今月号の山渓に南アルプス特集が組まれている。首都圏のトレイルランナーが思い浮かべるコースとしては、鳳凰三山ピストン、あるいは一定走力があれば、甲斐駒ケ岳黒戸尾根ピストンなど、タフではあるが、アクセスがよく日帰りが可能な山域がありますし、山小屋やテン泊で、北岳、間ノ岳、農鳥岳といった白峰三山を縦走するのも比較的プランしやすいと思う。今回、ご一緒させていただいたのは、昨年に第1回 大雪山 Mammut Cupでご縁のあった方々と。この時期にメジャーなレースではなく、北海道大雪山に興味を示す人たちというのは、やはり自分と思考が似ているのだと思う。下のプランルートを聞いて即答してしまった(笑)
一般的に雑誌で紹介されている椹島から赤石岳のラウンドではなく、鳥倉登山道、三伏峠から入り、悪沢岳(荒川岳)と赤石岳、そして聖岳、茶臼岳までのルート、つまり多くの部分はトランスジャパンアルプスレース(TJAR)のボスキャラ揃いを行く縦走である。前半、雷や諸条件でペースがあがらず、赤石岳から椹島へのエスケーププランへ変更となったが、それでもこれまでの自分が経験した縦走の中でベストの1つとも言えるものでした。
三伏小屋の手前は雨量が多いせいか、シダやコケ類の豊かな植生が広がる。そして峠を超えて、森林限界が近くなると、南アルプスならではの高山植物の花畑が広がる。
烏帽子岳を過ぎて小河内岳へ、そしてその避難小屋からが本題のお話。多くのトレイルランナーは避難小屋と聞くと、奥多摩の御前山や雲取山といった、いわゆる緊急避難にのみ使用する無人避難小屋を思い浮かべるだろう。しかしながら、山地図の記号で屋根が黒で塗られている避難小屋は季節によっては有人避難小屋であり、調理による食事提供をしないだけで、山小屋と変わらないのです。ですので到着時刻は余裕を持ってプランすべきであり、人数が多い場合は予約も必要です。避難小屋の性格上、予約がなくても断られることはないわけですが、営業に迷惑をかけない心使いは必要でしょう。この小河内避難小屋にて、メンバーの中で軽い高山病症状が出た方を休ませていただいた。小屋のご主人は、次の高山裏避難小屋への到着時刻が遅くなることを予見して、無線連絡を入れてくてた。高山裏避難小屋へは日没直前に到着。この時間に小屋に着くことはあまりない。怖いオヤジで、頭ごなしに「山なめんな!」と怒られたらどうしようかと、少し緊張しながら戸を叩くと、「よう来たな、小河内小屋から連絡はもらってるから待ってたよ、まず、カッパ乾かせ、ほら、ハンガーだ」といって笑顔で迎えていただいた。時間が遅かったので多くの話はできなかったが、常に冗談を言って笑わせてくれる、でも、怒ったら怖いだろうな、という雰囲気を醸し出してはいる。後に他の小屋で聞くと、やはり山のマナーを守らん輩には雷が落ちるそうだ。ご本人曰く「もう、そんなことはねーよ、丸くなったもんだよ」とおっしゃられてはいたが(笑)次回、このルートを行くときは、泊まりでない場合でも絶対に素通りはしない。必ず立ち寄って挨拶したいと思う小屋のおじさんだった。
2日目は荒川三山と赤石岳への縦走となる。山の写真集のような風景が延々と続く。荒川三山は、前岳、中岳、東岳の3つで構成され、東岳を荒川岳と呼んだり、悪沢岳と呼んだりしているそうだが、自分はこの悪沢岳という呼び方が一番ふさわしいと思う。
悪沢岳の手前、中岳避難小屋に荷物をデポさせていただいた。泊まりでもないのにデポはいかがなものかと戸惑っていたら、ご主人の方から声をかけていただいた。このご主人のスリムな身体、こけた頬のライン、もしかしてランナーでは?と思ったら、やはりトレイルランナーでした。トレーニングとして山を走っていると。TJARのお話で盛り上がりました。もちろん昼食休憩はここでいただく。また、昨晩、夜間走をしていたランナーの話を聞いた。ランナーのライトはルーメンが高いため、かなり遠くの山からでも確認ができる。自分たちと同じルートを動いていたが、なにかトラブルがあったか、中岳までくるのか、心配していたそうだ。当然アルプスの国定公園内では指定幕営地以外での幕営は禁止事項であり、また、テン場への到着時刻を考えるとあまり遅くなるべきではない。TJARという特殊なイベント時と、そうでない時を間違えてはならないと思う。我々はレース時や比較的安全な山域での夜間走には慣れるべきだし、TJARを目指す人にとっては一定標高以上のビバーク経験回数が書類選考基準となるわけですから、練習は避けられないわけですが、リスクと周囲への影響、そしてなにより自分の力量は考慮すべきでしょう。そうでないと「TJARかぶれ」と言われそうです(俺か!)
次のボスキャラは赤石岳。前岳と中岳の中間に分岐があり、赤石岳へと向かう。
赤石岳避難小屋に着くと、すぐにご主人が「待ってたよー、高山裏から連絡もらってるよー」と声をかけていただいた。ありがたい。こうやって避難小屋同士の無線連絡で登山者は見守られていると実感した日でした。夜はご主人や、宿泊していたTJARの選手の方、クライミングをされる方々と軽く宴。ワインのペットボトルを持ってきた甲斐がありました。FBを見ると、ここ赤石岳避難小屋へはTJARの選手達がよく立ち寄るようです。選手達とご主人との温かい関係が、我々一般ランナーをも受け入れてくれる土壌をつくってくれているのだと思う。感謝です。
3日目下山の日の早朝、ご来光はガスがかかり見られなかったが、雲海に浮かぶ富士山と赤石岳ピークのコントラストが美しかった。
畑薙ダムまでの送迎バス(山小屋共通)がある椹島までゆっくりと下る途中、赤石小屋(赤石岳避難小屋は山頂で、赤石小屋は途中にある)に立ち寄って休憩をとり、出発する際に、「木の根が多いので気をつけてくださいね」と小屋の方(ご主人かどうかはわからないけれど)と声をかけていただいた。1時間ほど下ると、荷物を持たないで、脚を引きづりながら下りる女性の登山者に出会う。聞けば、捻挫をしてしまったが、同行のメンバーは東京へのバスの時刻が迫っていて、荷物を担いで先に下りたと。自分は大阪行きなので比較的余裕があるから、ゆっくり一人で下りるということだが、どう見ても危なっかしい。メンバーに看護師の方がいたので、ホワイトでテーピングを施し、一緒に下山することに。まるで赤石小屋の方の言葉が予言していたようで、自分たちも一緒に下りることをためらうことなく選択する。最初から最後まで、小屋の人たちに見守られているような不思議な体験でした。
帰宅して山地図を見る。今回の1つ1つの山の大きさを思い出しながらも、一本のラインがはっきりとイメージできる。甲斐駒ケ岳黒戸尾根から入って、聖岳の先、光(てかり)岳まで。「勝手にトランスサウスアルプス」夜間走なしで、何日もかけて、ファストパッキングで行きたい。さて、いつになることやら。