毎年正月に箱根駅伝をテレビ観戦していると、ありますよね、あれ。箱根駅伝今昔物語と称して人生の大先輩方々が、「むかひはにょ〜」と白黒映像とともに思い出を語る。将来、そんな感じで読んでもらえたらいい。山だけにあくまでも四方山話です。装備とか美しい感動秘話は、スポンサー絡みの媒体にお任せしまして、ここでは、「これ書いていいのかな?」というジャンクなネタと私の勝手な推測を含めて書いてみたい。
最近のRUN+TRAIL誌に過去5回のコース変遷が紹介されていましたが、どの回が一番きつい設定であったかといえば、第1回の時計回り、後半天子山塊ぶっ通しに違いありません。自分たちの走力もまだ100マイルを走りきるにはギリギリのもでした。速い選手でも6〜7時間、私のレベルでは10時間以上かけてエイドが設定できない区間を通過する。疲労が溜まり、運動量の落ちた100km過ぎにこの天子山塊と対峙することになる。正確には「天子山地」が正しい呼称かと思いますが、自分はこの山塊という表現が気に入っています。途中で一旦下るのは、累積標高としては大きくなるかも知れませんが、エイドを挟むことで、「塊」ではなくなり、肉体的にも精神的にも楽になる。この「塊」をレースで味わうことのできたランナーは幸せ者だったのです。まずは白糸の滝から一気に800m登りっぱなし。その後は1桁気温の真夜中に、高低図に現れない細かいアップダウンを繰り返しながら、最高高度地点毛無山(1,964m)へと標高をあげる。その後も普段はあまり人が入らない、ガレてスリッピーなトレイルを下りながら、雪見岳、雨ヶ岳、竜ケ岳へと標高を下げていく。下り基調ではあるが当然、各ピークの前にはコルがあり、わずかな登り返しでも巡航速度が落ちる。海外某トップランナーが半べそ状態で降りてきたのは一部で有名な話ですが、走力で言えば、ボリュームゾーンから後ろ、完走を目指してこの天子山塊へ突入したランナーに異変が起こっていた。多くのランナーが下の高低図を見ていたから。時間は2回目の夜が明ける頃、自分もその時間帯、その場所にいたのです。
お気づきだろうか?毛無山、雪見岳、雨ヶ岳と、登り返しはあるものの、大きなピークはない。雨ヶ岳を越えれば、本栖湖のエイド迄は、下り基調というよりは下りっぱなしのはずだ。そこへ忽然とその姿を現した綺麗な円錐形の山がある。竜ヶ岳だ。実はここで竜ヶ岳を見てしまうランナーは完走が危うい。できれば、夜が白み始めるころには本栖湖のエイドに到着しておきたいのが本音だったのです。
自分は試走をしていたので(当時の試走禁止区間ではなかった)、 この竜ヶ岳は大した事はない、登り始めれば、程なくしてピークを踏めるとわかっていた。だが、試走ができない地方からのランナーや、疲労困憊のランナーは、「もう本栖湖の関門に間に合わない(泣)」とへたり込み、歩みを止めてしまう者もいた。そうした彼らに、「あの山は大した事はないんですよ、錯覚ですよ!」と声をかけながら、自らも本栖湖へと急いだ記憶がある。本当に錯覚だったのだろうか?あるいは高低図は別のルートを示していたのだろうか?そのなぞ解きをしてみたい。国土地理院地図で確認してみましょう。
雨ヶ岳から端足峠へと下り、竜ヶ岳へ向かうには、そこから約200m(*わずか200mだが)登り返す。高低図にはこの200m upは表現されていなし、竜ヶ岳1,496mのピークも見当たらない。雨ヶ高から竜ヶ岳の最低高度地点は端足峠の約1,265mのはずだが、高低図では一旦、1,000mを下回り、その後は尾根をトレースするとは考えにくい高度一定の区間が数kmほど続く。これはピークを通過する尾根ではなく、コンタリング(高度維持)をしながら山の中腹、あるいは裾を巻いていくようなトレイルと考えるのが自然でしょう。つまり端足峠を竜ヶ岳へと向かわず、南方向へと一旦下ると標高1,000m前後を維持しながら本栖湖へと向かう東海自然歩道がある。高低図はこのルートを示していたのではないだろうか?計画はあったが、諸般の事情により、変更になったのではないだろうか? だが、このルートを通しても一旦1,000m以下に降下するポイントはない。ならばA沢貯水池近辺に一度下ろして、登り返しか?私の推測であり、本当の事は分からない。それでよいのです。それを受け入れるしかないのです。全ての情報が正しいという事はない。それを望むなら室内トラックを走ればよいのだから。(*マーク)をつけたように、わずか、というか、たかが200m upの話なのです。下位グループとはいえ、UTMFにエントリーするランナーなら20分もあれば登れるはずです。それなのになぜ、へたり込んで歩みを止めてしまったのか?そこには錯覚作用が働いていたのではないかと推測しています。
エビングハウス錯覚と呼ばれ、比較対象の大小によって、大きさの認識が変わるというもの。雨ヶ岳までは樹林帯に囲まれていて、遠くのものを認識する視界はない。そこへパッと稜線が笹原で開け、東側に雄大な富士山が見える。同じように進行方向である北方向を見ると、これも竜ケ岳の全容が見えて、その周囲に高い山がない。後ろは本栖湖を挟んで北側なので、周囲の山は小さく見えて、手前に富士山のような独立峰のごとく竜ケ岳が美しく見える。このことで実物の竜ヶ岳よりも大きく見えるのではないでしょうか?
錯覚は心理状態に左右されると言われます。あの時、へたり込んでしまったランナーは、「もう本当に登りたくない」という心理、そして高低図からの誤った情報によって、その錯覚を増幅させていたのではないでしょうか?そういう自分も「あれは錯覚ですから!」と言っているように、実際よりも大きく見えていました。200m upではなく400m upほど、通過に40分ぐらいの感覚に見えていたと思います。幸いにも正しい情報を持っていたのでそれを打ち消すことができたのです。今は2012年当時よりも、スマホのGPSアプリや、GPSウオッチの高度計の精度も高く、冷静になれば適切な判断もできるでしょう。そして、なによりも、UTMF/STY に挑むランナーならば、自分の心理をプラスへと変換させる逆方向の錯覚を見るような脳のコントロールをして欲しい。つまり、「山が大きく見えても、あれは大したことはないと。錯覚だと。」
竜は選手の心の中にいたのだと思います。
新しいコースで開催される2018 UTMF STYが、選手、ボランティア、サポーター、そして主催者、全て人々にとって素晴らしい大会となりますよう、心からお祈りしています。
追記: 大会主催者が掲示した地形図では竜ケ岳はきちんと表記されており、約束された正確な情報を提供しています。