朝から暑い1日だった。
初日の疲れはなく、ご飯がするすると食べられる。むしろ、足りない。内臓が元気なのだろう。アルファ米に多めに湯を吸わせて増量して口にいれ、汁物も流し込んで空腹感をまぎらわせる。
長丁場のステージレースとはいえ、1日の走る距離はだいたい40kmとそう長くはない。となると、筋肉の疲れよりも、内臓がバテて食事が取れなくなる方が命取りだ。全身が筋肉痛でも、足裏に無数の水ぶくれができていても、走り出せばなんとかなるが、食べられないと体力だけでなく、気力もそがれていく。
食料とにらめっこしている選手がいた。食料をかなり多めに持ってきていたようで、捨てようか迷っているようだった。もったいないが、食べないと分かっていながら背負い続ける気にもならないのだろう。大会中は思春期の体育会系並みに、慢性的なカロリー不足。荷物を軽くしたい反面、食料を減らすことへの不安を抱えている。その必然として食べることと真摯に向き合うことになる。にらめっこもそのひとつ。葛藤と供養の時間である。
暑いから外に出て活動してはいけないらしい。朝食後のブリーフィングを要約すると、そんな話だった。熱中症予防の指針だと、特別の場合をのぞいて運動を中止するレベルだという。それでも「気をつけて走ってください」とあっさりとした注意のみ。大会は特別の場合なのだ。
気温が上がりきる前に距離を稼ごうと、スタートから先頭に立っていた。序盤の楽しみのひとつが、加賀一向一揆の拠点であった山城に通じるトレイル。登り基調で走りやすい。
湿った空気はまだ夜の涼感を保っていて、脚に触れる夜露もひんやりと心地いい。踏み荒らされていないトレイルにテンションが上がる。楽しくなり、脳内で城攻めを再現。登りは「城攻めじゃ」と勢いにのり、下りは「皆のもの退け、敗走じゃ」と逃げるように駆け抜け、国史跡である鳥越城跡を目指す。
城攻めを終えて以降はフラットなサイクリングロードを挟んで山、ロード、山と続く。暑さが本格的に厳しくなり、ペースダウン。熱中症で倒れない程度にのんびり行くことに。山の登り始めで、気をゆるめたのがマズかった。
体中に数十匹の虫がまとわりついてくる。地元で「オロロ」といわれるアブである。沢の近くに待ち構えていた。油断していると、あちこち噛み付いてくる。沢から離れても、そのまま付いてくるのが厄介だ。進むほどにどんどん増えて、たちまち大群になる。先頭を走っていると、襲撃を一身に引き受けることになり、後続になるほどオロロの数は少なくなる。
数匹なら大したこともないが、数十、数百となると脚をやられて振り払っている間に、脇腹やら背中、はては顔まで噛まれてしまう。これが痛くて、かゆいのだ。数日間は腫れとかゆみが残るので要注意である。
何カ所も噛まれるうちに、立ち往生してオロオロしてしまうことから、オロロという名前がついた。などと、勝手に由来をねつ造している場合ではない。
叩き落としてみるものの、叩くほどにオロロが増えてくる。ポケットの中のビスケット的な存在のようだ。体中にたかられ、抗戦してもきりがない。無数の羽音と繰り返される痛みで、憂鬱さが増していく。登っても、登ってもキリがないように思えてくる。いっそのこと、引き返して誰かが来るのを待とうかという弱気が頭をよぎりもする。耐えるばかりでは限界があった。
引き返したところで、また登らねばならない。それに待っていても気持ちが滅入ってくる。ならば、むしろ攻めねば。スイッチが入り、ペースを上げてみる。勢いをつけて走りだすと、襲われるまでの間隔が長くなった。体をしっかり動かしていると、襲撃されにくいようだ。試しに歩いてみると、途端に群がってくる。またスピードを上げると少なくなった。
なるほど、ペースダウンしている場合ではないということか。
オロロは並走してくれているのだ。一定のスピードを保っていないと、噛まれてしまうペーサー。痛みを伴うスパルタ式だ。ポジティブに考えると、それまでよりもオロロが気にならなくなった。むしろ楽しみだすと、いつの間にか登り終えていた。
そこからは悠々と走って山を満喫してフィニッシュ。気の持ちようひとつで、いくらでも楽しめるのかもしれない。オロロはそんな教えとともに、強烈なかゆみを残してくれたのだった。