第3回スリーピークス八ヶ岳トレイルにご参加頂いた方、お手伝い頂いた方、ご協力およびご協賛いただいた方々、本当にありがとうございました。
大きな怪我人も出ず、無事終了できたのは、ご協力いただいた皆様のおかげです。
本当にありがとうございました。
本来であれば、一人一人にお礼申し上げるところですが、MMAブログという場所を借りて、皆様にお礼申し上げます。
本当にありがとうございました。
私が大会開催したいと思い立ったのは2011年。
そこから4年が経過し、2015年にスタート会場には、沢山のアウトドアメーカー様、アウトドアショップ様が、出店してくださり、あの光景を思い出すだけでも、涙がでます。
あなた誰ですか?
なんの人ですか?
目的はなんですか?
そんな会話から始まったスリーピークス八ヶ岳トレイルも3回目になりました。
トップランナーでもない
アウトドアメーカーでもない
アウトドアショップを経営しているわけでもない
官公庁の人間でもない
イベント会社でもなければ
お金持ちでもない。
本当にただの主婦の私が、小山田さんとの口げんかの延長で
「いいもん、やってやるもん、できるもん」
って、半ばひねくれ気味に動き出した大会が、3年目を迎えたわけです。
あの頃は・・・という話を、最近小山田さんとするのですが
当時私、アウトドアメーカーさんのお名前も全く知らなくて
とんでもなくトンチンカンなことばっかり言っていたあの頃から3年。
3年経てば、仲間がスタート前の準備体操のお兄さん役から、駐車場の交通整理、
大会の命である計測までやってくれる大会になりました。
みんな本当にありがとう。
第3回目を終えて、1週間たち、ようやく一息つけるかな?という状況にきました。
昨年までと違うのは、廃人になってないことでしょうか?(笑)
1回目、2回目は、大会終了後は完全なる廃人で、なんにも考えられず、
病名がつくなら【欝】というのでしょうか?とにかく、外界と触れることも無理でした。
今年は、忙しさも大変さも前年までと全く変わらないのですが
【欝】症状は少なく、これが大会を重ねるっていうことなのかな?なんて思ったりします。
さて・・・
このブログは「赤裸々に七転八倒をお伝えする」というのがコンセプトですので
ありのままを書きます。
第3回 スリーピークス八ヶ岳トレイル
一言でいうと
「苦しかった」
もうこの言葉に尽きます。
本当に本当に苦しくて、何度泣いたかな・・・と。
2014年の第2回大会終了後、
One Pack Line 38kのコース使用について、
各所から、中止依頼も含め、本当に数々の開催反対のご意見をいただきました。
もうOne Pack Line 38kは走れなくなるかもしれない。
そんな思いで、コースディレクターの小山田さんと何度も地図を見ては話しあい
現場に行き、代替えコースがないか?と、喧嘩しながら(笑)話し合いました。
でも、今のOne Pack Line 38kのコース以上に良いと思えるコースはありませんでした。
私と小山田さんがその結論を出したことによって、
実行委員会全体がまとまらなくなり、
コースを守りたい派、自然を守りたい派、地域理解を深めたい派・・・
などなど、実行委員の考え方や方向性までバラバラになり
一時はわたしも、仲間であるはずの実行委員メンバーに背を向けていた時期がありました。
なんでわかってもらえないんだろう
なにがだめなんだろう
どこがだめなんだろう
毎日毎日悩んでいました。
現状のコースで、より地域の方々や、自然を愛する方々と共存できる方法を・・・
そんな思いで、何カ月も悩みました。
MMAの展示会場で
MMAの洋服一切見ず(笑)
2時間も熱いトークを繰り広げたり(←ごめんね、渋井さん)
あちこちの大会主催者に話を聞いて
どうやったら3回目の大会を開催できるか・・・と、本当にずっとずっと悩んでいいました。
小山田さんとどうしたもんかな・・なんて話になるのですが
お互い思いがあるので、どうしても避け合ってしまう時期でもあったと思います。
主催者としての気持ち
コース担当としての気持ち
なんの実績もない頃から大会を支えてくれた、協賛の方々への気持ち
なにより、第2回大会のゲストスタッフのことを思うと
第3回大会を開催しないなんてことはできない。
やりたいけど、やれないかもしれない・・・・。
年末年始はそのピークで。
家族や親友がいなかったらきっと社会復帰できなかったと思います。
一応、主婦なもんで。
一応、娘を育ててるもんで
娘の行事や予定で外に出なきゃならなくて
それがあったから家の外に出たけど、
それがなければ引きこもっていたと思います。
それと、
ほんと無理だ・・ダメだ・・・
っていう闇を、親友であり、大会の許認可申請を担当してくれた寛子に、
遠くに住んでるのに、何時でも電話に付き合ってくれる上宮逸子に、
そして大会当日に本部を手伝ってくれたカコさん、ナミコさん。
泊まりにおいでーって誘ってくれた彩ちゃんに救ってもらいました。
ワンワン泣いて、ハグしてもらいました。
美味しいもの食べて、笑って、そういった時間で救ってもらいました。
エントリーシステムや計測をしてくれたトレイルレジストの皆にも、本当に支えてもらうことが多かったです。トレイルレジストについては、語りたいことが多いので、別でまた書きます!
それと、翔くん。
藤巻翔くんは毎年大会の写真を撮ってくれてるのですが
日本だけじゃなくて、世界中のレースを撮っている翔くんの視点は
ランナーでもなく、スタッフでもなく、まったく別の視点で話してくれるので、
これってどう思う?
っていう私の疑問に対して、知り合いだからとかまったく加味せず
ストレートに答えを出してくれるところもすっごくいい勉強になりました。
他にも、駆け込み寺担当の洋兄さん、六花先生、まみさん、エディーさん、マンタさん、キング・・・・
名前をあげればキリがないほど
世界のレースを知っている方や大会主催者の方に
チームのつくり方や、レースについてのHOW TOなど・・・
本当にいろんな人に相談にのってもらいました。
寛子と小山田さん以外は、2011年には出会ってない方々です。
2011年から4年たち、2015年になった頃には
【トレイルランニング】というカテゴリーで、こんなにも助言をくれる人たちが増えたということが
ものすごい感激で、結局は大会当日も、多くの友人が医療マーシャルから分岐誘導、エイド、スイーパー、マーシャル、あちこちで活躍してくれました。
スリーピークス八ヶ岳トレイル
第3回大会。
当日を迎えるまでに、私の中で最低でも2回
「ごめんなさい、大会開催できません」
と、発表しようかな・・・と思った日がありました。
なんなら、その発表目前だった時もありました。
もう、ダメだ、みんなに迷惑をかける前に、今年の大会やれません!ごめんなさい!って謝ってしまおう。。。
そう思って、言い出そうと思うと、なぜか、どうしてか、そんなことを言い出せない状況になっていて、絶望的だったはずなのに、急転して道が開けてたりして
あぁ、これは、この大会は、わたしがやりたいからやるんじゃ無くて、やらなきゃならないんだなぁ、、、
なんて、漠然と、何かに動かされてると感じた事もありました。
おこがましい発言とは思いますが、すみません。
それに、やっぱり小山田さんの存在は大きかったです。支えてくれるんですよね、大会全体を。
わたしはすぐイライラピリピリするので、小山田さんがなごましてくれたり、後ろ向きにならないように声かけてくれたり。それなのに、喧嘩売ってましたが、、、反省してます。
わたしは彼のようには慣れないなぁと、いつもいつも反省します。
そんなこんなで準備をしても、土壇場で本当に色んな事が起きて、大会1ヶ月を切ったあたりからは、あちこちに謝ってばかり(笑)
謝って済む事もあれば、どうにもならない事も多くて、自分の未熟さに嫌気がさす事が多かったです。
もっと自分が動けたら。
もっと周りに気を遣えたら。
もっと自分に力があれば、、、
毎度毎度、自分が情けなくて、それなのにわたしを信じて、力を貸してくれる方々の多さに、申し訳なくて情けなくて、今も胸がぎゅっと締め付けられる思いです。
何だか長い長い反省文(笑)
毎年、みんなが笑顔溢れる大会にと思ってるんですけど、結局今年も、みんなに笑顔にしてもらった大会でした。
大会2日間で、大会を支えてくれたゲストスタッフはのべ250人。
私の拙い言葉や、マニュアルをしっかり見てくれていて、嫌な顔せずどんどん動いてくれました。
おかげで23kの完走率は100%。
38kの完走率も90%を超えました。
けが人を背負って降りてくれた、マーシャルランナーの皆さん、山のあちこちで手当てしてくれたメディカルランナーの皆さん、選手を応援しゴールまで連れて来てくれた分岐誘導のみなさん、笑顔で選手対応してくれたエイドスタッフのみなさん、的確な処置をしてくれた医療スタッフのみなさん、選手の食べ物や飲み物、重たいテントに至るまで、あちこちに運んでくれた運搬スタッフのみなさん、大会会場でずっと運営を支えてくれた本部スタッフのみなさん、最後のランナーまでしっかり会場に送り届けてくれたスイーパーの皆さん、会場を盛り上げてくれたメーカーブースの皆さん、美味しい食べ物や素敵なグッズを販売してくれたマルシェのみなさん、沢山の選手や家族を迎え入れてくれた地域の皆さん本当に有難うございました。
そして、この超スーパーローカルな手作り大会にご参加頂いた選手の皆さん。
本当に本当に有難うございました。
来年もみなさんの笑顔に出会えるよう、もう準備はスタートしてます。
ずっとずっと愛される大会でいられるよう、1からスタートです。
ゼロからのスタートと言ったほうが良いかも(笑)
どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
さて、次回は、大会当日の出来事を書こうかなぁなんて思いますので、お楽しみに!
1 コメント
[…] 前日に前夜祭があり、もうそこでは全国各地から多くの参加ランナーが集まるので本当に宴会もいいところ、明日走る方々のはずなのにもう関係なしに騒いでいるw 個人的はこうやって全国各地のランナーと集まれて話す機会はあまりないので楽しくて仕方ない(*´з`) 昨年の前夜祭には色々とトラブルあったため参加出来なかったが今年は参加出来て改めてスリーピークスの楽しさを実感する事ができたw そして前夜祭が終えても宿泊施設であるコテージへ移動そこでも晩酌をして翌日に向けて準備する。 リューG小山田さんと松井姉さんなどの大会運営者も同じコテージだったため、帰ってくるのを待っていたが、帰宅は深夜になった様子(´Д`)そして朝もすぐに出て行かれてほんとにいつ寝たのだろうと思うほどだった。 本当に徹夜なんだなぁと改めて実感しました・・・(>_<) ※今回の苦労話はここを参照に・・・ […]