「次の忍野でダメだったら、止めるかもしれない」
そう言い残し、富士急ハイランドのエイドをあとにした。23日12時半過ぎ。スタートからすでに20時間以上が経過していた。レースは後半戦に突入。
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U5富士急ハイランド〜U6忍野|富士吉田で受け取ったエール
区間距離は19.4km。小倉山(978m)、忍草山(1130m)と中盤に2つのピークを越える。累積距離は107.7kmに到達する。
炎天下のロード、そして道の駅でのひととき
小倉山を下ると、コース脇に富士吉田の道の駅が現れる。
日差しは容赦なく、まるで真夏のような陽射しの中を進んだ。前半のロード区間では直射日光を浴び続け、身体はすっかり熱を持ってしまった。
道の駅の自販機で缶コーヒーを買い、一気に飲み干す。冷えた液体が喉を通り抜けていく感覚が、この上なく心地よかった。
氷を持っていた選手が、親切にも分けてくれた。ボトルやキャップ、アームスリーブの下に氷を仕込み、時折首筋を冷やして身体の熱を和らげた。
予期せぬ出会いと、たった一言の力
歩道で声援を送っていた知人に偶然出会い、立ち止まって言葉を交わす。
「このペースなら42時間台で完走できるよ! 神山さん、頑張って!」
ほんのひと言が、極限状態の心を大きく動かす。
それまでの自分は、完走など到底無理だと思っていた。疲労は限界に達し、気持ちも完全に落ち込んでいた。富士急ハイランドのエイドを出るまでは、本気でリタイアを考えていたほどである。
だが「完走できる」という言葉が、心に火を灯した。
自分を信じることができた瞬間
「UTMFを完走できるんだ。」
「10年間、ずっと憧れていたことが、ついに実現するんだ。」
このとき、レース中で初めて――本当の意味で自分を信じることができた。
すでに100km近く走ってきた。ここまで来たら、何としても完走したい。後ろ向きだった気持ちが180度転換し、完走へ向かう前向きな気持ちに変化した。
メンタルはリセットできた。
身体はボロボロ、それでも気持ちは前を向いた
しかし次に襲ってきたのは、足の指と踵のマメによる激しい痛みだった。おそらく六か所以上が水ぶくれになっているだろう。
筋肉痛、腰痛、熱中症の兆候、眠気、胃のむかつき――そこへ新たな痛みが重なる。
それらの不調は、絶えず優劣を入れ替えながら、波のように押し寄せてくる。
満身創痍の状態だったが、気持ちは明確に前を向いていた。一歩ずつ、一歩ずつ、動き続けた。
忍野エイドで再点火
忍草山を登りきり、ゆっくりと下る。小川沿いの農道は、歩きを選んだ。
やがて、忍野エイドが近づいてくる。手前でメッセンジャーを確認した。
「これから買い出しに行くので、何かリクエストあれば。着実に進んでますね! 一歩一歩ですよ!」
モリジーの励ましが、再び自分を奮い立たせた。
「16時55分 忍野イン。残り物をいただきますから、とりあえず買い出しは大丈夫。」
エイドでは防寒着を身につけ、ライトの準備を整えた。20分ほどの休憩の後、再び出発する。
「忍野出ます。17時15分。」
U6忍野〜U7山中湖きらら|2度目の夜へ
区間距離は8.9kmと、本コース中でもっとも短い。山中湖の北側に連なる大平山(1295m)、大窪山(1267m)、平尾山(1290m)の山並みを縦走する区間である。累積距離は116.6km。
林道を大平山までおよそ350m登ると、草原のような山頂が広がった。眼下には穏やかな山中湖、そして正面には大きな富士山。しばし心を奪われる光景だった。
大窪山、平尾山と、緩やかなアップダウンを繰り返しながら進んだ。
平尾山からの下り、木製の急な階段に差し掛かったところでヘッドライトを点灯。いよいよ2度目の夜に突入する。
段差の大きな木階段には苦しめられたが、慎重に足を運びながら平野の市街地まで下ってきた。
「平野の交差点まで来ました。まもなくです。」
「はい! 湯沸かしして待ってます!」
メッセンジャーでやり取りしながら、あたたかな光の待つエイドへと足を運んだ。
仲間の笑顔と言葉が力をくれる
116.6km地点、U7山中湖きららには23日19時35分に到着。スタートから27時間20分が経過していた。
エイドでは、モリジーとの会話が自然と弾んだ。気持ちが前向きになったことで、ようやく言葉が出てきたのだ。
富士急ハイランドのエイドでは、必要最低限のやり取りしかしなかった自分を、モリジーもきっと心配していたに違いない。
「山中湖きららからが、本当のUTMFが始まります。」
モリジーがそう言った。
後半40km、累積標高2,000mを越える本格的な山岳区間が待っている。ここからが本番。そう思うと気が引き締まる。
「FINISHの富士急ハイランドで待ってます!」
その言葉を背に、U7山中湖きららを後にした。
続く