約束通りエイドを通過する度にメッセンジャーにモリジーからのメッセージが入ってきた。
22km地点のバンフ
“バンフ予定より10分遅れて出ます”
36km地点の赤池
“赤池10分遅れて出ます”
55km地点のアパリゾート上越妙高
“定刻より20分遅れてアパ出ます。関門危ういかも”
モリジーは設定時間から10〜20分の遅れがあった。関門通過が困難になり始めていることを知って緊張感が走った。
“妙高8分早く出ました。借金はなくなりましたが関門は厳しいです”
“神山さん、今池の平です。関門ギリなんでドロップバッグ用意願います”
“あと7.5なんですが、ちょっと届かないかもしれません”
借金返済できたと思えば、次には関門通過が難しくなったりと目まぐるしく状況が変わった。何が起きているんだ?相手の状況が見えないことで102㎞地点の黒姫エイドで待っている方も気が気でなかった。
続々と黒姫にインするランナーたちには玉のような汗が肌に浮かんでいる。暑さで辛そうだ。モリジーが熱中症になっていないかが心配だった。
待ちわびたモリジーが黒姫に到着。時間は13時45分、設定時間ジャストだった。スタートから19時間15分経過していた。第3関門には45分の余裕がある。椅子に座らせてドロップバッグから補給食の補充とソックスとシューズを履き替えさせた。仲間とてきぱきとサポートを行った。軽い冗談を言い合いながら設定時間通り15分で黒姫をアウトした。
モリジーに聞くとかなり暑かったようだ。関川沿いでは日差しが強くバテたようで、気温が下がり出してから身体が動くようになったということだった。最も心配していた腸頸靭帯炎は早め早めに痛み止めの服用で対処していて今のところは問題はないようだ。
僕の見立てでは彼は黒姫までほぼノーダメージだった。それは完走の手綱をグッと引き寄せていることを意味する。しかし、もう一山二山もあるのが100mileレース。ここまで順調だからといって今後も順調という保証は何もない。ひとつひとつトラブルを適切に対処して乗り越えていくしかない。
ペーサーには選手を無事に完走に導くという仕事がある。責任も重い。自分の仕事をしっかり果たし、モリジーを何が何でも完走させると固く誓いを立てた。
次の笹ヶ峰エイドまでは13km。登りの林道は全て歩かせた。昨年、この区間で腸脛靭帯炎で苦しんだ記憶が蘇ってきた。心配していた吊り橋の渋滞はなかった。110kmのスタートが30分遅延したことでボリュームゾーンの到着が遅れているのが幸いしたのかもしれない。運を味方にしたことでさらに完走に近づいた。
吊り橋からの急な登り返し。モリジーは僕のペースに着いて来れない。休み休み、ようやく急坂を登り切った。なだらかなアップダウンを繰り返す。登りは歩き、平たんな所と下りは走らせた。アナウンスが聞こえてきた。ようやく笹ヶ峰グリーンハウスに到着。第4関門突破。
笹ヶ峰で楽しみにしていたのはカレー。腸脛靭帯炎を予防するためのストレッチは欠かさなかった。モリジーの知り合いの女性から有り難いことに手厚いサポートをしていただいた。モリジーには300kcalもあるゼリー状の補給食を差し入れで持たせてくれた。夜間走に備えてベッドライトを装備して10分程の休憩で笹ヶ峰を発った。
夕闇が迫る牧場の中を走りながら、僕は昨年の出来事を思い返していた。昨年、モリジーは腸脛靭帯炎でどうにもこうにも前に進むことが出来ずDNFした場所を越えた。またこうして1年後に同じペアでここまで来れたことを祝い、固い握手を交わした。まずは最低限の目標は達成できた。次なる目標は142km地点の戸隠スキー場の第5関門の突破だった。