古河はなもも、辛うじてPB更新

3月12日(日)、古河はなももマラソンに出てきた。

2週間前のハーフマラソンの記録から見積った目標は3時間10分切り。平均ペースはキロ4分30秒。実力よりも少しだけチャレンジングな目標を自分に課した。自分を信じて、後半粘れるだけ粘ろう。期待と不安と緊張感の入り混じった複雑な心境でスタートを待った。

 10時、Eブロックからスタート。1分後にスタートラインを跨いだ。昨年の自分のラップタイムから計算したレースペースを維持する。25kmまでは計画通りの展開。目標に対して4秒の貯金。ペース管理は上出来だった。

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25㎞を過ぎ、大きく崩れだした。30㎞通過時、目標から58秒の遅れ、35㎞通過時、1分53秒の遅れ。目標とのタイム差はさらに開いた。挽回は困難になった。この時点で3時間10分切りの当初目標を諦めた。3時間13分台に目標を下方修正。弱気を一度受け入れてしまうと、立ち直るきっかけがなければ、結果はズルズルと悪いものになってくる。どんどんペースが落ちる。やはり自分には高過ぎる目標だった。前半オーバーペースだった。弱気がまた顔を出す。弱気は身体の何処かの調子を悪くする。急に大臀筋が痛くなってきた。大臀筋を揉んだり叩いたりしていたら、走りのリズムがおかしくなってきた。キロ5分ペースを維持できない。

 残り5km、キロ5分ペースで25分と読んで、時計を睨みつつ、目標をさらに下方修正。自己ベスト更新だけは意地でも死守するんだ。必死に足を前に出すが、ペースを上げられない。足が売り切れになった。残り1㎞の表示。ラストスパートを掛ける周りのランナーに置いてかれる。自己イメージが悪いまんま、3時間14分33秒(ネット)でゴール。辛うじて、自己ベストを19秒更新した。

自己ベスト更新を果たしたけど、オーバーペースで後半失速。敗因は明らかだった。後半、弱気な自分との戦いに容易に屈してしまった。自己イメージが悪すぎて、嬉しさはなかった。昨年も出ていたから、昨年比較で11分11秒の短縮。これがこの一年間の成長と言えるかもしれない。サブ3にどれだけ近づけるかを目標にしてきただけに、満足のいくレースでなかったことが悔やまれる。マラソンは、天気、体調、メンタル、ペースや補給などのレースマネジメントなどの影響を大きく受ける。思うようにいかないから面白いし、悔しさを感じる。悔しさからまたチャレンジしようという思いが強くなるものだ。

マラソンシーズンはこれで一区切り。翌週から7月の100マイルのウルトラトレイルへの挑戦に向け、心身を鍛えなおしていきます。
RUN OR DIE!!


ONTAKE100マイルのエントリー決定

2017年夏、最も楽しみにしていたレース、OSJ ONTAKE100マイルの部への挑戦が決まった。

2月3日正午、ランネットを通じてエントリーしたが、アクセスが集中したため、なかなかエントリー画面が表示されない。心臓は激しく鼓動するわ、緊張で入力する手は震えるわで、ようやくエントリーできた時には、年甲斐もなく思わず歓声を上げてしまった。ランネットは20分余りでエントリー締切となったらしい。早い者勝ちという公平なシステムではあるが、過熱する一方のクリック合戦には毎回ウンザリさせられる。

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OSJ ONTAKE100は、旧大会名OSJおんたけウルトラトレイル100K。今年から改称された。長野県木曽郡王滝村、御嶽山山麓に広がる国有林の林道を活用したトレイルランニングレースで、100㎞と100マイルの部がある。100マイルの部は過去のこのレースの100㎞の部で14時間以内の完走者だけがエントリー資格を得ることができる。

このレースの100マイルの部を目標にしたのはいつからだろう?初めて100マイルを完走して、夢の100マイラーとなったのが、2015年10月。舞台はKOUMI 100、ONTAKE 100と同じOSJがオーガナイズする100マイルレースだった。その後、次第に、日本国内の100マイルレースを全て完走してみたい、生涯かけて100マイル・グランドスラムを達成してみたいと夢を抱き、発展させてきた。昨年の100㎞の部で、無事にサブ14を達成し、100マイルの部への権利を獲得した。そして、今年、ようやくチャンレジできる。2年かけて、100マイルの部を目標にしてきただけに、エントリーが決まっただけでも、嬉しくて涙が出そうだった。この夏、もう一つの夢を叶えるため、しっかりと準備して臨もうと誓いを新たにした。

 


勝田全国でサブ315

私のマラソンシーズン第二戦目は、1月29日に茨城県ひたちなか市で行われた勝田全国マラソン。その舞台でサブ315の目標を達成できた。ネットタイムは3時間14分52秒。自己ベストを11分更新できた。
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ダイエット目的で走り始めたのが2012年。当時は30分のジョギングでもハアハアゼイゼイと喘いでいた。平均4分35秒/kmのペースでフルマラソンを走るなんて想像すらできなかった。そんな私が、サブ315だなんて。かつての自分では信じられない高みまできた。

昨年の秋、勝負レースに位置づけした100マイルレースは完走できなかった。悔しさの反動から掲げた目標がフルマラソンのサブ3。夢のままにしておきたくなかった。このレースでのサブ315を目指して、3カ月間のトレーニングに励んだ成果が発揮できた。サブ315には僅か7秒の余裕しかなかったけど、その7秒を削り出すため、最後の最後まで諦めなくて本当に良かった。

 作戦は10kmまでは4分42秒/km、25kmまでは4分36秒/km、25kmから4分30秒/kmまでペースを上げ、あとはそのままのペースで押していき、最終4分35秒/kmにまとめて、3時間13分台を目指すというものだった。30kmまではほぼ作戦通り。余裕で目標達成できるのではないかと思われたが、30km過ぎてから目標ペースを維持するのが厳しくなった。疲労、呼吸の苦しさ、股関節痛、腹痛、向かい風、暑さ、喉の渇き、コースのアップダウンなどが一気に襲い掛かってくる。ひたすら堪え忍ぶか、屈するか。まさにこれが30kmの壁。そのままズルズルとペースダウンして崩れそうだった。35km通過時には、タイムの貯金は底を尽き、グロスタイムでのサブ315は絶望的。ネットタイムでのサブ315だけは何が何でも守り切りたい。まだ間に合うと信じて、一秒でも二秒でも早く、早く走るんだ。サブ315を心から求めていた。辛い練習にも耐えてきた。最後の最後まで絶対に諦めない。これまで積み上げてきた練習には間違いはない。絶対にできると信じて、一秒でも二秒でも、タイムを縮めるんだ。残り7km強の距離、腕時計を何度も何度も確認する。残り2km強、まだ間に合う、最後まで望みがある。最後の最後まで絶対に諦めない。ここまで来て、僅か数秒目標に足りなかったということだけは絶対に嫌だ。最後の力を振り絞り、脚を前に前にと運ぶ。ぶっ倒れてもいい。周りを見る余裕なんてこれっぽっちもないまま、無我夢中でFINISH を迎えた。FINISH直後、脚が小刻みに震えだし、さらに、血の気が引いて、急に気分が悪くなってその場で倒れそうだった。その時は目標を達成した嬉しさよりも疲労困憊と気分の悪さが上回っていた。着替えを済ませ、体調の回復とともに、目標を達成した喜びがじわりじわりと大きくなった。

 自分にとって価値ある、挑戦し甲斐のある目標を掲げ、ひとつひとつ目標を乗り越えていくこと。そのことにこの上ない喜びと大きな達成感を感じている。容易に手に入れられるものになんの価値があるのだろうか。努力して手に入れたものだからこそ、価値がある。この達成感は魂に刻み込まれるほどの大きな喜びになった。

次はいよいよ、サブ3への挑戦。夢への挑戦。3月12日の古河はなももマラソンで、この夢にどこまで近づけるか。残り40日を切った。ベストを尽くし、夢にもう一秒でも二秒でも近づくのが願いだ。


いたばしリバーサイドハーフで自己ベスト

12月4日(日)、小春日和の中、いたばしリバーサイドハーフマラソンを走ってきた。

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 板橋区荒川河川敷のコースで開催されるこのレース。都営三田線西台駅から徒歩15分と都心から通いやすいこと、平坦で記録が狙いやすいなどの特徴がある。主催が板橋区陸上競技協会と聞くと、硬派なイメージを抱くが、実際、給水所は水のみというストイックさ。私には過度なおもてなしは必要なく、記録会というような大会の雰囲気が気に入って、3年連続で出場している。私にとっては、これを走らないと師走が来た感じがしないほど。トレイルランのシーズンオフからマラソンのシーズンインに切り替えた直後のレース、足試しにちょうどいい。これは私の今年の最終レース。来年3月まで続く、私のマラソンシーズンの開幕戦でもある。いやがうえにもやる気が高まる。

 結果は1時間33分49秒。自己ベストを3分49秒更新。会心の出来だった。

 天候は晴。心配していた風はほとんどない。河川敷には風を遮るものがなく、風の影響をもろに受ける。この上ないコンディションだった。スタート前のトイレ待ちの長蛇の列は相変わらず。戸田橋陸上競技場のトラックで10分程のアップ後、1時間20分以上1時間40分以内の列の後方に並んだ。練習の成果が出ることだけを願ってスタートを待った。

 午前9時45分にスタート。位置取りが悪かった。前が支えて走りにくい。コースの右側に寄るが、水たまりやらロードサイクルが前方から来るわ、走りづらい。1km通過は4’50″。2kmあたりからようやく前後にバラけてきてストレスはなくなった。1km毎に表示があって有り難い。平坦なのでペース維持しやすい。アップした効果がでていなく、呼吸は荒い。注目の入りの5kmは22分46秒、4’33”/kmのペース。目標ペースを上回っていた。後半どうなるか不安がよぎる。ペース維持に注力することにした。目標は4’30”/kmのペース。調子がいいだけに飛び出したい気持ちが湧き上がるが、我慢、我慢。折り返しまでは抑えて、折り返しからペースアップを目論んでいた。7km地点通過、そこでソフトフラスクに入れたジェルを補給。事前に水で薄めているから水無しでも飲みやすい。5-10km区間、22分19秒。4’27”/kmのペース。若干、目標を上回るペースだが呼吸は楽になっていた。

 前方にスカイツリーを見ながらの折り返し地点。勝負するか?冷静に状況を読みながらの自問自答。自己ベスト更新のチャンスだ。勿論、チャレンジでしょ。ギアをもう一段アップ。4’25″/kmのペース。一人また一人と、前から落ちてくるランナーを拾っていく。10-15km区間は22分7秒。4’25”/kmと設定ペースをキッチリ守った。15km地点で残りのジェルを補給。残り6km。4’20″/kmにさらにペースアップ。これまでの練習の成果が出ていることが何よりも嬉しかった。残り5km、4km、3km、2kmとカウントダウン。なかなか距離が減っていかない。1㎞の距離がいつもよりも長く感じる。ゼイゼイ、ゼイゼイと息が大きく乱れている。手が痺れてきた。酸欠の症状だ。15-20km区間、21分43秒、4’20“/km。この区間もキッチリとペースを守れた。残り1km、4’10″/kmまで上げてラストスパート。今、出せるスピードの限界。ゴールゲートが前方に見えている。なかなか近付いてこない。ゴール手前で2名に抜き返された。糞っ!スパートが早過ぎたか?でもこのレースは他人との競争ではない。自分との闘い、自分の目標との闘いだ。全力を振り絞る。息が切れるほどに苦しい。心拍数は今日の最高値。心臓が口から飛び出るんじゃないか?ヒー!これ以上は追い込めないほど追い込んでゴールゲートをくぐった。

 今年の最終レースで有終の美を飾ることができた。このときに得られた満足感こそ、なにものにも代え難い最高の喜びだった。次は、1月29日、茨城県で行われるフルマラソンの勝田全国マラソン。そこでサブ315の成果を確実に手に入れたい。


期限付きの夢サブ3

ランニングを始めたころに抱いた2つの夢がある。

それは100マイルのウルトラトレイル完走とフルマラソンでサブ3を遂げることだ。
前者は2015年に夢を果たした。残るは後者のみ。

 夢を夢のままにしておくか、それとも、夢を期限付きの目標にして実現させるかどうかは自分次第。何かをいつかはやりたいと思っていても実際に実現させる人は限られているんではないだろうか。いつかやろう、いつかやろうと期限も決めずにどんどんと先延しにはしたくない。いま行動を起こさなければ、加齢により達成の難易度は日に日に高くなっていく。50代中老の私にはそんなに時間は残されていない。夢や希望に溢れた20代、30代とは違って、40代、50代ともなると持つべきものは夢ではなく目標。そして、目標を達成するために必要なものは明確で綿密な計画。

 私のフルマラソンのPBは3時間25分台。2016年3月の記録。サブ3には25分の開きがある。一度にこの差を詰めるのは容易ではないだろう。来年3月の“古河はなももマラソン”を本命レースに定めた。まずは、頑張れば手が届きそうな水準に目標を設定した。

目標はサブ315。

PBから約10分の短縮。あまりにも高い目標を設定してしまうと目標と現実の差に怖気づいてしまって、目標にチャレンジする気持ちが失せてしまう。これを避けるための現実的な目標設定。高過ぎず、低過ぎず、適切なラインに目標を設定するのがポイント。着実に一歩一歩、期限付きの夢に近づきたい。


KOUMI100完走、未完走を分けたもの

こんにちは。

10月9日~10日と長野県小海町でOSJ KOUMI100が行われた。
 
KOUMI100は32kmのコースをグル、グル、グル、グル、グルっと36時間の制限時間内に5周する100mileレース。
累積標高差8945m。周回コースという設定、制限時間面でも国内屈指の過酷なこのレース。
今回の完走率35%(出走数206名、完走者72名)が完走の難しさを物語る。
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私の結果はDNFだった。
3周目終了地点、96kmで走ることを止めた。

周回毎の記録は、
1周目5:18:53(116位)
2周目6:11:14(106位)
3周目8:20:23(110位)
3周回して19:50:30。前年の私の記録よりも1:12:59早いペースだった。
 
DNFの理由は3周目で胃腸の調子を崩し、心が折れた。
3周目から吐き気が始まり胃薬を服用するも、ジェルなどの補給食が取れなくなった。
ボロボロの体で、周回毎のSTART/FINISH地点までたどり着いたが、すでに4周目に挑む気力が萎えていた。復活する余地もどこにも見いだせず、自らDNFすることにした。なんとも情けない結果となった。まるで悪夢を見ているようだった。
 
 振り返れば、昨年、このレースに初挑戦で初完走を遂げ、100milerとなる夢を実現した。全力を振り絞って完走を遂げ、それにより得難い充実感があった。限界を越えた先に最高に幸せと感じる時間があった。苦難の中に生きた瞬間があった。思い出のあるこのレースをもう一度走ってみたかった。それも前回のようにぺーサー付きではなく、単独で完走を目指したかった。ただただ自分の力を試したかった。 燃えるような充実感をもう一度味わいたかった。
 
そんな思いを持って臨んだレースだったのに、なんで走るのを止めてしまったんだ?
 
前回は3周目が鬼門となったが、今回も3周目に大きく体調を崩した。大多数のランナーは、初日の夕方から深夜に3周目を迎えることになる。日が落ち気温も下がり寒さを感じるようになる。ランナーもばらけ、前後に誰もいない時間が多くなる。霧がかった暗闇の中、自分と向き合う孤独な戦いが延々と続く。3周目がメンタル的に最もキツイ周回かもしれない。胃腸の調子の悪さが、メンタルにネガティブに作用し、どうしても自分一人ではそれを凌ぐことができなかった。なぜか3周目が前回以上に絶望的に辛く感じられた。絶対に完走できる、この困難を乗り越えられると最後まで自分を信じることが出来なかった。胃腸の調子を崩したことだけでなく、自分のメンタルの弱さが、完走できなかった一番の理由だった。

完走者と未完走者を分けたものはなんだったのか?
それは絶対に完走するんだという強い気持ちを持ち続けられたかどうかだったと思う。
 
畜生!今は失意のドン底にいる。ぽっかりと心に穴が空いたようだ。目標未達に終わった。これまでの努力はいったいなんだったんだ?自分はいったいなんなんだ?次はなにを目標にしていけばいいんだ?自らの存在を否定している自分がいる。自らの存在の小ささに打ちひしがれている。しばらくは、立ち直れそうにない。
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今回、チームメイトやラン仲間も数多くこの大会に参加した。わざわざ東京から応援に駆けつけてくれた仲間もいた。レース中は仲間の存在が心強く、不眠不休の献身的なサポートにどれだけ元気や勇気を与えて貰えたか、感謝してもしきれない。今回はその仲間の存在という力を完走までの原動力にすることができなかった。サポートしてくれた仲間、応援してくれた方に申し訳ないという気持ちしかない。期待に応えられず、ごめんなさい。

いつかはわからないけど。再びこのレースを走る機会が来ると思う。その時はもっともっと精進を積んで本気で臨み直したいと思う。


KOUMI100試走 後半

前半に続き、OSJ KOUMI100コース試走の後半。

16.5km地点。白樺尾根の登山道をふさぐ大きな倒木。こういったのが増え始める。

16.5km地点。白樺尾根の登山道をふさぐ大きな倒木。こういった障害物が増え始める。

17.0km地点。倒木を乗り越えたり、くぐったり。

17km地点。倒木を乗り越えたりするたびに体幹の重要さが分る。

17.2km地点。赤テープを探し探し下る。

17.2km地点。コースが不明瞭な区間。赤テープを探し探し下る。

17.6km地点。胸までの笹の藪こぎ。かすかに登山道と分る程度。夜露のせいで胸から下はびっしょりに濡れる。

17.6km地点。胸の高さまで茂った笹の藪こぎ。かすかに登山道と分る程度。夜露のせいで胸から下はびっしょりに濡れた。昨年の大会時もこんな感じでした。

17.7km地点。笹藪は続く。大会時も笹藪はこのままだと思う。構わず走り抜けるべし。

17.7km地点。笹藪は続くが、構わず走り抜けるべし。たまに足元に岩があるので注意。

18.2km地点。登山道と林道の交差点。林道ではなくまっすぐ進む。

18.2km地点。登山道と林道の交差点。林道ではなくまっすぐ進む。

18.4km地点。分岐点。大会ではまっすぐ進むが、試走される場合は、標識に従い登山道を右に入った方が良いと思う。理由はあとで。

18.4km地点の分岐点。大会ではまっすぐ進むが、試走される場合は、標識に従い登山道を右に入った方が良いと思う。理由はあとで。

18.5km地点。ゲレンデへ出る。晴れれば景色がいい場所。大会ではゲレンデの右端を下るが、登山道に入る箇所の標識がないため分り辛い。

18.5km地点。ゲレンデへ出る。晴れれば景色がいい場所。大会ではゲレンデの右端を下るが、登山道に入る箇所の標識がないため分り辛い。

18.8km地点。300m位ゲレンデを下った所。大会ではもちろん表示があるが、現在は表記は全くなし。目印になるのはこれだけ。かろうじて踏み跡があるだけ。迷ったら素直に、ゲレンデを登り返して、例の分岐まで戻り標識に従うこと。

18.8km地点。300m位ゲレンデを下った所。大会ではもちろん表示があるが、現在は表記は全くなし。目印になるのはこれだけ。かろうじて踏み跡があるだけ。迷ったら素直にゲレンデを登り返して、例の分岐まで戻り標識に従い登山道を行くと良いでしょう。

19.0km地点。笹藪あるが深くはなく下り基調で走りやすい区間が続く。

19km地点。笹藪あるが膝丈程度で深くはなく下り基調で走りやすい区間が続く。ここはしっかりと走りたい。

19.4km地点。小海町の町花サラサドウダンツツジの群生地。県の天然記念物。6月中旬から7月上旬が見頃らしい。きれいに整備されている。いくつか分岐があるが少しうろ覚えで遠回りしたかもしれない。基本下りを選べば間違いない。

19.4km地点。小海町の町花サラサドウダンツツジの群生地。県の天然記念物。6月中旬から7月上旬が見頃。見頃後のせいか、きれいに整備されている。いくつか分岐があるが少しうろ覚えで遠回りしたかもしれない。基本的には下りを選べば間違いない。

19.8km地点。登山道は終了。舗装路は右へ。稲子湯を目指す。

19.8km地点。登山道は終了。舗装路は右へ。稲子湯を目指す。

20.5km地点。緩やかな下りが続く。

20.5km地点。緩やかな下りが続く。

21km地点。八岳の滝前バスバス停。ここまでは下り。

21km地点。八岳の滝前バス停。ここまでは下り。

21.5km地点。八岳の滝前からは登り。

21.5km地点。八岳の滝前からは登り。

21.8km地点。みどり池入口に戻る。

21.8km地点。みどり池入口に戻る。

みどり池入口駐車場前の向い側に標識があり、稲子湯へ登山道に入る。

みどり池入口駐車場前の向い側に標識があり、稲子湯へ登山道に入る。

下りの登山道。

下りの登山道。

22km地点。登山道を出たら稲子湯へ舗装路を下る。

22km地点。登山道を出たら稲子湯へ舗装路を下る。

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22.7km地点。稲子湯を過ぎて、稲子湯前エイドに到着する。標高1,449m。コース最高点~エイド3間の累積標高差+23m、-686m。

23km地点。舗装路を下る。

23km地点。舗装路を下る。

23km地点。交差点を本沢温泉方面へ。ここからは登り。

23.5km地点。交差点を本沢温泉方面へ。ここからは登り。

24km地点。日中は日差しがある。周回を重ねると走れなくなる区間でもある。

24km地点。日中は日差しがある。周回を重ねると走れなくなる区間でもある。

25km地点。まだ登る。

25km地点。まだ登る。

27km地点。本沢温泉入口。駐車場に隅にエイドが設置される。

27km地点。本沢温泉入口。駐車場に隅にエイドが設置される。標高1,557m。エイド3~エイド4間の累積標高差+180m、-75m。

27.7km地点。分岐を左へ。往路は右からきた。

27.7km地点。分岐を左へ。往路は右からきた。

28km地点。ガレガレの区間。挫かないように足首のテーピングをお勧めします。

28km地点。ガレガレの区間。挫かないように足首のテーピングをお勧めする。

29km地点。走りやすい林道区間。

29km地点。走りやすい林道区間。

30.5km地点。

30.5km地点。

31.2km地点。林道を出て集落地へ。目の前には稲子登山口バス停。道路は左へ。

31.2km地点。林道を出て集落地へ。目の前には稲子登山口バス停。道路は左へ。

31.8km地点。交差点は右へ。

31.8km地点。交差点は右へ。

32.7km地点。

32.7km地点。

33.2km。FINISH地点の松原湖高原スケートセンターに着いた。お疲れ様でした。

33.2km。FINISH地点の松原湖高原スケートセンターに着いた。エイド4~FINISH間の累積標高差+20m、-448m。START~FINISH間の累積標高差+1,454m、-1,449m。お疲れ様でした。

今回の試走であらためて計算すると舗装路50.9%、林道29.2%、登山道19.9%の比率となった。舗装路の比率が約50%と高いことは好き嫌いが分かれると思うが、標高1,500mの豊かな自然中の舗装路は林道と言っても良いと思う。それを楽しめれば、完走に一歩も二歩も近づくことができる。
攻略のポイントは、
1.登山道のサーフェスが滑り易い苔生した岩石や根っこが多いためグリップの効いたシューズの選択が良い。
2.一部ガレにガレた林道がある。脚を挫かないための足首のサポーターは有効だと思う。
3.10月、標高2000m超を舞台としているので、夏装備では不十分。しっかりと悪天候と防寒の対策をして臨みたい。2年連続で大会時は雨が降っているので雨風を防ぐ悪天候対策は必須。前回、羽毛のダウンでは雨と汗でびちょびちょになり保温力が落ちたので、化繊のダウンがお勧め。日中と夜間、2000mの尾根上での暴風雨は凍えるくらいに寒かった。
4.トレッキングポールは周回の後半では有効なので、保険の意味でもドロップバッグに入れておくといいでしょう。

昨年の同大会を完走して、私は初めて100マイラーとなった。その思い出のレースで2年連続の完走を目指している。今回、あらためてコースを試走してみて、前回の感覚や感情の変化をリアルに思い起こすことができた。よくも完走出来たなあ、自分にそんな力があったんだという自分に対する驚きあったことが率直な試走の感想でした。一周32kmの5周回はやはりハードであることには変わりはない。ハードだからこそ、挑戦する価値があるのだと思いを新たにした。ハードでなければ、二回も走ろうとは思わない。
このblogが初めてこのコースに挑戦するランナーの多少でも参考になれば幸いです。いいレースとなることを信じて、残り2ヶ月間、一日一日を大切に、努力を積み重ねていきましょう。


KOUMI100試走 前半

こんにちは。

10月8日~10日に行われるOSJ KOUMI100に向けてコース試走してきた。

前半と後半に分けて、コースの様子を説明します。今年で第3回目とまだ歴史の浅いレースでもあり、ネット上の情報も多くないので参考になれば幸いです。

このレースの最大の特徴は32kmのコースを5周回すること。32km×5周回=160km=100mileのトレイルレースである。ハワイのオアフ島で行われるHURT100も5周回する100マイルレースであるが、それを参考したそうだ。

舞台は長野県小海町松原湖~稲子湯周辺。本格的な登山道を含み、林道と舗装路を上手く繋いで周回コースとしている。

試走にあたっての注意点は、地図やコンパスを持つこと。熊鈴を忘れないこと。集落地では熊鈴は鳴らさないこと。登山道に入るときは登山届けを出すこと。本沢温泉入口、稲子湯、みどり池入口で登山届けは提出できるので、都合のいい所で提出したい。最後に出来れば単独は避けてグループで試走して欲しい。

コースは前回大会をなぞっているつもりであるが、今年のコースは変更になることもあるのでご了承ください。また、SUUNTO WATCHで距離、標高を計測しているが、多少の誤差もあるため、距離、標高、累積標高差は参考程度に捉えてください。

周回毎のSTART・FINISH地点の松原湖高原スケートセンター。2015年大会では左奥の建物が休憩場所となった。暖が取れる仮眠所も設置された。スタートしたら左へ進む。

周回毎のSTART・FINISH地点の松原湖高原スケートセンター。標高1,127m。2015年大会では左奥の建物が休憩場所となった。暖が取れる仮眠所も設置された。スタートしたら左へ進む。

0.7km地点の橋を渡る。

0.7km地点の橋を渡る。

1km地点。左右に畑を見ながら農道を進む。緩やかな登り。

1km地点。左右に畑を見ながら農道を進む。緩やかな登り。

1.3km地点。交差点は左へ。集落地に向かう。

1.3km地点。交差点は左へ。集落地に向かう。

2.3kmの交差点を右へ。

2.3kmの交差点を右へ。

2.5km地点。舗装路からいよいよ林道へ入る。

2.5km地点。舗装路からいよいよ林道へ入る。

3.2km地点。分岐を左へ。すぐの橋を渡る。

4.0km地点。コンクリートの部分は勾配がきつい。

4km地点。コンクリートの部分は勾配がきつい。素直に歩くに限る。

5.0km地点。緩やかな登り。ゆっくりでも走りたい区間。

5km地点。緩やかな登り。ゆっくりでも走りたい区間。

5.5km地点。プレハブ小屋の先に分岐あるがまっすぐ行くこと。

5.5km地点。プレハブ小屋の先に分岐あるがまっすぐ行くこと。

6.0km地点。

6km地点。

6.5km地点

6.5km地点

7.0km地点。美しい林が続く。

7km地点。美しい林が続く。

7.4km地点。往路と復路の分岐点。往路は右に。

7.4km地点。往路と復路の分岐点。往路は右に。

7.5km地点。

7.5km地点。

8.0km地点。林道から八ヶ岳林道と呼ばれる舗装路へ出る。出た所は本沢温泉入口駐車場となっており、隅の方に最初のエイドが設置される。舗装路は稲子湯方面へ下る。

8km地点。八ヶ岳林道と呼ばれる舗装路へ出る。そこは本沢温泉入口駐車場で、2015年大会では隅の方に最初のエイドが設置された。舗装路は稲子湯方面へ下る。標高1,553m。START~エイド1間の距離8.0km。累積標高差+475m、-44m。

9.0km地点。

9km地点。

10.0km地点。まだまだ下る。脚を温存しながら下るように注意したい。

10km地点。まだまだ下る。脚を温存しながら下るように注意したい。

11.4km地点。交差点を左へ稲子湯方面へ。

11.4km地点。交差点を左へ稲子湯方面へ。

12.0km地点。稲子湯まで緩やかな登りが続く。

12km地点。稲子湯まで緩やかな登りが続く。

12.4km地点。稲子湯の手前のちょっとしたスペースに稲子湯前エイドが設置される。

12.4km地点。2015年大会では稲子湯の手前の駐車スペースに稲子湯前エイドが設置された。標高1,439m。エイド1~エイド2間の距離4.2km。累積標高差+68m、-183m。

13.0km地点。写真撮るのを忘れたが稲子湯にはキレイな公衆トイレあり。自販機もある。稲子湯からみどり池入口まで舗装路を登る。

13km地点。写真撮るのを忘れたが稲子湯にはキレイな公衆トイレあり。自販機もある。稲子湯からみどり池入口まで登る。

13.4km地点のみどり池入口。バス停右手からシャクナゲ尾根への登山道に入る。

13.4km地点のみどり池入口。バス停右手からシャクナゲ尾根への登山道に入る。

13.5km地点。

13.5km地点。赤テープは要所要所にある。

13.8km地点。一旦林道へ。右へ。

13.8km地点。一旦林道へ出る。表示に従い右へ。

14.0km地点。再び登山道へ。

14km地点。シャクナゲ尾根に向けて、再び登山道へ。

14.5km地点。登山道に入り走れる箇所はない。

14.5km地点。シャクナゲ尾根の登山道は走れる箇所はほとんどない。倒木が多いが、有り難いことに手入れは適度にされている。

14.7km地点。シャクナゲ尾根だけにシャクナゲが多い。

14.7km地点。シャクナゲ尾根だけにシャクナゲが多い。

15.0km地点。張り出した根っこ。雨が降ればこれが滑る。

15km地点。張り出した根っこ。雨が降れば根っこや岩がズルズルと滑る。グリップの効くシューズ選びがポイントになる。

15.0km地点、特に危険な箇所はないが、要所にはトラロープあり。

15km地点、コース上全体に、特に危険な箇所はないが、要所にはトラロープあり。

八ヶ岳らしい美しさ。

八ヶ岳らしい美しさ。

15.5km地点。赤テープを目印に進む。2015年大会では、夜間はこのテープを見逃さないように。大会時は要所にLEDライトが設置された

15.5km地点。

16.0km地点。そろそろコース最高地点。

16km地点。そろそろコース最高地点。

16.2km地点。コース最高地点。ニュウの山頂は踏まず、白樺尾根を下る。

16.3km地点。コース最高地点。ニュウの山頂は踏まず、白樺尾根を下る。樹林帯の中で残念ながら眺望はない。標高2,113m。エイド2~コース最高点間の距離2.9km。累積標高差+683m、-13m。

 後半に続く。


おんたけウルトラ100kでサブ14

2016年7月16、17日、長野県木曽郡王滝村で行われたOSJおんたけウルトラトレイル100kmに出場してきた。今回の目標はサブ14。つまり14時間以内の完走。それはサブ14の達成者のみに与えられる同レースのエリート部門である100マイルへの挑戦権を得ることを意味する。
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2年前、初めて挑んだこのレースでは、延々と続くガレガレの林道で膝を壊してしまった。痛みに耐え抜いての完走だった。100kmウルトラトレイルへの初めての挑戦は悔しさの残る結果だった。その悔しさを糧に昨年のOSJ KOUMI100や今年の野辺山ウルトラマラソン100kmといった超長距離に照準を合わせて、経験を積み重ねてきた。今年、このレースでサブ14を達成して、来年、同レースの100マイルにチャレンジしたいとチーム仲間に公言していた。それは自分に言い訳をしないように覚悟を固めるためでもあった。そんな覚悟でガチで臨んだこのレースだった。

16日午後4時、チームメイトとマイカーで現地入り。会場となる松原スポーツ公園に設置されたスタートゲートを目にする。ようやくここに帰ってきた。2年前のレースを思い出して、熱い思いが込み上げてきた。受付、出店ブースでの買物、装備の準備などで時間を潰す。早々とチームメイトと夕飯を取る。午後8時の100マイルのスタートを見送った後、車中で仮眠を取った。アドレナリンが出ているためか熟睡することはなかった。午後10時半に起床。着替え、トイレ、荷物預けと慌しく行い、開会式と競技説明に臨んだ。1000名を超える群衆の中、スタート位置に比較的近いポジションに滑り込むように並んだ。競技説明では関門距離が変わったことがアナウンスされた。

午前0時、真っ暗闇の中をスタートする。5kmのロードを経て林道に入る。林道なので道幅があるため渋滞はない。この区間の上りでは最大心拍数の80%を前後するペースを維持することを意識した。走りのリズムの合いそうなペーサーを見つけて、適度に距離を取りながら引っ張ってもらう。夜間走のトラップのひとつ林道を横切るラバーに何度か足を引っ掛けて転びそうになる。35km地点の第一関門は4時間30分で通過。序盤で計画に対して22分の貯金。エイドではおにぎり、バナナやパワーバーなどが提供されたがバナナ約半分のみを取った。

第二関門の66km地点に向かう。アップ&ダウンの続くコースの厳しさは変わらない。延々と続くガレた林道。既視感のある幾つものコーナーを回る。これが限りなく繰り返される。見通しが利く所では、延々と続く山麓の林道に蟻のように小さく動いているランナーの姿が見える。あそこまで行くのか、あんな所まで上るのかと挫けそうになる。周りのランナーに合わせるように上りは歩いた。歩きの遅れを取り戻すために下りを飛ばす。これが良くなかった。下りで脚を酷使したことで脚は終わりかけ、心も折れかけていた。おまけに雨が降ってきた。細かい雨ならミストというように軽く捉えることができるが本降りになった。体が冷え始める。辛い、辛いと超ネガティヴモードになり始めていた。泣きたくなる位に疲労困憊していた。こんなんでサブ14出来るのか?折れかけた気持ちを何とか奮い立たせる。何しにお前はここに来たのか?サブ14をやるんだろ!諦めて目標未達で終わらせるのか?自分に負けて悔しくないのか?チームメイトに公言していただろ!応援してくれた人たちにどの面下げて会うのか?ここが頑張り所だろ!諦めるな!何度も自問自答を繰り返した。

第二関門には、8時間58分着。計画に対して15分の貯金。区間タイムは4時間28分。なんとか計画に対して7分遅れでこの区間を凌いだ。ここでスタート時に預けたドロップバッグを受け取ることができる。雨の中、ゆっくりと休むこともできず、急いで補給食や不要となったライトなどをバックパックに入れ替え、携帯していたレインウェアの上着のみを着た。ドロップバッグに入れていたコーラとレッドブルを数口飲んでリフレッシュする。食欲は湧かなかった。カステラなどの固形物はドロップバッグに入れたままにした。代わりに食べやすいウェーダーインゼリーとフルーツゼリーだけを取る。合わせて380kcal超の補給となった。トイレの列待ち中に到着したばかりのトレイル鳥羽のサクさんに出会う。彼もサブ14を目指すラン仲間の1人だ。ラン仲間に会った安堵感からか「脚が終わった。キツイっす!」と思わず、弱音を吐いてしまった。「みんな下りを飛ばし過ぎだよ、それだと足が終わるよね」とサクさんから言われた。全くもってその通り、あなたは正しい。一度ネガティヴな意識に囚われた窮地を脱するには、こうした一言が切っ掛けになる。

残り34km、計画では4時間47分。まだ15分の貯金はあるものの決して安心できるアドバンテージではない。気持ちを切り替える。ここからは上りも走れる限り走り、下りはペースを押さえて走る方法を取ることに決めた。上りを走るといっても足に疲れが溜まり思うように走れないため、あのコーナーのミラーまで走り、その後あの木や岩まで歩こうと決め、まるで短いインターバル走を繰り返しながら上る。これで走りのリズムを取り戻した。下りで足を温存しつつ、オーバーペースとなることなく淡々と次の関門目指して進む。ランナーを何人かパスする。「リズム!リズム!1、2、1、2、右、左、右、左、頑張れ!頑張れ!」と自然と言葉を発していた。少しずつでも前に前にと進むのみ。この区間は最も集中力が高まった。超長距離レースでは必ず復活する時があるが、正にそれがこの区間で起きた。

第三関門の81km地点には、10時間59分着。計画に対して25分まで貯金を増やした。区間タイムは2時間01分。エイドでは特製そうめんをいただいた。甘ったるいジェルを1時間毎に取り続けて、飽きていたので塩っぱい麺汁が美味かった。ここからは上りを2つ経て、後は下りのみとなる。例のインターバル走で進むが先程までの走りに粘りはない。最後の下りには脚はもうほとんど残っていなかった。サブ14の目標達成が見えていたから安心してしまい、完全に集中力も途絶えた。最後のロード区間も走りと歩きを繰り返す。松原スポーツ公園の大きな屋根が見えて来た。もう少しだ。ラスト1kmの表示。軽い上りなのに辛い。それを何とか凌ぎ、遂にフィニッシュを迎えた。リザルトは13時間34分18秒。目標としていた14時間以内の完走をやり遂げた。同レースの100マイルへの挑戦権を得ることができた。ただ、目標を達成した嬉しさよりも苦しさから解放された安堵感の方が大きかった。
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自身2回目のこのレース、今回もやはり辛くて、何度も挫けそうになった。何とか持ち堪えられたのは、サブ14を成し遂げたいという思いをかろうじて切らさなかったからだと思う。目標タイムを目指して、プッシュし続けなければならないのは辛いものがあった。完走時に感じた安堵感も、目標タイムのプレッシャーから解放されたからだと思っている。とは言っても、辛さや苦しさをなんとかして乗り越えていくのが楽しいから、この超長距離の競技にのめり込んでいるんですけどね。さらに鍛え直して、来年は念願の同レースの100マイルにチャレンジします。大会関係者や出場者の皆さん、素敵な思い出をありがとうございました。来年も宜しくお願いいたします。


野辺山ウルトラ初完走も・・・

2016年5月22日(Sun)
初挑戦の野辺山ウルトラマラソン100kmは無事に完走出来た。
感想を一言で言えば、精も根も尽きた。それほどに野辺山ウルトラに打ちのめされた。

このレースの正式名は星の郷八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソン。今回、100、71、42kmの部合わせて過去最高の3,357名のエントリーがあった。

 特徴は、前半に林道トレイル、後半に馬越峠という2つの難所があること。平らな所はほとんどなく、常に登っているか下っているかのどちらかで、累積標高差は2000mを超える。国内屈指の難コースであるため、野辺山を制する者はウルトラを制するとも言われている。

 また、35km地点の稲子湯、42km地点の八峰の湯、71km地点の滝見の湯と3つの温泉があり、レース中に入浴することができるが、7つの関門と14時間という制限時間はそんな余裕は全く与えてはくれない。
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 アーリーエントリー1,000名には、星空の日本三大名所である星の郷という名に相応しい星形のグロウのプリントがなされた派手なプリントTが配布された。

 野辺山ウルトラに臨むにあたって、それなりにトレーニングは積んできたつもりだった。直近100日間で計1,000kmの走り込みをしてきた。レースペースでの30km走を基本に、都内近郊の峠へ通いアップダウンの激しいコースを想定したトレーニングも積んできた。

 サブ12を目指したが、記録は13時間10分31秒。100kmの部の男性で完走1,257名中679位。上位から54%。目標より1時間10分ほど遅かった。

 午前5時、100、71、42kmの部の全員が一斉にスタートする。9km地点から林道トレイルに入る。トレイルランナーの私としては林道トレイルのある前半の42kmまでの区間が景色も良く、最も楽しめた。コース最高地点1,906mは、この林道トレイル区間にある。40km地点までは順調で、サブ12時間の目標ペース通りだった。
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中盤の42~71km地点は山間部の町村のロードを走る。気温も上がり、ロード区間は日陰も少なく、直射日光が肌を焼く。暑さのため、脱水症の症状に見舞われた。眩暈と吐き気。エイド毎での水分補給と頭から水を被り暑さを凌いだが、徐々にエイドでの休憩も長くなり、歩く時間も長くなっていた。次のエイドまで平均5kmほどの距離があるが、頭から被った水は、その間にすっかり渇いてしまう。暑さと日焼け対策が不十分だった。ハンドボトルを持ってこなかったことを後悔したが、最終的には持参した小銭のお陰で自動販売機で飲料水を購入できた。ペットボトルを手に持ったまま、ゴールまで40kmあまりを走ることになった。また、濡らしたタオルを首に巻いていたが、途中から日差しを防ぐために、二等兵帽のように首の後ろに垂らして暑さを凌いだ。

 エイド毎の水かぶり、濡らしたタオル、小銭が無かったら、暑さに耐えられず完走できなかっただろう。

 そして、後半。71kmからの最大の難所、馬越峠越え。標高1,620mまで、490mの登り。距離は5km程だが、70kmを走ってきてのこの登りがキツかった。電信柱3つ分走ったら2つ分歩くというように、走りと歩きを交えて峠の登りを凌いだ。周りのランナーのほとんどが歩いていたと思う。峠を登りきった後は下ることになるが、これがまた、登り以上に急勾配で膝の負担が大きかった。膝の痛みに耐え切れず、下った先のエイドで今回2錠目の痛み止めを投入。以降、大して投薬効果は見られず、走りと歩きの間に立ち止まって膝裏のストレッチを入れなければならなかった。

 残り10km。だらだらとした登りが続く。先が見通せるだけに、ここで気力、体力を完全に奪われ、情けないことに歩きの方が多くなった。最後の1kmはありったけの気力を振り絞り走り抜いたが、フィニッシュ後は魂が抜けたようにフラフラだった。

 100kmの部の男性の完走率は前年差マイナス9.9ポイントの59.8%。女性の完走率は同じくマイナス3.3ポイントの51.6%。気温が前年よりも高かったことで完走率が大きく下がったと思われる。

 国内屈指の難コースという表現は決して大袈裟ではなく、心身共にボロボロにされた。辛うじて完走は出来たものの、精根尽きるほどに消耗させられたということで悔しい気持ちしかない。さらに成長するには、負けを知ることも肝要だ。悔しさをバネにするということだ。今回は潔く、野辺山ウルトラへの完敗を認めざるを得ない。来年、再度、野辺山ウルトラにエントリーし、今回の雪辱を果たしたいと思いを強くした。