砂漠でこんにちは、超持久系なアレ

13566917_920457648065162_3552793321768011591_n

 

今回の写真シリーズはナミブ砂漠。今年4月のレース開催地からです。恒例のクラウドファンディングです→  https://camp-fire.jp/projects/view/54267

くたくたになった植物は枯れたようにみえますが、生きているとこのこと。ウェルウィッチアと呼ばれる植物で、この一帯にしか分布していない固有種です。

和名は「奇想天外」、その名のとおり、奇想天外なところに生えています。レース中になにもない砂漠にひょこっと現れます。どんな植物かを知らないと、なんだかよく分からない枯れた草のかたまりにしか見えません。事前に知っていたので、見かけるたびにテンションが上がりましたが、素通りしていく人もちらほら。

まあ、この見かけなので、足を止めたくなる人はいないでしょう。。。

見てくれはともかく、厳しい乾燥と40℃近い寒暖差、照りつける強い日差しというタフな環境に適応したスーパーな植物です。さらには、とても長寿で、数百年生きているというのはざらで、個体によっては2,000年以上も生き続けるとか。

耐久力が求められる超長距離レースを走ろうとする者としては、尊敬してやまない植物なのです。厳しい環境であっても淡々と生き続ける。見習いたいものです。

息が長くて、奇想天外といえば、年末から続くクラウドファンディング→ https://camp-fire.jp/projects/view/54267

8日間を残し、これまでに130名を超える方々からご支援をいただきました。いよいよ終盤戦です!


ベアフットの申し子たち

本日もステージレースのこぼれ話です。こちらも恒例→ (https://camp-fire.jp/projects/view/54267)。クラウドファンディングは残り2週間を切って目標額の半分まで到達。長丁場が続いています。

長いといえば、ステージレースで1週間にわたり、砂漠やジャングルを走っていると、ジャッカルや巨大イノシシ、タランチュラ、小指より長いトゲの生えた木などなど、いろんな動植物に遭遇します。

毎回驚いたり、感動したりと心を動かされるのですが、一番驚かされるのは人間です。

足元にご注目ください

足元にご注目ください

とりわけ驚かされたのは、初めて出場したステージレース「ジャングルマラソン」で出会ったスタッフ。アマゾンのジャングルにも関わらず、なんと裸足!

おびただしい数の虫がいるのに防御力ゼロ。

毒を持ってるとかいう危険なのもいるのに。

けっこうな数の枝やトゲが落ちているのに。

ベアフットすぎるスタッフは涼しい顔です。

屈強なスタッフの中には、そんな人もいるだろうと思っていたら、

日本からチームで参加したまさお君。ジャングルで人気だった。

日本からチームで参加したまさお君。ジャングルで人気だった。

 

なんと、現地の子どもたちも。。。

応援しながらついてきてくれます。跳ねるように走り、表情はニコニコしたまま。慣れもあるのでしょうが、シューズを履いてなくとも、痛そうなそぶりもみせません。まさに、ベアフットの申し子たちです。

誰かの常識が自分にとっては特殊なことであったり、自分にとっては当たり前のことが他人にとってはそうでもなかったり。ああ、世界は広いんだなあと改めて感じた瞬間でした。こうして世界の広さを実感できるのも、ステージレースの魅力なのです。


言葉にならない@ハワイ

2A4A8221

というわけで、シリーズ写真で振り返るステージレース。「グレートレース」で紹介されたハワイ島の大会「Mauna to Mauna」です。

初日は海辺をスタートなので標高が低いのですが、2日目以降は標高があがったまま。

ひんやりしていて過ごしやすく、走るには快適な環境。のはずが、異常気象で大会前半は連日の雨。そのため、キャンプ地での日常は写真のとおり。

さ、寒いっす。

その影響を受けたのは、荷物を軽量化しようと着替えを置いてきた選手。雨でウェアが乾かないため、翌日も冷たく湿ったTシャツを着なくてはなりません。。。

僕もそのひとりでして。防寒具としてダウンジャケットはもってきているので、素肌にダウンで寒さはしのげました。問題は朝なのです。

濡れたTシャツに袖を通すと、

ひ、ひ、ひー冷やっこい。

冷たさに口を大きく開いたまま、言葉にならない声がため息とともに漏れます。「ゔゔ」

となりからも「Ohhhhh……」と、言葉にならない声。生まれた国は違えど、リアクションは似たようなものです。

お互いの声に気付き、顔を見合わせてニヤリ。なんだか通じ合えたと感じる瞬間です。レースという特殊な環境では、たわいのないことでも体験を共有すると、国も、性別も、年齢も、仕事も関係なく案外わかりあえてしまいます。

言葉にならない、言葉のいらないコミュニケーション。冷たいTシャツの温かな思い出なのでした。

 

 

こっそり、クラウドファンディングやってます→ https://camp-fire.jp/projects/view/54267

 


標高3,000mの海底を走る

シリーズ砂漠小話です

シリーズ砂漠小話です

クラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/view/54267)が中だるみしてきたので、記事でアピールっす!そんなわけで、写真で砂漠レースを振り返ることに。

とはいえ、何から書すべきか、、、と悩むことしばし。

サハラ砂漠に雪が降ったというニュース(https://www.cnn.co.jp/fringe/35112924.html)を見ていて、南米の砂漠を思い出しました。それだ!本日のネタはそれしかない。

サハラの雪は淡くすぐに溶けたそうですが、南米の砂漠は年中ずっと白いのです。

白い砂漠。なんでだろうと、首をかしげてお楽しみいただくと、水平になります

白い砂漠。なんでだろうと、首をかしげてお楽しみいただくと、水平になります

 

そんな摩訶不思議な地域は、チリ北部にあるアタカマ砂漠。100年以上も雨が降らない地域もあるそうです。

 

ここに来れば誰でも晴れ男。というか、ひょっとすると生涯晴れ男になる可能性も。

 

気温は40℃前後まで上昇することもあります。それでも、まったく溶けません。

ここは白さがまばら。そのせいか、あまり首を傾けなくとも水平になります。

ここは白さがまばら。そのせいか、あまり首を傾けなくとも水平になります。

なぜ溶けないのか。その秘密は雨が降らないことにあります。

 

実はこれ、雪や粉砂糖のように大地をコーティングしていますが、塩なのです。

大昔に海底だった場所がぐいぐい伸びて、なんと平均標高2,000mの砂漠ができあがりました。こんもり盛り上がっていくときに、大地に残っていた海水は蒸発して、塩の大地に。

見渡すかぎりの白。そんな絶景も砂漠レース「アタカマクロッシング」には含まれています。スタート地点は標高3,000m以上とお高いです。砂漠でありながら、高地で海の底を走るレースでもあるわけです。天然塩は食べても満足。レース中に塩分が足りなくなることはありません。くれぐれも、のどの渇きにはご注意を!

 

 

文末でもアピールです→ https://camp-fire.jp/projects/view/54267


要約すると、会うと普通な走る変態

クラウドファンディングを始めました。

こちらです→ https://camp-fire.jp/projects/view/54267

2018年に4つの砂漠レースを走り、年間チャンピオンを目指すためです。

費用は4レース総額で260万円。開始4日目にして65万円の支援をいただけました。目標達成に近づくというのはもちろん嬉しいことです。それと同じように、あるいはそれ以上に、多くの方が目にかけていただけたことが一番の喜びです。

感謝の気持ちを込め、 SNSで情報拡散に協力してくださった方々の記述を引用です。

>経歴も謎で、映像の勉強をしながらも就職後は新聞記者へ。福岡県・上毛町(こうげまち)の地域おこし協力隊へ転職しつつ、世界中の砂漠を走ってまぁまぁいい成績を残してる。

確かによく分からない経歴です。 なんだか、すみません。

>レース前にサイフを落として全財産を失ったり、車のバックガラスを豪快に全破損したり、タオル感覚で白ブリーフをかぶって生活していたり

>走る変態

ブリーフはネタだったのですが、走る変態と並べると実に悲しい気持ちにさせられます。やっぱり、すみません。

>実家の床屋にも止まらせてもらった

もはやプロジェクトでも、僕の紹介でもなく、実家に言及です。

>よく財布を落としてしまう男。遊びに来いよ、と言ったら九州から走ってくる男。

財布をよく落とすことが露呈しました。「遊びに来いよ」については鹿児島から滋賀まで走ったついでです。

>会うと普通の人

スペシャルだとは思っておりませんでしたが、直球が入ると少し複雑な気持ちに。。。

>熱々麻婆豆腐野郎

………。

みなさん、ありがとうございました。上を向いていないと、あふれる感情が滝のようにこぼれ落ちそうです。こうした温かな方々に支えられております。よろしければ、SNSなどでシェアしていただければ幸いです。


GRをPR 年始はBS1をご覧ください

グレートレース

なんと年始のグレートレース(NHK BS1)で、今年出場した大会「Mauna to Mauna」が取り上げられます。

半年以上も前のことなので思い出補正もあってか、振り返ってみても楽しい記憶ばかり。

と思っていたのですが、制作チームからポストカードをいただき、なんともびっくり。自分の顔が映っているではないですか。

それだけでも赤面なのに、表情がつらそう。

カメムシでも奥歯で噛んだのでしょうか。。。

いったい何があったというのか。

そんな疑問は、取材に同行したディレクターさんに会って解消。話をしながら大会を振り返り、毎日ヒイヒイ言っていたことを思い出しました。足が腫れてたり、3位争いが最終日までもつれたり、ハワイなのに寒かったりと盛りだくさんでした。詳細はこのへんの記事に→http://mountain-ma.com/wakaoka/2017/05/23/17seconds/ ‎

自分のポンコツぶりが放送されるかもしれないのはドキドキですが、それ以上にとても楽しい大会でしたので、ご覧ください!

グレートレースの放送は、1/3(水)夜7時から、チャンネルはNHK BS1です。

 


西郷隆盛、最期のトレイルを行く3

先日、祖母が亡くなった。

95歳という年齢を考えると、仕方ないのかもしれない。そんなわけはなく、どうしようもなく悲しかった。

1カ月前に祖母の状態があまりよくないことは告げられていた。

「SAIGO Trail」を走りながら、ふとした瞬間に祖母のことが頭に浮かんできた。いつかは必ず迎える最期のとき。祖母が刻んできた物語の終わりは、納得のいくものなのだろうか。

そんなことを考えてしまったのは、西郷隆盛の敗走路という哀愁に満ちたコースであることも無関係ではない。

稀代の豪傑とはいえ、逃げ延びていく西郷とて自分の結末がどうなるのかは分かっていただろう。それでもなお歩みを止めずに進み続けた。死地を自分の意志で決めようという信念に支えられての旅路である。

望むと望まざるとに関わらず、人生のゴール、あるいは終着点にむけて進んでいく。すべてのトレイルレースと同じで、進んでいる間は長く感じ、ゴールが近づくと短く名残惜しく感じられる。僕たちにできるのは、ゴールが訪れるまで全力で走ることくらいだ。だから今日も精一杯生きる。


西郷隆盛、最期のトレイルを行く2

前夜祭と打ち上げが1度にやって来た。

「SAIGO Trail」の初日を走り終えたランナーは、宿舎となった鹿川地区交流センター「つりがね」でしばし休息。そして日が沈みきる前に夜のステージへと移行する。地元のお姉さんたちが腕によりをかけて作ったごちそうが並んでいた。

これでもかというくらいに大皿に盛られた料理が、あっという間に減っていく。

少なくなる料理に反比例して、選手が元気になり、楽しそうな声があちこちから聞こえてくる。その手には、黄金色に輝くビール。あっちにビール、こっちにビール、向かうには焼酎。なんと地元の方から差し入れの焼酎も。

アルコールが入って、エンジンが温まってきたのか、初日のレースを振り返り、キツかった、楽しかった、明日もあるのか。などなど宴もたけなわ、最高潮を迎える。

1日だけの大会だと、終わってから見ず知らずのランナー同士で宴席を囲むという機会はあまりない。層考えると、その日の走りを振り返って話し合い、同じ体験を共有するというのは珍しいのかもしれない。共通の体験でつながるので、話もしやすいし、打ち解けやすいのは間違いない。同時に次の日もまたゴールを目指す仲間であり、ライバルになるというのは不思議な関係性で面白い。

上位でゴールした選手のひとりが「新しいトレイルランの楽しみ方を見つけにきた」と出場した目的を語っていた。自由に楽しめるのがトレイルのはずなのに、大会でのタイムや順位ばかりを目指すことに、息苦しさを感じるようになったのだという。

その選手も料理を楽しみながら、新しい仲間と笑顔で話し込んでいた。すでに見つけて実践しているのだから、楽しみ方が見つかったのかをあえて尋ねることはなかった。


西郷隆盛、最期のトレイルを行く1

ゲストランナーとして出場してきた「SAIGŌ Trail 1877」についてでごわす。もろもろたまっているわけでごわすが、フレッシュなものから書いてしまわねばなのでごわす。□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

空を仰ぎ見るようにして峠の終わりを探す。そばにいた一人が進んではアゴを上げ、まだ道半ばということを確認して視線と肩を落とす。

トレイルランニングレースのさなかである。周囲を走るランナーの誰もが先を急いでいる。ところが、急傾斜の長い登りがそれを許してはくれない。

落ち葉の上に、慎重に置いた足がずるずると滑り落ちてくる。腐葉土がボロボロと崩れ落ちていた。人の往来が絶えて久しいことを物語っていた。

落ちてきた足を再び踏み出す。先ほどとは違う場所に足を運ぶ。そっと、そしてぐっと体重をかけて。崩れないことを確認して、両手で木の幹や岩をつかんで全身を持ち上げ、ようやく一歩前進する。

saigo1

難所を越えようともがいていると、一人またひとりとランナーが増え、いつの間にか集団が形成されていた。同じようなペースで進み、同じように足を止め、ダラダラと流れ落ちてくる汗を拭う。肩に食い込むザックが痛いのか、肩のストラップの位置をずらして調整するランナーもいた。息を整えながら、4人がまた先を見据えた。

「まだ続くのか」「エグい」「キツいなあ」

それぞれの吐く息とともに弱音が漏れた。たどっているのは、140年前に西郷隆盛が追っ手をかわすために選んだ道。鹿児島への敗走を可能にした、厳しいトレイルだった。

 「SAIGO」が意味するもの

西郷にゆかりのある大会は「SAIGŌ Trail 1877」。西郷の名前をそのまま名称としている。いったい西郷は何に敗れ、逃げ延びねばならなかったのか。日本における最後の内戦「西南戦争」にさかのぼる。1877年に起きた士族の武力反乱である。明治という新時代に不満を抱く士族とともに、西郷が盟主となって蜂起した。

人員、物量で圧倒する明治政府を相手に、西郷の率いる軍勢は戦いが長引くにつれて追いつめられていく。延岡では、10倍以上の官軍に包囲されて窮するものの、西郷らは精鋭のみを集め、包囲網を突破して山に逃げのびた。そして故郷である鹿児島を目指し、あすの見えない山行を続けていく。

前半はみんな元気。

前半はみんな元気。

険しい山々と道なき道は少数精鋭の西郷たちに味方し、数で勝る官軍の襲撃をかわしながらの逃走を可能にした。西郷のたどった敗走路の一部が、この大会のコースである。初回の区間は延岡市から高千穂町までだ。

2日間にまたがるSAIGŌ Trailは、九州で初めてのステージレースでもある。両日の合計タイムで順位を競い、初日は距離38km、累積標高が2,900m、2日目は24kmと2,000m。初日のコースを歩いてたどろうとすると、日の出とともにスタートしても、深夜にようやくゴールできるかどうかといったところか。なかなかにハードな道のりだ。

敵に追われ、休むこともままならない西郷が立ち寄り、宿をとった民家がスタート地点。現在、その民家は西郷隆盛宿陣跡資料館として整備されている。

ザックの重さがあるので、登りは走れそうでなかなか走れない。

ザックの重さがあるので、登りは走れそうでなかなか走れない。

走り始めてすぐに細いトレイルへ。前半は登り基調が続く。選手が黙々と登っていく。可愛岳に向かう登山ルートから右にそれて、大きな石の転がる下りに突入。紅葉も終わろうかという季節とあって、朝は冷える。身体が温まるまでは着込んでいるランナーが多い。中には西郷隆盛にならって着流し姿で参加した選手も。上野の銅像と同じような格好だ。着物が足元まで伸びていて動きにくい上に、足袋なので滑りやすそうだった。

着流しスタイルは裾が邪魔で足を開きにくい。倒木や大きな岩などの障害物がツラそう。

着流しスタイルは裾が邪魔で足を開きにくい。倒木や大きな岩などの障害物がツラそう。

中盤で舗装路をはさみ、再びトレイル。鹿川峠につながる急登だ。峠を越えて下れば、残りはキレイなアスファルトだけなのだが、険しい登りを前にして上位の選手にも疲労の色が見える。「ザックが重くなってきました」と口にする選手もいた。

大会では2日間の行動食や寝袋、防寒具などの携行が決められているため、5〜10kgほどのザックを担いで走る。背負うだけなら大した重さではないが、動きの重心や負荷のかかる筋肉が変わり、普段トレイルを走るよりも消耗度合いが激しいのだ。

ザックの重さはスタートからほとんど変わっていない。重量が気になるのは、それだけ消耗してしまっているからだ。重くなっているのは足取りなのである。

徐々に口数が減っていく。

徐々に口数が減っていく。

ピークを踏みたい。まだ見ぬ景色のために。あるいはゴールへ。目標のために人は頑張れる。追いつめられていく西郷が、それでも敗走を続けられたのはなぜか。故郷に帰ろう。そんな純粋な一念が西郷を支えていたのだろうか。真実は誰にも分からない。山だけが知っている。

膝や腰に手を当て、あえぐように呼吸を繰り返すランナーたち。後ろを振り返ることなく、静かに登り続ける。真っ直ぐに前だけを見て。

足元は落ち葉でふかふか。

足元は落ち葉でふかふか。


燃え尽きてはいけない 白山ジオ・レポート4

大会名にもなっている霊峰の山頂を踏む、大会のハイライトである。日の出前からヘッドライトを頼りに、修行僧の古道「加賀禅定道」をたどって一路ピークを目指す。

かつて幻といわれた「百四丈の滝」や山頂付近の雪渓、男心をくすぐる名称の「美女坂」などなど、お楽しみの多いコースだ。なかなかの急登ぶりからして、おそらく美女はツンデレなのだと思う。

グループを組んでひたすら登る。(撮影・田上雅之さん)

グループを組んでひたすら登る。(撮影・田上雅之さん)

残念ながらガスが濃く、滝や眺望は見られず。諦めきれずに展望台まで行くものの、視界は灰のように真っ白。燃え尽きたよ、真っ白にな……。「あしたのジョー」のごとく完全燃焼している場合ではない。心の眼で滝を拝むに留め、先を急ぐ。

滝の代わりに、手の届く範囲で高山植物を楽しむ。白山には固有の植物が多く、「ハクサン〜」という名前の草花が20種類ほどあった(と記憶している)。固有種に名付けられた山の名前としては「ハクサン」が飛び抜けて多い。植物名から、ほかの名だたる山々と比べても、白山が多様な植生を有していることが分かる。

木漏れ日がドラマチックだった。

木漏れ日がドラマチックだった。

そんな貴重な自然を保護するため、4、5日目の山岳区間はタイム計測を実施せずに登山に徹する。そのため、実は燃え尽きるどころか、登っていてもまだエンジンに点火すらしていない状態で登っていたのだ。

ランナーではなく、ハイカーに転身。選手がぞろぞろと列をなして、歩いていく。コース上では、走っていないかをチェックする環境省の職員が、わざわざ稜線で待ち構えている。仕事で登れるのは役得な気もするが、職員的にはどうなのだろう。

まだガスが少ない時間帯。このあとはほぼ視界なしに。

まだガスが少ない時間帯。このあとはほぼ視界なしに。

というのも、この白山ステージは過去に、大雨で滝と化した稜線をたどる年があったり、台風の影響で暴風雨にさらされて低体温症が続出したり、酷暑で水不足だったりと、刺激的なのが特徴なのだ。早朝から待ち構える職員には試練のひとときかもしれない。この日も雨風がやや強め。動いていれば気持ちいいが、2,000m近くでじっとしていると肌寒かっただろう。

天候が急変してトラブルに見舞われることも考慮して、選手は前日までのペースに応じて3、4グループで集団登山する。標高2,500mを超えると、斜面によっては雪がたんまり。中国から参加した選手が大喜びである。雪を見る機会がなかったらしく、かなりのハイテンションで、写真撮影にいそしんでいた。レースを忘れた、和やかなトレッキング。のんびりとしたペースなので、筋肉と内臓の疲労を和らげられる。天候次第とはいえ、肉体的にはリフレッシュできるステージなのだ。

天候不順のせいか、例年よりも雪が多かった。(撮影・田上雅之さん)

天候不順のせいか、例年よりも雪が多かった。(撮影・田上雅之さん)

雪に大喜びする中国人選手

雪に大喜びする中国人選手

行動時間は10時間ほどと比較的長いが、雨風はさして激しくなることもなく、拍子抜け。ガスで視界が悪かったことをのぞけば、多少肌寒さを感じるだけだった。特にハプニングもなく、ゴールである白山室堂ビジターセンターに到着した。

「今年は普通でしたね」「これまでで一番過ごしやすかったかも」

リピーターの選手、スタッフの間ではそんな声も聞かれた。すんなり登り終えてなによりのはずだが、ガスで見通しが悪いくらいではなんだか物足りない。青空に抱かれて走るのも山の楽しみなら、荒れた空模様と格闘するのも山の醍醐味ということか。

そんな人は嵐や逆境を求めるのだろう。荒天にあえて身をおき、命を燃やしたいと考えてしまう。もはや、あしたのジョー症候群である。命を燃やしすぎて、そのうち真っ白な灰にならないように注意が必要である。そんなノーガードの両手ぶらり戦法で打ち合いを望むジョーのような集団が、夏の白山には存在する。