(前回の続き)
スタート後間もない深夜2時すぎ。
急なガレ場のダウンヒル。前のランナーを追い抜こうとして、ふいに横転……目から火花が出た。
? やらかしちまったんだ。
なにくそ、とすぐに立ち上がって進む。いや、進んだはずだった。でもなぜか空転し、ぐるんと転がり、視界には星空が飛び込んできた。仰向け。大の字。さっきは麻痺していて気づかなかったけど、左膝が動かなかった。だからもう一度転がってしまったのだ。あちゃちゃ、これが本当の空回り。
さて、大変なことになっちゃいましたよ…
しばらくうずくまって状況を把握する。どうも、死角に入った岩に膝をしこたま打ちつけたらしい。たぶん打撲。それもとびきりハードな。
とりあえず落ち着いてダメージをチェックする。なるほど、屈伸動作がほとんどできない。こりゃ当たり所がマズかったかな。でも、骨折ではなさそうだ。ゴールまでは110km以上残っている。仮に日本でこの状況に陥ったとしたなら迷わずリタイアだ。でも、幸か不幸か骨と気持ちはまだ折れてない。
……それなら、行けるとこまで攻めてみようかな。はるばるカナリア島まで走りに来たんだし。
◇ ◇ ◇
ダウンヒル再開。でも、考えてた以上に状況はよくない。膝が曲がらず、力が入らない。くだりで踏ん張れない。滑る、ブレる。滑落しかける。
こともあろうか、トランスグランカナリアのトレイルは、日本ではまずお目にかかれないような難しいダウンヒルだったのだ(そして後半のパートに移るほど飛躍的に難易度が高くなった!)。
何だかよくわからない何かに何だかかよくわからないまま耐えつつ、動く右脚と、今まで身につけたスキルを駆使して“なるべく速く”下る。そして登り返しのパートになっても痛い。ぜんぜん力が入らない。さて。困った。
今回、タイムも順位もはっきりとした目標は決めてないけど(なるべくトップとのタイム差なく、40位以内には入りたい)、なんというか「応援してくれるみんなが喜んでくれるような結果」はちょっと無理そうだ。できることなら30分前に戻りたいと心底思った。
きっと普通のレースならこれでやめていた。でも、実は今回エントリーでちょっとしたトラブルがあり、色んな人にお世話になって、助けてもらい、そのおかげでモロッコ沖のへんぴな島まで辿りついている。家族にもわがままを聞いてもらった。そして何より、望むような結果が得られないからといってレースを諦めしまうのは、ウルトラランナーとしては自殺行為に等しい(c鏑木さん)。
だから本当はわかっていた。この旅をいい思い出で終えるには、今このレースを“少しでもいいタイム”で完走するしかない。
ワールドツアーに参戦しようというには凡庸な走力しかない僕が、プロでなく、ましてやアスリートレベルでもない市民ランナーができることは、自分より速いランナーに気持ちで負けないこと。しつこいほどにネバーギブアップであること。ここで劣ったらもう挽回できるポイントはないだろう。
◇ ◇ ◇
人間のカラダは不思議なもので、数時間もすると、痛みは気にならない程度に薄まってきた。そこにあるのは単なる可動域の狭い膝。走ろうと思って走れないことはない。むしろ膝を曲げないこの走りが不幸中の幸いで、ていねいな、脚を温存する走法になるのでは?とかなんとか頭の中でこねくり回しながら、気持ちを切り替えながら進む。
でも、そうは問屋がおろさなかった。中盤を攻撃的に走ったからか、あるいは練習不足からか。ゴールまで60kmほどを残して脚が止まってしまう。陽は容赦なく照りつけ、ボトルの中身は空。この状況でプッシュするのは苦しい。楽しみにしていたこのコースのハイライト“ヌブロ岩”のロッキーなトレイルがただただうらめしかった。
長くなっちゃったので、つづく。
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