日本で開催される国際格式の100マイルレース、UTMF(ULTRA-TRAIL Mt.FUJI)。先日、来年の開催が発表された。
https://www.ultratrailmtfuji.com/
今年は残念ながら新型コロナ禍により中止になってしまったけど、実は第一回のUTMFも東日本大震災により中止になっている。まだトレイルランニングの認知度も低かった2011年の話。
ぼくがトレイルランニングを始めたのが2010年。某国営放送のUTMB(Ultra-trail du Mont-Blanc)のドキュメントを見たことがきっかけだった。「100マイル」「山の競技」ということもさることながら、ぼくらと同じ一般の方々が挑戦していることにとても感動した。
もちろんUTMBで入賞した鏑木さんやヤマケン選手、横山さんはぼくたちのヒーロー。そして、鏑木さんが日本で100マイルレースを計画しているという噂が流れてきたのが、たしか2010年末ごろ。
その噂のレースは2011年に公式発表された。その名もUTMF(ULTRA-TRAIL Mt.FUJI)。UTMBの姉妹レースであり、富士山を一周するという日本ならではの壮大なレース!その期待の気持ちを当時のブログから一部抜粋。
「記念すべき日本初の100マイルレース(※)。日本中のトレイルランニングを愛するランナーが集まって来る。UTMFには海外から招待ランナーも来るだろう。
日本最大のトレラン祭。多分、その日、その場所にいなかったら後悔する。
そう思ったら、やっぱりエントリーすることにした。トレランを知って、そして始めて一年。そのタイミングで記念すべきレース開催という幸運に感謝しなければ。」
(※)実際には日本初ではない。
とはいえ、ぼくはUTMFの参加資格がなく(たしか「50kレースに完走経験がある」とか、そんな感じだった)、ハーフレースであるSTYにエントリーした。それにしても海外に行くよりずっと身近になったウルトラトレイルレース。国内のトレイルランナーの胸が高なったのは間違いない。
先に書いたように2011年は中止に。そして、2012年に第一回が開催された。
ぼくが今でもトレイルランニングを続けている理由のひとつは、この時の経験が忘れられないものだからかもしれない。
トレイルランニングが持つ旅としての魅力。
時間により変わりゆく山の表情。
夜の山を進む非日常体験。
旅を共にする方たち、サポートしてくれたチームメンバーとの経験の共有。
未知への挑戦。
どれも強烈な体験であり、今でもよき思い出。
2012年の大成功によりUTMFは一気に人気レースとなった。翌年の2013年はUTMFに初挑戦するも惨敗(DNF)。さらに2014年はSTYに再挑戦するもまたまたDNF。そしてリベンジを誓った2015年はSTYにエントリーするも落選という、、、
しかし、やっぱりUTMFは日本最大のトレイルランニング祭りであり、その場にいたいという気持ちがあった。加えて、今まで自分がレースに出た時は多くのスタッフのみなさまの応援やサポートに救われてきた。大会もけっこう出たし、今度は自分が応援やサポートする立場になれたらと思い、運営スタッフとして参加させていただくことに。
ということで、2015年は裏方として精進湖、二十曲峠、富士小学校と巡った。レースに出る立場で忘れられない経験が2012年のSTYだとしたら、裏方として忘れられない経験となったのがこの年だった。自分だけのドラマではなく、多くの参加者のみなさまのドラマを間近で見ることができた。いわば感動の最前席だ。
翌年の2016年はなんと二十曲峠エイドの運営をMMAにご依頼いただくことに。MMAといってもぼくしかいないので悩んだが、経験豊富なトレイル友だちが集まってくれて決心。しかし、この年は天候に翻弄され、レースは途中で中止。エイドが稼働することはなかった。
スイーパーも担当させていただいたのだが、序盤の低山でも低体温で動けなくなるランナーが続出。トレイルランニングの過酷さを間近にする経験となった。これが自然をフィールドとするトレイルランニングという競技の持つリスクと怖さ。運営本部の判断も大変だったと思う。
2017年のUTMFは秋の開催から春に戻すために大会はお休み。2018年は富士山を一周しなくなったリニューアルした形で開催された。ぼくはトレイル友だちやサプライズゲストスタッフの石川弘樹さんのおかげもあり、無事に二十曲峠エイドの運営を全うすることができた。持つべきものはトレイルランニングを愛する仲間たちである。
大会中は天候もよく、エイド運営終了後にフィニッシュ地点である大池公園へ行くと、たくさんの方々の笑顔と多幸感に溢れていた。
そして昨年、7回目を迎えたUTMFは、4月にもかかわらず猛吹雪が襲うという緊急事態!エイド中でもっとも標高の高い二十曲峠はもっとも想定したくない事態となったが、ランナーのみなさまのご理解とご協力、本部のバックアップもあり、なんとか任務を終了することができた。反省する点も多々あるが、大きな経験値となったのはたしか。これも忘れられない思い出である。
こうして、いち市民ランナーのぼくではあるが、毎年いろいろな形で関わらせていただいている。言ってみれば、ぼくのトレイルランニングライフにUTMFは欠かせない存在なのだ。
開催する回数を重ねるごとに、UTMFの認知度は高まり、
「UTMFでトレイルランニングを知った」
「UTMF完走が目標でトレイルランニングを始めた」
という方も少なくないだろう。そういう意味でもUTMFは日本のトレイルランニングシーンになくてはならない存在であり、新型コロナ禍で先が見通せない状況にもかかわらず、来年の開催が発表されたことはポジティブに受け取りたい。
そして、来年もMMAは二十曲峠の運営を担当させていただきます。感染対策などもあり、例年通りというわけにはいかないかもしれないけど、トレイルランニングを愛するメンバーと共にお待ちしております。
自分がランナーやスタッフとして経験して感じたことは、どういう形であれUTMFに関わることは忘れられない思い出となる。ランナー、スタッフ、応援するみなさまで来年も思い出を共有しましょう。
※2021年大会は私的サポート禁止となっています。応援に関してもUTMFのレギュレーションやコロナ感染対策を読んで充分にご注意ください。
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