「ヘイ、渋井選手!」
驚いて顔を上げると、すでにフィニッシュした大瀬さん(6位)と飯野さん(15位)がわざわざ来てくれたのだ。
ぼくはあまりロングレースに出ないこともあるけど、基本的にはサポートなしでもフィニッシュできる準備をしている。サポートに会えなかったから、なんて事態もイヤだし、なにより海外レースではひとりが当たり前。トレイルランニングは個人の力が問われていると考えている。
※サポートを否定しているわけではなく、あくまでもぼく自身のポリシーです。
だけど、こうしてエイドで会話を交わしたり、応援していただけるとすごい力になる。なによりトレイル有名人が二人も揃ってだよ!本当にありがとうございます。
っていうか、二人とももう100k走り終えて涼しい顔しているのが本当にスゴいw ぼくはここからまだ43k(涙)
お二人から元気を注入していただき、50分近く滞在したCP4を出発。寒さも厳しくなってきたので、トップスはキャプ4+レイン、ボトムもロングレングスのレインを履く。まだ必携品のウールタイツと、必携品以外にも化繊のインサレーションも持っている。寒さはなんとか凌げそうだ。
ひたすら真っ暗の中、白い息を吐きながら次なるエイドを目指して進む。
この頃から想定していなかった苦しさを感じ始めていた。スタートから約12時間、約60k進んできたが、普段から長時間身体を動かし続けることがないから「身体を動かし続けるストレス」が大きい。脳がやめさせようとするのだ。前に進もうとする意思と、身体を守る脳の葛藤。軽い頭痛が続く。
また前半と異なり、後半のコースはしっかりとしたトレイルも多く、疲労が増す。69.4k地点のWater Pointについたのが23:48。予定だとスルーだったが、きちんと休憩することにした。
ロングトレイルは自分との会話が大切だと思った。アドレナリンにごまかされることなく、体調をチェックする。体力、脚、内臓、まだ動くのか、余力があるのか。常に自分に問う。その答えから進むか、休憩するか、止めるか判断する。この先もトレイルが続くので、トレイルで動けなくなる危険性を考えれば、暖かいWater Pointで休んだほうがリスクヘッジになる。
夜に進んでいて思うのが、早く朝がこないかなということ。幸いぼくは夜のトレイルで眠くなることがあまりないけど、太陽の光はエネルギーになるような気がするのだ。キカイダー01かよ!
CP4から78.4k地点のCP5の区間がとても長く感じた。1:20到着予定が2:32到着。1時間以上遅れた。30分の休憩予定だったが、疲労感が強く、長めに休むことにした。
しっかりと休憩をとる。これは一ヶ月前のUTMF 二十曲峠エイドで見た選手たちから学んだことだった。141k地点の二十曲峠に到着するランナーたちは疲弊しきっていたが、きちんと休憩してエイドを出ていく。ぼく自身の経験値ではないが、スタッフをしていても学べることもある。
ここで声をかけてくれる人が。なんと現地ランナー千葉さんの友人スティーブンが前日の受付でお会いしたのを覚えてくれていたのだ(スミマセン、ぼくは周りが外国人ばかりで覚えていませんでした)。これまたうれしいサプライズだった。
椅子に座り、ブランケットにくるまって休憩する。ぼくは順位的にはかなり後ろのほうでエイドも混み合う感じではないので、スタッフさんたちも積極的に声をかけてくれる。「暖かい飲み物はいる?」「ブランケットかけようか?」「暖かいストーブの近くに行きなさい」(本当は全部英語)、もうVIP待遇である。遅いなりによいこともある。
CP5でもドロップバッグを受け取れるので、簡単に荷物を整理したりしながら、一時間弱ほど滞在する。先ほどの意思と脳の葛藤の話ではないが、夜のトレイルを先に進むのがためらわれる。あと22k程度なのに。
ロングトレイルは「止める理由はいくつでもある。それを一つずつ、つぶしていく」と聞く。ぼくはそもそも止める理由がないのだ。まだ意識もしっかりとしているし、もう走ることはできなさそうだけど、歩くことはできる。止める理由がない限り、前進する。まさにNEVER GIVE UP。
意を決してCP5を出る時にスティーブンが写真を撮ってくれた。「何時頃フィニッシュする?」と聞かれたので「10時」と答える。本当はもう少し早くフィニッシュできると思っていたのだが。
陽が昇る。しかし、90k地点でついに恐れていたことやってきた。吐き気で身体が動かなくなった。
CP5を出てからジェルもとっていない。しかし、止まってはダメだ。どんなに遅くても進む。立ち止まる時間が長くなるが、目の前(91.2k地点)に簡易エイドがあるので、そこで休もう。4:50到着予定が7:59着。すでに予定より3時間遅れだ。休憩時間が長くなってくる。
ここまできたら何のドラマもない。泥臭く、ただ前に進むだけ。なにしろ、トレイル有名人が応援してくれているし、スティーブンもフィニッシュで待っていると言っていたのだ。
亀の歩みだとなにしろ長い。1kってこんなに長かったのかとうんざりするくらい。ようやく99kに到達。ここから1k、ラストは約250m昇る階段だ。
そしてまた「渋井選手!」の声。飯野さんが階段下まで来てくれている。天使!
あー、飯野さんの写真撮り忘れた。飯野さん、きちんとお話したのは今回が初めてだけど、ナイスキャラすぎる。いつも笑顔で、でも繊細でよく考えられている。とても懐が深い感じ。
最後の階段を昇る。相変わらず亀の歩みだが、不思議と脚は残っていた。さらに飯野さんとの会話で気分がまぎれる。助かりました。
いよいよ100kの旅が終わる。フィニッシュ手前では先にフィニッシュした高広さんが待ってくれていた。まだまだ元気だw
そして、26時間9分28秒、ようやくフィニッシュラインを超えて長いレースが終わった。23時間想定のところ、3時間以上も遅かった。100kは甘くない。心底疲れた。そこにあった気持ちはなんだろう。うれしいよりも安心。もう動かなくていい安心、そして応援してくれたみんなを失望させなくて済んだ安心。
先にも書いたが、今回のUTA遠征は「みんなで行こう」と来たわけではない。各々がUTAに出たくて、現地で合流した。でも、そんなみんなに力をもらった。いつも思うけど、自分のためだけでは限界を超えることはできない。誰かのため、今回はみんなの笑顔とやさしさのため。みんながいたから(辛かったけど)最高の旅になった。
まさに「旅は道連れ世は情け」。
(続く)