ハワイレース記4

ハワイシリーズも終盤戦。6日目から書き出してから、スタートから時系列に時間を追っています。そうこうしているうちに本日から台湾に出発して山で遊んでくることになりました。

4日目にしてようやくハワイに来たことを実感できる青空が広がった

4日目にしてようやくハワイに来たことを実感できる青空が広がった

窮屈な姿勢で車が動き始めるのを待つ。力強いエンジン音が響き、ゆっくりと車はキャンプ地から遠ざかっていく。溶岩に覆われた大地が車窓から後方に流れていく。4日目のロングステージは、スタート前のドライブから始まった。決してカーレースに変わったわけでも、リタイアしたわけでも、ましてや世界の車窓からという記事になったわけでもない。

ステージレースの一般的なスタイルは、キャンプ地がスタート地点となり、次のゴールを目指す。そしてゴール地点がキャンプ地となり一夜を過ごすというサイクルを繰り返していく。

この大会「Mauna to Mauna」もそのはずだったのだが、3年がかりで準備してきたというコースは大会直前になって大幅な変更を余儀なくされた。その煽りを受けてマウナロアとマウナケアという、ふたつの高峰を結ぶはずだったトレイルが使えなくなった。土地の通過を許可していた土地所有者が、大会直前になって心変わりしたのだという。

結果として、コースは分断されてしまい、3日目のコースはスタートとゴールが同じ周回コースになり、長いロードの区間が挟み込まれた。2日間にまたがるロングステージはマウナケアの一部を登って標高2,900mで折り返し、来た道を引き返してステート地点まで戻ることになった。加えて3日目まで異常気象に見舞われ、雨が断続的に降り続いた影響で、ロングステージ後のキャンプ地が水浸し。テントを張ることができないため、ゴール後は次のキャンプ地に移動すると事前に告げられた。

その土地所有者の話を聞いたわけでもないので、真相は分からない。ひとつだけ分かっているのは、ロングステージの前に、スタート地点までのショートドライブが追加されたということ。

大会直前のコース変更には正直なところ少しむっとした。ものの、何が起こるか分からないのがステージレースの醍醐味だと思うと、むしろ過酷だったり、イレギュラーな方が盛り上がるのだ。翌年からの第2回目以降のレースがどう運営されるにせよ、今回のような経験はできないだろう。そう考えると、なんだか気分が乗ってくるのが分かった。

スタート前もリラックス。中央は、唐揚げ定食を食べた直後でも走れる鉄の胃袋を持つ登さん。

スタート前もリラックス。中央は、唐揚げ定食を食べた直後でも走れる鉄の胃袋を持つ登さん

登山道の入口がスタート地点だった。車から降りてきた10人が体を動かして走り出す瞬間を待っていた。ランナーの数が少ないのは、下位のランナーが走り出してから2時間後に、上位の10名がスタートすることになっているからだ。

「5分前」

合図に従って、全員がスタートゲートの後方に集合したところでサプライズが待っていた。ここまで総合1位のビセンテが誕生日ということで、みんなで祝福。嬉しそうな笑みを見せるその目は潤んでいた。

レース前にも関わらず、アットホームなのもステージレースの良さだろう。同じ道をたどり、同じテントで眠り、誰もが空腹や疲労に悩まされる。レース中は競い合っていても、ひとりひとりが濃密な時間を共有する仲間である。

この日も、延々と続く砂利道の往復をともにするのだった。その道中では、地上を一望できるビューポイントも共有。折り返し地点付近で遭遇した虹は標高3,000mよりも遥かに高く、見たことがないほどの巨大さだった。

写真奥に折り返し付近で見えた虹が見える(佐藤佳幸さん撮影)

写真奥に折り返し付近で見えた虹が見える(佐藤佳幸さん撮影)

折り返し付近は標高が高くて前日同様、酸素が薄くて走るのが若干苦しい。無理して倒れない程度のペースで走る。トップを争う2人もキツい登りは歩いているとスタッフから聞き、少し安心した。超人的な2人もやはり人間なのだ。

折り返し地点からの下りは急傾斜でまばたきが極端に少なくなる。ここで4位から3位に浮上。長い長い下り坂の地面には無造作に転がる砂利と小さな岩。思考するよりも早く反射的に岩をかわす。

スピードを殺さないように駆け下りていく。踏んでもぐらつかない岩、その次の一歩を安全に落とせる場所を求めて、その瞬間ごとに最善のコース取りをする。目に飛び込んでくる膨大な情報量から判断をくだす。路面の凹凸から斜度、カーブ、目の前を遮る木の枝、もちろん別のランナーの姿も、すべてが判断材料だ。

夕暮れ時には、もやがかかり、水滴のついた草木が照らされ、輝いていた。もやで乱反射して一面が金色に染まったその瞬間は足を止めそうになるほど美しかった。

日没後は淡々と下っていく。痛めていた右足をかばっていたせいか、左足も疼くようになっていたが、まだ走りには支障がない。この日のうちにゴールできれば翌日は休養に当てることができる。痛みに関してはその時考えればいい。いまは少しでも早く、無事にゴールにたどり着こう。その一点に集中していたせいか、長いはずのロングステージは、あっけなく終わりを迎える。3位だった。僅差ながら総合成績も3位に浮上した。4位とのタイム差は17秒しかない。200kmを走って100mに満たない時間差。これもまたひとつの得難い経験である。


発見!ぐるっとキリマンジャロ

備忘録ついでに偶然見つけたイベント「KILIMANJARO STAGE RUN」(http://kilimanjarostagerun.com/)をご紹介です。

ホームページの地図を引用:   http://kilimanjarostagerun.com/itinerary/

ホームページの地図を引用: http://kilimanjarostagerun.com/itinerary/

キリマンジャロの外縁を8日間かけて走って1周するというイベント。ステージレース的な要素がたっぷりしそうなのですが、「アドベンチャーラン」をうたっていてホームページでもしっかりと「NOT A RACE」と明記されています。宿泊はコテージやキャンプなので安心して眠れそう。野生動物がいると思うと、走り疲れていても寝付きが悪いです。

Kili-Run-96-1-1036x370

 

レースではない、純粋に走って旅をするというパッケージは国内ではまだまだ少ないように思いますが、海外のステージレースに出場していて聞いてみると、海の向こうでは盛んに行われているそうです。

毎日キリマンジャロを眺めながら走るというのはなかなか楽しそうが、最終的には登りたくなってイベント後に、山頂を目指すという流れになりそうです。あえて登らないのは戦略に違いありません。


ハワイレース記2

スタート前の様子。ハワイ感がゼロすぎる。

スタート前の様子。ハワイ感がゼロすぎる。

これだけは断言しよう、ハワイは常夏の島などではない。

小さなしずくが顔をたたいては流れ落ちていく。たれてきた水滴が目に入る。雨に汗がブレンドされていて、しみる。閉じた目の中でコンタクトレンズがズレてきた。

雨だれを吸い込んだTシャツはすでに飽和状態に達していて、袖と裾からダラダラと水がたれていた。エサを目の前にしてよだれをたらす犬のようだ。濡れた短パンが太ももに張りつく。あまり気持ちのいいものではないが、そのままにしている。満員電車でとなり合った人に触れないようにするものだ。離れようとしても密着してしまう。ムダな抵抗なのである。

夜に降りだした雨は強弱をつけながらも止む気配をみせず、大会2日目は雨中のスタートとなった。あちこちに水が浮き、前日にはなかった小さな水路があちこちにできていた。

晴天に恵まれた初日は大会直前のコース変更の影響で、アスファルトの上を延々と走ることになり、信号機の前では借りてきた猫のようにおとなしくたたずみ、お行儀よく横断歩道を渡るという、この種のレースでは得難い経験ができた。舗装路の照り返しでかなりの高温になるため、時折降るスコールはありがたかった。火照った体を冷やしてくれる恵みの雨に、もっと降れと願いはしたものの、さすがに降りすぎである。

レインウェアのフードをかぶったランナーたちがうつむき加減でスタートの瞬間を待っていた。厚い雲に覆われた空模様と同じように元気がない。みんなの気持ちはよく分かる。肌寒くて、早く走り出したいのだ。この日は誰もが勢いよく駆け出しいた。

走り出してもリゾート要素はなし。じめじめして日本の梅雨のようだった。

走り出してもリゾート要素はなし。じめじめして日本の梅雨のようだった。

それにしてもよく降る。トレイルの窪地はすべて水たまりになり、膝上まで浸かってしまう。むかし走ったブラジルのジャングルマラソンを思い出して懐かしくなった。ズブズブと沈む沼地で泥水を跳ね上げながら進んだときのことだ。

細かいアップダウンのたびに現れるこの日の水たまりはジャングル的だが、いやちょっと待て、ここは南国リゾートだ。ハワイというのは、目の覚めるような青空、開放的なビーチでアロハシャツにビーチサンダル姿で、降り注ぐ太陽を浴びながらのんびり。そんな楽園ではないのか。

リゾート地としてのイメージが頭の片隅にあり、正直なところギャップに戸惑った。眠くてまぶたの重たそうな曇天に、じめじめと雨の降る山の中でレインウェアと濡れたシューズ姿で、降り注ぐ雨に打たれて震える。なんとも非ハワイ的である。

2日目にして、ハワイ的なイメージは清々しいほどに裏切られた。自然に身を投じることで現地を知る。それがステージレースの醍醐味のひとつであり、これがハワイなのかと新鮮な気持ちになるが、肌寒く、張り付くウェアが不快であることに変わりはない。毛根という毛根から爪の隙間まで雨がしみこんでいた。


17秒の思い出2

ハワイでのレース終了から3日目で、ようやく足首の腫れが引いてきました。大事をとって足を休めているのですが、早く走りたいなあ。続ハワイの話です。

固く尖った溶岩を踏んで走るので、みんな足はボロボロ

固く尖った溶岩を踏んで走るので、みんな足はボロボロ

足を草むらに叩き付ける。そして繰り返す。ドラムを打つように、慎重に、精確に一歩ずつ時間を刻む。ほとんど音のないドラムンベースに、背の高い草を切り裂く音が時折ノイズのように耳に入ってくる。

わずかな時間差をめぐって、スタートからずっとイタリアの大男と競り合っている。ロングステージ後につかの間の休息を味わい、6日目のコースは47kmだ。スタートから20kmにわたり草地のダウンヒルが続く。

地形によってリズムは気まぐれに変わっていく。傾斜が緩やかになれば必然的にテンポも遅くなる。目の前の地面が一瞬消えた。急傾斜に切り替わり、ビートが早まる。そして、背後でも同じようにリズムが刻まれていた。変化に欠けるコースレイアウトは、長い距離を双子のように同じタイムで走ってきた僕たちのペースを狂わせる決定打にはならなかった。

その間も足には着々とダメージが蓄積されていく。宙を浮いた体を一本の足で支え、また蹴り出す。その着地の瞬間に、地面と接した足は大きな衝撃を絶えず受けている。このレースでは荷物の重さが加算されるので、もちろん普段よりも大きなダメージを被ることになる。

ロングステージでのダメージもあり、ルイージについていくのが苦しくなる。両足首とふくらはぎが痛み、距離とともに痛みが増していく。足首の動きは柔らかさがなくなり、地面からのインパクトを吸収しきれていない。可動域が狭まり、きしむ音が聞こえてきそうだ。ふくらはぎもれんが造りの壁がボロボロと崩落するかのように力強さを失っていく。

にも関わらず、時計に目を落とすと、まだ2時間もたっていない。先の見えない作業を延々と繰り返しているうちに、時間の進み具合が特別遅くなったと勘ぐりたくなるほどだった。

足首でも膝やスネでも構わない。早く壊れてしまえばいいのに。そうすれば楽にペースを落とすことができる。あわよくばリタイアも。ひどい誘惑が脳裏をかすめる。しかし、自分の意志で止まりたくはない。そこに理由があれば、話は別だ。言い訳を探しながら、その都度、ろくでもない誘惑を後方に置き去りにして一歩先に進み続ける。

同じ脚の痛みであれば、長い距離を走っているうちにコントロールできるようになる。コントロールというと語弊があるのかもしれない。ドーパミンやアドレナリンが脳内に放出され、脱水症状で頭がゆだってくると、気にならなくなるだけで、痛みの原因となる筋肉の損傷は悪化していく。一時的に痛みが麻痺していても、どこかで揺り戻しがくる。

それが標高差1700mのダウンヒル終盤だった。痛みと筋肉の強ばりでスピードを保ちきれなくなり、ルイージから50mほど遅れてしまう。追いすがろうとするもじわじわと差が開いていく。頭ではペースを上げたいのに体がついてこない。疲労とダメージが体の反応を重く鈍くする。肉体的な変調は心までも弱気に変えてくる。

ダメかもしれない。前年にアフリカで感じていた諦めが頭をよぎる。そして、悔しさも。転がり落ちそうな走る意志を支えてくれたのが、苦い思い出だった。また同じことを繰り返すのか。限界を超えられないまま、終わってしまうのか。

違う、情けない気持ちを再び抱くために、ハワイに来たわけじゃない。結果を変えるために来たんだ。そのためなら、後のことは考えなくてもいい。足が折れるまで、筋肉が断裂するまで走ればいい。なにかが変わった。

痛みが和らいだわけでも、体力が回復したわけでもない。なのに差が縮まっていく。強烈な意志が肉体を突き動かす。変わったのは自分なのかもしれない。ダウンヒルからフラットな市街地を通り、牧場に続くゲートを駆け抜けた。


17秒の思い出

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワイから帰国したての若岡です。初開催のステージレース「Mauna to Mauna」は3位入賞でした。

大会前々日に大幅なコース変更が伝えられたり、スマホをなくしたり、異常気象で大雨、低体温、流血、キャンプ地も変更などアクシデント続出でした。スマホはただの忘れ物ですが。
そんな盛りだくさんなハワイ遠征を振り返り、余韻に浸っていたら、いつの間にか長文ができあがっていました(中国の回想がまだ終わっていないのに、うぅ)。僕個人としては、1週間もあるのに最終日まで17秒という僅差で3位を争ったことがハイライトです。というわけで以下が本文です↓

2A4A0752

17秒あれば何ができるだろうか。

とりとめなく考えている間に時間が過ぎていく。考え事のできる時間ではない。ドリップコーヒーを入れることも、通話で用件を伝えることすらできやしない。できることといえば、せいぜいが100m走くらいだ。

そんなわずかな時間に朝からずっととらわれている。正確を期すならば、前々日の深夜からだ。

そのとき、僕は1週間にわたるランニングレース「Mauna to Mauna」の勝負所となるロングステージで79kmを走り終えたばかりだった。食料や寝袋などの荷物を背負って毎日スタート、ゴールを繰り返し、この日を終えて走行距離は200km近くに積み重なっていた。

時間は深夜11時。照明に照らされているもののゴールとはいえ、賑わいはない。この日の順位は3位、合計タイムによる総合成績も暫定で3位に浮上した。残すは50kmちょっとと、決して短い距離ではないが、そう長くもない。大会前から目標としていた表彰台が近づいてきた。

前年出場したレースは23秒差で4位に終わり、表彰台を逃してしまった。全力を尽くしたつもりだったが、日を追うごとにもっとやれていたんじゃないかと思い直すようになった。何かが足りなかったのだ。そのときの自分の限界なのだから、悔しくないつもりだった。受け入れないといけない。狙ってもとれなかったのだから仕方ないと。

1年越しで再びチャンスをつかみ、強く自覚した。あの時のわずかな差を悔やんでいたのだ。惜しかったでは何も残らない。限界まで走るのではなく、限界を超えなくてはいけなかった。そんな強さが欠けていた。結果を分かつのは、意志の強さだ。

走りながら考えていたことを反芻していると、夜の暗闇が切り裂かれた。強いヘッドライトがゴールに駆け込んできた。イタリアのルイージだった。僕と3位を争う長身のランナーである。道中で大きく引き離していたはずが、2分ほどの差に詰め寄られていた。

僕はなんとか総合成績で3位を保ったものの、ルイージとの差は17秒。残すは47kmと8kmの2ステージ。大きなタイムアドバンテージを奪うべく体を酷使しただけに、両脚に深いダメージが残るのは避けられない。苦しい状態で争っていくことになる。表彰台への道のりは今年も険しい。