2018年レース再考

あけましておめでとうございます。
2012年にこのブログを始めてなんと6年目。とうとうTor des Geantsまで走っちゃいました。当時のわたしには想像もつかなかったと思います。

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さて、最近になって自分のトレイルランニング経歴を列挙しなければならない機会が二度ほどあり、数年分を振り返ってみました。(一覧は最下部に記載)2012年12月末にトレイルランニングを始めて、ロードに関しては2013年を1年目と換算して5年でフルマラソンに出たのはたった2度。PBなんて2013年の東京マラソンで4時間1分43秒ですよ。どんだけ遅いねん、って。今走っても4時間切れる自信がありません。

レポートの仕事や取材でレースに出ることもあるのですが、自ら選んで出たレースについては初年度から信越五岳などの国内長距離レースに恵まれたこともあり、直近3年間くらいはコンスタントに1年に2~3回は100km前後~100マイル(最長200マイル)のレースに出ているという傾向でした。

年を重ねる毎に次第にレースへのエントリーは減り、ユニークで強くて尊敬する仲間達が企画するグループランなどに好んで参加するようになりました。2017年に至っては、スリーピークス、ASO ROUND TRAIL、トルデジアンの3つのみ。いずれも景色最高!山を満喫できる山好きのためのレースといった感じです。加えて、トレイルランニングというよりも山岳縦走に傾倒して、分水嶺トレイルにも初参加しました。出てみて思ったことは『完全にこっちの方が向いてるやーん!』ということですね(笑)

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レースが好きというよりも山が好き。景色や草木や空。香り、音、光、影。休みの日には色んな山に行きたい。走る・登るだけでなく色んなアクティビティで自然を楽しみたい。2017年末にかけてクライミングをはじめたり(まじめに通おう)、スキーを買ってみたり(10数年ぶり!)もしているんですが、山の楽しみ方を広げたいと思ってのことです。だから最近では「レースという形式だからこそ行ける場所」「レースに出てそこへ行った方が案外コスパがいい」「旅行ついでに楽しめそう」という目線でトレイルランニングの大会を見ています。

次はどこの山に行こうかなぁ
あの国のあの山どんな場所かなぁ
あのトレイルを歩いてみたいけど、もしかしたらレースがあったりするかな

そんな感じです。
しいて言うなら、なんだかおもしろそうなレースやまだ情報が少ないレースに出てレポートしたいという欲求もそれはそれであったりします。レース取材が好きなので、呼ばれれば喜んで飛んでいくし、そういう時に距離は関係ありません。個人的に長い距離が好きだというのは、もちろん最初の頃は距離に対する憧れがあったりもしたものです。でも最近では、より長く山の中に居ることができてたっぷり楽しめるから、という理由です。短いとなんだかもったいない気がしちゃったりして。(とはいえ完走できてこそですが)

仕事は別として、趣味ならば、山を感じられなきゃ、人との出逢いもひっくるめて山を楽しめなきゃ、わたしにとってはレースに出る意味があんまりなくなりました。順位とか速さとかマジでどうでもいいんです。努力しまくっているトップ選手はめちゃくちゃ尊敬しています。でもそれはまた別の話です。もちろん順位や走力の向上がオマケでついてきたら万々歳ですが、べつに速くなりたいわけじゃないし練習好きじゃないし(笑)高揚するレース独特の雰囲気はもちろん好きですが、わたしにとっての最優先事項は「そこの山へいって遊ぶ」ことです。だからこそ、山の奥深くまでたった11Lのザックで1週間楽しめるトルデジアンは最高に贅沢な縦走旅でした。

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レースレース、ポイントポイントって色々ありますが、そんなことを耳にする度それを仕事にしている身としてはなかなか複雑です。100kmくらいまでなら、走りたいと思った時に適当に近所で走れるようになりました。100マイラーという言葉に憧れを抱いてきましたが、今はいくらでも時間をかけて良いならたぶん100マイルも、ハイこれから1人で走れと言われれば走れると思います。おっと、違う、そうじゃない(笑)

なぜそのレースに出たいのでしょうか。走れそうな見た目をしていないが故に、ギャップ=過酷さを表現することが求められがちなわたし。でももうそういうのはできれば卒業したい。もちろん過酷な面はあるけど(ありのままを書くと余裕がないから結局過酷に見えちゃうんだけど)、もっとレースの楽しさ、レースの魅力を伝えたい。いや、それ以前にそのレースが行われる山のことをもっと知って、山の魅力を感じて、ロードマラソンではないトレイルランニングならではの良さに立ち返りたいと思うこの頃です。

2018年はすでに「行きたい山」にエントリー済み。
楽しみだなぁ。

***

UTMBについて簡単に。既に数年分の情報が多くあって日本人が200人以上出るUTMB各レースをはじめての海外レースに選ぶのはやっぱりわかりやすい。シャモニーは比較的英語が通じやすい。日本では決して見ることのできない壮大な景色が楽しめる。TMBというモンブランの周りを一周するロングトレイルのコースがベースになっていて、ハイカーも多い。TMBを歩くには1週間くらいかかるし、山小屋もなかなか高く、自分で予約の手配をしたりするのは大変。それをレースで走れるのはお手軽だけど、じっくり楽しみたいならむしろハイキングが最高。UTMBのエントリーは1/3まで、抽選発表が1/11。(すいません、終わっていました)今年は12月21日時点のオフィシャルFacebookによるとOCC、次いでUTMB、CCCが人気の様子。OCCになぜそんなに集中しているのか(笑)TDSはぐっとエントリーが減っていてなんだか不思議。日本人は、国内有名選手が活躍していて知名度の高いUTMBとCCCに集中するのかもしれないですね。わたしならTDSにもう一度出たいけど。

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ちなみにTor des Geantsのエントリーは例年2月(2018年は未発表)。抽選の倍率は5~6倍くらい?なのかな。少なくとも11日か12日くらいは仕事を休めないと出られないこと、エントリー費が8万円近くかかることもハードルが高く、その上に抽選なので、去年わたしが参加できたのはラッキーとしかいいようがない。ビンボーなので、一発完走できてよかった。でもあの景色は何度でも見に行きたいので、またいつか出たい。エントリー権は、2017年は過去に100km以上かつ累積標高5000/6000mの大会に出場していることが推奨。そろそろエントリー条件が付くかもしれない。

***

<過去の参加レース>
※ロード、トレイルいずれも記載
※レースタイトルが適当ですいません
※括弧は仲間内でのイベントやグループラン、ローカルレースなど
※なんか忘れてるかも

【2013年】
グアムインターナショナルマラソン
スリーピークス八ヶ岳トレイル 38k
北丹沢山岳耐久レース
信越五岳トレイルランニングレース 110km
熊野古道トレイルランニングレース 30km
みたけ山トレイルラン

【2014年】
六甲縦走キャノンボールラン 56km
STY 91.5km
スリーピークス八ヶ岳トレイル 38k
両神山麓トレイルラン
北丹沢山岳耐久レース
富士登山競走
OSJ安達太良50K
上州武尊山田昇杯120km
斑尾16K
(mountain circus)
OMMストレート
みたけ山トレイルラン

【2015年】
東京マラソン
IZU TRAIL JURNEY
奥三河パワートレイル
経ケ岳バーティカルリミット
スリーピークス八ヶ岳トレイル23K
北丹沢山岳耐久レース
富士登山競走山頂コース
TDS(Sur les Traces des Ducs de Savoie) 119km 
信越五岳トレイルランニングレース110km
funtrails100K
(mountain circus)
トレラン益子

【2016年】
(T.D.T 100mile)
奥三河パワートレイル
(mountain circus)
富士登山競走山頂コース
UTMB(Ultra Trail du Mont-Blanc) 170km
八ヶ岳トラバース35K
(T.D.T100mile)
トレラン益子

【2017年】
(kyoto mount chop)
(富士山ぐるり旅/80kmでdrop)
阿蘇ラウンドトレイル108K
(T.D.Tペーサー/約80km)
スリーピークス38km
分水嶺Aコース 84km
Tor des Geants 330km
(niseko loop)
OMM スコア


山貧女協奏曲 H.U.R.T 100

ずいぶん久しぶりになりました。
最後に投稿したのは浅田真央ちゃんが引退した4月でした。

ライターの仕事を始めて以来、提出しなければならない原稿があるのにブログなんて書いてんじゃねーよと言われそうで正直なかなか書けなかったりします。でも自分のブログが一番自由気ままで良いのも確かです。

さて、昨日はトレイルランナー界隈ではUTMF/STYの当落で沸きましたね。わたしが想像していた以上に多くの仲間がエントリーしていたことを知り、そしてやはり出たい人が多い大会、お祭り的存在なのだと色々考えさせられるものがあるなぁと思っていたところです。マウンテンランニングの世界でロングレース、特に100マイルの存在が大きかった時代からはやや変化してきたと思っていますが、先日発表された鏑木さんの2019年UTMB再挑戦プロジェクトで、“激走モンブラン”世代は胸を熱くした人が少なくないでしょう。スカイランニングなどの若い世代がより世界で活躍するジャンルがさらに注目されていく裏で、いまふたたび、ロングレースが静かに再燃する時代が来るのかもしれません。
【鏑木毅 NEVERプロジェクト特設サイト

2012年にトレイルランニングを始めたわたし個人の趣味の志向性は、そんな二極化する時代の流れのどちらの極ともなく、完全にトレンドからはずれてライターとしてはいいのかわるいのか、自分でもよくわからない感じになってきました(笑)今年は、知人達が企画する長距離グループランに参加したり、分水嶺などの山岳縦走系、しまいには7日間生活するように山を歩き?続けるトルデジアンに出てきました。もう、山をただ走るだけでは物足りない。だとすれば、山や自然という存在に向き合わなければならないような旅をする。あるいは、だれかと共に歩む、サポートすることという、この2つがトレイルランニングにおける最近のわたしの一番の楽しみかもしれません。雑誌RunningStyleで連載している「ランスタトレラン部」などもその一環で、メンバーのひたむきな姿に心打たれることもしばしば。そうやって「やっぱりトレイルランニングも楽しいなぁ」と思ったりしています。

そんななか、思ってもみないニュースが飛び込んできました。
オトベ、まさかのH.U.R.Tに当選する事件。

オトベと言えばこれです。
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オトベ、が、斑尾を走った
初めてのトレラン、初めてのレース。
いずれも一緒でした。そのオトベが、世界のトップランナーも出たいと願う人気の100マイルレース、HURTに出る。

彼女は初めてのレースのトラウマで、わたしのような底辺ランナーを軍曹と呼び続けるのですが、最近ではわたしは軍曹の地位を維持するために正直、血眼です。初めてのトレランレースで「まじ息上がってキツイ、辛い、もう限界」と嘆き、わたしのことを頭がおかしい何かしらの生き物扱いしていたのに、いつのまにかどんどんレースに出て、山にも足繁く通い、どんどん走力を上げ、男友達と変わらないようなタイムでミドルを走り、わたしの山岳縦走にもぶーぶー言いながらも結局は普通についてくる。最近OMMに一緒に出たのですが、すっかり冬の怠け体型に戻ったわたしは、林道で猪突猛進なオトベのパワーウォークについていくのが辛くて辛くて、何度意味なく荷物を整理したり上着を脱ぎ着することにしてごまかしたことか。100kmくらい超えないと引っ張れやしない。もうどっちが軍曹なのかわかりません。

だから、H.U.R.T完走しちゃうんじゃないかと思うんです。
わたしじゃなくたってだれでもいいと思うんですが、「ペーサーしてくんない?」といつもの調子でわたしに声をかけてくれて、結構感慨深かったんです。そんな彼女のおかげで、まさかのHURTに行けることになりました。貧乏フリーランスにとって、お財布事情を考えると海外レースはせいぜい一年に一度。それがこんな形で有名レースに参加できることになるなんて!だれかと共に歩む、あるいはサポートすること。その楽しみをこんな最高な形でプレゼントしてくれるなんて。

オトベは、「えまちゃんとちがって底力みたいなんが出ない」と言うけれど、出ます。出ます。オトベはなんかよくわからないけど、わたしよりもずっと自分ルールみたいなものに忠実で、やると決めたことはやり抜くし、信念があるし、頑固だし、負けず嫌いだし、根性の塊だと思うんですよね。それをユルいあの独特な雰囲気で纏い錯乱させているだけだと思うんです。だからわりと心配していない。ただ、経験したことのない距離に身体がどうなるか、そこだけ乗り越えれば良いことで、それはわたしの全知識と経験を注ぎ込んでサポートすれば良いと思っています。

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最近の彼女の「5」への執着はとんでもない。
5の話:オトベのブログ ROAD TO XXX
今週から、週1回の朝ラン11km(公園3周)のメニューを公園5周に変えて、わたしが考えアホみたいなヒルトレも1日追加し、朝5時起きで週2回練習することにしました。

初のヒルトレの前日、「それ5周するわ」と連絡が来たので、「5周もしたら翌日歩けないよ」と返事したら、「じゃあ公園5周でもいいけど」と言われ、自分で考えたメニューと言えど、マジかよ朝から5周もしたくないよという気持ち。だけどオトベの言葉になんだか揺さぶられて結局は2人で5周完走。おかげさまでわたしは翌日筋肉痛で、オトベは平気な顔をしていて苦笑い。そんなこんなでわたしにとっても良いトレーニングになっています。必ず怠けてしまう冬。今年はモチベーションを切らさずに冬を越せそうです。

わたしはわたしで、もう来年の計画がおおよそ決まっているので、2人で互いの目標に向かって、わたしたちらしいチャレンジをしたい。こういうこと書くとだいたい「エマの文章は熱すぎ」「ちょっと重い」みたいな冷静なコメントをしてくるあたり、良いバランスが保てているコンビなんじゃないかな。
100マイル漫才楽しみだな。

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【山貧女】-やまひんじょ。<mountain poor girls>
MPG(mountain poor boys)兄貴から命名されたがなぜ貪じゃなくて貧なのかはいまいちわかっていない。がしかしキラキラさに欠けるなんとなく貧相なわたしたちにあっている気がするよね。


浅田真央引退に思う、輝きと情熱をもういちど

浅田真央ちゃんが現役を引退しましたね。
いつも思うのです。どんなスポーツでも世界で活躍する人ってわたしの脳みそで考え得る10000000000000000000000000000000倍くらいの努力をしているんだろうと。

引退発表のブログの文章は心に響くものがありました。
参考:BuzzDeed NEWS
https://www.buzzfeed.com/tatsunoritokushige/asadamaoforever?utm_term=.dyQAGYYL5G#.uow1GaaV7G

“自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。”

今日は、たまにこのMMAブログにも書いている、過去に山以外にわたしが情熱を傾けたことのエピソードを話そうと思います。

わたしはずっと文系で、体育会系の部活に入ったこともなければ勉強もたいしてできるわけでもなく、ナンバーワンにもツーにもスリーにもなったことのないある意味ごくごく平凡な人生です。

大学は芸術系に進学し、学内には個性の塊みたいな人がゴロゴロいて、「普通な人」は逆に悪目立ちするというなかなか辛い環境でした。姉に比べて全然勉強ができない分、独創性みたいな部分こそ親に褒められて育ったわたしは、自分の才能のなさにひどく悩みました。気付いたんです。飛び抜けて素晴らしい作品を生み出せる天才的な発想力を持ち合わせていない平々凡々なわたしには努力しかないと。平凡を磨いて磨いて特別に近づけるしかないと。

この時期に並行してダンスを始めたのですが、これは一見、わたしに向いていました。リズム感みたいなものは多少なりと個人差があると思うのですが、とはいえ努力が目に見えやすいものでした。振りの覚えにしても、身体づくりにしても、表現力にしても、人よりも多く、もっと多く、もっともっと多く練習を積む。練習を積めば積むほど変わっていき「才能がある!」「すごいね!」と褒められるようになりました。

3年経つ頃にはショーで最前列のセンターを取れるようになり、ダンススタジオのクラスのアシスタントをさせてもらえるようになり、あともう少しで人生初めての“いちばん”になれる予感と希望が遠くにかすかに見えた気がしたのです。

安直でした。

きっとその傲慢さが自らを滅ぼしていったのでしょう。まったくうまく踊れなくなりました。スランプとかそういうものではありません。練習が辛くなってしまって、やってもやっても何の成長もできないような気がしたんです。さらに極度の緊張症だったわたしは、ショーのステージのど真ん中で毎回のように失敗をして迷惑をかけていました。でもわたしの失敗は緊張症のせいでもありません。

あれは何だったのか?今ならわかります。わたしの場合、ただ努力が足りなかっただけです。磨かずして輝くなどないということをなぜ早々に気付かなかったのか。怪我をしていたわけでもないし、だれもわたしを止めたりもしなかった。なんの環境要因もなかったはずなのに自分に甘んじた。自分がレベルアップしてステージが1つ繰り上がると、努力と成長の目盛が変わるのでしょう。100cm進んで1m。セカンドステージではこれまでの100の練習が1の練習程度にしかならなかったのです。こんどは1000進まないと次のステージに上がれません。

輝き続ける人は、今日は昨日の10倍、明日は今日の100倍努力していた。小さな小さなコミュニティの中でちょっと認められだしたら、もっと大きな宇宙規模の世界があることがわかり、そんな中でわたしは星のひとつどころかミジンコみたいなものでした。

わたしの輝きは可笑しいほど一瞬でした。わたしのメンタルなどそんなものでした。足元の成功、足元の輝きしか見ていなくて、もっと先を見ていちばんになれるメンタルがこれっぽっちもありませんでした。ナンバーワンでもナンバーツーでもなければオンリーワンすら目指すメンタルがなかった。それまで、始めた頃の燃え盛る情熱がわたしの支えであり、ひたすら盲目に練習し続けたけれど、果てしないその先が見えた瞬間にがんばり続ける気力を一瞬で失ったのです。本当のいちばんの人からしたら私の情熱などミジンコだったでしょう。ダンスは好きだったけれど、その半年後には一生続けたいとまで思っていたダンスを辞め、地元を離れ、OLになりました。のんびり楽しめば辞める必要などなかったのかもしれないけれど、もう向き合いたくないという気持ちでした。

“自分を支えてきた目標が消え、選手として続ける自分の気力もなくなりました。このような決断になりましたが、私のフィギュアスケート人生に悔いはありません。これは、自分にとって大きな決断でしたが、人生の中の1つの通過点だと思っています。”

情熱にも色んな形があるけれど、火を絶やさないためには、必死で薪を集めて、くべ続けなければならない。手を止めればすぐに火が消える。

わたしには悔いがないと言えることはまだありません。楽天的に生きているようですが、人生悔いだらけです。中途半端で諦めてきた後悔。熾火になるまで耐えきれず、バケツでバサーっと消化して人生の通過点にしてきました。それはそれでその時々が今の自分へ導いてきたので良いんですけどね。

だけど、真央ちゃんのこの強い言葉、真央ちゃんが自分自身に投げかけるような、唱えるようなこの言葉。なんだかズシンときました。

身体と心の限界、気力と体力の限界は永遠の課題だけど、目標がある時というのは幸せなものです。無条件にパワーが沸いてくるあれはなんなんだろう。盲目な時のあの興奮はなんなんだろう。不思議なものです。

引退報道記事に並ぶ真央ちゃんの写真の数々を見て想う。輝く彼女の美しさといったら。想像もできないくらいの彼女の努力と苦悩が唯一無二の輝きを放ってる。

単純な勝ち負けとかじゃない。自分なりの輝きと情熱を持とう。わたしも。
相変わらず地道な努力は苦手だけれど。

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―最後のSHOWCASEの一幕。この時にはもう火が消えていたのかもしれない。


2017年は飛躍

もう1月も終わりに差し掛かっていますが、新年最初の投稿なのでこのご挨拶から。

あけましておめでとうございます。今年は北アルプスは燕岳標高約2700mで仲間と新年を迎えてわたしの2017年が始まりました。相変わらずです。

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このブログもトレイルランニングを知らなかった2012年(末)に始めてなんと5年目になりました。そんなにたくさんライターの仕事をしているわけではないですが、書くお仕事を始めてからは原稿があるのにブログを書いている場合でないことも多く(笑)、随分とのんびりペースの更新になりました。

さて、わたしはトレイルランニングを始めて2年目から『今年は◯◯の年』みたいなテーマを毎年なんとなく決めるようになりました。前年に不甲斐なかったことを克服しようという気持ちがきっかけです。人生を豊かにするためにはいろんな苦手を好きに変えるようにしています。好きが増えれば増えるほど見ている世界が変わるからです。よく、こういう風に文字にすると、そういうのすごいね、と言われることがあるのですが、あくまでなんとなくです。なんとなくそんなことを考えたりしながら過ごしています。

2013年が実質トレイルランニングを始めた年で山の醍醐味“登り”に打ちのめされて、翌2014年は登りの年。でもはじめての100km超えに打ちのめされて、翌2015年は忍耐の年。忍耐力と根性はついたような気がするけど2016年は未知の世界100マイルの年に。じゃあ2017年は?

昨年は初めて100マイルを経験したのですが、「100マイルの年」の文字の通り1年に3回も100マイルを走りました(笑)しょっぱなからちょっぴり飛ばしましたよね。ま、ほんとのところは期間も開いていたし飛ばした感は全然ないんですが、まぁとにかくよく走り、よく登りました。前半は山を我慢してでもロードを走っていましたが、UTMBに向けての2ヶ月と帰国から年末までは山も存分に楽しみ、充実した一年でした。3年目までに比べてレースへの参加は少なかったけれど内容はとても濃いものでした。

一方でなぜかいままでほとんど経験したことのなかったハンガーノック、食べられない、嘔吐、低血糖という地獄のサイクルを立て続けに経験して、【胃腸トラブル】に悩みました。実際には胃が弱いわけではなく、往往にして気温の変化に対応しきれなかったことが原因ですが、これはこれからの課題なのかもしれません。

2017年のテーマは?

もう1月が終わろうとしているのに、実はまだいまいちこれといったテーマが決まりません。もしかしたらちょっと休息の年なのかも。チャレンジしたいことの大きなものは年間通して5つほどあって、それを基準にしていくことになると思います。が、それがあんまり一貫性がないんですよね(笑)

『あいつこんどは何やらかすんだ?』と期待してもらえるように、そして酉年なので大空に気持ちよく羽ばたくように、わたしらしさのままに進化していきたいと思います。お楽しみに。

 

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12月4日に「秋ヶ瀬バイクロア」という自転車のイベントに参加してきました。
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シクロクロス、というジャンルでわたしも正直よくわからんのですが(笑)、ランでいうところのいわゆるクロスカントリー的なちょっとしたアップダウンのあるコースを走るイベントという感じです。山ではなくアスファルトでもなく、公園のような場所で行われます。

シクロクロスのレースはたくさんあるようですが、『バイクロア』は一風変わっていて、家族や仲間たちとわいわい楽しく参加できるユルいローカルな野外フェスのような雰囲気です。フェスやキャンプ好きが喜ぶような会場装飾と、センスの良いフードや物販のブースが立ち並び、空間づくりがとっても上手です。白州、秋ヶ瀬など場所を変えて開催していて、今回6回目で初めて参加しました。

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自宅近くの駅で友人と合流し

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会場まで自走で。約20km。運動運動。

そのきっかけというのが、今回、みなさんご存知Runboys!Rungirls!がバイクロアとコラボして、駅から会場まで走るグループランを開催することになり、手伝いついでに参加しませんか?という話になったのです。

会場となる秋ヶ瀬公園は埼玉の彩湖近くにある公園で、東京都の中心部からはそこそこ距離があります。スタートは浦和駅。距離は約10km。私は埼玉寄りの東京に住んでいるのでさほど遠くないのですが、さすがに日曜の朝っぱらから浦和駅に人が集まるんだろうか・・・?しかもバイクロアに出る人は自転車があるから会場に直接向かうし、ランナーはバイクロアに出るわけじゃないだろうし・・・。

そんな不安をよそに、朝の浦和駅には続々人が集まり、あっという間に約30人!
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さすがの集客力です。ほぼはじめましての方で、(こうみえて大人数の知らない方々に混じると)人見知りのわたしは勇気を出して参加者の方に積極的に声を掛けながら走りました。

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子供がバイクロアに出るので会場まで走るんです、という浦和近郊の方。おそらくちょうど良いサイズのザックがなかったという様子の山と道のminiを背負っている方、今年のTDSに出たというUTMB Tシャツの方。などなど。レベルもスタイルも多種多様。想像よりもちょっぴりペースが早くて心配したけれど、そんな必要なく、あっという間の7kmでした。

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浦和市内を駆け抜け

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枯葉と秋が残る紅葉の公園を通り

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小川の傍からは遠くに秋ヶ瀬公園を望み

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空が広くて見晴しのいい河川敷を疾走して

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広~い秋ヶ瀬公園内をゆるりと走れば

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会場に到着

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みんなで集合写真を撮ったら

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なんとランチチケットの贈呈!で、会場のブースで美味しいカレー。

もう少し公園の中や周りを走るもよし、公園で寝っ転がってバイクロアのレースを見ながらビールでも飲んでのんびりするもよし、ブースでランにも使えそうなアイテムを買うもよし、試乗バイクで自転車に挑戦してみるもよし。グループランの参加者も思い思いの楽しみ方をしているようでした。

わたしは友人のマウンテンバイクを借りて、レース間のコース解放中にはじめてシクロクロスのコースを走らせてもらいました。1周目は要領がわからずふらふら漕いでビビッて超低速走行。デコボコやタイヤがとられるマッドな道、細いカーブ、木の根っこ。思った以上の障害物が行く道を阻んできます。1周を終える頃には「ヤバイ!楽しい!もう一周!」とおかわりして、途中でずっこけて落車したりしながら楽しみました。

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レディースクラスに友人も出走

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デニムクラスやオウル(仮装)クラスなど、初心者でも参加しやすいクラスもある

猪突猛進タイプ故か、いままでアドベンチャーレースやヒルクライム、トライアスロンなど自転車のスポーツに誘われることがたびたびありました。トライアスロンはお金がかかるイメージがあってお財布事情的にやらずにいて、アドベンチャーレースはマウンテンバイクが怖くてやらずにきました。恐怖感というよりも、昔から視力に左右差があって奥行きを捉えるのが非常に苦手で、転んだりぶつかったりを日常でもだいぶやらかしているので、車の免許も事故が怖くていまでも持っていません。トレイルランニングや山でも足を引っかけたり頭をぶつけやすく、わりと地味~な悩みです。

ただ、思い切ってノリで試してみてわかったことは、『見る』ことよりも『感覚を掴む』ことが大切で、しっかりと身体が覚え感覚を掴めてさえいれば多少見えないことなんてどうでもいいような気がしました。そうやって山を走っているんだもん。バイクロアの楽しい雰囲気と、敷居の低さがそう思うきっかけをくれました。

なーんだ、と言う感じで、いままで必死に守ってきた殻が馬鹿馬鹿しく、わたしなんて単純なもので、さっそくマウンテンバイクが欲しくなりました。そんな風に、「走るのがきらい」「走るのだけは苦手」というちまたでよく聞くその声の主が、1人でも「めっちゃたのしーい!」に変わり、走る仲間がもっと増えたらいいななんて思ったできごとでした。

何歳になっても殻を破ることのできる人であること。ほんとは難しく見えて簡単なことなんだけどな。大人は深く考えがちなので、そういう部分はいつまでも子供でいたいもんです。

さて、5月には白州でCAMPもできるバイクロアが開催されるそうなので、今から楽しみ。来年はOMM LITEに出ようと思っていたけど、OMM BIKEでもいいか・・・?な?
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愛車は普通の街乗り用のクロスバイクだけどこれでもバイクロアなら参加できた


冬支度

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久しぶりの更新になりました。

レースシーズンが終わり、まったりと過ごしてしています。レースシーズンなんて言ってますが、今年出たのは3つだけ。奥三河、富士登山競走(雨天打ち切り)、UTMB。いつもレースに出てるイメージがあるようですが、トレイルランニングを始めて最もレースに出なかった年でした。その分これに加えてT.D.Tを春と秋の2回参加しました。1年に3回も100mileを走り、結果的には練習も含めていままでで最も走り、ロングディスタンスの虜になった年になりました。

さて、今年は雪がたっぷり降るんじゃないかと、目を輝かせる山仲間の荒い鼻息がそこかしこから聞こえてきます。昨年は雪が少なかったので、今年の雪には皆すごく期待しているのだと思います。冬期の登山は4年目になりますが、まだ経験が浅く技術もあまりに乏しいので、もう少しレベルアップしたい今シーズン。冬山経験が豊富な方の繋がりを色々と探しては学ぶ場を広げねばと考えています。どうかたっぷり降ってほしいものです。

そんななか、まさに今日、立山で雪崩事故がありました。
ここ数日立て続けに立山での雪崩の情報が出ていて気になっていたのですが、ついに人が巻き込まれてしまったのだそう。たとえば雷鳥沢と言えば夏山では楽しいテント場ですが付近では雪崩が度々起きているそうです。今回の事故は室堂から一ノ越間で起きたと言われていて、トレイルランナーならTJARなどでお馴染みの一ノ越。石がひかれて整備されていて、夏のシーズンは室堂のホテルからスニーカーで上がってくる人までいるようなところです。そこで、6人のパーティーのうちの3人が雪崩に巻き込まれました。夏は歩きやすい場所だけれど、木もなにもない大きな斜面です。

【立山雪崩情報】 http://toyamaken-sotaikyo.jp/avalanche
ここにも記載されていますが、3年目前の11月に真砂岳で発生した雪崩事故(7名死亡)と似たような状況、だそうです。このページの表現は初心者のわたしでもわかりやすい。行くわけではないですが、ふむふむと読んでいます。数日前にUPされていた、『しばらくは雷鳥沢などの大きな斜面には立ち入らない方がよいでしょう。もし立ち入る場合には、比較的安全な斜面で積雪状態を詳しく調べ、自身や他人に対するリスクの回避や万が一の救助方法などについて、仲間同士でよく話し合ってください。現在、積雪層内には不安定な積雪が存在していることを忘れずに、くれぐれも慎重な行動判断を。』という言葉が強く心に響きます。

先々週は富士山で2km(標高にして900m)もの滑落で2名が亡くなりました。ちょうど富士山の事故が起きた日、わたしは仲間と沼津アルプスを走っていて、徳倉山から富士山を眺めて『雨の後のこんな暑い日には危なすぎてだれも登らないだろう』と話していたところでした。
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もちろん視界良好である必要は絶対あるのだと思いますが、単純に晴れていればすべて良しというわけでなく、雪が多けりゃいいというわけでもなく・・・じゃあどうであればいいのか?つくづく冬山のコンディションには悩まされます。富士山の事故に遭った方は、1人は山岳会所属の登山歴40年、もう1人は大学山岳部。どちらもきっと経験豊富な方だと思います。一体何が正しいのか、まだわたしには知識が足りなくてわかりません。ただ、まだ今はシーズン初頭。自分がまだ登るべきではないだろうというエリアや状況の判断は、慎重すぎるくらいがちょうど良いと思っています。

***
11月に入り、この時期だからできる冬支度から始めました。まずはギアチェックです。冬場しか使わない装備を引っ張り出してきて、突然使って万が一劣化していて途中で使えなくなってしまったら、雪山ではそれは死に一歩近くなることです。

アイゼンを分解してチェック。うわ、ちゃんと錆落として油も塗ったのに錆びてる・・・磨き直し。わかんも同じく。冬靴に合わせて装着。(久々だと、え~っとどっちから通すんだっけな?となる)
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グローブ類がペアで揃っていて劣化していないことの確認。手先足先は低山でも簡単に凍傷に・・・。ジャケットの劣化チェックと防水洗濯+アイロンで熱をかけておく。アウターもしっとり濡れて身体が冷えたら最後。

そして、今年は新アイテムを投入。冬用登山靴を一足、UTMBの時にシャモニーのスポーツショップの閉店セールで新調しました。SALOMONのS-LABX ALP Carbon GTXです。
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女性サイズだからか激安で、レース前に見つけてレース後までに売り切れたらどうしよう!と思っていたけれど、真夏のシャモニーではそんな心配無用でした(笑) ローカット+シューレース、ゲイター一体型で、アイゼン対応。軽くて動きやすい。どのくらいの山まで行けるかはまだわからないけれど、現地でも若い欧州の登山家達が結構履いていました。

新しい靴でいきなりフィールドに出て足が痛くなったら同行者にも迷惑がかかる。しかも雪が深い場合、時には靴にアイゼンを付けてさらにわかんを付けたりもして、ヘビー級になります。そんなわけでアイゼンとの相性チェックのためにあえて岩が多少ある【雪と岩が混じった状態の低山】へ日帰りフィールドテストに行ってきました。3時間程度の山行で行ける場所です。

まず、もともと持っている冬用登山靴よりも一回りスマートなので、アイゼンのベルトが余る。いままでの靴に合うように焼切ってあるので長いのです。ちゃんとたたんで絡めておかないとうっかり引っかけ兼ねない。(写真では適当だけどこのあとたたみ直し) そして致命的だったのが靴擦れです。チェーンスパイクで歩いたときには調子が良かったのに、アイゼンを付けると歩いているうちにかかとが痛くなってくる。シューレースで締めるタイプの靴なので、どうやらアイゼンの重みでかかとが若干浮いてしまうらしい。
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カポカポとかかとが浮くうちに靴が擦れてしまって痛い。替えの靴下に履き替えたり、靴擦れ用のジェルパッドやニューハレで肌を保護したり、コードやアイゼンを締め直したりしたけれどイマイチ。これじゃダメだ。メーカー曰く『アイゼンとの互換性は、GRIVELとPETZL両社の協力体制のもと開発。指定モデルのみに適合いたします。』だそうで、いちおう私のも“指定”のGRIVELのAIR TECH LIGHTなんだけどな~。古いモデルだから重いのか?ともかく、テストしておいてよかった~!これが本格的な雪山の山行中だったら思うとゾッとします。

わたしの使っているアイゼンは重くて爪も長く、安心・安定感はあるけれど、もう少し軽いものにすべきか。そのそもこのシューズは-7度/+20度なので厳冬期には向かないか。残雪期向きか?などなど。これを履く時はもう少し軽量な10本前爪くらいのアイゼンとのセットにして、雪深い場所や標高の高い場所に行く時には、もともと持っているゴツイ冬靴が良いのかもしれない。

***

先日行った山で、『せめてピッケルがあったらよかったのに・・・・・・!』と心底思った出来事がありました。その時期のその山では、経験者でもなかなかピッケルを持って行く選択肢を取らないような状況でした。なにせ、その日は山の中で15人くらいに会いましたが、私達以外は1人もチェーンスパイクや軽アイゼンすらしていませんでした。(ザックに入っていたかもしれない) 冬山をやらない人が初冬に登るタイプの山ではないので、おそらくほとんどが登り慣れた地元の方なのかもしれません。明かに上は雪だろうと読んでいた私達は、チェーンスパイクと軽アイゼンを履いていて、それがとても大切な役割を果たしました。私達には身の危険はありませんでしたが、もっと気を引き締めなければ、とシーズンイン早々に痛感しました。

持っていかず後悔するくらいなら持って行ったほうが良い、でも持ちすぎて重くなっても体力を奪う。まだまだ初心者レベルのわたし。経験者から教わったり、仲間と共に経験を積んでいくしかない。夏山にも増して厳しい冬山。ギアの準備だけでなく、知識も、こころも、冬支度をはじめなければならない季節が今年もまたやってきています。雪山が、心奪われる素敵なものであること、多くの登山愛好家を魅了するものであることは違いないのだけれど。

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立山で雪崩に遭った方々が、どうか無事でありますように。


オトベ斑尾三部作―後編―

今週末は、ハセツネにKOUMIに・・・・・・きっとこれまでの自分の集大成として挑む人も多いことでしょう。はじめてトレイルを走ったあの時の気持ち、はじめてレースに出た時のあのドキドキ。はじめてフィニッシュテープを切った時の感動。足が痛くて涙をがまんしながら走った記憶。思ったような結果にならなくて悔しくてたまらなかった記憶。“走りきった”ことをほめられてたまらなく嬉しかった記憶。仲間が増えていく喜び。

初心。あなたの初心はどんな気持ちでしたか。

山が、トレイルランニングが、仲間が大好きで続けてきた、そんなようなことを決戦前にふと思い出すきっかけになったらいいなと思います。オトベの素直な文章から。

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2年かけて50Kのスタートラインに立った私のゼッケンナンバーは・・・

【435】

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残念ながらまじふつう

レースの目標タイムは特に設定しませんでした。周りにとらわれず、自分の感覚を信じて、つらすぎない状態で走ったり歩いたりを繰り返そう。トラブルさえなければ、絶対完走できる。とにかく楽しんで来よう、そう心に決めて、いざ出発です。

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スタートゲートをくぐると、最初はアスファルトの登り、トレイルとゲレンデをぐるっと迂回。途中でスタート&ゴール地点のゲレンデを横断。応援の人たちが列を作って送り出してくれる。応援される側になるのはなんだか気持ちよくこそばゆい。

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声援を抜けるとすぐにゲレンデの直登。急登を登り切ると、斑尾高原の景色が広がってくる。そして斑尾のトレイルへ入っていき、気持ちいいダウンヒルが続き1Aへ。1Aを過ぎると、平坦なトレイルが続く。

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しばらく行くと、列が止まっている。
どうやらコース上に蜂がでたらしく、レースが中断された。ちょうど前後に友達がいたので、談笑しながら待つこと30分。結局迂回することに。

ここから2Aまではそれはそれは長い林道をゆるやかに登っていく。たぶんきちんと走りこんだランナーには基本的に走れる区間。走りこんでない私にはかなりキツイ区間だ。つぎからつぎへと抜かれていく。

特に蜂で全員止まって同じ場所から再スタートを切ったわけだから、抜かれる人数も多い。けど、あせらない。ここで無理してもいいことなんて何もない。しょうがない、私苦手だもんこういう道、と割り切り、耐えながらゆっくり走ったり歩いたりを繰り返す。

あーもう飽きたなー、いつまで続くのかなー、ながいなー、つらいなー、
そう思っていると、また前で何人か止まっているのが見える。

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野尻湖だ!綺麗!

きれいな景色にテンションがあがったところで2Aへ。

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ここからは斑尾山への登りだ。最初はうねうねとスイッチバック、後半は急登。この大会では最もキツイ登り。といっても30分くらいで登頂できる。山頂そのものは残念ながら見晴らしはよくない。

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ここから少し気持ちの良い尾根を行き、そして、ゲレンデの激下りが始まる。最初はスイッチバック、すぐに、直滑降のような下り。

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このくだり結構えぐかった。調子のって爆走したら絶対足が終わるな、そう思って温存しながら下っていく。一気に斑尾山を下って3A。

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ここからはしばらく16kmのコースと同じ、ふかふかの気持ちいいトレイル。途中泥んこで足場が悪いところもいくつかあったが、気にせず突入していく。走ったり登ったり下ったり歩いたり。舗装路に出て、袴岳への登山道。今回はコース変更されたので山頂まではいけなかった。下りに入ると、また蛇行が始まる。

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綺麗な景色を理由につらくなってきた足をゆるめたりしながらも4Aへ。

4Aは待ちに待ったシャインマスカットエイド!ここでMountain hardwearの大阪ALBI店で働いてるミキティに遭遇。去年のUTMFも今年のCCCも完走している彼女。走力が違いすぎるので、ずっとずっと前を走ってると思っていた。その彼女が今、こっちを見ながら全力で微笑んでる。

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かわええ

どうやら蜂中断の時に蜂に2か所も刺された模様。一緒にエイドを出て苦手な林道登りをスタート。

え、走るんですか?

え、走んないの?

と、なぜかミキティの前を走ることに。
しばらく下って舗装路に出たタイミングでついていけなくなったけど、会えてよかった。全身ピンクのまぶしい笑顔に元気もらえた。

ここの舗装路の緩やかな登り、前を行く男性選手は全員ちんたら歩いて登り、女性選手は全員一生懸命走っていた。

強い男はいない、弱い女もいない

そんな美輪明宏の言葉をなぜか思い出す。
緩いトレイルを登って下って。辛いけど気持ちいい。

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そして希望湖へ

過去2年の斑尾では、濃霧でほとんど希望湖の景色は見えなかったから、今年は晴れてよかった。16kmだとこの希望湖の関門を右に折れるのだが50kmはここから毛無山を登っておりてくる。毛無山の登りは、たらたら続く登りで、本来なら得意な登り。ガシガシ登れるはずが、30km苦手なフラットをメインに走ってきた足だとけっこうキツかった。

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毛無山山頂

ここから気持ちよいブナ林のトレイルを下り、希望湖へと戻る

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綺麗な景色

そして突如現れる石川弘樹。「もう大きな登りは終了ですよ」そう声をかけてもらう。たまたま後ろから選手が来たので一緒に写真撮ってもらったんだけど、
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スタイルがよく、さわやかに微笑む弘樹。
の、隣にたたずむ乙部。
身体のバランスの悪さがもう何とも。死にたい。

そして5A。最後のエイド、残り7km。たくさんエイドで補給し、走り始める。ここからゴールまでの道のりは、16kmのコースと一緒なので、2回も走ったことあるコース。なんとなくわかる。わかるけど、わかるからなのか、ここの最後の7kmがほんとにほんとにほんとにつらかった。

正直ゴール制限まであと2時間近くあった。このあと急登も激下りもない。完走は間違いない。登りだったらあきらめがつく。下りだったら爆走できる。

けど、斑尾のラストは最後の最後の最後まで、登ったり下ったりフラットだったりを繰り返す。がんばれば走れるコースだけに、歩くのが悔しい。残り7kmなんだ、歩くな、と自分に言い聞かせても、どんなに気力をふりしぼっても、エマの顔を思い出しても、感動のゴールシーンを思い描いても、思うように走れない。足がとまる。とにかく長く感じる。行っても行っても距離が縮まらない。

辛い、苦しい、疲れた、もう歩こう、いや、走ろう、走れない、悔しい、そんなとにかくいろんな感情がぐるぐるし、処理できなくなった感情は自然と目から涙としこぼれでてきた。

せめて、ボトルに少しだけ残ってる麦茶飲み干して元気出そう・・・そう思ってボトルの蓋を開けようとしたら、両腕が攣りそうになった。・・・腕かよ!!泣きっ面に蜂とはまさにこの瞬間。
この最後の1時間は間違いなく私の人生で一番つらい1時間だったと思う。そうして戻ってきた斑尾の街。斑尾の景色に安堵し最後のロードを走っていると、街中にたくさんいるボランティアの方々地元の方々に「あと少しですよ、がんばって!」という言葉をかけられる。また感情が高ぶり、涙があふれてくる。

2年前、私はこの最後のロード区間、マジで追い込まれ過ぎて(鬼に)、このボランティアの方々の優しい言葉に

「2kmってぜんぜん少しじゃねぇし!」

「まじがんばってるし!むしろ死にそうだし!」

「とりあえず心臓が口から飛び出そうです!」

あの時は余裕がなさ過ぎて、私の心の中には禍々した感情がうずまいていた。けど、今年は大丈夫だった。ちゃんと感謝できた。よかった。みんな優しい。最高。がんばる。最後のロード、涙をぬぐいながら駆け下りる。

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最後の最後まで登らされる。もうすぐそこにゴールが近づいてきている。最後のゲレンデの下りは自然と笑顔がこぼれる。

そしてついにゴール。

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記録は7時間36分。早くも遅くもない記録だった。けど、最後笑顔でゴールできてよかった。

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 斑尾フォレストトレイル50km、辛かったけど楽しかった。

至極普通な感想ですが、それに尽きます。今回の完走率は93%。語られすぎてて改めて述べる必要なんてないかもしれないけど、斑尾の完走率が高く、初めてのロング(ミドル?)レースに適しているといわれるおすすめの理由をまとめてみました。

①   走りやすい
50kmは決して短くない距離だけれど、レース中大きな登りが1つ、中くらいの登りが2つしかない。一番高低差のある斑尾山の登りも、1時間もかからずに抜けられる。それ以外は緩やかなアップダウンの続く林道やフカフカのトレイル、綺麗なブナ林や湖畔を走り抜ける。標高も高くないので、山の経験があまりなくても、ロード練でカバーできるし、私のようにこつこつ走れなくても、登る筋肉(スタミナ?)つければ、必ず完走できるコース設定でした。

②   関門が厳しくない
6時半スタート、15時半がゴール関門。太陽が昇ってからスタートし、太陽が沈む前にゴールするので、ヘッドライトなどの装備はいらない。睡眠不足の心配も、道に迷う心配も、眠くなる心配もなし。50kmで9時間という時間設定は、レース出るまではけっこう厳しいように感じていたけれど、レース中にトラブルなく走り切れれば問題なくゴールテープを切れる時間設定でした。

③   エイドが充実している
50kmで5個のエイド。約10kmに1個の割合でエイドがあります。エイドにはコーラ、クエン酸コンク、水、マグマ、バナナ、梨、シャインマスカット、チップスターなどたくさんの食べ物があり、そしてたくさんのボランティアの方々がいる。食べ物がコンスタントに補給できる喜びもさることながら、人の声がたくさんする場所がコース上にたくさんあるというのは、それだけでとても癒しの存在で、「もういやだ」を「もうちょっとがんばろう」に変えてくれました。

「競うだけじゃないトレイルランニングの真の醍醐味を体感してほしい」という主催者側の思いが本当に詰め込まれていて、チャレンジする人が抱える不安をなるべくそぎ落とし、完走というご褒美を用意して無事に帰ってくるのを待っていてくれる、そんな素敵な大会でした。

エマちゃんはトレイルランニングにはまる人を、愛情をこめて変人といいました。
彼女はまごうことなき変人です。けれど、私はただの変人の友人です。斑尾に完走したくらいじゃ変人になんてなれないので、どうぞ安心してチャレンジしてきてほしいです。変人しか見てないだろうこのブログでこんなこと言って意味があるのか謎ですが、私が去年じゅんこさんの完走に勇気をもらえたように、少しでも新しいチャレンジをしようと思っている人が、勇気の1歩を踏み出すそのきっかけになったらうれしいなと思っています。

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だいじょうぶ。あなたも変人です。

いいかげんみとめなさい、わたしと同類だって。類は友を呼ぶんだから。

友よ、ほんとうに、おめでとう!
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オトベ斑尾三部作―プロローグ―(Emmaより)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_1/
オトベ斑尾三部作―前篇―(オトベ著)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_2/


オトベ斑尾三部作―前篇―

オトベ斑尾三部作―プロローグ―
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/04/madarao16_1/
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こんにちは、2年ぶりの登場、乙部晴佳(通称:オトベ)です。2年前、斑尾フォレストトレイル16kmで初めてトレイルランニングのレースに出場しました。

このレースは、 走ることに1㎜も興味のなかった私が初めてチャレンジしたレースであり、ゼッケン番号893というギャグなのかな?という番号を胸に走ったレースであり、エマが一緒に走ってくれたレースでもあり、いまだに一番つらかったといっても過言ではないくらい自分を追い込まれたレースであり、エマのことを鬼と呼んだ(レース中は本気で思った)ことでいまだに軍曹というあだ名を彼女に残しているという、センセーショナルなトレランデビュでした。


なつかしいな

その記憶を残しておきたいと、エマのブログに参戦記を書かせてもらたことで、この2年の間、レースに出たりグループランに参加したりすると「エマちゃんの友達ですよね?」と声をかけられたり、「エマちゃんのブログにでてましたよね?」と声をかけられたり、世の中のマニアックな方々の記憶力には脱帽するばかりです。

そんなわたくし乙部が、2年の時を経て、今回斑尾フォレストトレイル50kmを走ってまいりました。

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気付いたらルイも会社の後輩になり、写真撮ってと頼んだら、シャッター押せって言ってるのと勘違いされるようになりました。

50kmクラスのミドルレースに出るには、走力に自信がないし、まじめに練習できるタイプでもないので、なかなか勇気が出なくて、2年間もの時間がかかっちゃいました。

今思えばそんなに怖がる必要なんてなかったな、とも思うし、2年間かけて、すごく順当に成長してこれたのは良かったかな、とも思ったりします。

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思い返せば1年前の2015年、斑尾。

私は2年連続で16kmにエントリーしていました。エマにひっぱってもらって走った1年目の記録を、一人で超えることが目標、とは言っていましたが、当時50kmという距離が未知の世界すぎて、怖くてエントリーする勇気がなかったのが現実です。

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無事PB(自己記録)を6分短縮してゴールしました。が、その裏でひとつのエピソードがありました。

じゅんこさんという友達がいて、彼女はその年、斑尾50kmにエントリーしていました。
じゅんこさんと私はその前哨戦として同年の6月に黒姫ショート13kmを一緒に走ったのですが、じゅんこさんのフィニッシュタイムは私よりも40分ほど遅く、107人中102位でした。

当時、まわりの友達から 「(じゅんこさんは)今のままでは斑尾50kの完走は難しい」 そう思われていたと思うし、私も頭のどこかで 「黒姫がこれでは、斑尾は間に合わないんじゃないかな」 と心配していた部分があります。

その彼女が、4か月間コツコツとトレーニングを積み、斑尾50kmを制限時間めいっぱい使って見事完走したのです。その頑張りはみんなの感動を呼びました。

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走ったことのあるレースで自己ベストを数分更新するよりも、できるかわからないレースにチャレンジして完走している彼女の姿のほうがずっとずっとかっこよく見えたのです。

私も来年は50kmを完走したい。じゅんこさんが完走できるなら私にもできる気がする!そう思う勇気をもらいました。それが、今年50kmにチャレンジしたきっかけです。

そして、今度はその勇気を誰かに “pass the baton” したいと思い、エマのブログに50km参戦記を再び書かせてもらうことに相成りました。それでは、長くなりそうですがはじめてまいります。

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<準備編>

私は走る、という行為自体は今でも得意でも好きでもないです。

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基本餃子食べてビール飲んでます

中学時代陸上部だったなんて過去の記憶は東京湾に沈めて海の藻屑にしました。ランナーがよく月間走行距離が何kmだ、とかいいますよね。正直私、お恥ずかしながら、走り始めて約2年月間、走行距離100kmを超えたことがないんです。だめなんです、淡々と舗装路を走り続けるのが。すぐ飽きちゃう。すぐ心折れちゃう。そんなランナーに必要な素質が皆無な私ですが、その代わり登るのは得意で、なぜか好きなんです。

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東京タワー練も楽しかった

だから、「苦手なことを克服するより、得意なことを伸ばそう」、そう思って斑尾エントリーを決めてからの1年間は積極的に山に行きました。

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今年富士山には2回登りました

そして、もう一つやったこととしては、必要に迫られないとできないタイプなので、積極的にレースに参加したり、ボランティアしたり、友人のレースサポートに行ったりして気分を高めました。最初は、レースに一人で行って、一人で帰っていましたが、いくつものレース会場に足を運んだり、参加したりしていると自然と友達や顔見知りが増えました。これは今回斑尾を走る上で、とても大きなエネルギーになったと思っています。

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特にスリピのボランティアは楽しかったな

仲間と走る。それが、トレイルランニングの醍醐味だとも思いました。それはメンタルだけでなく身体にとっても良くて、2年間かけて徐々に出るレースの距離を伸ばしながらゆっくり準備してきたので、私は今まで出たレースでは1回もトラブルに見舞われずに済み、飽き性の私にしては楽しく続けられている理由だと思います。

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<装備・補給編>

走る時も自分の好きな服装に身を包みたい。そんな人も増えてか、最近は昔よりも気の利いたデザインのランニングウェアが増えたように思います。私は、そんな自分のテンションを上げてくれるウェアやギアに加えて、思い入れのあるものを持つようにしています。

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斑尾50kmの装備はこんな感じ

例えば、エマがくれたバフ。ハッカ油をたらして腕に巻き、虫除け代わりと、汗拭きに使っています。右手で汗拭くたび、エマの

歩かないで走って!
限界超えるのがトレランだよ!

という2年前のスパルタレースが思い出され、足が恐怖で前にでます。この、思わず足の出るアイテムを身につけるシステムは非常にオススメ。

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補給は比較的得意です。胃腸が強いわけではない私が、今まで熱中症、インシュリンショック、嘔吐など、補給関連のトラブルには一切見舞われたことがなく、足が攣ることもなく完走できているのは、もちろんそこまでハードなレースにでてないからかもしれませんが、上手に補給できてるからなのかな、と思っています。

・ハイドレにポカリ1リットル
・ボトルに麦茶600ml
・天気が良いときは炎熱サプリを積極的に
・ジェルは基本magonを1時間に1本
・まじでキツい時にここでジョミ
・2時間に1本のmagma

これに加えてエイドで固形物を食べています。特にお米を食べると本当にすごく元気がでるので、食べたくないな、と思っても食べるようにしています。これでトラブル一切なく乗り切れています。マグマ大使エマちゃんから安達太良トレイルのレース前に餞別にもらったmagmaも持っていきました。

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この日も餃子食べてた

回復系サプリは効果がよくわからなくてずっと興味がなかったけれど、とにかく甘いジェルばっかり摂取するレースにおいて、抹茶味というこの味がとてつもなく気分転換になり、ほんとに救われました。

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さて、十分かと言われれば、十分じゃない準備でした。レース前には悪あがきに内田治療院で鍼ぶっさしてもらい、突如ポチったランブルローラーもどきでとにかく筋肉をほぐしました。

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赤い斑点は虫刺されではなく鍼の跡

雨を理由に走れなかった日々。
たくさんの言い訳を考えながら過ごしましたが、とにもかくにもレースは始まるわけで、わたしは3年目の斑尾フォレストトレイルの新たなスタート地点に立ちました。

(後編につづく)


オトベ斑尾三部作―プロローグ―

MMA Blogを読んでくださっている方ならば覚えていらっしゃいますでしょうか。わたしをなぜか軍曹と呼ぶ山ガール、“オトベ”を。

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このひとです

もともと山を始める前からの友人で、わたしが先にトレイルランニングを始めたのですが、彼女がcolumbiaに勤めるようになり、『わたしもトレランやる!』と言い出して、2年前の2014年の斑尾高原トレイルランニングレース16kmを一緒に走ったことが彼女のトレイルランニングライフのはじまりです。

初めてのレースなのに、全力出し切り猪突猛進タイプなわたしと一緒に走ることを選んでしまったが故に、初レースで散々な目に遭ったんだ!!!と今でも言われるのですが、その時の記録がこちら。

オトベ、が、斑尾を走った(オトベ編)
http://mountain-ma.com/emma/2014/10/16/otobe/

そんなわけでもっと景色見たかったんだとか、エイドでゆっくりしたかったとか、心臓飛び出そうだったとか、今でも散々文句を言われるのですが、おもしろいのが彼女のその後です。そんなに辛い思いをしたらもう二度とやりたくないと思うのが【普通】だと思うのですが、トレイルランニングにはまる人は、あなたもあなたもあなたもあなたもあなたも自覚があると思いますが、

【変人】です。

もう一度言います、【変人】です。
最上級の褒め言葉ですよね。彼女ももれなく変人で、その後黒姫、ハーフマラソンに出たりして、2年目の斑尾でもう一度16kmにエントリーします。

そしてなぜか
「エマと走った時よりもいいタイムでゴールする」
と言って、
本当に達成していました。

オイもっとゆっくり楽しく走りたかったんちゃうんかい、と。だけどその謎のチャレンジ精神はなかなかの漢です。さらにその後も名栗、戸隠、黒姫など “独りでも” 大会会場に行って走って、そしてついには今年9月には結構ハードなコースと言われるOSJ安達太良50Kを完走。いつのまにかどんどんエントリーして、どんどん距離も獲得標高も伸ばして、あっという間にかつてのオトベからは想像もつかない、ひとりのトレイルランナーになっていました。漢の中の漢です

そして今年。
満を持して彼女がもう一度あの場所へ。

その舞台は斑尾50K。
2年前、悲壮感溢れる姿で走った斑尾。その約3倍の距離に挑戦すると。

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ほら見て、2年前こんなだったよアナタ。

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漂う悲壮感

ウルトラトレイルに人気が集中するなかでも彼女はいたって冷静かつ堅実で、着々と自分のペースで力を付けて自分の目標へ向かっています。周りに左右されることのないそのスタイルがとても好きです。地道な努力が苦手ですぐ飛び級したくなるわたしは見習うべき姿勢です。

彼女が完走するか否かなんて実はまったく心配していません。オトベなら完走できる。だから、出し切ってきてほしい。いつもマイペースな雰囲気のオトベが発狂しながら走っていたら面白いなって。知ってるぞー、とりあえず完走できればいいや、タイプじゃないでしょうー。楽しんできて、2年前のあの時と同じように、「まじ辛かった」というくらい。

自分の限界を越えてきて。
自分のライバルは自分だよ。

そう念じて彼女を送り出しました。さて、彼女の2年越しの挑戦はどうだったのか。彼女のレポ―トをお楽しみに。


“負けたことに、負けない” ―信越五岳2016の記録

「ごめん・・・ほんとにごめん。」

目を赤くして言う彼女を抱きしめて謝らなくていいよ、頑張った、よく頑張ったと励ましたけれど、彼女は何度も布団に突っ伏して、うぇ~と泣いた。

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私が出た初めてのロングレース、信越五岳トレイルランニングレース。
1年目は台風で悔しい8Aまでの特別完走、リベンジを誓った2年目は抽選落ちでそれでも何かしら関わりたいと思いボランティアに、3年目はTDSの後で苦しい展開で完走、4年目となる今年は初めてのペーサーエントリー。

相方は、“山仲間”。初めて2人で縦走した時には偶然同じシャツを着てきて良い年して双子コーデになったり、山に行く時にはいつも爆笑井戸端会議で山どころではなかったり、私が怪我で走れない時に街歩きに付き合ってくれたり。年齢的にはお姉さんだけれど馬鹿な話をしたりふざけあったりできる大切な仲間。

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初めて会った時には一昨年のIZU TRAIL JOURNEYの後で、彼女はDNF(リタイア)だった。関門時間を間違えていたことと、そもそもあまりテンション上がらなかったというようなことを言っていて、正直なところ「楽しくないのかな」と感じたのを今でもはっきり覚えている。それ以降、彼女は山の麓に引っ越し、高山にも登るようになってそれまで以上に山に没頭するようになり、めきめきと山力を上げて、レースでもSTY、おんたけ100などを余裕のタイムで完走するようになった。レース後に話を聞くと、あの時とはまるで別人のように目を輝かせ、こんなことが楽しかった、あんなことで笑えてね、とキャッキャと話してくれるその様子に「すごく楽しんでいるんだな」と感じるようになった。きっと彼女なら完走できる、一緒に走ったらどんなに楽しいだろう、限界を超えてみてほしい、そう思って信越のペーサーをやらせてほしいと私から声を掛けた。

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そうと決まれば、わずかながら私のロングレースの際の持ち得る工夫や対策をすべて彼女に伝えた。これまでの彼女が出走したレース展開の特徴、強み弱み、補給食の得意不得意、最近の怪我や故障の傾向、当日のペース配分、パッキングリスト、サポートエイドで何をしてほしいかなど綿密に計画した。

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この夏UTMBを控えていた私。山岳会の山行中心に過ごした彼女。お互い山行は積みつつも一緒にトレーニングする時間はあまり作れず、UTMBからの帰国後に1度だけ日帰りのトレイルランニングに行ったきりになった。登りではやや不安が残ったものの下りは私が思っている以上に快調な走りで、仕上がっているな~ついていけるかな~と思ったほど。一緒に練習はしていないものの、イメージを共有すべく幾度かの打合せと作戦会議を経てレースを迎えた。

けれどもっと想定できることがあったのかもしれない。1年目に台風を経験しているので悪天の話もしていたものの、信越は暑さやハンガーノックに多くの選手が苦しむ大会というイメージが私の中で定着していて、豪雨の想定と対策まではほとんどできていなかった。

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現地入りしたレース前日。台風の予報は外れたものの、願い虚しく天候は悪化していくばかり。睡眠時間を十分に摂るために早めに宿に入り、前夜祭までにお互いパッキングを済ませた。前夜祭から宿に戻ってパッキングをしているとなんだかんだで寝るのが22時くらいになる。朝3時〜3時半起きと考えると、前夜祭から宿に戻ってすぐ寝れるようにしておくのが賢明だからだ。毎年仲間がたくさん参加する信越は宴会になりがちだけれど、今年は天候もあってかみんなややナーバス。窓の外の豪雨とは対照的に静かな夜になった。

レース当日。こわばる表情を見せつつも会場で用意される朝食をしっかり食べて、元気な様子。緊張は、するものだよね。と、お気楽モードなペーサーの私。一緒に緊張しても仕方ないので出来るだけ普段通りに接して、少しでもリラックスできるように心がけた。でも、緊張感もまたレースには時に必要で、緊迫した中で「ヤバイ」という気持ちが背中を押してくれることもある。そういったある意味追い立てる(not追い詰める)話はしなかったように思う。

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スタート時は前夜からの雨が止み、くもり空で、走るにはちょうど良い気温。予報が外れることの多い秋の空。多くの選手、ペーサー、サポートがすこしだけ希望を持ったかもしれない。

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けれど残酷にも再びの雨。スタートを見送り、次に会えるのは23.9km地点、2Aレストランハイジ。私達が2Aに着く頃には土砂降り。レストランハイジ前は瞬く間に車のタイヤも空回りする泥沼になっていた。

「トップ選手もお尻が泥だらけだよ!」

えっ?
一般ランナーよりはるかにバランスがいいはずのトップ勢が泥だらけで2Aに駆け込んでくる。その汚れっぷりは選手が増えるにつれ益々派手になっていき、ついにはランパンが破れてお尻に泥と血が付いている人や、前から突っ込んでしまったのだと顔まで泥だらけの人。暑さ対策のかぶり水は泥落とし用の水となり、大きな水の樽の周りに選手達が群がった。水を掛け合う選手達。ひっきりなしに水を運ぶボランティアスタッフ。選手達は斑尾山からの下りが滑り台と化していると口々に言う。仲間達が予測タイムより遅れて入ってくる。

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来ない、まだ来ない・・・。1人、また1人と仲間を見送るけれど、相方が来ない。やきもきしながら待ち続け、想定の20時間ペースから1時間経ってもまだ来ない。そこからさらに完走22時間ペースよりも30分遅れで2Aに飛び込んできた。泥だらけで滑って走れないという。私自身が相当焦っていたのかもしれない。彼女から後半追い上げタイプだと聞いていたこと、テンションを下げないようにということくらいしか考えられていなかったことが最大の反省で、タイムマネジメントができていなかった。

「大丈夫、大丈夫だよ。このコンディションでいいペースで来てる。後半で追い上げよう!」

私の口から出たのはそんな言葉で、あとは、袴岳の登りは短いからパワーウォーク、下りは林道が長く、その後ロードが少しあるからそこは巻き返しのために一生懸命走って!というようなアドバイスをしたと思う。足は残っているから頑張る、と言って元気に飛び出して行った。

なぜ、完走ペースよりも遅れていると伝えなかったのだろう。もっと危機感を与えるべきだった。せっかく作ったペース表を見ているようでちゃんと見ていなかった。冷静になるべき私が全く冷静になっていなかった。終わってから後悔しても遅い、ペーサーとして全く役割を果たせていない。この時点ですでにペーサー失格だった。

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サポートする仲間の前後の差が開いてしまったことで、次の応援ポイントの3Aでは相方に会えなかった。完走タイムを大きく左右する3A~4A。特に今回はトレイルのコンディションが悪かっただけに、わずかな走れる区間、関川の走りは後方選手にとって重要だったように思う。一瞬の晴れでまたも期待した天気は結局大雨に戻り、その後の走れるはずのトレイルではズルズルでかなり渋滞したらしい。メッセージを送ったけれど、見ている様子はない。彼女の頑張りを信じて祈るしかなかった。

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4Aへ入ってくる選手の声を聞くと、このあたりから明らかに得手不得手で差が出始めた。『予定よりも早く来たよ!』と嬉しそうに到着する選手、『もう予定より1時間も経つのに来ない・・・』と嘆くサポートのところへ『ヤバイ、全然走れない・・・』と青い顔でトボトボ入ってくる選手。止む様子のない雨に加え、蜂の襲撃もあったようで、第一関門にもなっている4Aではサポートの人達も一様に大混乱だった。

例年であれば関川で熱中症になる人が多く水でもかぶりたいところだけれど、びしょ濡れの仲間達は温かいものを欲していて、うどんや雑炊、スープを喜んで補給していた。サポートにとっては想定外で、もっとたくさん用意していればよかった。

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関門時間の15時30分が刻一刻と近づいてくる。
関門を通ったとしても、次の5Aの関門まで2時間しかない。ゲレンデ~林道登り、林道下りが長い区間。もしかしたら巻き返せるかもしれない。例年なら関門数分前に通過しても、完走している選手はたくさんいる。泥はこれまでの区間よりは多少マシかもしれない。それでもやっぱり2時間半は欲しい。せめて15時に到着してくれれば・・・。

関門など引っかからない、むしろ良いタイムを目指そう!と話していたレース前。おんたけ100kを16時間台で完走していて、走れるレースもきっと問題ない。“晴れていれば”十分に完走できる走力の持ち主だからと勝手に安心していた。まさか関門との戦いになるなんて。私が一番危機感に欠けていた。

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15時15分頃、彼女がエイドに飛び込んできた。

「間に合った?間に合った?」と言う。

「すぐ出よう!飲み物変えて、補給は?持って行く?足りてる?」飲み物やジェルを手渡しながら畳み掛けるようにこの先のアドバイスをする。

「次まで2時間ちょっと、コースは林道登りと林道下りがあるから、できるだけ走って、下りは特に足が終わってもいいから何が何でも走って!少しでも時間を短縮するように頑張って!」

「間に合う、絶対間に合うから信じて走って!」

それしか言えなかった。
かなり厳しいことはわかっている。でもおそらくもうタイム表やコースのことなどチェックできていないだろう状況の彼女には、とにかく何が何でも前に進めと伝えるしかなかった。絶対に間に合うという言葉で正解だったのか、それとももう間に合わない可能性の方が高いともっと明確に伝えるべきだったのか。こればかりはわからない。緊張感だけは伝わったと思う。ここで、やっと。

******

サポート隊とペーサー勢が5Aに着いて、慌ただしく準備をする。
関門はエイドに入る時間で17時半、出る時間は17時45分締切。今日のトレイルの荒れ具合では、わずか15分でも短縮すべき。荷物の入れ替えやヘッドライトの装着どころか、着替えている暇も、補給している暇も正直全くない。全て持って、即エイドを出る。それがいいね、とサポートメンバーも皆同意した。

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より一層過酷なトレイルへペーサーと共に挑む仲間の出発を見送った。

私は、相方の後半の荷物、着替え、補給、すべて自分のザックに詰め込んだ。状況によっては彼女のザックを私のザックの中にまるごと入れられるようにと大きめのザックで来てよかった。自分はヘッドライトを着けて、いつでも走り出せるようにして彼女を待つことにした。水の補給の時間さえもないことを想定して、彼女の分の水分は予備のボトルとペットボトルを持った。1本入りきらなかったボトルを片手に、準備が整ったのは16時50分、関門までまだ40分あった。

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突然のアナウンスに会場がどよめいた。

「5Aの関門時間が、17時30分から17時になります。17時にここを出てください!」

17時まであと10分だった。
休憩していた選手やペーサー達が引き攣った顔で慌ただしく動き始め、会場はちょっとしたパニックになっていた。

信越五岳を選手やペーサーとして一度でも走ったことのある人なら少なくともどこか納得したと思う。なぜなら5A以降の登りは、晴れた日でも水はけが悪くどろっとしたトレイルで、しかも幅が狭くて急な登り。この土砂降りなら、足首上まで埋まり、川になっているだろうことは容易に想像できた。ただ、悪天候だからもしかしたら関門延長になるかもしれないという希望があったが、現実はその逆だった。完全に濁流と化しているトレイル。選手の身の安全を考えて、危険を回避するために関門が繰り上げになってしまった。

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17時を過ぎる頃、ペーサーが次々とコースを逆走して、もう間に合わない相方を迎えに走った。選手達は変電所上の誘導スタッフによって関門短縮を告げられたらしい。トボトボと歩く姿、泣いて身体を震わせながらも走り続ける姿が辛かった。17時半なら、間に合ったのに・・・。

もう一つの処置として、レース最後にある信越名物の瑪瑙山がカットされたため、5Aに間に合ってさえいれば完走まで叱咤激励して連れていく自信があった。けれど、わたしの相方は関門を迎える頃でもまだ吊り橋前だった。その後に変電所の登り(15分以上)、5Aまでの登り基調のトレイルがあり(後方選手なら30分以上かかる)、いずれにしても本来の関門17時半にも間に合わなかった。

そんなこともあって、私たちペアには関門短縮はさほど悔やむ情報ではなかったものの、17時~17時半に5Aに到着した選手にはあまりにも辛すぎる状況だった。山のスポーツは自然が相手。その過酷さや厳しい現実もまたレースなのかもしれない。

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17時半過ぎ、携帯が鳴った。

「今戻されて収容中」
「どこですか?」
「もうすぐ5Aだったんだけど、反対側に戻されて車に乗った。でも混乱しててどこにいくかわからない」

吊り橋前のところで、それ以降の選手はその地点で拾った方が5Aより近くて安全にピックアップできるという判断だったらしい。当初から想定されていたものかもしれないけれど、丁寧な対応だ。きっと選手にとっては、関門アウトだったとしても、5Aまで懸命に進みたかったと思う。特にペーサーが待つ選手は、なんとか5Aまでという気持ちは強いはず。だから5Aにすら届かずにリタイアとなった選手もまた、あまりに辛い状況だった。ただ、あの状況でもし吊り橋前のピックアップがなければ、おそらく5Aに着く頃には暗い時間帯(18時頃日没)になっていて、ヘッドライトをドロップバッグに入れていた選手には危険だった。(※ヘッドライトは必要装備品として「推奨」されている。)彼女の悔しさは、2km離れた場所でも充分に伝わってきて、心が痛んだ。

「ほんとつらい、申し訳ない」

わたしもまた、悔しさで涙が溢れた。

******

ゴール地点に運ばれる彼女に会いに行くか、今も走り続けている仲間をサポートするか、しばらく迷って、サポートを続けることにした。サポートメンバーと共に、8Aに到着する仲間を温かい食べ物や飲み物で迎え、出来得る限りのことをした。

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瑪瑙山がカットになった今回、ここまで来ればゴール関門にひっかかることはないだろう。満身創痍でボロボロな仲間たちを鼓舞して、ゴールで待っているから!と送り出した。やっぱり彼女とここへ来たかった。フィニッシュゲートに場所を移し、仲間を待った。

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8Aからのコース変更部分も泥沼だという情報で、トップ選手でも1時間ちかくかかっているという。ボリュームゾーンの選手なら2時間半かかるかもしれない。

まだまだ来ないだろうと思っていたら、仲間のなかで一番前を走っていたペアから「あと数分で着く」という連絡が入り、その後も続々とフィニッシュゲートへ2時間かからずに全力で走って駆け込んできた。仲間同士の接戦もあり、ドキドキハラハラする展開で各々のドラマのなかで感動のゴールを遂げていた。いままでの信越五岳とは違って、選手達の安堵の表情が印象的だった。

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私たち2人も、ここで、抱き合って、涙するはずだった。

700人中フィニッシュゲートをくぐったのは420人。関門通過できなかった選手が多かった箇所はやはり5Aの笹ヶ峰グリーンハウスで、その数180人。例年約80%の完走率を誇る信越五岳トレイルランニングレースでは異例の60%という低い完走率となった。(5Aを通過した選手の94%が完走)

過酷な状況下では思ったより高い完走率だったようにも思う。泥のトレイルや大雨は悪天候のレースではこれまでにもあることで、その経験の違いが影響したこと、また経験がなくともどれだけ恐れず怯まずに突っ込んでいけたか、降り続ける雨と悪化するばかりの状況でもいかにメンタルを保つことができたか、ということが重要だったのかもしれない。わたしが選手だったなら、この状況を楽しみ、完走できただろうか。

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宿に帰って部屋に入ると、物音に気付いて先に休んでいた相方が目を覚ました。

「ごめん・・・ほんとにごめん。」

目を赤くして言う彼女を抱きしめて謝らなくていいよ、頑張った、よく頑張ったと励ましたけれど、彼女は何度も布団に突っ伏して、うぇ~と泣いた。

涙する彼女にちょっとほっとした。
それでいい、それがいい。あっけらかんとしているわけでも、開き直っているわけでもなく、全力で悔やんでいて、ちょっと嬉しかった。本当に必死で頑張ったんだ、めちゃくちゃ完走したかったんだなと。私なんかが偉そうに言えるような立場でもレベルでもないけれど、思いっきり悔しがって、思いっきり悲しんで、あの時ああすればよかったこうすればよかった、なんで!なんで!なんで!と自分のレースを何度も何度も振り返っては悔やむのが、きっといいんじゃないか思う。悔しくて悔しくて忘れたい、なかったことにしたいような気持ちでいっぱいだと思うけれど、きっといっぱい悔やんだほうがいい。

もう二度とこんな思いはしたくない。
絶対にリベンジしてやるんだ。
その気持ちがきっと自分の背中を押してくれるはず。だって、わたし自身がそうだから。完走できなかったその日にはさすがに伝えられなかったけれど、彼女にこの言葉を伝えたいと思った。

「負けたことに 負けない」

リオオリンピックでメダルを逃した福士加代子さんのインタビューの一節だ。すごく印象的だった。耳が痛い言葉だ。インタビューを読んで、14位でメダルを逃したことが負けと言ってるわけじゃない気がした。

完走できなかったことが負けじゃない。必死で奮闘して、必死で走って、悔しくて悔しくて涙がでるほど物凄く頑張ったのだと思う。それでもやっぱり、悔しいという気持ちを抱える選手は、どこか自分のなかで自分に負けたという気持ちがあるんじゃないかと思う。

わたしはDNFを経験した時、とにかく敗北感に苛まれ続けた。大袈裟かもしれないけれど、舌を噛み切りたいくらい情けなくて恥ずかしくて悔しくて、夢に出てくるくらい再び負けることが怖かった。自分に負けたという敗北感に負けそうだった。自分が少しずつ積み上げてきた自信が一瞬にして崩れ堕ちて、荒れ果てた気持ちから立ち直るにはなかなかの時間を要した。次のチャレンジで目標を達成した時、自分の弱さをひとつ乗り越えた気がした。それ以来、何かに「負け」ても、目を背けずに受け入れて、その悔しい気持ちをめいっぱい次の肥やしにするようになった。満足できる「勝ち」などいつまでも遠い存在なんだとわかっているけれど、強くなるにはそれしかない。

負けたことに負けない。自分を見つめて、向き合って、より強くなる。

わたしも。
次の挑戦に向けて、共に、成長したい。
来年必ず悔しい涙を一緒に払拭しよう。

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■onyourmark [負けたことに負けない 福士加代子]
http://mag.onyourmark.jp/2016/09/fukushikayoko_adidas/97073

 

―最後に
信越のことをありのままに書いて良いかと相方に尋ねたら、即答で『もちろん。風化させてはいけない記憶だから』と返事があった。彼女のペーサーでよかった。また彼女と共にフィニッシュゲートを目指したい。今年はきっと、来年の感動に向けての序章にすぎない。

 

<archive>
■信越五岳2015
信越五岳に向けて、それまでの話。
http://mountain-ma.com/emma/2015/09/
信越五岳―20時間38分のドラマ―
http://mountain-ma.com/emma/2015/10/03/shinetsu/

■信越五岳2013
はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(前半)
http://mountain-ma.com/emma/2013/10/03/sfmt2013_1/
はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(後半)
http://mountain-ma.com/emma/2013/10/03/sfmt2013_2/