これだけは断言しよう、ハワイは常夏の島などではない。
小さなしずくが顔をたたいては流れ落ちていく。たれてきた水滴が目に入る。雨に汗がブレンドされていて、しみる。閉じた目の中でコンタクトレンズがズレてきた。
雨だれを吸い込んだTシャツはすでに飽和状態に達していて、袖と裾からダラダラと水がたれていた。エサを目の前にしてよだれをたらす犬のようだ。濡れた短パンが太ももに張りつく。あまり気持ちのいいものではないが、そのままにしている。満員電車でとなり合った人に触れないようにするものだ。離れようとしても密着してしまう。ムダな抵抗なのである。
夜に降りだした雨は強弱をつけながらも止む気配をみせず、大会2日目は雨中のスタートとなった。あちこちに水が浮き、前日にはなかった小さな水路があちこちにできていた。
晴天に恵まれた初日は大会直前のコース変更の影響で、アスファルトの上を延々と走ることになり、信号機の前では借りてきた猫のようにおとなしくたたずみ、お行儀よく横断歩道を渡るという、この種のレースでは得難い経験ができた。舗装路の照り返しでかなりの高温になるため、時折降るスコールはありがたかった。火照った体を冷やしてくれる恵みの雨に、もっと降れと願いはしたものの、さすがに降りすぎである。
レインウェアのフードをかぶったランナーたちがうつむき加減でスタートの瞬間を待っていた。厚い雲に覆われた空模様と同じように元気がない。みんなの気持ちはよく分かる。肌寒くて、早く走り出したいのだ。この日は誰もが勢いよく駆け出しいた。
それにしてもよく降る。トレイルの窪地はすべて水たまりになり、膝上まで浸かってしまう。むかし走ったブラジルのジャングルマラソンを思い出して懐かしくなった。ズブズブと沈む沼地で泥水を跳ね上げながら進んだときのことだ。
細かいアップダウンのたびに現れるこの日の水たまりはジャングル的だが、いやちょっと待て、ここは南国リゾートだ。ハワイというのは、目の覚めるような青空、開放的なビーチでアロハシャツにビーチサンダル姿で、降り注ぐ太陽を浴びながらのんびり。そんな楽園ではないのか。
リゾート地としてのイメージが頭の片隅にあり、正直なところギャップに戸惑った。眠くてまぶたの重たそうな曇天に、じめじめと雨の降る山の中でレインウェアと濡れたシューズ姿で、降り注ぐ雨に打たれて震える。なんとも非ハワイ的である。
2日目にして、ハワイ的なイメージは清々しいほどに裏切られた。自然に身を投じることで現地を知る。それがステージレースの醍醐味のひとつであり、これがハワイなのかと新鮮な気持ちになるが、肌寒く、張り付くウェアが不快であることに変わりはない。毛根という毛根から爪の隙間まで雨がしみこんでいた。