山梨県民の大半は、富士山に登らない。
あれは見るもので、登るものじゃないという人が多い。
そんな私も、30歳過ぎるまで富士山に登ったことはなく、
5合目まで車で行くことが
「富士山へ行く」ということだと思ってた。
トレイルランニングを始めると、今度は富士山がぐっと身近な山になる。
6月過ぎたころから、トレーニングで富士山へというSNS投稿がばんばん上がり、
「うむ・・・私も富士山ぐらいは行かねば!」
と、なぜか思うようになり、気が付けば毎年2~3回ほど富士登山をしている。
さて、そんな富士山へ、67歳の母と9歳児の娘を連れて登山したというお話。
母は普段まったく運動しない。
娘も空手をやっているぐらいで、どちらかといえばグータラしている。
そんな母が富士山に登りたいと言い出したのはかれこれ4~5年前。
「登ってみたいなー」
「やめなよー体力ないんだからー」
本気で母が登りたいと思っていなかったので、2年ぐらいスルーしてた。
そしたら母が、いつか富士山に登りたいからと、
尾白川渓谷のツアーに申し込んでいたことが発覚。
そこから毎年、山梨にある低山に行き、登山の準備をし、
いよいよ、2016年夏、目標にしていた富士山へ挑戦することにしました。
と、言っても、
とにかく体力がないので、絶対に日帰りは無理と判断。
1泊2日の富士山ツアーを計画しました。
まず、山小屋を抑えるところからスタート。
というのも、ハイシーズンの富士山は、1日に100人以上宿泊する宿もあるぐらい。
寝返りも打てないほどギューギューに寝て、隣の人との境はなく、
まったくの赤の他人と、ほぼ添い寝状態。
小屋中にイビキと歯ぎしりの音が響き渡り、当然お風呂に入っているわけではないので、スメルがちょっと残念なぐらい、キツめ。
そんな山小屋にうちの母が泊まれるわけないと思い、個室のある山小屋をチョイス。
7合目トモエ館
http://tomoekan.com/
個室といっても完全個室ではないのであしからず。
ただ、「隣の人誰です?」という状況ではありません。
部屋どうしが壁で仕切られていて、出入り口は扉ではなく、カーテン。
もちろん狭いし、天井だって低いです。
「えー個室じゃないじゃん」って思うかもしれないけど、富士山の山小屋で、これだけプライバシーが守られれば大満足。
(私、以前別の山小屋で140名がギューギューで寝るのを経験してる為、トモエ館は天国かと思いましたw)
4月末から山小屋予約が始まるので、予約開始日に電話予約。
約半日かけて、粘って予約完了。
登山時期は、毎年8月になると、甲府盆地の気温が上がりすぎて、
高い山は15時前後で天候が不安定になるので、
比較的に天候が安定してる7月中で、かつ土日は恐ろしいほど混雑するので、平日を混ぜての金土で行くことにしました。
(9月は台風があるからちょっと微妙・・・)
7月29日・はれ
正午12時に5合目到着。
約1時間、ご飯を食べたりして過ごす。
5合目といってもすでに2500mあるわけで、
高山病にかからないよう、1時間程度は5合目で体をならします。
13時45分
ようやく登山開始。
5合目にごった返してる登山客の半分は中国人なんじゃ?と思うぐらい、中国からの観光客が多い。
そして、その中国人の方々は、6合目までワラワラとハイキングを楽しんでいる。
もう、自分たち家族以外全員中国人じゃないの?
って思うぐらい中国人が多い。
我々家族のメンバーは
行きたいと言い出した母、付き添いの姉、私、私の夫、そして9歳の娘。
富士山の登山道は決してテクニカルなわけではなく、
吉田口から登れば、7合目からずっと山小屋が続くわけで、
食べ物も飲み物も基本山小屋で確保可能。
しかも、山小屋の前にはベンチまであり、疲れたら腰を下ろせる、
とにかく初心者に優しい山です。
なので、お菓子や飲み物の量を抑え、ご飯も基本山小屋でとることに決めます。
ちなみに、富士山でバーナー使用はほぼ出来ません。
なので、荷物を極力抑え、かつ軽量化されてるものに限定し、背負う荷物をできるだけ軽くします。
でも、標高は日本一なわけで、いざという時のウェアや、ストック、行動中の水や食料を背負って生きます。
そもそも体力のない母と娘は、ザックの中にウィンドシェル、500mlペットボトル、おやつのみ。
それ以外のレインウェア上下、着替え、薄手のフリース、ダウン、ストック、食料、ファーストエイドキットなどなどは私と夫で分担して背負います。
夫も特に普段登山をしているわけではないので、夫は1.5人分を背負い、
私は2.5人分を背負い、登ります。
途中娘さんがヒーヒー言うので、娘が背負ってたザックも私が背負い進みます。
荷物が軽くなっただけで、娘さん少し復活。
初日はなんのトラブルもなく、登山開始から2時間程度で、本日の宿泊先に到着します。
7合目は
7合目、本7合目、新7合目、元祖7合目・・・とたくさんあり、
8合目も同じく、たくさんの8号目が続きます。
7合目トモエ館は7合目の中でも下の方にあります。
下の方といっても、2400mぐらいあり、すでに森林限界を超えております。
天気はこれまで抜群。
16:30お夕飯。
カレーハンバーグという、下界にいたら絶対に食べないわんぱくなご飯をいただきます。
思いのほかカレーが美味しい。娘さんは特別に甘口カレーにしてもらいました。
このまま19:00の日没の夕日を・・・と思ったら、急に曇ってきてしまい、夕日は見れず。
でもせっかくの時間を楽しもう!と
ビール飲んだり、ワイン飲んだり、またビール飲んだり・・・
山小屋で過ごす時間を満喫。
姉とわたし。
日の出は4:50頃
だいたい1時間ぐらい前から地平線が明るくなり始めるので、3時半に起床。
山小屋さんが用意してくれた朝ごはん(お弁当)を食べつつ、日の出を待ちます。
母は山頂でご来光を見たいと言ったのですが、
そのためには夜間にライトで登らなければならず、また渋滞にかなり巻き込まれるため
山小屋でゆっくり見ようと説得しました。
実際、山頂で見るより、8号目あたりで見たほうが、ご来光は綺麗な気がします。
なにしろ混んでないし。
太陽の光が現れないと、寒いので、持ってきた防寒具全て着て待ちます。
ご来光。
綺麗で感動して涙ぐんだ母を見て、
連れてきて良かった・・・と心から思います。
でも、富士山はここからが本番。
そそくさと支度し、頂上をめざします。
娘は出発前にクリームパンを購入。
トモエ館に売っているクリームパンはとっても美味しくて
前日に食べた娘はすっかりハマり、2日目の行動食に・・・ともう1つ購入。
「あんぱんを食べる」
に、変更となります。
富士山に登りたいのではなく、8合目のあんぱんが食べたいから登る・・・
うん、目標は人それぞれでいいもんね。。。
7合目から、それぞれの山小屋に宿泊していたツアーの登山客がぐっと増え、
ものすごいスローペースで登るので、全然先に進みません。
ガイドさん1人なのに、20~30人の参加者を引き連れていて、
その全員がほぼ登山素人という方々ばっかり(装備や歩き方でわかります)。
ガイドさんから離れないように必死なので、後ろに人がいても全然どいてくれません。
すみませんって声をかけてもどいてくれない、端によける体力がない方が多いかんじでした。
7合目からはずーっと渋滞・・・。
私も、体力のない母と娘をつれていたので、しばらくツアー団体と同じペースで登っていたのですが、あまりにもスローで逆にこのペースじゃ母も娘も潰れるな・・・と思い、一旦ツアー客から離れるために少しペースを上げて8合目へ向かって進んでいきます。
7合目から9合目までの間が割と険しく、
岩を登っていく感じなので、ストックも邪魔になります。
ここからは母と娘のストックを預かって、登っていきます。
8合目であんパンを食べるという娘の目標は
なかなか達成できません。
なぜなら、前文に書いた通り、8合目がたくさんあるから。
8合目の小屋につくたびに、
「あんぱん来た?」
「あー残念、この小屋じゃないよ」
という会話を繰り返し、なんだか娘が不憫に感じます。
それでも弱音を吐かず、マイペースながらも高山病になる事もなく登る娘。
そして、母は自分の体力がいつまでもつかわからないから、体力があるうちに登りたいと必死。
そうこうしているうちに、ようやくアンパンが食べられる、8合目トモエ館に到着します。
娘さん満足げにアンパンを食べます。
この子、目的のアンパンも食べ終わったから、登山やめるって言いそう、、、
とっさに
「山頂に郵便局があって、そこからお手紙出せるみたいなんだけど、行く?」
と聞くと、
「そこからお家にお手紙出したい‼︎」
と。
よかった、とりあえずまだ登ってくれるらしい、、、、
吸っても吸っても息苦しい。
酸素を吸いながら進みます。
私の荷物はどんどん増えますが、母と娘が無事ならそれでいい、、、
姉と夫は問題なく登ってきます。
そしてついについに!
やっと山頂に到着です。
山頂でご飯食べたり、偶然登ってきたしんやくんに会ったり、もちろん郵便局で手紙を出して、下山。
富士山は下山が辛いのよ、、、
とにか飽きるし、長い下り道。
走れればいいけど、走れない家族を連れていると辛い。
それでも、無事に下山完了。
なんと下山にも6時間。
走らずに歩いて下るとある意味登りよりキツイ、、、
石と砂が沢山入ってきて、ゲーターも限界なので、靴はガムテープでぐるぐるですが、無事全員下山できました。
娘はなんかわかんないけど楽しかったそうで、母は夢が叶えられたと喜んでくれたので、夏の良い思い出となりました。
母の次なる目標は
鳳凰三山
来年に向かって、今から頑張らなきゃねー。