ついにUTMB(Ultra-Trail du Mont-Blanc)ウィークに突入!
この高揚感!! 日本人ランナーも続々とシャモニー入りしていると思います。参加されるすべてのトレイルランナーは完走目指して頑張ってください! そしてサポートメンバーやご家族のみなさまも長丁場になると思いますので、体調管理にお気をつけください! みなさまが最高の思い出を持って返ってこれるようにお祈りしています!
MMAによるUTMB特集「HOW TO UTMB」もいよいよファイナル。昨年UTMBに参加した寺町健の参戦記後編。UTMBを目指しているトレイルランナーのみなさまにとって、少しでもお役に立てれば幸いです。
Amazing Summer 2012
UTMB2012を終えて(後編)
text by Takeshi Teramachi
いつものようにGoProで動画を撮りながら、スタートゲートをくぐっていく。ものすごい選手の数でもみくちゃにされながら、沿道やホテルの窓から応援してくれる人に手を振ったりして、シャモニのメインストリートを走っていく。途切れることのない人、人、人。子ども、おじさんもおばさんも、おじいさんもおばあさんも。アレー、アレーと声を張り上げて応援してくれる。さらには、大きなカウベルや缶を叩きながら応援してくれたり、横を走る列車は警笛を何度も何度も鳴らしながら、スタートを盛り上げてくれた。
しばらくロードを走り、トレイルに入った。芝生の上を走っていく。幸いなことにまだ雨は降っていなかったが、芝生は濡れていた。そこで、ツルッと滑って転んだ。この時に、我に返ったように、ここから長い旅が始まる。スタートの浮かれた気持は少し抑えて、慎重に楽しみながら走ろうと気持を切り替えた。
ロードの区間もかなりのハイペースでみんな走っていたが、トレイルに入っても、そのペースは衰えなかった。みんな速いなーと思いながら、先は長いので少しキープしながら走ることを心がけた。
まもなくして、水の給水があった。コップ一杯だけもらって、そのまま先へと進んだ。山から降りて町に到着する度に、多くの人の応援に元気づけられる。
20時30分近くになり薄暗く、かつ雨が降り始めたので、家の軒先で装備を替えることにした。頭のGoProカメラをヘッドライトにして、レインウェアの上着を着た。そして、ストックを取り出した。すぐに出発したら、ヘッドライトを置き忘れたことに気がついて、急いで戻った。慣れない海外レースは、思わぬ所でミスをしてしまう。落ち着いて行動せねばと、ここでも肝に命じた。次の私設エイドでは日本人と知ると、「おにぎりありますよ!」と声をかけて頂いて、もらった。パンが多く、なんだかパワーにならない気がしていたので、とってもうれしかった。
みんな、ヘッドライトの電池を取り替える回数を減らしたいから、暗くなっても明りをつけずに走っていた。粘るなーって感じ。僕もちょっと我慢したが、トレイルがドロドロ、マッドな感じだったし、怪我とかしても嫌なので早々にライトをつけた。が、雨は強くなるし霧も濃くなる。メガネに水滴が付き、曇り始める。ライトは明るいはずなのに視界が非常に悪い。レンズの水滴を時おり拭き取りながら進んでいった。雨の練習で帽子と雨具のフードをかぶれば、ほぼ水滴がメガネに付くことはないと実験済みだったが、今回はそうはいかなかった。コンタクトも念のために持って走っていたのだが、手が汚いし、つけるタイミングがなかった。次回からはコンタクトで走って、念のためにメガネを持つスタイルに改めようと思った。
渋滞とまではいかないが、なかなか追い越すのが難しいトレイルが続いた。30キロ過ぎの大エイドであるコンタミーヌ(コンタミン)についた。夜の23時40分。この時間なのに応援の人が町にいる。それも雨の中。ありがたい。本当にパワーをもらう。
エイドではバナナ、クッキー、オレンジ、スープパスタなどを食べ、珍しくコーラを飲んだ。このあともエイドでコーラを何度も飲んだ。ついでに、ボトルに水を入れてもらった。いろいろな食べ物があれば、できるだけ食べておこうと思って、味見をたくさんした(笑)。むしゃむしゃ食べていると、エイドのスタッフがノリが良くて、「ジャパン」と行って来たので、俺も「ジャパン」と答える。ノリでジャパンコールを煽ってみた。すると、続いてきて「ジャポン、ジャポン、ジャポン」と大合唱。気分を良くして、次は「Takeshi、Takeshi、Takeshi」と、タケシコールをやってみたら、さらに多くの人が、「Takeshi、Takeshi、Takeshi」。もう、楽しくなってしまった。ヒーローになった気持で、手を振って「メルシー」といいながらエイドを後にした。
どんどん登っていき、バルムという2000メートル付近を走る。ここでは、雪が降り、風も強くなった。トレイルも岩がゴツゴツしていた。かなり冷えてきた。このままだと低体温症になる可能性がある。しかし、トレイルは狭く、荷物を降ろして着替えることが出来ない。しかたなく、スピードを保ち心拍を上げて体の熱量を保った。さらに、温度を下げないように足の指や手の指をグーパーグーパーと動かして凍傷などにならないように気をつけた。もちろん、食べる量も増やして、可能な限りの対策をとった。
狭いトレイルを抜けた。小屋みたいな物があって、そこで何人かの選手が避難していた。俺はそこまで寒くないし、外で服を取り出した。ダウンベストを着て、スマートウールのアームウォーマーをした。その上からレインウェア。バラクラバをかぶり頭を覆った。グローブも完全防水の雪山用のグローブを手袋の上からつけた。レインウェアのパンツも履こうか迷ったが、そこまで寒くなかったのとバーサライトパンツは靴を脱いでしか着ることが出来ない。ドロドロになった靴を脱ぐのが嫌だったので、そのままいくことにした。念のためにたくさんの服を持って来たが、まさかここまで着るとは思ってもいなかった。UTMB恐るべし。エイドには焚き火などもあり、暖をとったり服を乾かしている人もいた。
ぐちゃぐちゃでドロドロのトレイルを下っていく。足がとられるし、滑るし、スピードは出ないし、筋肉は疲れるし、なかなか手こずった。
ループコースであったため、再びコンタミンに戻って来た。ちょうど半分ぐらいを終えた所だった。ここで夜中の3時45分ぐらい。エイドでたくさん食べて、出発する。このエイド前後で、なんども眠気が襲って来ていた。いつもの対策をとる。まずは音楽を聴きながら、大きな声で歌う。そして、カフェイン入りのジェルを飲む。これでなんとか眠気と戦っていた。しかし、それでも眠い。100キロのような短いレースで寝る訳にも行かないので、今回始めて投入するカフェイン錠剤。これを飲んでみた。すぐには聞かなかったが、20分ぐらい経つと目がさえてきた。とは言っても眠いときもあり、寝たら危険だ、気合いだ気合いだと、自らに言い聞かせ続けて、眠気を飛ばした。
朝の7時が近づくと空が白んできた。しかし、天気が悪いので明るくなるのにも時間がかかる。ヘッドライトの明りが弱まりはじめていたので、空が明るくなってくれてちょうど良かった。ドロドロで滑りまくる下り坂がずっと続いた。ストックをうまく使いながら、なんとか転倒することなく降りていった。それにしても、長く続くので、嫌らしいなと思っていた。なんとか、ここを抜け、明るくなったので、ヘッドライトを外して頭にGoProのカメラを取り付けた。そして、雨もほぼ止んだし朝になり暑くなると予測して、レインウェアを脱ぎ、アームウォーマーも取った。
雲の切れ間から山が見えたので、写真を撮ると、数枚で電池切れ。また、ザックを降ろして電池交換。カメラを持っていると時間がかかる(笑)。でも、後から見ると楽しいから、やめられない。電池を替えてスタート。写真を撮りながら走っていく。スタートしてすぐに通ったエイドを再び通過。ここの町にも朝早くから多くの応援してくれる人がいた。70キロを走り夜を徹しているので、少し疲れもあり、この応援が元気をくれた。ここから20キロエイドがないと聞いたので、水もたくさん持って、食料もいくつか頂いて出発。結果的には10キロ先にエイドがあった。急遽変更したコースのため、エイドのスタップの方も状況を正確につかめてなかったようだ。
そして、再び登りへと向かった。この登りがアスファルトの登りで、単調だ。永遠に続くのではないかというほど、つづら折りの道が続く。早く終わってくれ、早く終わってくれと思いながら、一歩一歩登っていった。単調だと眠くなる。睡魔との戦いもキツかった。ストックに体重を任せて頼りつつ、何とか登りきった。朝になり暖かくなると予想して、服を脱いでいたが全然暖かくならないので、アームウォーマーとレインウェアを再び着て、トレイルへと入っていった。トレイルに入ると自然と体が元気になる。いつもだけど、不思議なもんだ。走ることが楽しくなって、体が軽くなる。下り基調のトレイルと楽しく駆けていった。
しかし、残り30キロが長かった。自分の走っているペース、登り下りの傾斜、経過時間、トレイルの状況などを総合的に踏まえて、自分が何キロぐらい走ったかはいつもほぼ分かる。しかし、その感覚では85キロに近づいていると思っても、なかなかチェックポイントが来ない。おかしい。進んでも進んでも来ない。さらに、高低図にはない登りが何度かやってくる。あまり高低図を見て、それを信じて走るタイプではないが、大まかなアップダウンは頭に入っているので、それと違って登りが続くと、気持ちが疲れる。そこで、あの高低図はもう忘れようと決めて進むことにした。幸いに、タイムも順調にきており、制限時間は気にしなくて良かったので、高低図は自分の脳からは消し去った。
山の中を走っているとUTMBのゴールのアナウンスが聞こえる。木々の隙間から覗くとシャモニの町の裏を走っていた。速い選手はゴールしている頃だなーと、ゴール会場を夢想した。このまま山を下りればすぐにゴールかと思いながら、シャモニの町をどんどん離れて走っていった。永遠に来ない85キロ。またトレイルの登りがくる。なかなか刺激的だ。登りに強いという外国人選手達も途中で、座って休憩している。
時計とにらめっこする。あと10キロ。17時間23分ほど経過していた。20時間はほぼ確実に切れる。19時間切りはこれからのアップダウンと僕がどれだけ走れるか次第。基本は下り基調なので、いっちょ走ってみるかと思い、走ることに。しかし、下り基調とはいえ、細かな上り下りが続く。下りとフラットな所は出来る限り走るようにして進んだ。ほぼフラットな道になり、速くはないがペースを保って走った。
残りの距離が分からないので、応援の人に聞きながら。でも、みんな分かってないので、自分の感覚で調整しながら走った。遠くに町が見えた。受付をしたスポーツセンターが見えた。もうゴールは近い。すぐそこだ。帰ってきた。シャモニに帰ってきた。スポーツセンターの脇を走る。すると、UTMBを完走した人や町の人が応援してくれる。「ブラボー、ブラボー、コングラチュレイション!」僕も「メルシー、メルシー」といいながら、声援に応えた。うれしかった。ここまで来た。
しかし、時間が気になって時計を見る。19時間ギリギリだ。グロスタイムだとあと数分しかない。しかし、スタート時間が19時ではなく、19時5分ぐらいだったので、正確なネットタイムだと10分ぐらい余裕はあった。ネットタイムで正確に計測している気がしなかったので、なんとかグロスタイムでも19時間を切ろうと、スポーツセンターを猛ダッシュ、川沿いの道も猛ダッシュでシャモニの町に入り、目抜き通りを駆け抜ける。ふと前に眼をやると渋井さんが待っていてくれた。うれしかった。女王と前田マンも。ゴールで仲間が出迎えてくれると本当にうれしい。ゴールは心折れ部Tシャツになろうと思った。服を脱ぐ時間を1分ぐらい考えて走ってきた。すると、予想外の出来事が。なんと遠回りして迂回した後にゴールゲートに行くルートになっていて焦る。19時間が。。。心折れ部Tシャツになる時間がなくなり、渋井さんから心折れ部の旗を受け取って、死にものぐるいで、ゴールゲートまで猛烈に走り抜けた。
ゴールの脇には多くの人が詰めかけていて、ブラボー、ブラボーと声をかけてくれる。最高に幸せだった。うれしかった。そのままゴール。陽気なおっちゃんのアナウンスで「タケシ テラマチ ジャポン」とアナウンスされる。今の気持はどうだい?とインタビューされ、「HAPPY!」と答えると、オヤジも「BE HAPPY」と連呼した。そして、「次は100マイル走りたい」とも付け加えた。かなりダッシュで息があがり過ぎて、何を聞かれ、何を答えたかも明確ではないほどだった。
猛ダッシュしたせいで、汗が滝のように流れ落ちた。その汗が目に入った。その汗の痛みの涙とうれしさの涙が合わさった涙がこぼれ落ちた。憧れのフィニッシャーベストを受け取った。まだUTMBを走っている仲間はゴールしていないとのことだったので、ホテルに戻ってシャワーを浴びて、洗濯だけした。そして、またゴールに戻り、仲間のゴールを待った。
たくさんの日本人が続々とゴールした。外国の選手も親子や夫婦で一緒に走りきってゴールしたり、ゴール手前で赤ちゃんを抱きかかえてゴールしたりと、選手一人一人のゴールの姿があった。どの選手もそれぞれの思いを抱いて、UTMBに参戦し、コースは変更されたけれど最後まで走りきり、その瞬間を味わっているようだった。本当に汚れのない美しい笑顔の連続だった。友達も続々とゴールに戻ってきた。ライブトレイルという、チェックポイント通過時間が分かる仕組みがあったので、ゴール時間を予測しながら待っていた。岡野さん、じろうさん、ミックスさん、そしてエディさんが次々とゴールした。ゴール会場はどんどん盛り上がり、あの瞬間、世界で最も歓喜に沸いた空間だったような気さえする。こうして、僕のUTMBは終わった。
最後に、正直なことを話すと100マイル走りたかった。そして、あの気象条件でも100マイルを完走できたと思う。実際に走っていないのに、こんなこと言うのは卑怯な気もする。でも、やっぱり走りたかったし、いい天気で美しい景色を眺めたかった。そして何よりも、モンブランの周りをぐるっと一周して、再びシャモにも戻ってきたかった。そんな思いが強い。一方で、2000人以上が出場する大会で、あの悪天候であれば様々な危険を伴うのも事実、主催者としてはコース変更は正しい判断だったのだと思う。そして、急遽100キロコースを作って開催してくれたことに、心の底からありがたく、うれしく思う。
憧れや夢はそう簡単には実現しないもの。あまりに簡単にかなえてしまうと、面白みがなくなってしまう。人生をより楽しめるようにUTMB 100マイルは少し遠くへと逃げていった。でも、いつの日か、かならずUTMBモンブランをぐるっと100マイル走りきって、その夢を成し遂げたいと思う。その瞬間まで、楽しみはとっておこうと思う。