2017年は飛躍

もう1月も終わりに差し掛かっていますが、新年最初の投稿なのでこのご挨拶から。

あけましておめでとうございます。今年は北アルプスは燕岳標高約2700mで仲間と新年を迎えてわたしの2017年が始まりました。相変わらずです。

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このブログもトレイルランニングを知らなかった2012年(末)に始めてなんと5年目になりました。そんなにたくさんライターの仕事をしているわけではないですが、書くお仕事を始めてからは原稿があるのにブログを書いている場合でないことも多く(笑)、随分とのんびりペースの更新になりました。

さて、わたしはトレイルランニングを始めて2年目から『今年は◯◯の年』みたいなテーマを毎年なんとなく決めるようになりました。前年に不甲斐なかったことを克服しようという気持ちがきっかけです。人生を豊かにするためにはいろんな苦手を好きに変えるようにしています。好きが増えれば増えるほど見ている世界が変わるからです。よく、こういう風に文字にすると、そういうのすごいね、と言われることがあるのですが、あくまでなんとなくです。なんとなくそんなことを考えたりしながら過ごしています。

2013年が実質トレイルランニングを始めた年で山の醍醐味“登り”に打ちのめされて、翌2014年は登りの年。でもはじめての100km超えに打ちのめされて、翌2015年は忍耐の年。忍耐力と根性はついたような気がするけど2016年は未知の世界100マイルの年に。じゃあ2017年は?

昨年は初めて100マイルを経験したのですが、「100マイルの年」の文字の通り1年に3回も100マイルを走りました(笑)しょっぱなからちょっぴり飛ばしましたよね。ま、ほんとのところは期間も開いていたし飛ばした感は全然ないんですが、まぁとにかくよく走り、よく登りました。前半は山を我慢してでもロードを走っていましたが、UTMBに向けての2ヶ月と帰国から年末までは山も存分に楽しみ、充実した一年でした。3年目までに比べてレースへの参加は少なかったけれど内容はとても濃いものでした。

一方でなぜかいままでほとんど経験したことのなかったハンガーノック、食べられない、嘔吐、低血糖という地獄のサイクルを立て続けに経験して、【胃腸トラブル】に悩みました。実際には胃が弱いわけではなく、往往にして気温の変化に対応しきれなかったことが原因ですが、これはこれからの課題なのかもしれません。

2017年のテーマは?

もう1月が終わろうとしているのに、実はまだいまいちこれといったテーマが決まりません。もしかしたらちょっと休息の年なのかも。チャレンジしたいことの大きなものは年間通して5つほどあって、それを基準にしていくことになると思います。が、それがあんまり一貫性がないんですよね(笑)

『あいつこんどは何やらかすんだ?』と期待してもらえるように、そして酉年なので大空に気持ちよく羽ばたくように、わたしらしさのままに進化していきたいと思います。お楽しみに。

 

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秋ヶ瀬BIKELORE×RBRG GroupRUN

12月4日に「秋ヶ瀬バイクロア」という自転車のイベントに参加してきました。
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シクロクロス、というジャンルでわたしも正直よくわからんのですが(笑)、ランでいうところのいわゆるクロスカントリー的なちょっとしたアップダウンのあるコースを走るイベントという感じです。山ではなくアスファルトでもなく、公園のような場所で行われます。

シクロクロスのレースはたくさんあるようですが、『バイクロア』は一風変わっていて、家族や仲間たちとわいわい楽しく参加できるユルいローカルな野外フェスのような雰囲気です。フェスやキャンプ好きが喜ぶような会場装飾と、センスの良いフードや物販のブースが立ち並び、空間づくりがとっても上手です。白州、秋ヶ瀬など場所を変えて開催していて、今回6回目で初めて参加しました。

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自宅近くの駅で友人と合流し

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会場まで自走で。約20km。運動運動。

そのきっかけというのが、今回、みなさんご存知Runboys!Rungirls!がバイクロアとコラボして、駅から会場まで走るグループランを開催することになり、手伝いついでに参加しませんか?という話になったのです。

会場となる秋ヶ瀬公園は埼玉の彩湖近くにある公園で、東京都の中心部からはそこそこ距離があります。スタートは浦和駅。距離は約10km。私は埼玉寄りの東京に住んでいるのでさほど遠くないのですが、さすがに日曜の朝っぱらから浦和駅に人が集まるんだろうか・・・?しかもバイクロアに出る人は自転車があるから会場に直接向かうし、ランナーはバイクロアに出るわけじゃないだろうし・・・。

そんな不安をよそに、朝の浦和駅には続々人が集まり、あっという間に約30人!
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さすがの集客力です。ほぼはじめましての方で、(こうみえて大人数の知らない方々に混じると)人見知りのわたしは勇気を出して参加者の方に積極的に声を掛けながら走りました。

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子供がバイクロアに出るので会場まで走るんです、という浦和近郊の方。おそらくちょうど良いサイズのザックがなかったという様子の山と道のminiを背負っている方、今年のTDSに出たというUTMB Tシャツの方。などなど。レベルもスタイルも多種多様。想像よりもちょっぴりペースが早くて心配したけれど、そんな必要なく、あっという間の7kmでした。

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浦和市内を駆け抜け

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枯葉と秋が残る紅葉の公園を通り

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小川の傍からは遠くに秋ヶ瀬公園を望み

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空が広くて見晴しのいい河川敷を疾走して

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広~い秋ヶ瀬公園内をゆるりと走れば

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会場に到着

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みんなで集合写真を撮ったら

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なんとランチチケットの贈呈!で、会場のブースで美味しいカレー。

もう少し公園の中や周りを走るもよし、公園で寝っ転がってバイクロアのレースを見ながらビールでも飲んでのんびりするもよし、ブースでランにも使えそうなアイテムを買うもよし、試乗バイクで自転車に挑戦してみるもよし。グループランの参加者も思い思いの楽しみ方をしているようでした。

わたしは友人のマウンテンバイクを借りて、レース間のコース解放中にはじめてシクロクロスのコースを走らせてもらいました。1周目は要領がわからずふらふら漕いでビビッて超低速走行。デコボコやタイヤがとられるマッドな道、細いカーブ、木の根っこ。思った以上の障害物が行く道を阻んできます。1周を終える頃には「ヤバイ!楽しい!もう一周!」とおかわりして、途中でずっこけて落車したりしながら楽しみました。

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レディースクラスに友人も出走

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デニムクラスやオウル(仮装)クラスなど、初心者でも参加しやすいクラスもある

猪突猛進タイプ故か、いままでアドベンチャーレースやヒルクライム、トライアスロンなど自転車のスポーツに誘われることがたびたびありました。トライアスロンはお金がかかるイメージがあってお財布事情的にやらずにいて、アドベンチャーレースはマウンテンバイクが怖くてやらずにきました。恐怖感というよりも、昔から視力に左右差があって奥行きを捉えるのが非常に苦手で、転んだりぶつかったりを日常でもだいぶやらかしているので、車の免許も事故が怖くていまでも持っていません。トレイルランニングや山でも足を引っかけたり頭をぶつけやすく、わりと地味~な悩みです。

ただ、思い切ってノリで試してみてわかったことは、『見る』ことよりも『感覚を掴む』ことが大切で、しっかりと身体が覚え感覚を掴めてさえいれば多少見えないことなんてどうでもいいような気がしました。そうやって山を走っているんだもん。バイクロアの楽しい雰囲気と、敷居の低さがそう思うきっかけをくれました。

なーんだ、と言う感じで、いままで必死に守ってきた殻が馬鹿馬鹿しく、わたしなんて単純なもので、さっそくマウンテンバイクが欲しくなりました。そんな風に、「走るのがきらい」「走るのだけは苦手」というちまたでよく聞くその声の主が、1人でも「めっちゃたのしーい!」に変わり、走る仲間がもっと増えたらいいななんて思ったできごとでした。

何歳になっても殻を破ることのできる人であること。ほんとは難しく見えて簡単なことなんだけどな。大人は深く考えがちなので、そういう部分はいつまでも子供でいたいもんです。

さて、5月には白州でCAMPもできるバイクロアが開催されるそうなので、今から楽しみ。来年はOMM LITEに出ようと思っていたけど、OMM BIKEでもいいか・・・?な?
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愛車は普通の街乗り用のクロスバイクだけどこれでもバイクロアなら参加できた


冬支度

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久しぶりの更新になりました。

レースシーズンが終わり、まったりと過ごしてしています。レースシーズンなんて言ってますが、今年出たのは3つだけ。奥三河、富士登山競走(雨天打ち切り)、UTMB。いつもレースに出てるイメージがあるようですが、トレイルランニングを始めて最もレースに出なかった年でした。その分これに加えてT.D.Tを春と秋の2回参加しました。1年に3回も100mileを走り、結果的には練習も含めていままでで最も走り、ロングディスタンスの虜になった年になりました。

さて、今年は雪がたっぷり降るんじゃないかと、目を輝かせる山仲間の荒い鼻息がそこかしこから聞こえてきます。昨年は雪が少なかったので、今年の雪には皆すごく期待しているのだと思います。冬期の登山は4年目になりますが、まだ経験が浅く技術もあまりに乏しいので、もう少しレベルアップしたい今シーズン。冬山経験が豊富な方の繋がりを色々と探しては学ぶ場を広げねばと考えています。どうかたっぷり降ってほしいものです。

そんななか、まさに今日、立山で雪崩事故がありました。
ここ数日立て続けに立山での雪崩の情報が出ていて気になっていたのですが、ついに人が巻き込まれてしまったのだそう。たとえば雷鳥沢と言えば夏山では楽しいテント場ですが付近では雪崩が度々起きているそうです。今回の事故は室堂から一ノ越間で起きたと言われていて、トレイルランナーならTJARなどでお馴染みの一ノ越。石がひかれて整備されていて、夏のシーズンは室堂のホテルからスニーカーで上がってくる人までいるようなところです。そこで、6人のパーティーのうちの3人が雪崩に巻き込まれました。夏は歩きやすい場所だけれど、木もなにもない大きな斜面です。

【立山雪崩情報】 http://toyamaken-sotaikyo.jp/avalanche
ここにも記載されていますが、3年目前の11月に真砂岳で発生した雪崩事故(7名死亡)と似たような状況、だそうです。このページの表現は初心者のわたしでもわかりやすい。行くわけではないですが、ふむふむと読んでいます。数日前にUPされていた、『しばらくは雷鳥沢などの大きな斜面には立ち入らない方がよいでしょう。もし立ち入る場合には、比較的安全な斜面で積雪状態を詳しく調べ、自身や他人に対するリスクの回避や万が一の救助方法などについて、仲間同士でよく話し合ってください。現在、積雪層内には不安定な積雪が存在していることを忘れずに、くれぐれも慎重な行動判断を。』という言葉が強く心に響きます。

先々週は富士山で2km(標高にして900m)もの滑落で2名が亡くなりました。ちょうど富士山の事故が起きた日、わたしは仲間と沼津アルプスを走っていて、徳倉山から富士山を眺めて『雨の後のこんな暑い日には危なすぎてだれも登らないだろう』と話していたところでした。
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もちろん視界良好である必要は絶対あるのだと思いますが、単純に晴れていればすべて良しというわけでなく、雪が多けりゃいいというわけでもなく・・・じゃあどうであればいいのか?つくづく冬山のコンディションには悩まされます。富士山の事故に遭った方は、1人は山岳会所属の登山歴40年、もう1人は大学山岳部。どちらもきっと経験豊富な方だと思います。一体何が正しいのか、まだわたしには知識が足りなくてわかりません。ただ、まだ今はシーズン初頭。自分がまだ登るべきではないだろうというエリアや状況の判断は、慎重すぎるくらいがちょうど良いと思っています。

***
11月に入り、この時期だからできる冬支度から始めました。まずはギアチェックです。冬場しか使わない装備を引っ張り出してきて、突然使って万が一劣化していて途中で使えなくなってしまったら、雪山ではそれは死に一歩近くなることです。

アイゼンを分解してチェック。うわ、ちゃんと錆落として油も塗ったのに錆びてる・・・磨き直し。わかんも同じく。冬靴に合わせて装着。(久々だと、え~っとどっちから通すんだっけな?となる)
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グローブ類がペアで揃っていて劣化していないことの確認。手先足先は低山でも簡単に凍傷に・・・。ジャケットの劣化チェックと防水洗濯+アイロンで熱をかけておく。アウターもしっとり濡れて身体が冷えたら最後。

そして、今年は新アイテムを投入。冬用登山靴を一足、UTMBの時にシャモニーのスポーツショップの閉店セールで新調しました。SALOMONのS-LABX ALP Carbon GTXです。
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女性サイズだからか激安で、レース前に見つけてレース後までに売り切れたらどうしよう!と思っていたけれど、真夏のシャモニーではそんな心配無用でした(笑) ローカット+シューレース、ゲイター一体型で、アイゼン対応。軽くて動きやすい。どのくらいの山まで行けるかはまだわからないけれど、現地でも若い欧州の登山家達が結構履いていました。

新しい靴でいきなりフィールドに出て足が痛くなったら同行者にも迷惑がかかる。しかも雪が深い場合、時には靴にアイゼンを付けてさらにわかんを付けたりもして、ヘビー級になります。そんなわけでアイゼンとの相性チェックのためにあえて岩が多少ある【雪と岩が混じった状態の低山】へ日帰りフィールドテストに行ってきました。3時間程度の山行で行ける場所です。

まず、もともと持っている冬用登山靴よりも一回りスマートなので、アイゼンのベルトが余る。いままでの靴に合うように焼切ってあるので長いのです。ちゃんとたたんで絡めておかないとうっかり引っかけ兼ねない。(写真では適当だけどこのあとたたみ直し) そして致命的だったのが靴擦れです。チェーンスパイクで歩いたときには調子が良かったのに、アイゼンを付けると歩いているうちにかかとが痛くなってくる。シューレースで締めるタイプの靴なので、どうやらアイゼンの重みでかかとが若干浮いてしまうらしい。
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カポカポとかかとが浮くうちに靴が擦れてしまって痛い。替えの靴下に履き替えたり、靴擦れ用のジェルパッドやニューハレで肌を保護したり、コードやアイゼンを締め直したりしたけれどイマイチ。これじゃダメだ。メーカー曰く『アイゼンとの互換性は、GRIVELとPETZL両社の協力体制のもと開発。指定モデルのみに適合いたします。』だそうで、いちおう私のも“指定”のGRIVELのAIR TECH LIGHTなんだけどな~。古いモデルだから重いのか?ともかく、テストしておいてよかった~!これが本格的な雪山の山行中だったら思うとゾッとします。

わたしの使っているアイゼンは重くて爪も長く、安心・安定感はあるけれど、もう少し軽いものにすべきか。そのそもこのシューズは-7度/+20度なので厳冬期には向かないか。残雪期向きか?などなど。これを履く時はもう少し軽量な10本前爪くらいのアイゼンとのセットにして、雪深い場所や標高の高い場所に行く時には、もともと持っているゴツイ冬靴が良いのかもしれない。

***

先日行った山で、『せめてピッケルがあったらよかったのに・・・・・・!』と心底思った出来事がありました。その時期のその山では、経験者でもなかなかピッケルを持って行く選択肢を取らないような状況でした。なにせ、その日は山の中で15人くらいに会いましたが、私達以外は1人もチェーンスパイクや軽アイゼンすらしていませんでした。(ザックに入っていたかもしれない) 冬山をやらない人が初冬に登るタイプの山ではないので、おそらくほとんどが登り慣れた地元の方なのかもしれません。明かに上は雪だろうと読んでいた私達は、チェーンスパイクと軽アイゼンを履いていて、それがとても大切な役割を果たしました。私達には身の危険はありませんでしたが、もっと気を引き締めなければ、とシーズンイン早々に痛感しました。

持っていかず後悔するくらいなら持って行ったほうが良い、でも持ちすぎて重くなっても体力を奪う。まだまだ初心者レベルのわたし。経験者から教わったり、仲間と共に経験を積んでいくしかない。夏山にも増して厳しい冬山。ギアの準備だけでなく、知識も、こころも、冬支度をはじめなければならない季節が今年もまたやってきています。雪山が、心奪われる素敵なものであること、多くの登山愛好家を魅了するものであることは違いないのだけれど。

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立山で雪崩に遭った方々が、どうか無事でありますように。


オトベ斑尾三部作―後編―

今週末は、ハセツネにKOUMIに・・・・・・きっとこれまでの自分の集大成として挑む人も多いことでしょう。はじめてトレイルを走ったあの時の気持ち、はじめてレースに出た時のあのドキドキ。はじめてフィニッシュテープを切った時の感動。足が痛くて涙をがまんしながら走った記憶。思ったような結果にならなくて悔しくてたまらなかった記憶。“走りきった”ことをほめられてたまらなく嬉しかった記憶。仲間が増えていく喜び。

初心。あなたの初心はどんな気持ちでしたか。

山が、トレイルランニングが、仲間が大好きで続けてきた、そんなようなことを決戦前にふと思い出すきっかけになったらいいなと思います。オトベの素直な文章から。

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2年かけて50Kのスタートラインに立った私のゼッケンナンバーは・・・

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残念ながらまじふつう

レースの目標タイムは特に設定しませんでした。周りにとらわれず、自分の感覚を信じて、つらすぎない状態で走ったり歩いたりを繰り返そう。トラブルさえなければ、絶対完走できる。とにかく楽しんで来よう、そう心に決めて、いざ出発です。

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スタートゲートをくぐると、最初はアスファルトの登り、トレイルとゲレンデをぐるっと迂回。途中でスタート&ゴール地点のゲレンデを横断。応援の人たちが列を作って送り出してくれる。応援される側になるのはなんだか気持ちよくこそばゆい。

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声援を抜けるとすぐにゲレンデの直登。急登を登り切ると、斑尾高原の景色が広がってくる。そして斑尾のトレイルへ入っていき、気持ちいいダウンヒルが続き1Aへ。1Aを過ぎると、平坦なトレイルが続く。

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しばらく行くと、列が止まっている。
どうやらコース上に蜂がでたらしく、レースが中断された。ちょうど前後に友達がいたので、談笑しながら待つこと30分。結局迂回することに。

ここから2Aまではそれはそれは長い林道をゆるやかに登っていく。たぶんきちんと走りこんだランナーには基本的に走れる区間。走りこんでない私にはかなりキツイ区間だ。つぎからつぎへと抜かれていく。

特に蜂で全員止まって同じ場所から再スタートを切ったわけだから、抜かれる人数も多い。けど、あせらない。ここで無理してもいいことなんて何もない。しょうがない、私苦手だもんこういう道、と割り切り、耐えながらゆっくり走ったり歩いたりを繰り返す。

あーもう飽きたなー、いつまで続くのかなー、ながいなー、つらいなー、
そう思っていると、また前で何人か止まっているのが見える。

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野尻湖だ!綺麗!

きれいな景色にテンションがあがったところで2Aへ。

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ここからは斑尾山への登りだ。最初はうねうねとスイッチバック、後半は急登。この大会では最もキツイ登り。といっても30分くらいで登頂できる。山頂そのものは残念ながら見晴らしはよくない。

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ここから少し気持ちの良い尾根を行き、そして、ゲレンデの激下りが始まる。最初はスイッチバック、すぐに、直滑降のような下り。

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このくだり結構えぐかった。調子のって爆走したら絶対足が終わるな、そう思って温存しながら下っていく。一気に斑尾山を下って3A。

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ここからはしばらく16kmのコースと同じ、ふかふかの気持ちいいトレイル。途中泥んこで足場が悪いところもいくつかあったが、気にせず突入していく。走ったり登ったり下ったり歩いたり。舗装路に出て、袴岳への登山道。今回はコース変更されたので山頂まではいけなかった。下りに入ると、また蛇行が始まる。

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綺麗な景色を理由につらくなってきた足をゆるめたりしながらも4Aへ。

4Aは待ちに待ったシャインマスカットエイド!ここでMountain hardwearの大阪ALBI店で働いてるミキティに遭遇。去年のUTMFも今年のCCCも完走している彼女。走力が違いすぎるので、ずっとずっと前を走ってると思っていた。その彼女が今、こっちを見ながら全力で微笑んでる。

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かわええ

どうやら蜂中断の時に蜂に2か所も刺された模様。一緒にエイドを出て苦手な林道登りをスタート。

え、走るんですか?

え、走んないの?

と、なぜかミキティの前を走ることに。
しばらく下って舗装路に出たタイミングでついていけなくなったけど、会えてよかった。全身ピンクのまぶしい笑顔に元気もらえた。

ここの舗装路の緩やかな登り、前を行く男性選手は全員ちんたら歩いて登り、女性選手は全員一生懸命走っていた。

強い男はいない、弱い女もいない

そんな美輪明宏の言葉をなぜか思い出す。
緩いトレイルを登って下って。辛いけど気持ちいい。

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そして希望湖へ

過去2年の斑尾では、濃霧でほとんど希望湖の景色は見えなかったから、今年は晴れてよかった。16kmだとこの希望湖の関門を右に折れるのだが50kmはここから毛無山を登っておりてくる。毛無山の登りは、たらたら続く登りで、本来なら得意な登り。ガシガシ登れるはずが、30km苦手なフラットをメインに走ってきた足だとけっこうキツかった。

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毛無山山頂

ここから気持ちよいブナ林のトレイルを下り、希望湖へと戻る

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綺麗な景色

そして突如現れる石川弘樹。「もう大きな登りは終了ですよ」そう声をかけてもらう。たまたま後ろから選手が来たので一緒に写真撮ってもらったんだけど、
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スタイルがよく、さわやかに微笑む弘樹。
の、隣にたたずむ乙部。
身体のバランスの悪さがもう何とも。死にたい。

そして5A。最後のエイド、残り7km。たくさんエイドで補給し、走り始める。ここからゴールまでの道のりは、16kmのコースと一緒なので、2回も走ったことあるコース。なんとなくわかる。わかるけど、わかるからなのか、ここの最後の7kmがほんとにほんとにほんとにつらかった。

正直ゴール制限まであと2時間近くあった。このあと急登も激下りもない。完走は間違いない。登りだったらあきらめがつく。下りだったら爆走できる。

けど、斑尾のラストは最後の最後の最後まで、登ったり下ったりフラットだったりを繰り返す。がんばれば走れるコースだけに、歩くのが悔しい。残り7kmなんだ、歩くな、と自分に言い聞かせても、どんなに気力をふりしぼっても、エマの顔を思い出しても、感動のゴールシーンを思い描いても、思うように走れない。足がとまる。とにかく長く感じる。行っても行っても距離が縮まらない。

辛い、苦しい、疲れた、もう歩こう、いや、走ろう、走れない、悔しい、そんなとにかくいろんな感情がぐるぐるし、処理できなくなった感情は自然と目から涙としこぼれでてきた。

せめて、ボトルに少しだけ残ってる麦茶飲み干して元気出そう・・・そう思ってボトルの蓋を開けようとしたら、両腕が攣りそうになった。・・・腕かよ!!泣きっ面に蜂とはまさにこの瞬間。
この最後の1時間は間違いなく私の人生で一番つらい1時間だったと思う。そうして戻ってきた斑尾の街。斑尾の景色に安堵し最後のロードを走っていると、街中にたくさんいるボランティアの方々地元の方々に「あと少しですよ、がんばって!」という言葉をかけられる。また感情が高ぶり、涙があふれてくる。

2年前、私はこの最後のロード区間、マジで追い込まれ過ぎて(鬼に)、このボランティアの方々の優しい言葉に

「2kmってぜんぜん少しじゃねぇし!」

「まじがんばってるし!むしろ死にそうだし!」

「とりあえず心臓が口から飛び出そうです!」

あの時は余裕がなさ過ぎて、私の心の中には禍々した感情がうずまいていた。けど、今年は大丈夫だった。ちゃんと感謝できた。よかった。みんな優しい。最高。がんばる。最後のロード、涙をぬぐいながら駆け下りる。

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最後の最後まで登らされる。もうすぐそこにゴールが近づいてきている。最後のゲレンデの下りは自然と笑顔がこぼれる。

そしてついにゴール。

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記録は7時間36分。早くも遅くもない記録だった。けど、最後笑顔でゴールできてよかった。

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 斑尾フォレストトレイル50km、辛かったけど楽しかった。

至極普通な感想ですが、それに尽きます。今回の完走率は93%。語られすぎてて改めて述べる必要なんてないかもしれないけど、斑尾の完走率が高く、初めてのロング(ミドル?)レースに適しているといわれるおすすめの理由をまとめてみました。

①   走りやすい
50kmは決して短くない距離だけれど、レース中大きな登りが1つ、中くらいの登りが2つしかない。一番高低差のある斑尾山の登りも、1時間もかからずに抜けられる。それ以外は緩やかなアップダウンの続く林道やフカフカのトレイル、綺麗なブナ林や湖畔を走り抜ける。標高も高くないので、山の経験があまりなくても、ロード練でカバーできるし、私のようにこつこつ走れなくても、登る筋肉(スタミナ?)つければ、必ず完走できるコース設定でした。

②   関門が厳しくない
6時半スタート、15時半がゴール関門。太陽が昇ってからスタートし、太陽が沈む前にゴールするので、ヘッドライトなどの装備はいらない。睡眠不足の心配も、道に迷う心配も、眠くなる心配もなし。50kmで9時間という時間設定は、レース出るまではけっこう厳しいように感じていたけれど、レース中にトラブルなく走り切れれば問題なくゴールテープを切れる時間設定でした。

③   エイドが充実している
50kmで5個のエイド。約10kmに1個の割合でエイドがあります。エイドにはコーラ、クエン酸コンク、水、マグマ、バナナ、梨、シャインマスカット、チップスターなどたくさんの食べ物があり、そしてたくさんのボランティアの方々がいる。食べ物がコンスタントに補給できる喜びもさることながら、人の声がたくさんする場所がコース上にたくさんあるというのは、それだけでとても癒しの存在で、「もういやだ」を「もうちょっとがんばろう」に変えてくれました。

「競うだけじゃないトレイルランニングの真の醍醐味を体感してほしい」という主催者側の思いが本当に詰め込まれていて、チャレンジする人が抱える不安をなるべくそぎ落とし、完走というご褒美を用意して無事に帰ってくるのを待っていてくれる、そんな素敵な大会でした。

エマちゃんはトレイルランニングにはまる人を、愛情をこめて変人といいました。
彼女はまごうことなき変人です。けれど、私はただの変人の友人です。斑尾に完走したくらいじゃ変人になんてなれないので、どうぞ安心してチャレンジしてきてほしいです。変人しか見てないだろうこのブログでこんなこと言って意味があるのか謎ですが、私が去年じゅんこさんの完走に勇気をもらえたように、少しでも新しいチャレンジをしようと思っている人が、勇気の1歩を踏み出すそのきっかけになったらうれしいなと思っています。

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だいじょうぶ。あなたも変人です。

いいかげんみとめなさい、わたしと同類だって。類は友を呼ぶんだから。

友よ、ほんとうに、おめでとう!
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オトベ斑尾三部作―プロローグ―(Emmaより)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_1/
オトベ斑尾三部作―前篇―(オトベ著)
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/07/madarao16_2/


オトベ斑尾三部作―前篇―

オトベ斑尾三部作―プロローグ―
http://mountain-ma.com/emma/2016/10/04/madarao16_1/
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こんにちは、2年ぶりの登場、乙部晴佳(通称:オトベ)です。2年前、斑尾フォレストトレイル16kmで初めてトレイルランニングのレースに出場しました。

このレースは、 走ることに1㎜も興味のなかった私が初めてチャレンジしたレースであり、ゼッケン番号893というギャグなのかな?という番号を胸に走ったレースであり、エマが一緒に走ってくれたレースでもあり、いまだに一番つらかったといっても過言ではないくらい自分を追い込まれたレースであり、エマのことを鬼と呼んだ(レース中は本気で思った)ことでいまだに軍曹というあだ名を彼女に残しているという、センセーショナルなトレランデビュでした。


なつかしいな

その記憶を残しておきたいと、エマのブログに参戦記を書かせてもらたことで、この2年の間、レースに出たりグループランに参加したりすると「エマちゃんの友達ですよね?」と声をかけられたり、「エマちゃんのブログにでてましたよね?」と声をかけられたり、世の中のマニアックな方々の記憶力には脱帽するばかりです。

そんなわたくし乙部が、2年の時を経て、今回斑尾フォレストトレイル50kmを走ってまいりました。

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気付いたらルイも会社の後輩になり、写真撮ってと頼んだら、シャッター押せって言ってるのと勘違いされるようになりました。

50kmクラスのミドルレースに出るには、走力に自信がないし、まじめに練習できるタイプでもないので、なかなか勇気が出なくて、2年間もの時間がかかっちゃいました。

今思えばそんなに怖がる必要なんてなかったな、とも思うし、2年間かけて、すごく順当に成長してこれたのは良かったかな、とも思ったりします。

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思い返せば1年前の2015年、斑尾。

私は2年連続で16kmにエントリーしていました。エマにひっぱってもらって走った1年目の記録を、一人で超えることが目標、とは言っていましたが、当時50kmという距離が未知の世界すぎて、怖くてエントリーする勇気がなかったのが現実です。

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無事PB(自己記録)を6分短縮してゴールしました。が、その裏でひとつのエピソードがありました。

じゅんこさんという友達がいて、彼女はその年、斑尾50kmにエントリーしていました。
じゅんこさんと私はその前哨戦として同年の6月に黒姫ショート13kmを一緒に走ったのですが、じゅんこさんのフィニッシュタイムは私よりも40分ほど遅く、107人中102位でした。

当時、まわりの友達から 「(じゅんこさんは)今のままでは斑尾50kの完走は難しい」 そう思われていたと思うし、私も頭のどこかで 「黒姫がこれでは、斑尾は間に合わないんじゃないかな」 と心配していた部分があります。

その彼女が、4か月間コツコツとトレーニングを積み、斑尾50kmを制限時間めいっぱい使って見事完走したのです。その頑張りはみんなの感動を呼びました。

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走ったことのあるレースで自己ベストを数分更新するよりも、できるかわからないレースにチャレンジして完走している彼女の姿のほうがずっとずっとかっこよく見えたのです。

私も来年は50kmを完走したい。じゅんこさんが完走できるなら私にもできる気がする!そう思う勇気をもらいました。それが、今年50kmにチャレンジしたきっかけです。

そして、今度はその勇気を誰かに “pass the baton” したいと思い、エマのブログに50km参戦記を再び書かせてもらうことに相成りました。それでは、長くなりそうですがはじめてまいります。

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<準備編>

私は走る、という行為自体は今でも得意でも好きでもないです。

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基本餃子食べてビール飲んでます

中学時代陸上部だったなんて過去の記憶は東京湾に沈めて海の藻屑にしました。ランナーがよく月間走行距離が何kmだ、とかいいますよね。正直私、お恥ずかしながら、走り始めて約2年月間、走行距離100kmを超えたことがないんです。だめなんです、淡々と舗装路を走り続けるのが。すぐ飽きちゃう。すぐ心折れちゃう。そんなランナーに必要な素質が皆無な私ですが、その代わり登るのは得意で、なぜか好きなんです。

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東京タワー練も楽しかった

だから、「苦手なことを克服するより、得意なことを伸ばそう」、そう思って斑尾エントリーを決めてからの1年間は積極的に山に行きました。

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今年富士山には2回登りました

そして、もう一つやったこととしては、必要に迫られないとできないタイプなので、積極的にレースに参加したり、ボランティアしたり、友人のレースサポートに行ったりして気分を高めました。最初は、レースに一人で行って、一人で帰っていましたが、いくつものレース会場に足を運んだり、参加したりしていると自然と友達や顔見知りが増えました。これは今回斑尾を走る上で、とても大きなエネルギーになったと思っています。

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特にスリピのボランティアは楽しかったな

仲間と走る。それが、トレイルランニングの醍醐味だとも思いました。それはメンタルだけでなく身体にとっても良くて、2年間かけて徐々に出るレースの距離を伸ばしながらゆっくり準備してきたので、私は今まで出たレースでは1回もトラブルに見舞われずに済み、飽き性の私にしては楽しく続けられている理由だと思います。

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<装備・補給編>

走る時も自分の好きな服装に身を包みたい。そんな人も増えてか、最近は昔よりも気の利いたデザインのランニングウェアが増えたように思います。私は、そんな自分のテンションを上げてくれるウェアやギアに加えて、思い入れのあるものを持つようにしています。

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斑尾50kmの装備はこんな感じ

例えば、エマがくれたバフ。ハッカ油をたらして腕に巻き、虫除け代わりと、汗拭きに使っています。右手で汗拭くたび、エマの

歩かないで走って!
限界超えるのがトレランだよ!

という2年前のスパルタレースが思い出され、足が恐怖で前にでます。この、思わず足の出るアイテムを身につけるシステムは非常にオススメ。

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補給は比較的得意です。胃腸が強いわけではない私が、今まで熱中症、インシュリンショック、嘔吐など、補給関連のトラブルには一切見舞われたことがなく、足が攣ることもなく完走できているのは、もちろんそこまでハードなレースにでてないからかもしれませんが、上手に補給できてるからなのかな、と思っています。

・ハイドレにポカリ1リットル
・ボトルに麦茶600ml
・天気が良いときは炎熱サプリを積極的に
・ジェルは基本magonを1時間に1本
・まじでキツい時にここでジョミ
・2時間に1本のmagma

これに加えてエイドで固形物を食べています。特にお米を食べると本当にすごく元気がでるので、食べたくないな、と思っても食べるようにしています。これでトラブル一切なく乗り切れています。マグマ大使エマちゃんから安達太良トレイルのレース前に餞別にもらったmagmaも持っていきました。

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この日も餃子食べてた

回復系サプリは効果がよくわからなくてずっと興味がなかったけれど、とにかく甘いジェルばっかり摂取するレースにおいて、抹茶味というこの味がとてつもなく気分転換になり、ほんとに救われました。

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さて、十分かと言われれば、十分じゃない準備でした。レース前には悪あがきに内田治療院で鍼ぶっさしてもらい、突如ポチったランブルローラーもどきでとにかく筋肉をほぐしました。

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赤い斑点は虫刺されではなく鍼の跡

雨を理由に走れなかった日々。
たくさんの言い訳を考えながら過ごしましたが、とにもかくにもレースは始まるわけで、わたしは3年目の斑尾フォレストトレイルの新たなスタート地点に立ちました。

(後編につづく)


オトベ斑尾三部作―プロローグ―

MMA Blogを読んでくださっている方ならば覚えていらっしゃいますでしょうか。わたしをなぜか軍曹と呼ぶ山ガール、“オトベ”を。

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このひとです

もともと山を始める前からの友人で、わたしが先にトレイルランニングを始めたのですが、彼女がcolumbiaに勤めるようになり、『わたしもトレランやる!』と言い出して、2年前の2014年の斑尾高原トレイルランニングレース16kmを一緒に走ったことが彼女のトレイルランニングライフのはじまりです。

初めてのレースなのに、全力出し切り猪突猛進タイプなわたしと一緒に走ることを選んでしまったが故に、初レースで散々な目に遭ったんだ!!!と今でも言われるのですが、その時の記録がこちら。

オトベ、が、斑尾を走った(オトベ編)
http://mountain-ma.com/emma/2014/10/16/otobe/

そんなわけでもっと景色見たかったんだとか、エイドでゆっくりしたかったとか、心臓飛び出そうだったとか、今でも散々文句を言われるのですが、おもしろいのが彼女のその後です。そんなに辛い思いをしたらもう二度とやりたくないと思うのが【普通】だと思うのですが、トレイルランニングにはまる人は、あなたもあなたもあなたもあなたもあなたも自覚があると思いますが、

【変人】です。

もう一度言います、【変人】です。
最上級の褒め言葉ですよね。彼女ももれなく変人で、その後黒姫、ハーフマラソンに出たりして、2年目の斑尾でもう一度16kmにエントリーします。

そしてなぜか
「エマと走った時よりもいいタイムでゴールする」
と言って、
本当に達成していました。

オイもっとゆっくり楽しく走りたかったんちゃうんかい、と。だけどその謎のチャレンジ精神はなかなかの漢です。さらにその後も名栗、戸隠、黒姫など “独りでも” 大会会場に行って走って、そしてついには今年9月には結構ハードなコースと言われるOSJ安達太良50Kを完走。いつのまにかどんどんエントリーして、どんどん距離も獲得標高も伸ばして、あっという間にかつてのオトベからは想像もつかない、ひとりのトレイルランナーになっていました。漢の中の漢です

そして今年。
満を持して彼女がもう一度あの場所へ。

その舞台は斑尾50K。
2年前、悲壮感溢れる姿で走った斑尾。その約3倍の距離に挑戦すると。

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ほら見て、2年前こんなだったよアナタ。

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漂う悲壮感

ウルトラトレイルに人気が集中するなかでも彼女はいたって冷静かつ堅実で、着々と自分のペースで力を付けて自分の目標へ向かっています。周りに左右されることのないそのスタイルがとても好きです。地道な努力が苦手ですぐ飛び級したくなるわたしは見習うべき姿勢です。

彼女が完走するか否かなんて実はまったく心配していません。オトベなら完走できる。だから、出し切ってきてほしい。いつもマイペースな雰囲気のオトベが発狂しながら走っていたら面白いなって。知ってるぞー、とりあえず完走できればいいや、タイプじゃないでしょうー。楽しんできて、2年前のあの時と同じように、「まじ辛かった」というくらい。

自分の限界を越えてきて。
自分のライバルは自分だよ。

そう念じて彼女を送り出しました。さて、彼女の2年越しの挑戦はどうだったのか。彼女のレポ―トをお楽しみに。


“負けたことに、負けない” ―信越五岳2016の記録

「ごめん・・・ほんとにごめん。」

目を赤くして言う彼女を抱きしめて謝らなくていいよ、頑張った、よく頑張ったと励ましたけれど、彼女は何度も布団に突っ伏して、うぇ~と泣いた。

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私が出た初めてのロングレース、信越五岳トレイルランニングレース。
1年目は台風で悔しい8Aまでの特別完走、リベンジを誓った2年目は抽選落ちでそれでも何かしら関わりたいと思いボランティアに、3年目はTDSの後で苦しい展開で完走、4年目となる今年は初めてのペーサーエントリー。

相方は、“山仲間”。初めて2人で縦走した時には偶然同じシャツを着てきて良い年して双子コーデになったり、山に行く時にはいつも爆笑井戸端会議で山どころではなかったり、私が怪我で走れない時に街歩きに付き合ってくれたり。年齢的にはお姉さんだけれど馬鹿な話をしたりふざけあったりできる大切な仲間。

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初めて会った時には一昨年のIZU TRAIL JOURNEYの後で、彼女はDNF(リタイア)だった。関門時間を間違えていたことと、そもそもあまりテンション上がらなかったというようなことを言っていて、正直なところ「楽しくないのかな」と感じたのを今でもはっきり覚えている。それ以降、彼女は山の麓に引っ越し、高山にも登るようになってそれまで以上に山に没頭するようになり、めきめきと山力を上げて、レースでもSTY、おんたけ100などを余裕のタイムで完走するようになった。レース後に話を聞くと、あの時とはまるで別人のように目を輝かせ、こんなことが楽しかった、あんなことで笑えてね、とキャッキャと話してくれるその様子に「すごく楽しんでいるんだな」と感じるようになった。きっと彼女なら完走できる、一緒に走ったらどんなに楽しいだろう、限界を超えてみてほしい、そう思って信越のペーサーをやらせてほしいと私から声を掛けた。

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そうと決まれば、わずかながら私のロングレースの際の持ち得る工夫や対策をすべて彼女に伝えた。これまでの彼女が出走したレース展開の特徴、強み弱み、補給食の得意不得意、最近の怪我や故障の傾向、当日のペース配分、パッキングリスト、サポートエイドで何をしてほしいかなど綿密に計画した。

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この夏UTMBを控えていた私。山岳会の山行中心に過ごした彼女。お互い山行は積みつつも一緒にトレーニングする時間はあまり作れず、UTMBからの帰国後に1度だけ日帰りのトレイルランニングに行ったきりになった。登りではやや不安が残ったものの下りは私が思っている以上に快調な走りで、仕上がっているな~ついていけるかな~と思ったほど。一緒に練習はしていないものの、イメージを共有すべく幾度かの打合せと作戦会議を経てレースを迎えた。

けれどもっと想定できることがあったのかもしれない。1年目に台風を経験しているので悪天の話もしていたものの、信越は暑さやハンガーノックに多くの選手が苦しむ大会というイメージが私の中で定着していて、豪雨の想定と対策まではほとんどできていなかった。

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現地入りしたレース前日。台風の予報は外れたものの、願い虚しく天候は悪化していくばかり。睡眠時間を十分に摂るために早めに宿に入り、前夜祭までにお互いパッキングを済ませた。前夜祭から宿に戻ってパッキングをしているとなんだかんだで寝るのが22時くらいになる。朝3時〜3時半起きと考えると、前夜祭から宿に戻ってすぐ寝れるようにしておくのが賢明だからだ。毎年仲間がたくさん参加する信越は宴会になりがちだけれど、今年は天候もあってかみんなややナーバス。窓の外の豪雨とは対照的に静かな夜になった。

レース当日。こわばる表情を見せつつも会場で用意される朝食をしっかり食べて、元気な様子。緊張は、するものだよね。と、お気楽モードなペーサーの私。一緒に緊張しても仕方ないので出来るだけ普段通りに接して、少しでもリラックスできるように心がけた。でも、緊張感もまたレースには時に必要で、緊迫した中で「ヤバイ」という気持ちが背中を押してくれることもある。そういったある意味追い立てる(not追い詰める)話はしなかったように思う。

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スタート時は前夜からの雨が止み、くもり空で、走るにはちょうど良い気温。予報が外れることの多い秋の空。多くの選手、ペーサー、サポートがすこしだけ希望を持ったかもしれない。

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けれど残酷にも再びの雨。スタートを見送り、次に会えるのは23.9km地点、2Aレストランハイジ。私達が2Aに着く頃には土砂降り。レストランハイジ前は瞬く間に車のタイヤも空回りする泥沼になっていた。

「トップ選手もお尻が泥だらけだよ!」

えっ?
一般ランナーよりはるかにバランスがいいはずのトップ勢が泥だらけで2Aに駆け込んでくる。その汚れっぷりは選手が増えるにつれ益々派手になっていき、ついにはランパンが破れてお尻に泥と血が付いている人や、前から突っ込んでしまったのだと顔まで泥だらけの人。暑さ対策のかぶり水は泥落とし用の水となり、大きな水の樽の周りに選手達が群がった。水を掛け合う選手達。ひっきりなしに水を運ぶボランティアスタッフ。選手達は斑尾山からの下りが滑り台と化していると口々に言う。仲間達が予測タイムより遅れて入ってくる。

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来ない、まだ来ない・・・。1人、また1人と仲間を見送るけれど、相方が来ない。やきもきしながら待ち続け、想定の20時間ペースから1時間経ってもまだ来ない。そこからさらに完走22時間ペースよりも30分遅れで2Aに飛び込んできた。泥だらけで滑って走れないという。私自身が相当焦っていたのかもしれない。彼女から後半追い上げタイプだと聞いていたこと、テンションを下げないようにということくらいしか考えられていなかったことが最大の反省で、タイムマネジメントができていなかった。

「大丈夫、大丈夫だよ。このコンディションでいいペースで来てる。後半で追い上げよう!」

私の口から出たのはそんな言葉で、あとは、袴岳の登りは短いからパワーウォーク、下りは林道が長く、その後ロードが少しあるからそこは巻き返しのために一生懸命走って!というようなアドバイスをしたと思う。足は残っているから頑張る、と言って元気に飛び出して行った。

なぜ、完走ペースよりも遅れていると伝えなかったのだろう。もっと危機感を与えるべきだった。せっかく作ったペース表を見ているようでちゃんと見ていなかった。冷静になるべき私が全く冷静になっていなかった。終わってから後悔しても遅い、ペーサーとして全く役割を果たせていない。この時点ですでにペーサー失格だった。

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サポートする仲間の前後の差が開いてしまったことで、次の応援ポイントの3Aでは相方に会えなかった。完走タイムを大きく左右する3A~4A。特に今回はトレイルのコンディションが悪かっただけに、わずかな走れる区間、関川の走りは後方選手にとって重要だったように思う。一瞬の晴れでまたも期待した天気は結局大雨に戻り、その後の走れるはずのトレイルではズルズルでかなり渋滞したらしい。メッセージを送ったけれど、見ている様子はない。彼女の頑張りを信じて祈るしかなかった。

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4Aへ入ってくる選手の声を聞くと、このあたりから明らかに得手不得手で差が出始めた。『予定よりも早く来たよ!』と嬉しそうに到着する選手、『もう予定より1時間も経つのに来ない・・・』と嘆くサポートのところへ『ヤバイ、全然走れない・・・』と青い顔でトボトボ入ってくる選手。止む様子のない雨に加え、蜂の襲撃もあったようで、第一関門にもなっている4Aではサポートの人達も一様に大混乱だった。

例年であれば関川で熱中症になる人が多く水でもかぶりたいところだけれど、びしょ濡れの仲間達は温かいものを欲していて、うどんや雑炊、スープを喜んで補給していた。サポートにとっては想定外で、もっとたくさん用意していればよかった。

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関門時間の15時30分が刻一刻と近づいてくる。
関門を通ったとしても、次の5Aの関門まで2時間しかない。ゲレンデ~林道登り、林道下りが長い区間。もしかしたら巻き返せるかもしれない。例年なら関門数分前に通過しても、完走している選手はたくさんいる。泥はこれまでの区間よりは多少マシかもしれない。それでもやっぱり2時間半は欲しい。せめて15時に到着してくれれば・・・。

関門など引っかからない、むしろ良いタイムを目指そう!と話していたレース前。おんたけ100kを16時間台で完走していて、走れるレースもきっと問題ない。“晴れていれば”十分に完走できる走力の持ち主だからと勝手に安心していた。まさか関門との戦いになるなんて。私が一番危機感に欠けていた。

******

15時15分頃、彼女がエイドに飛び込んできた。

「間に合った?間に合った?」と言う。

「すぐ出よう!飲み物変えて、補給は?持って行く?足りてる?」飲み物やジェルを手渡しながら畳み掛けるようにこの先のアドバイスをする。

「次まで2時間ちょっと、コースは林道登りと林道下りがあるから、できるだけ走って、下りは特に足が終わってもいいから何が何でも走って!少しでも時間を短縮するように頑張って!」

「間に合う、絶対間に合うから信じて走って!」

それしか言えなかった。
かなり厳しいことはわかっている。でもおそらくもうタイム表やコースのことなどチェックできていないだろう状況の彼女には、とにかく何が何でも前に進めと伝えるしかなかった。絶対に間に合うという言葉で正解だったのか、それとももう間に合わない可能性の方が高いともっと明確に伝えるべきだったのか。こればかりはわからない。緊張感だけは伝わったと思う。ここで、やっと。

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サポート隊とペーサー勢が5Aに着いて、慌ただしく準備をする。
関門はエイドに入る時間で17時半、出る時間は17時45分締切。今日のトレイルの荒れ具合では、わずか15分でも短縮すべき。荷物の入れ替えやヘッドライトの装着どころか、着替えている暇も、補給している暇も正直全くない。全て持って、即エイドを出る。それがいいね、とサポートメンバーも皆同意した。

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より一層過酷なトレイルへペーサーと共に挑む仲間の出発を見送った。

私は、相方の後半の荷物、着替え、補給、すべて自分のザックに詰め込んだ。状況によっては彼女のザックを私のザックの中にまるごと入れられるようにと大きめのザックで来てよかった。自分はヘッドライトを着けて、いつでも走り出せるようにして彼女を待つことにした。水の補給の時間さえもないことを想定して、彼女の分の水分は予備のボトルとペットボトルを持った。1本入りきらなかったボトルを片手に、準備が整ったのは16時50分、関門までまだ40分あった。

******

突然のアナウンスに会場がどよめいた。

「5Aの関門時間が、17時30分から17時になります。17時にここを出てください!」

17時まであと10分だった。
休憩していた選手やペーサー達が引き攣った顔で慌ただしく動き始め、会場はちょっとしたパニックになっていた。

信越五岳を選手やペーサーとして一度でも走ったことのある人なら少なくともどこか納得したと思う。なぜなら5A以降の登りは、晴れた日でも水はけが悪くどろっとしたトレイルで、しかも幅が狭くて急な登り。この土砂降りなら、足首上まで埋まり、川になっているだろうことは容易に想像できた。ただ、悪天候だからもしかしたら関門延長になるかもしれないという希望があったが、現実はその逆だった。完全に濁流と化しているトレイル。選手の身の安全を考えて、危険を回避するために関門が繰り上げになってしまった。

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17時を過ぎる頃、ペーサーが次々とコースを逆走して、もう間に合わない相方を迎えに走った。選手達は変電所上の誘導スタッフによって関門短縮を告げられたらしい。トボトボと歩く姿、泣いて身体を震わせながらも走り続ける姿が辛かった。17時半なら、間に合ったのに・・・。

もう一つの処置として、レース最後にある信越名物の瑪瑙山がカットされたため、5Aに間に合ってさえいれば完走まで叱咤激励して連れていく自信があった。けれど、わたしの相方は関門を迎える頃でもまだ吊り橋前だった。その後に変電所の登り(15分以上)、5Aまでの登り基調のトレイルがあり(後方選手なら30分以上かかる)、いずれにしても本来の関門17時半にも間に合わなかった。

そんなこともあって、私たちペアには関門短縮はさほど悔やむ情報ではなかったものの、17時~17時半に5Aに到着した選手にはあまりにも辛すぎる状況だった。山のスポーツは自然が相手。その過酷さや厳しい現実もまたレースなのかもしれない。

******

17時半過ぎ、携帯が鳴った。

「今戻されて収容中」
「どこですか?」
「もうすぐ5Aだったんだけど、反対側に戻されて車に乗った。でも混乱しててどこにいくかわからない」

吊り橋前のところで、それ以降の選手はその地点で拾った方が5Aより近くて安全にピックアップできるという判断だったらしい。当初から想定されていたものかもしれないけれど、丁寧な対応だ。きっと選手にとっては、関門アウトだったとしても、5Aまで懸命に進みたかったと思う。特にペーサーが待つ選手は、なんとか5Aまでという気持ちは強いはず。だから5Aにすら届かずにリタイアとなった選手もまた、あまりに辛い状況だった。ただ、あの状況でもし吊り橋前のピックアップがなければ、おそらく5Aに着く頃には暗い時間帯(18時頃日没)になっていて、ヘッドライトをドロップバッグに入れていた選手には危険だった。(※ヘッドライトは必要装備品として「推奨」されている。)彼女の悔しさは、2km離れた場所でも充分に伝わってきて、心が痛んだ。

「ほんとつらい、申し訳ない」

わたしもまた、悔しさで涙が溢れた。

******

ゴール地点に運ばれる彼女に会いに行くか、今も走り続けている仲間をサポートするか、しばらく迷って、サポートを続けることにした。サポートメンバーと共に、8Aに到着する仲間を温かい食べ物や飲み物で迎え、出来得る限りのことをした。

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瑪瑙山がカットになった今回、ここまで来ればゴール関門にひっかかることはないだろう。満身創痍でボロボロな仲間たちを鼓舞して、ゴールで待っているから!と送り出した。やっぱり彼女とここへ来たかった。フィニッシュゲートに場所を移し、仲間を待った。

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8Aからのコース変更部分も泥沼だという情報で、トップ選手でも1時間ちかくかかっているという。ボリュームゾーンの選手なら2時間半かかるかもしれない。

まだまだ来ないだろうと思っていたら、仲間のなかで一番前を走っていたペアから「あと数分で着く」という連絡が入り、その後も続々とフィニッシュゲートへ2時間かからずに全力で走って駆け込んできた。仲間同士の接戦もあり、ドキドキハラハラする展開で各々のドラマのなかで感動のゴールを遂げていた。いままでの信越五岳とは違って、選手達の安堵の表情が印象的だった。

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私たち2人も、ここで、抱き合って、涙するはずだった。

700人中フィニッシュゲートをくぐったのは420人。関門通過できなかった選手が多かった箇所はやはり5Aの笹ヶ峰グリーンハウスで、その数180人。例年約80%の完走率を誇る信越五岳トレイルランニングレースでは異例の60%という低い完走率となった。(5Aを通過した選手の94%が完走)

過酷な状況下では思ったより高い完走率だったようにも思う。泥のトレイルや大雨は悪天候のレースではこれまでにもあることで、その経験の違いが影響したこと、また経験がなくともどれだけ恐れず怯まずに突っ込んでいけたか、降り続ける雨と悪化するばかりの状況でもいかにメンタルを保つことができたか、ということが重要だったのかもしれない。わたしが選手だったなら、この状況を楽しみ、完走できただろうか。

******

宿に帰って部屋に入ると、物音に気付いて先に休んでいた相方が目を覚ました。

「ごめん・・・ほんとにごめん。」

目を赤くして言う彼女を抱きしめて謝らなくていいよ、頑張った、よく頑張ったと励ましたけれど、彼女は何度も布団に突っ伏して、うぇ~と泣いた。

涙する彼女にちょっとほっとした。
それでいい、それがいい。あっけらかんとしているわけでも、開き直っているわけでもなく、全力で悔やんでいて、ちょっと嬉しかった。本当に必死で頑張ったんだ、めちゃくちゃ完走したかったんだなと。私なんかが偉そうに言えるような立場でもレベルでもないけれど、思いっきり悔しがって、思いっきり悲しんで、あの時ああすればよかったこうすればよかった、なんで!なんで!なんで!と自分のレースを何度も何度も振り返っては悔やむのが、きっといいんじゃないか思う。悔しくて悔しくて忘れたい、なかったことにしたいような気持ちでいっぱいだと思うけれど、きっといっぱい悔やんだほうがいい。

もう二度とこんな思いはしたくない。
絶対にリベンジしてやるんだ。
その気持ちがきっと自分の背中を押してくれるはず。だって、わたし自身がそうだから。完走できなかったその日にはさすがに伝えられなかったけれど、彼女にこの言葉を伝えたいと思った。

「負けたことに 負けない」

リオオリンピックでメダルを逃した福士加代子さんのインタビューの一節だ。すごく印象的だった。耳が痛い言葉だ。インタビューを読んで、14位でメダルを逃したことが負けと言ってるわけじゃない気がした。

完走できなかったことが負けじゃない。必死で奮闘して、必死で走って、悔しくて悔しくて涙がでるほど物凄く頑張ったのだと思う。それでもやっぱり、悔しいという気持ちを抱える選手は、どこか自分のなかで自分に負けたという気持ちがあるんじゃないかと思う。

わたしはDNFを経験した時、とにかく敗北感に苛まれ続けた。大袈裟かもしれないけれど、舌を噛み切りたいくらい情けなくて恥ずかしくて悔しくて、夢に出てくるくらい再び負けることが怖かった。自分に負けたという敗北感に負けそうだった。自分が少しずつ積み上げてきた自信が一瞬にして崩れ堕ちて、荒れ果てた気持ちから立ち直るにはなかなかの時間を要した。次のチャレンジで目標を達成した時、自分の弱さをひとつ乗り越えた気がした。それ以来、何かに「負け」ても、目を背けずに受け入れて、その悔しい気持ちをめいっぱい次の肥やしにするようになった。満足できる「勝ち」などいつまでも遠い存在なんだとわかっているけれど、強くなるにはそれしかない。

負けたことに負けない。自分を見つめて、向き合って、より強くなる。

わたしも。
次の挑戦に向けて、共に、成長したい。
来年必ず悔しい涙を一緒に払拭しよう。

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■onyourmark [負けたことに負けない 福士加代子]
http://mag.onyourmark.jp/2016/09/fukushikayoko_adidas/97073

 

―最後に
信越のことをありのままに書いて良いかと相方に尋ねたら、即答で『もちろん。風化させてはいけない記憶だから』と返事があった。彼女のペーサーでよかった。また彼女と共にフィニッシュゲートを目指したい。今年はきっと、来年の感動に向けての序章にすぎない。

 

<archive>
■信越五岳2015
信越五岳に向けて、それまでの話。
http://mountain-ma.com/emma/2015/09/
信越五岳―20時間38分のドラマ―
http://mountain-ma.com/emma/2015/10/03/shinetsu/

■信越五岳2013
はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(前半)
http://mountain-ma.com/emma/2013/10/03/sfmt2013_1/
はじめての信越五(四)岳トレイルランニングレース(後半)
http://mountain-ma.com/emma/2013/10/03/sfmt2013_2/


日常にある100km

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とつぜんですが、ひとりで100km走ってみるという遊びをしてきました。

わたしのはじめての100km越えは2014年の上州武尊120kでした。
いつもロングの前はドキドキして、不安で、そのわりにはあんまり練習してなかったりして。あれから数回100km以上の距離を走っているわけですが、向き合い方も変わってきたことでだいぶ100という数字が(と言うか文字列が)遠い存在でなくなってきました。
慣れなのかあるいは麻痺してるっていうやつですかね。

さぁ初めてロードのウルトラに挑戦しようと野辺山ウルトラにエントリーしたんですが・・・
肉離れDNS。野辺山ウルトラといえば、ロードのウルトラマラソンの中でも厳しい部類と言われていて、アップダウンがトレランのように繰り返されるのに制限時間は14時間。
いまのわたしに走りきれたのだろうか・・・?

***

さて、この週末は北アルプスへ単独縦走へ行く予定でしたが、雨風、特に風が強い予報で、山へ行くのはさっさと諦めました。
命あってこそです。

ぽっかり空いた週末。
周りの仲間はSPAトレイルやサロマ100に出る準備をしていて
SNSで各々が決意表明をしたりなんかしていて。
わたし?
仕事を終えてクーラーの効いた部屋のベッドでごろごろしてる。

おもむろにランニングウエアに着替え、
気付いたらそこは空港の音だけが響く暗闇の大鳥居でした。
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ただただ気が済むくらいまで走ってみたらどのくらいになるだろう。
いつも仕事が忙しいことを理由に、走りたい、あ~走りたいとぼやいているんだから、も~満足した!もうじゅうぶん!というくらい走ったらいいじゃないか。

帰りたくなれば帰ればいい。足が痛くなればやめればいい。

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そんなことを考えたり考えなかったりしながら見たことのある多摩川沿いを走りはじめ、
淡々と、物思いに耽ってみたり、すれ違う人達を観察したり、歌を口ずさんでみたりして
そうこうしていると羽村でした。54km。

羽村近くのコンビニでお手洗いを済ませ、
野菜ジュースという名のお砂糖いっぱいのドリンクで血糖値があがる感覚に脳天痺れていたら、たまたまinstagramを見ていた夜更かしな友人が気まぐれにおやすみとメッセージをくれて声を発することなくおやすみと返します。
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夜が明けていく空にテンションも上がり、
そのままくるっと身体を半回転させて、
さわやかな朝の向い風をあびながら河原を走り出しました。

新聞片手に散歩するおじさんや元気いっぱいの野球少年
ウキウキしながらゴルフクラブを抱える人
まさか夜通し座っていたのかベンチでこの世の終わりのように俯く女性
朝からさわがしく犬と“2人”で会話を楽しみながら歩くマダム
幸せそうに手を繋いで歩く親子
の横を歩く疲れ果てたサラリーマンの休日出勤

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そうこうしているうちに時計はすっかり見慣れた「100」の文字を通り過ぎ
汗びっしょりで異様なわたしがさわやかな世田谷あたりの河川敷を通りすぎ
気付けばまたそこは明るくなった大鳥居でした。107km。

写真を撮るのが好きなわたしだけど、
カメラロールに残ったのは羽村のコンビニでのどうでもいい写真1枚と、
最初と最後の紅い鳥居の前での色気ない写真だけでした。

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総距離107km、多摩リバーを天空橋の大鳥居から羽村まで、羽村から大鳥居まで。
コンビニに2回。あとは脚を右左順番に前に出し、のんびりと前に向って進んでいただけ。つまんない?いやいや、たしかに長かったけれど、つまらなくなかった。孤独を愛したわけでもなく、メンタル鍛えねばと意気込んだわけでもく、たまたまその時思い立って、たまたまひとりで。でもそれがなんか妙におもしろかった。

これまでは、100km超える距離ってエントリーしたその日から何ヶ月も心の準備をして、練習をして、そうやって走ったことしかなかった。

それが、とくに何を考えるわけでもなく、トイレに行くくらいの感じでベッドを降りて、呑みに行くくらいの感じで電車に乗って、ぼっとテレビやYOU TUBEを見るくらいの感覚で自由で自然な感覚で走って、風景に溶け込んで。(は、いないか。)

もし、何してるんですか?って聞かれていたら、走りたいから走っているだけです、と答えるほかなかったと思う。得たもの?も特にないんですが。あえていうならばいまさらだけどわたし、走るのが、好きみたい。しかも、いっぱい走るのが好きみたい。
意外と100kmは日常にあるのかもしれない。

友達に話したらギョッとしていたけど、
『じゃあさ、夜から缶ビールでも片手にゆっくりしゃべりながら翌昼くらいまでだらだら歩くのはできそうでしょう?』
『うん、それならたしかに』
『それをね、ちょっと走ってみただけだよ』
『そっか』
意外とだらだら走って野辺山の制限時間14時間には収まったけれど、そこはほぼフラットな多摩川。やっぱりロードのウルトラは向いていないかもしれない。

でも、走り続けるのは好きらしいから、もっと色んなところを自由に走ってみよう。
道はどこにでもあるしね!


【被災地支援活動】九州の方々へ、少しでも何かわたしのできることを

2016年(平成28年)4月14日21時26分(JST)頃に、熊本県熊本地方を震源とする、マグニチュード6.5(暫定値)、最大震度7の地震が発生。さらに、その28時間後の4月16日1時25分頃には、同じく熊本県熊本地方を震源とする、マグニチュード7.3(暫定値)、最大震度6強の地震が発生した。

以降、九州では余震が続いており、さっき(4/18 6:30AM)検索したら、46分前にも最大震度4の地震、と表示されていました。延々と続く余震にきっと眠れない日々が続いていることでしょう。緊急地震速報のあのけたたましい音は、何度聞いても慣れないもの。東日本大震災の記憶が蘇ります。

わたしは、阪神大震災、東日本大震災共に経験しているけれど、それでもやはり日常に慣れてしまっていざ災害に遭った時の準備ができているかというとクローゼットの奥深くにほとんど開けたことのない災害セットが入っているくらいです。多くの方がそうでしょう。

今回の震災をうけて、4月17日(日)に開催予定だった「北九州・平尾台トレイルランニングレース」は中止となりました。わたしなどが言わずともみなさん充分に知っていることと思いますが、トレイルランニングレースを開催するには長い準備期間を経て、多くの方が携わって本番を迎えるもの。レースガイドの雑誌を作る際に平尾台の見開きページを担当したのですが、特にこのレースは、全国からファンが集うリピーターの多い人気レースで、コースの美しさや応援の温かさなどが大評判なのだと聞いていました。だからこそ、参加予定だったランナーも皆きっとこの英断に納得したと思います。

まだ地震発生からわずか数日ですが、被災地支援に動き出した方々がいて、その動きの早さは本当に素晴らしいと思います。九州在住のトレイルランナーや山仲間は直接的にはあまり多くないのですが、仕事で福岡、宮崎、熊本には足を運んだことがあり、ついでに山を走ったりもしました。早起きをして仕事前に熊本城の周りをぐるぐるしたり、福岡の山地図を広げて端から端まで走ってみたり、宮崎のシーガイアを海風に包まれて走ってSPAで汗を流したり。九州には素敵な山がたくさんあると聞いて、時間をとって山旅に行きたいと考えていました。そんななかで起きた地震。わたしにも何か少しでもできることがないものかと思っていたところだったので、ショップやブランドを通して全国に広がるコミュニティを持ち主導してくださる方々を支持し、情報をシェアすることで力になれればと思いこうやって記事を投稿しています。

■九州トレイルランニング協会|【被災地支援】TRAQ オリジナル手ぬぐい注文フォーム
締切:4月28日(木)
http://trailrunning.jp/traq/report/wpmaster/1316/
まだ余震が続いておりますが、今回九州の熊本県、大分県にて発生しました地震による被害へ少しでも復興の支援になればと思い、九州の山々を描いた「手ぬぐい」の販売を行い、原価を除いた収益のすべてを義援金として募金を行います。どうか皆様のご協力をお願いいたします。
代表 高木 智史 / 椎山 宗一郎
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引用:TRAQ HPより
※手ぬぐいに加え、Buffも購入できます。

■Half Track Products 熊本震災チャリティー手拭い
締切:4月25日(月)
https://halftrack.stores.jp/items/571334ada458c08300009dab
大したことはできませんが、手拭いを作ります。一枚につき500円を義援金とさせていただきます。集まった義援金は、しかるべき団体へ送るか、もしくは物資(水やミルク、オムツなど)で被災地へ送りたいと思います。詳細は決まり次第ご報告いたします。できるだけ早く送りたいと思いますので、4月25日までのオーダーで締め切らせていただきます。※商品の発送は5月18日頃になります。
GEARHOLIC一同

引用:Half Track Products HPより

■道がまっすぐ
次回火曜ロード走(4/19)は「3k走っちゃあ」から「3k走るばい」と名前を変更し、熊本・大分の皆さまへ思いを届けるグループランを開催したいと思います。グループラン集合場所に、募金箱を設置させていただきます。募金いただいたお金は全額「平成28年熊本地震」へ寄付させていただきます。お気持ちでかまいませんので、ご賛同頂ければ幸いです。
TODAY RUNNING COMPANY 道がまっすぐスタッフ一同
引用:道がまっすぐfacebookページ

■snow peak (テント、シュラフ(寝袋)、インナーマット、銀マット の支援)
大手企業も動き出しました。既に使わなくなってしまった、物置や押入れの隅で眠っているテントやシュラフ、ご使用にならないマットなどを援助物資としての提供を呼びかけています。(実際に使用できるものに限る)現地へ直接運び、可能な限りテントの設営までするそうです。
平成28年熊本地震に伴う災害援助物資提供のお願い
https://store.snowpeak.co.jp/sp/information/information_reliefgoods.html
——————————–
■受付期間 : 2016年4月15日~4月22日
■受付援助物資として必要なもの
テント、シュラフ(寝袋)、インナーマット、銀マット 
■スノーピーク奥日田への発送もしくはスノーピーク太宰府への持ち込みにて受付。
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※“災害援助物資送付シート”(下記URLにPDFがあります)を利用し必要事項を記入の上発送すること。
※発送は元払い、他社製品でも可。ペグや張り綱がなくても可。その他注意事項は以下URLにて確認を。

■T-mountain 毎週火曜日グループラン「ASASHIRO」
https://www.facebook.com/events/942169325900553/
いつも遊ばせていただいている松山城。それはそれは大きくて立派な石垣の数々。
到底、ズレたり崩れたりするとは想像できません。。。それが今回の地震で目の当たりに・・・
九州・熊本のみなさまの少しでもお役に立てれば。
T-mountainで、毎週火曜日に開催しております「ASASHIRO」
基本的に自由参加無料ですが、しばらくの間、参加費として100円でも500円でも構いませんので、みなさまのお気持ちを義援金として集めさせていただきます。*もちろん参加費ゼロ円でも、ご参加は可能です。集まった義援金は、Traq・九州トレイルランニング協会さんを通じて、支援先を選定し有効活用させていただきます。みなさまの御協力、よろしくお願い申し上げます!!*店頭レジでも、同様に義援金の受付をさせていただいております。
(引用:T-mountain facebookページ)

■mont-bell 【アウトドア義援隊】熊本地震援助金の受付
http://about.montbell.jp/release/disp.php?infomation_id=300
銀行振込での受付、店頭、ポイント寄付などができるそうです。また、4/17(日)には早々にモンベル南阿蘇店を拠点にアウトドア義援隊の活動を開始し、テントや寝袋を貸出し。4/18にはモンベル南阿蘇店前に43張のテントを設置しているそうです。

阪神淡路大震災、東日本大震災の折にも皆さんに呼びかけさせていただいた結果、微力ながらも被災された方々のお役に立つことができました。このたび熊本県を中心としたエリアで発生した今回の地震につきましても、取り急ぎ出来ることから着手させていただきたく、ご協力をお願いいたします。
2016年4月16日
大阪市西区新町2丁目2-2 株式会社モンベル内
アウトドア義援隊 代表 辰野勇
<アウトドア義援隊とは>
1995年1月に発生した阪神淡路大震災で、モンベル代表の辰野勇が、アウトドア関連の企業や団体に呼びかけて組織したボランティア集団。東日本大震災の発生時にも組織され、多くのボランティアの協力のもと、独自のネットワークを生かし、個人や企業から寄せられた救援物資約300トンを被災地に届けました。アウトドアで培った経験や知識、そして機能的な道具が、いざというときに役立つことを実感し、野外活動に親しむことの意義を啓発するきっかけにもなりました。
引用:mont-bell公式サイト

■登山家 野口健さん「熊本地震テントプロジェクト」
http://www.noguchi-ken.com/M/2016/04/tent-project-2016.html
ネパール大震災の際、現地ヒマラヤにいた野口さん。その経験やその時の震災基金で救われた野口さんやシェルパの方々の想い。恩返しをしたい、とプロジェクトを立ち上げたそうです。すでに100張のテントとコールマンからの無償提供のマットが岡山県総社市経由で現地(熊本県増城町の避難所となっている広安小学校)へトラックで届けられる手配となっているそうです。第二弾、第三弾と続けるためにテント、テントマット、シュラフなどを支援物資として募集されています。
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●募集物資:テント・テントマット・個人用マット(銀マット・インフレータブルマット)・シュラフ(寝袋)
※テントは部品(できる限り説明書も)が揃っていて設営可能なものに限る
※テントには使用可能人数・寸法(例:○人用、270cm×270cm、等)を明記した紙を添付
※サイズ、数量は問わず
※新品、もしくは劣化がなく清潔なもの
※運賃元払いで発送
●受付期間:2016年4月20日〜4月27日
●送付先などの詳細は以下URLへ
http://www.noguchi-ken.com/M/2016/04/tent-project-2016.html
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昨年4月25日のネパール大震災。僕はその時、ヒマラヤにいました。ヒマラヤ山間部の集落にある家屋が倒壊していきました。余震が続く度にまた更に、また更にと。あの時に感じた無力感は忘れません。被害の余りの大きさに途方に暮れました。しかし、そんな僕を救ってくれたのは日本の皆さんでした。「ヒマラヤ震災基金」を立ち上げたら日本中から寄付金が集まりその中には九州の方々も多く含まれていました。その基金でとても多くのテントを作り多くのシェルパ達が暖かい夜を過ごせた。
シェルパ達は僕にとって家族です。この恩は生涯忘れません。昨日、シェルパ達から「ネパールの地震の時に日本のみんなに助けてもらった。少ししかお金がないけれど今度は僕たちが助けたい」との連絡が入りました。震災は残酷で我々に試練を与えますが、しかし、こうして生まれてくる人と人の輪もあります。シェルパ達の気持ちを日本の皆さんにお伝えしたい。
そしてネパールを助けて下さった日本の皆さんに恩返しをしたい。これがこの度のテントプロジェクトの原動力です。
第一弾に100張りのテントを次の金曜日に被災地に届けられる事になりました。これからも第二弾、第三弾と続けていきます。その時々で求められるニーズも変わってくる事でしょう。まずはテントを中心にやります。この活動にご賛同くださる方々、どうかよろしくお願い致します。
野口健
引用:野口健さんHP、facebookページ


■【受付終了】EDIT design&supply 九州ドボンクラブ チャリティーステッカー
150枚に達し、受付を締めきり、合計83,500円を平成28年熊本地震災害緊急支援募金として南阿蘇村に「ふるさと納税」として支援するとのことです。

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九州には素晴らしい山々があります。そして素晴らしいハイカーもたくさんいます。残念なことに地震で被災された方もたくさんいます。九州のハイカーの集まり“九州ドボンクラブ”昨年ステッカーを作成させて頂きました。地震の一報で真っ先に思い浮かんだのが彼らの事でした。ちっぽけな事かもしれませんが、僕たちのできる事を。九州の皆さんと笑顔でハイキングできる事を願っております。今回、チャリティーとしてステッカーの売上全額を寄付させて頂きます。現在、寄付先は決定しておりませんが、平成28年熊本地震災害緊急支援募金として南阿蘇村に「うるさと納税」として支援するなどを考えております。

(引用:EDITオンラインショップ)
*****

トレイルランニング、ランニング、アウトドア、共通の趣味を持つ仲間が立ち上がり何か少しでもできることを、という動きに心から賛同します。そのほかamazonの欲しいものリストやふるさと納税など様々な情報が入ってきています。ちゃんと現地に届くのか、どんな風に使われるのかなど東日本大震災の時のことを考えるとなかなかもどかしい部分、複雑な部分もありますが、大きな被害を受けていないながらも2つの震災を経験したものとしては、それよりもなによりも、まず少しでも力になれることはないかと動き出そうという気持ちもまた助けになるような気がしています。

また新しい支援の取り組みを見つけたらここへ更新したいと思います。いまはまだ、大変な時期だと思いますが、時期をみて九州のみなさん自慢の山々へ足を運びたいと思います。

被災地の皆様に心よりお見舞いを申し上げます。
(2016.04.18)


厄年(役年)を祝う

本厄、大厄です。

厄年厄年というけれど、厄ってなんだろう。
平安時代からあるらしく。

わたくし今年で32歳。そういえば去年は前厄でした。なんだかんだで毎年新年慌ただしく、昨年は結局厄除けせずまま過ごしました。去年の年始にひいたおみくじは大吉だったような気がします。

昔付き合っていた彼が、当時酷く落ち込んでいた私に 『いいこととわるいことなんて、人生を通してみたら、だいたい半分半分になるようになってるから心配しなくていい』 となぐさめてくれたことがありました。以来、誰かの名言かのように嫌なことがあるといつも思い出します。そんな諭し上手な彼はその後学校の先生になったので、今も教壇でそんな風なことを言っているのかもしれません。あ、むかしの想い出に縋り付いているわけではありません(笑)

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当時ダンスに明け暮れていたわたし

30代に突入して “いいこと” と “わるいこと” のバランスが調整され始めているのか、はたまた日頃の行いが良いだけなのか、2015年は前厄の厄をふっとばずくらい、良いことが多い1年でした。故に、年が明けてはじめて、そういや前厄だったわと思い出したくらいです。

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厄年だとは思えないくらい充実した2015年

2016年。
さすがに本厄となれば改めて「厄」って何よと気になりまして検索してみたところ、google先生はこういいます。

災厄,苦しみ,特に病苦の意味。
災難。わざわい。

うーん、たしかに言葉の意味はよくなさそう。さらにたたみかけるように 『特に男性の42歳、女性の33歳は大厄と呼ばれ、凶事や災難に遭う率が非常に高いので十分な警戒を要するとされている。』 と。本厄は主に身体の変化がおきるらしく、健康に気をつけるべしと。身体を動かすことに喜びと生きがいを感じているようなわたしなので、ますますなんだか心配です。

いざ調べてみると厄除け・厄払いにも祈祷のプライステーブルがあったりなんかして。あそこの祈祷が豪華だとかあそこは微妙だからこういう時は奮発した方がいいとか。ちょっとちょっと神様ぁ~、そりゃ~ないよ~。わたしお金ないけど厄除けしたいよ~。

だけどよく考えてみれば、よくないことを乗り越えて、よくなっていくのが成長と変化の常であり、いいことばっかなんて面白いんだろうか。トレイルランナーのほとんどはキツイ・ツライ・ヤバイの三原則が大好きで、自分を苛め倒して苛め倒して、その先の感動に喜びを覚えるMな人ばっかりじゃないですか(笑)

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ボロボロなのに笑って喜んでるって結構変人の瞬間
(この時絶賛吐きそう)

2015年を振り返って、良いことが多い1年だったと思っているけれど、新しいこと苦しいこと辛いことをいっぱい乗り越えた充実感こそが良い1年だったと言える理由である気がします。平々凡々な毎日を送っていたら不満が残っていたかも。こんなんじゃダメだ、って。

一部のサイトにこんな記述がありました。

厄年は社会的な役割や生活環境が変わる頃にあたることから、役割を担う年=役年から厄年になったといわれることもあります。地域によっては厄年に「厄祝い」を行なうところもありますが、厄年が災厄に遭いやすい年というだけならこれを祝うというのは違和感があるかもしれませんね。しかし、厄年が神様から与えられた役割を担う年だとすれば、役割を与えられたことを祝うというのも理解できるのではないでしょうか。

なるほど役年っていいな。
わたしはだれのどんな役になれるだろう。
自分にしかできない役ってなんだろう。
そんな風に考えれば厄年だって役年だって、どーんと来いです。

本厄だと聞いて、ちょっと不安になりながらも、どんな1年になるんだろうかとどこかワクワクしているこの気持ちは、ハードなロングレースに挑戦する前の日に似ているかも。

ズタボロになるかもしれない。だけど2016年のゴールを目指すよ!

・・・などと散々言っておきながら、とりあえず故郷の護王神社にご挨拶に行ってきました。中学から高校までの6年間通学路だった場所。多くのランナーが足を運ぶことで有名な足腰の神様です。(猪の神様)

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トレランザックにはここの御守を入れています。御祈祷をしてもらって、おみくじをひいて、御守を買って。これを身に着けて今年も良い年にします。

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末吉。勝負事・・・勝つべし。べし?(笑)

***

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【京都御所西 護王神社】
京都御所の西側に鎮座する護王神社。平安京の建都に貢献された和気清麻呂公をお祀りしている神社です。足腰の守護神として広く崇敬されており、境内の狛猪に因み「いのしし神社」とも呼ばれ親しまれています。

京都マラソンや全国高校駅伝の時期には特に多くのランナーが参拝に来る“ランナー御用達”で有名な神社。神社好きのランナーのみなさま、京都御所外周ラン&お参りなんてどうでしょうか。

〒602-8011
京都市上京区烏丸通下長者町下ル桜鶴円町385(京都御所蛤御門前)
最寄り駅 – 地下鉄烏丸線 丸太町駅