その3の続き
これまた個人的なことになってしまうけど、僕はマラソンが速くない。トレイルにはマラソンから入ったけれど、UTMF前に出た勝田マラソンでは3時間20分だった。ファンランナーとしては悪くないレベル。でも快心のレースでこの成績(後半のハーフの方がはやいネガティブスプリットでした)というのは、トレイルレースで前のほうを走るには物足りない。理想は2時間30分未満。実現可能なセンでいえば2時間40分代前半。せめてサブスリー。
だから、これがトレイルレース、しかも100マイルレースでなければここまで戦えなかっただろう。もちろん生まれ持った身体能力が高いに越したことはないし、近い将来のサブスリー(を目指すこと)は諦めてるわけじゃない。現時点の走力を認めて、その範囲でやりくりすること。それも僕なりのUTMFのテーマだった。
国道139沿いのロード区間の緩やかな登りを行く。清水さんが車で応援に来てくれる。ということは……途中でリタイアしたんだ。早く帰りたいはずだし、何より休みたいはず。それなのに…目頭が熱くなる。でもスピードが出ない。このまま少し先まで車で乗せてってくれないかな。誰も見てないしバレないんじゃない? そんな思いが頭をよぎる。完全に立ち止まってトイレ休憩をしてしまう。後ろが気になる。でももちろん、誰かが何かをしてくれるわけじゃないし、なんともならない。
でも終わってみれば、最大のウイークポイントになるはずだった終盤の舗装路中心のパートを区間9位でまとめることができた。1区間だけのショートレースをしたら、間違いなく半分より下の順位になる区間だろう。決して速く走れたわけじゃない。でも、結果論としてはなんとか乗り切ったようだった。自分でも驚きだった。
W2<氷穴>/21:28:44 総合10位↓(区間9位)
なんとか最終エイドにたどり着くことができた。聞くと、後ろは十数分以上離れてるらしい。これならなんとか逃げ切れるかな。もう脚が動かないよ。潰れないペースを心がけ、ゆっくり前を目指す。
最後のトレイル区間である三湖台を抜け、湖畔に出る。
ものすごく苦しくて、あえぎ、もがいているのに、キロ7分でしか進めない。心拍数はまったくもって上がらない。後ろが気になるけど、弱気な自分を認めてしまうようで、振り返れない。湖畔のRが強くなるカーブで思いっきり横目をする。後続はまだ来ていないようだ。
この区間は2度ほど試走した。そのときは一応、この湖畔で競り合う展開をイメージしながら走った。でも実際今誰かに追いつかれたとしたら、競るなんて絶対に無理だよな…
なかなか残りの距離が減らない。けれども、ついにラスト1.5キロほどの地点を通過する。
「前のランナー歩いてるから、頑張れば追いつけますよ」
!? 耳を疑う。ああ、奥宮選手が脱水で歩いてるのかな。
しかし、いやまさか本当に、スパートする展開が訪れるとは。端的に言って「とてもキツかった」けど、無理やりストライドを伸ばした。ああ、これこれこの感覚。ほぐれて、こわれていくようなラストスパートの感覚。嫌いじゃない。肺からおかしな音がする。いや、肺じゃない、正しくは気管なのかな。よくわからない。血流が苦しがってるのがわかる。腕先が気持ち悪いと悲鳴を上げている。でも見えない。
八木崎公園の駐車場に入っても、見えない。「追いつけますよ」は、トレイルレースの終盤にありがちな誇大アドバイスだったのか。
しかし河口湖大橋の手前で、ポールを使って力強く歩くランナーの姿が見える。その姿をとらえる。……奥宮選手じゃない。3位を進んでいた(はずの)武藤さんだ!
ゴールまではあと500mあるかないかだろう。武藤さんのチームぴれきちはDMJの姉妹チームで、このUTMFも一緒に練習を積んだ仲間。ここまできたら抜かすのはヤボだ。声を掛けて、併走させてもらう。でも、武藤さんは先にゴールするように言ってくれた。そうか、そうだよな、万が一逆の立場だったら、一緒にゴールすることなんかより、そうしてもらいたいはずだ。
橋をくぐって右に曲がると、およそ丸一日ぶりに大会ゲートとの再会だ。ああ、ド笑むJapanの名に恥じない走りができたかな。DMJロゴがプリントされたレインジャケットの背面を、フラッグを掲げるようにして走る。最後は妻が一緒に歩いてくれた。なんでえ、泣いてやんの。思わずもらい泣きしそうになる。
GOAL<河口湖大池公園>/23:17:47 総合9位↑(区間16位)
ゴールではもちろん鏑木さんとしっかりと抱擁を交わした。きっと約束のことなんて覚えてないだろう。でもそれでいい。おれ、自分にとって大切な何かをやり遂げることができたのかな。
一足先にゴールしていた山屋さんと肩を組んで写真におさまる。予選突破を決めたサッカーチームのように、小刻みにジャンプをした。サッカー選手がなんであんな不思議なことをするのか、今ならその気持ちがよくわかる。
この後のことは何を書いてもノロケにしかならないので、レースを振り返るのはこのへんで……
◇ ◇ ◇
レースのあとに感じたことを少し。
レースでは重圧があって、望みとおりの結果が得られるかどうかわからないドキドキがあって、だからこそ結果に泣けちゃうし、笑えるし、感動する。
今回は思いもよらぬ素晴らしい結果となったけど、上手くいくときもあれば上手くいかないときもある。でもそこがいい。
全力で、真剣であればあるほど、生まれてくる何かは大きいと思う。
それってトレイルランニング、まるで100マイルレースそのものじゃない?
100マイルを走るとき事前に予想がつくのは、
「途中で必ず予想もつかない何かが起こる」
ということ。それが丸一日24時間をノンストップで走るレースの醍醐味だともいえる。それでも足を進める。わかっているのは、だからこそ楽しい、ということ。
レースだから他者がいて、自分がある。相対的な順位もつく。でも同じコースを同じ瞬間ともに走る仲間でもある。
世界的にみてまだこのスポーツはまだ成熟の途中だし、そのなかでも日本はとりわけ後発だ。だからこその僕のような鈍足ランナーでも、想いと工夫だけで表彰台に立つことができた。それはもちろんわかっている。
でも、これが100マイルという距離のレースじゃなかったら、想いと工夫だけしか持ちあわせない僕がこのようなビッグレースのトップ10に入ることは起こりえなかったはずだ。
ウルトラトレイル、それは想いが通じるスポーツ。
こんなスポーツって他にあるのだろうか。
どうやらこのスポーツの魅力からまだしばらくは離れられそうにありません。