燃え尽きてはいけない 白山ジオ・レポート4

大会名にもなっている霊峰の山頂を踏む、大会のハイライトである。日の出前からヘッドライトを頼りに、修行僧の古道「加賀禅定道」をたどって一路ピークを目指す。

かつて幻といわれた「百四丈の滝」や山頂付近の雪渓、男心をくすぐる名称の「美女坂」などなど、お楽しみの多いコースだ。なかなかの急登ぶりからして、おそらく美女はツンデレなのだと思う。

グループを組んでひたすら登る。(撮影・田上雅之さん)

グループを組んでひたすら登る。(撮影・田上雅之さん)

残念ながらガスが濃く、滝や眺望は見られず。諦めきれずに展望台まで行くものの、視界は灰のように真っ白。燃え尽きたよ、真っ白にな……。「あしたのジョー」のごとく完全燃焼している場合ではない。心の眼で滝を拝むに留め、先を急ぐ。

滝の代わりに、手の届く範囲で高山植物を楽しむ。白山には固有の植物が多く、「ハクサン〜」という名前の草花が20種類ほどあった(と記憶している)。固有種に名付けられた山の名前としては「ハクサン」が飛び抜けて多い。植物名から、ほかの名だたる山々と比べても、白山が多様な植生を有していることが分かる。

木漏れ日がドラマチックだった。

木漏れ日がドラマチックだった。

そんな貴重な自然を保護するため、4、5日目の山岳区間はタイム計測を実施せずに登山に徹する。そのため、実は燃え尽きるどころか、登っていてもまだエンジンに点火すらしていない状態で登っていたのだ。

ランナーではなく、ハイカーに転身。選手がぞろぞろと列をなして、歩いていく。コース上では、走っていないかをチェックする環境省の職員が、わざわざ稜線で待ち構えている。仕事で登れるのは役得な気もするが、職員的にはどうなのだろう。

まだガスが少ない時間帯。このあとはほぼ視界なしに。

まだガスが少ない時間帯。このあとはほぼ視界なしに。

というのも、この白山ステージは過去に、大雨で滝と化した稜線をたどる年があったり、台風の影響で暴風雨にさらされて低体温症が続出したり、酷暑で水不足だったりと、刺激的なのが特徴なのだ。早朝から待ち構える職員には試練のひとときかもしれない。この日も雨風がやや強め。動いていれば気持ちいいが、2,000m近くでじっとしていると肌寒かっただろう。

天候が急変してトラブルに見舞われることも考慮して、選手は前日までのペースに応じて3、4グループで集団登山する。標高2,500mを超えると、斜面によっては雪がたんまり。中国から参加した選手が大喜びである。雪を見る機会がなかったらしく、かなりのハイテンションで、写真撮影にいそしんでいた。レースを忘れた、和やかなトレッキング。のんびりとしたペースなので、筋肉と内臓の疲労を和らげられる。天候次第とはいえ、肉体的にはリフレッシュできるステージなのだ。

天候不順のせいか、例年よりも雪が多かった。(撮影・田上雅之さん)

天候不順のせいか、例年よりも雪が多かった。(撮影・田上雅之さん)

雪に大喜びする中国人選手

雪に大喜びする中国人選手

行動時間は10時間ほどと比較的長いが、雨風はさして激しくなることもなく、拍子抜け。ガスで視界が悪かったことをのぞけば、多少肌寒さを感じるだけだった。特にハプニングもなく、ゴールである白山室堂ビジターセンターに到着した。

「今年は普通でしたね」「これまでで一番過ごしやすかったかも」

リピーターの選手、スタッフの間ではそんな声も聞かれた。すんなり登り終えてなによりのはずだが、ガスで見通しが悪いくらいではなんだか物足りない。青空に抱かれて走るのも山の楽しみなら、荒れた空模様と格闘するのも山の醍醐味ということか。

そんな人は嵐や逆境を求めるのだろう。荒天にあえて身をおき、命を燃やしたいと考えてしまう。もはや、あしたのジョー症候群である。命を燃やしすぎて、そのうち真っ白な灰にならないように注意が必要である。そんなノーガードの両手ぶらり戦法で打ち合いを望むジョーのような集団が、夏の白山には存在する。

 


くもりのちハレ 白山ジオ・レポート3

白山の空はくもりのち雨、左足首だけが腫れていた。スタート前から炎症が起きていて、走り始めから痛みが出てきた。普段は大会3日目ともなると荷物が軽くなり、身体の調子も上がってくるのだが、これではペースを上げることもままならない。

とはいえ、まだ大会は半ばも迎えていない。この日が終わってようやく走行距離が100kmに達する。足首に負担をかけないようにしつつ、上位で粘ることにした。とりあえず不調を悟られないようにポーカーフェイスを気取る。うまくできている気はしないが。気分が大事なはず。

20代の選手2人と抜きつ抜かれつ。初日、2日目は序盤でスルスルと先頭に立ち、そのまま単独行になっていたので新鮮だった。

キャンプ地ではリラックス。さわやかな福西さん(左)

キャンプ地ではリラックス。さわやかな福西さん(左)

競っていたランナーのひとりは福西佑紀さん。国内外で活躍するオリエンテーリングの強豪Team阿闍梨のメンバーだ。深山の沢水よりもクールで、淡々と走っていく印象だった。彼も脚を痛めているらしく、徐々に遅れがちになる。

もうひとりは国内のアドベンチャーレースで活躍する鹿野颯太さん。前年の白山ジオにも出場して入賞している。今年は1週間ではなく、3日間の部門でエントリー。荷物が軽そうだ。レースのかたわら、医師として勤務しており、その職能を生かして初日に熱中症で倒れた選手の治療に当たっていた。

中盤からずっと鹿野さんと並走していく。20代ながらも落ち着いた雰囲気の鹿野さん。道中でヘビを発見しても動じない。となりで声を出して驚く30代との対比よ。それどころか、鮮やかな模様が気になったようで、トレッキングポールを器用に使ってヘビを捕まえだした。観察したのちに記念撮影まで。意外とお茶目である。並走できたおかげで和やかに進んでいけた。

やにわにヘビを捕まえて観察する鹿野さん。

やにわにヘビを捕まえて観察する鹿野さん。

こうして打ち解け合えることも、ステージレースのよさである。走って、その日のうちにサヨナラではなく、次の日も顔を合わせる。数日にわたって寝食をともにして、同じ空間で過ごすということで生まれる関係性がある。

だからといって、大した話をしてきたわけでもない。なのに親近感を覚えるから不思議だ。

走りながら3週間後のアドベンチャーレースに誘われ、うっかり出場を検討してしまう。不思議である。マウンテンバイクに乗ったことも、カヤックのパドルを漕いだこともないのに。誘う方も、誘われる方も本当に不思議だ。

うっかりを狙い、僕も住んでいる町で開催する大会「修験道トレイル in 上毛町」を勧めてみる。ついでにここでも→ http://universal-field.com/event/kouge-trail/

修験道トレイル in 上毛町のコースである九州自然歩道(村上智一さん撮影)

修験道トレイル in 上毛町のコースである九州自然歩道(村上智一さん撮影)

鹿野さんは3日部門の優勝がかかっていたので、終盤は僕がペーサーとなり、ちょっとペースを上げてスパートをかける。

「ひとりじゃ途中でダレてました」と鹿野さんがポツリ。まったくだ。ひとのためだと割に足の痛みもなく走れるのも不思議だ。調子がよくないときほど、一緒に走り、ペースをつくれるというのはありがたかった。

あまり山場もないまま、ふたりでフィニッシュ。鹿野さんは、思慮深さの塊を削り出して成形したかのように遠慮がちなので、譲ってもなかなか先にゴールしてくれなかった。優勝というハレの舞台なのだからと、半ば強引にトップを譲り、鹿野さんに先にタイム計測を終えてもらう。表情は晴れやか、優勝を祝う。僕はゴールできただけで十分、ハレも足首だけで十分だ。

バンザイスタイルでゴール。

バンザイスタイルでゴール。

 

 


小さなペーサーはスパルタ式 白山ジオ・レポート2

鳥越城跡からの風景。午前7時すぎで、すでに暑い(井上満美さん撮影)

鳥越城跡からの風景。午前7時すぎですでに暑い(井上満美さん撮影)

朝から暑い1日だった。

初日の疲れはなく、ご飯がするすると食べられる。むしろ、足りない。内臓が元気なのだろう。アルファ米に多めに湯を吸わせて増量して口にいれ、汁物も流し込んで空腹感をまぎらわせる。

長丁場のステージレースとはいえ、1日の走る距離はだいたい40kmとそう長くはない。となると、筋肉の疲れよりも、内臓がバテて食事が取れなくなる方が命取りだ。全身が筋肉痛でも、足裏に無数の水ぶくれができていても、走り出せばなんとかなるが、食べられないと体力だけでなく、気力もそがれていく。

食料とにらめっこしている選手がいた。食料をかなり多めに持ってきていたようで、捨てようか迷っているようだった。もったいないが、食べないと分かっていながら背負い続ける気にもならないのだろう。大会中は思春期の体育会系並みに、慢性的なカロリー不足。荷物を軽くしたい反面、食料を減らすことへの不安を抱えている。その必然として食べることと真摯に向き合うことになる。にらめっこもそのひとつ。葛藤と供養の時間である。

暑いから外に出て活動してはいけないらしい。朝食後のブリーフィングを要約すると、そんな話だった。熱中症予防の指針だと、特別の場合をのぞいて運動を中止するレベルだという。それでも「気をつけて走ってください」とあっさりとした注意のみ。大会は特別の場合なのだ。

気温が上がりきる前に距離を稼ごうと、スタートから先頭に立っていた。序盤の楽しみのひとつが、加賀一向一揆の拠点であった山城に通じるトレイル。登り基調で走りやすい。

鳥越城跡にて(井上満美さん撮影)

鳥越城跡にて(井上満美さん撮影)

湿った空気はまだ夜の涼感を保っていて、脚に触れる夜露もひんやりと心地いい。踏み荒らされていないトレイルにテンションが上がる。楽しくなり、脳内で城攻めを再現。登りは「城攻めじゃ」と勢いにのり、下りは「皆のもの退け、敗走じゃ」と逃げるように駆け抜け、国史跡である鳥越城跡を目指す。

城攻めを終えて以降はフラットなサイクリングロードを挟んで山、ロード、山と続く。暑さが本格的に厳しくなり、ペースダウン。熱中症で倒れない程度にのんびり行くことに。山の登り始めで、気をゆるめたのがマズかった。

体中に数十匹の虫がまとわりついてくる。地元で「オロロ」といわれるアブである。沢の近くに待ち構えていた。油断していると、あちこち噛み付いてくる。沢から離れても、そのまま付いてくるのが厄介だ。進むほどにどんどん増えて、たちまち大群になる。先頭を走っていると、襲撃を一身に引き受けることになり、後続になるほどオロロの数は少なくなる。

100円玉とオロロ

100円玉とオロロ

数匹なら大したこともないが、数十、数百となると脚をやられて振り払っている間に、脇腹やら背中、はては顔まで噛まれてしまう。これが痛くて、かゆいのだ。数日間は腫れとかゆみが残るので要注意である。

何カ所も噛まれるうちに、立ち往生してオロオロしてしまうことから、オロロという名前がついた。などと、勝手に由来をねつ造している場合ではない。

叩き落としてみるものの、叩くほどにオロロが増えてくる。ポケットの中のビスケット的な存在のようだ。体中にたかられ、抗戦してもきりがない。無数の羽音と繰り返される痛みで、憂鬱さが増していく。登っても、登ってもキリがないように思えてくる。いっそのこと、引き返して誰かが来るのを待とうかという弱気が頭をよぎりもする。耐えるばかりでは限界があった。

引き返したところで、また登らねばならない。それに待っていても気持ちが滅入ってくる。ならば、むしろ攻めねば。スイッチが入り、ペースを上げてみる。勢いをつけて走りだすと、襲われるまでの間隔が長くなった。体をしっかり動かしていると、襲撃されにくいようだ。試しに歩いてみると、途端に群がってくる。またスピードを上げると少なくなった。

なるほど、ペースダウンしている場合ではないということか。

オロロは並走してくれているのだ。一定のスピードを保っていないと、噛まれてしまうペーサー。痛みを伴うスパルタ式だ。ポジティブに考えると、それまでよりもオロロが気にならなくなった。むしろ楽しみだすと、いつの間にか登り終えていた。

獣も通らないようなトレイル。整備するのは大変だった模様(大会提供)

獣も通らないようなトレイル。整備するのは大変だった模様(提供・白山ジオトレイル公式フェイスブックページ)

そこからは悠々と走って山を満喫してフィニッシュ。気の持ちようひとつで、いくらでも楽しめるのかもしれない。オロロはそんな教えとともに、強烈なかゆみを残してくれたのだった。


何かが起きる 白山ジオトレイル・レポート1

 

ロードもわりと多い(撮影:田上雅之さん)

ロードもわりと多い(撮影:田上雅之さん

ずいぶんブランクがありますが、気にせずに白山ジオトレイルについて書きましょう。

毎年、台風直撃や病院搬送、クマ出没のほかにも、選手ばかりかスタッフも低体温症に見舞われたり、滑落しかけたりと、1週間の間に何かが起こる。それがこのステージレース。真夏の山々の緑よりも色彩の濃い、鮮やかな日々が過ごせる。

荷物が重くなるのを覚悟で無線機を持ち込む御仁や、あえてバーナー持参で調理する剛の者、尾てい骨にヒビが入ったまま完走する女人、完走させるために激をとばすスイーパーなど、極めてコク味の強いメンバーが今年も集まってきた。コクが強すぎて、人によっては苦いかもしれない。

そんな濃厚さは持ち合わせていなので、僕は初日から淡々と走ることに。スタートから先頭に立って進んでいく。ところが、スタートして10分とたたずに町中でコースロスト。なんと最初のチェックポイント(CP)をショートカットしてしまう。

今年は、市街地にはマーキングをせずに地図を読んで走ることになっていて、コース上には目印となるテープがない。なら地図を見ればいいのだが、走り始めて楽しくなっていたのか、地図を見ずに去年のコースを走ってしまい、あえなくショートカットしていた。ふたつ目のCPまで走り、スタッフからその事実を告げられた。

思いがけないミスで精神的なダメージを負いかけた。過去2回出場しているうえに、地元石川県で土地勘があるのにコースを間違えたのだから無理もない。

そして、それ以上に第1CPを完全に忘却していたことがショックだった。何も考えないにもほどがある。

ちなみにスタート直後にCPがあるのは、大会名にもなっている「白山」にゆかりのある神社7カ所を巡りながら走っていくから。その白山七社を訪ねて参拝するのも大会の醍醐味なのだ。山を走りつつ、地域の歴史と文化に触れられるので、この神社巡りを楽しみにしていたにも関わらずの失態である。

戻って神社を通過しなおそうとしたところ、タイムペナルティー+ゴール後にロストした地点まで戻って神社で参拝すればよいとスタッフに伝えられた。

越前裁きなみの寛大さである。

地元出身で3度目の出場とくれば、コースの大半は分かっているのだから、むしろ僕なんかは有利すぎたのだ。そう考えると、タイムペナルティーというよりも補正のようなものだ。

逆境を都合よく捉えて、CP2からトレイルへ。

この日は高所でも標高600〜700mくらい。細かくアップダウンを繰り返していくコースレイアウトだ。走れるトレイルなので身軽なら楽しいが、初日は食料のつまった荷物が重くて、そうも言っていられない。加えて低山ばかりなので気温が下がらず、夏の蒸し暑さがこたえる。

白山の積雪がない時期で登山客と台風が少ないとなると、開催時期が8月の下旬になるのは仕方ない。仕方ないにしても暑い。

暑さでモチベーションが下がりそうになると「タイムペナルティーがあるから後続を引き離すべし」とセルフ喝を入れる。タイムペナルティーは発奮材料にもなり、意外と使い勝手がいい。

汗でドロドロになりながらゴール。初日早々のコースロストという誰も予想していなかった出来事はスタッフの間にも伝わっており、失笑を買う。

ゴール後のキャンプ地では、バプニングがもうひと山待っていた。序盤2位を走っていた選手が上位ながらも順位を下げて到着。なにやらフラフラしていて挙動が怪しい。

水もろくに飲まずに、横になって休みだした。熱中症っぽい。

去年の大会で自分が熱中症にやられ、ひどい目に遭っていたので、すぐにドクターやスタッフを呼んで介護。大量の氷で体を冷やして事なきを得たものの、やはり何かが起こる大会を印象づけられた初日であった。と結んでみたものの、ロストはただのケアレスミスなので締まらない……。


おとなの林間学校(白山を行く)

夏の甲子園が終わるころ、ひっそりと始まるステージレース「白山ジオトレイル」に出場してきました。

サハラ砂漠などのレースで、ステージレースをご存知の方も多いかと思います。 食料や寝袋など生活に必要なものを背負い、1週間にわたってレースを繰り返し、250kmを走り抜くという移動式おとなの林間学校です。

おとなの林間学校に行ってきました(撮影・田上雅之さん)

おとなの林間学校に行ってきました(撮影・田上雅之さん)

毎日、寝泊まりするので、大会という名の旅でもあります。 白山ジオトレイルはそんなスタイルを踏襲した、国内で唯一の本格的なステージレースです。

ほかの砂漠レースなどと同様に、水とテントは大会側に用意してもらえます。 白山ジオトレイルにも、砂漠レースの練習として出場するランナーや砂漠を走った選手もいます。そして、同じ言葉を口にします。

「こんなにキツいと思わなかった」

まるでなにかに騙されたかのようなコメントです。 仮入部のときは和気あいあいとした部活だったのに、いざ入部したら、怒声の飛び交うスパルタ式体育会系だった的な。

なんでこんなところに来ちゃったんだろう、トホホと心が折れかける方も。そんな気配を察するとスタッフが「もう少しだから」「もう1日だけがんばろう」となだめすかしてくれます。なかなかリタイアさせてもらえません。

このへんも部活的です。

乗り越えるべきハードルはいろいろあります(撮影・田上雅之さん)

乗り越えるべきハードルはいろいろあります(撮影・田上雅之さん)

なにがキツいのか。それは白山という大会名からも分かる通り、山麓がコースとなっています。最高点は御前峰の標高2,702m。毎日の累積標高は1,000〜3,000mほどで、レース全体では15,000mとなります。

アップダウンの激しいコースを10kg近い(選手によっては10kg超の)荷物を背負って走るため、普段よりも消耗度は大きくなります。さらには、季節はまだ晩夏。山とはいえ低山の気温は30℃超ということもたびたびあります。

白山ジオトレイルに初出場した2年前は、僕も砂漠のトレーニングになればという軽い気持ちでした。走り始めて初日に後悔しました。というのは、砂漠ではあり得ないくらいにアップダウンが厳しく、水中にいるかのごとく湿度が高いのです。

真夏日もあれば、横殴りの雨風が打ち付けてくる日もあり、空模様も一筋縄ではいきません。 ときには風速30m近い稜線を登り、豪雨で川になったトレイルに足を浸し、運動が原則中止という暑さにも関わらず走ります。

しかも、荷物が絶えず肩に食い込みます。また、クマやサルの大群、イノシシなど愉快な仲間たちとも出くわすことがあり、体力だけでなく、精神力も削られます。走るにはわりと過酷です。

コース以上にキツいのが、出場するための時間の確保。大会前日の受付を含めて少なくとも8日は休みがいります。獅子奮迅の仕事ぶり、愛する家族の理解、職場や家庭での巧みなネゴシエーションがなくては出場すらままなりません。

出場した方の話を聞いていると、家族の理解を得るというのが最も難しいハードルのようです。参加費をこっそり振り込んでいる方も。越えなくてはならない大きな山は、一番身近にあるのかもしれません。

長くなりそうなので、本日はこれにて終了です。

 

P.S. 九州で初のステージレースのエントリーが始まりました。1泊2日で夕食、朝食がつくので白山ジオトレイルよりも出やすいかもです。→ http://universal-field.com/event/saigotrail1877/

 


分水嶺はいずこに

分水嶺 1 分水界になっている山稜(さんりょう)。分水山脈。2 《1が、雨水が異なる水系に分かれる場所であることから》物事の方向性が決まる分かれ目 のたとえ。(デジタル大辞泉参照)

分水嶺トレイルに行ってきました。チームで出場したものの、関門への到着予定の時刻を大幅に勘違いしていることにメンバー3人が気付かないゆるさで、制限時間内に通過できずに結果はリタイアでした。

スタート直後の長い行列

スタート直後の長い行列

東京、山梨、長野にまたがる「秩父多摩甲斐国立公園の百名山4つと源流4つを踏破する大縦走の旅」です。僕たちが出場したのは短い方の鴨沢コースで、距離84km、累積標高8,200m。誘ってくれた友人いわく、「選考基準が厳しいので出るだけでも大変」とのこと。長い方は120kmです。短い、長いという基準が最近はよく分からなくなりつつあります。

選考の結果発表が遅かったので、僕たちは当落線ギリギリのチームだった模様。そんなギリギリのメンバーはというと、不必要なまでに大きい12kgのザックを背負った京都の修行僧、大会に誘ってくれたブラジルから帰国したての晴れ女、直前までジェンガの携行に悩んでいた僕の3人です。

僕をのぞく2人は登山経験が豊富ですが、今回の山行では「走りたくない」と2人が主張したことで、制限時間53時間を目一杯つかって全行程を歩き倒すことに。どうせなら長く楽しんだ方がいいですもんね。

リタイアの流れは「3人が寝不足→初日の夜を迎える→眠い→現在地を間違える→眠い→あれ、現在地どこだっけ→地図で確認→気付いたときには関門に間に合わず」。とても静かなリタイアでした。

左端が晴れ女氏、3人目が修行僧氏。

左端が晴れ女氏、3人目が修行僧氏。

30kmほど歩いただけですので、道中は静かなものでしたが、実は大会前に大きな「分水嶺」がありました。

大会前日の夕方に出張先のブラジルから帰国した晴れ女氏。行く先々で曇天を晴れに変えてしまうという異能の持ち主です。

持っているのか、引きが強いのか、地球の真裏から日本に向かうフライトでも、その引きの強さを発揮しました。

消灯時間に入っていた機内に異変が起きます。晴れ女の座る座席から通路を挟んで隣に座っていた乗客が苦しそうにうずくまっていました。呼吸すら満足にできていない尋常ならざる様子に気づいた彼女はCAに知らせるために、暗い通路を急ぎました。

その間にも急病人の容態は悪化していき、呼吸困難に陥り、一刻を争う状態に。駆けつけたCAが状況を察して、冷静に呼び掛けます。

「どなたかお医者さんはいませんか」

映画かドラマのような緊迫した展開。通路を歩きながら医師を探すCA、目をさます乗客、意識を失う急病人。そして、立ち上がる乗客。医師が見つかった瞬間でした。

適切な治療ができたそうで急病人は回復。晴れ女氏の迅速な対応により、生死の狭間という大きな分かれ道で1人の乗客を光ある方角に導くことができました。

 

大会前にハイライトを迎えていたのですから、まあリタイアもやむなしです!


ハワイレース記4

ハワイシリーズも終盤戦。6日目から書き出してから、スタートから時系列に時間を追っています。そうこうしているうちに本日から台湾に出発して山で遊んでくることになりました。

4日目にしてようやくハワイに来たことを実感できる青空が広がった

4日目にしてようやくハワイに来たことを実感できる青空が広がった

窮屈な姿勢で車が動き始めるのを待つ。力強いエンジン音が響き、ゆっくりと車はキャンプ地から遠ざかっていく。溶岩に覆われた大地が車窓から後方に流れていく。4日目のロングステージは、スタート前のドライブから始まった。決してカーレースに変わったわけでも、リタイアしたわけでも、ましてや世界の車窓からという記事になったわけでもない。

ステージレースの一般的なスタイルは、キャンプ地がスタート地点となり、次のゴールを目指す。そしてゴール地点がキャンプ地となり一夜を過ごすというサイクルを繰り返していく。

この大会「Mauna to Mauna」もそのはずだったのだが、3年がかりで準備してきたというコースは大会直前になって大幅な変更を余儀なくされた。その煽りを受けてマウナロアとマウナケアという、ふたつの高峰を結ぶはずだったトレイルが使えなくなった。土地の通過を許可していた土地所有者が、大会直前になって心変わりしたのだという。

結果として、コースは分断されてしまい、3日目のコースはスタートとゴールが同じ周回コースになり、長いロードの区間が挟み込まれた。2日間にまたがるロングステージはマウナケアの一部を登って標高2,900mで折り返し、来た道を引き返してステート地点まで戻ることになった。加えて3日目まで異常気象に見舞われ、雨が断続的に降り続いた影響で、ロングステージ後のキャンプ地が水浸し。テントを張ることができないため、ゴール後は次のキャンプ地に移動すると事前に告げられた。

その土地所有者の話を聞いたわけでもないので、真相は分からない。ひとつだけ分かっているのは、ロングステージの前に、スタート地点までのショートドライブが追加されたということ。

大会直前のコース変更には正直なところ少しむっとした。ものの、何が起こるか分からないのがステージレースの醍醐味だと思うと、むしろ過酷だったり、イレギュラーな方が盛り上がるのだ。翌年からの第2回目以降のレースがどう運営されるにせよ、今回のような経験はできないだろう。そう考えると、なんだか気分が乗ってくるのが分かった。

スタート前もリラックス。中央は、唐揚げ定食を食べた直後でも走れる鉄の胃袋を持つ登さん。

スタート前もリラックス。中央は、唐揚げ定食を食べた直後でも走れる鉄の胃袋を持つ登さん

登山道の入口がスタート地点だった。車から降りてきた10人が体を動かして走り出す瞬間を待っていた。ランナーの数が少ないのは、下位のランナーが走り出してから2時間後に、上位の10名がスタートすることになっているからだ。

「5分前」

合図に従って、全員がスタートゲートの後方に集合したところでサプライズが待っていた。ここまで総合1位のビセンテが誕生日ということで、みんなで祝福。嬉しそうな笑みを見せるその目は潤んでいた。

レース前にも関わらず、アットホームなのもステージレースの良さだろう。同じ道をたどり、同じテントで眠り、誰もが空腹や疲労に悩まされる。レース中は競い合っていても、ひとりひとりが濃密な時間を共有する仲間である。

この日も、延々と続く砂利道の往復をともにするのだった。その道中では、地上を一望できるビューポイントも共有。折り返し地点付近で遭遇した虹は標高3,000mよりも遥かに高く、見たことがないほどの巨大さだった。

写真奥に折り返し付近で見えた虹が見える(佐藤佳幸さん撮影)

写真奥に折り返し付近で見えた虹が見える(佐藤佳幸さん撮影)

折り返し付近は標高が高くて前日同様、酸素が薄くて走るのが若干苦しい。無理して倒れない程度のペースで走る。トップを争う2人もキツい登りは歩いているとスタッフから聞き、少し安心した。超人的な2人もやはり人間なのだ。

折り返し地点からの下りは急傾斜でまばたきが極端に少なくなる。ここで4位から3位に浮上。長い長い下り坂の地面には無造作に転がる砂利と小さな岩。思考するよりも早く反射的に岩をかわす。

スピードを殺さないように駆け下りていく。踏んでもぐらつかない岩、その次の一歩を安全に落とせる場所を求めて、その瞬間ごとに最善のコース取りをする。目に飛び込んでくる膨大な情報量から判断をくだす。路面の凹凸から斜度、カーブ、目の前を遮る木の枝、もちろん別のランナーの姿も、すべてが判断材料だ。

夕暮れ時には、もやがかかり、水滴のついた草木が照らされ、輝いていた。もやで乱反射して一面が金色に染まったその瞬間は足を止めそうになるほど美しかった。

日没後は淡々と下っていく。痛めていた右足をかばっていたせいか、左足も疼くようになっていたが、まだ走りには支障がない。この日のうちにゴールできれば翌日は休養に当てることができる。痛みに関してはその時考えればいい。いまは少しでも早く、無事にゴールにたどり着こう。その一点に集中していたせいか、長いはずのロングステージは、あっけなく終わりを迎える。3位だった。僅差ながら総合成績も3位に浮上した。4位とのタイム差は17秒しかない。200kmを走って100mに満たない時間差。これもまたひとつの得難い経験である。


ハワイレース記3

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しびれる展開が待っていた。

泥だらけだったトレイルは3日目にして、ようやく溶岩大地へと変化を見せた。火山をめぐるレースがようやく、らしくなってきた。尖った岩の連続する荒れ地を進みながら標高を上げ、4,000m級の高峰マウナ・ロアの周囲を巡る。

ステージ2まではウォーミングアップのようなもので、走りながら気候やコースに体を慣らすランナーが多い。いきなりトップギアで走ってリタイヤしないための定石である。

重い荷物を担いで見知らぬコースを連日走り続けるのは心身への負担が大きいうえに、筋肉疲労や内臓のダメージを翌日に持ち越して再びスタートすることになる。初日で120%を出し切ってしまうと、その日はゴールに辿り着けても、6ステージのトータルでは完走すら危うくなるので、序盤の2日間でコンディションを見極める。そして3日目からステージレースは本格化する。自分の前後を走るランナーの顔ぶれが固まり、各々が自分の走っているポジションを意識し始める。

ガレた赤い岩に苦戦しつつも、僕は3番手を走っていた。トップグループの顔ぶれは前日と同じ。トップ2はグランドキャニオンを舞台に行われるステージレース「Grand to Grand」の歴代優勝者の2人だ。「Mauna to Mauna」と同じ主催者が開催していて、今回は2人とも招待選手として出場している。

2日続けてトップをひた走るのはスペインのビセンテ。かつて砂漠のステージレースで年間優勝したことのあるランナーだ。力強い走りで序盤からレースを引っ張っていく。僕も出場したことのある砂漠レースのチャンピオンなので、憧れるよと伝えたところ、はにかんでいた。パワフルな走りに似合わず、ちょっとシャイなのかもしれない。

その後ろには、スイスのフロリアンがつけている。ビセンテとは対照的にテクニカルな走りを見せ、荒れたトレイルを軽やかに駆け抜けていく。それだけでも十分なのだが、悔しいことにイケメンだと認めざるを得ない。こればかりはどう頑張っても勝ち目がない。

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せめてレースだけでも一矢報いたい。気持ちは先行する2人を捉えているものの、体がついていかない。標高はこの日の最高点である2,500m近くまで上昇していた。呼吸のリズムは変わっていないのに息苦しく、酸素がうまく取り込めない。20kmほどしか走っていないので、体力にはまだ余力がある。にも関わらず、呼吸が乱れるのは高山病の兆候なのかもしれない。

普段ならあまり影響のない標高だ。ステージ2までの疲労と背中の荷物の重さが影響しているのかもしれない。

気のせいだと思い込み、後を追う。呼吸は荒くなったまま。おさまる気配はなく、指先がしびれてきた。なにやら頭もぼんやりする。無理をすれば、追えるかもしれないと思うものの、このままペースを保つのは危険とも思える。思考がまとまらない。高山病で倒れては完走すら危うい。

意識がまだはっきりしているうちに、ペースを落とす。歩くような走りでなんとか2,500mの最高点を越えた。下り基調に転じて、舗装された道路をひた走る。標高が徐々に下がるにつれて症状はおさまってきた。トップの2人はヘビのように曲がりくねった道の遥か彼方にいた。

かなり距離を開けられていたが、姿が見えるだけでもましだ。前半で抑えていた分、ペースを上げて差を縮める。アスファルトに単調さを感じて、道路からそれて岩場を走る。こっちのほうが変化に富んでいて楽しい。何度も転びそうになるのも眠気覚ましにちょうどいい。足へのダメージは大きいものの、気分を上げる方が先決だ。

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最後の10kmはほとんどが平坦な砂利道。山と山を隔てる境界線のような谷間である。谷を抜ける風が前方から吹いてくる。ポツポツと水滴が顔をたたく。水滴の粒が大きくなり、全身が濡れる。逆風にさらされてペースが上がらず、雨脚が強まるに従って体温が奪われて体が冷えていく。

寒さで指先の感覚がなくなりつつあった。またしびれることになるとは夢にも思わなかった。足が止まると、低体温で一気にリタイヤもありえるかもしれない。上位争いを考えるよりも、まずは生き残ることに集中だ。つくづくしびれるレースである。


発見!ぐるっとキリマンジャロ

備忘録ついでに偶然見つけたイベント「KILIMANJARO STAGE RUN」(http://kilimanjarostagerun.com/)をご紹介です。

ホームページの地図を引用:   http://kilimanjarostagerun.com/itinerary/

ホームページの地図を引用: http://kilimanjarostagerun.com/itinerary/

キリマンジャロの外縁を8日間かけて走って1周するというイベント。ステージレース的な要素がたっぷりしそうなのですが、「アドベンチャーラン」をうたっていてホームページでもしっかりと「NOT A RACE」と明記されています。宿泊はコテージやキャンプなので安心して眠れそう。野生動物がいると思うと、走り疲れていても寝付きが悪いです。

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レースではない、純粋に走って旅をするというパッケージは国内ではまだまだ少ないように思いますが、海外のステージレースに出場していて聞いてみると、海の向こうでは盛んに行われているそうです。

毎日キリマンジャロを眺めながら走るというのはなかなか楽しそうが、最終的には登りたくなってイベント後に、山頂を目指すという流れになりそうです。あえて登らないのは戦略に違いありません。


ハワイレース記2

スタート前の様子。ハワイ感がゼロすぎる。

スタート前の様子。ハワイ感がゼロすぎる。

これだけは断言しよう、ハワイは常夏の島などではない。

小さなしずくが顔をたたいては流れ落ちていく。たれてきた水滴が目に入る。雨に汗がブレンドされていて、しみる。閉じた目の中でコンタクトレンズがズレてきた。

雨だれを吸い込んだTシャツはすでに飽和状態に達していて、袖と裾からダラダラと水がたれていた。エサを目の前にしてよだれをたらす犬のようだ。濡れた短パンが太ももに張りつく。あまり気持ちのいいものではないが、そのままにしている。満員電車でとなり合った人に触れないようにするものだ。離れようとしても密着してしまう。ムダな抵抗なのである。

夜に降りだした雨は強弱をつけながらも止む気配をみせず、大会2日目は雨中のスタートとなった。あちこちに水が浮き、前日にはなかった小さな水路があちこちにできていた。

晴天に恵まれた初日は大会直前のコース変更の影響で、アスファルトの上を延々と走ることになり、信号機の前では借りてきた猫のようにおとなしくたたずみ、お行儀よく横断歩道を渡るという、この種のレースでは得難い経験ができた。舗装路の照り返しでかなりの高温になるため、時折降るスコールはありがたかった。火照った体を冷やしてくれる恵みの雨に、もっと降れと願いはしたものの、さすがに降りすぎである。

レインウェアのフードをかぶったランナーたちがうつむき加減でスタートの瞬間を待っていた。厚い雲に覆われた空模様と同じように元気がない。みんなの気持ちはよく分かる。肌寒くて、早く走り出したいのだ。この日は誰もが勢いよく駆け出しいた。

走り出してもリゾート要素はなし。じめじめして日本の梅雨のようだった。

走り出してもリゾート要素はなし。じめじめして日本の梅雨のようだった。

それにしてもよく降る。トレイルの窪地はすべて水たまりになり、膝上まで浸かってしまう。むかし走ったブラジルのジャングルマラソンを思い出して懐かしくなった。ズブズブと沈む沼地で泥水を跳ね上げながら進んだときのことだ。

細かいアップダウンのたびに現れるこの日の水たまりはジャングル的だが、いやちょっと待て、ここは南国リゾートだ。ハワイというのは、目の覚めるような青空、開放的なビーチでアロハシャツにビーチサンダル姿で、降り注ぐ太陽を浴びながらのんびり。そんな楽園ではないのか。

リゾート地としてのイメージが頭の片隅にあり、正直なところギャップに戸惑った。眠くてまぶたの重たそうな曇天に、じめじめと雨の降る山の中でレインウェアと濡れたシューズ姿で、降り注ぐ雨に打たれて震える。なんとも非ハワイ的である。

2日目にして、ハワイ的なイメージは清々しいほどに裏切られた。自然に身を投じることで現地を知る。それがステージレースの醍醐味のひとつであり、これがハワイなのかと新鮮な気持ちになるが、肌寒く、張り付くウェアが不快であることに変わりはない。毛根という毛根から爪の隙間まで雨がしみこんでいた。