「防寒対策や食料については十二分な装備を行い、どんなことがあっても自力で麓まで下りるというのが登山するものの責任である。結果がすべてであり、言い訳に意味はない。」山小屋終了後の富士登山について前記事の中でこう書いた。そのわずか1週間後の9月22日15時13分、北海道を代表する山、羊蹄山の山頂近辺で浮き石に足を取られて転落し、頭部を打ち流血したためヘリで救助された。”登山するものの責任”を果たす事ができなかった。言い訳をする気はない。慢心と不注意が招いた結果である。10針程度縫う盛大な傷をつくったものの、命に関わるようなことがなくて幸運だった。骨折等もないため、治療の通院以外には仕事への支障も出ていない。軽率なミスから大勢の人を巻き込む騒動を起こして大変申し訳なく思うとともに、救助活動に関わっていただいた方々には感謝してもしきれない。今後同じ事を繰り返さないため、万が一また何かあった際に適切に対処できるよう教訓をまとめた。
①誰にでも事故は起こり得る
自分に限って事故に巻き込まれる事はない、自分には関係のないこと、恐らく大半の人がそう思っている事であろう。少なくとも自分はそう思っていた。そう思えるだけの自信もあった。天候が悪ければ山には行かないし、自分の力量以上のコースは設定しない。もちろん装備は必要十分に持って行く。トラブルがあっても自力で戻れる自信がある場合しか山行きはしない。しかし、結果がすべてであり、自力で下山できなかったのは事実である。不可抗力による事故もあるが、不注意など下らない原因の事故は大半が回避することができる。事故が起こり得ると認識した上で気を抜かない事、事故が起きても処置をして下山、もしくは救助されるまで耐え抜く事、が決定的に重要である。
②危険性の少ない場所における油断
今回事故があった現場は決して危険な場所ではない。たしかに岩が多く、足の置き場に気を付ける必要はあるが、滑落=即死ということはない。気の弛みがあったことは否定できない。トレランをやっていて足を捻るのは大抵が何でもないような所だったりする。今回は浮き石でバランスを崩したのが原因なので、それに対する僅かな注意の欠如が反応の遅れを招いたといえる。
③時間に対する焦り
今回は単純な麓からの往復ピークハントで、下山開始予定時刻を過ぎたら自動的に下山を始めるつもりだった。しかし、山頂直下まで来た事から欲が出て10分〜15分くらい遅くなってもよかろうと下山を始めていなかった。
④通報先
捜索や救助は警察への連絡が第一。今回は身の危険を感じて消防に連絡したが、通常の窓口は警察である。もっとも、事故場所が山頂直下と場所が明確なので間違いではなかったが。
⑤装備の不活用
装備は持っていても適切に使わなかったら意味がない。今回はトレラン用ザックであれば通常ついているホイッスルがそれに当たる。事故時、多量の出血に叫んで他の登山者へ救助を求める合図を送るのは断念した。しかし、ホイッスルを使えばそこそこの範囲に響くので合図として使える。また、救助ヘリへの合図にも使えてた。見た事がない出血量に完全にパニックとなり、持っているものを適切に使うという冷静さを欠いていた。
⑥装備の不備
■食料
さっと上りさっと下りるピークハントを予定していたので行動中に必要な食料しか持っていなかった。しかも下山時に荷物を軽くするためにもっていた食料を事故直前に消費してしまっていた。帰りの道中でおやつとして消費すればよいわけで、下山しても残る余分を持っておくべきだろう。
■応急グッズ
携帯トイレ、テーピング、消毒、バンドエイドは大抵持って行くが、止血に使えるようなものは十分でなかった。今回は防寒用のフリースを使う事で大量出血による昏睡を免れることができたのが幸いだった。
■サバイバルブランケット
事故当時もかなり気温が低かった。防寒の装備は持っていたが、日没後の寒さに耐え得るのは難しかっただろう。北海道の2,000m級の山というだけあり、1週間前の富士山よりも気温は低かった。救助されて病院に行くまでの間、何度も寒い?と尋ねられるくらい体が震えていたのは事実である。あと一歩で低体温症という状況だったのかもしれない。登山開始前から山頂に立ち込めていた雲が幸運にも事故直後に晴れてヘリによる救助が可能な天候になり、救助までが1時間半程度だったのも幸いだった。
■山岳保険
山岳保険に入っていなかった。一度も入った事がない。ヘリで捜索が行われると100万単位の費用が発生する。事故を起こして命を起こすことになったとしてもそれは自己の責任ともいえるかもしれないが、残されたものには捜索費用という重い負担がのしかかる。山岳保険の文句にはよく、捜索費用の負担は大変です、と書かれている。しかし、それ以上にケガ/後遺症に対する補償内容が重要と思う。転落/滑落によるケガは命を取りとめても日常生活に影響を及ぼし得る。自分の山行きスタイルとリスクに応じて適切な商品を選ぶべきだろう。
事故から1ヶ月経ち、傷も痛みもまだ残っている。事故当初は山に行くのも今後は控えようなどと思った。幸運にも助かった命は大切にしなければならない。自分一人で生きているのではないから多数の人に迷惑がかかるし、今回の件でも迷惑をかけた。しかし、今はまた山に行きたいと思っている。また来年になるだろうが、羊蹄山にも行きたい。これからは今回の教訓を生かして二度と事故を起こさないよう心掛けたい。事故に遭うも、ケガをするも、山に罪はない。すべては登るものの責任である。