老舗お菓子メーカー、カンロから発売された『TRAIL BAR』は、アーモンドとドライフルーツの旨みがぎゅっと詰まった自然派志向の補給食。アウトドアシーンだけでなく、仕事の合間や小腹が空いた時のおやつにもちょうどいい。
いま、アウトドアショップの店頭にはトレイルランやトレッキング用のバーが数多く並んでいるが、圧倒的に海外ブランドのものが多い。その中で、大正元年(1912年)創業の日本のお菓子メーカーがつくるバーの存在は新鮮だ。もちろん、生産は国内工場で行っているという。自らもトレイルランナーである開発者の森川雅樹さんに、商品の誕生秘話をうかがった。
— 森川さんはトレイルラン愛好者だそうですが、なぜ山を走るようになったのですか。
森川:もともと社内の登山サークルの仲間たちと、立山縦走や南アルプスなどに出かけていました。山行の途中でよくトレイルランナーを見かけることがあって、自分も走ってみようかなと思ったのがきっかけです。1年半ほど前に、秩父で開催された『伊豆ヶ岳を越える道』というレースに出て、トレイルランの魅力に目覚めました。実は大会に出るまでは、トレイルランナーってちょっと変わった人が多いのかなと想像していたんですね。ところが大会に出てみたら、みなさん意外に普通だった(笑)。
それまで全く走る練習はしていなかったのですが、大会後は社内のラン部に入部して、本格的に走るようになりました。いまは仲間を誘ってレースに出場しています。登山やトライアスロンも楽しんでいます。
— 『TRAIL BAR』を開発しようと思ったきっかけは?
森川:登山では、好みのナッツやドライフルーツを合わせてトレイルミックスを持っていく人が多く、それをもっと食べやすくできないかなと思っていました。市場にはトレイル用の補給食がたくさんありますが、そのほとんどが外国製ですよね。甘すぎたり、歯にくっついたり、大き過ぎたり。値段も高くて、自分の口に合うものがありませんでした。それなら自社でつくってしまおうと思い立ったのが、2年ほど前のことです。
—当初は登山を想定していたわけですが、そこにトレイルランのシーンを加えたのはなぜですか。
森川:自分の経験が大きいですね。実はトレイルランニングの途中で、ハンガーノックになったことがあるのです。その頃は補給食の知識がなかったので、水と塩分くらいしか持っていなくて。山の中で急に頭がフワーッとなって、体に力が入らなくなりました。目の前が真っ白になったんですね。これは本当に危ないと感じました。
その経験があってから補給食について勉強するようになり、すでに開発中だった『TRAIL BAR』もトレイルランナーに向けて発信していこうと思ったわけです。
— これまでずっと研究のお仕事をされてきたとうかがっています。森川さんご自身のことについて、少しお話していただけますか。
森川:スポーツは、小学校から大学までバスケットボールをしていました。大学の学部は、有機合成化学が専門です。卒業後は製薬会社に入社して、成分分析を担当していました。製薬会社はBtoBの仕事なので、もっとお客さまに近い場所で仕事がしたいなと思い、2011年にカンロに中途入社しました。当初は研究室でキャンディやグミの製品分析を行っていたのですが、その後、開発部門に移り、いまは新製品の企画を担当しています。
— 研究室ではどんなお仕事を?
森川:当社のメイン商品であるキャンディやグミの分析を行っていました。具体的には、他社製品の成分の分析です。原材料の表示に「水飴」や「砂糖」と書いてあっても、それぞれ十数種類もあるのです。この種類だとこういった味わいになる、こういった食感になる、この味のポイントは油脂だなといったようなことを分析していました。そのほか、賞味期限や素材の配合の研究も行っていました。
— 『TRAIL BAR』をつくる上で、苦労したのはどんなところですか。
森川:素材のチョイスですね。一般的なバーはチョコや小麦粉、大豆粉などを使ってボリューム感を出したり、原価を抑えたりしていますが、そういうつくり方はしたくなかったのです。トレイルミックスを食べやすくしたいというのがそもそものコンセプトでしたから、素材本来の味を活かしたいと考えていました。僕は原材料の配合が専門なので、そこには特に時間をかけています。
バーの素材は天産物(農産物)ですから味の個体差が大きい。いろいろ配合して、試行錯誤を重ねました。あとは価格的な問題ですね。値段が高くなりすぎないように留意しました。
— アーモンドとドライフルーツの味わいがしっかりしていて、食べ応えもありますね。味も甘さも人工的な印象ではなく、とても食べやすく感じます。
森川:ごまかしのないリッチな素材感を意識しました。ネーミングも直球で『TRAIL BAR』とつけました。トレッキングやトレイルランをしない方には正直、伝わりにくい名前かもしれませんが、トレイルミックスをご存じの方には味がイメージしやすいのではないかと思っています。
いまはスポーツ用品店やアウトドアショップを中心に、鉄道系のコンビニエンスストアでも扱っていただいています。山へ行く際に電車を使う方も多いと思いますので、途中で気軽に購入できればいいかなと考えました。お腹持ちがいいので、社内の登山サークルの仲間たちもいつも山に持っていきますよ。
— 『TRAIL BAR』について、森川さんご自身はどんな活用シーンをイメージしていらっしゃいますか。
森川:一部のトップアスリートを除くと、トレイルランニングの愛好者の方々は30歳代から40歳代がボリュームゾーンだと思います。楽しむことに主眼を置いて取り組んでいる方が多いですよね。トップアスリートは走っている最中は特にエネルギー効率を重視しますから、おそらくバーなどの固形物よりもジェルを選ぶことが多いのかなと思います。でも私自身は、実はジェルが苦手なのです。ですから、数あるバーの選択肢のひとつに、この『TRAIL BAR』を加えていただけたらと思っています。
この商品は何より、素材にとても気を配っています。ドライフルーツやアーモンドを固めるのに、使用する砂糖や水飴の配合を抑え、素材の味を活かすように考えました。ファーストインプレッション、食べた瞬間の美味しさを楽しんでいただきたいからです。
渋井:僕自身がMMAを展開していてよく思うのは、トレイルランニグはすごく効率を求めるアクティビティだということ。そのために捨てているものもたくさんある気がしています。
そのうちのひとつが人間的な喜びです。食べるという行為は本来、すごく幸せな行為のはずなのに、場合によってはあまり美味しくない補給食を口にしなくてはならない。それらはトレイルランニングのレースを完走するために摂取しているわけです。そう考えると、この『TRAIL BAR』はジェルなどと同じ目的の製品ではあるけれども、カテゴリーは全く別な気がします。食に対する喜び、人間の本能的な喜びも得られますよね。
森川:お菓子会社がつくるからには美味しさは絶対に譲れません。最も力を入れたところです。トレイルランニングやトレッキングの喜びは、自然を楽しむことにあると思うのです。その自然を味わうアクティビティの中で、人工的な味覚をがまんして摂取するというのは、ある意味、矛盾を抱えてしまうのではないかと思っています。
— HPを拝見しますと、代田渉さんや大瀬和文さん、小原将寿さん、田坂洋範さん、原公輔さんなどのアスリートが『TRAIL BAR』のアンバサダーを務めていらっしゃいますね。
森川:実は全員、友だちです(笑)。商品提供のサポートを行っています。トレイルランニングは横の繋がりがあって、どんどん友人たちの輪が広がっていくところも魅力ですね。よく一緒にお酒を飲んだりしています。
— 最後に、森川さんご自身のこれからのチャレンジ、商品企画についての展望をお聞かせいただけますか。
森川:私個人については、この春にハセツネ30を完走して1000位以内に入れたので(1000位以内は秋のハセツネCUPに優先出場)、そろそろ長い距離にもチャレンジしていこうかなと考えています。そして『TRAIL BAR』については、トレイルランニグの大会や仲間を通して得た情報をどんどん製品にフィードバックしていきたいと思っています。
— ということは、シリーズ展開などの可能性もあるのでしょうか。
森川:そうですね。いま発売しているのは少し甘めのレーズン味と、酸味のあるクランベリー味の2種類。今後、新しい味も増やしていきたいと考えています。また、当社の得意分野であるキャンディやグミなどの展開も挑戦してみたいですね。
カンロ株式会社
https://www.kanro.co.jp
ネットショップ
http://www.kanro.co.jp/shop/
interview / report: Yumiko Chiba (GRANNOTE)