名教授のRadical(過激)な新著
運動科学およびスポーツ科学の大家で、ケープタウン大学教授のTim Noakes/ティム・ノークスが1985年に著した「Lore of Running」(邦訳:ランニング事典)は、ランニングを生理学・心理学・トレーニング理論・医学などあらゆる側面から論じた、まさしくランナーと指導者のバイブルと呼ぶにふさわしい分厚い本です。この本の中で彼は、「カーボ・ローディング」の有効性を理論的に論じています。レースの数日前から炭水化物を多めに摂取することでエネルギー源となるグリコーゲンを蓄える食事摂取法は、今ではランナーにはお馴染みの概念ですが、この考え方を広めた一端を担ったのは彼と言っても過言ではないでしょう。
さて、そのティム・ノークスの新著「The Real Meal Revolution」を入手しました。「ホントの食事革命」とでも訳しましょうか。いわゆるダイエット・レシピ本で、理論部分をティムが担当し、レシピについては料理家が担当しています。必ずしもアスリートに向けられた本ではなく、だれでも適用可能という触れ込みです。
この本が提唱するダイエットはカーボローディングとは真逆の考え方で、いわゆる糖質制限ダイエットの系譜に属するといってもいいかもしれません。
そのルールは、おこめの国から来た私にはなかなかハードルが高い。
- 脂肪を摂れ。皮付き鶏肉の皮は剥ぐな。霜降り肉を食え。
- 炭水化物は悪。穀物やパン、パスタなどは一切ダメ。
- 糖分は控えろ。砂糖は使うな。フルーツ食うなら野菜を食え。
- 野菜を十分に取れ。特に緑黄色野菜。
- 高タンパク質ダイエットではないので、タンパク質もほどほどに。
理論的には主に以下の理由から炭水化物を極力取らず、脂肪を積極的にとって効率的に脂肪を燃やせる体に変えていくように説いています。
- 炭水化物を摂取すると、血糖値があがり、インシュリンの分泌を促進し、炭水化物(糖分)を脂肪に変えて、脂肪が体内に蓄積される。この過程で悪玉コレステロールが生成されやすい。一方、脂肪を摂取した場合、インシュリンの分泌を促進せず、悪玉コレステロールの生成を引き起こしにくい。
- 炭水化物は満腹感を得にくく食べ過ぎてしまう。一方、脂肪は満腹中枢を適切に刺激する。
この本が提唱する考え方に対しては、他の糖質制限ダイエット同様、専門家による反論があります。また比較的新しい考え方なため、本当に良いのか経験的に明らかになっているとは言い切れません。
ファットローディングという考え方
ティム・ノークスが提唱するダイエットを行うかどうかはひとまず置いておいて、脂肪を中心とした食事法はウルトラディスタンス(超長距離)のランニング界でひとつの潮流となりかけています。
例えばトラックの100マイルや200キロでアメリカ記録を樹立したZach Bitter/ザック・ビッターは、脂肪を燃焼しやすい体質に変えたことで、より健康になり、記録も伸びるようになったと述べています。
また鏑木毅さんもかつて、マラソンの4倍もの距離がある100マイルレースでは、蓄えられる量が限られる糖質に頼るカーボローディングは当てにならず、むしろ脂肪をエネルギーとして有効に使える体質にする方が良いと発言しています。
実はティム・ノークスも先述の旧著「Lore of Running」でカーボ・ローディングの重要性を指摘する一方で、まだ研究が不足しているものの理論的には脂肪を効率的に燃やすことが有効なのではないかと説いていました。
下の図1にあるように、エネルギー源となる脂肪が体重の約15%を占めるのに対して、炭水化物はたったの1.3%。比較的強度が強い運動をすると、まず炭水化物が優先的にエネルギーとして利用されますが、新たに補給しない限り、フルマラソンではゴールに到達する前に糖質(グリコーゲン)は枯渇してしまいます。マラソンにおけるいわゆる「30キロの壁」の一因とも考えられています。
また下の図2のとおり、運動強度によって使われるエネルギーは異なり、強度が低いほど脂肪が使われます。短距離走などの無酸素運動ではもっぱら炭水化物がエネルギー源ですが、有酸素運動では強度が低くなるにつれて炭水化物よりも脂肪がエネルギーとして使われる割合が増えていきます。マラソンよりも強度が低いウルトラディスタンスで脂肪を効率的に燃焼することが有効と強調されるひとつの理由です。
実践編?
私の現在の食事はおそらく日本の食卓にならぶ平均的なもので、炭水化物もしっかりとり、肉も魚も野菜もアルコールも適量といった感じです。ファット・ローディングには興味があって試してみたいのは山々ですが、現状体調に大きな問題もなく、急に食事を変えるのも勇気が要ります。
まあ、オフシーズンに入ったら、ちょっと試してみますかね。ということで、本が本当に有効かどうかの実践編はまたいつの日か。
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