UTMFとの出会い
UTMF2018で初めて100マイルレースに挑戦しました。
思い起こせばトレイルランニングと出会ったのが2011年、2012年に千葉県御宿町で開催された10マイルレースが初めてのトレイルレースでした。千葉県御宿町で開催されたこのトレイルレースは少し変わっていて、鏑木毅さんの講演がレース後に行われました。
講演では鏑木さんが挑戦し続けてきたUTMB、そしてこれから第一回を迎えるUTMFについて紹介されていました。特に第初めてUTMBに参加した鏑木さんのエピソードが今でも印象的で、走っている途中に毛細血管が切れて、太ももの中で血液がジャブジャブいっていた(マジか、、、?)というエピソードを車椅子で帰国する画像とともに見せられ度肝を抜かれました。
その時に参加した10マイルレースをなんとか完走していたのに、100マイル走るということは全くイメージがわかない世界でしたが、自分が走り始めたトレイルランニングは想像絶する世界に繋がっていることを知り、興奮を覚えました。
その時からUTMFのことが頭から離れず、NHKで放映された放送や雑誌を見ては「いつかはここで」とトレイルランニングに対する熱も増していきました。
その2年後にはチーム100マイルに入り、講演で話をしていた鏑木さんと一緒にトレーニングをさせていただきながら100マイルレースを目指して練習に励むことができました。
あいにくチーム100マイルで活動していた2014年と2015年はUTMFに出場する機会を得ることができませんでしたが、2018年とうとう初めて憧れの舞台で走ることができました。
レースの準備
憧れだったUTMFに向けてモチベーション高く準備をできていたかというと、チーム100マイルの時とは環境も大きく変わり、なかなかUTMFに向けてスイッチを入れることができませんでした。2月までは頭の片隅にはUTMFが常にありながら、そこに対して向かうことのできない自分に焦っていた期間でもありました。
2月末の東京マラソンまではUTMF向けの練習とロードの練習を中途半端に入れてしまい、結果的には、東京マラソンも満足行く走りができませんでした。3月以降は毎週末山に入り、ようやくUTMFに向かって練習ができるようになりました。毎週末実施したトレーニングでは長時間動き続けることを意識した練習を実施しました。詳しいトレーニング指針については以下に書いていますので、興味がございましたらご覧ください。
初めての100マイルレースはトラブル回避を意識したトレーニングが完走のカギ
トレーニング期間や時間は限られていたものの、怪我もなく、スタート前にはある程度長い時間山に入っても大きな疲労感が出ないくらいには体を仕上げることができました。トレーニング量に対する不安(&初めての100マイルレースに対する不安)が半分、UTMFでどこまで通用するか楽しみ半分という状態まで心身ともに持っていくことができ、スタートに立つことができました。
【UTMF直前のトレーニング量】
1月:127km・14時間・D+3213m
2月:262km・28時間・D+4733m
3月:256km・48時間・D+11389m
4月:200km・33時間・D+10500m(UTMF除く)
レース前日は中学の同級生でトレイルランニングを一緒に始めた(前述の鏑木さんの講演を一緒に聞いていたし、チーム100マイルも一緒に入った)高野善明君に宿を手配してもらい、岩本町ランニングクラブの方と一緒に前泊しました。前から知り合いだったナベさんも一緒でリラックスした雰囲気で前日を過ごすことができました。朝早く目が覚めてしまいましたが、レース前にしてはゆっくり眠ることができました。夕食と朝食のバイキングもナイスクオリティでした。
レースプラン
今回はトラブルなく最後まで潰れずに走れた場合と、トラブルが発生して走れなくなってしまった場合で2つのプランを考えていました。
トラブルなく最後まで走れた場合、タイムは30時間を一つの目安にしました。今回は初めての100マイルレースかつ事前に試走もできなかったので、この30時間というペースが自分にとって現実的な目標なのかは定かではなかったのですが、過去のリザルトを見ても、どんなにうまくいってもこのペースよりも早くゴールはできない想定で考えていました。30時間のタイムはトップ選手のゴールタイムが20時間で設定されていたので、各区間の所要時間をトップ選手の1.5倍したものを目安にしました。
逆にトラブルが発生した場合は、今後UTMFに挑戦できる機会もあるか分からないので、一生に一度の思い出づくりのため、無理せず歩いて完走を目指そうと思っていました。
結果
ゴールタイム:29時間55分19秒
順位:総合88位(男子80位)
終わってみれば、当初想定していた初めての100マイルに対する恐れは杞憂に終わり、30時間という設定タイムぴったりでゴールができました。
レース序盤はゆっくり入ることを意識しつつも、前半山場の天子山塊では体の負荷は軽くリズム良く走れました。後半は人並みに足は使い切っていました。特にロード区間では欲を出して前を追ってしまい、少し足を使いすぎたかもしれません。ただ、練習段階でトラブル回避を主眼に置いていたため、レース当日は怪我や胃腸トラブルなど、全体的に大幅なタイムロス要因は回避でき、A6以降は元気なランナーに抜かれましたが順位を落とさずに(順位を大きく上げることもなく)ゴールまで走れました。
今回はエイドの滞在時間はなるべく短くしようと意識していましたが、リザルトを見るとエイド滞在時に大きく順位を上げることができました。エイドに入る前にやるべきことを整理してから入るようにしていたことが功を奏しました。特に前半は走っている区間よりもエイド滞在時の方がランクアップをしており、もしかしたら頑張って走るよりもエイドの時間縮めるのが100マイルレースではタイム短縮の鍵なのかなと感じました。
【エイドでの順位変動】
A1(03:01):404→357
A2(07:16):285→248
A3(03:58):223→196
A4(18:04):193→163
A5(03:13):149→118
A6(04:19):104→97
A7(19:49):96→94
A9(07:48):89→88
また、今回当初の予定では、サポートをつけない予定でしたが、Buffブースに出店をされていたBLUETAGさん(+Runtripさん)に期せずしてサポートいただけることになり、A2とA7にサポートで駆けつけていただきました。万が一何かあった時のためのジェルや補給食のスペアを持っていただきましたが、それ以上に「エイドで待ってくれている人がいる」ということが力になりました。
UTMFを終えての感想
トレイルランニングが好きになるきっかけを作ってくれたUTMFは、実際に参加してみると過去に参加したトレイルレースでは間違いなく最高のレースでした。
正直、昔に比べて少し熱も冷めていたトレイルランニングを通じてここままで自分の気持ちが昂ぶったことに驚いています。
UTMFを初めて走らせてもらって「もっと準備して上を目指したい」という気持ちもありますが、今の生活環境の中ではこの結果が精一杯かなと感じる部分もあります。
来年のUTMFも優先エントリーで参加ができるようでしたらまた挑戦させていただきたいと思いますが、どこまでここにパワーをかけられるかはまだ全く見えない状態です。
100マイルレースの準備は距離や走る時間に比例して、トレーニングに割かなければならない時間も多く捻出しなければなりませんでした。数ヶ月でしたが、時間のやりくりに苦心しました。
「人生の中で自分の持つ時間とエネルギーを何に投資して、何を得たいのか」そんなことを自分自身に問いながら、置かれている環境と自分の選択の中で納得できる準備を来年もできれば良いかなと思っています。
人それぞれUTMFを通じて得たい経験や結果は異なると思います。順位やタイムを追うことだけがUTMFの価値ではないと思っています。UTMFという長い旅にはそれぞれの物語がありますが、幸運にも参加できた人の人生においては非常に価値のある時間なのではないでしょうか。
各区間における詳細
START~W1(1:22:23)
スタート前の鏑木さんや三浦雄一郎さんの話を感慨深く聞いていたところ、すでにスタート位置にはランナーが並んでいたようで、中団よりもやや後方からのスタートになりました。
最初の10kmくらいは前が詰まっていて、なかなかリズム良く走ることができませんでしたが、途中からは周りのリズムと同調して走ることができました。ここではチーム100マイルで過去に一緒に練習したメンバーと結構多く顔を合わせました。
ペースとしては体感的に負担がかかっていないくらいの負荷を意識して走っていましたが、想定タイムよりも大幅に早く着いてしまいました。しかし心拍数から見ても決してオーバーペースではなく適正なペースで走れていました。
前半はオーバーペースにならないようにSPORTS SCIENCE LABのアビリティ測定で無酸素要素のエネルギー経路(解糖系)が働き始める心拍ラインであるAeT値を意識して走っていました。
アビリティ測定やAeT値に興味ある方は以下ご参照ください。
VO2 MAXやAT値測定で変革するトレーニング手法やレースの走り方
W1~A1(0:53:22)
W1では次のA1も近いことから水の補給をせずにスルーをしました。W1からA1までの区間は走れるトレイル区間でした。極力頑張らないことを意識しながら走りましたが、この区間で結構ハム(腿裏)に疲労が出ており、この先が少し不安になりました。STARTからA1までの区間で疲労を溜めないように、UTMFの対策をする上では獲得標高の少ない走り続けられるトレイルにおける練習も加えておければ良いと思います。
A1エイドには想定タイム区間タイムよりも少しビハインドで到着しましたが、ペースが落ちたわけではなかったので、今後の区間タイムもある程度の目安として考え、タイムに神経質になりすぎないようにしようと思いました。
A1エイドの後は28kmの最長区間で、最初の難所「天子山塊」にアタックします。水をMAX(1L)まで補給し直し、バナナを口に含んでからトイレを済まし、手際よく準備を整えて出発しました。
A1エイドでは鏑木さんが選手を応援しており、ここから頑張ろうと気合が入りました。
A1~A2(5:04:33)
A1からA2までの山岳区間はなるべく体に負担をかけないことを意識して進みました。この時に気にかけていたのは心拍数でした。A1までの区間同様AeTの心拍数をから+10くらいまでの心拍数を目安とし、体に乳酸が溜まらないことを意識しました。この区間ではA1までと使う筋肉が異なっていたことからA1で疲労したハムの筋疲労が逆に軽くなるような感覚がありました。
また、友人でありRBRGのスタッフでもあるキーちゃんや岩本町RCの方(?)とおしゃべりしながらだったので、この区間の山岳区間はあっと言う間にクリアすることができました。急勾配なところも多かったのですが「標高稼げているよ」と冗談めかしながらも気持ちはポジティブにセットしました。
体的には無理をしているわけではなく、非常にリズム良くこの区間は走れました。
熊森山を降りてからはA2までしばらくロードが続きますが、ロード区間もAeTの心拍数を意識し、体に負担のない範囲で進めました。
A2ではSTYの選手も多く、非常に熱気に包まれているエイドでした。ここでは応援にかけつけていただいたBLUETAGの皆さんとラントリップ大森さんに激励をいただきました。事前に応援に来ていただけると知っていたので、みんなに会うのがとても楽しみであり、会場の熱気と相まって、自分自身スイッチが入った気がしました。
A2~A3(2:37:22)
A3~A4(2:22:52)
この区間も体の調子が良く、淡々と進んだ感じでした。ところどころ走っているシーンは覚えていますが、あまり印象に残っていないくらい走りに集中ができました。
A2~A3区間では何度も練習を一緒にしてきた永田春樹さんと伴走するシーンが多かったです。
A4エイドに到着したタイミングでは多少お腹の冷えによる違和感があったのと、脚にも少し疲労を感じるようになりました。
過去にドロップバッグを受け取れるレースではエイドで無為に時間を過ごしてしまったこともあったので、エイドには入る前から事前にやるべきことを決めてから入りました。シャツの着替えと補給食の充填を済まし、その後エイドでの水分補給行いました。事前の長時間トレーニングの後にコーラを飲むと必ず胃がおかしくなっていたのでコーラは一切とらず、夜間のエイドではお湯を補給しました。
A4~A5(2:35:40)
時間帯に加えて休憩を長めに取ったこともあり、A4を出たタイミングが最も寒さを感じ、体が温まるまでガクガク震えながら走り始めました。この区間はそこまで厳しいコースではない印象でしたが、5:00-5:30頃の時間帯に強烈眠気に襲われました。ペースも落ち、トレールの中をかなり蛇行しながら走っていました。ふらりふらりと走っているとパスさせていただいたSTYの選手から「トム!」と呼ばれました。こんなところで誰だろうと思って振り返ったらSTYに参加している倫ちゃんでした。この時はとにかく眠くて極限状態だったので、その時に知り合いに会えたことが嬉しくて一気に目が覚めました。
すっかり復活し、その後足和田山をパスし、A5の勝山エイドに到着しました。UTMFではこの時間帯以外は少し夢見心地になる瞬間はありましたが、眠気に襲われることによるペースダウンはありませんでした。
A5~A6(2:39:10)
この区間はロード区間が多く、疲れている脚では少し頑張りすぎたかもしれません。この区間を終わってからの疲労感が結構大きく、ここで結構足を使った印象です。
この時すでに日が昇っていましたが、富士急ハイランドが横手に見える幹線道路沿いなどは陽を遮るものもなく朝の早い時間帯でも日の光による体力の消耗も余儀なくされました。この区間を気温のピーク時に走った選手は大変だったと思います。
すっかりと息をひそめた眠気と引き換えに、このあたりから今度は水を飲むと気持ち悪くなる現象に苦しめれました。スポーツドリンクを飲むと喉が乾くし、水を飲むとお腹がタポンタポンになるという症状が続きました。水中毒はトレーニングでは発症したことのなかったトラブルで、電解質の摂取などを怠った結果でした。この症状はその後も長い時間苦しめられることになりましたが、強烈な胃腸トラブルによる吐き気やハンガーノックまでは至らず何とか我慢しながら走り続けることができました。
A6~A7(2:41:51)
この区間は水中毒と高まり続ける気温に加えて脚にも疲労がたまり、我慢が続く区間でした。石割山の急勾配が大変な印象でした。A7にはBLUETAGの今矢さんが来てくれることになっているので、A7まで頑張ろうと無理をしすぎずとも気力を振り絞りながら進みました。
長丁場のレースでサポートをつける一番大きな意味は「待ってくれている人がいる」という事実があるかないかが一番大きな気がしました。また、ここから50km以上あると考えると走る気も失せるが、A7までなら頑張ろうと思えました。長丁場のレースでは残りの距離を意識するよりも区間を区切って頑張るという捉え方が大事な気がしました。
A7に到着して今矢さんに会いました。ここに到着した時は相当消耗しており、初めてエイドで座り込んでしまいました。ポカリを口にしましたが、水中毒の症状はあまり快方に向かいませんでした(水に薄めると少し良い感じでした)。固形物も取りづらくなっている中で買って来た果肉入りゼリーをなんとか流し込み、足を軽くマッサージしてもらいました。今矢さんとお話をしていて元気をもらい、気持ち的にもリフレッシュしてエイドを出ることができました。
A7~A8(3:19:30)
この区間は繰り返されるアップダウンに非常に苦しめられた印象でした。特に二度目の石割山は繰り返されるアップダウンと一向に到着しない山頂に何度も心を折られそうになりました。石割山を登り切ってしまえば、A8エイドまではすぐでした。
この苦しい区間もA8楽しみにしていたMMAエイドを励みに頑張れました。A4のドロップバッグではMMAのTシャツに着替え、全身MMAでエイドに行って盛り上がろう!という楽しみもありました(その割にエイド滞在時間は短めでした)。少し話が逸れてしまいますが、100マイルレースでは「気分良く走る」ということが結構重要な気がしていて、今回MMAのウェアをチョイスしたのは良かったなと思いました。ランニングパンツがかっこいいと何人もレース中に声をかけてくださいました。(MMAのブログだしPRしとかないと!笑)
A8ではOS1がドリンクとして用意されていたり、ダブ鯖の渡邊部長やMMAの渋井さん、たまに飲み会やレースでお会いする柾やんなど知り合いに多くスタッフとして携わっており、心温まるホスピタリティに元気付けてもらいました(残念ながらスペシャルゲストは休憩中のようでした)。このエイドでいただいた甘味のある暖かい紅茶が水中毒の症状には一番効いた気がしました。
A8~A9(2:47:01)
この区間は後半の山場である杓子山を迎えます。この区間は結構たくさんの知り合いに会えました。A8エイドで遭遇した宮崎喜美乃さんはA8エイドを一緒に出るとあっという間に姿を消しました。久しぶりにお会いするSalomonの牧野選手はトラブルで大ブレーキがかかったようでしたが、レースをあきらめず淡々と登りを走っていく背中に漢を感じました。A8から杓子山山頂までは5年前に参加したUTMF対策合宿以来色々なレースでお会いする大庭知子さんと近い距離で走っていました。杓子山からの下りでは元気そうなチーム100マイルの奥野さんにあっさりとパスされました。
杓子山は5年前のSTYで走っていましたが、石割山以上に山頂と間違える箇所が多く、「今度こそ頂上か」と錯覚し、何度も心を折られました。今回はレースの準備として試走ができませんでしたが、UTMFの本コースではA8-A9コースはマストで試走しておくべきだと感じました。
杓子山の山頂手前で子熊のような小動物がトレイルをすごいスピードで駆け抜けていくのを見かけました。熊だったのかイノシシだったのかは定かではありませんが、A9エイドでスタッフの方に子熊らしきものを目撃したことを伝えました。
A9~A10(2:22:54)
A9~A10の最終区間は最後の霜山はつづら折りの登りを600mアップする最後の難関。すでに走れる脚も残っておらず、ひたすらパワーハイクで登りました(いや、パワーハイクもできず、普通のハイクだったか、、、)。杓子山に比べると難易度も低く我慢してやり切れる印象でした。また、霜山からの下りは多少テクニカルで、疲労した状態の脚でヨチヨチと下りました。
ロードに出てからは河口湖の湖畔に出てから走りやすいロード。ゴールが見えているけれどもぐるっと回る必要があり、ゴールになかなかたどり着かない印象でした。ただ、ここはもう最後が見えていて、アドレナリンが出ていたこともあり。最後の力を振り絞ってプッシュすることができました。
ゴール時間は夜の21:00、会場は人もまばらでしたが観客やスタッフの方に祝福されゴール。長い旅が終わりました。最後泣くかなーなんて思っていましたが、安心感が勝り、感激して涙が出るということはありませんでした。
ゴール後
ゴールしてしばらくするとBLUETAGチームの皆さんがゴールまで来てくれて祝福してくれました。どうやらゴールを迎えていただく予定だったようですが、それよりも早く着いてしまったようでした。
その後、BLUETAGチームが会場付近で借りている一軒家にお邪魔させていただき、シャワーを浴びてからタイ料理のレストランに食事を摂りに行きました。思ったよりも胃腸は元気で、乾杯したビールも美味しく飲めました。宿泊地に戻ってからもしばらく宴は続き、うとうとしながらも完走の余韻をお酒とともに楽しむことができました。ゴール直後にビールがゴクゴク飲めるのにビックリしました。
今回のUTMFは一人旅を想定していましたが、期せずしてBLUETAGチームとご一緒させいただき、Runtrip感溢れる楽しい旅になった気がします。
また、翌朝会場に向かうとUTMFの熱気に圧倒されました。ゴールに向かう選手の走りに感動し、それを祝福する会場のポジティブな雰囲気に心が揺さぶられました。会場では知り合いにも多く会うことができました。普段引っ込み思案な自分でもUTMFという特別な場所ではオープンマインドで多くの方と接することができ、参加者(選手のみならずボランティア・サポート・観戦者問わず)と共有できる時間は最高でした。
UTMFはトレイルランニングレースではなく、人生の中でも非常に濃厚な体験をできる旅だったのではないかと思います。この大会を多くの方が目指す理由がわかった気がします。自分が今まで出たレースの中でも間違いなく過去最高の大会でした。この大会を主催されたみなさま、ボランティアのみなさま、応援いただいた友人、レースを一緒に走った同志、UTMFに関わった全ての人に感謝します。
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