チャレ富士ウルトラ71km、サブ7ならず

フルマラソンの大会がひと段落する4月からウルトラマラソンにチャレンジするランナーも少なくないと思う。私もそんなランナーのひとり。

4月23日(日)、第27回チャレンジ富士五湖 ウルトラマラソンを走ってきた。

この大会にはFUJI 5 LAKES 118km、4 LAKES 100km、3 LAKES 71kmと3つのカテゴリーがある。私が選択したのは3 LAKES。富士山北麓の景勝地 富士五湖のうちの河口湖、西湖、精進湖の3湖を巡る。距離71km、制限時間11時間、ほぼ5km間隔にある19のエイドを繋ぎ、5つの関門を突破していく。
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ウルトラマラソンを走る行為は常人には理解しがたいのかもしれない。周りに話せば、引かれて変態呼ばわりされる。それはウルトラランナーにとって最高の褒め言葉ではあるが・・。今回、3つのカテゴリーに総勢4459名もの応募があった。日本一の規模らしい。

レース展開を振り返っておこう。午前7時、富士北麓公園をスタート。最初の5kmで150m下って、次の5kmで175m上り返す。10km過ぎから河口湖までの10kmで225m下る。富士山の裾野の広大さを感じさせる長い下り坂。この下り坂で胃が揺らされたからだろうか、20km辺りから急に胃が痛み出した。ペースを上げると鈍い痛み。脇腹を押さえながら、仕方なくペースダウン。30km過ぎた辺りから痛みが酷くなったため、胃腸薬を服用。薬が効き始めた50kmまでは胃痛との戦いが続いた。しまいにはお腹PPになって、トイレを見つけては駆け込むこと計7回。目標からはすでに20分以上の遅れ。後半は更に膝、股関節など色んな所が痛み出した。河口湖の市街地からゴールまでは約7kmの上り坂。ここが辛かった。胃をやられた坂を上り返して、富士北麓公園でフィニッシュを迎えた。

 記録7時間36分32秒。

 サブ7を狙っていたが未達に終わった。胃腸トラブルと7回のトイレ休憩がなかったとしてもその達成は難しかったのかもしれない。ウルトラは身体の一番弱いところを逃さず突いてくる。例えば、古傷だったり、直前に痛めた箇所だったりするが、私の場合は胃腸。今回も胃腸トラブルに見舞われた。会心といえるような走りはいつになったらできるのであろうか。

 ウルトラは長距離なので、長時間、自己と向き合うことを求められる。雲のように色々なことが心に浮かんでは消えていく。心を空っぽにして走りたいが、それが出来ない。胃が痛い、膝が痛いなどと内側に思考を向け過ぎると、もう駄目だ、走れないとネガティヴな思考に支配される。パッと気持ちが切り替えられる人もいるのだろうが、自分はあまりそういったことが得意ではない。ネガティヴな思考の状態が続くと暗黒面に落ちそうになる。抵抗する気力が徐々に削がれ、最後には心が折られてしまう。

 なにものにも捉われずに、ただひたすら前へ前へと進むこと。一歩一歩の積み重ねがゴールに向かうただ一つの方法であること。生きるための原理原則に身体をもって気付かされる。長時間、自分と向き合うウルトラマラソンには自己との対話による気付きがある。これが、ウルトラマラソンが精神性の高いスポーツといわれる所以なのであろう。目標は未達であったが、気付きが得られたレースでした!


ONTAKE100マイルのエントリー決定

2017年夏、最も楽しみにしていたレース、OSJ ONTAKE100マイルの部への挑戦が決まった。

2月3日正午、ランネットを通じてエントリーしたが、アクセスが集中したため、なかなかエントリー画面が表示されない。心臓は激しく鼓動するわ、緊張で入力する手は震えるわで、ようやくエントリーできた時には、年甲斐もなく思わず歓声を上げてしまった。ランネットは20分余りでエントリー締切となったらしい。早い者勝ちという公平なシステムではあるが、過熱する一方のクリック合戦には毎回ウンザリさせられる。

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OSJ ONTAKE100は、旧大会名OSJおんたけウルトラトレイル100K。今年から改称された。長野県木曽郡王滝村、御嶽山山麓に広がる国有林の林道を活用したトレイルランニングレースで、100㎞と100マイルの部がある。100マイルの部は過去のこのレースの100㎞の部で14時間以内の完走者だけがエントリー資格を得ることができる。

このレースの100マイルの部を目標にしたのはいつからだろう?初めて100マイルを完走して、夢の100マイラーとなったのが、2015年10月。舞台はKOUMI 100、ONTAKE 100と同じOSJがオーガナイズする100マイルレースだった。その後、次第に、日本国内の100マイルレースを全て完走してみたい、生涯かけて100マイル・グランドスラムを達成してみたいと夢を抱き、発展させてきた。昨年の100㎞の部で、無事にサブ14を達成し、100マイルの部への権利を獲得した。そして、今年、ようやくチャンレジできる。2年かけて、100マイルの部を目標にしてきただけに、エントリーが決まっただけでも、嬉しくて涙が出そうだった。この夏、もう一つの夢を叶えるため、しっかりと準備して臨もうと誓いを新たにした。

 


期限付きの夢サブ3

ランニングを始めたころに抱いた2つの夢がある。

それは100マイルのウルトラトレイル完走とフルマラソンでサブ3を遂げることだ。
前者は2015年に夢を果たした。残るは後者のみ。

 夢を夢のままにしておくか、それとも、夢を期限付きの目標にして実現させるかどうかは自分次第。何かをいつかはやりたいと思っていても実際に実現させる人は限られているんではないだろうか。いつかやろう、いつかやろうと期限も決めずにどんどんと先延しにはしたくない。いま行動を起こさなければ、加齢により達成の難易度は日に日に高くなっていく。50代中老の私にはそんなに時間は残されていない。夢や希望に溢れた20代、30代とは違って、40代、50代ともなると持つべきものは夢ではなく目標。そして、目標を達成するために必要なものは明確で綿密な計画。

 私のフルマラソンのPBは3時間25分台。2016年3月の記録。サブ3には25分の開きがある。一度にこの差を詰めるのは容易ではないだろう。来年3月の“古河はなももマラソン”を本命レースに定めた。まずは、頑張れば手が届きそうな水準に目標を設定した。

目標はサブ315。

PBから約10分の短縮。あまりにも高い目標を設定してしまうと目標と現実の差に怖気づいてしまって、目標にチャレンジする気持ちが失せてしまう。これを避けるための現実的な目標設定。高過ぎず、低過ぎず、適切なラインに目標を設定するのがポイント。着実に一歩一歩、期限付きの夢に近づきたい。


KOUMI100試走 後半

前半に続き、OSJ KOUMI100コース試走の後半。

16.5km地点。白樺尾根の登山道をふさぐ大きな倒木。こういったのが増え始める。

16.5km地点。白樺尾根の登山道をふさぐ大きな倒木。こういった障害物が増え始める。

17.0km地点。倒木を乗り越えたり、くぐったり。

17km地点。倒木を乗り越えたりするたびに体幹の重要さが分る。

17.2km地点。赤テープを探し探し下る。

17.2km地点。コースが不明瞭な区間。赤テープを探し探し下る。

17.6km地点。胸までの笹の藪こぎ。かすかに登山道と分る程度。夜露のせいで胸から下はびっしょりに濡れる。

17.6km地点。胸の高さまで茂った笹の藪こぎ。かすかに登山道と分る程度。夜露のせいで胸から下はびっしょりに濡れた。昨年の大会時もこんな感じでした。

17.7km地点。笹藪は続く。大会時も笹藪はこのままだと思う。構わず走り抜けるべし。

17.7km地点。笹藪は続くが、構わず走り抜けるべし。たまに足元に岩があるので注意。

18.2km地点。登山道と林道の交差点。林道ではなくまっすぐ進む。

18.2km地点。登山道と林道の交差点。林道ではなくまっすぐ進む。

18.4km地点。分岐点。大会ではまっすぐ進むが、試走される場合は、標識に従い登山道を右に入った方が良いと思う。理由はあとで。

18.4km地点の分岐点。大会ではまっすぐ進むが、試走される場合は、標識に従い登山道を右に入った方が良いと思う。理由はあとで。

18.5km地点。ゲレンデへ出る。晴れれば景色がいい場所。大会ではゲレンデの右端を下るが、登山道に入る箇所の標識がないため分り辛い。

18.5km地点。ゲレンデへ出る。晴れれば景色がいい場所。大会ではゲレンデの右端を下るが、登山道に入る箇所の標識がないため分り辛い。

18.8km地点。300m位ゲレンデを下った所。大会ではもちろん表示があるが、現在は表記は全くなし。目印になるのはこれだけ。かろうじて踏み跡があるだけ。迷ったら素直に、ゲレンデを登り返して、例の分岐まで戻り標識に従うこと。

18.8km地点。300m位ゲレンデを下った所。大会ではもちろん表示があるが、現在は表記は全くなし。目印になるのはこれだけ。かろうじて踏み跡があるだけ。迷ったら素直にゲレンデを登り返して、例の分岐まで戻り標識に従い登山道を行くと良いでしょう。

19.0km地点。笹藪あるが深くはなく下り基調で走りやすい区間が続く。

19km地点。笹藪あるが膝丈程度で深くはなく下り基調で走りやすい区間が続く。ここはしっかりと走りたい。

19.4km地点。小海町の町花サラサドウダンツツジの群生地。県の天然記念物。6月中旬から7月上旬が見頃らしい。きれいに整備されている。いくつか分岐があるが少しうろ覚えで遠回りしたかもしれない。基本下りを選べば間違いない。

19.4km地点。小海町の町花サラサドウダンツツジの群生地。県の天然記念物。6月中旬から7月上旬が見頃。見頃後のせいか、きれいに整備されている。いくつか分岐があるが少しうろ覚えで遠回りしたかもしれない。基本的には下りを選べば間違いない。

19.8km地点。登山道は終了。舗装路は右へ。稲子湯を目指す。

19.8km地点。登山道は終了。舗装路は右へ。稲子湯を目指す。

20.5km地点。緩やかな下りが続く。

20.5km地点。緩やかな下りが続く。

21km地点。八岳の滝前バスバス停。ここまでは下り。

21km地点。八岳の滝前バス停。ここまでは下り。

21.5km地点。八岳の滝前からは登り。

21.5km地点。八岳の滝前からは登り。

21.8km地点。みどり池入口に戻る。

21.8km地点。みどり池入口に戻る。

みどり池入口駐車場前の向い側に標識があり、稲子湯へ登山道に入る。

みどり池入口駐車場前の向い側に標識があり、稲子湯へ登山道に入る。

下りの登山道。

下りの登山道。

22km地点。登山道を出たら稲子湯へ舗装路を下る。

22km地点。登山道を出たら稲子湯へ舗装路を下る。

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22.7km地点。稲子湯を過ぎて、稲子湯前エイドに到着する。標高1,449m。コース最高点~エイド3間の累積標高差+23m、-686m。

23km地点。舗装路を下る。

23km地点。舗装路を下る。

23km地点。交差点を本沢温泉方面へ。ここからは登り。

23.5km地点。交差点を本沢温泉方面へ。ここからは登り。

24km地点。日中は日差しがある。周回を重ねると走れなくなる区間でもある。

24km地点。日中は日差しがある。周回を重ねると走れなくなる区間でもある。

25km地点。まだ登る。

25km地点。まだ登る。

27km地点。本沢温泉入口。駐車場に隅にエイドが設置される。

27km地点。本沢温泉入口。駐車場に隅にエイドが設置される。標高1,557m。エイド3~エイド4間の累積標高差+180m、-75m。

27.7km地点。分岐を左へ。往路は右からきた。

27.7km地点。分岐を左へ。往路は右からきた。

28km地点。ガレガレの区間。挫かないように足首のテーピングをお勧めします。

28km地点。ガレガレの区間。挫かないように足首のテーピングをお勧めする。

29km地点。走りやすい林道区間。

29km地点。走りやすい林道区間。

30.5km地点。

30.5km地点。

31.2km地点。林道を出て集落地へ。目の前には稲子登山口バス停。道路は左へ。

31.2km地点。林道を出て集落地へ。目の前には稲子登山口バス停。道路は左へ。

31.8km地点。交差点は右へ。

31.8km地点。交差点は右へ。

32.7km地点。

32.7km地点。

33.2km。FINISH地点の松原湖高原スケートセンターに着いた。お疲れ様でした。

33.2km。FINISH地点の松原湖高原スケートセンターに着いた。エイド4~FINISH間の累積標高差+20m、-448m。START~FINISH間の累積標高差+1,454m、-1,449m。お疲れ様でした。

今回の試走であらためて計算すると舗装路50.9%、林道29.2%、登山道19.9%の比率となった。舗装路の比率が約50%と高いことは好き嫌いが分かれると思うが、標高1,500mの豊かな自然中の舗装路は林道と言っても良いと思う。それを楽しめれば、完走に一歩も二歩も近づくことができる。
攻略のポイントは、
1.登山道のサーフェスが滑り易い苔生した岩石や根っこが多いためグリップの効いたシューズの選択が良い。
2.一部ガレにガレた林道がある。脚を挫かないための足首のサポーターは有効だと思う。
3.10月、標高2000m超を舞台としているので、夏装備では不十分。しっかりと悪天候と防寒の対策をして臨みたい。2年連続で大会時は雨が降っているので雨風を防ぐ悪天候対策は必須。前回、羽毛のダウンでは雨と汗でびちょびちょになり保温力が落ちたので、化繊のダウンがお勧め。日中と夜間、2000mの尾根上での暴風雨は凍えるくらいに寒かった。
4.トレッキングポールは周回の後半では有効なので、保険の意味でもドロップバッグに入れておくといいでしょう。

昨年の同大会を完走して、私は初めて100マイラーとなった。その思い出のレースで2年連続の完走を目指している。今回、あらためてコースを試走してみて、前回の感覚や感情の変化をリアルに思い起こすことができた。よくも完走出来たなあ、自分にそんな力があったんだという自分に対する驚きあったことが率直な試走の感想でした。一周32kmの5周回はやはりハードであることには変わりはない。ハードだからこそ、挑戦する価値があるのだと思いを新たにした。ハードでなければ、二回も走ろうとは思わない。
このblogが初めてこのコースに挑戦するランナーの多少でも参考になれば幸いです。いいレースとなることを信じて、残り2ヶ月間、一日一日を大切に、努力を積み重ねていきましょう。


さようなら、UTMF!また、よろしくね、KOUMI100!

5月6日、ランネットからウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)の二次先着申し込みのメールが来た。

当選者の未入金が多数出たため、国内在住落選者を対象に5月7日0時から募集人数UTMF50名、STY80名の二次先着申込を行うとのこと。

遡ること4月1日。UTMFの3年連続落選が分かった時。

君はまだまだUTMFを走ることは許されない!出直して来い!といわれているように感じ、凹んだ。

落ち込んだ気持ちはすぐに切り替えなければならない。すぐにもう1つの100マイルレースのOSJ KOUMI100にエントリーした。

昨年完走した同じレースになんで出るのか?

KOUMI100完走記に書いた通り、昨年のこのレースはペーサーのお陰で完走できたといえる。逆にいえば、ソロだったら完走できなかっただろう。

ペーサーに手厚くサポートされながら走っていて、ソロで走る他のランナーたちに後ろめたさのようなものを感じていた。ペーサーはルールで認めらているから、ずるしたわけでもなんでもない。卑下することは何もないはずなんだが。

なぜ、後ろめたさを感じたのか?

それは、私にはひとりではできないこと、つまり、ソロでの完走を成し遂げようとしているランナーたちの姿が眩しく輝いて見えていたからにほかならない。ソロで走った者、全てに尊敬の念を抱いた。次の機会があれば絶対にソロでKOUMI100を完走したいと思っていた。次なるチャレンジはソロで100マイルを走り切り、鉄の心を手に入れること。これしかない。だから次はソロでエントリーしようと思った。単なる負けず嫌いなだけだ。

5月6日にUTMFの二次先着申し込みの連絡を受た時には、すでにKOUMI100への エントリーの決意を固めていたので迷いはなかった。UTMFの二次先着申し込みは見送ることにした。

現実的にも、UTMFが2016年9月23~25日、KOUMI100が10月8~10日と間隔は2週間しかない。2週間あればコンディションは回復できるという猛者もいるが、私の場合はこれまでのウルトラ・ディスタンス・レースの経験から少なくとも1カ月以上レース間隔を空けないと、ベストなパフォーマンスにはほど遠いと思っている。50歳の初老なので回復が遅いんです。
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今回もUTMFの挑戦は叶わなかった。UTMFにはつくづく縁がない。人気があるから仕方がない。2013年のSTY完走が遥か遠い遠い思い出となって色褪せてしまった。

さようなら、UTMF!また、よろしくね!KOUMI100!


私が100マイルを走る理由

こんにちは。久しぶりのblog更新です。

いよいよ、9月25日~27日の3日間、ウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)が開催される。出場される方は様々な思いを込めてレースを走ると思う。皆様の思い出に残るレースとなることを祈願しています。

私の方は、10月9日〜11日に八ヶ岳東部の松原湖~稲子湯周辺で行われる100マイルレース「OSJ KOUMI100」にエントリーしている。トレイル、林道、舗装路と程よくミックスされた32kmの周回コースを5周回する。制限時間36時間、累積標高は8945mと国内屈指のハードコース。私の初めての100マイルレースでもある。

何故、100マイルレースを走るのか?何を目指しているのか?

良く聞かれることでもあるので、レースを前に振り返って、あらためて記しておきたい。完走への自らの覚悟を決めるために。

そもそも、トレイルランニングの100マイルレースは欧米においてはウルトラ・ディスタンス・レースのひとつのスタンダードである。マラソンにおいて42.195kmがひとつのスタンダードであるのと同様に。欧米ではメジャーな100マイルレースがたくさんあるが、2015年の現時点、日本ではUTMF、OSJおんたけウルトラトレイル100マイル、OSJ KOUMI100と三つしかない。

私はこれまで、ハセツネ、STY、おんたけウルトラトレイル100kmなど70km超の複数のレースを完走してきた。そうは言っても、私はエリートランナーでもなんでもなく、いち市民ランナーなので自慢できるような記録はひとつもない。多くのウルトラトレイルランナーがそうであるように、いつしか100マイルレースを意識するようになった。

初めての100マイルレースは、UTMFを走りたいと思っていた。世界最高峰のトレイルランニングレースと言われるUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)の姉妹大会であり、日本一の富士山の山麓を一周するコースに魅力を感じていたから。しかし、2年連続で抽選に漏れた。どんなレースでも落選するとモチベーションが下がる。神様に100マイルレース完走への覚悟を試されているように感じた。自分に100マイルレースに資するだけの実力があるのか?完走する自信があるのか?何度も、自問し続けてきた。一か月以上、悩みに悩んだ。私の50歳の節目でもあり、100マイルレースへチャレンジしたいと最終的に気持ちを固め、抽選無しでエントリーできるOSJ KOUMI100にエントリーすることにした。覚悟を決めるのには勇気が要る。ロングになればなるほどレースの辛さは増し、難易度はさらに高くなるからだ。正直言おう、今でも葛藤はあるし、不安は消え去ることはない。恐怖すら感じている。

レースに向けて必要なトレーニングプランを立案し地道に実行していった。完走するためには走力を磨くことが必要条件になる。でも、走力だけでは完走は叶わない。ギアの選択から始まり、レース時の体調管理、ペース配分、水やジェルなどの食事の補給管理、天候、気温などの外的環境への対応、膝の痛み、思わぬ怪我などのトラブルへの対応など、様々な状況に適切に対応しなければ、100マイルレースの完走は叶わない。これまでのレース経験で嫌と言うほど身に染みてきた。走力だけでなく、様々な状況に適切に対応する力が問われるところにウルトラ・ディスタンス・レースの面白さがあると私は思う。

ロングになればなるほど、本当にいろんなことが自分の身に起きる。筋肉痛、関節痛、足のマメ、脚の攣り、全身疲労、転倒による擦り傷、出血なんてこともある。内臓疲労から食欲不振、吐き気、嘔吐、下痢。補給管理が滞り、ハンガーノックや脱水症状になることもある。天候や気温への対応を誤れば、低体温症、熱中症のリスクが高まる。一昼夜を活動すれば、眠気が襲ってくる。幻覚、幻聴さえもあるらしい。厳選したギアが正常に機能しないこともありえる。メンタル面では、弱気、現実からの逃避、葛藤、後悔、関門のプレッシャーなんてものもある。いくつでも挙げられる。これらの様々な状況を受け入れ、懸命に対処しながら、自らの身体に鞭打ち、必死に完走を目指す。これがまるでゲームのように楽しいんです。難易度が高くなればなるほど、そのゲーム性は増し、楽しさが増すんです。この辺の感覚はどMかもしれない。もちろん、ロングレースであるため、心身的には辛い。どうしようもなく辛い時もある。でも、困難を乗り越えなければ、このゲームには勝てない。このゲームに勝つには、いかに自分を適切にマネジメントして、自分に克ち続けることが絶対条件になる。

完走のためには、自分に克つこと。自分に克つと心に誓うこと。
この言葉に尽きるのではないかと思う。

100マイルレースでは、長時間に渡り、自分と向き合い、自分に克つことが求められる。その間、実にいろんなことが、自分の身に起きる。これらを全て受け入れ、懸命に対処しながら、必死に完走を目指す。これって、まるで人生の縮図のように感じるときがある。濃密な時を過していることになる。マラソンを人生にたとえるランナーもいるが、そうであれば、ウルトラ・ディスタンス・レース、こそ、まさに人生そのものかもしれない。スタート地点に立つまでも含め、ゴールを目指す全ての過程によって、心身が磨かれ、心身が強くなるスポーツであるとも思っている。困難な状況であればあるほど、それを乗り越え、完走を果たしたとき、大きな達成感が得られる。完走すれば、人から賞賛されることもあり、嬉しいし、もっと頑張ろうという気持ちにもなるが、人から賞賛されたいから走るとか、誰かのために走るとか、そういうことではない。私は自分のために走るんです。ひとまわり成長できた自分を発見したいんです。50歳の節目でチャレンジしようと思ったのは、私の今後の人生において、この経験が生きる活力になるものと信じているからにほかならない。レースを通じて、自分という人間は、どんな困難をも克服できる強い心身をもっていることを発見したいんです。
これが、私が100マイルレースを走る理由です。

どこまで走れるかはわからない。
不確実性の高いのが100マイルレースだから。
でも、自分と向き合い、最後の最後まで楽しんで走りきりたい。
それが、精一杯、生きることでもあるから。


再挑戦、チャレンジ富士五湖

こんにちは。
皆さんは2015年のレース計画は立てましたか?

私の確定レースは、3月15日の古河はなももマラソン、4月19日のチャレンジ富士五湖ウルトラマラソン100km。今のところ2つのみ。昨年と同じレースにエントリーしている。

古河はなももマラソンは、昨年一緒に走った会社同僚から一緒にでようと懇願され、エントリーした。昨年のこのレースで自己ベスト更新ができたので相性はいい。しかし、一ヵ月後に行われるチャレンジ富士五湖を今年前半の勝負レースにしているから、無理をせず、ウルトラマラソンを想定したペース走に留めておこうと思っている。自己ベスト更新を目指してマジで走って故障でもしたら、チャレンジ富士五湖の完走をあきらめなければならないからだ。

チャレンジ富士五湖ウルトラマラソン100kmに再挑戦することにした。昨年初めて挑んだ時は、膝痛で85.6km地点で無念のリタイヤ。フルマラソンのためにスピード・トレーニングを重視し過ぎていて、走り込みが足りなかったのが敗因。そのリベンジを果たしたい。完走できなかったという未達感や敗北感がどうしても心に残り、心に靄がかかったようにすっきりしていなかった。今年のレースのエントリーが順次始まっていくなか、だんだんとそのモヤモヤとしたものの存在が増していった。これを越えない限りは、次の目標なんか目にも入らず、前にも進めないというほどになった。タイミングよく、このレースの主催であるランナーズウェルネスからエントリーを促す郵便物が届き、迷いなく再挑戦しようと決めた。

目標が決まれば、その達成のための取り組み内容を決めて、愚直に実行に移すだけ。目標設定とコツコツとした地道な実行。始めたら決してやめない事。それが目標達成に至る一番の近道である。ビジネスでも基本のように、ことランニングのようなすぐに成果に繋がりにくいものには当てはまると思う。

目標は、チャンレンジ富士五湖ウルトラマラソン100km、14時間以内の完走。その先に100マイルレースの完走という大きな目標がある。取り組み内容は直近3ヶ月で合計1000kmの走り込み。これが自ら課した最低ライン。今のところ、週末のうち、一日を30~60kmの距離走にあてている。12月累計 260km、1月累計 380kmと距離を踏んできた。距離走で足を作ること。もちろんこの距離走でスタミナだけでなくメンタルも同時に鍛えられる。

距離走では、1回あたり3時間から7時間の長い時間をトレーニングに費やすことになる。目標達成のために、時間という犠牲を払っているといえる。いや、時間だけではない、情熱や努力といった犠牲も払っている。人生はトレードオフの繰り返しというが、自分にとって価値あるものを手に入れるために、時間、情熱といった自分の持っているものを犠牲にする。自らが払った犠牲に比例して、得るものは大きくなると信じて、めげずに継続あるのみだ。

 


階段を登るように

こんにちは。
今年の私の目標は、100マイルレースを完走できる心身を鍛えることです。自分としてはずいぶんチャレンジングな目標を設定したと思っている。

素直にいうと、大きな目標を前に気持ちがヘナヘナと萎え、ポッキリと心が折れる時もある。
この目標が来年のUTMFやUTMBとなると、一年越しの長い目標となり、モチベーションの維持がなおさら難しいことになる。こうして考えると4年に一度のオリンピックを目指すアスリートって、長期間に渡りモチベーションを維持しているので本当にすごいと思う。

自分なりに工夫していることがある。
それは、大きな目標を出来るだけ細かくし、その手前に小さな目標をいくつかおいて、そのひとつひとつを着実に達成することです。

今年でいえば、
1.26の勝田全国マラソンでサブ4達成。それが達成できたので、次は、3.16の古河はなももマラソンでサブ3.5を目指す。
4.20のチャレンジ富士五湖100km(ウルトラマラソン)、6.14のSPA TRAIL 80km、7.19のOSJおんたけウルトラトレイル100kmと距離を伸ばし、長時間走るレースの経験値を高めていきます。

階段を登るように段階的に目標をクリアして、経験を積み重ねていくことが、大きな目標を達成するコツだと思うのです。

次は、3.16の古河はなももマラソン(42.195kmの部)。サブ3.5の目標にどれだけ近づけるのか楽しみです。


疲れるのは脳

人間の運動能力の限界を支配するのは身体ではなく脳であるという説がある。
たとえば1,000mを全力疾走すると、ある地点から辛くなって疲れを感じる。その疲労感は筋肉ではなく脳からきているという。脳は自らを守ろうとする働きによって、疲労したボロボロの状態で走ることを避けるよう脳に指示を送る。そのせいで人間は疲労を感じる。こういったメカニズムのおかげで通常、ぶっ倒れるまで走ることはないという。
つまり、今にもぶっ倒れそうなほど疲れていたとしても、実際には運動能力の限界からはほど遠いということである。自分の脳に騙されてはいけない。疲労に屈してあきらめてはいけない。


久々の風邪

何年かぶりに風邪ひいた。記憶にないくらいだから、3年ぶりかもしれない。これまでは頭痛、発熱、鼻水、せきなどの風邪の症状を自覚した時点で、市販薬を服用し、一晩寝ればほとんど100%の確率で治してきた。でも今回は風邪の治りが遅れている。ちなみに今回の風邪はインフルエンザではない。

久々の風邪、それも治りが遅いということで、自省してみると思い当たる点があった。原因は、一年継続したランニングで体脂肪が落ちて、身体の免疫力が落ちたことにあるのではないか?この冬、例年になく手足の冷えを感じていたし。ネット検索すると体脂肪率が低いと、免疫力や抵抗力が落ちて風邪や感染症にかかりやすくなるということが書かれていた。でも、そうすると体脂肪率が一桁台のアスリートは風邪ばかりひいていることになるので、体脂肪率の低下が風邪の原因の一つではあっても、これが全てではないとも思うが、どうなんでしょうかね。