の消耗を防ぐため)
ゴアのシュラフカバーも寝袋を凍らせないために私は必ず使用することにしています。
そんな感じで遅めの20時に就寝しました。  翌朝は3時起床です。

※12月28日・・・

3時起床。寝袋に入ったまま上半身だけ起こしてバーナーで甘い紅茶を作り、同時にアルファー米に湯を入れ蒸らします。食事をして温まったらアタック準備に入ります。

持ち物は、ヘルメット、ハーネス、ザイル、ガチャ(カラビナなどの登攀具)、行動食、飲み物などで、天気が荒れそうなら更にバーナーとツエルトを持参しますが、終日安定予報なのと、天候急変時でもすぐに逃げられる(道を知っている)ということで今回は持ちませんでした。

5時にヘッドランプを点けながら出発。すぐに猛烈な急登! 汗をかかないように進んでも汗をかいてしまいます。温度調整でジャケット全開で登ります。 雪はパウダーで一歩進んで半歩下がる状態。膝程度のラッセルが続きます。 やがて標高も上がり稜線に出るころに明るくなってきました。
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左写真 間ノ岳(右)と農鳥岳  右写真 ヘッドランプがついたまま・・

やがて樹木の生えていない「ボーコン沢の頭」に出ました。ここは悪天候時に一番迷いやすいところです。その時は赤布(せきふ)という赤い布を竹竿に取り付けたものを目印に差しながら歩くような場所です。勿論今回は持参していません。(悪天候時は登らないため)

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とにかく変哲もないなだらかな稜線です
※このあとは「八本歯のコル」に向かって岩と雪のミックスをクライムダウンしていきます。
天気が崩れる前に登頂したいので帰途に写真を撮りました。なので山頂まで写真はありません。

八本歯のコルからは山頂へ向けて登ります。途中でガチガチに凍った急な斜面を何度もトラバースしながら高度を稼ぎ、最後の岩の稜線を登り切ったら山頂がありました。 DSCN2777 DSCN2782
左写真 北岳山頂     右写真 北岳山荘への分岐標

遠くは富士山、八ヶ岳、北アルプス、おんたけ、乗鞍などなど、富士山以外はすべて北岳から見下ろせました。
写真を撮ったらすぐに下山。
滑落しても全然おかしくない斜面なので慎重に下ります。
だんだんと天候が崩れ始めるであろう予想時間が迫ってきます。(段々と雲が湧いてきた) 写真なんか撮っている余裕がないので(急斜面上でのアイゼンワークにおけるフラットフッティングの連続動作中に、イレギュラーな動きを取り入れると一瞬の隙ができかねない為)

安全地帯まではリンリンをサポートしながら(口頭で指導しながら)下りました。 時間的に余裕があったので、そこからは撮影をしながら下山しました。
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登りで通ってきた「八本歯のコル」へ向かって下りて行きます。 写真右側から時折強烈な突風が吹きつけてきます。
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下りきったところからは今度は登り返します。往路はここをクライムダウンして下りてきたのですが、ちょうど良いホールド(岩を掴める場所)をピッケルのブレードで雪から掘り出しながらでした。スタンス(足場)の悪いところはアイゼンの前爪を岩に置きながら下りたり登ったり・・・

凍っている所は前爪を蹴りこめるので逆に楽だったりします。

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左 甲斐駒ケ岳、右奥に八ヶ岳連峰
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八本歯を越えて振り返ったら雪雲がものすごい勢いで迫ってきました。 富士山を見たらいつの間にか笠雲が・・・ これからの悪天候が予想されます。このあとすぐに強風が始まり、夕方から雪が降り始めてきました。
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ボーコン沢の頭付近の雪の状態。
一見雪は柔らかそうに見えますが、風に磨かれてご覧の通り。普通に立っているだけではアイゼンの爪が少しだけ(数ミリ)しか刺さっていません。

斜面のトラバースではしっかりと爪を打ち込みながら歩かなければスリップしてしまいます。
このあとは樹林帯に突入し、朝登ってきた急登を下ります。
テントに15時くらいに帰着。 熱々の甘い紅茶でほっと一息。

夕食のカレーうどんが最高でした。 このころから始まった降雪が一晩中降り続き、テントが雪の重みで押されて容積が縮小・・。 中から雪を外に押して対処。
結局雪かきせずに済みました。
少し斜めの斜面だったので夜中のうちにリンリンが雪に押されてきて狭かったです。 (大雪時、雪かきをしないと窒息やテントポール破損の恐れがあります)

※12月29日・・・

雪はまだ降り続いています。朝食後にテント撤収して早々に下山を開始。
一気に1000m以上下山します。
下りれば下りるほど気温も上がってきて、アイゼンに雪がダンゴ状にくっついてとても歩きにくいのでたまにピッケルで叩いて落とすのですが、ピッケルシャフトがアイゼンで傷つくので岩や木に靴を軽く当てて雪を落としながら歩いていきます。

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初日には雪が無かったあるき沢橋はご覧の通り。
冬の山は一晩で様相が一変します。
普通ならこのままこの林道を4時間歩けば奈良田の集落ですが、我々は吊橋を渡って400m登り返さなければなりません。
下山中、もうすぐ林道という斜面ですれ違った最初のパーティーは5人。
その後すぐ別の6人が登って行きました。

ここで疑問が。
彼らの格好を見ていて不思議なのは、登り=暑いハズなのでジャケットのチャックを上まで締め上げて登るととても大量の汗をかくと思うのですが・・・
少なくとも御池小屋までは危険箇所がありません。 しかし!彼らはハーネスにシュリンゲ・カラビナを付けたまま歩いているので、正直 「??」 と思いました。

この頃には雪も止んでいたので私だったら消耗を防ぐために登りではジャケットを脱いで進むと思います。 その後、奈良田へ続く林道を下っていくと更に一人の男性とすれ違いました。

私「こんにちは! 今日はどこまでですか?」
男性「御池小屋までです」

その50m後ろから一人の女性が来ます。この二人は関西からのパーティーでした。
私「こんにちは! 雪が止んで良かったですね。お疲れ様です!」
女性「・・・・はい・・・・」 (小さい声で凄くつらそうです・・)

リンリンと、「あの二人、離れて歩いているけど大丈夫かな? パーティーだよねぇ? 女性、凄くきつそうだね・・ 大丈夫かな? 数日は天気も崩れるし、登頂出来るのかな?」 などと会話をしたのでハッキリと覚えていました。  そのウエアや顔まで・・・

いよいよ吊橋を渡るために林道から分かれて発電所へ下ります。
下りる途中の岩場に来ました。 登りは問題ありませんでしたが下りは滑落の危険もあります。普通なら一人が空身で先におりて荷物を受け取ればよいのですが、ここでせっかくなので持ってきたザイルで懸垂下降の練習をしました。 これが一番楽しかったかも♪ その後は雪でトレースの消えた鷲ノ住山の斜面をしっかり登り返し、夜叉神の林道をてくてく歩いて夜叉神峠の車へ帰着しました。。。

夜叉神へ向かう林道から見た景色

夜叉神へ向かう林道から見た景色

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途中にある案内板 雪のない時期にも来てみたい!

下山して少し経った31日、
TV NEWS:「1月29日に入山した男女のパーティーが北岳で遭難しました・・」

直感で感じたイヤな予感が的中です。 きっと無理をしてしまったのかもしれません。
その日にすれ違った二人組はあの男女二人だけでした。 あの遅い時間に登って行ったことも含めて、どんな山でも登るからには個人の自己責任だと思っています。

気圧計の針が下がり、悪天が予想されているならテントの中で2日も3日も、更にはそれ以上耐えなければならないのが冬山。
日数が無いから・・  せっかく来たのだから・・ 山頂が目の前だから・・
私も無理をしないように、今一度肝に銘じて山に行きたいと思います。


新しい年の始まり・・

2015年が始まりました。
今年のReunionの申し込みは2月16日日本時間19時から開始のようですね。
多くの方が参加され、そして完走できることを願っております。
最近NHKの番組をはじめとして、色々なところでReunionの名前を聞くようになりました。
遠くて小さい島なのに魅力ぎっしり・・・
もう一度行ってみたいのですが、東京オリンピックが終わらないと厳しいかもしれません。
そのかわり日本から出られないなら日本の山にたくさん登ろうと思います。
山でお会いしたらどうかよろしくお願いいたします!!
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今年も無事にGRR!!

Grand Raid Reunion2014 今年も大会が終了しました。 日本からは20名を超える選手が参加し、メディアが選手達を追いました。 日本でたとえたらReunionは「沖縄県」のような存在。 とても南の島感を感じます。 12月にReunionの報告会が開催される予定・・ そのうちにサイトでUpされると思いますのでMountain Sports Network  http://www.mtsn.jp/  を是非チェック-☆

marina


今思うことについて・・・

先日、同じチームの友人が山で滑落して帰らぬ人になりました。
体力もあるし足も速いし、決して山をなめていた人間ではありませんでした。
一般の登山者よりはるかに多く山を楽しんでいた男です。

残念でなりません。
どうしてまだ必要とされている人が逝ってしまうのか・・・

悔しいです。

実際、海外でも滑落事故は起きています。現に2012年のReunion の100マイルレース。そのレース中に二人の選手が滑落し、一人は他界されました。
本当に一瞬の隙をついて事故は起こると思います。

私は22歳のとき、卒業と同時に就職活動など一切せず、当時でも先鋭的な社会人山岳会に入会しましたが、数年後に結婚してしまったが為にその後誰もザイルを組んでくれなくなったので退会した経験があります。
今を思えば当時のザイルパートナーが、事故が起きた時の責任を取りたくないから(新婚だから)「お前とは行かない」と思われたのだと思います。それは生き残った人が語りべとなり、残された遺族への説明義務が発生してしまうから。
もし事故が起きてしまったら奥様とお子さんにどうやって説明したらよいのか・・ それは辛いことです。

私の山岳会時代は主にクライミング、しかも冬の岩壁を何十ピッチも登るような、それは厳しい登攀が主体でした。そのために毎日走りこみ、仕事はロープでぶら下がるビルの窓ふき。冬の就寝は窓を全開で耐寒訓練。
行く山域は谷川、穂高、丸山東壁・・
とにかく冬山の為に生活しているようなものでした。

そんな経験をしている私でも、やっぱり鹿島槍、穂高、剱などの岩稜歩きは怖いと感じることがあります。
なぜだと思いますか?
クライミングはザイルを使います。信頼できるザイルパートナーがビレイしてくれるから、「俺が落ちても絶対止めてくれる!」と思えるから、厳しい核心部でも思い切ってその一手、一足が出せるのです。
勿論そうは言ってもアルパインクライミングの中では墜落は許されません。誰が打ち込んだかわからないボルトやハーケン、でもそれを仮にも信じてランニング(中間支点)を取らなければ前進は出来ないのです。 クラックがあればナチュラルプロテクションを取れますが、フェースやスラブだとそうはいきません。信頼関係こそが成功のカギです。

ところが・・・岩稜歩きはザイルなど使いません。(一部のガイド登山では使用します)
みなさん、普通に歩いています。
特に一般の方、もし疲れていたり、話に夢中になったり、岩角でちょっとつまずいたらどうするのでしょう?
集中力の途切れたその一瞬! 人は重力には逆らえないのです。

ザイルを使用しない岩稜歩き。私は一瞬のミスも許されない真剣勝負だといつも思いながら歩いています。これってちょっと大げさでしょうか?

今から足を置くあの岩、凍っていないかな?
あの木の根っこに裾が引っかからないかな?
ザックのストラップが岩角に引っかからないかな?
足を伸ばそうとしゃがんだらザックの下が岩に押されないかな?
などなど、常に危険予知をしている自分がいます。

もうこれ以上山の仲間を失いたくない!
徐々にでも、今後はそれについて色々考えて行きたいと思います。

稲葉 実 さん どうか安らかにお眠りください。

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Reunionへのきっかけ・・・

昨年のReunionはサイクロンが接近し、あわやUTMB2010か?と焦りました。

一昨年のReunionはサイクロンが接近し、あわやUTMB2010か?と焦りました。

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皆さま
長い長い年度末がまだ終わらなくてずっと引きずっている私ですが、UTMFも終わり、やっと一段落がついた感じがします。 どうもどうも御無沙汰しておりました。。。

Reunionに行くことになったきっかけを書くのを忘れていたので、前の記事と前後しますが今のうちに書いときます。

Reunion島の最大の人気トレイルランニングレースが「Diagonale des  Fous」という100マイルなわけですが、他にBourbon(約90キロ)、Mascarene(約60キロ)のレースがあります。
http://www.grandraid-reunion.com/

そもそもなぜReunionの100マイルを知ったかというと、UTMB2010 の時にchalet la Floriaの辺りを試走していたらフランスの方に英語で話しかけられて、
彼:「君はReunionを知っているかい?」
私:「噂では聞いています。ジャングルですよね?」
彼:「そう!まるでアドベンチャーレースなんだよ。雨が降ると腰くらいまで水に浸かる所もある
んだよ?」
私:「??」
彼:「君は東京からかい?日本だと丸1日は移動にかかるだろうね」
私:「・・・・・ マジ? (絶対行けないよなー。てか、Reunionって一体どこ?)」
彼:「UTMBよりも人気があったりするんだよ?一度は行ってみて? じゃあ!!」

そんな会話があり、まさかまさか行くわけないと頭の片隅から消し去っていた島の名前でしたが、なんと!2010年のUTMBが途中で悪天候により中止になってしまいました・・・。
残念だったので2011年もUTMBにエントリーして二人で走りだしたのはよいのですが、リンリンのトラブルでLac combalでストップに・・・
3度目の正直で2012年もエントリーしようとしましたが、この年は10回記念大会でさすがに落選・・
さて、2012年の100マイル・・・ 何かないかなー?と海外に注目したら、山の先輩の蚊取線香さんが、「突貫さん、Reunionに行きましょう!!」 とお誘いしてくれました。
Andorraなどという累積標高がケタ違いな恐ろしいレースには興味がなかったので、UTMBの代替としてReunionならまぁいいか!くらいの軽い気持ちで3月にエントリー開始。

が、、、

Reunion島のサーバーは脆弱です!。
エントリーして情報を打ち込んでいるときに島のサーバーが突然クラッシュ!!! もうあり得ない事態に・・  結局その日はHPでエントリー中止が発表されました。
復旧はいつだかわからず、変な時間に、「直ったからエントリーしてねー」的なNEWSが流れましたが、あれは確か日本時間の深夜未明・・。
そんな時間、みんな寝ておりますが・・?

朝起きてHPを確認したら 「終了ー☆」 でした。
ここでも蚊取線香さんが、「まずはBourbonにエントリーしてください。その後色々考えましょう!」とアドバイスをくれました。

その後色々クリアして正当な理由(サーバークラッシュ)と個人審査も通り、無事に長いレースに出られることになるのですが・・・

2012年が20回記念大会(そう、ハセツネCUPと同じ歴史の大会です)だったせいなのか、当初聞いていた160キロが →170キロに。 累積標高 D+9800mが →D+10845mに・・・
まるでAndorraじゃないのー? という気持ちでしたが、みんな同じだしまあいいか!と参加を決めました。
どんな島かまったくわからない状態・・・
そこから手さぐりの挑戦が始まりましたー♪

 


Reunion Saint-Denis 到着

成田を出発し、東京から香港・上海・シンガポール・マレーシアのどこかの国を経由してモーリシャスエアーでモーリシャスへ。乗り継ぎ時間をやり過ごし一時間弱でRenion島へ到着。
御覧のように時間によっては夜中になっちゃいます。
タクシーもありますが、21時を過ぎたら数も激減するので割と焦ったほうがよいかも?
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Jerome Desireさん (ホテルのロビーにて)
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彼とは2012年のGRRで知り合いました。その知り合い方がなかなか・・・
突然9月21日に私のFBにメッセージが・・・
「Hello.My is Jérôme and I live in La Réunion where La Diagonale des Fous takes place.Are you coming in october to run this race.When are you arriving to the island?」(原文そのまま)で始まった彼との親交。彼はReunion生まれReunion育ちですが、一生懸命に英語を駆使してくれます。おかげでそれ以後本当に助けてもらうことになりました。
右も左もわからない未知の島。 知っているのは人口が80万人を超えていること、世界遺産の島ということ、雨が多く1日の降水量がギネスに載っていること、日本人がほとんど住んでいないこと、県庁所在地はSaint-Denisという町であること、特産品はバニラビーンズとラム酒と砂糖という、レースにほとんど関係のないことばかり・・・

レンタカーはそのほとんどがマニュアル車ばかりで、借りようとしても「オートマチック車?  はーん?」  という感じ。 オートマを予約しても実際はマニュアルが来たり、やっぱり若干アバウトなんですねー。

で、我々が宿泊していたホテルの前には「ローラン・ギャロス」という方の銅像があります。
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彼は初めて地中海横断飛行を成し遂げた、レユニオン島 サン=ドニ出身の飛行家なんですね。プジョー306にもローラン・ギャロスEditionがあるようです。
この島の空港の名前もローラン・ギャロス空港。なんか偉大です。

後ろに小さく見えているのはカフェレストラン。 テラスから見る海は夕方には最高です。

その海はこんな感じ。でっかい大砲がドーンとあります。163
ちなみに、奥に見えている丘の左側を越えてランナーはサン=ドニに戻ってきます。
長い長い旅の最後、いよいよ街へ向かう下りに入って真っ先に目に入ってくるサン=ドニの街と海。
ランナーからはこのように見えます。↓ ↓
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いよいよ本日夕方18時からhttp://www.grandraid-reunion.com/english/registrations/で申し込みが始まります。
今年はサーバーのトラブルなしにうまくエントリーが出来ることをお祈りいたしております♪
続く・・・