唐突だけど、ごくごく、シンプルに、ただそれだけのことなんだ。
それだけのことなのに、こんなにも心揺さぶられる、山が、やっぱり好き。それはもうどうしようもないことなんだ。山に登ると、壮大な景色を前に足を止めて、鼻から口から全身の毛穴から、めいっぱい美味しい空気を吸って、目を閉じて、両手を広げて、大自然を感じるのが好き。
“美しさの中に身を置く”
アメリカのロングトレイル、パシフィック・クレスト・トレイル(PCT)を歩いた女性の映画、『わたしに会うまでの1600キロ』の一節。信越五岳でわたしの今年のトレイルランニングレースの連戦はひとまず落ち着き、なんだかほっとした。好きで大会に出ているし、レースでも山を楽しんでいるし、だいたい自分らしくいるのだけれど、やっぱり不安や緊張があるもので、自由気ままだと言われるわたしもさすがにちょっと力が入っていたのかもしれない。先週、所用で北アルプスに出かけて、美しさの中にゆっくりと身を置いて、「やっぱり山が好きだなぁ。なんだかなぁ、好きなんだよなぁ、なんなんだろうなぁ。しょうがないよなぁ、好きなんだもんなぁ。」と、レースの興奮状態からユルい自分モードに戻れて、うれしい気持ちになった。
前回の信越五岳のBlog記事は、ちょっとネタっぽく、笑って読んでほしいななんて思ってストーリー仕立てで書いたんだけど、思いのほか『ラブレターのようだ』とか『(アンディさんのことを知らなければ)かっこよくて好きになりそう』とか『だいぶ惚れたな』とか、敢えて際立てて書いたペーサーとのちょっぴり熱いやりとりの方に注目されてしまった。4000以上のいいね!がついているMMAのfacebookでも紹介していただいて、やけに記事にもいいね!をもらって、自分で書いておきながらこっぱずかしいような複雑な気分になり(笑)、とりあえずまぁ、早々に次の記事でも書いてごまかしておこう、そんな感じでキーボードを叩いているところ。
トレランザックをハイクのザックに背負い替えて。パンパンだけど、気分は軽いし、だいたい大好きなものばかりが入っているから、重くなんてない。
北アルプスの玄関口、上高地からのんびり歩く。横尾山荘前で友人と遭遇。お母さんと2人で涸沢の紅葉を見に来たんだって。素敵な親孝行だなぁ。
涸沢は紅葉のピーク。上高地から涸沢への道は、人でいっぱい!だけど上高地からはコースタイムで休まず歩いて6時間はかかる道のり。観光地気分で安易に行く場所ではないことを伝えるのはなかなか難しいことなのかもしれない。ちょっと心配になるような格好の人もいた。日帰りでピストンしたいけど無理なもんですかね?と周りに聞いてやめたほうがいいと言われているカップルもいた。すっかりバテて暗くなる頃に到着している子供連れの親子もいた。日本でも指折りの紅葉スポットだけど、高山であることには違いない。
実は涸沢ははじめてだった。人が少ないところでのんびりするのが好きだということもあり、他に“行きたい!”場所も多く、優先順位的には下のほうだったからか、なかなか行かずにいた場所でもある。だけどやっぱり噂通りの紅葉には感動した。景色も素晴らしい。平日ということもあって、テントは思ったよりも少なかった。
だけど、涸沢ヒュッテと涸沢小屋は紅葉を見に来た方々でそれぞれにものすごい混雑で、ピーク時にはトイレに行くにも2時間待つというのも納得した。涸沢小屋で数百、涸沢ヒュッテは数千の人が1日で訪れるのだと言っていた。食事も30分ずつ4回転以上、テラスは満席だった。荷揚げヘリが朝から暗くなるまでひっきりなしに飛んでいた。運んでも運んでも、食べ物や飲み物がすぐなるなると言っていた。
涸沢から先は、多く人が目指す百名山の「奥穂高岳」ではなく、あえての北穂高岳だった。百名山ハイカーの人には興味がないのかもしれない。おとなりをつなぐ縦走路も難易度が高い。それにしてはピストンするにはコースタイムも長く、急登、激登が続き、岩場も多く鎖場もあって、それはいいとしてもとにかくなかなか長くて、ピークに着く頃にはすっかりバテバテになった。岩場が大好きだからテンションは高かったけれど。一緒に行った方に速すぎる速すぎると言われた。おなじように、「さっきまでえらい辛そうやったのに、岩場になったとたん水を得た魚みたいに登って、もう!」と仲間に言われている女性がいて笑った。そうそう、そうなんだよね。
北穂高岳山頂、直前の岩壁。岩が結構もろい。落石事故も多いかもしれない。
北穂高岳山頂から望む槍ヶ岳。北穂高岳北陵から槍ヶ岳のルートは、飛騨泣き、長谷川ピーク、大キレット、南岳、中岳、大喰(おおばみ)岳とコースタイムも長く道が険しい。鎖、梯子、ナイフリッジ、すれ違いにくい場所、切れた落ちた場所、痩せた岩稜やガレ・ザレが続き、ほとんどが岩だ。事故も少なくない。高所恐怖症の人にはとてもじゃない。(そもそも来ないか) わたしももっと技術力を上げて、経験者とともに歩きにいきたい場所だ。
天気に恵まれて、朝にはいわゆるMorgenrot(モルゲンロート)、山肌に朝陽が当たって染まる現象が見られた。左から前穂高岳、吊尾根を経て、奥穂高岳、涸沢岳・涸沢槍を経て、一番右が北穂高岳。山が好きな人なら誰もが知っていてきっと多くが憧れる山だけれど、決して容易に行ける場所ではない。
岩場を通過する技術力問題だけじゃないのだろう、落石による滑落事故も良く聞く。遭難も多い。熟練者でも命を落とす。「涸沢の紅葉」というメジャーな響きで、上高地という観光地のような場所から、歩いて来て快適な小屋で宿泊のできる涸沢。そこから誰でも登ろうとすることができるからこそ、怖いものだと感じた。百名山を制覇することに特にこだわってもおらず、自由気ままに山を歩いているわけだから、奥穂や前穂はまたこんど、いつか、そのうち来よう。
みんな穂高連峰側のモルゲンロートばかりにカメラを向けるけれど、振り返れば格好いい岩がどーんと構えている。クライミングと言えばやはり屏風岩だろう。熟練者が一緒だったので、ぴょこんと尖っている屏風の耳、その左隣の屏風の頭まで、破線のパノラマ新道経由で歩いた。パノラマ新道はその入り口にも小屋にも繰り返し注意が促されている。事故が多いらしい。難しいかどうかというよりも(わたしにレベルを語るほどの技量はない)、繰り返しの急登やカラカラという音に背筋凍る落石が多そうな斜面のトラバースが多かった。稜線も細く、慎重に歩いた。
屏風の頭からは、見たこともない角度で青空に浮き上がる穂高連峰の全貌が見えた。振り返れば槍ヶ岳に燕岳、大天井、常念岳、蝶ヶ岳といった表銀座~常念山脈が見えた。秋の雲と紅葉が美しく、なんども足を止めて深呼吸をして、そのありがたい景色と空気を全身で満喫した。
やっぱり山が好きだ。
もちろんトレイルランニングも好きだし、ハイクも好きだし、ちょっとハードな登山も好き。どんな山の表情も好き。その美しさの中に身を置くのが好き。できることならずっとそこに居たいくらいだけれど、そうもいかないわけで、また街に戻って働いては、山に“もどる”。そうして山を楽しむことに夢中なんだ。
山は決して逃げない。噴火してしまったり、登山道が崩れてしまったり、登れなくなることもあるけれど、それでも山はそこにある。急ぐことなんてない、健康な身体あってこそ、命あってこそ。過酷なレースの後だったからこそ、余計にそんなことを考えた。そんなのまったく知る由もなくただただ遠くまで広がる柔らかな秋の空の下、これからも大好きな山を色んな方向からゆっくりたんまり楽しんで行きたいと改めて感じた、いい日だった。
エディさんや釘さんなど数人でこの夏に行こうと計画していた奥穂~西穂のルート。ジャンダルムが見える。天気が悪くて中止にした。短いシーズン中に条件が揃うことって、なかなか貴重。来年、また。