小さなペーサーはスパルタ式 白山ジオ・レポート2

鳥越城跡からの風景。午前7時すぎで、すでに暑い(井上満美さん撮影)

鳥越城跡からの風景。午前7時すぎですでに暑い(井上満美さん撮影)

朝から暑い1日だった。

初日の疲れはなく、ご飯がするすると食べられる。むしろ、足りない。内臓が元気なのだろう。アルファ米に多めに湯を吸わせて増量して口にいれ、汁物も流し込んで空腹感をまぎらわせる。

長丁場のステージレースとはいえ、1日の走る距離はだいたい40kmとそう長くはない。となると、筋肉の疲れよりも、内臓がバテて食事が取れなくなる方が命取りだ。全身が筋肉痛でも、足裏に無数の水ぶくれができていても、走り出せばなんとかなるが、食べられないと体力だけでなく、気力もそがれていく。

食料とにらめっこしている選手がいた。食料をかなり多めに持ってきていたようで、捨てようか迷っているようだった。もったいないが、食べないと分かっていながら背負い続ける気にもならないのだろう。大会中は思春期の体育会系並みに、慢性的なカロリー不足。荷物を軽くしたい反面、食料を減らすことへの不安を抱えている。その必然として食べることと真摯に向き合うことになる。にらめっこもそのひとつ。葛藤と供養の時間である。

暑いから外に出て活動してはいけないらしい。朝食後のブリーフィングを要約すると、そんな話だった。熱中症予防の指針だと、特別の場合をのぞいて運動を中止するレベルだという。それでも「気をつけて走ってください」とあっさりとした注意のみ。大会は特別の場合なのだ。

気温が上がりきる前に距離を稼ごうと、スタートから先頭に立っていた。序盤の楽しみのひとつが、加賀一向一揆の拠点であった山城に通じるトレイル。登り基調で走りやすい。

鳥越城跡にて(井上満美さん撮影)

鳥越城跡にて(井上満美さん撮影)

湿った空気はまだ夜の涼感を保っていて、脚に触れる夜露もひんやりと心地いい。踏み荒らされていないトレイルにテンションが上がる。楽しくなり、脳内で城攻めを再現。登りは「城攻めじゃ」と勢いにのり、下りは「皆のもの退け、敗走じゃ」と逃げるように駆け抜け、国史跡である鳥越城跡を目指す。

城攻めを終えて以降はフラットなサイクリングロードを挟んで山、ロード、山と続く。暑さが本格的に厳しくなり、ペースダウン。熱中症で倒れない程度にのんびり行くことに。山の登り始めで、気をゆるめたのがマズかった。

体中に数十匹の虫がまとわりついてくる。地元で「オロロ」といわれるアブである。沢の近くに待ち構えていた。油断していると、あちこち噛み付いてくる。沢から離れても、そのまま付いてくるのが厄介だ。進むほどにどんどん増えて、たちまち大群になる。先頭を走っていると、襲撃を一身に引き受けることになり、後続になるほどオロロの数は少なくなる。

100円玉とオロロ

100円玉とオロロ

数匹なら大したこともないが、数十、数百となると脚をやられて振り払っている間に、脇腹やら背中、はては顔まで噛まれてしまう。これが痛くて、かゆいのだ。数日間は腫れとかゆみが残るので要注意である。

何カ所も噛まれるうちに、立ち往生してオロオロしてしまうことから、オロロという名前がついた。などと、勝手に由来をねつ造している場合ではない。

叩き落としてみるものの、叩くほどにオロロが増えてくる。ポケットの中のビスケット的な存在のようだ。体中にたかられ、抗戦してもきりがない。無数の羽音と繰り返される痛みで、憂鬱さが増していく。登っても、登ってもキリがないように思えてくる。いっそのこと、引き返して誰かが来るのを待とうかという弱気が頭をよぎりもする。耐えるばかりでは限界があった。

引き返したところで、また登らねばならない。それに待っていても気持ちが滅入ってくる。ならば、むしろ攻めねば。スイッチが入り、ペースを上げてみる。勢いをつけて走りだすと、襲われるまでの間隔が長くなった。体をしっかり動かしていると、襲撃されにくいようだ。試しに歩いてみると、途端に群がってくる。またスピードを上げると少なくなった。

なるほど、ペースダウンしている場合ではないということか。

オロロは並走してくれているのだ。一定のスピードを保っていないと、噛まれてしまうペーサー。痛みを伴うスパルタ式だ。ポジティブに考えると、それまでよりもオロロが気にならなくなった。むしろ楽しみだすと、いつの間にか登り終えていた。

獣も通らないようなトレイル。整備するのは大変だった模様(大会提供)

獣も通らないようなトレイル。整備するのは大変だった模様(提供・白山ジオトレイル公式フェイスブックページ)

そこからは悠々と走って山を満喫してフィニッシュ。気の持ちようひとつで、いくらでも楽しめるのかもしれない。オロロはそんな教えとともに、強烈なかゆみを残してくれたのだった。


ハワイレース記3

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しびれる展開が待っていた。

泥だらけだったトレイルは3日目にして、ようやく溶岩大地へと変化を見せた。火山をめぐるレースがようやく、らしくなってきた。尖った岩の連続する荒れ地を進みながら標高を上げ、4,000m級の高峰マウナ・ロアの周囲を巡る。

ステージ2まではウォーミングアップのようなもので、走りながら気候やコースに体を慣らすランナーが多い。いきなりトップギアで走ってリタイヤしないための定石である。

重い荷物を担いで見知らぬコースを連日走り続けるのは心身への負担が大きいうえに、筋肉疲労や内臓のダメージを翌日に持ち越して再びスタートすることになる。初日で120%を出し切ってしまうと、その日はゴールに辿り着けても、6ステージのトータルでは完走すら危うくなるので、序盤の2日間でコンディションを見極める。そして3日目からステージレースは本格化する。自分の前後を走るランナーの顔ぶれが固まり、各々が自分の走っているポジションを意識し始める。

ガレた赤い岩に苦戦しつつも、僕は3番手を走っていた。トップグループの顔ぶれは前日と同じ。トップ2はグランドキャニオンを舞台に行われるステージレース「Grand to Grand」の歴代優勝者の2人だ。「Mauna to Mauna」と同じ主催者が開催していて、今回は2人とも招待選手として出場している。

2日続けてトップをひた走るのはスペインのビセンテ。かつて砂漠のステージレースで年間優勝したことのあるランナーだ。力強い走りで序盤からレースを引っ張っていく。僕も出場したことのある砂漠レースのチャンピオンなので、憧れるよと伝えたところ、はにかんでいた。パワフルな走りに似合わず、ちょっとシャイなのかもしれない。

その後ろには、スイスのフロリアンがつけている。ビセンテとは対照的にテクニカルな走りを見せ、荒れたトレイルを軽やかに駆け抜けていく。それだけでも十分なのだが、悔しいことにイケメンだと認めざるを得ない。こればかりはどう頑張っても勝ち目がない。

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せめてレースだけでも一矢報いたい。気持ちは先行する2人を捉えているものの、体がついていかない。標高はこの日の最高点である2,500m近くまで上昇していた。呼吸のリズムは変わっていないのに息苦しく、酸素がうまく取り込めない。20kmほどしか走っていないので、体力にはまだ余力がある。にも関わらず、呼吸が乱れるのは高山病の兆候なのかもしれない。

普段ならあまり影響のない標高だ。ステージ2までの疲労と背中の荷物の重さが影響しているのかもしれない。

気のせいだと思い込み、後を追う。呼吸は荒くなったまま。おさまる気配はなく、指先がしびれてきた。なにやら頭もぼんやりする。無理をすれば、追えるかもしれないと思うものの、このままペースを保つのは危険とも思える。思考がまとまらない。高山病で倒れては完走すら危うい。

意識がまだはっきりしているうちに、ペースを落とす。歩くような走りでなんとか2,500mの最高点を越えた。下り基調に転じて、舗装された道路をひた走る。標高が徐々に下がるにつれて症状はおさまってきた。トップの2人はヘビのように曲がりくねった道の遥か彼方にいた。

かなり距離を開けられていたが、姿が見えるだけでもましだ。前半で抑えていた分、ペースを上げて差を縮める。アスファルトに単調さを感じて、道路からそれて岩場を走る。こっちのほうが変化に富んでいて楽しい。何度も転びそうになるのも眠気覚ましにちょうどいい。足へのダメージは大きいものの、気分を上げる方が先決だ。

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最後の10kmはほとんどが平坦な砂利道。山と山を隔てる境界線のような谷間である。谷を抜ける風が前方から吹いてくる。ポツポツと水滴が顔をたたく。水滴の粒が大きくなり、全身が濡れる。逆風にさらされてペースが上がらず、雨脚が強まるに従って体温が奪われて体が冷えていく。

寒さで指先の感覚がなくなりつつあった。またしびれることになるとは夢にも思わなかった。足が止まると、低体温で一気にリタイヤもありえるかもしれない。上位争いを考えるよりも、まずは生き残ることに集中だ。つくづくしびれるレースである。


ハワイレース記

ハイライトから書いてしまったものの、時空を巻き戻って大会紹介です。

溶岩でできた大地は転ぶと流血必至。

溶岩でできた大地は転ぶと流血必至。

初開催となったMauna to Mauna(M2M)は7日間で6ステージが繰り広げられるステージレース。大会中に必要とされる食料、寝袋などの物資はすべて背負って運ばなくてはならない。水と宿泊するテントは大会側が用意してくれる。僕の装備は、水をのぞいた乾燥重量で7kgと、わりと軽めだった。10kgを超えるランナーもちらほらいるが、重さはスピード、疲労と密接に関わるので、できるだけ軽量化を図っておきたいところである。

コースはというと、大会名となっているふたつのMauna=山が舞台になる。マウナケアとマウナロアである。火山活動によって誕生したハワイ島は溶岩でできたゴツゴツとした大地があちこちで見られる。一歩踏み間違えて転倒すると流血は避けられない。テクニカルな路面なのだ。

装備チェックの行われた大会前々日に、想定外のアナウンスが告げられ、コースレイアウトが当初予定から大きく変わった。レース4日目には、もっとも高い地点で標高3,000m近くまで上昇して、コース終盤まで2,000m台で推移していく。元々は1,000m台だったことを考えると大幅な変更である。そして全体的にアスファルトの上を走る区間が増えるらしい。

コース変更にいたったのは、土地所有者からの合意が得られなかったからだという。3年前から用意していたコースが直前になって覆るというのは主催者としては残念に違いないが、出場する側としても戸惑うばかりである。初開催ということで不備が出るのは仕方ないと思っていたものの、予想を上回る展開である。

ドタバタぶりに拍車をかけたのが天候である。常夏の島をイメージしていたにも関わらず、連日の雨という想定外ぶり。特に大会前半は一時的なスコールではなく、朝から晩まで降りつづけるという異常気象に見舞われることになる。地元から出場している選手ですら、天気の予測が困難で、首をかしげるほどだった。

どうでもいいことではあるが、ハワイ到着時にスマホとポケットWi-Fiを入れたシャツを飛行機に置き忘れてしまったことも、僕にとっては誤算であった。


17秒の思い出3

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火山活動がいまも続くハワイ島は地表にその特徴を示している。ゴツゴツとした溶岩大地は荒々しく、走ることを拒もうとしているかのようだ。牧場内はさらに、膝下まで草が茂り、岩の凹凸をカモフラージュしている。足を置くまでどんな接地になるのかが分からないのである。瞬間的に地面の状態を判断して転ばないようにバランスを取るのだが、スピードを維持しようとする上位ランナーほど転倒のリスクが高くなる。

もっとも僕はスピードもペースも関係なかった。再び追いついたルイージの前に出て抜かれない、それだけを考えて走っていたからだ。彼が前に行こうとすれば僕はさらに先に出る。そこからリードを広げる余力はなく、転びそうなフットワークでフラフラと走り、一定の間隔を維持するので精一杯。もう抜けない、突き放せないと思わせるまで、同じことを繰り返すしかない。

2人でいつ終わるとも分からない我慢比べを続けるうちに、不思議な感覚が芽生えてきた。順位を争うライバルではあるが、230kmもほとんど同じタイムで走り、同じ過酷さを味わってきたのだ。目印となるコーステープを見失い、協力して探したことも1度や2度ではない。自分ひとりでこんなに強い意志を持って走って来られただろうか。彼の存在なしには、こうして辿り着くことはできなかったかもしれない。苦しい展開なのに決着がついてしまうことが少し惜しかった。

だからといってレースを終わらせないわけにはいけない。最後まで全力を尽くして自分たちの最後を見届けるのだ。40kmをすぎ、ゴルフコースへ。カートの走るアスファルトがコースだ。

ルイージが上り坂でラストスパートを仕掛けてきた。彼もまた、17秒差を守ろうとする僕と同様に、逆転するためにすべてを注いできたのだ。大きなストライドでリードを奪っていく。

これが最後の攻防になる。確信があった。慌てることなく、上りで出遅れた分をダウンヒルで取り戻す。下るのではなく、落ちていくイメージ。重力に任せてスピードに乗り、横に並ぶ。

疲労と痛みを無視して歩幅を広げ、小さなアップダウンを乗り越えていく。筋肉の強ばる終盤は意識していないと動きが小さくなりがちだ。一歩だけでは、わずかな違いだが、積み重ねていけば勝負を分ける違いとなる。巻き返してリードを奪い、ゴルフコースから公道に出るところで、痛恨のコースロスト。下り坂の途中で曲がるはずが、そのまま駆け下りてしまった。

再び先行を許し、ゴールまでは2kmを切ったが、不思議と焦りはない。ゴールゲートをくぐるまでに追いつけばいいのだ。少しずつ背中に近づく。そして、並走できるまでに巻き返したところで、ルイージが観念したように終戦を告げた。「ここからは一緒に行かないか」

もちろん、そのつもりだった。

17秒差をめぐって戦い抜いてきたからこそ、相手に対する敬意が止まらなかった。自分が苦しんできたことを相手も耐え続けてきたのだ。それに、彼がいなければ、自分ひとりではここまで追い込めなかった。影よりも近い距離を走り、僕の力を引き出してくれた。

走ることは本質的に孤独だと思っていた。進むにしても、止まるにしても最後の最後に頼ることができるのは自分だけだ。独りであるとしても、同じ目的に向かって走り続ける限り、分かち合うこと、認め合うことはできる。すべてのランナーは競い合う相手であり、仲間でもある。誰かに合わせるのではなく、全力を出し切って初めて互いの距離が縮まるのだ。相手から遠ざかろうとして走ることで、近づくことができる。走る、ただそれだけのシンプルな行為が人と人をつなぐ。そんなことに気付かされたデッドヒートだった。

結局、この日は2人で同時にゴール。時間差は17秒のまま変わらず、決着は最終日に持ち越し、ほかの選手やスタッフに「最終日の8kmもやり合うんだろ」とゴシップにも似た話題を提供することになった。17秒は何かをやるには短すぎるが、17秒は2日間にわたり、大きなトピックとして娯楽のひとつになっていた。


ハワイで着るウェアといえば

気がつけばもう1カ月を切っていたのでした。5月にハワイで開催されるMauna to Maunaに向けて、準備のピッチを上げねばと焦っております。

準備というと、1週間ずっと担いで走る荷物が気がかり。1週間分の食料や衣類、寝袋などです。毎回ちょっとずつ軽量化を図っています。

今回は、昨年ナミブ砂漠で見かけた海外選手のウェアを取り入れることに。

タイベック

タイベックの防護服。軽量で丈夫、なにより安い!

透湿性はこの後試してみるとして、ともあれ安い!

ちょっと股下が長くてへこむけど、やっぱり安い!

1000円くらいです。用途としては、キャンプ地での防寒着とレインウェア。

1週間にわたってキャンプ地で着続けると、付着したホコリや砂やら汗に謎の男汁が化学反応を起こして、ニオイと汚れがしっかり残ってしまいます。ちょっとオシャレでお高いウェアだと、レースが終わってから着るのがためらわれることも。

これならガンガン使い倒せますし、買い替えてもあまり痛手はありません。
財布の中身も防護してもらえるのです!

 

 


マグネシウム足りてますか?

3商品

前々から気になっていた栄養測定サービス「Vita note」が近々始まるようです。

なんと、マグネシウム、カルシウムなどのミネラルや、たんぱく質を測定してもらえます。しかも手軽に。

栄養バランスの検査結果が分かるスマホページのイメージ画像。この人はカルシウムが足りてません。

栄養バランスの検査結果が分かるスマホページのイメージ画像。この人はカルシウムが足りてません。

栄養バランスが分かるということは、食事の質を効果的に上げることができるだけでなく、トレイルを長時間走った後で、自分の体がどのように栄養バランスを崩すのかを知る、なんてこともできそうです。走行中の補給にも役立てられそうなにおいがします。

仕組みはというと、購入して郵送されたキットを携えてトイレにこもること数十秒。おしっこを採取してドアと社会の窓を閉めた後は、キットをポストに投函。あとはWebで質問に答えるだけ。1〜3週間待てば検査結果がスマホでみられるというシステムです。

キットの中身。ちゃんと撮影されていると、なんだかオシャレな印象すら感じます。

キットの中身。ちゃんと撮影されていると、なんだかオシャレな印象すら感じます。

イメージ的には自宅で検尿。。。

イメージ的には自宅で検尿。。。

一般販売は5月中旬だそうです。4月7日にキットの予約販売がスタートしているのですが、この日は世界で初めてビタミンを発見した鈴木梅太郎氏の誕生日とのこと。サービスを提供するユカシカド社のこだわりが感じられます。

血液検査だと、個別の栄養素について知ることをできなかったので、これを使えば、かゆいところに手が届きます。ミネラルなんかは、汗と一緒にドバドバ流れていく気がして、正直なところ摂取量が足りているのか、よく分かりませんでした。汗キツ系男子としては、試してみる価値ありかと。

おしっこも汗も成分は似たようなものですし。などと言っていると、話が妙な方向に行きそうなので、水に流してください!

Vita noteの購入ページ→https://vitanote.jp/?from=co_information

クラウドファンディングページもあるみたいです→https://readyfor.jp/projects/vitanote

ユカ・シカドさん(間に「・」を入れると人名っぽい)→http://www.yukashikado.co.jp/

画像提供:ユカシカド


ワイハのサースポンの話

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5月に出場するステージレース「MAUNA to MAUNA ULTRA」が日本のスポンサーを募集していたのでお知らせです。

ハワイ島の火山マウナケアなどをコースに250kmを1週間で走ります。その間の食料などを抱えて走れるので重量も疲労感もたっぷり。

主催者の触れ込みでは、11の気候帯を駆け抜けることができるとのこと。一石十一鳥ですね、すごい!ひとつの石でこれだけの鳥を狩る機会はなかなかありません。もはや神業の域に達するお得感です。

そう考えると、スポンサーといわず、出場するのも一手かもしれません。初めての開催なので、いかがでしょうか。

http://m2multra.com/home-m2m

 


昭和が息をひそめていた

上毛というと関東圏というか全国的には「じょうもう」で定着している向きがある。福岡県の東端とその周辺では「こうげ」と読む。僕が住む「こうげまち」だ。

博多駅前で、道ゆく人に「すいません、この町の読み方知ってますか?」と尋ねても、正答率は1割以下。スペイン語検定1級の合格率くらいの認知度である。福岡県民ですらほとんど知らない秘境のような町なのだ。

秘境すぎるためか、町の南部に低山が連なっているにも関わらず、トレイルを走っていてもランナーをほとんど見かけない。出会えるのはシカとイノシシだけ。いや、時々タヌキも出るし、まだお目にかかってはいないがサルもいるとか。彼らは獣道を走るので、使われることのない登山道やトレイルは必然的に独り占めできる。

そんな動物王国と化した山中は昭和が潜んでいることで知られている。気を抜いていると、息をひそめていた昭和がひょっこりと現れてくるのだ。

そのひとつがこれ。

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いつの時代のデザインなのか、さっぱり分からなかった。調べてみると40年ほど前らしい。

このファンタは上毛町にて開催した地図読みなどのイベントの際に発見した空き缶である。このときの講師は秘境ランナーの樺澤秀近さん。数々の砂漠レースやユーコンクエストに出場している冒険野郎だ。初めて来て下見で昭和と遭遇できるとはさすが秘境ランナー、恐るべし。

3/10から6633ARCTIC ULTRAの350マイル部門に出場する樺澤さん。頑張ってください (写真撮影:尾崎隼)

3/10から6633ARCTIC ULTRAの350マイル部門に出場する樺澤さん。頑張ってください
(写真撮影:尾崎隼)

他にも昭和が隠れていた。

写真撮影:尾崎隼

写真撮影:尾崎隼

アクエリアスレモンはファンタとの遭遇から2日後に発見。30年ほど前のパッケージという。 落ち葉の降り積もった地表ばかりに目を落としていたら、なんと標識も昭和の化身として立ち尽くしていた。

写真撮影:尾崎隼

写真撮影:尾崎隼

幻の昭和65年である。休猟の期間はすでに終わっている。外せばいいのにと思うが、秘境すぎて設置したはいいものの、担当者が辿り着けないのだろう。知名度はないが、侮れない町である。

 

 

米を担いでトレイルを走る大会を開催する町でもある→ https://www.facebook.com/SyugendoTrail/


臭ウンです

僕の周りだけ電車がすいていた。

他の座席を見ると埋まっているのに、だ。

僕の前はおろか、両隣には誰もいない。

つい1時間前に帰国したばかりで神経質になっているのかもしれない。

気にしないでおこう。そう軽く考えていた。このときはまだ事態の重さに気づいていなかったのだ。

それから数駅を通過。相変わらず横に座る人はいない。

近くまでは来るものの、素通りされてしまう。

さすがにおかしい。

鼻に手を当てる人がいた。その仕草を見てついに理解した。

僕は臭いのだ。悲しき現実である。

周囲に人がいないのは僕の異臭のせいなのだった。

この時の僕は砂漠を1週間走るステージレースに出場した帰り。

レース中は、風呂はおろかシャワーもない。

すると、着続けたウェアやバックパックには臭いが凝縮されていく。

繊維の隙間という隙間に臭い成分が入り込み、砂漠の熱さと砂とで化学反応を起こして、臭い成分が定着したに違いない。

そう考えてしまうくらいに、臭いのだ。走っている間は慣れてしまって気づかないが、かなりの臭気を発していた。

1度や2度の洗濯では、洗ってもとれない。レース後に捨てていこうにも荷物を全て入れてきたバックパックなので帰りも背負わないといけない。 こうして誕生したのが、(汗の)臭い立つ男、すなわち汗キツ系である。

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福岡県の片隅でこっそりランナーやライターとして活動しています若岡と申します。ステージレースと自宅周辺の山がフィールドです。どうぞよろしくお願いします。