大会名にもなっている霊峰の山頂を踏む、大会のハイライトである。日の出前からヘッドライトを頼りに、修行僧の古道「加賀禅定道」をたどって一路ピークを目指す。
かつて幻といわれた「百四丈の滝」や山頂付近の雪渓、男心をくすぐる名称の「美女坂」などなど、お楽しみの多いコースだ。なかなかの急登ぶりからして、おそらく美女はツンデレなのだと思う。
残念ながらガスが濃く、滝や眺望は見られず。諦めきれずに展望台まで行くものの、視界は灰のように真っ白。燃え尽きたよ、真っ白にな……。「あしたのジョー」のごとく完全燃焼している場合ではない。心の眼で滝を拝むに留め、先を急ぐ。
滝の代わりに、手の届く範囲で高山植物を楽しむ。白山には固有の植物が多く、「ハクサン〜」という名前の草花が20種類ほどあった(と記憶している)。固有種に名付けられた山の名前としては「ハクサン」が飛び抜けて多い。植物名から、ほかの名だたる山々と比べても、白山が多様な植生を有していることが分かる。
そんな貴重な自然を保護するため、4、5日目の山岳区間はタイム計測を実施せずに登山に徹する。そのため、実は燃え尽きるどころか、登っていてもまだエンジンに点火すらしていない状態で登っていたのだ。
ランナーではなく、ハイカーに転身。選手がぞろぞろと列をなして、歩いていく。コース上では、走っていないかをチェックする環境省の職員が、わざわざ稜線で待ち構えている。仕事で登れるのは役得な気もするが、職員的にはどうなのだろう。
というのも、この白山ステージは過去に、大雨で滝と化した稜線をたどる年があったり、台風の影響で暴風雨にさらされて低体温症が続出したり、酷暑で水不足だったりと、刺激的なのが特徴なのだ。早朝から待ち構える職員には試練のひとときかもしれない。この日も雨風がやや強め。動いていれば気持ちいいが、2,000m近くでじっとしていると肌寒かっただろう。
天候が急変してトラブルに見舞われることも考慮して、選手は前日までのペースに応じて3、4グループで集団登山する。標高2,500mを超えると、斜面によっては雪がたんまり。中国から参加した選手が大喜びである。雪を見る機会がなかったらしく、かなりのハイテンションで、写真撮影にいそしんでいた。レースを忘れた、和やかなトレッキング。のんびりとしたペースなので、筋肉と内臓の疲労を和らげられる。天候次第とはいえ、肉体的にはリフレッシュできるステージなのだ。
行動時間は10時間ほどと比較的長いが、雨風はさして激しくなることもなく、拍子抜け。ガスで視界が悪かったことをのぞけば、多少肌寒さを感じるだけだった。特にハプニングもなく、ゴールである白山室堂ビジターセンターに到着した。
「今年は普通でしたね」「これまでで一番過ごしやすかったかも」
リピーターの選手、スタッフの間ではそんな声も聞かれた。すんなり登り終えてなによりのはずだが、ガスで見通しが悪いくらいではなんだか物足りない。青空に抱かれて走るのも山の楽しみなら、荒れた空模様と格闘するのも山の醍醐味ということか。
そんな人は嵐や逆境を求めるのだろう。荒天にあえて身をおき、命を燃やしたいと考えてしまう。もはや、あしたのジョー症候群である。命を燃やしすぎて、そのうち真っ白な灰にならないように注意が必要である。そんなノーガードの両手ぶらり戦法で打ち合いを望むジョーのような集団が、夏の白山には存在する。