こんにちは。
久しぶりの文章が、悲しい出来事に紐付いてということが非常に残念なのですが、しかし一方でこのタイミングは、トレイルランナーというアウトドア愛好家が改めて自然に対する理解を深めるチャンスであること、そして決してゼロにはならないアウトドアでのリスクではあるけれども、それを極力減らすための知識を得るチャンスであることと考え、こちらを投稿させていただきます。
この文章をお読みの多くの方はすでにご存知かと思いますが、関西のトレイルランニング界のカリスマでもある RUN-WALK Styleの三浦誠司さんが山の事故でお亡くなりになってしまいました。
滝つぼにひき込まれそうな女性を助けに行き溺れる…48歳男性が死亡 神戸・北区 (MBSニュース)
私は縁あって直接お会いしたことも何度もありますし、一時は三浦さんが企画開発されたウェストポーチの「YURENIKUI」やロングディスタンスにも対応したトレラン向けザック「ZAINO」の愛好者でした。きっと、直接三浦さんとお会いしたことがなくても、それらのグッズを通じてつながっている方は多くいらっしゃると思います。
今回の事故は上記のニュースの通り、“山の事故”といっても“川の事故”でもあり、通常、トレイルランナーにとっては縁遠いことのように思われるかもしれません。しかしこの暑い季節においては、“ドボン”という言葉も使われるように、トレイルのコースの途中や終わりに位置する滝や河川に入るトレイルランナーも数多くいることでしょう。
それらを辞めろという気もありませんし、私自身、暑さに火照った体を川で冷やすことは大好きです。ただ、“川のリスク”は遠いものではないという自覚が必要だと、三浦さんの事故によって改めて認識させられました。
私の場合、昔からテンカラ/フライフィッシングのような流れの早い箇所に足を踏み入れるような川遊びに親しんできました。また周りには沢登りを楽しむ友人も多く、少し前には沢登りをしていた友人たちのパーティが増水した河川で連絡がとれなくなり、一時は行方不明の捜索が出て肝を冷やした経験もあります(その後連絡がとれ無事下山しました)。
しかし、この数年、アドベンチャーレースやパックラフト、カヤックなどで川下り(ダウンリバー/リバーランニング)を楽しむようになるまで、最低限の知識はあれど水の事故対策については山での対策ほどに意識が向いていなかったと言わざるをえません。でも知れば知るほどその怖さを感じます。WHOの報告によると意図しない事故死の第三位が溺死らしいです。驚きませんか?
今回の件があり、ネット上で役に立つ情報はないかと色々探しました。しかし意外と川の事故に関するリスクを紹介したサイトは少ない。そんな中、海を中心に水場の青少年向けレクリエーションをサポートしているB&G財団のサイトにちょうど良いものがあったので、まずはこちらを紹介させていただきます(※同財団の成り立ちや立ち位置について色々意見のある方がいらっしゃるのは存じてますが、アウトドアに関する支援団体としては相当素晴らしいと思います)。
川の事故を防ぎ、安全に遊ぶための5つのポイント(B&G財団)
上記の記事の中で特に
- 湾曲している箇所での水流と深さ
- 隠れ岩と水流
- 堰堤の構造(滝と同じ)や危険性
のあたりについては、教えられないと知ることがないような知識なので、ページ内にある画像とともに知っておくといいと思います。
特に堰堤や滝の構造については絵で理解をしておくことも大事です。
以下の図は、アメリカ・ヴァージニアの Department of Wildlife Resources の”Lowhead Dams“という記事からお借りしたものです。lowhead dam というのは“落差の低い堤”ということですね。つまり、人工の堤防のみならず、沢登りや普段の川遊びでも見かける小さな落差のあるダムや滝のイメージです。なので、子供を連れた川遊びなどでも普通に出くわします。
from “Lowhead Dams” by Virginia DWR
こうしたダムや滝では、上から落ちてくる水がそのまま下流に流れていくだけではなく、上昇に向かう水流があり、そしてそれは流れ落ちる水流の方に向かっていき”Backwash”という流れを作ります。”Outwash”は下流の方に向かっていく流れなのですが、”Backwash”に捕まってしまうと、”Recirculation”といって、潜らされては浮上し、浮上しては潜らされるという状況を繰り返し、ダムや滝の下にできた水流から抜け出すことができなくなってしまいます。
また、”Boil”と書かれていますが、沸騰しているわけではなく、こうした箇所では白い泡すなわち気泡を含んだ水が流れている箇所です。”white water” というのは泡がたくさん見えてる(含んでいる)水流のことですが、それも同様。こうした水が危険なのは、体が浮かないから。後でもう一度書きますが、こうした空気を含んだ水というのは、単位容積あたりの水の比重が軽くなる(=空気を含んでる分“軽い水”になる)ので、体の持つ浮力だけでは浮き上がれなくなってしまうわけです。
上の絵では、”Escape Route”という矢印がありますね。このルートは、Boilしていない水が流れ、かつ下流に向かうので抜けやすいということですが、パニック状態になるとそうそう抜けられないと考えたほうがいいでしょう。
from “Boat-ed”
上の写真は、堰堤における Outwash/Boil/Backwash を上部から見た写真です。実際に水の中に入る前に、どの部分がどれに当たるかはこのようにわかります。Boil lineを超えると助かる率は高くなるでしょうが、Backwashに巻き込まれると出てこれない可能性は大いにありますので、このような写真を覚えておいて、実地でも確認することをおすすめします。
ちなみに上の写真は、米国ペンシルバニアの Fish & Boat Commission による “Water Rescue for the First Responder Course” という水難事故・水災に関する資格認定コースからお借りしたものです。
このコースはすべて英語とはなりますが、河川での水難事故のみならず、(最近起こってるような)洪水時の対応、普段からの備え、事故・災害が起きた際のシステマティックな対応策などがオンラインにて学べます。ちゃんとテストでスコアを取れば認定証が発行されますので、ご興味のある方は受講されてみてはいかがでしょうか(下の写真は私の Certificate 認定証です)。
今回の事故につながった滝に関する話題に話を戻しましょう。
WATERFALLS: RISKS AND HAZARDS (The Outdoor Swimming Society)
英国の The Outdoor Swimming Society が滝の危険性について上記のリンク先のページでまとめてくれてます。これを抄訳で以下に紹介いたします。
「白い泡はすなわち浮力がなくなることを意味する」
- ”ホワイトウォーター(白い泡が見られる水流)は、空気を含む水を指す。気泡は水の比重を軽くする。それゆえ、体の持つ浮力が役に立たない(=空気を含んだ水の中では体の浮力では浮かび上がらなくなる)。そのため重力の影響も受けて体は沈みやすくなる。
- パニックに陥ると流れに逆らって泳ぎたくなるが、それでは抜け出すことはできない。空気を多く含んだ水流から逃げ出し、表層に出るしかない。
「サイフォン効果:流れている水の力は強い」
- 岩などの隙間は狭くなるため、水流の強さが増す。(風呂場や流しなどの)栓のところを流れる水の勢いが強いのと同じ。狭いところに向かうと水の重さがその場所に集中してしまう。これを”サイフォン”呼び、抜け出すのが困難。
「激しい流れの川は危険の変化も大きい」
- 激しい流れの川は短時間で様相が変わるため、たとえ落ち着いてるように見えてもすぐに危険な川に変わる。特に激しい雨が降ったあとのそのような川は、2-3mぐらいの水深ならすぐに増える。
「水の重さ」
- 滝壺では体は水の重さに押し付けられる。これは滝の高さに比例して重さは増す。
「土手や堤防の高さと脱出ポイント」
- 土手や堤防の高さや脱出ポイントにちゃんと注意を向けないことが事故に結びつきやすいので以下に注意する。
- 入水する前に下流の脱出ポイント確認する
- 水が浅いところに抜けている箇所に入水し、浅瀬に抜けやすくする。
- 下流に流される前に上流に向かって泳ぎ、水流に対抗して泳げるかを確認する。
「思っているよりも水が冷たいことでショックを起こす」
- 溺れる原因の主要因の一つが、水が冷たいこと。低体温症になった人の多くが気温に比べて相当低い水温についてわかっていない。またそうした低温によるパニックなどによって、コントロール不能な過呼吸につながる恐れもあるが、落ち着いて呼吸をすることが重要。。
「滝はえてして若い川を意味し、水が冷たい」
- 滝は岩場にできやすく、冷たい水を含む小さな川なことが多い。大きな川だと充分に温められるチャンスがあるが、小さな川や滝にはそれがない。
以上のような知識を少し持っているだけで、自然との向き合いや備えが変わるのではないでしょうか?
そこで・・・・・
最近は水難学会の講習会や各種資料、赤十字の水上安全講習、RESCUE3といった水の救命講習といったものもありますので、特にリーダー/引率としてグルランやイベントを実施される方は参加されることをおすすめいたします。
個人的には、トレイルランナーであっても、リーダー/引率を行う方は、
・Wilderness First Aid http://www.wildmed.jp/
・上級救命講習 https://www.tokyo-bousai.or.jp/lecture_kousyu/
・日本赤十字社水上安全法 http://www.jrc.or.jp/activity/study/kind/water/
・JOAナヴィゲーションスキル(シルバー以上) http://www.orienteering.or.jp/ni/seminartest.html
の取得や参加をおすすめいたします。
※ただ残念ながらコロナの影響で、上記講習会の中止が相次いでいます。
また、英語で講義を受けることが可能な方は、特に米国ではオンラインで受講できる Self rescue, First Responder 関係のサイトが多数ありますので、この時期だからこそチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
それと絶対に忘れてはならないこと。
上述の”Water Rescue for the First Responder Course“でも繰り返し出てきますが、溺れている人がいたとしても、まずは自らの身の安全を確保することが大事であるということも肝に命じて置かねばなりません。
「要救護者の家族や友人にどれだけ頼まれても、同情を寄せることはしてはいけない。まずは自分とチームの安全確保をすべし」
というのがWater Rescue for the First Responder Course“でも教えられることです。
最後に。
トレイルランナー界、特に関西のトレイルランナー界のカリスマが亡くなったことはわれわれにとって大きなショックであり、損失です。しかしながら、これを機に改めて、我々は自然の”中”で遊ばせてもらってることを肝に命じる必要があると思います。三浦さんに、ランニング/トレイルランニングを教えてもらった人は数え切れないくらいいるでしょう。そして今回、新たにまた教えを頂いたと考えて、僕たちは学んで前向きに進むべきなんじゃないでしょうか。
R.I.P.
補)
もし“ドボン”をする可能性があるのであれば、できれば「スローロープ」を持参したほうがいいのではないかと考えてます。「スローロープ」は slow ではなく、throw で、投げるためのロープです。
例)モンベル コンパクトスローロープ15
河川などでの要救護者が掴まれるように投げて、引き上げるためのもの。しかしこれも一度はトレーニングを受けておく必要があります。水に流されている人を引っ張り上げるのがどれだけ重く難しいかということを理解しておかないと、救護者が引き釣りこまれる可能性があり、二次的な事故に繋がります。なのでここではあくまでも紹介に留めて起きますが、機会があればぜひトレーニングを受けてください。
追記)水難事故にあったときの「ういてまて」
一点忘れてました。水難事故にあったときは慌てずに「ういてまつ」のが推奨されてます。水難学会は普段講習会なども開いているのですが、残念ながらコロナの影響で今年は行われていません。ただ、テキストは購入できますので、水難事故で溺れてなくなるリスクが低くなると思いますのでぜひ。
水難学会指定指導法準拠テキスト ういてまて 最新版
以上。
高広伯彦 Nori Takahiro
日本オリエンテーリング協会ナヴィゲーションインストラクター/日本フォトロゲイニング協会公認監修者/日本キャンプ協会キャンプインストラクター/Wilderness First Aid Certificate/上級救命講習修了/水難学会会員(ういてまて講習員)/Water Rescue for the First Responder Certificate, Fish & Boat Commission, Pennsylvania